マミさんは中学二年生
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 見滝原中学校、二年生のとある教室。

 お昼休みも終わって今は数学の授業中。外から明るい光が差し込み、爽やかな風が教室内を駆け巡っていた。

「よーし、ちょっと応用を利かせた設問だ。これが解けるヤツはすごいぞ」

 背の高い男性教師が、前方のスクリーンに方程式の問題を表示させる。

 それと同時に、私の机にあるノートパソコンにも、同じ問いが映し出された。

(あら、この問題……昨日、予習でやった解き方でいいわね)

 私はすぐさま手を動かす。触れたキーボードのパネルを叩き点滅させ続けると、あっという間に明確な答えが出た。

「……お、巴さん早いな。正解だ。よく解いたな」

 教師の言葉に多くの生徒が反応して、最後尾窓際にいる私へ振り向いた。

 視線が集中して、皆が私を気に留めていると思うと、

(少し恥ずかしい……)

 そう思わずにはいられなかった。

 他の生徒は解を得るのにてこずっているようで、結果的に正解できたのはわずかな人数みたいだった。

 

 

 午後の最後の授業は体育の時間。女子同士でバスケットボールの試合中。

「巴さん! まかせたよ!」

「オッケー!」

 鋭いパスを受け取り、右手でドリブル。ディフェンスが二人いるけど、とにかく攻めてみる。

(相手をかわす感覚、魔女と戦うのと似てるわ!)

 相手の一人はボールを奪おうと手を出してきた。

(砲撃した銃を捨て、新たな銃を持ち直すように……)

 リングに向かって右側を向いていた私は、自分の背後にワンバウンドでボールを通す。

 視線は相手へ向けたまま。

 突進してきたディフェンスをかわすと同時、ボールは私の左手にきっちり止まる。左へ方向転換したのだ。

「このまま……!」

 私は新たなディフェンスと相対するが、勢いを活かして敵の目前でくるりと回転。

 相手の表面を滑るように避け、ゴール下からレイアップシュートを放つ。

「どうかしら!?」

 ゴールの裏まで駆け抜けた。そのせいで得点したかどうかは分からない。

 だけどリングを見ればネットが揺れ、歓声が沸き起こっている。

 どうやら、シュートが決まったようだ。私たちのチームは逆転に成功した。

 そして、

「試合終了ー!」

 相手チームが攻撃を開始するも、ものの数秒でタイムアップ。

 得点はそのままに、私たちのチームは勝利を掴んだ。

「やったー!」

「巴さん、最後すごかったよ!」

「だよね、だよね! バスケ部でもないのに、あんな技できるなんてね!」

 チームメイトたちが私を中心に走り近づいてくる。

 抱き合って、体操服と肌の柔らかな肌触りを腕に感じた。周りには仲間の笑顔が満開の花のように咲き乱れ、ほんのり滴る汗が青春の雰囲気をかもし出している。

「パスがよかったからよ。皆のおかげだわ」

「くぅ〜っ、謙遜? 巴さんカッコイイ〜!」

「くひひ……アタシ見ちゃった。巴さんドリブルした時、」

 チームメイトの一人が私の、ある部分を思いっきり掴んできた。

「おっぱい揺れてたよね〜!?」

「ひゃあんっ!?」

 腋の下から持ち上げられ、こねくるように手を動かされる。

 不思議と大きくなってきた胸に妙な感覚が走り、私は隠すように背を向けてしまった。

「もうっ!」

「あはっ、ごめん! でも可愛い」

「いいなあ巴さん。そのおっきな胸が、成績優秀の秘訣なのかな?」

「きっとそうだよ。スタイルいいよねぇ」

 私はさらに体をまさぐられてしまう。ただでさえ体が熱くなっているのに、余計に汗が滴り落ちる。

「くすぐったいわよ〜!」

 本気で嫌ってわけじゃなくて……コミュニケーションの一環だとは分かっていた。

 とっても充実した試合だった。

「巴さんなら、きっと部活でも大活躍できるよ。バスケ部入らない?」

 パスを出してくれた、背の低い女子から声がかかる。

 でも、

「ごめんなさいね、私は自分のことで精一杯だから……」

「そうなんだ。だけどもしバスケしたくなったら、いつでも言ってよね!」

 私は、笑顔で頷くしかなかった。

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 帰りのホームルームが終わり、下校時間となった。

 クラスメイトは次々と教室を出て行く。彼らはもう、今日はこの教室へ戻ってこないようで、荷物をまとめてそれぞれの友達と共に談笑しながら去っていった。

 生徒の大半は部活動をしているから。

 まだ日は赤くなってはいないが、私が自宅へ帰り着く頃には、熱した鉄のように焼けつくだろう。

 一人暮らしで食材もあまり残っていないので、これから買い物をしなければならない。

 だけど、もう慣れたことだった。

(今夜は何にしようかしら。う〜ん、パスタが食べたいわね。紅茶も切らしてたし……)

 話し相手はいない。先ほどバスケで褒め称えてくれたクラスメイトも、もう話しかけてくれることなく、いなくなった。

 残っていても仕方がないので、私も教室をあとにする。

 階段を下り、下駄箱へ。他の生徒もまばらに見かけるが、上の階へ行く人は少ない。

 グラウンドでは、野球部やサッカー部が練習に明け暮れている。

「スポーツってやっぱり戦いとは違うわよね」

 声を上げボールを追いかける生徒たちを尻目に、私は校門をくぐった。

「慣れたことではあるけれど……」

 もやもやが心に引っかかって、取れない。

「やっぱり、寂しいのかしら。私」

 スーパーマーケットへ続く整備された道。

 歩を進めていると、太陽が次第に夕日へと変貌し始める。

 季節柄、風も心なしか生暖かい。そういえば、今夜は雨が降る予報だった。

 雨粒は空からたくさんやってきても、決してにぎやかな気持ちにはなれないことを、私は知っている。

「きっと今、私の顔は落ち込んでるみたいなんでしょうね……」

 そう思うと、心の意気消沈は急降下しそうだった。

 

 その夜はいつも通り。

 自分一人のために夕食を作り、一人で食べ、一人で食器を洗い、わだかまりを抱えたまま小説を読み流し、就寝した。

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 結局、昨夜は少ししか雨が降らず、よく晴れた午前中の間に地面も乾いてしまった。

 土曜日の午後。

 今週はすでに魔女を倒しており――といっても油断はできないのだけど、今日も魔女が出現する気配はない。

 一日中部屋にこもっているわけにもいかないので、私は公園へ行くことにしたのだった。

「ふう……」

 少し汗ばむ初夏の陽気。薄めの服装で心地よい気温。

 桃色の花を散りばめた柄の半袖ブラウスに、膝上までのスカート。大人の女性にも着られる代物だけど、私にはこういった清楚ながら可愛らしさもあるような服がよかった。

「ここでいいかしらね」

 公園に到着し、日陰のベンチに腰掛ける。地面と同様すっかり乾ききっていた。

 周りには家族連れが集まったり、友達と元気に遊ぶ子供たちが遠慮なく走り回っている。

 肩に提げていたバッグから小説本を取り出す。

 そしてゆったりと過ごし始めたところで、私に声をかける者が現れた。

「キミ、一人? 暇してるの?」

 見上げて顔を見ると、高校生くらいの男子だろうか。背は高め。運動部にでも入っているのか、短髪で健康的な日焼けをしていた。

 だけど、私に対するナンパだということは一言で理解した。

「ごめんなさいね、人と待ち合わせてるの」

 もちろん嘘だ。確かに昨日、寂しいとは思ったけど、相手は選びたい。

 あまり関わりたくないので立ち去ろうとした……しかし、それがいけなかった。

「待って待って、今座ったばっかりじゃん? ちょっとくらい話しようよ」

 男子は私を追いかけて、行く先をさえぎるように回り込んできたのだ。

(しつこいわね……)

 逃げようとされている時点でナンパは失敗していると思うのだけど……あまりナンパ慣れしていないようでもある。所構わず、自分本位で声をかけている感じすらあった。

 その時不意に、木陰から白い生物がおどり出る。

「あ……キュゥべえ!」

「何だこの生き物……ネコ?」

 男子は困惑した表情で注意をキュゥべえに向けている。

「こっ……こっち見んな!」

 男子は恐れおののいている。

 キュゥべえの白い体に真っ赤な目。

 怖いのだろうか。まるで、あの目に吸い込まれる錯覚を見ているような脅え方。

 しゃべっていないからかもしれないけど、ちんまりして、尻尾もフリフリしてて、ペットにしたいくらい可愛いのに……。

「何なんだよコイツ! アンタのペットか!?」

「ペットというわけではないけど……」

 男子があとずさると、キュゥべえは無言で同じ距離だけ男子に擦り寄っていく。

「ひっ」

 そしてまた無表情で男子を見る。

 見る。

 見続ける。

「くそっ!」

 結局男子は、私のことなど忘れたように逃げていったのだった。

「助かったわキュゥべえ」

 白い獣は跳ねるように私の脚から背中を伝う。

 そして肩にたどり着き、四速歩行の生き物なりに端座した。

「あんな小物にてこずっているようじゃ、まだまだ甘いね」

「もうっ、あれは魔女とは違うじゃない! ……でも、ありがとう」

「礼を言われるまでもないよ。僕は『何もしていない』んだから」

 彼の表情はそのままだったが、照れているように思えて、私はクスッと口元を曲げる。

 それからの私は、予定通り読書に没頭することができたのだった。

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 風が涼しい。

 本を読み終えると、時刻は夕方だった。

 にぎやかだった公園も、帰ろうとする人が現れ始めている。

「私もそろそろ帰ろうかな……」

 実は少し怖い。

 これからの時間帯が。

 暗くなればお化けが出るということじゃない。魔女だって似たようなものだから。

(また一人、よね……)

 キュゥべえは他の町へ行ってしまったようだけど、それも珍しいことではなかった。

 歩き出し、公園を出る。

 この辺りは商店も多くて、季節ものの服などが新しく展示されていると立ち止まってしまうことも多い。

 だけど、今日の私はこれまでとは違うものに興味を惹かれたのだ。

 

【携帯式ゲーム機『PNP』 19800円】

 

 その店の窓に貼り出された広告を見て、歩を止めてしまう。

「ゲームかぁ……高いわね。ソフトも必要だろうし……」

 当たり前だけど、魔女を倒したからといってお金は一銭も入らない。

 両親が残したお金でなんとか食いつないできたけど……あまり趣味の類にお金はかけたくなかった。

 だけど、ふと思い立つ。

 ひょっとしたら、こういったものを避けていたから、友人に恵まれていないのだろうか?

 学校なら、エンターテイメントに関して同好の志はたくさんいるはず。

 しかも今話題のゲームともなれば、安易に仲間は見つけられそうだ。クラス内でも、ゲームに関して話を広げている輪はいくつかあったし。

「何か話題のゲームは……ん、これなんかよさそうね。『ヴァルキリープ○ファイル』。一昨日発売したみたいだし」

 北欧神話をテーマにした物語らしい。小説でも同じものを題材にした本は読んだことがある。

 主人公は戦乙女ヴァルキリーで、中世の騎士や魔術師、神様の類を仲間にしつつ戦っていくシステムのようだ。

「説明書きだとそれしか分からないけど……」

 なんとなく深みのありそうな内容だと思った。

 とりあえず。

 とりあえずだけど、財布の口を開いてみる。

「うっ!」

 思わず喉から声が出てしまうほど意外なことに、お金は足りていた。

(これを買ってしまえば、今月の食費は相当削られるわ! 『見滝原氏の女子中学生、餓死。一人暮らしのため発見遅れる』なんてシャレにもならないわよ!)

 呼吸が荒くなったので、まずは落ち着こう。

 すう……はぁ。

 ……さて、さすがに魔法少女だから餓死することはないと気づく。

「ならば、いっそ……」

 私は店内に入り、店員さんに購入を申し出たのだった。

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『その身に刻め!』

 ゲーム機のスピーカーから凛とした覇気の強い女性の声が出て、私の鼓膜を震撼させる。

『神技! ニーベルン・ヴァレスティ!』

 画面の中では主人公ヴァルキリーが敵へ連続剣を振るい、さらに上空へ飛び上がって巨大な槍を精製している。

 空に羽ばたく戦乙女が槍を放ると、地上の敵を貫いて敵共々消滅させた。

 ダメージを表す数字が通常より大きな値を示しており、今の技が必殺の一撃であることを証明していた。

「かっ……」

 勝利のファンファーレが鳴る。

「かっこいい!」

 まだ序盤ではあるものの、初めてのこの瞬間、私はすっかりこのゲームを気に入った。

 

 夕食後からゲームを始めたのだけど、すでに三時間が経過。

 様々なキャラクターの必殺技を見てはその迫力に圧倒され、感動しっぱなしだ。

 私の体は不思議な感覚に見舞われてしまっていた。

 なんだろう。

 ゲーム本体を掴んでいるのに、ボタンを押すこと以外で指が動いてしまうこの衝動。

 身体全体がうずうずして、首元、そして脳の奥まで込み上がる感覚。

 恥ずかしいとも思う。だけど、部屋には誰もいない。

 念のため周囲を確認して……窓も扉も閉まっていることを確かめて。

(やるなら……今しかない!)

 マスケット銃を精製し、手元で回転。

 本家とは違うものになるけど、私なりのアレンジを加える。

 

「あなたの顔も見飽きたわ!

 奧技! ファイナリティ・ブラスト!」

 

 ……決まった!

 どこに向けるでもなく銃を発砲寸前まで構えた。

 先ほどの疼きが、高揚感となって沸き上がる。体が火照る。

 初めての経験に、まるで私だけの世界が創造されて中心にいるような錯覚にさえ感じられてしまった。

 かといって一人じゃない。

 そうだ、私はゲームキャラクターの一員になることができたのだ。仲間がいて、一緒に戦える。

 擬似的に、イメージの中でということは分かっているけど、これなら寂しさを紛らわせられる……っ!

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 それから数日間、読書や勉強に使っていた時間の大半がゲームに割り当てられてしまっていた。

 学校でも同じゲームをプレイしている人を探すべく、会話に聞き耳を立てるようにしている。

(でも、なかなかいないのよね……)

 ゲーム自体の話題性そのものはむしろ多かったと思う。

 ただ単に、たまたま私の周りでヴァルキリープ○ファイルについて会話する人がいなかっただけ。

 ゲームに関する会話、情報交換は様々なものが教室内を飛び交うが、どれも他の作品ばかりだった。

 中でもテレビ画面に直接映像を映し出してプレイする、いわゆる『据え置き機』の類。

 このほうが人気を推される作品も多いようだ。事実クラスメイトの話はそればかりで、携帯機の話題は少なかった。

「こんなはずじゃあなかったのに……」

 金曜日の放課後、ホームルームが終わっても私はただ一人で机に伏していた。

 学校にゲームを持ってくることは禁止されているので、早歩きで帰ってPNPを機動させるつもりだった。

 昨日まではそれをしていた。

 だけど今はただ虚しい。

 ハマり込んでいたゲームも、途端にやる気が失せてきた。今は恐ろしくなるほどの虚無感に思考を支配されかけている。

 背中を曲げ、上履きを脱いだ足を虚空でぷらぷらさせている。こんな様子、決して人には見せられない。

 もがきたいのか。まだ、仲間探しに希望が存在していると思いたいのか。

 そうだとしても、ほとんど諦めたも同然だと気づいた。

 そして……ずいぶん時間が経過したと思うと、廊下から足音が聞こえ始める。

 教室のドアが開かれる。侵入者を見ると、それは担任である女性教師だった。

「あら巴さん、もう下校時刻よ。具合でも悪いの?」

 身を起こし、笑顔を取り繕って私は答える。

「もう大丈夫です。少し疲れてただけですから」

「そう……もし悩みとかあったら、相談してきてもいいのよ?」

 さすが中学の先生だ。生徒の様子には敏感らしい。

「ええ、その時は……でも大丈夫ですから。では帰りますね。さようなら」

 私はそそくさと教室を出ていく。こんな精神状態で会話をするのは気が進まなかったから。

 廊下を足早に移動する。

 きっと今日も一人で、いつも通りの帰り道。早く帰って寝てしまおう。

 もう今日は何もする気が起きなかった。

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 結局、金曜日と土曜日は家事のみをして過ごしてしまった。

 何もしない時はベッドで考え込む。気がつくと時間が過ぎ去っている。

 そうしたままで現在は日曜日。お昼過ぎだというのにカーテンを閉めきって、私は変わらずナマケモノ状態である。

「もう誰にも頼れない……」

 家事だけしていたとはいっても、ろくな内容ではなかった。料理には塩を入れすぎて食べられなくしたし、洗濯機のスイッチを押し忘れたので着られる下着が底を尽きた。

 着ているのは、はだけかけたパジャマとショーツだけ。

 胸がこぼれかけているけど、肝心なところは出てはいないし、そもそも部屋には私一人。

 起床してもずっとブラジャーは着用していない。ショーツはお気に入りのものが最後の砦。これを穿き終われば、いよいよあとがないのだ。

 そもそも最近また胸が大きくなってきたような気がして、いいかげん落ち着いて欲しい。

 ベッドで寝返りをうつと、まるで自分とは別の部分がムニムニと這いずっていると感じて、少し気持ち悪かった。

 悩みは濁った湧き水のようにあふれてくる。

 だけど、どう解決していいのか分からない。

 いや、湧き水ではない、か。考えれば考えるほど深みにはまる、底なし沼と言ったほうが合致していた。

 このままでは月曜日になっても学校へ行きたくなくなる――そう考えた時、

「やれやれ、何をしているかと思えば」

 聞こえたのはキュゥべえの声。

 彼は音もなく部屋に侵入してきて、四本足を器用に動かしベッドに跳び乗る。

 ちゃんと足を綺麗にしたのかしらといつも思うのだけど、今はそれどころじゃなく鬱なのだ。

「放っといていいのよ。誰にも会いたくないから」

「そういうわけにもいかないよ。魔法少女が引きこもりでズボラなんて、笑えないじゃないか」

「魔法少女はアイドルじゃないわよ。人前で戦うでもないし」

 キュゥべえは私の眼前に寄って来るが、私は寝返りをうって視界に入らないようにする。

 そうすると、また回り込んでくる。

 私も再び寝返りをうつ。

 また私の前に居座る。

「もう! 何なのよキュゥべえ!」

 彼は後ろ足であごの下を掻き始めた。キュゥべえといえどこの行為は気持ちがいいようで、目を細めて山なりに曲げ、喜びをあらわにしている。

 それが私の気分を逆撫でたのは言うまでもなく。

「そんなに楽しいの!? ……いや、あなたには感情がなかったのよね。じゃあ何でこんなことをするのか説明してくれる!?」

 憤慨する私を見たキュゥべえは元の姿勢に戻り、いつも通りの口調で告げた。

 

「マミ……外に出よう!」

 

「ええ!?」

「引きこもってちゃ、だめだよ!」

「嫌よ!」

 もちろん気分は進まない。

 買い物はしたいけど、なんだか他人の目が怖くなってきたのでなおさらだった。

「行こうよ! 近場で、近場でいいから! 僕と契約して公園へ行こうよ!」

 鬼気迫るほどの説得で押しかけてくるキュゥべえ。他の女子へする、魔法少女の勧誘ですらここまではしないはずなのに。

 さらには子供のように私の体をねぇねぇと揺さぶる。

 それでも私は簡単に撤回したくなかった。

「嫌ったら嫌なの! 魔女討伐だとしても嫌!」

「ふぅん……じゃあ、マミ。キミとはこれでお別れだね」

「えっ?」

「このままでは魔法少女としての実力すら衰えるのは明白だ。この世界は不思議なものなのさ。戦わなくなった魔法少女がどんな運命を辿ってきたか……説明してあげようか?」

 私は無表情で、かつ、おどろおどろしく告げる彼の言葉に戦慄を覚え、震える。

 聞くべき? そしてキュゥべえの誘いを受けるべき?

 私は選択肢を二つ同時に抱えて混乱気味だ。

 外に出るのはおっくうで……だけど、なんだか彼の思惑に乗らないといけないような気がして……。

「さあ、どうするんだい巴マミ」

 考え込んではいるが、現在はどちらとも選択しがたい状態だった。

「じゃあいいことを教えようか。魔女が出たわけじゃない。この町はいたって平和なまま。僕はただ、キミと散歩したいだけなんだよ」

「キュゥべえと……散歩?」

「そうとも。おしゃべりしながらでも、無言でもいい。本当にそれだけが目的だよ」

 キュゥべえはベッドから跳び降りて、

「だってほら、こんなに天気がいいじゃないか!」

 部屋のカーテンをくわえて引っ張り開けた。

 午後の刺激的な白い日差しが、私の瞳孔に覆いかぶさる。

「眩しっ……!」

 目を細め、反射的に腕で顔を隠す。

 ようやく目が慣れると、キュゥべえは再び問いかける。

「どうだい? 外に出たくなったかい?」

 また少し考えたものの、

「分かったわ。でも、ちょっとだけよ」

 太陽光の元へ希望を求めるように、ベッドから降りて立ち上がるのだった。

「着替えるから、あっち行っててくれる?」

 キュゥべえといえども着替えを見られるのは少し恥ずかしい。

 彼が部屋を出て行くのを確認すると、私はパジャマを脱ぎ去って外出用の服を選び始めた。

「まだなのかい? やっぱり女性は準備が長いんだなあ。おお、クマさんぱんつ」

 チーターよりも速いであろう瞬発力で扉を閉める。

(お気に入りなのよ……!)

 

 

 

 外に出て十数分。

 なんとか公園へ着いたものの、相変わらず大人も子供も休日の喧騒が響いていた。

 常にキュゥべえが寄り添って歩いてはいた。 だけど、もはや他人の目を気にしてばかりいたので、腰を落ち着けるまではほぼ会話はなし。

 あまり気分が優れないので、今回は黒を基調としたワンピースにパーカーを羽織るという服装……割と地味な色のものを選んだ。

 先週とはまた違う場所のベンチに腰掛け、何気なく持ってきたゲーム機をバッグから取り出した。

「結局、飽きないのよね」

 無意識にバッグに忍ばせていたらしい。

 私には魔法少女よりも、ゲーマーのほうが向いているのかとすら思えてしまっていた。

 物語もどうやら終盤で、キャラクターもだいぶ強くなった。とりわけ、大魔法と呼ばれる強力な魔法攻撃がお気に入りで、発動時のセリフがかっこいいのだ。

「おや、どうやらマミにお客さんのようだよ」

 プレイ中にキュゥべえが前足を片方、前へ突き出す。

 その先には、いかにも軽そうな身なりと雰囲気を兼ね備えた男が一人。しかもこちらへやってきた。

「おっ。彼女、ゲームやってんの? 隣座っていい? 知ってるゲームならアドバイスもするぜ!」

 いきなりなれなれしい男だった。二十台前半だろうけど、私がナンパの対象にされているのは目に見えている。

「ごめんなさい、一人にさせて……」

 私は当然、嫌がるのを見せて事なきを得ようとするが、

「えー、いいじゃんいいじゃん! 暑いからさ、どこか涼しい店にでも入ろうぜ!」

 むしろ暑くなっているのはこの男のせいだと言いたくなるくらい、私の心は嫌悪し始めた。

 するとキュゥべえがベンチに乗って、前回のように私と男の間に割って入る。

 そしてまた、相手を無表情で睨みつける。

 だけど、男は恐怖する様子はなかった。

「あ? なんだこのネコ……動物は嫌いなんだよ。どっかいけよ」

「ゴゥフッ!」

 男は突然態度を険悪なものにして、キュゥべえを殴り飛ばした。

「なっ……あなた、何するのよ!」

「気にするなよ。たかが小動物じゃねえか」

 私は即座にキュゥべえの元へ駆け寄り、具合を確かめる。

 打ちどころが悪かったのか、彼は血を吐いていた。意識はあるようで、かろうじてだけど尻尾を動かしている。

「許さないっ……!」

 私は怒りの感情を抑え切れない。

 こんなことをしておきながら、ヘラヘラと笑っている男をこらしめるだけの力はあるのだ。

 だけど、相手はいちおう人間。魔女とは違う。人権がある。

 魔法で、それも銃で撃ったとなれば殺してしまう。殺さないにしても武器が武器なので簡単に重症だ。

 じゃあハッタリか。

 そう考えた時、私の中である手段が閃いた。

 通じるか分からないけど……やる価値はあるわよね。

 男は未だにナンパを成功させようと思っているのか、私に近づいてくる。

「そんな変な生き物より、俺に構うといいじゃん? そうだ、君の名前まだ聞いてなかったよな。知りたいな」

 私は黙って立ち上がる。

 非常にゆっくりと。陽炎のように。

 そしてできる限り低く、禍々しい声を放つつもりで声帯を振動させた。

「あなたは私を知りたいと? ふふ……私の運命を受け入れる覚悟があるなら、真の剛毅を見せてみなさい」

「な、なんだ?」

 男は一転してうろたえ始めた。

 私はつま先立ちで片手を前に出し、あたかも超大な魔法を詠唱するかのように見せつける。

「もっとも、凡人には受け入れ難い未来であるのは明白……立ち去りなさい。あなたにはその権利がある」

 うっすらと。

 私は竜巻のようなオーラを周囲に発生させた。

 それはぼんやりと揺らめく、魔法少女と、男にのみ見えるオーラ。

「ひ……ひぃいいいいい!」

 男も視覚と気配で感じとったようで、腰を抜かしたように地面にへたり込んだ。

(成功ね。たたみ掛ける!)

「咎人よ、神の力に抗えるか……」

 オーラは大樹のように巨大な大砲へ形をとる。

 

 これが私の最終奧技!

「ティロ・フィナーレッ!」

 

 ……もちろん発射などしない。

 男は恐怖に駆られて、一目散に逃げ帰っていった。

「よかった。上手くいったわ……あら?」

 胸を撫で下ろしていると、周囲から何やら囁き声が聞こえてきた。

「ティロ・フィナーレですって……?」

「うわあ、自分で必殺技に名前を? こんなところで」

「ママー! ティロって何〜?」

「もういい歳に見えるんだけどなぁ、残念だ」

 気がつくと、一部始終のセリフを聞かれていたようだった。

「あ……あ……」

 私は羞恥心を爆発させ、キュゥべえを抱え上げて疾風よりも速く駆け出した。

 

 

 

 走り続けて帰宅。

 私は真っ先にベッドに倒れ込み、顔をうずめた。

「うわあああああああああああああああ!

 もうなかったことにしてしまいたいわ!

 そんな、そんな! 何よ! そんなにダサいの!? 英語だとありきたりだからイタリア語に変換したのにいいいぃ!」

 イタリア語は小説で知ったものだった。

 さらにゲームをプレイして得た『決めの一撃を』組み合わせた結果こうなって、カッコイイと思ったのだ。

 目からは涙。すぐにシーツに吸収されてしまうが、どんどんあふれて止まらない。

「マミ」

 キュゥべえがまた、音もなく入ってきたようだった。

 だけど私は彼の顔を見ることなく答える。

「一人にさせて……もう外に出られないわ!」

 しばらくキュゥべえからの返答はなかった。

 私は気にならなかった。自分の羞恥があまりにも大きすぎて、それどころじゃない。

 ずっと無言が続く。

 そして彼が口を開いたのは、あまりにも突発的なタイミングで、

「ありがとう」

 意外にも感謝の言葉だった。

「え……なぜなの?」

 私はようやく顔を上げ、声のしたほうへ振り向いた。

「マミは僕を助けてくれたんだろう? だったら、お礼の言葉を伝えてもおかしくないよね」

「そうだけど……」

「必殺技もかっこよかったよ!」

「ええ!? でもあれは」

 一気に恥ずかしさが立ち昇る。

「名前もそうだし、あれは今回が初披露だろう? 隙が大きいから実戦では使いどころが限られるけど、まさに一撃必殺で優秀そうだ……百点満点だよ!」

 なんだか複雑な気持ちだった。

 だけど、最も私の身近にいてくれて、私を理解しているキュゥべえなら……そう評価されて、嬉しい。

 キュゥべえは私に飛びつき、可愛らしい笑顔を胸にうずめ始めた。

 私の胸はブラジャーをしていないので、変幻自在に形を変える。

「ちょっ、ちょっとキュゥべえ! くすぐったいわ!」

 私の胸が柔らかく温かいのか、まるで本物のネコのように気持ち良さそうに喉を鳴らしている。

 人間ではないけれど、彼はかけがえのない仲間で――

「マミ、僕らはもう『友達』だ。お互いに頼り、頼られだよ」

 その言葉を聞いた瞬間。

 カーテンから覗いた夕日が、今日はとっても輝かしく思えたのだった。

 

   完

説明
6月に書いたものです。VPは中二病を促進させる偉大なゲームだと思うヨ!!(笑)
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