君は微睡む…act2
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 ミューズ市庁舎の一角にある応接室──。

 落ち着いた色調で整えられたその室内に、どことなく重苦しい、張りつめたような雰囲気が漂っている。

 ひろいテーブル越し、ずいぶんと長く対峙していながらその場に座す男達はほとんど会話らしいものをかわしてはいない。一人は思いだしたように時おり杯を口元に運んだりもするが、もう一人は黙り込んだまま、陽が果てに落ち行く様を睨むように見つめ、手元の杯には一度として手をつけようとはしなかった。

「……何がそんなに気に入らないのか?」

 空になった杯をテーブルに置きながら、シュウが尋ねた。

「気に入るも気に入らないもない。ただおれは、あいつらが帰ってこないのが心配なだけだ」

 答えながらフリックは相変わらず窓の外を見続けている。が、視線とはうらはら──その意識はどうしても差し向かいに座る男へと向かってしまうようだ。しかし彼自身はそうと認めたくないらしい。維持でも外を見続けようとする意固地さが、傍目からもありありと見て取れた。

「たいぶん暗くなって来た。いくらなんでも遅すぎるんじゃないのか……?」

「心配することはない。マオ殿ならもうじき帰ってこられるだろう」

「ずいぶんと自信ありげだな」

 ようやくフリックはシュウに向き直った。

「このままマオがどこかに行っちまうかもしれないとか、考えることはないのか?」

 挑戦的な目で睨め付ける青年を、灰緑の目が静かに見返した。

「あの方は、やりかけた仕事を途中で投げ出したりはしない。逃げたりもしないさ」

「ずいぶんな信奉ぶりだ……」

 つまらなそうにフリックはふんと鼻を鳴らした。

「さては……、そうやって過剰な信頼でがんじがらめに縛っておいて、そのうちおいしくいただいちまおうって魂胆だろう?」

「そういう俗っぽい言い方はやめてもらいたい」

 低く落とされた声音にひそむ毒針の気配が、先を継ごうとするフリックを封じた。

「おれが、マオ殿をどうすると──? 言わせてもらうが、あのころマオ殿にけしからぬ情を抱いていたのはおまえのほうだったろう。おれはただ、あの方を守ってさしあげようとしていただけだ」

「おれだってそうだ。いきなり指導者なんかに祭り上げられて、戸惑っているあいつを守ってやりたかったんだ。おまえに任せるのでは、いまいち不安だったからな」

 気圧されそうになるのを堪え、青年はシュウに皮肉げな言葉をしっかりと返してのけた。

 そのままひろいテーブル越しに二人は睨み合う。本人達以外、ほんの一握りの人々しか知らない事実ではあるが──かつて彼らは、互いがマオに対し邪な情を抱いているに違いないと誤解し、牽制しあった仲だったのだ。長きにわたったその攻防戦──といっても、マオはまるで知らないことで、飽くまでも水面下で行われていた争いではあったが──の後、終いにはその誤解は解けたが、実のところ、互いがその胸のうちでマオをどう思っていたのか、その答えはおそらく彼ら自身しか知らないことだった。

「……結局あれは、お互いの思い違いだった」

 思い直したようにシュウが肩をすくめた。

「今となってはどうでも良いことだ。それよりおれは、おまえに聞きたいことがある、フリック」

「なんだ?」

 面倒そうに頬杖をつき、ふて腐れ気味の返事を返すフリックを、シュウは探るような視線でじっと見つめた。

「──ずいぶんな長旅だったようだな。もう帰ってこないつもりかと思っていたから、傭兵対の砦に戻っているとビクトールに聞いて、驚いたぞ」

 チッと舌打ちの後、フリックは疲れたようにため息を漏らした。

「いきなり名指しでナチの護衛をしろなんて依頼を寄越すから、いったいだれがおまえにおれが砦に戻ってることを知らせやがったのかって思ってたが……、犯人はやっぱりあの馬鹿だったんだな。でなきゃーあいつ気に入りのワインが、こんな所にあるはずないもんな」

 目の前に置かれている杯をうさんくさそうに指先ではじく青年を見、シュウは微かに笑った。

「なるほど……、それで口をつけようとしなかったわけか。では別の銘柄を用意させることにしよう」

「シュウ」 

 呼び鈴にのばされる手を制止するようにフリックが呼んだ。

「なんだ」

「何を出されても同じ事だ。あんたのところで、おれが何かを口にすることはない」

「ほう、それはまたいったいどういう理由で?」

「しらばっくれるのもたいがいにしろ。あんたは以前、おれを騙して──」 

言いかけて、フリックは不機嫌そうに黙り込んだ。よほどに思い出したくないことなのか、眉間に2〜3本ほども深い皺を寄せる。

「それで、どうしたと?」

 面白がるように訊いたシュウに侮蔑の一瞥を投げ、フリックは立ち上がる。椅子の背にかけていたマントを取り上げながら、ぼそりと呟いた。

「知らない振りも、知らばこそってことだ」

 足早に戸口に向かおうとする青年の背を、シュウが呼び止める。

「どこへ行く?」

「いくらなんでも帰りが遅すぎるから、迎えに行くんだよ」

「今現在おまえを雇っているのはこのおれだ。そのおれが訊きたいことがあると言っている。行くならちゃんと答えてからにしろ」

 決めつける口調に、むっとしたようにフリックが振り返った。面倒げな表情を隠そうともせず、腰に手をあててシュウを見据える。

「……へいへい、なんでございますか?」

「旅の間、おまえビクトールと何かあったんじゃないだろうな?」

「…………何か、とは何のことだ……?」

 怪訝そうに繰り返すフリックに、涼しい表情でシュウはさらりと言い放った。

「寝たのか? と訊いている」

「──は?」

 瞬間、問いの意味を取り損ね、ぽかんとした表情をさらしたフリックだったが、すぐに言葉の意味を理解し、かっと頬に朱を昇らせる。

「な……っ、俗っぽい言い方してんのはいったいどっちだよっ!!

だいいち! なんだってあんた、そんなことをおれに訊くんだ!?」

 焦ったように声をうわずらせる青年を、シュウは心持ち細めた目で見返した。

「訊かれて困るのか? それは珍しい」

「そういう問題じゃない! おれが言ってんのはなっ……!」

 かみつく勢いでフリックが抗議しかける。

 と、ちょうどその時──。

 青年の背後の扉が開いて、にぎやかな気配が滑りこんできた。

「あれっ、フリックさん?」

 驚いたような、その声。 聞き覚えのあるそれに名を呼ばれ、フリックの心臓は大きく跳ね上がった。

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反射的に振り向いて戸口に立っている少年二人を見つける。

「マ……、マオ……!?」

 絶句したまま立ちつくしているフリックの傍らに、シュウがすいと進み出た。 

「遠路遙々、ようこそいらっしゃいました」

 マオと並んで立つ少年に、シュウは格式張った礼をした。

「『門の継承戦争』の英雄に再びこうしてお会いすることが出来まして、大変光栄に存じます」

「そんなかしこまらないでください、シュウさん」

 苦笑いしながらナチが返した。

「そういうのに慣れていないんで、あまり仰々しくされちゃうと逃げ出したくなってしまいます」

「これは失礼いたしました。以後気をつけるようにいたしましょう」

 和やかに談笑する二人を横目でみながら、フリックは複雑な気分に陥っていた。先のシュウと自分との会話を、もしや少年達に聞かれてしまったのではないか?――考えるだけで背に冷や汗が伝う気分になる。

「どうしたの、フリックさん?」

「あ? いや、なんでもない」

 無邪気な瞳に見つめられて慌てた青年は、とにかく場を繕わなければと気を焦らせて、とんでもない言葉を口にしてしまった。

「ひ……久しぶりだな、マオ。しばらく見ないうちに大きくなっ……」

 言いかけてすぐに、『しまった!』とフリックは口元をおさえた。だがもう遅い。いったん口にしてしまった言葉は、いまさら回収がきかなかった。

 真の紋章をその身に宿しているマオは、時の理からはずれている。彼は永遠に年をとることがないのだ。そうと知っていて、なんてうかつな言葉を……――。

 とてつもなく気まずい思いに囚われ、フリックはおろおろと頭を掻いた。

「あ……と、すまない、つい……」

 気まずい視線を逃した先にシュウが居る。すまし顔の口元がほんの僅かだが笑うようにゆがんだことに気づき、フリックはその場に穴を掘って逃げ込みたい心境に駆られた。

 が、そのとき――

「なんでかなあ……」 

 当惑気味に首を傾げながらマオがため息を吐いた。

「ついこの間、ティントのグスタフ市長にも似たようなことを言われたんだ。もしかして僕、前より太ったのかなあ……?」

 周囲に向かい、心配そうに意見を求める少年を見て、ナチがくすっと笑った。

「ナチさん……」

 なんで笑うんですか、と恨めしげな目線を向ける少年に、ナチは違う違うと手をふって見せた。

「大丈夫、太ってなんかいないよ、君は。むしろ前より痩せたんじゃないか? あまりちゃんと食べていないんだろ」

「ナチどののおっしゃる通りです」

 重々しい口調で、シュウがナチのを継いだ。

「厨房の料理人がこぼしているそうですよ。自分がつくる料理は、もしやマオ殿のお口にはあわないのだろうかと」

「そんな!? レスターさんの料理に不満なんて……!」

 とんでもないとばかり大きく目を見開く少年に言い聞かせるように、シュウは続けた。

「でしたら態度でそう示してやってください。料理人と言うものは、言葉よりも下げられてきた皿の上の状態で料理の出来不出来を判断するものなのですから」

「はい、今度から気をつけます」

 こくりとマオは頷いた。すぎるほど真剣なその表情が、周囲の人々の口元に笑みを生じさせる。

 フリックが進み出て、マオの肩にぽんと手を置いた。

「無理しすぎるんじゃないぞ、マオ。どうしても食欲が出ない時ってあるもんだからな。そういうときは、酒でもかわりにやって寝てしまえば……」

 そもそも話がずれてしまった発端が自分にあったことなどすっかり失念してしまっていた青年は、そんな同情的発言をしてシュウにギロリと睨まれた。

「おまえはまるでビクトールのような事を言う。長旅の間にやはり相当毒されてしまったようだな?」

「なんだとっ!?」

 憤慨して言い返そうとするフリックとシュウとの間に、「待ってよ」とナチが割って入った。

「どうしてそこで言い合いになるんだよ。問題はたしかマオのことじゃなかった? 二人が喧嘩して、どうにかなることじゃないだろ?」

「……たしかに、ナチ殿の申される通りですな」

「まあ、そうだな……」

 何事もなかったかのようにシュウが頷き、フリックも渋々と身を引いた。

 やれやれとでも言いたげにナチは軽く肩をすくめて、マオに向き直る。大きく目を見開いているその表情にじっと見入った。

「ねえマオ。僕が思うに、君には少しばかり気分転換が必要なんじゃないかな?」

「え?……あ、そうですか?」

 マオはぱちぱちと目を瞬かせた。何か言われそうだなと身構えてはいたものの、まさかそんな言葉が降ってくるとは思っていなかったのだ。

「で、どうだろう。僕はこの後2〜3週間ばかりかけてミューズ周辺やハイランドの街を見てまわるつもりなんだけど、君もそれにつきあってみないか?」

「お……おい、ナチ!?」

 焦った声でフリックが口を挟んだ。

「ムチャをいうんじゃない! マオはもうそんな簡単に出かけて歩けるような身分じゃないんだぞ!!」

「たまのことだから、良いじゃない。良い経験になると思うよ、マオにとって。ねえ、そう思いませんか、シュウさん?」

 同意を求めるようにナチが笑いかけると、シュウは軽く眉をひそめるようにして考え込んだ。

「そうですね」

 さほど熟考するわけでもなく、すんなりと同意を示す。

「……おっ……おい、本当に良いのかよ……?」

 シュウまでもがなんてことだ……――呻きながら頭を抱え込むフリックをよそに、とんとん拍子に話が進んで行く。

「いかがなさいますか、マオ殿?」

「でも、そんなことをしたら政務がたまって、シュウさんにも皆にも迷惑がかかるし……」

 きれの悪い少年の言葉尻に、きっぱりと否定しきれないためらいを感じ取って、シュウが苦笑した。

「大丈夫です。それぐらいの間でしたら、私とクラウスとでなんとかいたします」

「ほらマオ、シュウさんも良いって言ってくれてる」

 見事な連携による説得を目の当たりにし、ようやくにしてフリックは気づいた。

 

 この二人、グルだ……。

 

 わかってしまえば、簡単すぎる答えだった。何故最初から知らせてくれなかったのだろうと目一杯脱力してしまっているフリックの耳に、ためらいがちな、だがまぎれもなく嬉しげな少年の声が響いてくる。

「じゃあ、僕もご一緒させてもらえますか、ナチさん?」

説明
幻想水滸伝 Wリーダーの冒険 (2主人公=マオ・1主人公=ナチ) 続き物です。
…と言いつつ、まだ旅立っていません(笑)いや、でもようやくそろそろ旅のはじまりです。
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幻想水滸伝 続き物 Wリーダー 2主人公 坊ちゃん シュウ フリック 

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