真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜 37:【漢朝回天】 採光
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◆真・恋姫†無双〜愛雛恋華伝〜

 

37:【漢朝回天】 採光

 

 

 

 

 

宦官と外戚勢力。これまで漢王朝のほぼすべてを牛耳っていたといっても過言ではない両勢力は、近衛軍の手によって排除させられた。

これまで執って来た治世の粗雑さが、権力を握っていた者たちに仇となって返ってきた。そう考えれば、自業自得因果応報と、納得することも出来るだろう。

 

もはや改革といった方が適切なこの一連の出来事。その主要たる一翼を担った者として、鳳灯の名が挙がることに誰も異を唱えない。

彼女の事情をひとたび知れば、いわゆる"天の知識"があったからそう上手くいったのだ、と、口にするかもしれない。

だがその指摘は見当違いのものだ。

以前にいた世界での記憶と知識を有しているといっても、鳳灯は、この時期の洛陽近辺での出来事について詳細を知らない。

当時の"鳳統"は、いち義勇軍の軍師でしかなかったのだ。政の中枢である洛陽の動静を知ることなど、簡単なことではない。大まかな流れを知り、それらについて幾らかの想像を巡らす程度のことしか出来ていなかった。

以前の世界において、袁紹は何故宦官を力ずくで排除したのか、董卓は何故洛陽を治めざるを得なかったのかなど、正確な理由までは知らない。分からない。

今にしてみれば、しっかり聞いておけばよかったと思いはする。

だがそれも、今となっては詮無いことだ。と、鳳灯はすぐにその考えを手放す。

 

 

 

それはともかくとして。

洛陽で起こる権力争いの果てがどうなるのか。鳳灯は、結果は知っていてもその詳細は分かっていなかった。

袁紹が宦官を皆殺しにし、その後の洛陽を董卓が治め。それに反発するように、野に下った袁紹が反董卓連合を結成する。

これらに対して、鳳灯は、何故、という部分を知らなかった。

 

以前の世界において、袁紹は何故、宦官をすべて排斥しようとしたのか。董卓を敵視したのか。

きちんとした理由を、当人から聞いたことはない。ゆえに、そこに至った経緯などは想像するしか方法はない。

だが"こちらの世界"の袁紹を見ていると、先入観から組み立てたあらゆる想像が揺らいで来る。

 

言い方は悪いが、鳳灯の知る"麗羽"と比べてお馬鹿ではないのだ。

印象を新たにしなければならないかも、と、鳳灯は考えている。

 

かつていた世界での袁紹は、どこか短慮なところを感じさせていた。

事実、彼女の言動は、そう親しくない間柄の者が見る限りでは、それを裏打ちするに値するものを見せていた。"愚か者"と切って捨てて問題ないといってもいい。

 

袁紹がその通りのお馬鹿な人間であったのならば、

「地位を得た董卓に対して嫉妬し、気に入らないからという理由だけで反董卓連合を結成した」

といわれても、あんまりだと思う反面あり得るとも思える。

 

だが、それよりも以前の行動に関してはどうか。

洛陽で宦官を皆殺しにし、張譲を始めとした十常侍や何進ら、朝廷を動かす主要な者を軒並み排斥した。そんなことを、"お馬鹿な袁紹"が果たして実行し得るだろうか。

朝廷中枢で、己や周囲を意のままに動き動かすこと容易な地位にあった集団に対し、造反しかつ抑え切る。

そんなことが、傍から見て"お馬鹿"と評されるような人間に出来るのだろうか。

 

もっとも、腐敗した中央官吏が同様に"お馬鹿"だったゆえに、手元に置いた駒に噛み付かれただけだった、という考えも否めないけれども。

 

 

 

袁紹が取る言動の基準は、良くも悪くも"袁家という家名"へのこだわりだ、と、鳳灯は考える。

 

以前の世界での袁紹には、名家である袁家の自分に対して、他の人間は相応の態度をとるのが当然だという意識が見られた。

言い方を変えれば、袁家という威を被り増長していた、と見ても取れる。

対して"こちらの世界"の袁紹は、名家の威を理解しつつ、その威を自らより高めようとする気概が感じられる。

家名を背負っているという誇りが、我が儘さや傲慢さよりも、配下の者や治める地・民らへの配慮に多く向けられている。

事実、彼女の治める冀州は、生活の安定さでは一番とも噂されていた。

治世の良さでは幽州も台頭して来ているものの、異民族の地と隣り合っているということが民に幾ばくかの不安を抱かせている分、実際の評判は冀州の方が高い。事実よりも印象が民の意識を左右するがために、現実の治世と、名家である袁家の知名度によって、冀州の安定性が抜きん出てくるというわけだ。

 

袁家の長に立つ者として、治める地の民が貧困にあえいでいるのは耐えられない。

そういえば聞こえはいいが、それはおそらく民そのものを思いやってというよりも、袁家の治世能力を問われることで権威が損なわれることを嫌っての言葉だろう。

不遜かつ尊大な態度極まりないかもしれないが、人の上に立ち導く者の在り様としてそれもひとつの方法だと、鳳灯は考える。自ら動き、目に見える形で結果を出しているのだから、文句をつけるのは筋違いかもしれない、と。

単に、以前の世界よりも親密になっているがゆえにそう見えるだけなのかもしれない。だが同じ居丈高な態度でも、鳳灯には、"こちらの世界"の袁紹の方がより好感を持てていた。

いわゆる"麗羽らしい言動"は、己の背負っている"袁家という看板"を意識してのものなのだろう。

周囲の接し方や教育を受け、相応に威を払う姿を考えた上でああいった性格が編まれるに至った。

その過程があるからこそ、彼女の配下を始め治める地の民などに至るまで、居丈高でも害はないというある種の信頼のようなものが、袁紹に対して生まれているのかもしれない。

 

自ら持つ地位と権力を自覚し、それを行使し、相応な結果を下の者に対して出し続けている。

そんな袁紹が、より高い地位にいる高官らの堕落振りを目の当たりにしたらどうなるか。

不愉快だろう。面白くないに違いない。

彼女の信条である"優雅さ"の欠如に対して、怒りさえ覚えているかもしれない。

鳳灯にしても、朝廷内の状況を知る度に「これは酷い」と思いっぱなしだったのだ。袁紹のように、自らが立つ位置に自意識と自負そして責任を持って在ろうとしている者にしてみれば、歯噛みし嫌悪するのは当然ともいえる。

それこそ「殺してやりたい」とまで思うかもしれない。能もなくのさばっている輩よりも、まだ自分の方が、誇り高くこの国の舵を取っていけるのに、と。

 

良くも悪くもまっすぐな想いが、袁紹を動かしたのだろう。

どちらの世界でも、結果と過程はどうあれ、基点となる部分は同じようなものであったに違いない。

鳳灯はそう考えた。

 

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鳳灯が洛陽に、朝廷中央にやって来たのは、反董卓連合を起こさないためである。

 

反董卓連合の発端となるのは、宦官と外戚による権力争い。そして、袁紹の、董卓に対する敵愾心だ。

だから鳳灯は、事態が大きくなるよりも前に対応しようと動き、他の勢力と連動し、宦官と外戚の両勢力を挫くよう動いた。

さらに、反董卓連合の主勢力となる面子を、自分を通じて知己にする。

董卓の人となりを知れば、暴政云々といった理由での挙兵は出来なくなるだろうとの考えからだ。

殊に、袁紹が衝動に身を任せて駆け抜けないよう、抑えに回り手を打った。

その甲斐もあって、袁紹と董卓を知己にすることが出来たし、その間柄も良好なものになっている。ひとまず、袁紹と董卓の勢力同士が、戦に発展するほど険悪になるということはないだろう。

 

それでも、連合は組まれてしまうかもしれない。拭い去れない懸念点としてあり続けたのは、袁紹と袁術の存在だった。

だが実際に知り合ってみると、袁紹、袁術共に、彼女の知る"麗羽"と"美羽"よりもしっかりしていた。その人となりや気質に違いはなくとも、当人の"在り方"のようなものが異なっている。

異なる世界ゆえか、それとも自分たちの存在から生じた差異なのか。鳳灯には想像がつかない。

これが一刀であれば、彼女よりも適切な意見を述べられたかもしれないが。

 

それはさておき。

権力争いの両勢力を抑え、実権を奪い、騒乱の火種を消し、主要な面子を出来る限り知己にすることで反目する芽を摘んだ。

反董卓連合が起こる原因となるものを、手堅く潰していったつもりの鳳灯だったのだが。

ここに来てまた、雲行きが怪しくなっている。

 

宦官外戚それぞれが大多数を占めていた朝廷内部の人事を一新する。その後をどのようにして動かしていくか。

その意見で、大きな対立が見られるようになる。

 

袁紹と、曹操だ。

 

 

 

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漢王朝の屋台骨が揺らごうとも、日々の生活は変わらず流れていく。ゆえに、宦官外戚らの抜けた朝廷内のあれこれを補い、大小の混乱を抑えることは急務であった。

旧体制からの生え抜きが存在するとはいえ、実際に動かしていくのは近衛を中心とした新体制の面々になる。足りないものや分からないことばかりが積み重なっている中、それらをなんとか形にするために、会議や会合が毎日のように開かれていた。

 

その中でも特に強い発言権を持つのは、やはり近衛の中核として動いていた五人。董卓、曹操、袁紹、賈駆、鳳灯である。

殊に強く意見を発するふたり。曹操と袁紹は、自分が善しとする形を声高に主張し合い、強く衝突していた。

 

「体制はそのままに中の人材を入れ替る」という主張と、「腐敗した体制ごとすべて作り変えるべき」という主張。

簡単にいうならば、そういうことになる。

前者は曹操が、後者は袁紹が持ち出したものだ。

 

曹操はいう。

漢王朝における腐敗の原因は、朝廷内部に巣食った人間そのものである。

体制自体は、曲がりなりにも長い間機能し、漢を支えてきたものだ。中で動かす人間が変われば、色を失っていた体制も息を吹き返してくるに違いない。

結局は、用いる人間のありよう次第なのだ、と。

加えていうならば、大きすぎる変革は漢王朝下の民を混乱させかねない。変える必要があるならば、変えられるところから少しずつ変えていき、徐々に全体へと拡げていくべきだ、と、人材を重視する彼女は主張した。

 

それに反する意見として、袁紹はいう。

新体制に就く近衛の面々を信用していないわけではない。だが現体制の中には、新参者である自分たちでは目の届かないところが多くあるだろう。そこからまた、よからぬ輩が現れないとは限らない。

だからこそ、近衛の目が届かない場所のないような形を、自分たちの手で新しく組み上げるべきだ、と、主張した。

体制の全体を把握することは、治世者としては必須である。長い目で見るならば、自分たちですべてを組み直してしまう方が労が少ないに違いない、と。

規模は異なるものの、実際に袁家という体制を統べる袁紹。その立場からの実感もあるのだろう。彼女の言葉には説得力が籠められていた。

 

鳳灯自身は、ここで改革を進めておいた方がいいと考えている。他の軍師文官勢も、同じような考えを持っているようだった。

しかし、賈駆は改革を推す気持ちはあるものの決定権は董卓に委ねており、張譲は旧体制の人間であるということで強く主張することを自粛していた。

 

鳳灯は、他の面々と同様に表立って動いてはいるものの、立場そのものは董卓傘下の客将である。普通は、声を大にして我を通すのは憚られると考えてしまうかもしれない。

だが鳳灯は、立場よりも今成すべきことを重視する。堂々と、袁紹の案を支持してみせた。

いざとなれば、董卓の下から離れ、在野の人間として改めて意見を述べてみてもいい、とさえ考えて。

 

 

 

新しく体制を作り直す。口にすることは容易いが、実行に移すとなると、時間も人手も膨大にかかることは誰にでも分かる。

確かに、すべてを建て直すためにはこの上なく適した状況だ。しかし現実には、時間も人手もそこまで割く余裕はない。

それは袁紹もよく分かっている。改革よりも前に、目の前の混乱を鎮めることを優先せざるを得ないことは、彼女も理解はしていた。

ゆえに、彼女はいったん妥協し退いて見せる。

曹操の主張の通り、ひとまずは現体制をそのまま引継ぎ、現状の平定が優先されることとなった。

また、賈駆張譲ら文官側の、ことに鳳灯の強い主張もあって、新体制の骨組みを作る会合も逐次持たれることになる。

長い目で見た場合、体制改革の必要性も十分に理解できる。そのため曹操もこれを承知した。

 

以降、袁紹と鳳灯が主体となり、補佐として張譲が参加し、新体制の改革草案が練られることになる。必要に応じて、賈駆を初めとした他の文官軍師ら、そして曹操や董卓らも参加しながら、漢王朝の行く末を睨んだ会合が進められることとなった。

 

そんな経緯から、鳳灯は、袁紹と会話を交わす席を多く持つようになっていた。

 

 

 

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「袁紹さんは、どんな姿を臨んでいるんですか?」

「簡単なことですわ。

誇り高く在らんとするものが上に立ち、下の者がその姿に啓発され自ずと動く。

統治者として相応しい者が民の前に立つことによって、その威光がすべてに及ぶようになるのです」

 

あるとき、鳳灯は聞いてみた。袁紹が目指そうとしているものはどんなものなのか、と。

返ってきた答えは、らしいといえば実に彼女らしいものだった。

 

袁紹自身、袁家という威光をもってして冀州を治めている。その内容は、民をして不満を抱くには至らない善政といっていいものを布いていた。"天の知識"を用いたものに比べればさすがに粗は見えるものの、漢王朝の腐敗具合とその下にある治世水準から見れば、袁紹は充分以上に"善き治世者"であるといっていい。

 

その経験と実績が、自分が取ろうとしている行動に自信を持たせる。

国の政治と州の統治では、比べようがないかもしれない。だが袁紹は、判断する基準もしくは比較して考察するに足るものを持ち、朝廷に蔓延っていた腐敗官吏たちよりよほど民の在り様を考えている。

 

「悪事を働くのはしょせん人。それは分かります。

だからこそ、頂点に立つ者が変わるならば大きな変化が必要です。

下につくあらゆるものはその都度、頂点に立つ者が把握し動かしやすいものへと変わるべきでしょう。

もちろん、旧なるものすべてを否定するわけではありませんわ。

ですが、今回は話が違います」

 

既に在った形に対して、人は皆、絶望に近いものを感じていた。

ならば、そんなものは壊してしまった方が、民は目に見えて変化を感じ取ることが出来る。治める立場から見て後々はかどるだろう、と。

 

これまで朝廷内で取られていた体制は、宦官と外戚の二勢力に権力が分散されていた。

互いに噛み合い、組織としてうまく動けばいい。だが実際には、私利私欲のためだけに権力を振るう輩ばかりであった。それぞれが牛耳る分野を固持しながら、互いの分野をなんとか切り崩そうと躍起になる。

そんな様では、下に付くものがどう思うか。悲哀か、憤怒か、絶望か。いずれにしても、漢王朝の衰退を感じるのは無理もない。

 

だからこそ、腐敗を生んだ体制を壊し作り変えることで、そこに新たな希望を提示できる。

先だっての制圧劇も、周囲への印象を植え付けるために敢えて派手な立ち回りをしてみせた。それと同じこと。そして結果を出して見せることで、正当性とその威光が浮き彫りになる。

 

そういった、頂点に立ち導く者の威こそ、今もっとも求められているのだ。袁紹はそう主張して憚らない。

 

彼女の臨む姿は要するに、上が変わり自ら動いて見せれば下の者もそれを理解しついてくる、という考え方である。

対して曹操の方は、下の在り様を上に立つ者が整えながら徐々に理解を深めさせる、というもの。

 

上がぐいぐい引っ張っていく形と、下の変化を求める形。

前者はもちろん、皇帝を頂点とした形を想定している。

逆に後者は、皇帝の存在などなくても民は統べられるという考えだと取られかねないものだ。

だが見方を変えれば、前者は、皇帝をさて置き配下の者が独裁に走る危険もあり。後者は、世の中の些事は配下の者が処理すれば十分だという考えによるものともいえる。

 

どちらの考えにもいい分はあり、一長一短、見方次第で捉え方もがらりと変わる。

結局は、自分自身がなにを第一として判断を下し行動するか。

かつて鳳灯が、公孫越と公孫続にいい含めた言葉に行き着くことになる。

 

「本当に、まず袁家ありき、なんですね」

「当然ですわ。わたくしは袁家に生まれ、袁家に育ち、袁家の名に相応しくあるよう努めて来たのです。

この世に、袁家の名をより轟かせること。それこそがわたくしの臨むもの。

先導する袁家の威が高まるほどに、民も豊かになっていくのです。少なくとも、そう在るようにわたくしは努めていますわ」

 

 

 

鳳灯は、自身の考える形を布く道程は、袁紹の考えに近いと判断する。

 

頂点に掲げる存在があり、その下で諸将がそれぞれに見合った個を振るう。

かつて鳳灯がいた世界でなされた、"天の御使い"を頂点とする「三国同盟」。

これと同じ形を、皇帝を頂点として立ち上げればいい。鳳灯はそう考えていた。

軍閥を始めとした各勢力が戦いを繰り返し、魏・呉・蜀という三国に煮詰められたからこそ成しえたのだ、とも考えられる。"この世界"において同じことをしようとすれば、要らぬ混乱も起こるかもしれない。各地の領主らとの折衝や意思疎通にも、多大な労力が割かれるだろう。

だがそれでも、戦に次ぐ戦に日々疲弊するよりはずっといい筈だ。

 

そのための御旗たる皇帝、それに次ぐ旗印のひとつとして、袁紹は、内実共に申し分ないといえる。

況してや、御旗という存在の意味を理解した上で、袁紹自身がやる気になっているのだ。

自分が引っ張ってみせる、と。

 

その気概と勢いを、わざわざ挫くような真似をすることもない。

いい方は悪いが、使える、と、鳳灯は考えを巡らす。

 

「不敬な言葉ではありますが、此度の宮廷延焼はある意味では好機、と、わたくしは考えますわ。

過去のよからぬものをすべて排除し焼き払う。

それをつぶさに目にしたことで、大幅な体制の変革を行ったとしても不自然さは感じられません。

王城の建て直しを見ると同じように、体制の在り方を再構築するに当たっての混乱も、仕方のないものとして捉えるでしょう。

鳳灯さん。わたくしの考えはそう的外れでもないと思うのですけれど、いかがかしら?」

 

間違ってはいない。

腐敗した体制を是正する、というこの上ない名目がある以上、実質的にも対外的にも不自然なことはなにもない。多少の不具合は出てくるだろうが、大事の前の小事としてその都度対処すればいい。そこから新たな改正案も生まれてくることもあるだろう。根本から改革改変を行うのであれば、今このときがもっとも適した好機といえる。

 

一方で、曹操のいう現状の平定もまた、間違っているわけではないのだ。

ことがなんであれ、何事かを成そうとするに際して足元が乱れ騒いでいることは望ましくない。ゆえに、まずは民の混乱を宥めた上で、いち早く日常を回して見せることこそ肝要だと。

 

どちらにもいい分があり、どちらにも道理がある。

あちらを立てこちらを立てと調整しながら、結果的に、袁紹がわずかながらに不満を覚える形ではあったが、話はまとまった。

それがつい先日の話。一先ず、朝廷及び洛陽は再始動を開始する。

確たる衝突、それに大きな負の感情を生むことなく落としどころが見つかったのは、僥倖といっていいだろう。

 

 

 

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以前に鳳灯がいた世界において、反董卓連合を発起したのは袁紹だ。

その引き金となったのは、朝廷内における権力争い。"こちらの世界"では大元となる原因を潰してみせたが、ここに来て袁紹が、董卓や曹操と対立してしまっては元の木阿弥である。

 

ゆえに、鳳灯はそれぞれの間に立ち、進言を多くし取り成そうとする。

袁紹と曹操の間に要らぬ波風が立たないよう気を回しながら、鳳灯は、数多く話し合いの場を重ねる。新体制についての会合を行う関係上、殊に袁紹と会話を交わす機会が増えた。鳳灯にしても、袁紹との話し合いは意義のあるものだった。

袁紹もまた、鳳灯とのそういった話し合いに刺激を覚えたのかもしれない。高圧的な所作言動は相変わらずではあっても、存外素直に、というよりもむしろ積極的に、話し合い語り合う数が増えている。

 

膝を突き合わせるほどに語り合う。袁紹とそんな機会を重ねる毎に、鳳灯の中にある評価が更新され続ける。

以前の世界から引き摺っている記憶。それによって、鳳灯はどうしても、袁紹に対しての警戒心が働いてしまう。それゆえに、話し合いの相手という理由をつけてまで彼女を見張る、という気持ちは少なからずあった。

そんな鳳灯の警戒心も、話し合い語り合いを袁紹と重ねた今はかなり小さくなっている。

 

この人は、無体な理由で戦を起こしたりはしない。

少なくとも"この世界の袁紹"は、自分なりの理由がなければ動かない。そして、いざ動くとなれば、それが"袁家"という名にどう影響するかを吟味した上で動こうとする。感情だけでなく、充分に理と利を押さえた上で動く。言葉を発する。

以前の世界の"麗羽"を思わせる言動もちらほら見えはするが、時折それを恥じるような素振りを見せることもある。独り善がりではない、自分なりの良し悪しの基準を持っていることが窺い知れた。

 

決して暗愚ではない、ひとりの統治者として、敬愛するに値する人物だと。鳳灯は判断する。

一方で、我の突出した人物としての言動に一抹の不安は残る。

宦官を粛清し、幽州を攻め公孫?を没落させ、覇王たる曹操に戦いを挑んだ、そんな激しい気質が"こちらの世界"の袁紹にもあるのだろうから。

そういったところは、軍師の立ち位置にある者が手綱を握ることが出来ればなんとかなる。

なによりも、誇りをもって自ら動こうとするその気概はなかなかに得がたいものだ。徒に萎ませてしまうには惜しい。

 

 

 

想いがどれだけ崇高で固いものであっても、いざ実践するとなると簡単にはいかない。

物事をなすには力がいる。それも様々な意味での力が。

 

個人の地力ではなく総合的な勢力として、一番強力なのは、現時点ではやはり袁紹だ。

兵力地金基盤、名声有名信用その他諸々。個人としての能力は拮抗していたとしても、その背後にあるものの厚みが違うのだ。

宦官の長・大長秋の系図である曹操でさえ、周囲に対するその影響力はまだ袁紹に及ばない。

ましてや台頭し出したばかりの勢力程度では、発言力など高が知れているといっていい。

 

他に影響を及ぼす発言力が高いこと、それはすなわち権力の強さを表す。

なにかを大きく変えていこうと声を挙げるに相応しい立ち位置、そこに在るのは、やはり袁紹である。

 

以前の世界で、袁紹は、悪い意味で漢王朝をひっくり返して見せた。

ならば、進もうとする道が違えばどうなる?

ひっくり返すにしても、もっと違った結果を出すことも出来るのではないか。

 

進み方次第で、袁紹は更に化ける。

漢王朝の未来にとっての、標となる光にさえ成り得る。

 

大袈裟に過ぎるかもしれない。

だが鳳灯には、そんな一条の光が、仄かに見えるような気がしていた。

 

 

 

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曹操と董卓を主とした、現体制による朝廷の平定と運営。袁紹を筆頭とした、幅広い改善案の練り上げ。そういった、こなさなければならない多くのことに明け暮れながら時は流れる。

朝廷内の人の流れ、洛陽の町の動揺などが落ち着いてきた頃。近衛軍の中でも幾ばくか人の動きがあった。

 

 

 

まず袁術たち一行。

彼女らは早々に、拠点である揚州へと帰っていった。

洛陽内で行われた一斉人事にあたって、袁術は新たに具体的な地位を授かることを辞退している。

 

「だって、面倒じゃろ?」

 

身内ばかりとはいえ、仮にも朝廷最奥部の人事に対して臆面もなくそういってみせる。大物なのか大馬鹿なのか、意見が分かれるところだろう。

とにかく。袁術は、少しばかりの直轄地拡大と、朝廷内における申し訳程度の位階を得るに留まった。

決まるものが決まった途端に、彼女らはさっさと自領へ戻ることにした。

 

「必要なら孫堅を置いていくぞえ。こきつかってやるといいのじゃ」

「武官はもう間に合ってるだろ。むしろ、必要なのは文官じゃないのか? だから置いていくなら張勲だな」

「私には美羽様のお世話という崇高な役割があるんです。それとも孫堅さん、私の代わりにお世話しますか?」

「済まない。行路の世話なんて、わたし如きでは無理だったな」

「のっほっほ、妾の偉大さが垣間見えるのじゃ」

「さすが美羽様、話がズレてるのにそこを気にしない懐の広さ。細かいことは他人任せの唐変木め、よっ、可愛いぞっ」

「ならば、なにかを押し付けられる前に揃って帰るとするか」

 

袁術、孫堅、張勲。言葉にこそしなかったが、総じて「なんで私が」という態度を隠そうともしない、相変わらずなやり取りがあったらしい。

そんな声を伝え聞いて、賈駆や曹操などは、頭痛を堪えるような表情を隠そうとしなかったという。終始ブレのない態度を取り続ける様は、もういっそ清々しいとさえいえるかもしれない。

 

 

 

公孫?らも、幽州へと戻ることになった。

いろいろな要因が重なり、近衛軍に手を貸した公孫?だったが。彼女自身は大した働きをしていないと思っている。

彼女もまた朝廷内での位階を新たに受けはした。だが、これといって特別な恩賞を受ける理由がないとして、彼女もまたそれ以外のものを辞退している。立場そのものは引き続き、幽州牧の地位を全うするということで落ち着くことになった。

 

「鳳灯、まだ戻る気はないのか?」

「はい。申し訳ないのですが、もう少し、中央での政治の在り様を学びたいので」

 

幽州へ戻る際、鳳灯に声をかけた。彼女の言葉に、公孫?は寂しさを隠そうとせずに名残を惜しむ。

その姿を見た、趙雲や、一緒に残る華祐も苦笑を隠せず。同じように寂しさを感じていた公孫越が、なぜか姉のなだめ役に回るという状況になってしまう。

どこか締まらない場面を作り出してしまうのは、ある意味、公孫?の才能なのかもしれない。

公孫?にしてみればまったく嬉しくないだろうが。

 

 

 

更に袁紹までが、冀州へ一時的に戻ることとなる。

切っ掛けは、彼女に宛てられた一通の便り。それなりに規模の大きい集団が複数、あちらこちらで暴れまわっているという。

 

「黄巾賊でしょうか」

「黄色い布の輩もいるみたいですわね。

ただ皆が皆そう、というわけではないようですわ。おそらくは、暴れる生き残りに便乗した匪賊の類でしょう」

 

辛うじて対処はしているものの、制圧に乗り出すには兵の数が心許なく、統べる胆力の足る人材も少ない。中央に遣した兵と共に、戻ってきて活を入れてくれないか。送られてきた便りは、そういった内容のものだった。

 

「確かに、地元を疎かにしているのはよろしくないですわね」

「出世に腐心して地元のことは放っている、なんていわれかねませんね」

「……そこまでいうんですの?」

「でも、そんな風に見えかねませんよね?」

「もっといい様があるでしょう」

 

さすがの袁紹も、鳳灯の直球な物言いには多少圧されるようだった。

余談ではあるが、彼女とのやり取りを繰り返すうちに、袁紹は自分の口にする言葉を吟味するようになったという。思わぬところで、名家の長に影響を与えていた鳳灯だった。

 

「とにかく、大したことではありませんわ。

中央が軌道に乗り始め余裕があるとはいっても、やらねばならないことは山積みなのですから」

 

ちょちょいと捻ってやって、さっさと洛陽に戻ってきますわ。

袁紹はそういい、すでに個性といっていいだろう高笑いを、自信満々に上げてみせた。

 

 

 

中央において行われた新しい人事、その者たちによる朝廷の運営。旧体制からの生え抜きによる補助があるとはいえ、なんとか問題なく動かしていけるであろう感触は得られていた。

となれば、日常の動きに関してはすでに将が手ずから関わるという段階を離れたといっていい。将が洛陽を出るといっても、不安になる要素はさほど大きくはない。もちろんゼロとはいわないが、それは実質的なものよりも、多くは気持ちや気分的なものなのだ。

 

鳳灯はわずかに不安を覚えている。

確たる理由はない。それこそ、"なんとなく"という気分的なものだった。

今の袁紹ならば、洛陽に向けて弓を引くことはないだろう。そう思う反面、洛陽から離してしまっていいのかとも思う。

かつていた世界の"麗羽"と、彼女は違う。印象を被らせてはいけない。今となってはその記憶は枷にもなる。

 

そう考えると、また別の問題が沸き起こる。

つまり、鳳灯が経験してきた"天の知識"は当てに出来ないということだ。

現時点で、彼女の知る歴史とは相当の違いがある。

そもそも、孫堅が存命であったり、その孫堅と袁術が好意的であったりと、前提となるもの自体が違っていたりするのだから

 

孫家はどうなるのだろう。

劉備たちはどうなるのだろう。

曹操の覇道はどうなるのだろう。

その他その他その他。

 

なまじ知識と経験がある分、要らぬ想像を巡らしてしまう。

なるようにしかならないといっても、出来る限り先を見通しておかなければならない。

そう、余計な戦を起こさず、出来るだけ平穏な世界を形作るために。

 

鳳灯は、見えなくなった先に差しているであろう光明を手繰り寄せるべく、執務机にひとり向き合った。

 

 

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・あとがき

「鳳灯、袁紹を再評価する」のこと。

 

槇村です。御機嫌如何。

 

 

 

 

 

ひと言でいうなら、今回のお話はそういうこと。

なのになんでこんなに冗長になってしまうんだ。というか前半いらないんじゃ、と思ったのは気のせいだと思いたい。

 

後々必要だと判断して入れた回。山がない。強いていえば麗羽さんをひたすら持ち上げているのが山。

 

 

 

というかさ、誰だよコレ。(お前がいうな)

 

自分の中で、麗羽さんが秘めた潜在能力は半端ねぇところまでいっています。

『恋姫無双』以外の三国志関連作品、及び資料等いろいろ読めば読むほど、

 

「『恋姫』の袁紹、扱いが不憫すぎだろ」

 

と、ココロの汗が頬を伝っていく。

 

そんなわけで、麗羽さんは、槇村的解釈に沿って改変されていきます。

逆に「こんなの麗羽じゃねぇ」とかいわれる可能性は実に大ですが。

それこそ「俺には関係ねぇ」で通します。

 

キャラ改変をしつつも、"麗羽さんらしさ"はキープしなければ。

 

麗羽さんって、「おーっほっほっほ」を使わずに表現するのが案外難しい。

地の文だけで突っ走ろうとするところがあるのは、そんな理由も少なからずある。

 

 

 

ちなみにタイトルの"採光"とは、明るさを取り入れるとう意味の他に、なにかを誘導する、という意味もあります。

 

説明
麗羽さん、倍プッシュ。

槇村です。御機嫌如何。



これは『真・恋姫無双』の二次創作小説(SS)です。
『萌将伝』に関連する4人をフィーチャーしたお話。
簡単にいうと、愛紗・雛里・恋・華雄の四人が外史に跳ばされてさぁ大変、というストーリー。
ちなみに作中の彼女たちは偽名を使って世を忍んでいます。漢字の間違いじゃないのでよろしく。(七話参照のこと)

感想・ご意見及びご批評などありましたら大歓迎。ばしばし書き込んでいただけると槇村が喜びます。
少しでも楽しんでいただければコレ幸い。
また「Arcadia」「小説家になろう」にも同内容のものを投稿しております。

それではどうぞ。
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コメント
シリウスさま>ゲームの方で袁紹軍に軍師キャラを出さなかったのは、下手するとそこまでのし上がっちゃうからだったのでは? 割りと本気で思う。(makimura)
jonmanjirouhyouryukiさま>欲はあるんですよ。でもそれが華麗かどうか、っていう感覚がネックなんじゃないかな。前話の削除版は正にそこが引っかかったものでして。(makimura)
dorieさま>曹操と袁紹の関係は、北方版『三国志』が好きな槇村です。(makimura)
ロンロンさま>誤字指摘、感謝です。いやもう本当に、麗羽さんが不憫でしゃあない。(makimura)
大ちゃんさま>挙がった方々も、一応は、既に役割が決まっています。どう転んでいくかはまだ未知数ですが。(makimura)
通りすがりの名無しさま>これからもっと、いい麗羽さんにしてみせます。(makimura)
アルヤさま>でも実際、頭のいい馬鹿を相手するのって、厄介ですよ?(笑)(makimura)
槇村です。御機嫌如何。書き込みありがとうございます。(makimura)
麗羽は周りの人に乗せられやすいところがあるから そこがしっかりしたら皇帝も目指せたと思うんだよなぁ(シリウス)
曹操にしてもライバルが馬鹿じゃないのは気持ちが良いだろうな、と思う。先が読めない展開、楽しみです。(dorie)
誤字 最新話 「話して」→「離して」 全く先が読めない・・・。けどなんで原作の麗羽はああなった・・・・・・。(龍々)
麗羽が動かないのなら動くのは西涼の馬家か、それとも劉備が動くのかこの外史の行く先が見えない。(大ちゃん)
これはいい麗羽・・・(通り(ry の七篠権兵衛)
麗羽はきっと、頭は良いけど馬鹿なんです。(アルヤ)
タグ
真・恋姫†無双 愛雛恋華伝 雛里 麗羽 萌将伝 

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