ムは夢中空間のむA
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2)婚礼と処刑は同義

 

「それで、どうなりました?」

 床の上で胡坐をかいていた橘れんは「おおかめ式」の幣(ぬさ)を短刀で切りながら顔をあげた。

 幣とは和紙を切って作る紙細工のようなもので、よく神棚とか注連縄(しめなわ)の注連飾りで見かけるのが一般的である。

だが、彼女のような「いざなぎ流太夫」はその幣に「川ミサキ」や「式王子」といった神霊の類を宿して祭祀をとりおこなうことができる。「おおかめ式」もそのなかの一つだ。

「うん、あの少年は死んでいた。それだけは間違いなかったよ」

「よくわかりましたね」

「なんていうかな、雰囲気っていうかさ……もうさすがにね」

「『この世にあらざるもの』は見慣れてきましたか?」

 彼女は薄っすらと微笑を浮かべた。

 ぼくがどうして、橘れんという、セーラー服を着た呪術師と知り合ったのかというと……それは、話すと長くなるのでまた別の機会に。

「まひるには適当に誤魔化しておいたけど、ぼくもびっくりしたよ。宙ちゃんにいたっては、何が起こったのかすら気付いてなかったし」

「不吉ですね」

「不吉?」

「夢遊病の原因もはっきりしないのに、朝から死人に声をかけられるなんて」

「それがね……朝だけではないんだ」

 ぼくが話を遮ると、橘れんは眼をしばたかせた。

「まだ何かあるんですか?」

 そこへ母屋の方から壁をすり抜けて、巫女姿の少女が大股で歩いてくる。

 身長は百四十五センチ未満。赤い頬に束ねた黒髪。右手には薙刀(なぎなた)、左手には弓、腰には長刀という、完全武装のいでたちだ。

「いくさの支度はできておるのに、今宵は何も起こらんな?」

「そう毎日、戦っていたら、身が持ちません」

「ともえさんも座って。相談に乗ってよ」

 ぼくは巫女少女に呼びかけ、座布団をすすめた。その背後ではママが寝苦しそうに「うぅ〜〜ん」と、布団のなかで寝返りをうっている。

「なんじゃ、わらべ? 相談に乗るも糞も、わらわは悪霊じゃぞ」

「いえ……ともえさんだって一応、そんな(ロリな)なりはしていても年長者(中身だけムダに熟女)だし」

「ほほぉ、賢い子じゃ。よくわかっておるな」

 そういって、彼女は鈴を転がす声で笑った。

「で、相手は? 『口(くち)吸い(す)』はもうしたのかえ?」

「……恋愛相談とかじゃないです」

 ともえさんは母屋の仏壇に棲んでいる悪霊だ。最初は怖かったけど、幽霊ということを除けば、単にワルぶっている面倒見の良い人である。

 「見鬼」といって、ぼくは幽霊を見ることができる特殊な眼を持っているらしい。

そのせいで、橘れんとともえさんと三人で、夜な夜な、この家に攻撃を仕掛けてくる謎の魑魅魍魎軍団と、家族には内緒で戦わなければならなくなったわけだが……。

「あ……でも、これはその死人にとっては恋愛相談なのかも」

「なんじゃと?」

 ぼくは仰々しく咳払いをして語りだそうとした。

「その死人はまひるのことを好きになったみたいで、その後、教室にも来たんだよ」

「『すとうかあ』というヤツじゃな?」

「ともえさんはよく知っているなぁ」

「ふふん♪ 『くろおずあっぷゲンダイ社会』の再放送で観たのだ。深夜に」

「ストーカーについてやっているなんて、随分、昔の番組だね」

「あれ? 『えねえちけ、あーかいぶちゅ』だったかな?」

「受信料も負担していないくせに、国営放送だけはこまめにチェックしていますね」

 巫女幽霊がノリノリで語るので、最初のうちは無関心を装っていた橘れんも次第に身を乗り出してくる。

「ところで、その死人……一目惚れですか?」

「そういうことになるのかなぁ」

「わたし、一目惚れは信じますよ。よくあるじゃありませんか?」

「よくあるの?」

 ぼくはぎょっとして彼女の顔を覗き込む。

橘れんは顔を赤らめ、顔の前で掌をぱたぱたと振った。

「いえ、わたしの場合じゃないですよ。ほら、『牡丹灯篭』でも、カランコロンって、お露さんとお米さんが新三郎のところへ……」

「なんで真っ先に浮かぶ例が怪談なんじゃ?」

「幽霊なんて惚れっぽいものなんじゃないですか? 若い男とか生きている人とか見ると、つい、ふらふらとついて行っちゃうんですよ。イケメン好きのおばさんみたいに」

「わらわを見ながらいうなっ!」

 ともえさんが拳を振り上げながらぷりぷりと怒ったが、橘れんは涼しい顔をしていう。

「それはともかく、相手が死人とはいえ一目惚れはピュアでプラトニックな問題ですから、ちゃんと聞いてあげなくちゃあいけませんよね?」

 二人は興味津々で生唾を呑み、ぼくをせっついてくる。

「いいから、先を話せ! わらべ!」

「……恋バナになった途端、馬鹿に喰いつきがいいなぁ」

 

   ◆

 

「丑三つ刻のサンドリヨン……♪」

 遠くから歌声が聴こえてくる。

「靴も履かずにどこゆくの♪」

「ねえねえ、カエデくん。問いの16番だけど、小野妹子って女じゃないの?」

 歌に声をかぶせて、前席の綾瀬りんがプリントの答え合わせをしてきた。その態度から察しても、歌声が聴こえていないことは明白であった。

彼女だけではなく、教室のクラスメイト達にも――。

「それから、問いの38だけど、聖徳太子って超能力者だったってホント?」

 綾瀬りんは今日もひときわ愛らしい声を出して、至近距離まで顔を近づけてくる。

 でも、これは決して、ぼくに気があるわけではない。女の子軍団のリーダーである綾瀬りんはおしとやかそうな外見に反し、負けん気の強い性格である。

 今、こうして「あたし、子がつく偉人ってみんな女に見えるのぉ」と媚態の限りを尽くしているが、ちらちらと横目でまひるの席の方を窺い、「ふふん、あんたのはとこはわたしにメロメロよ」と、鼻でせせら笑っている。彼女は一方的にまひるをライバル視しているのだ。

「見ぃつけたぁ」

 声がしたのと同時に、ぼくはまひるの席の方を振り返る。

彼女は顔をこわばらせていた。

誰も気がつかない。教室はしんとしていて、社会科教師は相変わらずチョークの粉を落としながら黒板に年号を書き入れている。

「どうしたの? カエデくん?」

「うぅん、なんでもない」

 綾瀬りんが不思議そうに首を傾げている。

ぼくには見えていた。あの少年が机の脇を静かに抜け、まひるの席までやって来るところを。制服の中学生達のなかに、一人だけ黒いTシャツとジーンズといったいでたちで、彼の姿はあきらかに浮いていた。

「サンドリヨン。サンドリヨン」

「なんなのよ! サンドリヨンってなに?」

 まひるが唇を尖らせ、小声でなじっているのがわかった。

「サンドリヨン。ひっ。いい足だなぁ。おで、お前の足と結婚したい。ひっ」

「な、なにいってんのよ!」

 今度は大声で彼女は怒鳴った。教室中の視線が彼女に集中し、眼の前でも綾瀬りんが呆気にとられている。

「どおしたぁ、谷村!」

社会科教師はチョークを止めて振り返る。

「い、いえなんでも……」

「サンドリヨン。ひっ。もう遅いよ」

 口籠もるまひるの顔を至近距離から少年は覗き込み、執拗に語りかけてくる。

「いい加減にしてっ!」

とうとう怒りが爆発して机をひっくり返した。だが、死人は動じない。視姦するかのように、じっと、少女の脚を見つめている。

「くびれ(・・・)様(・)のお許しが出たから。お前の脚とおでを夫婦(めおと)にしてくれるって。ひっ。」

 ――くびれ様?

「くびれ様ってなによ¥ どうせあたしの腰にはくびれ(・・・)なんて……;」

「ほ、保健室! 先生、ぼく、保健室に連れてゆきます!」

 猛烈な勢いで拳を振り上げる彼女を制すため、ぼくは挙手をして立ちあがった。

 

   ◆

 

「くびれ(・・・)様(・)、と、いったんですね?」

 橘れんの顔つきが変わった。

 見ると、ともえさんも放り出していた薙刀を?み、恐ろしげな表情になっている。

「確かに、そう申したのじゃな?」

「う、うん。そうだけど……どうかしたの?」

「それでわかりました。まひるは十中八九、殺されます」

「え¥」

「足をもぎ取られるぐらいですめばいいですが……」

 橘れんがそういいかけると、ともえさんがすかさず毒を吐く。

「すむものか。亡者にとって、婚礼なんか処刑と同義じゃ」

「え? えぇ¥」

「そろそろ、丑三つ刻――あの娘の夜歩きが始まる頃です」

状況がよく呑み込めすにいると、まず重い腰を上げたのは橘れんだった。切ったばかりの幣を手に取り、凛々しげな面持ちでぼく達にいう。

「今夜はおそらく、短期集中決戦となるでしょう。各自、武器を手にしてください!」

「と、いうことは……?」

「殴り込みじゃな¥」

 すでに弓と矢を携え、歩く武器庫と化していたともえさんは、燦然と眼を輝かせた。

 

                                  【つづく】

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説明
web版のオリジナル小説「ムは夢中空間のむ」番外小説の第二話です
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