THE LADY WOLF(レディー・ウルフ)第1話「レディーウルフ誕生」
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ロンドン郊外。

その日、私は大学の講義を終えて帰宅している途中だった。

人気のない小さな道。私は大学から寮までこの道を歩いて通っている。

いつも通い慣れたこの道、そして見慣れてるはずの満月。

だけど今夜の満月はいつもより不気味に輝いて見えた。

 

ふいに、近くの木陰から騒がしい物音がしたのに気がついた。

最初は、ただ風が吹いただけかと思って無視することにしたのだけど…。

 

私は浅はかだった。

まさかこの後あんなことになるなんて思いもよらなかった。

 

「…!?」

気づいたときには遅かった。

巨大な、身長2メートルほどはあろうかという影が私に襲い掛かっていた。

人間のようだがよく見ると全身には黒い体毛が生え、尻尾もついている。

何よりその顔はオオカミそのもの…人狼だった。

 

私はとっさに持っていたバッグでそいつを跳ね除けたが…一足遅かったようだ。

そいつは私の左肩にしっかり噛み付いていたのだ。

 

ああ、そういえばお母さんが言ってたっけ。

『人狼に噛み付かれたものは呪いを受け人狼になる』

その言葉を思い出した瞬間、考えたくない事態が頭に浮かんでしまったのだ…。

 

人狼になってしまう…。

さっき私を襲ったやつも、もとは人間だったら?

もしそうだとしたら、私は呪いを移されたことになる…。

そうなったら、満月のたびにああいうおぞましい姿になってしまう。

姿だけじゃない。心もどこかに消えうせて、ただ本能のままに暴れまわるだけの醜い獣になってしまうんだ。

 

冗談じゃない。そんなのイヤだ。私、人狼なんかになりたくない!

私は必死で頭を抱えて家に向かい走り出した…。

しかし今宵は満月、おまけに私はすでに噛み付かれた後。

頭の中をよぎっていたいやな予感は的中してしまう…。

 

頭に違和感を覚えてぱっと手を離す。そして自分の手を見た瞬間だった。

「ひっ…!うそっ、わ、私の手!?どうなってるの!?」

違和感の正体はこれだった。見ると私の手は、爪が鋭く尖りだし、白く滑らかな女性の手ではなくなっていた。

それだけじゃない。手の甲から手首、そして手首から腕へと、真っ白な体毛が生え始めていた。

そして、腕だけじゃない。なんと脚までもが、同じように変化を始めていたのだ!

 

「いやっ、だれか…ガルル…助け…私、人狼に…アグゥ…」

頬の辺りから骨がきしむような不快な音。そして上に上に移動していく聴覚。

喉の辺りにも白い体毛が生えてきたようだ。胸が、全身が燃えるように熱い。

私の喉からは、獣の唸り声のような音が漏れ始め、顔が前方に引っ張られていく感覚を覚えた。

ああ、このまま…あいつみたいに…醜く恐ろしい獣に成り果ててしまうのか…。

涙が頬を伝う。すでに顔にも体毛が生え始め、頬を伝うしずくはその部分の毛をぬらしていく。

 

「はあ…はぁっ…」

息が荒くなり、目の前がぼんやりしてきた。

ああ、もうすぐ私が私でなくなる瞬間が近づいているのだろう。

これからの私は何も考えることすらできない醜い獣…、暴れまわって人を襲って、挙句の果てにバケモノと呼ばれて殺されちゃうんだな。

もうダメ。もうダメだ。諦めて潔く、オオカミになってしまおう…。

 

そして私は月夜に向かい吼えた。咆哮と同時に、私の人間としての心は、永劫の闇に閉ざされた…。

 

 

閉ざされた…はず、だった。

 

 

「あ…あれ……?」

まだぼんやりとする頭を抱えて起き上がる。何が起こったのかがよくわからない。

いや…少しずつ、思い出してきた。

私は大学から家に帰る途中で、人狼に噛み付かれて呪いを受け、自分も人狼になって…。

 

人狼になって……?辺りを見回している私…?肉の匂いをかぐでもなく、次にここを通った人間を襲うでもない。

そういえば、視界にちらほらと鳥の姿が見えるのに、私はそいつらを襲って食べようとは思わない。

今食べたいもの…そうだ、寮に帰っていつものように夕食を…。

 

いつものように…夕食…?あれ?あれれれ!?

おかしい。何かがおかしい。人狼の呪いを受けて心は消し去られたはずなのに!?

いやしかし、今現在ここにいる私は、家でいつものご飯を食べる、という考えしかない。

ご飯食べて、レポートまとめて、明日は休みだからロンドンで買い物でも…。

 

「え!?え!?…これっていつもの私じゃん!?」

ほっと一息つく。気がつけば私は寮の目の前に来ていた。

なんだ、呪いなんてウソだったんじゃない。と、寮に入ろうとしたそのとき…。

 

私は、窓ガラスに映りこんだ自分の姿を見て愕然とした。

 

「そ、そんな…!?なにこれ…まるであいつじゃない!!」

そう…心までは呪われなかったものの…身体はすっかり人狼になってしまっていたのである…。

 

「あーん!どうしようどうしよう!こんな姿じゃ買い物にも行けな…」

と、慌てふためいていたときに、突然寮のドアが開いた。

 

「あ、おかえりケイティ。なに騒いでるの?」

ま、マズイ…ルームメイトのサマンサに見つかっちゃう…。

サマンサは私と同じ部屋で暮らしている。気立てがよくて、ちょっぴりのんびりやさんだけど私の友達なんだ。

ああ、でもどうしよう。最悪だ。こんな姿見られたらきっと、バケモノだって言われてたたき出されるんだろうな…。

 

「あれ…?空耳かな…?」

とっさにドアの裏に隠れる。ああ、どうか見つかりませんように。

「…このあたりから聞こえたような」

見つからないで見つからないで頼むから見つからないでお願いだから!!

…しかし、私の望みはあっさりと潰えてしまった。

 

「…あ」

見つかった。一番見られたくない姿を見られてしまった。

「…ケイティ……あんたまさか、人狼に…?」

ああ、多分これで私たち二人の友情も終わりだ。

すべて終わったんだ…これからきっと私は一人さびしく暮らすんだろうな…。

と思ってたそのときだった。

 

「……かわいい」

「は、はぃ!?」

あまりに予想の斜め上の答に、私は一気に肩の力が抜けた。

ああ、忘れてた。サマンサは動物大好き、しかも重度のオタクだったんだっけ。

それも、並みのオタクじゃない。

オタクっていってもあれだ、「人間が別の動物に変化する」とかそういう嗜好を持ってる子だ。

よかった…サマンサが妙な性癖の持ち主でよかった…!

 

「ねぇねぇ、どこでその気ぐるみ手に入れたのよー。私にも着せてよー」

「いや、これ着ぐるみじゃなくて本物なのよ」

「…え!?本物って?」

「だから、帰り道で人狼に襲われて呪われちゃったの!」

 

その言葉を聞いたサマンサは、暫く私のほうをじっと凝視したかと思うと腕や脚、さらには尻尾までも触ってきた。

「…マジですか、ケイティさん」

「マジなんだって。これでわかったでしょ。もう私は…今までの私じゃないの…。本当ならサマンサを襲ってるかも…」

と、私が説明しているのをさえぎって、サマンサは突然叫びだした!

「萌え!狼娘になっちゃったケイティはすっごく萌えだね!!」

「も…モエ…って、なに…?」

あんまりにもでかい声でわけのわからないことを言うもんだから、全身の力が抜ける。

「んーーよしよしっ、じゃあさっそくブラッシングでもしようかねっ」

「ちょ、ちょっとサマンサ、だからこれは…」

ああ、二人の友情が引き裂かれることがなくてよかった…。

でも…いいんだろうか…こんなんで。ああ、なんか一気に疲れが…。

 

しかし、このときの私はまだ知る由もなかった。

今夜私に起きた異変は、これから始まる長い長い戦いの、ほんの序章に過ぎなかったということを…。

説明
イギリスを舞台にした、Transfur系ヒロインもの。の第1話。人狼に襲われ、呪いを受けてしまった女子大学生、ケイト・パディントンの運命や如何に!?
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