レッド・メモリアル Ep#.06「対応者」-2
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 アリエルは、まるでジュール人形のような姿をした少女に攻撃され、倉庫の中から飛び出さざるを得なかった。

 この少女は一体何だ?アリエルは思う。この少女もテロリストの一員だというのだろうか?だが、あまりに幼すぎる。10歳ぐらいにしかならない年頃の少女が、細やかに動きながら、ありえないほどのスピードとフットワークで迫り、自分に向って攻撃を加えてきている。

 あと少しで、養母を救いだせる所まで来られたのにと、アリエルはくやしい気持ちに襲われる。

 だがそんな気持ちも、少女が突き出してきた蹴りが、森の中の針葉樹一本を、鋭く切り落としてしまった事で吹き飛んだ。

 木一本が、ほんの10歳くらいの体格の少女が突き出した蹴りで倒れていく。まったく理解しがたい光景だった。

「も〜う!いちいち避けたりしないでよ!あたしが、さっさとあなたを捕えないと、シャーリとお父様に怒られちゃうんだから!」

 少女は、まるで子供が言うかのように、アリエルにそう言い放ってきた。

「邪魔しないでよ!あの倉庫には、私のお母さんが連れて来られているのよ!シャーリは一体何をしようっていうの!」

 アリエルは、少女の放ってきた蹴りをよけながら言い放つ。

「知ってる」

「えっ?」

「知ってる。あなたのお母さんが、シャーリとお父様には必要なの。あなたも、お父様には必要なの」

 ジュール人形の姿をした少女は、アリエルに迫りつつそう言ってきた。

「あなたのお父さんって、一体、何なのよ」

 アリエルは、何の恐れも見せずに自分の方へと迫ってくるその少女に、恐れさえも感じた。

「お父様は、お父様よ。あなたもいるでしょ?お父様」

 少女は、アリエルのもとにゆっくりと迫って来ている。アリエルは思わず後ずさった。

この少女は、間違い無く『能力者』。そして、自分自身よりもずっと高度な『能力』が使えるんだという事を、アリエルは認識していた。

 森の中を逃げ惑うアリエルは、母がいるのであろう倉庫からどんどん遠ざかってしまっていた。

 このままでは、離れているだけだ、母を取り戻すためには、近づくしかなかった。

 しかし、その前に立ちふさがる少女。アリエルはたった一人の小さな少女のせいで、森の中を逃げ回るはめになっていた。

 少女は、右腕をアリエルの方へと突き出して来ていた。

 一体、何をするのだと、アリエルは彼女の方へと注意を向ける。

 すると、少女の右腕から突然、大きな鉄の筒が飛び出して来た。その筒は、まるで少女の体の中に内蔵されていたかのように飛び出してくる。

「へっへ〜。もう逃がさないんだからね!」

 少女はアリエルの方に、悪戯っぽい子供の笑顔を見せつけ、筒を向けてくる。

 その筒が彼女の腕から飛び出してきた時、アリエルはもしかしたら、この少女は、鉄の筒状の兵器を中に仕込んだ、ロボットなんじゃないかと思った。

 だが、ロボットだったら、パーツが腕から出て、それが、仕掛けのようになっているはずだ。

 この少女は、腕から飛び出させた兵器を、自分の腕から肩にかけて一体化させている。

 ロボットじゃあない。生きた人間だ。

 アリエルが、そう判断するのが遅いか、早いか、少女は腕と一体化させた筒から、ミサイルを発射した。

 まぎれもない、それは兵器だ。

 そう判断したアリエルは、素早く身をかわす。アリエルの体は、ミサイルが飛んでくるのよりも早く身をかわして、地面に身を伏せた。

 直後、アリエルの背後にあった木にミサイルは着弾して、木を吹き飛ばした。炎と爆風がアリエルの体を煽り、粉々になった木の破片が降り注いで来る。

 少女が腕と一体化させているのは、ロケットランチャーだ。あれに当たれば、こっぱみじんに吹き飛んでしまうだろう。

 まるで、ジュール人形のように、屈託のない少女の姿をしているのに、なんて兵器を仕込んでいるんだ、とアリエルは思う。

「ほーら。逃げたりしないでよ。お姉ちゃん。シャーリには、あなたを殺さないでって言われているんだからさ〜」

 この少女は、ロボットだと思う方が自然だろうか?アリエルに向かって鉄筒の姿をした、ロケットランチャーの発射口を向けてきている。

 もし、こんな至近距離でミサイルを発射されたら、彼女自身さえも、吹き飛んでしまうに違いない。

 子供だからこそ、逆に危険な存在。それが、目の前にいる少女だった。

「い、嫌よ。私は、あなたなんかに従ったりしない!」

 アリエルは、その場から立ち上がりつつ、そのように言い放った。

 すると、目の前の人形のような姿をした少女は、アリエルの姿を見上げてくる。

「じゃあさ、5秒あげるから、その間に逃げてみせて」

「はあ?」

 まるで子供の遊びのような申し出に、アリエルは思わず拍子の抜けた声を出した。

「ほら、時間ないよ。あと4秒で、コナゴナに吹き飛ばしてあげるんだから!」

 と言って、アリエルに向けて、少女はロケットランチャーを向けた。

「ミサイル発射、3秒前!」

 本当に発射する気だ。そう直感したアリエルは、もう背中を向けてその場から逃げるしかなかった。

 背中からロケットランチャーのミサイルが迫ってくると思うと、アリエルは何もかも振り乱して逃げる、情けない姿になっていた。

 こんな小さな少女に、背中を向けて逃げるしかない。

「2秒、1秒」

 子供の遊びであるかのように、背後から、少女がカウントダウンを続ける。

 アリエルは、その少女から、ほんの5メートルほども逃げる事が出来なかった。

「カチッ!ドヒューン!はい、ドッカーン!」

 だが、少女はそのように口で言っただけで、何も起こらなかった。

 ロケットランチャーからは何も発射されないし、爆発も起こらない。

 アリエルは、背後を振り返るのが恐ろしかった。だから、何も起こらなくても、その場から逃げるしかなかった。しかし、直後、自分の頭を強打する衝撃が走った。

 何が起こったのかも分からないまま、アリエルは目の前が真っ暗になって、その場に倒れてしまうのだった。

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 ジュール形のような姿をした少女として形容される、レーシーは、森の地面の中に倒れたアリエルを見下げていた。

 アリエルは、ちょっと脅してやっただけで、狩りに遭うウサギのように逃げ出した。わざとらしく、脅してやったのは、ただ仲間のテロリスト達にアリエルを背後から襲ってもらうためだ。

 アリエルは、まんまとその罠に引っ掛かってくれた。

 シャーリとは全然違う。弱くて、つまらない子。レーシーは思った。

 彼女は、腕と一体化している、ロケットランチャーを自分の腕の中におさめた。

 それは、小さい頃からレーシーがやっている事で、体を起き上がらせる事よりもずっと簡単にできる事だ。

 ロケットランチャーは重く、レーシーの腕よりもずっと大きい。だが、レーシーの肉体の中に収まれば、彼女は重さも何も感じることなく、それを持ち運ぶことができる。

 レーシーは、それが誰しもできることではない、自分だけが行う事が出来る『能力』なのだとシャーリに教えられた時、自分が、どんな子供なんかよりもずっと強い子なのだと知った。

 それ以来、レーシーにとって怖いのは、シャーリとお父様だけになった。

 レーシーの目の前に、何人かのテロリスト達が銃を構えてやって来る。

 彼らは、レーシーよりも2倍、3倍の体の大きさを持つ男たちだったが、レーシーは得意げに命令してみせた。

「ほら、連れて行っちゃって!お父様がお待ちかねなんだから!」

 マシンガンを構えたテロリスト達は、レーシーにそう言われ、黙々と作業を開始した。気絶させたアリエルを、このまま倉庫の方へと連れて行くのだ。

 アリエルを連れて行くのは男たちに任せ、レーシーは、得意げな姿でそれを見つめていた。

 そして彼女は、満面の笑みを見せる。

 やった。これで、お父様にもっと褒めてもらえる!お父様!これはレーシーがやったんだよ!ほら見て!

 レーシーの左目は、まるでカメラのレンズのようなものを出現させていた。それは、遠くから見てもただの目にしか見えないが、よく彼女の顔に顔を近づけて、その眼球を覗きこめば分かる。

 レーシーの瞳が、黒いレンズのようになっているのだ。

 彼女の瞳と一体化している小型カメラは、目の前の映像を、別のある場所へと送り届けていた。

 

 レーシーの眼に映った映像を、そのまま、受信しているのはある画面だった。空間に現れた画面には、たった今、レーシーが見ている全てのものが映し出されている。

 ライダースジャケットに身を包んだ、赤毛の少女が、気絶させられ、施設へと連れ込まれていくありさまも、そのまま表示させられていた。

 その画面を見ていた男は、病室のベッドの上で、ほとんど身動きも出来ない状態だったが、専用の通信機をベッドのテーブルの上に置いていた。

 そして、一言、

「よくやった、レーシー、私は嬉しいぞ」

 とだけ答えたが、男の顔はじっと画面を見つめる、まるで深淵の底にいるかのような暗い表情だった。

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 アリエルは、朦朧とした意識のまま、自分がどこかに寝かされている事に気がついた。

 それは、非常に冷たい金属の上だった。しかも服も脱がされているらしく、金属が背中に当たってとても冷たい。しかもアリエルがいるこのどこかの部屋は、とても肌寒い。

 だが、今の朦朧とした意識の中では、肌寒さに身を震わせる事も何もできなかった。

 声が聞こえてくる。

 寝かされた状態のまま、真上を向いているアリエルは、手術台の照明を目の当たりにしている。眩しい光が差し込んで来ている。

「意識は?」

 誰かがそう言って来ているのが聞こえてきた。聞き覚えのない声。聞き覚えが例えあったとしても、今の意識ではそれを判別することさえできない。

「無い。気絶させられた後、更に麻酔で眠らせた。あと1日は起きないだろう」

 誰かがそう答えている。

 その言葉の意味を理解する思考力も、今のアリエルの意識ではない。

「この娘が、そんなに大事なのか、さっさと、始末してしまえば良いものを。あの方が望んでいるのは、こいつの母親だろう?」

 そんな声に、さらに重なってくる別の言葉。

「ええ、そうよ。だけれども、お父様の命令なのよ。この娘の『力』がどういうものであるのか、しっかりと知っておかなければならない。わたし達の役に立つかどうかってね!」

 女の声。よく知っている自分の声。多分、シャーリの声だろう。

「この娘の能力は、腕だけだろう?なぜ、脳まで処置するんだ?」

「お父様の命令よ。さっさとやんなさい!」

 手術室に響き渡る声が聞こえ、アリエルは再び意識を失った。

 ドリルが回転するような機械音が聞こえたのを最後に。

 

 次の瞬間、アリエルは叫び声を上げながら飛び起きていた。

 頭を激痛が走っている。何が何だか分からない。世界がばらばらに壊れていくかのような衝撃を受けていた。

 頭を押さえて、しばらく声を上げていると、やがて頭痛が引いてきたが、その時、アリエルは、自分の両腕から2本の刃が突き出ているのを知った。両脚からも出ていて、それは今までアリエルが出していた刃よりもずっと大きく、そして、刃渡りも長い刃だった。

 異国では芸術品とさえ言われている、カタナにも似た姿と長さを持っている。今までのアリエルが出していた刃といえば、原始人が作った骨のような刃で、切れ味は十分だったが、いびつなものだった。

 だが、この刃は何だろう。

 しかも、自分の意志でその刃を、腕の中に納める事が出来ない。今まではこの刃を自分の体の中に収めることができたが、それができないのだ。

 頭痛がひどい。まだ頭が割れそうだった。

 しかも、その頭痛の痛みは、体の神経か何かを通して、この刃へと通じている。焼けるような何かが体を通って、手足の刃に通じている事をアリエルは知った。

「な、何よぉ!」

 頭が割れそうな頭痛をこらえながら、アリエルは周囲を見回した。

 やがて彼女は、ここが牢獄のような場所である事を知った。

 金属の壁が覆う場所で、分厚い壁が周囲を覆っている。部屋の大きさは一人用の牢獄ほどで、窓という窓もない。

 まるで金庫の中に入れられている。それがぴったりの牢獄だった。

 明かりこそ点けられているし、室内には簡易的なトイレもあったが、長くこの中にいれば、閉所恐怖症でなくても発狂してしまいそうだ。

 ここが何なのか、頭が頭痛とパニックに襲われつつも、アリエルは急いで判断しようとした。

 自分は、シャーリ達を追って、見知らぬテロリストらしき者達のアジトに踏み入り、シャーリと出くわした。

 だが、謎の少女がアリエルの目の前に現われて、それから、多分気絶させられたんだろう。今、自分がどこにいるかも分からない。

 頭に手をやってみれば、包帯が巻かれている事が分かる。

 頭を殴られたからだろうか?この割れそうな頭痛は、頭を殴られたから?だが、いつもにも増して、体からはっきりと、大きく出ているこの刃は一体何だというのか?

 アリエルにとっては謎だらけだった。

 そういえば、母はどうしたのだろう?確か、シャーリ達と同じ施設にいたはずだ。

 だけれども、こんな金庫のような部屋に閉じ込められていては、母がどうなってしまったのかも分からない。

 アリエルがどうして良いか、まったく分からずにいると、突然、部屋の扉は開かれた。

 アリエルはすかさず警戒して身構える。

 とりあえず、自分の体から、武器になるものは出ている。銃なんかを向けられたらどうしようもないけれども、武器だけはあった。

 開かれた扉から姿を見せた者。それはシャーリだった。

「シャーリ」

 アリエルは思わず呟いた。

 彼女は元々、眼光も鋭いし、きつい顔をしていたけれども、今は今までの彼女とは明らかに何かが違っていた。

 片手にショットガンを持っているから?それとも、身に着けている服装が、とても攻撃的なものに見えるからだろうか?

 タンクトップに上着を羽織って、ライダースのようなズボンを履いているその姿は、まるでアリエルを意識しているかのようだ。

 だが彼女の場合、アリエルとは対照的に白い色調に服装をまとめている。

「やっと目覚めたわね、ずいぶんと待たせてくれちゃって」

 普段聞いた事もないような、猫なで声でシャーリは言ってきた。これが、本当に、ほんの3、4日前まで、同じ学校の、同じクラスにいた幼馴染なのだろうか、と思ってしまうほどに。

「シャーリ!どうして、どうして、こんな事をするの!」

 痛い頭を抱えながらも、アリエルはシャーリに言い放った。だが、シャーリは、ショットガンの銃口をアリエルに向け、言ってくる。

「お父様が望んでいるからよ」

 お父様、お父様って、一体何だ?アリエルは向けられた銃口の前で思考を巡らせる。

「お父様って、誰よ」

 アリエルは言った。すると、シャーリはショットガンの銃口を下ろし、アリエルへと顔を近づけてきた。

 ショットガンの銃口よりも、むしろシャーリそれ自体の方が危険な匂いを漂わせている。顔の片方だけ髪で隠された顔。そして、右目だけ光る眼光がアリエルに迫る。

「お父様って言ったら、わたしのお父様に決まっているじゃあない。他に誰がいるって言うのよ」

「お父様って、あなたのお父さんは、確か、死んだって。だから里子に出されたんだって」

 確か、シャーリ自身から幼いころに聞かされた話はそうだったはずだ。だが、しばらくして再会してからは、シャーリからそんな話は聞いていない。

 ろくに会話さえしていなかったのだ。

「死んだっていうのは、聞かされていた方の話よ。でもね、中学生の時にお父様に再会できたの。『スザム共和国』に行った時にね」

 シャーリは、アリエルへと顔を近付けてきた。そして、彼女の顔を物色するかのように触ってくる。

 彼女の吐息が迫ってきた。女同士だというのに、とても妖しいシャーリをアリエルは感じる。シャーリは、唇にはグロスを塗っているらしく、それが更に妖しさを醸し出している。

 だが、出てくる言葉は攻撃的だった。

「『スザム共和国』は酷い国よ。毎日、いっぱい人が死んでいるの。あなたみたいな、平和な世界で暮らしている人では、想像もできないほどにね。

 わたしも初めて行った時、ここが本当に自分の故郷なのかって、疑ったわ」

「離してよ」

 シャーリは、アリエルの顔を見つめて言って来る。二人の距離はかなり接近していた。

 アリエルは最近、シャーリとろくに会話もしていなかったし、幼馴染だったから、幼い時の彼女の印象しか残っていなかった。

 いつの間に、こんなに大人びたのだろう?

 アリエルよりずっと内向的で、消極的だった彼女が。

「でもね。お父様と会って分かったの。わたしの故郷にいる人たちを死なせているのは、あなた達なんだっていう事が。

 あなた達ジュール人は、わたし達の国を国として認めていない。だから、わたし達の主張を、人殺しという形でねじ伏せているんだっていう事がね」

 目線をそらそうとするアリエルの顔を、シャーリは自分の方へと向けさせた。

「だ、だったら、私をどうするの」

「そうね。幼馴染のよしみがあっても、あなたを殺そうと思えばいつでも殺してあげる」

 と、シャーリは言った。彼女の危険な香りに、ここまで接近されていては生きた心地もしなかったから、そんな言葉が、実感として湧いてこない。

「でもね、お父様が、あなたと、あなたのママを欲しがっているのよ。だから、今は連れて行くだけにするわ」

 シャーリの言った、ママという言葉に、アリエルは反応した。

「お母さん?私のお母さんに一体何をしたの!」

 シャーリに喰ってかかろうとしたが、その時、アリエルの頭に激痛が走って、彼女は意識が飛びそうになった。

 シャーリの目の前で、アリエルは頭を抱えて眼を見開く。

「何をしたって?そうね、あなたにしてあげたのと、同じ事をしてあげたのよ。うふふ」

 まるで面白いものでも見るかのように、シャーリは言ってくる。

「私の、頭に、い、一体、何を!」

 まるで、頭の中を改造されてしまったかのような激痛だった。満足に立ち上がる事さえできない。

「大した事じゃあないのよ。ただ、あなたの頭のある部分に、電気的な刺激を与えてあげただけ。その時、あなたの頭に穴を開けているけれども、針の先よりも細い穴だから安心して」

 頭に穴、という言葉を聞いて、アリエルは、自分の頭を触ってみたが、包帯が巻いてあるだけだ。

「何をしたのよ!」

 アリエルは思わず膝をつき、声を上げた。

「不思議よねえ、ほんのちょっと、ほんのちょっとで良いのよ」

 とシャーリは言いつつ、アリエルの頭を指で叩いてくる。そんな刺激だけでも、アリエルの頭には激しい痛みが走った。

「やめ、やめて!」

「ちょっとの電気の刺激を流すだけで、人の感情さえもコントロールさせる事が出来てしまうの。同じくらいの電流を、あなたの脳のある部分に与えれば、ほら、あなたの『力』も、子供のおもちゃじゃあなくなっているわよ」

 今度は、シャーリはアリエルの右腕を持ち上げ、そこから伸びているブレードを示してきた。

 いつもよりも遥かに大きく現われて、そして、鋭利な形状を見せている、アリエルのブレードだった。

「この『力』は、刺激を与えられて、こうなっているの?」

 アリエルは、シャーリが持ち上げている自分の腕のブレードを見て呟く。

「ええ、そうよ。これは、わたし達が与えてあげた刺激でこうなっているの。とは言っても、一時的なものだから、すぐに収まるでしょうけれどもね。あなたが今抱えている、その頭痛も同じ」

 シャーリは、アリエルの頭を再び指さしてくる。

「この頭痛が?」

「あなたの体は、今、自分の『力』についてこれていないんだわ。だから、『能力』を出すように体に命令を送っている脳の活動が活発になって、そうなってしまっているのよ」

 と言って、シャーリは微笑をアリエルに見せた。アリエルは、まるで彼女の上でもてあそばれているかのような気持ちにさせられる。

「もう、私をここから出して。お母さんも返して」

 アリエルはそう言ったが、

「うふふ、駄目に決まっているじゃあない、あなたの『力』を、こうやって引き出すために、あなたをここに連れて来たわけじゃあないんだから。私があなたを連れて来たのは、お父様に命令されたからなのよ。こうやって、『力』を引き出してあげたのもね」

 と言い、シャーリは、アリエルの腕から突き出している刃を、何も恐れることなく、触れ始めた。まるで、心地の良いものを触るかのようにして。

「ふ、ふざけないでよ!いい加減にして!」

 と言い、アリエルは、シャーリが触っている右腕の刃を彼女の目の前へと持っていった。

 いくら頭痛がしているとはいえ、今のアリエルには、武器があった。

 脚から突き出している刃は使いづらいけれども、腕から突き出している刃なら、大型の刃物として武器に使える。

 アリエルは、頭の頭痛を感じながらも、刃をシャーリへと向けた。

「ここから出して。あなたのお父さんの事もどうでも良いから、お母さんと一緒に、ここから出してよ!そうすれば、もう私はあなたに関わったりしない。この場所の事だって、誰にも言わないんだから!」

 だが、シャーリは、アリエルの刃など、少しも恐れている様子はない。

「その刃で、わたしを斬ろうって言うの?いいじゃあない。やってごらん」

「え?」

 シャーリの思ってもみない言葉に、アリエルはうろたえた。

「でもたぶん、そんな刃じゃあ、このわたしを斬る事なんてできないわよ。幾ら刃が鋭くても、どんなであっても、わたしに傷一つ付けられないわよ」

 まるで、楽しいものをもてあそんでいるかのように、シャーリは言ってくる。

「脅しじゃあないのよ!私が言っている事は!」

 と言い放つアリエルだったが、

「だから、その刃でわたしを斬ってごらんなさいって」

 シャーリはそう言って来る。もしかして、自分を陥れる罠なんじゃあないかと、アリエルは思ったが、彼女の前に立つシャーリは全くの無防備だ。

 この狭い独房のような部屋では、刃を振るう事は難しかったが、シャーリの息の根を止める事は簡単だ。

 だが、アリエルは手が震えてしまい、シャーリに対して攻撃することをためらった。

「あらら、幼馴染のよしみで、わたしを攻撃できないの?甘ったれたものね、でも、わたしは違うわ。いくら幼馴染であっても、お父様の命令さえあれば」

 と、シャーリが言いかけた瞬間、アリエルは、腕から突き出している刃で、彼女の体を斬り付けた。

 シャーリの着ている上着がぱっくりと切り裂かれる。彼女の体にも刃で斬られた傷は大きく入ったはずだ。

 しかし、シャーリを斬り付けた瞬間、アリエルは奇妙な感触を刃づたいに感じていた。非常に硬い感触。とても人の肌を切ったとは思えない。

 まるで硬い金属を攻撃したかのような感触だ。

 突然、アリエルに斬りつけられた事に、シャーリは少し目を見開き、あっけにとられたような顔をして見せたが、すぐにその表情は笑みに変わった。

「ね、駄目でしょ」

 シャーリ自身、痛みは何も感じていないようだった。実際、アリエルはシャーリの体を少しも傷つける事は出来ていない。

「だから、無駄な抵抗はよして。大人しく、わたし達についてくるのよ。それだけでも、あなたは幸せ者だわ」

 そう言うなり、アリエルを独房の中に入れたまま、シャーリは出て行ってしまった。

 シャーリが出ていくと、独房には重々しい音を立てて施錠がされた。

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4月10日

6:11 A.M.

『ジュール帝国』 《ボルベルブイリ》から200kmの地点

 

 シャーリは、アリエルを独房に閉じ込めた後、再び、手術室のある方へと向かった。

 切り裂かれた、自分の上着と、その下に着こんでいるシャツを触ってみると、鋭利な刃物で切り裂かれたようにぱっくりと切り開かれている。

 多分、普通の人間だったら、かなり深い傷になっているだろう。

 だが、たぶん、致命傷にはなっていない。

 アリエルは、自分を殺すつもりではなかったのだ。

 それを知ると、シャーリは思わず笑みを浮かべずにはいられなかった。

 アリエルは施設内にある手術室の扉を開き、その中に入る。

 ここは、長年使われていなかった地下倉庫だったが、最近、大幅に改築され、手術室としても、独房としても、また、武装組織の拠点としても使う事ができた。

 ある人物が、元々、こうした施設として使えるよう秘密裏に建設させた施設なのだ。

「どう?彼女の調子は?」

 アリエルは、手術室内で白衣を着ている医師にいきなり尋ねた。

 彼女自身は、白衣も手袋も付けていないため、ガラスの窓越しで無菌状態の手術室内に尋ねた。

「今、大事なところだ。話かけないことだな」

 と、手術室内にいる別の医師が答えた。

 シャーリはむっと来つつも、黙って手術室内を見守る事にした。

 手術室の中では、一人の女が、手術台の上で寝かされている。それはアリエルの養母のミッシェルで、頭に電極のようなものを装着されている。

 電極からは、糸のようなものが2本出されていて、それを医師は巧みに操っていた。

 シャーリは、その糸のようなものの正体を知っていた。糸は、正しくは糸ではない。

 糸は非常に細い針になっている。丁度、針灸で使う糸と同じように、細い針になっているのだ。

 針には更に電極が取り付けられていて、微細な電流を流す事が出来る。

 ミッシェルの頭に接続されている電極は、彼女の頭骨に開けられた穴を安定させるもので、電極を脳の中へと通す案内にもなっている。

 まったく同じ事を、アリエルにもやってやったのだ。

 脳のある部分に電気的な刺激を与えると、『能力』を過剰に引き出す事が出来ると言うが、それはお父様の研究によるものだ。

 他のどこの組織にも知られていない技術を、自分達はする事が出来る。

 『能力者』の持つ『能力』を過剰に引き出す事が出来れば、それは重要な戦力になるだろう。

 たとえその相手が、あのアリエルや、その養母のミッシェルであっても同じ事だ。

 アリエルを始末することができないのは不満だったが、これで無事、アリエルと、彼女の養母をお父様のもとへと連れて行く事が出来る。

 そう思ったシャーリは微笑を浮かべずにはいられなかった。

 これで、お父様にまた褒めて頂く事が出来る。

 

 数時間後。アリエルの養母である、ミッシェル・ロックハートはその目を覚ました。

 彼女は、アリエルと同じように頭に包帯を巻かれており、アリエルよりもずっと疲弊しきっていた。

 彼女が目を覚ました時、疲弊した彼女が目の前にシャーリの姿を見て、一体どのように思ったのだろう。

 だが、ミッシェルはすぐに意識もはっきりとしてきたようだった。

 手術台の無菌状態から解放された彼女は、今では、シャーリ達のアジトに設けられた一室に寝かされていた。

「あなたは、一体私に何をしたの?」

 ミッシェルは頭を押さえつつ、シャーリに言ってきた。アリエルと全く同じ質問だ。血の繋がっていない親子のくせに、昔から二人はどこか似ている。

「さあ、わたしはお父様に言われてやっただけだから」

 だが、ミッシェルはアリエルよりもずっと、シャーリの父の事を知っているようだった。

「あなた、それがどういう事か分かっているの?」

 ミッシェルは頭を抱えてそう言った。

「いえ、あなたがさっきまでした事を考えれば、分かっているって言う事よね」

 シャーリはミッシェルがそう言った言葉を遮って、シャーリはミッシェルの頭に巻かれている包帯を抜き取り始めた。

「あらあら、思った通り、随分と治りが早いのね。普通だったら傷がふさがるまで結構時間がかかるのに」

 シャーリはわざとらしく自分の言葉を、妖しくしてみせた。

 アリエルだけじゃあ無く、幼い頃から知っている、ミッシェルおばさんに、自分の成長を見せつけてやるのだ。

 だが、ミッシェルはシャーリを見ても、恐れるような姿を見せなかった。

「あなたは、わたし達を捕えて、一体何をしたいって言うのよ」

 ミッシェルの頭の傷は、治っているようだったが、かなり疲弊している。

 無理もない。あの手術をすると、若くても体が相当疲弊するのに、ミッシェルは50代なのだから。

「お父様が望んでいるからよ。お父様が、あなたとアリエルを望んでいるの。だから、私の顔を蹴ったような奴は普通、殺してあげるんだけれども、生かしてあげるの」

 と、シャーリは言いかけるが、

「あなた達組織が、何をしているのか分からないけれども、あなたは自分のしている事をもっと考えるべきね。お父様、お父様って、さっきからうるさいわよ。

 明確な証拠はまだ掴んでいないけれども、あなたのお父さんというのは」

 その言葉が、シャーリの癪に触った。

「お父様を愚弄するな!ジュール人め!」

 シャーリはショットガンを抜き取り、それをミッシェルへと向けた。

「そんな銃を向けて、一体、私をどうするっていうの?殺すの?あなたの“お父様”に顔向けができなくなるんじゃあないの?」

 と、ミッシェルが言うと、シャーリはその目の色を変えた。今まで妖しい顔を作っていたシャーリだったが、今度は感情をむき出しにしてミッシェルの寝かされているベッドの上に立ち、ショットガンを構える。

 彼女の片方の顔を隠している髪が揺れ動き、左の眼に深々と入った傷が見てとれる。

 だがシャーリはそんな事も気にせず、

「このわたしに向かって偉そうにほざくな!もう一度、お父様を愚弄してみろ!」

 そう言い放ったが、ミッシェルは少しもおびえていない。あのアリエルは怯えるはずだったが、

 このミッシェルは、確か軍人だと言っていた。しかも将軍職だと。

 シャーリは、ミッシェルが、『帝国軍』の将軍職を務めていたと聞かされて、てっきりそれは実戦とは無縁の制服組だと思っていたが、

 昨日の戦いぶりと言い、この動じない姿と言い、どうやらミッシェルは、只者ではないらしい。

 お父様も、ただの人間は欲しがらないだろう。シャーリは納得していた。

「あなた、ずいぶん、“お父様”に対して盲目的になっているようだけれども、自分で考えるっていう事をした事はあるの?」

 と、ミッシェルは尋ねてくる。

「まあ、いいわ。どうせ、あなたはお父様の糧になるだけなんだもの」

 そう言って、シャーリはベッドから降りる。

「娘に会わせてもらうわよ」

 ミッシェルがベッドの上から言ってきた。ショットガンを片手に恐れもしない彼女の口調は、まるでミッシェルの方が優位に立っているかのようである。

「うるさいな!自分が置かれている立場を分かっておけ!」

 ミッシェルの態度に苛立ったシャーリは、彼女へとショットガンの銃口を向けて言い放つ。これ以上彼女の優位に立たれてたまるか。そう思ったのだ。

「待ちなさい。シャーリ。あなた、一体、何があったっていうの?一体、なぜ、こんな事をしているの?」

 部屋を出て行こうとするシャーリの背後から、ミッシェルがそのように言ってくるが、シャーリは聞く耳を持たなかった。

 正確には、彼女の耳はすでに塞がっており、誰からの問いかけも受け付けようとはしていなかったのだ。

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チェルノ記念病院

 

「お電話が入っておりますが」

 常に自分の横に置いている秘書がそのように言うと、彼は震える手で、ベッドのテーブルの上に置いてある電話機を手に取った。

 イヤホン式の電話機を耳に装着するだけでも、相当に難儀な作業になってきてしまっている。

 これ以上、病状が悪化したら、一体、どうなってしまうのか。

 彼は、病状が悪化した場合の自分の姿を想像することはできたが、それはどのように想像しても、悲劇的な結末でしかなかった。

 だが、この電話機にかかってくる相手が誰なのか、それぐらいは分かる。

 わが愛する娘からの電話であるという事は、良く知っている事だった。

 それぐらいを考える思考がまだ残されていた。

 病状が幾ら悪化していっても、彼の思考回路だけは正常に働いていた。むしろ、今までよりもずっと活性している。

 もう後先が短い事が、彼の思考に焦りの加速を加えているのかもしれない。

(お父様。シャーリです。ご容態はいかがでしょうか?)

 愛する娘、シャーリが言ってくる。彼女の声を聞けるだけでも、いかに幸せか、彼はそれを、ほんの僅かな食物を噛み締めるように感じていた。

 せき込んだ後に彼は答えた。

「良いとはいえん。日に日に悪化している。残された時間は、もうほとんどないかも知れん」

 そういう言葉を口に出すのさえ、彼にとっては辛い事だった。病気のせいもあるし、娘が悲しむ声を聴くのも辛いせいだろう。

(お父様)

 シャーリの心配する声を聴くと、彼にとってもそれは重くのしかかった。

 娘のために、何とかもっと生きていたい。自分の欲として生を求めているのではない。彼女のためにもっと生きていたいのだ。

「私の心配をするなと言っても、無理な話か。だが、お前だけが頼りだ。ミッシェル達を捕える事は出来たのか?実験は、どうだったのだ?」

 そんな気持ちを抑え、彼は娘に尋ねる。今肝心な事は、自分の生などではない、娘にやらせている事なのだ。

(お父様のおっしゃるとおりでした。やはり彼女は)

 娘のその言葉だけで、彼はほっとした。

 よし。うまい具合に運び出している。後は自分がそれまで生を保っていられるかどうかだ。

「よくやったぞ、わが娘よ。すぐにでも、彼女を私の元へと連れてくるのだ」

 しかし娘は言ってくる。

(ええ、わたしは彼女がお父様にとって必要な人物だという事は分かりました。ですが、アリエルはなぜ必要なのかが分かりません)

 娘がそう言ってくる言葉を聞いて、彼はせき込む。

「前にも言ったな?それはお前が決める事ではないと」

 だが、娘は彼に逆らい、電話越しに言ってくる。

(それは、お父様が、彼女を知らないからそう言う事が出来るのです!彼女は非常に危険な人物である事は明白です。わたしも先ほど、彼女に傷つけられそうになりました)

「それで、お前は傷つけられたのか?」

 彼は、自分でもはっきりと自覚できるくらいに、無機質かつ冷たい響きを持つ声で言っていた。

(いえ、わたし、ですから)

「ああ、そうだ他のものにはできん。政府の連中でさえ、彼女を手なずける事はできんだろう。だが、お前なら彼女を押さえておける。だから任せているのだ」

 娘の言葉を遮り、彼は言った。

(はい、分かっております)

 娘は父を怒らせた事でショックを感じているようだ。仕方がない。もともと外部からの感情に左右される娘なのだから。

「お前には話しただろう?何故、私がアリエルを必要としているのかを。アリエルと、その娘を、私が生きている内にここに連れてくるのだ。それがお前の使命」

 と言った所で、彼はまた咳きこんだ。今度の咳はかなり激しい。娘を心配させまいと、咳をこらえようとしたが抑える事が出来ない。

(お、お父様!)

 娘が、まるで自分がすぐ死ぬのではないかと心配してくる。彼の咳が収まったのは、しばらくしてからだった。

「ああ、ああ、分かっている。大丈夫だ。私は大丈夫だ。お前はすぐに行動するのだ、わが娘よ」

 と言う事が出来るのもやっとの思いだった。

(はい。心しております。お父様、あなた様の事は、わたしは片時も)

 と娘は言ってきた。彼もそれに応えるように、

「私も、お前をいつまでも愛しているぞ」

 答え、自分から通話をオフにした。これ以上会話していては、娘を余計に心配させるだけだ。

 それに、意味のない行為でしかない。娘にはさっさと行動させなければならないのだ。

 ベッド脇には、秘書がずっと待っている。彼と娘の会話を聞きながら、次の指示を待っているらしかった。

 それは別に不快ではない。秘書にとっては、彼の身の周りの世話をするのが仕事なのだから。

 彼は耳から通話機を外し、彼に言った。

「手術室の用意だ。いつ娘が来てもできるようにしておけ」

説明
■アリエルが主人公の、世界の東側『ジュール連邦』での展開。テロリストに養母と一緒に捕らえられてしまったアリエル達は、彼らによって捕らえられてしまうのですが―。
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