君は微睡む…act5
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「だって、酒場にはいろんな連中がやって来るじゃないか」

 スープ皿の底をころころ逃げ回る豆を器用に匙ですくい上げながら、ナチが言う。

 わざわざ部屋まで運んでもらう必要があったのかというマオの問いに、答えての台詞だった。

「刺客や間者の類いを見分ける自信はあるけど、ああいうちゃちな手合いのちんぴらなんてどこにでもいるし、酔っ払いなんてみんな不審人物に見えるもんだし。そんな中に奴等が紛れ込んでたとしたら、誰が怪しいのかまるで見分けがつかなくなる。そばに奴等が居るかもなんて冷や冷やしながら食事するのも興ざめだし、それに騒ぎになってしまって、女将さん達に迷惑かかっちゃうのも嫌だろ?」

「ナチさんってば、心配しすぎだよ」

 マオの呆れ声に、ナチは契ったパンを口元に運びながら、そうかなあ……と首を傾げて見せる。

 やがてからっぽになった皿を先に食べ終わっていたマオの皿の上に重ね上げ、ようやく落ち着いたらしいナチは、マオのすぐ傍らにある椅子に腰掛けた。

「無理を言って君のこと連れ出したのはこの僕だからね。なるべくなら危険な目にはあわせたくない。万が一君に怪我でもさせたら、シュウさんにあわせる顔がないよ」

「あれぐらいの連中だったら、ナチさんと僕とでなんとかできるだろ」

「でもね、ここで目立ち過ぎるのはちょっと良くないって思う。マチルダでさえあの大騒動だったんだ。ましてやここはハイランド、もとは都市同盟と敵対していた国なんだよ。だから僕は、ここではなるべく君の名を呼ばないようにするつもり……」

 何処からかカタ……と小さな物音が響いてきて、少年達はハッとしたように口を噤んだ。

 会話を中断した二人は、緊張する視線を音が聞こえた方向──扉へと向ける。その向こうに、何者かが近付いてくる気配があった。

 ドアの影に隠れているようにとマオに手で合図してから、ナチがつかつかと扉に歩み寄り、外開きにサッと開け放つ。

「うわっ!?」

 扉の向こうに、驚いたように目を見開いた男が立ち尽くしている。

「あ、ヤンさん……?」

「脅かさないでくれよ。慌てて盆を落とすところだった」

 脇の下に大きな盆を抱え込んだ男は、あいている方の右手で冷や汗を拭いながら少年達に笑いかけ、入っていいかい? と確認した。

「そろそろ食べ終わったかと思って、皿をさげに来たんだが、どうかね?」

「ごちそうさまでした。美味しかったんで、つい食べ過ぎそうになっちゃいました」

「よほど君はここの食事が気に入ったんだね。僕よりずいぶんと前に食べ終わっちゃってたもの」

「そりゃあそうだろう。なんたってこの『風月亭』の女将がつくる料理は、おふくろの味がするって言われててね。このルルノイエでも有名なんだよ。酒場に来る連中もたいていがそれ目当てでね、小さい宿ながらうちがそれなりに繁盛してられるのは、そういった理由でさ」

 などと説明しながら、テーブルへと近付いた男は、皿の中身がすっかり空っぽなのを見て、うんうんと満足そうに口許を緩めた。

「そういえば、なんとなく舌に馴染んだような味がしたなあ。まぐれあたりで、ナナミがまともなもの食べさせてくれた時の味に、似てる…なんて言ったら、女将さんに怒られるかもしれないけど……」

 懐かしむようにマオは微笑んだ。

 今は亡きマオの義姉ナナミは、稀代の料理音痴で、まともに料理らしいものなどほとんどつくれたためしがない。といっても、本人はいつも出来に満足しているようだったから、もしやその味覚にこそ一番の問題があったのかもしれないが……

「へえ、坊っちゃんは母さんのことナナミって呼ぶのかい?」

 ヤンはしげしげとマオを見つめた。なんとも興味深そうな表情をしている。どうやら童顔のくせに女でもいるだろうかと、密かに疑っているらしい。

 そうと見取って、ナチがフォローを入れる。

「ナナミって言うのは、彼のお姉さんのことですよ。僕も彼も母親がいないから、幼いころから親代わりだった人の味が舌に馴染んでるんです」

 そうかあ……、と、ヤンは一転してしんみりとした口調になった。

「親がなくても子は育つっていうけど……、坊っちゃん達はいい人に育てられたようで良かったな。実はおれにも一人子供が居るんだが……、もう十数年以上も前、戦争のせいでもと住んでいた村を焼かれちまってね。このルルノイエまで逃げてくる途中、まだ小さかったあの娘とはぐれちまったんだ。けんめい探したけど、結局見つからず終いでさあ……。戦争なんてなければ、あんなことはならなかったのになあ……」

「そうなんですか……」

 マオもナチも、それ以上言葉を継ぐことができなかった。各々が、戦いの立て役者になってきたことを考えれば、下手な慰めの言葉など口にするだけでもかえって悪いような気がして……。

「──おおっと! 皿を下げに来ただけだってのに、また余計なこと愚痴っちまった。娘のことも皇王どののことも、いまさらどうにもならないことだってのになあ……」

 苦笑いしながら男は卓上の皿を盆に回収して、そのまま立ち去ろうとする。 その背に思わずマオは声をかけていた。

「あ……、あのっ……」

「うん? おかわりでもするかい?」

「いえ、そうじゃなくて……」

 何の為にヤンを引き止めたのか──考える前に、マオの口元から言葉がついて出る。

「ジョウイの──いえ、皇王様のこと……もし良ければ、話してもらえませんか? 僕は、彼と同じ……キャロの街の出身なんです」

 傍らに居るナチが小さく息を飲んで、何か言いたげな視線をマオに送ってくる。

 見えない振りをして、マオは続けた。

「僕はジョウイのこと大好きだったんです。とても優しくて良い友達でした。なのに、この国に来て耳にする彼の話は、悪いことばかりで──」

 そうなることこそを、ジョウイは望んでいたのではあったが──いまわの際、友が自分だけに告げてくれたその決心を、思い出す度にマオは辛くなる……。

 自らが悪になれば良いと──人々が心に持つ罪咎を全て引き受けて、自らが滅び去れば良いと──ジョウイはそう、考えていたのだ。そうしてそれを、実行に移した。

 

 マオの手に、かかることによって──

 

 そうして現在──ジョウイは自らの望みどおり、忌むべき存在として歴史の中に語られている。

 望みが叶って、ジョウイは本望なのかもしれないが、だが、彼の真実の想いを識るマオにしてみれば、たまったものではない。

 その辛さを打ち消すためには、一つでも多くジョウイの優しい想い出に触れることが必要だった。

「……ジョウイのこと好きだっていう人に会えたのって、この国に来てからは、ヤンさんが初めてでした。だから……お願いします。ヤンさんが好きだったジョウイのこと、僕にも教えて下さい」

 真剣すぎるほど一途な色を持つ少年の瞳を、ヤンはじっと見返して、そうして思わず止めてしまっていた息をようやくにして吐きだした。

「皇王ジョウイどのの親友で、キャロの出身って……。坊っちゃん、あんたは……?」

 ためらうようにヤンは言いかけて、だがすぐに苦笑しながらゆっくりと首を振った。

「わかったよ。たっぷりと話してやろうじゃないか。お咎めなしにあの方のこと話せる機会なんて、そうそうないだろうからね。でもその前におれは、この皿を片付けなきゃならんね」

 後で来るからと言い残し、ヤンは階下へと下りて行った。

 階段を軋ませる足音が遠く聞こえなくなって、マオはようやくナチに向き直る。

「ごめん……ナチさん、勝手なことしちゃって……」

 窓際の壁に背をあずけ、視線を流すように外を眺めていたナチが、ふっと息を吐いた。小さく縮こまっているマオに視線を向ける。

「仕方ないよ、それが必要ならさ……」

 苦笑まじりにナチは肩をすくめ、それ以上何を言うこともなかった。

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 ルルノイエに滞在して、3日目の早朝──。

 どうしてか肌寒いような気がして、マオはぽっかりと目を醒ました。

 眠っている間にずりおちてしまった毛布をかけなおそうとして起き上がり、ナチのベッドが空っぽなことに気付く。

「ナチさん……?」

 室内をきょろきょろと見回して、窓辺に立つ後ろ姿を見つけた。

 外開きに大きく開かれた窓から、朝の冷たい空気が流れ込んできている。ナチは窓の縁に肘をつき、まだ薄暗い外の街に見入っていた。

「風邪ひくよ、ナチさん」

 毛布を着せかけてやろうと近付くマオに、ナチは振り向いて、ふわ…と笑った。

「おはよう、マオ。窓なんて開けたから、もしかして起こしちゃった?」

「大丈夫、昨晩は良く眠れたから。それよりナチさん、こんな朝早くからどうしたの?」

「なんかちょっと気になってさ……」

 ナチは眉をひそめ、呟くように言った。

「気になるって……?」

「あの連中……、ほら、一昨日の晩、僕等に絡んできた連中が居ただろ? あいつらがいつ現れるかって思ってたんだけど、まるで気配すら見せないから……」

「そういや昨日街を歩いてた時も見掛けなかった。やっぱりヤンさんのこと、怖がっているのかな?」

「そればかりって感じでもなさそうだけど……。でもまあ良いか、やり合うのってちょっと面倒だし」

 言いながら窓を閉めようとした指先を、少年はふと止どめた。

 視界の隅を、何かが過ぎったように思えたのだ。しかも左右離れた場所で。

 おそらくは人のものと思えるシルエットが、ちらり──現れては消えた。

「ナチさん、どうかした?」

「うん、誰か居たような気がして……」

 ナチは窓から身を乗り出し、影の痕跡を薄暗い路上へと求めようとする。

 やがて振り返った少年は、「気のせいかな」と苦笑して、そうしてマオに告げた。

「予定より早いけど、今日中にルルノイエを出ることにしよう。もうこの街は充分に見て歩いたし、それに、ちょっと行ってみたい場所があるんだ」

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「本当にもう行っちまうのかい? なんだか寂しくなるねえ……」

 勘定をすませ、もう出発するばかりとなっている少年達を目の前に、女将はしきりと残念がった。

「お世話になりました。ヤンさんにもお礼を言いたかったけど、もう市のほうに出掛けてしまわれたんですね?」

「おや、どうしたんだろ? あんた達を見送るからって、ついさっきまでそこら辺をうろうろしてたのに……」

 なんだろうねえあの人は、と呆れ顔の女将がきょろきょろと辺りを見回した。

 ちょうどそこへ、噂の本人があたふたと走りこんでくる。

「やあ、間に合ったようだな」

「ちょっとあんた! なんだよ、そんな格好をして……」

 女将はギョッと両の目を見開いて、頭の天辺から爪先まで白っぽい埃にまみれているヤンから身をひいた。

「いや、ちょっとばかり納屋で捜し物してたら、棚の上からドサドサいろんなもんが落ちてきやがったんだ。もう埃がうわーんとひろがっちゃってさ、えらい酷い目にあったよ。

でもおかげで、捜し物が見つかったけどな」

 男が手のひらに載せている小箱に、女将はどうやら見覚えがあったらしく、あっと小さな声をあげた。

「それ、あの娘にあげようと思ってた……」

 ヤンから受け取った寄せ木細工の小箱を女将は懐かしむように撫でて、そっと蓋を持ち上げた。中には古ぼけた赤い天鵞絨がきっちり敷き込まれてあり、その上に可愛らしい薄紅色をした瑪瑙の耳飾りが、ちんまりと並んでいる。

 ポンとマオの肩を叩きながら、男が言う。

「この坊っちゃんには、ナナミっていうお姉さんが居るんだってさ。それ聞いてこの耳飾りのこと思い出したんだ。どうせ行くあてのないしろもんだし、どうせなら若い女の子が付けてくれればって思ってね」

 もちろんお前さえよければだけど……と、遠慮がちにヤンは付け加えた。

「もちろんだよ。どうせ無くしたって思ってたんだし、これ見て喜んでくれる女の子がいるってんなら、私も嬉しいしね」

 女将は大きく頷いて、マオに小箱を差し出した。

「ホラこれ。坊っちゃんのお姉さん……、えーとナナミちゃんだったっけ? そのコに渡してやっておくれ。古いもんだけど、物はとても良いんだよ」

 若い頃、この人に贈り物としてもらったんだよと、女将は少し照れたように微笑んだ。

「いえ、あの……」

 マオは口ごもった。

 この数日間、ヤンはマオに、いろいろなことを話してくれた。ジョウイのこと、そして行方のわからなくなった娘のこと、自分のこと──。

 マオも祖父や姉のことぽつぽつとヤンに話し──だがナナミのことについては、ちゃんとした説明をしていなかったのだ。

 死んだ、なんて口にしたくなかったし、それに、ナナミのことをヤンがいろいろきいてくれる間は、なんだかナナミが本当にまだ生きて、何処かにいるような──そんな気分にもなれたから。

 

『本当は、ナナミはもう死んじゃってて、居ないんです』

 

 今更それを口にして良いものだろうか?──マオが思い悩んでいると、後からナチが肩に手を置いてきて、そうして言った。

「だめだよ、そういうことは遠慮しちゃ。せっかくの心遣いなんだから、貰っておいでよ」 

 何も言わなくていいから──小声でそう囁く少年に、とんと背を押し出されて、マオはためらいながら小箱を女将から受け取った。

「じゃあ、気をつけて行きなよ」

「ナナミちゃんにも、よろしくな」

 ニコニコ笑いながら手を振る夫婦に送り出され、もうその姿も見えないぐらい遠く来たところで、マオは後ろめたい思いに振り返った。

「いいのかなあ……、嘘ついたままで……」

 ひとつ、漏らされた溜め息を聞き付けて、ナチが振り向いた。

「嘘じゃないよ。ちゃんとナナミに渡すんだから」

「え、ナナミに……?」

 戸惑った表情をつくる少年に、

「だから僕が行きたいのは、こっちの道なんだよ」

 ナチは、街道沿いに立つ二枚の立て札のうちの一枚を指差して見せる。

(これって…………)

 呆然とマオは立ち尽くし、古ぼけた木造の札をとくとくと見つめた。そうしてから、もうだいぶん先に行ってしまっているナチの背を、慌てて追いかける。

「ナチさん、待ってよ!」

 遠目からみればじゃれあっているようにしか見えない、そんな少年二人の旅道中を、後方少し離れた場所から、一人の青年が見守っていた。

 先刻少年がマオに差し示して見せた札の前で、青年は立ち止まると、先を行く少年達と立て札とを交互に見比べて、ふうと疲れ気味の溜め息をついた。

「人の気も知らんで、よくもまあ、あちこち跳びまわりやがるぜ。こりゃあもうちょいとペイはずんでもらわんと、割あわないよなあ……」

 ぶつぶつとぼやいた青年は、賃金値上げ交渉を行うべき雇主の顔をそこでふと思い出し、たちまちしかめっ面となった。

 出来ればあまり思い出したくない、その相手の顔を脳裏から締め出すようにして、青年は歩きだす。

 天山の峠を越えた向こうにある、『キャロ』を目指して──。

説明
幻想水滸伝 Wリーダーの冒険 (2主人公=マオ・1主人公=ナチ) 続き物です。お話の都合上救えなかった彼女≠ノついて、ほんの少しだけ…

9/1からはじめたお話なので、9/30までに終わらせようと思います。残り二本、9/29〜9/30にまとめてアップ予定。
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