ムは夢中空間のむB
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(3)公開処刑は少女に見せるな

 

 

――月が出ていた。

 

 あたしは片側の髪をゴムで縛り直しながら線路に沿って歩いてゆく。

 

「にんにく、にんにく」

 

遠くにぼんやりコンビニの明かりが見える。あたしは裸足だった。

 

「サンドリヨン、前から気になっていたけど、その呪文、なんなのさ。ひっ」

 

 あの少年がくちゃくちゃガムを噛みながら並んで歩いていた。

 

「探索(・・)の(・)呪文(・・)……あなたには関係ない」

 

「そうなのか。ひっ」

 

そういって、彼は下半身を膨らませている。

 

「サンドリヨン 道ゆくお前を見初めた♪

 

サンドリヨン この線路はヴァージンロード♪

 

サンドリヨン 立会人はくびれ様♪」

 

 ぶっちゃ。

 

 美声を披露する最中に興奮しすぎたのか、海綿体がはじけ飛び、血液がズボンのなかで溢れ出てしまった。

 

 少年は黒いTシャツを着ていたわけでも、黒いジーンズを穿いていたわけでもなかった。それは凝固して黒く変色した血液で繊維が染まっていたにすぎない。つんと血の匂いが香った。

 

――カンカンカンカン。

 

 警笛が鳴り響く。踏み切りが近いのだ。

 

 夢遊病状態のとき、あたしの意志は弱い。普段は理性と負けん気で自分を保っているけれど、本当は心細かったり、怖くてたまらないときもある。

 

昨日の朝、カエデに強く?まれたときに思った。あの力はあたしが知っている彼のものじゃなかった。愕然として、実は筆舌できないほどの悲しみに襲われていた。

 

あのとき、生まれた心の虚に、魔性のものがつけいった。

 

「あ、あった♪ あった♪」

 

 前をゆくあたしの花婿は急に立ち止まっていった。

 

「吹き飛んだとき、ここだけ見つからなかったんだけど、こんなところにあったんだねぇ。これでよく聴こえるゾ。ひっ」

 

……?

 

何を見つけたのだろう? 半睡眠状態にありながらも、あたしは咄嗟に少年の顔を覗き込んだ。

 

「み、みみ。ひっ。ガムと間違えて三年間、ずっと噛んでた」

 

 あたしは眼玉をひん剥いた。

 

 血が固まって真っ黒になった口内に月のように浮かんでいたのは、ちぎれた耳らしき肉片だった。

 

「いやぁッ:」

 

 そう叫んだ瞬間は、「あれ? これって横文字にすればダジャレになるんじゃない?」などと、しょうもないことを思いつく余裕もないぐらいの緊急事態であり、あたしはたちまち、覚醒した。

 

そこは踏み切りのすぐ傍である。

 

あたしはこれから線路(・・)に(・)両足(・・)を(・)並べて(・・・)乗せ(・・)、男に捧げるところだったのだ。

 

「怖がるこたぁねぇ。ひっ。一瞬だ」

 

少年は口から取り出した耳を己の耳にくっつけながら、近づいてくる。

 

「ひっ。くびれ様がうまくやってくれる。ひっ。おで(・・)んときもそうだった……やさしくしてやるだ」

 

「ふ、ふざけ……」

 

 拳を握ろうとしたが、肝心なところで声が裏返ってしまった。

 

 ほんのちょっとだけ、びびっていたのである。

 

 彼はそんな心理を悟ったのか、にやにやと猥雑な笑みを浮かべて、あたしの太腿を?んだ。自分の女、否、所有物に対してそうするように――。

 

 モノ(・・)になれというように――。

 

「ふざけるなぁ――;」

 

 闇をつん裂き、聴こえてきたのはカエデの声だった。

 

 千分の一秒の後、ショットガンでも命中したかのように、不良少年の肉体が木端微塵に吹き飛んだ。完成したジグソーパズルを一瞬でひっくり返したみたいな光景だった。

 

 あたしは正面から血と肉片と腸の破片を浴びた……が。相手は霊体だったせいか服に付着しても染み一つつかなかった。それでも、当分、肉は食べられないと思う。

 

「せっかく集めたのにぃ! 三年がかりでかき集めたのにぃ!」

 

 少年は生首だけになって、沖に打ちあげられた魚みたいに、口だけがぱくぱく動いている。

 

「なんでお前はおでに触れられる¥ なんで(・・・)斬れるん(・・・・)だ(・)!」

 

 ――斬る?

 

 少年の喉首には木製の剣が突き刺さっていた。

 

小振りで、中華風の彫刻が施されており、おもちゃの剣にしか見えない。とても人間の肉体を一撃で破壊するほどの殺傷性を秘めたものとは思えなかった。

 

「『見鬼』だからだよ」

 

剣に遅れること数秒、カエデが息をきらせながら駆けてきた。

 

「その七星剣は破邪の桃の木でできていて、龍脈からの気とぼくの力がたっぷり込められているんだ。驚いて、しゃっ(・・・)くり(・・)も止まったろ?」

 

「あ、ホントだ:」

 

「また三年かけて霊体をかき集める必要もなさそうだよ」

 

 カエデがそう呟いたとき、闇の彼方から何かが、「わんわん」と吠えながら駆けてくる。それは文庫本程の大きさの紙細工だった。

 

「やめろぉ! おおかめ(・・・・)を呼ぶな:」

 

 生首となった少年は悲鳴をあげる。

 

紙細工の狼は一目散に彼の顔に噛みつき(牙はどこにあるの?)、「もしゃもしゃ、もしゃもしゃ」と食べ始めた。

 

「お、お前ら、どうせもうすぐ、くびれ(・・・)様(・)が来るゾ! 皆殺しだ……ひひ。ひっ! あ、やべ、またひゃっ(・・・)くり(・・)が……」

 

 苦しむだけ苦しみ、あたしの足フェチ王子様は生首からただの肉片へと変わり果て、闇に消えた。

 

「カエデ……あんた……?」

 

 あたしはマヌケで弱虫なカエデが、平然と化け物と対峙し、やっつけている様をまのあたりにし、驚きを隠せなかった。

 

彼は説明することもなく、腰のベルトを外しだす。

 

「ぎゃっ! なに? なんでこんなところで脱いでるの! あんたも女の足しか見てない輩かっ!」

 

「ち、違うよ、まあちゃん」

 

「世の男はみんな足フェチかっ¥」

 

「そうじゃなくて、あいつのいっていることは本当なんだ! もうすぐ、くびれ(・・・)様(・)がここを通過す……:」

 

 カエデはあたしの足と自分の足に革のベルトを巻きつけ、きつく縛る。二人三脚をするような格好になった。

 

 ――カンカンカンカン

 

混乱してきて、目の前が真っ暗になったとき、警笛が鳴り、遮断機がおりる。

 

貨物列車が通過する時間なのかも知れない。

 

が――何故だかわからないけど、あたしは突然、涙を流し、嘆きだした。

 

「ぐすっ。カエデも重度の足フェチだったなんて、あたし、もうつくづく、生きているのがいやになってきたよ」

 

「それなんだ、まあちゃん。奴らの手口は」

 

「こんな足フェチだらけの世の中、ハッキリいって、うんざりなの。カエデ、そこをどいて。あたしは今すぐにも、死ななくちゃ……」

 

「『縊(くび)れ鬼』だよ」

 

 ふらふらと歩き出そうとするあたしを、カエデがきつく抱き締めた。普段ならどぎまぎするのだけれど、今は耳にすら入らない。眼には見えない強い力で線路へと引き寄せられているようだった。

 

「さっきのあいつも三年前、ここから飛び込んだんだ」

 

「どうして? なんで死んだの?」

 

「自殺の理由なんてなんでもいいのさ。ああ(・・)いう(・・)もの(・・)は昔から、いるんだ。『通り物』と呼ばれることもあるし、場所によっては『精霊風(しょうろうかぜ)』とも呼ばれる。いわゆる憑き物で、あてられると狂ったり、体調を崩したりするんだ。縊れ鬼はそのなかでも特にひどい。水辺で飛び込みたくなるのも、首を吊りたくなるのも、昔からそいつがやらせている」

 

 カエデがあたしを掴む。離さない。

 

守ろうと――強く。

 

「大丈夫。その瞬間さえ、誰かに引き止めてもらればやりすごせるんだ」

 

あたしは薄ぼんやりした闇のなかで、ちょっとカエデの男らしさにほだされた。

 

「……でも、夢遊病とかいいながら、まあちゃんは知らない男と足だけ結婚しかかってたんだよね……」

 

え? あれ? あれれ?

 

「なんだかテンション下がる。そういうのが一番、傷つくよ」

 

 カエデも死にたくなってませんか¥ ちょっと、カエデくーーん?

 

「ぐすっ、じゃあ一緒に死ねばいいじゃないの!」

 

 あたしはいけない方向で彼に同意し、一目散に線路へと走り出そうとした。

 

 びった〜〜〜ん。

 

 コケた。二人三脚の息が合わない典型例のように、あたし達は一歩目から転倒した。

 

「イテテテ」

 

「大丈夫? まあちゃ……」

 

 先に起き上がったカエデが正気に戻っていたのはいいけれど、何やら絶句している様子だった。続いてあたしも少し遅れて顔を上げた。

 

「――宙ちゃん!」

 

 遮断機の前にはあたしの愛すべきクラスメイト、唐木田宙ちゃんが立っている。

 

 青いパジャマ姿で裸足、虚ろな眼差し……そうだ。ここは彼女の家のすぐ傍だった。

 

「縊れ鬼に憑かれた人を止めると、かわりに関係ない人が自殺するんだ」

 

「そ、それでは、この二人三脚大作戦も、なんら解決にはならないではないか;」

 

 慌てて止めに走ろうとしたが、お互いの足が絡まったままなので、とてもじゃないが、まともに歩けない。

 

「宙ちゃん! 駄目、死んじゃ駄目:」

 

「来た……」

 

 あたし達は地べたに這いつくばったまま、暗闇を睨む。

 

 カンカンカンカン――警笛に先導され、突風を伴いながら貨物列車が姿をあらわす。

 

 列車には裸の男女、それも腕がちぎれていたり、手足しかなかったり、人体破壊の限りを尽くされた肉体が隙間なく絡みつき、「しゃんしゃん」と亡者が鐘を鳴らしたり、銅鑼を叩いたり、なかには線路の上を引きずられたまま腸を出して悲鳴をあげる人もいた。

 

 機関車の先頭には髪を振り乱した巨大な鬼が跨っている。

 

眼から毒々しい緑色の光を放ち、細長い爪の生えた腕を列車の上から伸ばす。人間どころか、牛馬を一掴みにできそうな掌をしていた。

 

「あれが、くびれ(・・・)様(・)……縊れ鬼」

 

「危ない! 宙ちゃん! 危ない!」

 

 喉が灼けるほど叫んだ時――轟音のなかで、あたしはその女(ひと)の姿を見た。

 

 高校生ぐらいだろうか。長い髪を風に靡かせた絶世の美少女。

 

「橘れん!」

 

 カエデが女の名を呼んだ。

 

 橘れんは宙ちゃんの眼の前に立って、手を差し出していた。

 

そこには赤い紐が指と指の間に絡まっている。

 

「あやとりをしませんか?」

 

「どこ? 紐は見えるけど、どこにいるっスか?」

 

 彼女はきょろきょろと首だけ動かしている。姿が見えないみたいだ。ただ、赤い紐だけが空中に浮かんでいるように見えているのだろうか?

 

「あやとりをしましょう」

 

「あの、ボク、今から行かなきゃならないっスから」

 

「どこに?」

 

「死なないとならないっス。電車に飛び込むか、首を吊らないと……」

 

「なにか理由でもあるの?」

 

「うん……そうそう。谷村さんちのまひるちゃんとカエデくんがいつも朝からイチャついてて、ぶっちゃけ、イラッとくるっス」

 

「嘘だっ; 宙ちゃんはそんなことを思ってもいうような子じゃないっ:」

 

 あたしとカエデの声がハモったが、宙ちゃんには聞こえていないようだった。

 

 彼女は橘れんに勧められるがままに、踏み切りであやとりを始めた。その間もカンカンカンと警笛は鳴り響き、亡者の群れを乗せた貨物列車が通過してゆく。

 

 縊れ鬼が差し出した腕は空しく宙を引っ掻き、闇へと消えていった。

 

 遮断機が上がると同時に宙ちゃんが倒れた。慌てて、あたし達は二人三脚で駆け寄ったが、彼女は心地良さそうに寝息を立てているだけだった。

 

「別にあやとりじゃなくても良かったんですけど、やっぱり女の子ならあやとりですよね」

 

「……礼はいわないわよ」

 

あたしは橘れんをきつく睨みつける。こいつとの間には色々、因縁があるのだ。

 

「はい、結構です」

 

 彼女は赤い紐でブリッジを作りながら、こちらが羞じ入るぐらいの可憐な笑みを浮かべる。

 

「あいつ、貨物列車に取り憑いてあちこち回っているんでしょ? あんなものを野放しにしてたんじゃまた犠牲者が出るよ。」

 

 カエデが至ってマトモなことをいいながら割って入ってくる。

 

「確かに、命が助かったのは嬉しいけど、目の前の悪を見逃すというのも、なんだかとても後味が悪い。つーか、むかつく」

 

 あたしが握り拳を作っていると、彼女は凛とした面持ちで、一直線に伸びた線路を指差す。

 

「大丈夫……鬼より怖い人が線路の先で待っています」

 

 

   ◆

 

 

「公開処刑は少女に見せるな……か」

 

 貨物列車の到来を線路上で待ちながら、ともえさんは橘れんの言葉を反芻していた。

 

 本来なら、自分の雄姿を子供達に見せつけたかったが、彼女に止められたのだ。

 

「ともえさんと縊れ鬼の死闘なんか見せられたら、年頃の女の子は卒倒します:」

 

別に見物したところで、あたしは卒倒しなかったと思うが、どうせ、大蛇が毒蛇を丸呑みにするような凄まじい光景になることは容易に想像がつくから、見なくて良かったとは思う。

 

 ――カンカンカン

 

 警笛が鳴った。ついでに「しゃんしゃん」と亡者達が鳴らす鐘の音も聞こえる。

 

 暗闇に向かって矢を放つ。一本は鬼の腕に、もう一本は亡者の銅鑼に命中した。

 

 貨物列車は速度を緩めずに突っ込んでくる。彼女は薙刀を手にしようとしたが、土壇場でそれを放り捨てると、腰に携えていた長刀を抜いた。弓や薙刀より、剣の方が強いのだ。

 

「――久々の鬼退治じゃ」

 

ともえさんが不敵な笑みを浮かべると、斜めに構えた刃が月に映えた。

 

【つづく】

>最終話へ続く

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