虎の子供たち
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アポロン・メディアが社運をかけて売り出しにかかった、新人ヒーローのバーナビー・ブルックスJr. が、自分に対してだけ、傲慢で不遜で見下した態度をとるのか、虎徹にはどうしても理由がわからなかった。

いくらなんでも、あれやらこれやらは言い過ぎってものだろう。一回り以上に年齢が離れているといっても、親子ってほどじゃない。ヒーローといえば単独で活躍するものなのに、いくら引き立て役が必要だと言っても、会社命令でコンビを組むというのは、本当に珍しい。自分も嫌だが、バーナビーだって嫌だったろう、それはわかる。わかるが、あの酷い態度は一人前の大人がやることじゃない。見かけがどんなに立派に育っていようが、中身はまだまだジュニア・ハイスクールのお子ちゃまなんだな。

 バーナビーの傲岸不遜な態度に、むかっ腹がおさまりそうにない虎徹は、彼のすました横顔を、アポロン本社ロビーの向こうに見ながら自分をなだめていた。

「時代遅れですか、そうですか」

 トレードマークのレザー製のキャスケット帽をかぶり直し、虎徹はさりげなく肩をすくめてみる。

 スポンサーからも一般市民からも、聞き飽きるほど聞かされたコメントだからといって、マイナス評価の単語に納得して引退する訳にはいかない。憧れの御大、ミスター・レジェンドと同じぐらい、いや彼を越えるまでは、自分も現役でいるのだと誓ってヒーロー家業を目指したのだから。

「熱血も無茶も暴走も、経費削減、エコロジー優先なイマドキじゃ、もう流行らないってのは、判ってますけどね」

 そうは言っても、それ一本で売ってきたワイルド・タイガーに、いまさらキャラ替えしろって言うのは無茶な話だ。だいたい、キャラが立ったら、それで一生やってくぐらいでなきゃ、シュテルンビルトのアイドルでもあるヒーローになれるはずもない。

「流行り廃りでヒーローやれるかっつうの」

 階層複合都市のシュテルンビルトには、世界中から集まってきた、ありとあらゆる人種が住んでいる。集まってきた多種多様な文化は、るつぼに入れた金属のように解け合うどころか、互いに影響を受けながらも、それぞれの家名を守るかのように主張しあう、大きなサラダボウルのように変わっていった。

 その巨大なサラダに振りかけられるのは、欲望と言う名のドレッシングだ。一歩間違えば毒にもなりうる強烈な代替ゲーム。勧善懲悪のドラマを演出して、市民達の息抜きとストレスの発散のために、犯罪者達を追いかけて派手に確保するという格別なヒーローTVは、もう四十五年もこの街で続けられている。

 銀幕の俳優たちや、スポーツマンたちよりも、シュテルンビルドでは断然ヒーローたちの方が人気だ。ネクストと呼ばれる得意な能力を持った人々が、恐れられずに社会に受け入れられ、これほどまで社会に適応して生活していける街は、世界中でシュテルンビルドが初めてだったそうだ。そのためか、シュテルンビルドにはネクスト能力を持つ市民の割合が、どこよりも多い。ヒーローアカデミーという、ヒーロー育成のための専門学校が創立されているのも、能力者をこの街に集める要因になっているともいえる。 

「オレが子供の時はなぁ、オマエみたいなスカした野郎は、ぜんっぜん人気無かったんだからな。人前ばっかり良い子ちゃんぶりやがって、腹ん中ときたら真っ黒じゃねぇか。ったく、この黒ウサギちゃんときたらホントにもう、手に負えねぇよ」

 ブラックのスリムジーンズで包んだ脚を、わざとがに股にして下品に動かしながら、虎徹はアポロンの巨大なロビーを横切る。

「だいたい、何で俺なんだよ。他にいくらでもヒーロー志望の奴ならいるだろ?そいつと組ませりゃいいじゃないかよ」

「僕はその方が良かったんですけどね」

 ロビーを出た正面に、サイドカーを乗り付けたバーナビーが待っていた。ヒーロースーツを着ても乗り込めるようにと作られたサイドカーは大降りで、そこにあるだけで存在感を示している。現場に乗り込めるこいつは、見かけ以上にタフだ。

「バディを売りにするなら、新人はベテランと必ず組むべきだ、と社長が僕を説得したんですよ」

 いかにも嫌々だと言う顔のバーナビーに、虎徹は毒づく。

「ベテランだって?経験豊富って言うんなら、バイソンとかファイヤーエンブレムとか、俺以外に何人もいるじゃねぇかよ」

「選ぶのは僕じゃない。雇主(クライアント)です」

「あー、そーですか。だったら、さっさとおうち帰って寝ろよ」

「会社命令で、僕がマンションまで送ることになってるんです」

「いらねーよ、そんなの。一人で帰れる!」

「命令だと言いましたよね。拒否するのなら、ミスター・ロイズに直接クレームを入れてください」

「うーわ、めんどくせー」

 大げさに両手を広げて、虎徹は空気をかき回した。

 ワイルド・タイガーの新しいクライアントとなったアポロン・メディアは、ヒーロー・テレビの主催でもあり、元祖ヒーローのレジェンドが所属していた老舗の会社でもある。人気もポイントも下降気味だったワイルド・タイガーとしては、この新しいクライアントに対しては、巨大な感謝を捧げてもかまわないほどの恩があるはずなのだが、鏑木・T・虎徹としては、これまでに築いてきたキャリアもプライドもズタズタにした、にっくき現実なのだ。

 しかしヒーローとして仕事をするには、ヒーロースーツの改良や運営資金を得るために、スポンサーの存在は絶対不可欠。クライアントの方針に逆らう訳にはいかない。ファイヤーエンブレムのように、自腹でヒーローを続ける事ができるほど、資産が潤沢なヒーローは奇跡的だ。

「街のサブ・ウェイもバスも、まだしっかり動いてんだし、なんで俺が、わざわざオマエと帰らなきゃなんないんだよ」

「バディとしての自覚を持つために、常に一緒に動けって言われてますから」

「バディねぇ・・・」

 虎徹はしぶしぶながらサイドカーのボックスに手をかけた。このサイドカーは乗り心地がなかなか良いのだが、それもまた面白くない。何しろ虎徹は自家用車を持っていない。一人暮らし用のマンションで暮らすなら、用のある時にレンタカーを借りた方が、維持費もろもろで経済的だからだ。

「んじゃ、ちゃちゃと送ってもらいますか。安全運転でゴーだよ、バニーちゃん」

「バニーはやめてください!」

 むっとしたバーナビーは、虎徹に抗議する。彼にしてみれば、不愉快なあだ名にしか思えない。

「牛がいて虎がいるんだから、次にくるのは当然ウサギだろ?順番だよ。それのなーにが気に入らないんだか」

「なんですかそれ」

「え、知らないの?ホントに?」

 きょとんとした顔のバーナビーに、虎徹は今だとばかりにたたみかける。何でも知っている、知らないのは年寄りの方が圧倒的に無知なはず、と思いこんでいるバーナビーに、反撃するチャンスが来たと、虎徹は有頂天だ。

「知りませんよ、ウサギと亀の話なら、童話として有名ですから知ってますけど」

「十二支って知らない?ネズミから始まって、十二種類の動物がさぁ」

 いかにもなドヤ顔の虎鉄に辟易したと言いたげに、バーナビーは顔をしかめた。

「だから、なんです?」

「干支だよ、干支。ほら、星座と同じで、その生まれ年を象徴する動物ってのがいるわけ。アジア系では有名な話で。ああ、でも越南系だとウサギの代わりに猫なんだよな。なんなら、お前のこと、キティちゃんて呼ぼうか?」

「勘弁してください」

 若者にも知らないことがあるんだと、まるで鬼の首でも取ったかのようにはしゃぐ虎徹に、バーナビーは不愉快さを募らせる。

 ちょっとばかり長く生きているからって、順序だった考え方もできず、何でもかんでも勘と運だけで乗り切ろうとする、成り行き任せのいい加減なオヤジに、一瞬でも仕切られたくない。

「なんだよ、せっかく可愛いって言ってんのに」

「ヒーローが可愛くてどうするんです」

「なぁに言ってんだ。ヒーローってのも愛嬌勝負なんだぜ。特に新人の頃は、何かと失敗もあるからな、そういう時に愛嬌ってのは実に頼りになるんだよ」

「そうですね、先輩は昔っから失敗ばっかりで、それが売りになっていたんでしたね。ワイルドタイガーの通り名は、正義の壊し屋でしたっけ」

「むう」

 さすがに負けず嫌いの虎徹といえど、本当の事には抵抗できない。実際に虎徹は人助けのためならば、どれほどの器物破損もためらわない。物は壊れても直せばいいが、人はそういう訳にはいかないのだと、事あるごとにワイルド・タイガーは主張している。

 バーナビーは虎徹が減らない口を閉じた隙をついて、サイドカーのエンジンを立ち上げた。重々しい響きを上げて、振動が彼らの身体に伝わってくる。

 サイドカーが走り出すと、LEDのテールランプが眩しいラインを描いて、夜のシュテルンビルトに流れていった。

 星座と言う名を持つこの巨大な都市は、言うまでも無く、夜の姿が最も美しい。大陸を貫くような広大な河川にできあがった、巨大な中洲を中心にした、テクニカルな階層都市には、人間の生活を支えるありとあらゆるものが集まっている。天を突くような超高層ビルを林立させるのではなく、網の目のようなハイウェイを中心にして、管理が容易な中高層ビルを幾重にも重ねた、ウェディングケーキのような中心街は、その夜景を見るためにだけ、世界各地から観光客が集まってくるほど見事だ。

レイヤー状の階層都市をぬって走るハイウェイは、片方の車線が6 つもある幅の広い道路で、どれほど巨大なトレーラーでも楽々と移動できる。そのゆとりあるスペースは、ヒーロー達がおもうさま活躍できる場としても、大いに活用されていた。

 月に一度は繰り広げられる、犯罪者とヒーローのカーチェイスに居合わせた時でも、このハイウェイがあれば、市民はできる限り安全に退避することができる。 何度ここでバトルをしただろうと、広大な車線を行き来する対向車を見送った虎徹の視界に、バーナビーが何かを呟いているのが見えた。

『なんで、こんなんなっちゃったんですかねぇ』

「?」

『昔は、ワイルドタイガーって言ったら、トップヒーローだったのに』

「なんだー?何言ってんだ?聞こえねーよ」

「なーんでもありませんよー!」

 高速走行するバイクの乗員が、耳元に叩きつけられる風圧の騒音の中、会話などできるはずがない。

「おっかしなヤツだなー!」

 音声として聞こえはしないが、人間は誰かに悪口を言われている気配だけは、どんな言語であろうと、どんなシチュエーションであろうと、なぜだか判ってしまうという、特殊な感覚を持っている。それなのに、どうせ聞こえやしないからと、バーナビーはそれからも、ぶっ通しで言いたい放題だった。

『派手な破壊活動パフォーマンスばかりに血道を上げて、ろくに犯人逮捕ポイントも取れなくなって、そろそろ引退間近だとか、ヒーロー生命の危機とか、使い古しのヒーローだとか、ヒーローゴシップ誌にかかれまくったかと思ったら、人気はがた落ちでもう話題にもならないのに、根性だとかなんとか言いながらヒーロー続けて、みっともないったらありゃしない!』

『わーるかったな』

 不意に虎徹の声が、鼓膜に割り込んできて、バーナビーは息が止まるほど驚いた。そんなはずがない、と側車に座っている虎徹を振り向くと、蒼白く輝く瞳の色が見えた。一時間に五分だけ使う事のできるネクスト能力を、こんなところで?なんという無駄遣いをするんだろう、この人は、本当にアレか。

『何してんですか!僕の独り言を聞くためだけに、そんな無駄遣いを!』

『ええ?ダメ?』

『当たり前です、何考えてるんですか!』

『んだってよ、別にいいじゃん、一時間すれば、また使えるんだしー』

 虎徹としても、無駄遣いをしている自覚はある。別にここで使う必要など、これっぽっちもないはずだ。

『そんな甘いこと考えてるから、緊急時に間に合わなくて、ろくにポイント取れないんですよ!ただでさえ市民に飽きられて、落ち目なのに、能力が使えなくて逮捕ポイントを逃したりしたら、ヒーローやってる意味無ないでしょう!』

 シュテルンビルトのヒーロー達は、人助けや悪人逮捕を使命とする正義の味方であると同時に、互いに結果と業績を競いあうアスリートでもある。

 誰よりも早く犯人を逮捕し、救命をおこない、ヒーローポイントを稼ぐ事が、世間の役に立っている証明でもあり、将来を自分にもたらしてくれる業務でもある。この町の名士となり、名前が世界中に知れ渡って有名になれば、きっと自分が探している物にも手が届く。今は自分から手を伸ばさなければ、何一つ集まらない情報も、きっと向こうからやってくるはずだ。

 そのためだけに、自分の全てを晒して、なにもかもを公開してみせているのだ。誰かが、それを、覚えていてくれるように。本当の自分など、どれほど人前に晒してみたって、この世界で誰一人理解できるはずがない。本当のバーナビー・ブルックス・Jrを知っているのは、自分自身ただ一人だけだ。 

『・・・バニー、おまえさぁ、なんかさぁ・・・』

 言葉を探して虎徹は言葉を途切れさせる。

『いまだに学生気分が抜けてないって感じ?ポイント制があるからって、良い成績取るばっかりが、仕事じゃないぜ』

 不意に鼓膜を切り咲くブレーキ音が響いて、サイドカーが道路脇に急停車する。背後からやって来た他の車両が、次々に彼らをヘッドライトで照らしつけながら、追い越していった。

 運転席の上から、バーナビーの怒りを含んだ声が虎徹に落ちてくる。

「僕が、仕事をしていないとでも?」

 常に人を食ったようなしゃべり方を虎徹に向けるバーナビーだが、今の声はいつもよりずっと鋭い棘が声に含まれていた。

「おいおい、本気で怒るなよ」

「人を舐めるのもいい加減にしてください」

「舐めちゃぁいねぇよ。そんなガチガチに緊張してたら、この仕事、長く続けられないって言ってんの!コードネームも無しに、素顔も晒して、何のためにヒーローやってんのか知らないが、何か目的があんだろ?だったら、それまではがんばんなきゃ」

「僕が、緊張?」

 鼻先で笑い飛ばすバーナビーだが、虎徹は軽くうなづいた。

「そんなはずないでしょう。緊張する必要なんて・・・」

「ヒーローTVで、じゃねぇよ。それ以外の場所で、だ」

 虎徹の目は真面目な色を変えない。

「インタビューとかコメントとか、サービスしすぎじゃね?」

 バーナビーが見かけよりもずっと子供っぽいと虎徹が感じる理由は、そこにもある。何度も虎徹が見てきた光景だ。

 大人の前で良い子でいるのが、習い性になっている子供の反応。娘の同級生にも、そんな子は必ずいて、やたらと怯えていたり、逆に攻撃的だったりと、どこか不安定だった。

「僕がどうだろうと、あなたに気にしてもらう必要はありません。放っといてください」

「ほっとけねぇよ、俺たちゃ会社命令とはいえコンビなんだぜ。相棒の調子には常に気をつけてないとな」

「だから、それが!お節介だって言ってるんです!」

「お節介はお互いさまだろ。俺がポイント取れなくったって、オマエは別に困りゃしないのに、なんだってそんなに怒るんだよ。俺だって、取ろうと思えばちゃんと取るさ・・・取れれば、だけどな」

「取れないじゃないですか」

「取るさ!」

「取れません」

 自分までが、まるきり子供の言い合いになってしまったのを皮切りに、虎徹はサイドカーから飛び降りた。

 これ以上言い争っていても、本当に子供の喧嘩だ。

「せっかく能力発動させたんだ。もったいないから、これで帰る」

「帰るって・・・!」

「5分ありゃ、俺のマンションまで飛んでいけるさぁ」

「ちょっと!」

「じゃーな」

 スラックスに両手を突っ込んだまま、ハイウェイから飛び降りようとする虎徹の腕を、伸ばしたバーナビーの手がつかむ。

「わかってない!全然!」

「何がだよ!」

 社会は歪んでいる。現実の前に理想も夢も力を失って、おずおずと場所をゆずる。そんな世界の中で、ヒーローという夢を背負って、架空の正義を演出する仕事だと、バーナビーは最初から判ってはいた。それでも、子供の頃はヒーローに対して、真っ直ぐな夢と憧れを抱いていた時だってあったのに。

「ワイルド・タイガーは、僕のために、僕を売り出すために、アポロンに買い上げられたんですよ!ロートルだといっても、それまでの実績があり、古くからのファンもついている。それをまとめて汲み上げ、新しいファンも同時に獲得すれば、人気は造作無くあがるとみて、残したんです。そんな仕打ちを受けてるのに、あなたは悔しくないんですか?」

 ビジネスという闘争の中で、理不尽な仕打ちに憤る子供がいる。正義と救助を信条とするヒーローでありながら、人気稼業でもあり、互いに競争もしなければならない、過酷な現実に気づいた少年の目で、バーナビーは虎徹に怒って欲しいと訴えていた。

「んなの知ってるよ。上司から直接言われてっからな。だから何だ?」

 虎徹にさらりと流されて、バーナビーは驚くというより悔しそうに見えた。

「いいんですか?最初っから、あきらめてるんですか?ヒーローなのに?」

「諦めとは違うだろ!俺は、どこで誰に雇われようと、どこに買いとられようと、そんなのはどうでもいいんだよ!」

 しっかりと握られた腕を振り払おうとして、虎徹は自分が能力を発動させていることを思い出した。今ここでそんな事をしたら、能力を使っていないバーナビーが怪我をしかねない。 

「どうでもいいって・・・」

「現役のヒーローでいることが、俺にとっては最大の目的なんだ。シュテルンビルドでは、ヒーローTVにでられるヒーローだけが、大手をふって能力を使って、人助けをしまくれるんだからな。この応力は、そのためにある!だったら、どこの誰でもいい、俺にヒーローでいさせてくれるんなら、どんな企業のロゴでもつけるぜ」

「イヤですよ、そんなの!」

「なんでお前がイヤがんの?つけんのは、俺なんだぜ」

「だっ・・・て・・・」

 なぜだか知らないが、突然口ごもったまま、視線を四方に飛ばすバーナビーに、虎徹はいぶかしげな顔でつっこみをいれる。

「なぁ、バニーちゃん。お前さぁ、自分もヒーローになろうって、いつごろから思ってた?まさか、子供の頃からヒーローに憧れてたタイプ?だったら、俺がデビューした頃も知ってるよな。その頃のキッズファンが、今ちょーど大学生ぐらいって感じなんだよ。だもんで、ヒーロー離れっていうの?子供の頃に好きだった物を、やったら毛嫌いする年齢になっちってさぁ、総動員で自分のくろれきしとか言ってくれちゃってもう!もしかして、お前もそういうんじゃねーの?」

「そ、そ・・・そん、な・・・」

 ただでさえ色の白いバーナビーの頬が、真っ赤になるのを、ネクストが発動している虎徹は見逃さなかった。

「はーん、んじゃ、そういう事か、よし、わかった!」

「なにが!」

「子供の頃、ワイルドタイガーのファンだったんだろ、バニーちゃん」

「ちが・・・!」

「いたんだよ、最近そういうの。もー、昔はああだったとか、もっとこうだったとかさー。いや、わかるよー、子供の頃のヒーローがさ、変わらずに活躍してんのに、自分はどうだろうとか、そういう感じ?」

「違う!」

 真剣な声で否定されて、さすがに虎徹も口をつぐんだ。

「そんなんじゃない、僕はただ、見るに耐えないぐらい、情けないと思っているだけです!」

「見るに耐えないっておまえ・・・」

「そうでしょう?あれほど活躍していたヒーローが、時代に合わなくなって、や見窄らしくなったあげくに、やることなすことピントはずれで!そんなの、情けなく思わない訳がないじゃないですか!」

「あ、そう思ってたんだ」

「わかってるなら、何とかしろよ、オヤジ!」

 いつもの端正なバーナビーの顔が、年頃の青年らしい、感情にあふれた表情になっているのを見て、虎徹はほくそ笑んだ。

 嫌みを言う時ですら、顔に感情を出さないバーナビーに、いったいどこでストレスを発散しているのだろうかと、虎徹は不思議に思っていた。

「何だよ、だったら早く言えばいいのに」

「違うって言ってるだろ!耳遠いんじゃないのか!」

 だんだんバーナビーの口調が雑になっていくのに、歩調を合わせるようにして、彼の紅潮度や鼓動が激しくなってゆくのが、つかまれた腕から伝わってきた。全ての身体能力が百倍になるというのは、そういう事でもあるのだ。言葉の嘘を見破る以上に、自分でも気づいていないような感情を、見抜くことすらできるようになる。

「クールに構えるのもいいけどな、たまにはそうやってさ、溜めといたもんは、ぱーっと出しちまえよ。感情的になるのも、時々ならわるくないぞ」

 虎徹にそう言われた途端、バーナビーの反応が不意に冷えていった。自分のキャラではない事に、すぐ気づいたのだろう。

「ほんとに・・・お節介ですね、おじさんは」

「おじさんじゃない!先輩だろ、せーんーぱーい!」

 力を極力抑えながら、そっとバーナビーの腕から離れると、虎徹はハイウェイの端へと歩いてゆく。

「ヒーロー家業はな、パーッと咲いてパーッと散るって奴もいるけど、俺はそういうのより、できる限り長く、ずっと市民を守っていてくれる、頼りがいのあるヒーローがいた方がいいと思ってんだ。それには、日常って奴が大事なんだ」

「お説教はやめてください」

「はいはい、んじゃ、また明日・・・」

 バーナビーの不満そうな声に肩をすくめて、今にもハイウェイから飛び降りようとした瞬間に、虎徹の青いオーラがふっと消え失せた。

「あれ・・・っ?」

 照れくさそうに、虎徹はバーナビーを振り向く。

「俺のネクスト、終わっちゃったみたい・・・」

 いや、困ったな、どうしようかなと、いかにもまたサイドカーに乗せてもらいたそうな虎徹の様子に、バーナビーは苦笑を必死でこらえ、表情を保った。。

「でも、一時間待てば、また使えますよね」

「え、おい、おまえ!まさか!」

 しらっとあえて無視を決め込んで、バーナビーはサイドカーのエンジンに火を入れた。

「明日は遅刻しないでくださいよ」

 滑るように車体が動き出す。あわてて虎徹はバーナビーを追いかけたが、普通の人間の足で追いつけるはずがない。

「俺はここに置き去りかよ!おい!まてよ、この!」

「ウサギの逃げ足は早いんですよ」

 テールランプの輝きが、見る見るうちに遠ざかる。あっけに取られたまま、彼方に消えてゆくバーナビーを見送らされて、虎徹は肩を落とした。

 が、ふと口元がゆるんだ。

「そっか、いいんだ、ウサギちゃんで・・・」

 そういえば、誕生日に押しつけた赤いウサギの抱き枕は、あいつ、どうしただろう。

 子供の時間と大人の時間の流れ方は、残酷なまでに違いがある。想像しているだけでは、そんな事実など判らない。自分が体験してみるまでは、誰もがみんな現在と同じように、同じ時間が流れていくのだと信じている。だがある日、はたと気づくのだ。時の流れが音を立てて速まってゆくのを。

 大人に追いついてきた子供は、いつその事に気づくのだろう。今日か、明日か、それとも明後日か。

 そして気がついた時には、また新しく子供が大人になろうとし始める。今日も、また明日も。

                 

                                          

終わり

説明
ヒーロー目指してアカデミーに行くほど頑張ってたバーナビーが、現役ヒーローのワイルド・タイガーの事を知らないはずがないだろう!だったら、どうしてあんなに不機嫌だったのか?何がそんなに気に入らなかったのか?いろいろつとつと考えて…。
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