【DQ5】遠雷(4)【主デボ】
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 フローラを乗せた船がポートセルミに着いた、という知らせが来たのは、それから一週間ほど経ってからだった。船旅は順調だったようで、フローラの様子も変わりないようだった。

 しかし、本人からの便りは、帰省を伝えた書簡以来途絶えていた。デボラは、それが気がかりだった。

 そのような訳で、デボラは、地図とにらめっこしながら、旅の準備をしていた。フローラを迎えに行くのだ。

 実は、ポートセルミに船が着いた時点で、デボラは家を飛び出したのだが、屋敷の門扉の影に隠れていた義父に見つかり、家に連れ戻されたのだった。それから、義父の説教を揚げ足も取らずに聞き、交渉に交渉を重ね、ようやく、サラボナとルラフェンの間にある旅籠までならば迎えに行ってもよい、という“お許し”を得たのだった。

 喜び勇んで旅籠へ向かう。道中、何度か魔物に襲われたが、全て蹴散らしてしまったほどだ。護衛も連れていたが、不思議なことに、デボラも十分に戦うことができた。

「お嬢様、お強いですね……。」

「当然よ!」

そう言って踏ん反り返ると、傭兵たちは呆れ気味に笑った。「何が当然なんだか」とでも言いたげだった。

――当然なのよ。

こんなことくらい、己にとっては何でもない。デボラは、そう思った。

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 そうして喜び勇んでフローラを迎えに行ったデボラだったが、己とは対照的に、久しぶりに会った妹は、驚くほど元気が無かった。

 柔らかいけれども強く輝いていた瞳からは、光が失われていた。顔はひどく青ざめていて、心細そうに震えているのだ。

「どうしちゃったの?」

驚き、そう尋ねると、フローラはぎこちなく笑って、「何でも無いのよ、お姉さん。」とだけ返した。声にも張りが無い。

 デボラは、妹を元気づけようとして歌ったり踊ったりしてみたが、効果は無かった。フローラは、無表情で姉の姿をみやると、「一人にして欲しい。」と言って、客室に引きこもってしまった。

 デボラは、そんなに己の歌や踊りがまずかったのかと思い、反省した。確かに、フローラを連れてきたシスターや傭兵たちの顰蹙を買ったが。

「フローラ、おかしいわ。」

フローラの消えた扉を見つめる。

「そうなんですか?」

傭兵の一人が聞き返す言葉に、デボラは答える代わりに睨み付けた。

―― 何も知らないのね!

それは、傭兵にとっては理不尽な怒りだった。デボラにとっては必然であったけれども。

 白けた場にいる気にもなれず、デボラは、その晩は、いつもよりも早く就寝した。念入りに肌の手入れをするのが常だが、それすらもする気にならない。

 寝台に転がると、目の奧にわずかな痛みを感じた。その痛みを意識しないようにしていると、やがて意識が沈んでいった。夢は見なかった。

 翌朝、旅籠の食堂で一人佇む妹に、デボラは声をかけた。振り返った妹は、昨日よりは顔色は善かった。けれども、表情は硬い。

「フローラ、本当に、どうしちゃったの?」

朝になっても生気の無い妹に、デボラはそう尋ねた。すると、フローラは、昨日と同じようにぎこちなく笑い、「何でも無いのよ。」と答えた。

「何でも無いのにそんなに元気ないの?」

「大丈夫。大丈夫よ。それより、早く帰りましょう。」

 デボラの顔を見ず、フローラは、一口だけ口をつけたパンを残して席を立った。

―― 出されたものを残すような子じゃないのに。

デボラは、妹がいた空間と、パンを見つめながら、必死で考えた。

 己の気づかない間に、妹の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか?

 否、それはない。

 もしそうだったとしたら、妹は指摘してくれるはずだった。

 ならば、何かあったのか。

―― 何が?

 妹の身に何かがあったのだ、というのは、ただの思いつきだった。けれども、デボラは、それが核心だと感じていた。

 行く時は歩いたが、帰るときはフローラと一緒に馬車に乗り込んだ。一定の速度で流れていく風景を見やりながら、デボラは考える。時折魔物が襲ってきて、景色の流れが止まる。馬が嘶き、傭兵たちが繰り出す剣戟の響きや呪文の閃き、魔物の断末魔の中でも、デボラは考える。

 妹はおかしい。

 何があったのかは解らないが、何かがあったのは確かだ。

―― いつから?

 己に問いかける。

―― 旅籠で迎えた時にはすでに“こんな”だった。

―― “普通”なら、フローラはどんなかんじ?

―― きっと、笑顔で私を見つめる。

―― だって。

 だって。

 フローラは優しい。だから、どんなに辛くても、笑ってみせるはずだ。

 なにより。

 己とフローラは、この世でたった一人の血を分けた姉妹なのだ。フローラはどんな時もデボラに対してほほえみかけたし、デボラも、フローラの側にいるときは気楽でいられたのだ。

―― どうしてかしら。

―― ううん。それよりも、これからどうするか。

 どうすれば、妹は“普通”に戻るだろうか。デボラは、妹の様子をうかがいながら、考え続けた。

 「そろそろ、到着しますな。」

 御者の声に、はっとする。窓の外には、見慣れた石の壁が並んでいる。デボラが考えている間に、一行はサラボナに着こうとしていた。

 街の外門には義父自らが出迎えに出ていた。落ち着きのない様子であたりをうろうろしているのが遠くからも目視できて、デボラは思わず噴きだした。

「パパったら、おかしいわ。」

一方、フローラは、何も言わなかった。デボラはため息を一つこぼす。道中も終始この調子であったので、デボラはもう妹とまともな会話をする努力を放棄した。けれども、様子をうかがうことは止めなかった。

 「おお、おお!フローラ!よく帰った!!」

「ただいま、お父さま」

恭しく一礼するフローラの横顔は、青白い。ルドマンは、顔をくしゃくしゃにしながらフローラの肩を抱く。細い肩が跳ねた。

 フローラの様子がおかしいことに、義父は気づかないようだった。

「ちょっと、パパ!」

急速に、頭の天辺に向かって血液が逆流するかのような感覚を覚える。先ほどまで考えていたことが脳内を駆け巡り、血液と一緒に沸騰してしまうかのようだった。

「どうした、デボラ。」

ルドマンは、笑顔を崩さない。デボラは、その顔を見て戦意を削がれた。

―― パパは、フローラが戻ってきたのが嬉しいんだわ。だったら。

フローラが戻ってきてよほど嬉しいのだろう。それは、デボラとて同じなのだ。その気持ちに水を差す気には、到底なれなかった。

「……なんでもないわ。」

「そうか。ならばそんな所に突っ立っていないで、家に入りなさい。」

今日は、酒宴だな!などと言いながら、朗らかに笑う義父を見送りながら、デボラは、フローラの後ろ姿を見つめた。大きな桃色のリボンが揺れていた。

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 その晩、フローラの帰省を祝う宴が開かれた。いつの間に準備していたのか、趣向をこらし、贅を尽くした宴には、街の人にも開放され、四海のありとあらゆる珍品までほぼ無料で振る舞われた。

 デボラは、フローラが気がかりでたまらず、宴の最中もずっとフローラの様子を見ていた。

 デボラの傍らには、取り巻きとして置いていた男たちがやってきては、絶えず美辞麗句を並べ立てたが、デボラはそれらに耳を傾けることはなかった。視界の端に、幼なじみのアンディが噎び泣いているのが見えたが、その時はからかう気にもならなかった。

 宴は夜遅くまで続いたが、デボラは機会をうかがって席を外した。フローラは、その時はすでにいなかった。

 足音を立てぬよう、静かに屋敷の階段を駆け上がり、二階の奧の部屋の扉を叩いた。

 フローラの部屋だった。

 返答は無いが、代わりに、静かに扉が開かれた。

「お姉さん、来ると思ってたわ。」

フローラは、そう言いながら、デボラを迎え入れた。

 部屋の真ん中にある応接卓の上に、小さな燭台が置かれている。灯りはそれだけだった。椅子に腰掛け、対面のフローラを見つめる。燭台からのうすぼんやりとした灯りが、フローラの頬を照らす。ゆらゆら揺れる灯りのせいで、フローラが震えているようにも見えた。

「フローラ、何があったの?」

まどろっこしい問いかけをしても答えないだろうと思い、直に尋ねる。

「何も無いわ。」

フローラは、それきり、俯き、口を引き結ぶ。

 その顔は、昼間よりも一層ひどく青ざめていた。応接卓の上で、堅く握り込まれた手は震えていた。デボラは、その手を取った。柔らかい感触は変わらない。けれども冷たかった。

「この私にも言えないの?」

「お姉さんには、関係ないもの!」

フローラは、声を荒げた後、慌てて口を押さえる。これでは何かあった、と言ったも同然だと気づいたのだろう。

「フローラ、何かあったのなら、言ってちょうだい。心配なのよ。」

「何でも無いのよ!本当に。何でも無いの。何でも無いのよ……。」

「何でも無いのにそんな顔をするの?」

妹の頬は、冷たく濡れていた。デボラは、胸が引きつるような感覚に陥る。

「そんな顔をされると、私もつらいわ。」

たった二人きりの姉妹なのだ。血を分けた肉親は、もうこの世界にお互いしかいない。だから、デボラはフローラが悲しい思いをするのが厭だった。フローラは幸せでいて欲しかった。もちろん、自分も幸せになった上で、だが。

 つらい、という言葉に反応して、フローラは、弾かれたように顔を上げた。

「お姉さんがつらくなるようなことなんて、無いの。私が……。」

また、うつむく。何か、言葉を飲み込んだように見えた。

「あなただけが我慢すれば善いって?」

フローラは頷いた。そうして、デボラをまっすぐに見据える。

「お姉さんが、お姉さんらしくいられるなら、私はそれでいいの。」

暗く淀んでいた瞳は、生気を取り戻していた。しかし、いつもの妹の眼差しとは異なり、まるで刺す様に鋭く輝いた。

「何を言っているの?」

「お姉さんは、いつも自由で気ままで、踏ん反り返っているのがいいの。そうじゃないと、私はいや。」

「フローラ?」

「私、結婚するのよ、お姉さん。この家の為に。」

 

 

説明
デボラ様の過去を捏造して4発目。前回から日があいてしまって申し訳ないです。
今までの→(1)http://www.tinami.com/view/266952
(2)http://www.tinami.com/view/270315
(3)http://www.tinami.com/view/274219
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タグ
DQ5 ドラクエ デボラ 

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