アルエリ「ファーストギフト」編
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カラハ・シャール東部市場の一角で、少女はエリーゼはがっくりと肩を落としていた。

「やっぱり、なくなってます……」

力なく呟いた脇で、同じようにしょげ返ったティポが追従する。

「あの石、売れちゃったのかなあ?」

先日、出立前にドロッセルやミラ達と立ち寄った時には確かにあったのだが、今は店舗のどの棚にも置いていない。勇気を出して店主に聞いてみると、案の定品切れを起こしているのだという。

「お嬢ちゃん、すまんね。ここのとこ流通が不安定で、仕入れもままならなくてな」

初老の店主は、ほとほと困り果てた様子であった。エリーゼは下を向く。物資や人の行き来が悪くなっている原因をつぶさに知っているだけに、何も言えなくなってしまったのだ。

ガラス細工を扱う小間物屋の店主の言葉を要約すると、次の入荷は全くの未定ということらしい。件の石に一目惚れしていただけに、少女の落胆は大きかった。

内気なエリーゼが珍しく欲した石は、博識なミラ曰く、琥珀という宝石なのだという。

「木の樹脂が長い年月を掛けて固まったものだ。人間の世界では、虫入りの物は珍重されるそうだぞ」

ミラが手持ちのガラス玉を首飾りに細工して貰っている間、彼女達はきらきらと眩い光を放つ石の数々に見入っていた。その中の一つにエリーゼが夢中になっていることに気づいた精霊の主が言う。

「身につけていると、豊かな人間関係を築けるようになるんですって」

隣から少女と視線を同じくして覗き込んできたドロッセルが、貴族らしく宝石の謂れを語った。

「豊かな、人間関係……?」

「繋がりの修復とか、痛みを和らげるとか。あと柔軟性、創造なんて意味もあったと思うわ」

「へえ……」

エリーゼは興味深く頷く。確かに琥珀の飴のようにとろりとした色には、人を惹きつける何かがあった。

そんなやりとりを見ていたミラだったが、ふと気づいたように無遠慮に宝石を指差した。

「エリーゼ。お前、これが欲しいのか?」

「え? あ……あの……」

「あら。じゃあエリーゼにはこれをプレゼントしましょうね」

そうにっこりと笑ったドロッセルの笑顔が、その後半刻も経たない内に掻き消えることなど、誰が想像できただろう。

ここカラハ・シャールはナハティガル王の治める国ラ・シュガルに属している。いくら国王の遣り方に楯突こうとも、シャール家が国土の一部を受領している主である以上、現国王の臣下であることには変わりない。

その王が勅命を下した。反乱分子と判断された彼女達は、圧倒的な兵力を前に成す術もなく捕縛され、要塞へと連行されてしまったのである。

その後紆余曲折あったものの、彼女達は自由を取り戻し、再び街を気ままに楽しむゆとりさえ生まれていた。

「あれから、だいぶ時間が経っちゃってるもん。売り切れててもしょうがないよ、エリーゼ」

「うん……」

頷いたものの、少女にはひどく心残りがあった。

琥珀の首飾り。夕日のように滑らかで暖かな、人との繋がりを広げてくれる石。あの日露店で見たあの宝石には、もう二度とお目にかかれない。

エリーゼの悲嘆は深くなった。自分の手の届かないところに行ってしまったと分かってしまったからだろう。今、無性に欲しくて堪らない。

何となく立ち去り難く、だが店の前を占領するわけにもいかないので、重い足を踏み出した。

目に入る足元の石畳に、ふいに大きな影が落ちる。

「よ。お姫さん」

「アルヴィン」

予想外の人物の登場に、少女は思わず顔を上げた。

「浮かない顔でどうしたよ? お、宝石――? まだピンキストの証あきらめてないの? 流石に店先にはピンクエメラルド売ってないと思うけどな」

「違います」

「これだから女心のワカラン奴は〜」

少女は、つんと横を向いて答えた。相変わらず無遠慮な発言をし続ける縫いぐるみを、傭兵は無言で鷲掴みにする。

「――で? 何見てたの?」

「え? ペンダント……ですけど」

エリーゼは怪訝そうな顔をした。彼女が何を眺めていたかなど、店先を見れば一目瞭然だ。当たり前のことを何故聞いてくるのかと、その不審が顔にもろに出た。

そんな少女の疑問に、アルヴィンは違う違う、と軽くいなした。

「欲しいもんがあったんだろ? どれだよ」

少女は擦り寄ってきた縫いぐるみを、きゅ、と抱き締めた。

「……売り切れ、です」

男は眉を跳ね上げ、無言で宝飾屋の店主に目で問うた。店主もまた、黙って首を振ってみせる。

だがアルヴィンはそこで引き下がらなかった。彼は人の良さそうな笑みを浮かべ、軒先でその長身を屈めて迫ったのである。

「お宅、一つくらい在庫残ってたりしないの?」

「いやいや滅相もない。前のお客で最後だよ」

「とかなんとか言っちゃってー。実は箱の中に余分があったりするかもよ? 調べてみたら?」

エリーゼが目をまん丸にする目の前で、高度な交渉術は展開された。アルヴィンの言い掛かりにも似た『お願い』により、店主は渋々机の下から小さな箱を取り出たのである。

「やれやれ、お兄さんには叶わないねえ。他の人には内緒にしといてくださいよ?」

それは布張りの、エリーゼの掌に収まるくらい小さな化粧箱だった。中に収められていたのは、小振りではあったがまさしく琥珀で、歓喜のあまり少女はその場で飛び跳ねた。

「琥珀です!」

「あれ? でもこれ、穴が開いてるよ〜?」

ティポの言葉に、そりゃ首飾り用ですから、と店主は店先に並べなかった理由を明かした。

本当は琥珀を数珠のようにいくつも繋ぐために用意していたのだが、今度は石に合う紐が見つからず、部材の一つとして保管していた代物なのだという。

「なら、今してる首飾りに通します」

口惜しそうな店主に対し、エリーゼは掌を胸に当てて自分を示した。これだけ小振りなら、今しているものに組み合わせても、さほど違和感はないだろう。加えて彼女は、飾り玉に糸を通せないほど不器用ではない。

「そーいうことだ。んじゃ、頂いてくぜ」

「どうも、ありがとうございました」

「毎度」

念願の琥珀が手に入った余韻にしばらく浸っていたエリーゼだったが、はっと我に返ると慌てて彼の後を追った。

「あのっ、アルヴィン」

「ん?」

男が肩越しに振り向く。いつもの仕草。どこかとぼけたような、それでいて薄い壁を感じる、見慣れた態度。

この人は、とエリーゼは改めて思う。幾度となく嘘をついた。自分にも、共に戦った仲間にも沢山の嘘をついた。きっとエリーゼ自身が知らないところでも、多くの裏切りをしているのだろう

けれど掌に受けた、化粧箱の重みは本物のように思えた。真実の、男の真心のように感じられてならなかったのだ。

気まぐれかもしれない。明日には忘れられた振りをされるかもしれない。でも、エリーゼにとっては掛けがえのないひと時だった。

少女は頭を下げる。

「ありがとうございます」

困っていた自分を助けてくれたこと。店主と交渉してくれたこと。なのに、まるで何事もなかったかのように歩き出す気遣い。全てに感謝を込め、礼を述べた。

男からの返事はなかった。ただ片手が上がり、軽く振られただけだった。けれどもエリーゼには、それさえも予め分かっていたことだった。

「ねえローエン。今の話、どう思う?」

「私に振りますか」

晩餐時、エリーゼの話を聞き終えたドロッセルは、会食に同席していた元執事と額を突き合わせていた。

「年齢的に犯罪だと、アルヴィンさんに忠告すべきかしら?」

難しい顔で女領主は腕を組む。ローエンの方は思案顔で顎を撫でるばかりだ。

「その辺りのことは、ご本人が一番よく分かっていらっしゃるでしょうから。自制するのも大変なのでしょう」

しみじみと言う老紳士に、ドロッセルは物凄く疑わしそうな視線を向ける。

「そういうものなの?」

「そういうものです」

説明
TOXアルエリ。アルエリ関係のサブクエ求む。 ●アルエリ本「うそつきはどろぼうのはじまり(\100)」10/9「TALES LINK」F-15a「東方エデン」にて頒布予定。
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