アルエリ「三世代とお買い物」編
[全1ページ]

「エレンピオスの街って、とても独特で面白いですよね。どんな特産品があるんでしょう?」

旅の休息と明日に備えて一行が思い思いにバランの部屋で寛ぐ中、エリーゼが目を輝かせて両手を組んだ。

異世界エレンピオスの大都市トリグラフで目覚めた当初は、リーゼ・マクシアとの違いに怖気づき、人との会話さえ尻込みしていた少女だったが、好奇心は未知なる物への恐怖に勝ったらしい。

エリーゼの言葉を受け、栗毛の少女が天井を見上げる。

「特産品かあ……。黒匣とか?」

「当たり前すぎて特産品にならないと思うよ」

間隙空けずさっくり否定したのは釣り目の幼馴染だ。知識欲旺盛なジュードは早速バランから書物を借り受けており、読書に余念がない。

リーゼ・マクシアとエレンピオスの文字は同じではないが似通っている。だから慣れればすぐ読めるようになる、という傭兵の言葉は嘘ではなかったらしく、今のジュードの読書速度は普段と変わらない。

本から顔すら上げず読み耽たままのジュードに、レイアの眉がきりきりと上がった。だが彼女が文句を言う前に、老人の声がさりげなく割って入る。

「確かにそうかもしれません。エレンピオスにとって、黒匣は特産物ではなく生活必需品ですから」

ローエンは読書に夢中な少年の隣で、少し苦笑しながら続ける。

「観光がてら、商店を覗いてきては如何です? この世界を知る、第一歩になるかもしれませんよ」

「そう……ですね! 頑張ってお話してみます!」

拳を握って意気込むエリーゼを見て、レイアはうんうんと頷く。

「そうそう! その心意気!」

こういう買い物では真っ先に手を挙げついていくレアであるが、生憎今日は、先の戦闘で得た深手を癒したばかりであった。一行お抱えの医師兼幼馴染から絶対安静が宣言されてしまっているので動けないのである。

「何か面白いものあったら、絶対教えてね!!……ほらっ、付き添いがいつまで座ってんの」

言うなりがしっと肩を掴まれ、ジュードは間の抜けた声を上げた。

「え!? な、何? 付き添い?」

「あんたのことよ! この本の虫ーっ!」

女の子を一人で外出させるなんてとんでもないでしょ、というレイアの鼻息と、いってらっしゃいという穏やかなローエンの笑みと共に、ジュードは文字通り部屋を追い出された。

「す、すみません……。読書の邪魔をしてしまって」

「ううん、気にしないで。丁度切りが良かったし、気分転換をしようかなって思ってたところだったから」

恐縮至極とばかりに肩を縮こませるエリーゼに、少年は凪のような笑みを向けた。

「特産物だっけ? 僕も言われるまで意識したことなかったけど、本当、何なんだろうね?」

ジュードは商店街へと進む道を下りながら少し考え込む。今まで精霊と黒匣ばかり追いかけていたから、エレンピオスの風習や文化にまで意識が向いていなかったのである。

ふと気がつくと隣にエリーゼの姿がなかった。慌てて左右を見回し、自分の近くにいないと分かると、今度は眼下の商店街に目を凝らした。

ジュードの焦りが最高潮に達する前に、エリーゼの姿は見つかった。少年は内心胸を撫で下ろしつつ、足早に近づく。

「エリーゼ。何を見つけたの?」

少女は返事をせず、陳列物をしげしげと眺めている。うずたかく積み上げられた商品の向こうからこちらを覗きこんできている店主と思しき男は、ジュードの顔を見るなり破顔した。

「ああ、この子のお兄さんかい?」

「お兄さん……?」

良かったなあ、家の人が見つけてくれて、と人の良さそうな店主は、わざわざ店の前に回ってきてエリーゼの頭を撫でている。

「あー……ええと……」

どうやら兄妹に勘違いされているらしい。弁明するかどうするか、迷っているうちに叱られた。

「お兄さん、駄目じゃないか。小さい子から目を離しちゃ」

「はあ……」

何となく釈然としないものを感じつつも、ジュードは頭を下げ、店主に礼を述べたのであった。

「どうだったー?」

戻るなり、まるで飛び掛るように感想を求めてきたレイアに少年はこう報告した。

「兄妹に間違えられた」

 

いやあたしの聞きたいことはそういうことじゃないから、と次に借り出されたのはローエンである。

だが彼もまた先程のジュード同様、エレンピオス観光はやぶさかではない。

「ほう。精霊の化石を宝飾にしていた、というのですか」

道すがら、先程の成果を聞き出していたローエンは目を見張った。精霊の化石は黒匣が精霊からマナを抜き取ってしまった、謂わば残り滓だ。精霊という存在さえ知らないエレンピオス人にとって、役に立たぬ鉱物など廃棄物と大差ないのだろう。

何とも言い難い顔でエリーゼは頷く。

「確かに、精霊の化石は青くて綺麗ですけど……」

なまじ人と精霊の共存性によって秩序立っていた世界出身なだけに、精霊を使い捨てにし、二束三文の宝飾品に仕立て上げてしまう神経が分からなかったようだ。

「価値観の違い、という奴でしょう。こればかりは、彼らに精霊の存在を知らしめるところから始めなければ、到底払拭できそうにありませんね」

「話すこと、知ってもらうことで、分かってもらえればいいのだけど……」

エリーゼは不安そうに呟く。横を通り過ぎるエレンピオスの少女の胸に光る青い色は、精霊術に長けたエリーゼの胸を射抜くようだった。

「いらっしゃい」

「入荷したばかりの新商品だよ」

「安くしとくよ、見て行っておくれ」

商店街に辿り着き、四方から浴びせられる客寄せの声の一つが、無遠慮に馴れ馴れしく掛けられた。

「どうです旦那、是非見て行ってくださいな。……あら、お孫さんとお買い物?」

前掛けを締めた中年の小太りな女性は、ローエンの後ろへ隠れるように佇むエリーゼに目を見張っていた。

当然の反応、と指揮者は微笑む。

「いいわねえ。やっぱり女の子は可愛らしくて。いえね、うちの息子にも、早く孫の顔を見せてくれって、何度も何度もせっついてるんですけどね、これが中々」

この年齢の女性特有の長話に適当な相槌を返し、颯爽と会話を切り上げたローエンは、孫と連れ立って歩く好々爺そのままにトリグラフの街を堪能したのだった。

「どう? 何かあった?」

開口一番訊ねてきたレイアに対し、指揮者はしみじみと首を振った。

「孫娘を連れて歩く心境とは、こういうものなのでしょうねえ」

 

もう何だってうちの男連中は役に立たないのよ、と息巻いたレイアは、憤懣やるかたない顔つきで、ぱちんと指を鳴らした。

「こうなったらダークホース投入するっきゃない! さあアルヴィン君!」

「さあっ! つって扉を開け放たれてもな。ってゆーか嬢ちゃん、俺エレンピオス人なんだけど。故郷を観光してこいってどういうことよ?」

問答無用、とばかりに男は少女と共に部屋を締め出された。

「――で? 特産品って何だったの?」

ぶらぶらと歩みを進めながら、男は傍らの少女に訊ねた。

「何って……アルヴィン、もしかして知らないんですか?」

自分の故郷のことなのに、とエリーゼが目だけで疑わしさを表すと、途端に男はばつが悪そうにそっぽを向いた。

「俺がこの街に住んでたのって、すっげえ小さい頃だったから。それに、物心ついた時にはもう、寄宿舎に放り込まれたからな」

それって、と少女は思わず口篭る。

「お父さんやお母さんと、ずっと一緒じゃなかったってこと……ですか?」

「ま、そうなるな」

二人の目の前を通り過ぎる、親子連れの笑顔が切ない。

「親父は忙しくって殆ど家にいなかったし。おふくろも何だかんだで親戚の付き合いに借り出されてた。だから家族揃っての旅行なんて、本当に久し振りだったんだ」

それが――豪華客船ジルニトラの船旅が、あろうことか異世界への旅立ちとなってしまった。それも不運な偶然が重なっての事故に巻き込まれた結果である。戻る術のない、まるで一方通行の旅路だった。

「アルヴィン……」

柵を掴んで街を見下ろす男の隣に、エリーゼも並んだ。

マナが枯渇し、自然の荒廃した、まるで先のない街。それでも、ここが彼の故郷なのだ。まぎれなく男が生を受け、そして理不尽な力で引き離されてしまった場所。

その引き離され方が自分の力で到底覆しようのない、強大過ぎる秩序の意志により行われたのなら、余計がむしゃらになって戻ろうとするだろう。意固地になって、ただ還るという目的を遂行するために全てを犠牲にしても良いと思い込んでしまうほどに。道徳も倫理も、寄せられる信頼さえも不要だと打ち捨ててしまえるような、心の枠を作り上げてしまえるほどに。

故里に戻りたい。それは、人ならば当たり前の願いだ。その願いを叶えるために、アルヴィンという男は生きてきた。

自分だったらどうしただろう、とエリーゼが想像を膨らませようとした時、急に辺りが騒がしくなった。

「お巡りさん、こいつです!」

誰かが叫ぶなり、二人の方を指差してきた。正確にはアルヴィンの顔を。

「え……? 俺?」

思わず自分を指差してしまったくらいに混乱していた男だったが、混乱しているのはエリーゼも同じだった。真っ白になった頭に、周囲の囁きが徐々に染み込んでくる。

「誘拐犯だって……」

「ええ? あの人が?」

「そういえば最近よく見かけたけど……」

「やーねえ……トリグラフも物騒になっちゃって……」

ちょっと署まで来てもらおうか、というお決まりの台詞が飛び出す前に、二人は脱兎の如く逃げ出したのであった。

 

「通報された」

例によって例の如く戦果を求めてきたレイアに、アルヴィンはぽつりと告げた。それはたった一言であったが、レイアの笑みを引き攣らせるには充分すぎる重みを持っていた。ジュードは何ともいえない呻きを漏らし、ローエンは軽く顎鬚を撫で、ミラは腕組みをした。

「ア……アルヴィン君が悪いんじゃないと思うよっ!」

レイアの慰めが、空しく部屋に響く。

精霊の主は、ちらりとエリーゼを見やった。この少女も男と同じく、ひどく落ち込んでいる。ティポの耳が元気なく垂れ下がっているのが何よりの証拠だ。

「特産物探しは、当分お預けだな」

床にしゃがみ込んだ少女の細い肩は、痛々しいほどに落ちた。

「……そうします」

説明
「名づけて三世代(ry」「俺はお前の親父じゃねーぞ!」ごめん台詞うろ覚えだけどすげえあの遣り取りがツボった。
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