アルエリ「信頼の証」編
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その夜は、思いの外早く過ぎた。

連日の戦いと目まぐるしい事態の変化で疲れているはずなのだが、決戦を前に神経ばかりが高ぶって、とても眠ることなどできるはずがないと思っていた。

従兄弟バランの用意してくれた寝台に仰向けになり、天井を見つめたまま、男は頬を撫でる。

そこには、夢と呼ぶには鮮やか過ぎ、生々しいと呼ぶには淡過ぎる感触が、まだ残っていた。

男は、これまで何度ついたか知れない溜息と共に目を瞑る。瞼の裏に公園での遣り取りが、すぐさま浮かび上がった。

夜目にも鮮やかな金の髪。太陽ほど燦然とはしていない、まるで使い込まれた金貨のように落ち着いた色味のひと房が、自分のすぐ側で揺れていた。

お礼だ、と少女は言っていた。だが男には貰う理由がなかった。

信頼を寄せられる度に裏切った。信頼に対する責任を取ることをずっと避けていた。そうやって逃げ回っていたら、いつの間にか還る場所が一つもなくなっていた。そうならないように上手く立ち回っていたはずなのに、気づいた時には最悪の事態に陥っていた。

自分の目的のために、共に戦った仲間を見殺しにした。それなのに断界殻はなくならず、故郷にも戻れなかった。

本当にどうしたらいいのか分からなかった。分からなかったが、分からないなりに行動を起こすしかなかった。立ち止まって自分と向き合う時間を持ってしまったら、自分が壊れると思ったからだ。

(俺――自分に嘘、ついてたんだな……)

全ての居場所を失った彼は、誘われるままについていった。再び行動を共するようになった男に向けられる視線は冷たかったし、態度も頑なだった。男はそれに甘んじた。何故ならば、それが彼の裏切りに対する対価だったからである。

全部、自分の行動が引き起こした結果だった。誰のせいでもないし、誰のせいにもできない。男がここにいるのは、たとえ目標と懸け離れていたとしても、男自身が選び取った未来だった。

己の罪を受け入れることが、こんなに辛い作業だとは知らなかった。他人に自分を知ってもらうこと、居場所を確保し続けることが、こんなにも難しいことだと生まれて初めて知った。

そして、自分の過ちを認めて、一から関係を築き直そうとした男の、幼稚な努力が実を結んだ時の喜びも。

(だいぶでかい成果だったけど、な)

その夜、会話が途切れた時を計ったように、少女がブランコから立ち上がった。草を踏む軽い音だけで、部屋に戻るんだなと男は思った。その刹那の出来事だった。

されたことを知って、アルヴィンは頭が真っ白になった。

思わず頬を指でなぞる彼を見て、エリーゼはくすぐったそうに笑う。男の顔を覗き込む緑の瞳は、ひどく温かな光を湛えていた。

あんな口付けをされたのは、生まれて初めてだった。口付け自体の経験はあるが、少女の寄せた唇は、そのどれとも違っていた。濃厚ではないが、軽やかとも違う。欲にまみれているわけでもない。見返りさえ求められていない。

アルヴィンは思わず腕を両目に乗せた。目頭が熱い。

(――信頼、だ)

その頬に信頼の証を贈った少女は、友達でいてあげる、と言っていたではないか。そのことに今更のように気づくなんて、と自嘲したしたところで彼は気づいた。

自分、礼をしていない。半ば愚痴めいた話を聞いてもらったというのに、ありがとうの一言も言っていない。

起きたら一番に言わなければ、と思ったところで、アルヴィンの意識は眠りの海に沈んだ。

 

説明
件の決戦前夜。この先何週もプレイするうちに自分の解釈さえ変わりそうだけど、今のを形にしておこうと思う。
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