プロジェクト・メシア 上
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今の俺の状態を表す言葉はいくらでもある。左遷、転勤、異動。クビという考え方もある。

俺は明後日には出ていくイギリス空軍基地を眺めながら行き付けの食堂に向かっていた。

店内にはいつもの店員そして同期の整備士レオルが座っていた。

「よぉアダム、来週からアメリカ行きだって?」

「ああそうだ。」

ふてくされながら俺は答えた。

「やはりVMC関係か…」

だろうな、と俺は答える。俺は店主にナポリタンを注文する。

VMC=Variable Matal Cell

こいつのせいで国連軍の威圧による仮染めの平和は壊れつつある。まさか誰しも宇宙から敵が来た…というのは大げさだが人知を越えた物が落ちてきたとは思わないだろう。知ってるのは軍関係者ぐらいだ。

俺は運ばれてきたナポリタンを受け取りフォークを掴む。

「国連は何をする気なのだろうな…」

レオルが水を飲みながら考えごとをしている中俺はナポリタンを巻いたフォーク口に運ぶ。

「明後日の便で出る。帰ったら一杯やろうな。」

レオルはトンとグラスを机に置いた

 

 

 

 

国連軍とは身勝手な所だ。挨拶をしたかと思うと長旅で疲れている俺をいきなり格納庫に連れてこさせた。

黒服の怪しい男二人が先導し薄暗い道を歩かせる。

男は急に止まって扉を指さした。入れということだろう。渋々俺は中に入った。

中は真っ暗だった。何も見えずただ空虚な空間が広がっている様だった。

しかしバチンという音と共に闇は消えた。その代わりか俺の目の前には巨大な西洋騎士が立っていた。おそらく15mはあるだろう。

「気に入ってくれたかね、アダム君?」

騎士の隣に背広の男が立っている。こいつの顔は見たことがある。

「私は国連軍元司令官ビル・クラウドマン。今は対VMC部隊司令だ。」

「その司令が何の用です?イギリスからわざわざ呼び出すと言うには何かあるんでしょう?」

「ああ、そうだとも。」

広い格納庫にビルの声は響いた。

「君はイコンに選ばれたのだよ。」

「聖像<イコン>?」

そうだ、とビルは言いパチンと手を叩く。

「我らがノア計画の最大の要、メシアに選ばれたのだよ。」

「何を言っているのでしょうか?キリスト教と何の関係が?」

カツカツと革靴で歩く音と共にビルは近づく。

 

 

それは目を疑う物だった。ビルの見せたPCには様々なVMCに関するデータが表示する中に一つ最も目立つ項目があった。

『VMCによる人類への被害』

結果は至ってシンプルな物だった。複雑な演算の結果がこの一行なのだろう。

『人類の消滅』

「どういうことです。VMCは金属性のバクテリアだと…」

「ああその通り。だが違う。彼らは寄生虫と同じ遺伝子を持つ生命体、そして表面は地球に存在するどんな物よりも堅く、破壊できないと判明した。」

絶望。その二文字と彼の言ったメシア<救世主>という言葉が頭の中で重なりあう。

「このメシアはVMCへの最後の希望であり人類の救世主。君はその象徴。イコンに選ばれた。」

馬鹿げた話だ今の子供向けのアニメでももう少し話は理論付けできる。しかし今の現状はナンセンスだ。

「司令はどういう対策をとるおつもりで?」

ビルは又PCを操りながら話す

「…宇宙への退避。」

モニターには戦艦のようなものが映し出されていた。

「第三次大戦中の遺産があってな、それを使うつもりだ」

「そしてその護衛を俺に?」

ビルは頷き、そして一枚の紙を差し出す。

「君の協力が必要だ。メシアの適合者であるイコンは君しかいない」

 

 

国連によるVMCについての記者会見。そしてノア計画により人類の移民が始まった。だが人類全員を乗せられるはずがない。退避できたのは1割程度。こういう場合「殆ど逃げたのは役人で一般人はおいてけぼり。」という話がよくあるが実際は途上国の人間が収容された。

宇宙移民適合試験なるヤラセで労働力となる人間。つまりは奴隷にふさわしい人間たちが次々と収容された。

未知の生物から逃げるという目先のことばかり考えている人間を見るとなんだか笑えてこなくもない。まるで「奴隷にしてください」と志願しているようなものだ。

 

 

俺は日々メシアの操縦訓練だった、基本的には戦闘機と同じと言っているが飛行機とロボットでは勝手が違う。未だに慣れないほどだ。

そして対VMC部隊に初任務が来た。

内容は中東の移民船の護衛だそうだ。既に地球では隔離していたVMCだけではなく。おそらく又飛来したとされるVMCがイラク近辺で出現した。今移民船が襲われてもおかしくは無いということだ。

「アダム、メシアの準備はいいか?」

ビルからの通信が聞こえる。

「ええ作戦開始まで後6分。いけます。」

俺はヘルメットを持ち、格納庫へと向かった。

 

 

 

胸に十字架を持つ白銀の騎士。『メシア』

メシアとはキリスト教での救世主である。世界を破滅に導くVMSから人々を守るためにその名が付いたのだろう。

イコン。これは聖像を表す。つまり俺は人類の希望の象徴となれ。という事なのだろうか?

まあそんなことはしがないパイロットの俺には関係ない。俺の仕事は戦うこと。ただ命令に従う冷酷にて残虐なマシーンになること

イギリス空軍の時からずっと言い聞かせていた言葉だ。

 

 

俺を乗せたメシアは地下格納庫から地上にあがる途中だった。

「アダム、イヴの起動を確認した。」

「イヴ?」

そんな物マニュアルにあったかと思い、俺は記憶をたどる。

「メシアをサポートするAIだ。…アダムとイヴ、皮肉だな。」

なるほど通りでオペレーターが居ない訳だ。

俺が一人で納得していると、メシアの乗っているリフトの隣からロボットアームが飛び出る。先には巨大な槍の様な物がある。

「それがメシアの武器だ。さあ作戦開始だ、以降はイヴのナビゲートに従ってくれ。」

ビルとの音声通信はそこで切れた。

「武器は槍しかないのか…」

「肯定です。メシアに搭載される武器はそれだけです。」

「なっ!?」

 

 

アダムとイヴ。生命の実を食べ、エデンを追放された俺達の祖先。というのが聖書のだいたいの内容だった気がする。

イヴと呼ばれるAIは目の前のディスプレイに備わっているらしい、堂々の『EVA』と書いてある。

イヴの声は女。というよりは少女に近い雰囲気だ。まあ複合音声の為どこかぎこちないが。

「本当にコレしかないのか?」

「はい、肯定です。しかしそれは貴方が『イコン』で無い場合の話です。」

「どういう事だ?」

「適合者であるイコンのみメシアの動力源、クロス・リアクターの使用が可能です。それを利用することで大半の射撃、防御、格闘は行えます。問題は貴方の腕です。」

なるほど。と呟き俺は地上に出たことをモニター越しに確認する。

「クロス・リアクターの背面部スラスターへの集中供給を提案します。」

「つまりは急げって事か…やってくれ。」

「イコンの指令を確認しました。」

メシアの胸の十字架の光が増し、背中が光を放ち始める。

「クロス・リアクターによる亜光速化の準備完了。どうぞ。」

「了解。」

俺は緊張で汗ばんだ手をスーツ越しに刷り合わせる。そして再びレバーを握る。

「メシア、出るぞ。」

スロットルレバーを思い切り引いた。

 

 

人間には欲がある。故に二人以上の人間が居た場合、そこには争いや対立が生まれる。

昔からよくある事だ。フランス革命やアメリカの独立、キューバ革命…

二者の意見が食い違えば争いが生まれるのは必然だ。それは仮染めの平和を保たれた今も同じだ。レジスタンス、反乱分子は幾らでも居るだろう。

そして、ここ中東も例外では無かった。

 

 

褐色の肌をした少年と初老の男は砂漠の真ん中にポツンと佇んでいた。

彼らの目線の先には大きな船がある。移民船だ。

「ソラン、いいのか?」

男は少年に訪ねる。

紅のスカーフを口に付けた少年は話すために一旦スカーフを外してから

「構いません、マフディーの教え通り、僕はここに残ります。宇宙で奴隷になるより戦って死ぬ方がマシです。」

少年は外見に似合わぬ大人びた口調で淡々と話す。

「お母様との挨拶もいいんだな?」

少年はコクリと頷く。

「…さて」

男は武器で身を固めた腕にはめた腕時計を見る。時刻は正午を回ったところだ。

「ソラン、そろそろ奴等がここに来る。戦闘準備!」

男が声を張り上げると岩陰から何人かが出てくる。そしてライフルのハンマーを引き弾がチャンバー内に装槙されたことを確認する。

 

一瞬の出来事であった。基地の方から一台のバンが突っ込んできたかと思うと、バンは岩にぶつかり爆発を起こした。

「ちっ、ナメた真似しやかって…」

レジスタンスの男が一人バンに近づく。黒い車は一部銀色に輝いている。おそらく塗装が禿げているのだろう…

次の瞬間だった、後方から爆音と共にすさまじい砂埃があがった。

そしてその煙の中に砂漠には似合わない西洋騎士が立っていた。

いや、違う。

「イーガン、離れろ!!」

初老の男が腰からスコーピオンを取り出しながら叫ぶ。

だが遅かった。

バンから結晶のような金属がまたたくまに鋭い刃物のように変形しイーガンという男の腹を思い切り刺す。

金属を伝って赤い血液が溢れ、まわりには砂と共に鉄の香りが充満する。

「皆、イーガンを撃て!!」

初老の男がスコーピオンを構えながら叫ぶ。

「マスター、なにを!?」

「早くイーガンの死体を粉々にしないと寄生される、お前の言い分も分からなくは無いが今はこれしかない!!」

 

火薬と鉄の香りが砂嵐に乗せて広がっていく。

それは上から見ても分かる光景だった。

 

「VMCの反応を確認。地図に表示します急行して下さい。」

イラクへ向かって亜光速飛行をしている最中イヴの指示が入った。

地図にはイラク軍基地に赤い印が付けられていた。

「ちっ、もう移民船の目と鼻の先じゃないか。イヴなにか提案は?」

一旦イヴの画面が数式に埋まる。おそらく最良の作戦を考えているのだろう。

「接近し、近接格闘攻撃をしかけるしかありません。現状、当機に装備された武器では威力が有りすぎ、移民船に被害を与えます。」

「目的地まではどれぐらいだ。」

今度は数式は出なかった。まあこの程度ではでないだろう。

「あと三秒です。」

 

 

「ちっ、やはり効かねぇか…」

赤く血で砂が染まる中、未知との争いは続いていた。

「ソラン、RPG-7もってこい!」

「はい!」

少年は返事をした後岩陰にある木箱に走る。

箱の中の布を取ると筒のようなものが入っている。

「えっと…こっちが弾頭で…」

「ソラン!早くしろ!!もう持たん!」

「分かってます!…でも」

 

次の瞬間だった、後方から爆音と共にすさまじい砂埃があがった。

そしてその煙の中に砂漠には似合わない西洋騎士が立っていた。

 

 

鳥は生まれてから最初に見た物を親だと判断する。『刷り込み』という物がある。

俺は生物学者じゃないからそんな事知らないが、『刷り込み』ってのは人にも効く物だとこの時思った。

 

メシアが着陸した目の前は丁度交戦地域ですぐ近くには弾薬庫があった。

おそらく弾薬を取りに来たであろう少年兵がまじまじとこちらを見ている。

希望にも絶望にも満ち溢れた少年の顔はどこか大人びて見えた。

「周辺地域のゲリラへの退去命令を提案します。」

「あっあー…分かった。」

俺は見とれていたのだろうか?だがそんな思いはすぐにかき消す。俺は戦闘マシーンなのだから。

「スピーカーの用意が整いました。退去命令を願います。」

分かった、と相づちを打つとマイクに向かって叫んだ。

「こちらは国連軍対VMC部隊だ。この戦線はこちらで引き継ぐ。」

すると先ほどまで死闘を繰り広げていた男たちは話し合ったかと思うと反乱軍が止めておいた装甲車へ乗り込んだ。

「で、イヴ。こいつに搭載しているクロスなんたらを使えば良いんだな?」

俺は確認を取る。AI相手というのは阿呆な光景だが。

「肯定です。VMCは常に進化を続ける生物です。一刻も早い掃討を。」

 

ダーウィンの進化論。というのは殆どの人々が知っているだろう。

人間が猿から進化した。という説だ。

何億年もかけて生物は今の姿へと変わってきた。

だが今目の前にいるものは違った。まるで一世紀が、いや一万年が一秒で過ぎ去るような早さで進化している。

車から生えた触手は腕や足へと次々に進化していく。

「聖槍を使っての一転突破攻撃を提案します。」

相変わらずイヴが乾いた声で提案する。

「聖槍…なるほどコイツはロンギヌスの槍を模しているということか!」

俺はスロットルレバーを倒し前方の異形の生物に向かい突進する。

「喰らえええぇぇぇ!!!」

ドスッという鈍い音が鳴り響きVMSに大きな風穴が開く。

たとえ金属細胞といえど奴等も生物。赤い液体が砂漠を深紅へと染めていく。

「近隣のVMC反応全て消滅。お疲れさまでした。これより当機のエネルギーは通常使用へと変更します。」

イヴの報告が終わると次はビルから連絡が入る。

「ご苦労。移民船は無事出発した。帰還したまえ。」

そうさせてもらう。と俺は弱々しい声で言うと再びレバーを握りしめた。

 

 

 

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古来より人は神を信仰するが故に様々な争いを繰り返してきた。

信仰の違い、宗派の違い…異教徒=敵という考え方から来ているのだろう。

だが信仰がもたらすのは争いだけではない。争いを止める力、時に平和の為の力を与えるのである。

 

 

その少年はとある洞窟にいた。洞窟はかなり古いもので見たところ紀元前ぐらいの古さを醸し出している。

そこに一体の巨大な像があった。岩に掘られた像はだいたい15m弱はある。

「…救世主様<マフディー>どうか僕たちをお守り下さい…」

両手を堅く合わせ膝建ちの状態で少年は像に向かい懇願する。

そう、褐色の肌をしたこの少年はつい先日VMSに襲われたイラクの反政府ゲリラの一員である。

「ソラン、飯だぞ!」

洞窟の入り口、光のさす方向から声が聞こえる。

逆光で姿は見えないがソランは声だけで誰かわかった。

「マスター…どうして此処に…」

「お前が行くなら此処だと思ってな…ほらお前は戦士だ、食えるときに食っとかないと後で痛い目にあうぞ?」

はい、と元気よく返事をしたソランは洞窟からキャンプの方へ駆けていった。

 

俺は戦いで疲れた体から流れ出た汗を熱いシャワーで流し、ビールを片手に格納庫へと向かっていた。

「…正気ですか?私はプランCの成功確率は絶望的だと思いますが…」

喫煙室から声が聞こえてくる。ビル・クラウドマン、俺の上司だ。

携帯を片手に話している。言葉遣いからしてどうやら上司の様だ。

「ええですが、プランA、Bが成功すれば……つまり保険ですか?…了解しました。」

通話はどうやら終わったらしい、しかしバンッという何かを叩く音が聞こえる。どうやらビルが机を蹴ったらしい。

「クソッVMSの滅亡と火星のテラフォーミングどっちが楽かぐらいわかるだろうにッ!!」

ビルが二発目の蹴りを入れた直後警報がなった。

「イラク軍より国連軍へ緊急入電。VMSの反応を確認。メシアは直ちに出撃準備を行って下さい。」

チッと舌打ちをすると俺はビールをベンチに向かって放り投げ急いで格納庫に向かう。

 

 

「イコンの搭乗を確認。クロス・リアクター、スタンバイ。」

またこいつと戦うんだな。俺はイヴの声を聞いて改めて実感する。

「いいかアダム、敵は恐らく前回の残党だ。今度こそ確実にしとめろ。いいな?」

「イエッサー」

 

 

 

中東 イラク

今ココは赤い砂漠となっている。

「非戦闘員の退避、急げ!」

「弾切れだ!誰かマガジンを!」

「RPGもってこい!!」

悲鳴と叫び声が混在し不協和音となり、その音は空虚な砂漠へと飲み込まれて行く。

「政府が国連へ連絡した!急いで退避だ!!」

初老の男が人々に向かい叫ぶ。

レジスタンスは皆、持てる分の物資をトラックへと運び込む。

「全員いるか!?」

見渡すと一人いない。そうソランだ。

「ソラン…ソランはどうした!?」

皆残念そうな顔をしながら首を横に振る。

「チッ…先に出せ!」

「でっですが…」

「いいから車を出せ!あとから追う!」

男は荷台から飛び降りると洞窟の方へ走っていく。

(ソランがいるとしたら…)

体中に悪寒が走る。最悪のビジョンが頭を錯綜する。

「ちっくしょおおぉぉ!!」

叫び、走る。例えそれが無謀と分かっていようと、異物には敵わないと分かっていたとしても。

たった一握りの可能性に賭け男は走った。

 

 

砂塵を吹き荒らし巨人は再び中東の地に降り立った。

「イヴ、現地軍は撤退したか?」

一応確認をとる。コイツと話すのも大分慣れてきた。

「肯定です…いや生命反応を多数確認。」

チッと舌打ちすると、俺はイヴに確認を煽る。

だがその間もVMCの攻撃は止む事はない

スラスターを全開にして急上昇する。

「イヴ、まだか!?」

「確認しました。この先、洞窟入り口と内部に人間とVMCの反応を確認。」

「また厄介な。」

「現状、内部の人間の生存率は0.27%。洞窟の破壊を提案します。」

提案を聞いた後俺は即答した。

「断る。」

「しかしそれ以外に方法は…」

「黙れッ!!」

ここまで怒ったのは何年振りか。しかし相手がAIとは情けない。

「どんな状況であろうと一般人を見殺しにはするな。」

「誰の受け売りですか?」

内心を突かれ正直ゾッとした。俺は呼吸を整えてから。

「イギリス空軍時の隊長の言葉だ。」

「では第一目標は民間人の救出で構いませんね?」

「ああ、構わない。」

俺はもう一度自分に言い聞かせる。

『どんな状況であろうと一般人を見殺しにするな。』

俺はペダルを思い切り踏み、レバーを押し切った。

 

 

 

細胞という物には必ず核がある。それは金属細胞であるVMCも例外ではない。

地球上もっとも巨大で強力な単細胞生物にも弱点はある。ということだ。

 

洞窟は入り口を瓦礫に塞がれ暗闇と化していた。

だがそんな中にも明かり…いや光、後光と言うべきだろうか。

イスラム教で救世主を現すマフディー。その像から怪しげな光が放たれていた。

ソランはチョウチンアンコウにおびき寄せられるさかなのように像へと近づく。

よく見ると表面はツルツルとし、クリスタルとような六角形の模様が並んでいる。

「まさかVMCにッ!!」

ソランは幼い頃得意だった木登りの要領で像に登る。

「あった!!」

首筋の脊髄の部分に赤い球体、核があった。

ソランはナイフを突き立てる。

しかし傷さえつかない。それどころか刃こぼれしている。

「クッソオオォォォ!!」

ソランは拳を握りしめ、核を殴る。

だが感触がない。

 

気がつくと真っ白な空間にいた。

 

 

『ここはどこ?』

ただ真っ白な空虚な空間が無限に続く。

『白い闇?』

耳鳴りがする。だがキーンという音ではない。気持ち悪い音だ。

これは悲しみ、悲鳴?

違う。痛み、苦しみ?歓喜?憤怒?それとも恐怖?

『わからない。』

様々なビジョンが頭に浮かぶ。

仲間の死。友人の死。家族の死。そして…

『自己の喪失』

VMCに寄生されるのはこんな感覚なのか。

痛みも苦しみもない。何の感情もない。

『奪われたら奪い返せ。』

ソランはハッとする。

『俺達は暴力で訴えかけることしかできない。例え野蛮だと言われても。』

マスターの言葉だ。

「奪われたら…奪い返す…」

心の中の空虚が満たされていく。

 

そう、新たな救世主。

新たな生命。

新たなイコン。

 

ソランは再び『目覚めた』のだ。

 

 

 

 

 

「まもなく一人目の生体反応付近です。」

イヴの音声が前方のスピーカーから聞こえる。

「一人目って…あのオッサンか…」

黒い肌をした初老の男が一人岩陰にうずくまっていた。よく見ると左肩から出血している。かなりの量だ。

「こちらは国連軍、無事か?」

「見て分からんか…時間の問題さ…」

集音マイクの拾った音声をスピーカー越しに聞く。

「イヴ、何か提案は?」

「既に国連軍イラク支部に医療部隊を要請してあります。」

よくやった、と俺は言うと再び男と話すためマイクの電源を入れる。

「すぐに医者が来る、そこで待ってろ。」

そういって俺はスロットルレバーを倒し500m先にいるVMCに飛び込んだ。

「イヴ、射撃兵器を」

「了解。ホーミングレーザー用意。」

イヴがそう言うとロンギヌスの槍が三つに割れる。そして三脚のようになった槍から電撃が迸る。

「電圧正常、陽電子レベル基準値をクリア。撃てます。」

レバー横のスイッチを押すと変形した槍から光の柱が放たれ、柱がVMCを見事に貫通する。

「三体撃破。のこり二。」

砂煙が立ちこめる中照準をあわせる。

だがロックがされることはなかった。

「!?…敵すべて撃沈。付近に謎の反応。」

謎の反応はすぐに確認できた。いや確認できない方がおかしいだろう。

その機体は神の思わせる美しき光を放ち、そしてVMCのような異様な雰囲気を醸し出している。

細く伸びた腕、女性のようなスラッとした足、ラグビーボールを引き伸ばしたような細長い顔、VMCのような六角形の模様。

どれをとっても『異様』と思わせる物ばかりである。

「イヴ、アイツはなんだ?」

「該当する機体データはありません。詳しい解析を行います。」

頼む。と俺は言うと一旦奴との距離を広げる。

しかし奴にはそんな物は無意味だった。まるでテレポートをしたかのように急にメシアの前に立ちはだかる。

「…こちらは国連軍対VMC部隊。こちらに戦闘の意志はない。」

俺は説得を試みた。だがそれは逆に奴に火をつけた。

「国連…じいちゃんを殺した奴等か!!」

通信により聞こえるものではない。脳に訴えかけるような声だ。

「ちっ、あっちは戦う気か…イヴ解析は!?」

「お待ち下さい…この反応はイコン…イスラム…マフディー…ッ!!」

「おい!どうした!!」

イヴの画面は真っ暗になり。前方のモニターには敵が写る。戦場では当たり前の光景だ。

「…上等だ」

俺は小声でつぶやいた。

その異形の機体は予告も無くメシアを襲った。

兵器には見えない華奢な細い腕の手首から生えるように飛び出た剣は白く神々しく、又おどろおどろしく見えた。

イヴが機能を停止した今、全ての行動は手動で行うしかない。

座席後方に取り付けられた巨大な手動操作用のレバーを引き出す。

「国連は敵だ。僕たちの事も知らない癖に停戦活動という名の虐殺行為を繰り返す悪だ!」

脳に訴えかけるような叫びが木霊する。

「中東現地ゲリラ国連軍衝突事件か…」

俺は知っている。国連の行った非道を。平和の旗の元に行った殺戮を。

「ああ、だが今君がやろうとしているのも殺しだ。暴力にすぎない!」

重たいレバーを何とか動かし機体を急反転させ、聖槍で一突きする。

しかし奴は又瞬間移動を行いこちらの攻撃を軽々かわす。

「『私は暴力に対する武器を一つだけ持っている。それは暴力だ。』マスターが言っていた。」

「フランスの哲学者、サルトルの言葉だったか?」

瞬間移動による死角からの攻撃をよける。奴の太刀筋の先にあった岩は粉々になる。

「だが暴力にも種類がある。貴様の暴力は仇討ちという私利私欲の為のものだ!革命家やらの暴力とは違う!!」

「私利私欲の為?…そんな事…そんな事あるはずないッ!!」

脳に走る悲痛な叫び。哀しみ、寂しさ、憎しみ、そして愛しさ。

あらゆる感情が流れ込む。

「そんなはずない!あるはずがないッ!!これは僕らの総意。国連軍への復讐、VMCを殺すことが僕たちの願い!!」

奴の機体からはソニックムーブのような激しい振動が巻き起こる。

『空震』

よく火山の噴火でみられる物に似ている。

最先端の複合装甲を用いているメシアでさえもキシキシ言っているのがわかる。

「総意だと?復讐は自己満足に過ぎない。」

「黙れッ!!」

奴の腕から伸びた剣の切っ先がメシアの胸部、コックピットに狙いを定める。

「…やってみろよ、それで本当に世界が変わると思うなら。」

はっきり言って今の状況での挑発は無謀としか言いようがない。

あと数メートル。奴が踏み込めば俺は死ぬ。

「僕は…僕は…僕はァッ!!」

確信した。賭に買ったと。

確信した。心理戦に勝ったのだと。

俺の挑発で奴が一瞬気を許した隙に手動操作レバーを無理矢理倒しフルブーストで奴の後ろへ向かって宙返りを行う。

そしてロンギヌスの槍の先端は奴の胸に向かった。

「形成逆転だな…答えろ!お前の本当の望みを!」

 

 

 

 

「お前の本当の望みは何だ!!」

今日の俺はどうかしている。イヴの件といい今の件といい。

「お前達は戦争がしたくて力を振るっているのか?」

「違うッ!!僕たちは平和の為に戦ってるだけだ!!」

「…それが聞きたかった。」

どうやら奴は状況が掴めないらしくキョトンとしている。

「言った筈だ。こちらに交戦の意志はないと。皆戦いなんて望んじゃいないんだ。」

俺はもう一度重たいレバーを引き起こしてロンギヌスの槍へのエネルギー供給を絶つ。

「平和を望むなら俺と来い、俺の居るところはVMCを殺すことが正義だ。お爺さんに関しては何も言えんが、ただ一つお前に言いたいことがある。」

尻餅をついている奴が剣を仕舞い立ち上がってから俺は昔の少隊長の言葉を言った。

「力は正しいことに使え。それだけだ。」

そう言って俺はもう一度レバーを倒そうとする。すると、

「お見事でした。」

よくみると真ん中の画面は起動している。

「いつ再起動した?」

「先ほどです。」

チッと舌打ちをした後イヴに奴に通信をするよう言う。

「…マフディーだったか?良い返事を期待しているよ。」

通信を切るとメシアは光を放ち、空高く消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『パイロット』というのは始末書さえなければ最高の職業かもしれない。

空を飛ぶ感覚、敵と戦うスリリングという快楽は他の仕事には無い。

 

「…で、その得体のしれない少年兵を引き入れた、と。」

ビルは棒を手のひらにペチペチとやりながら歩き回っている。

「はい、戦力の無さは我々にとって深刻な問題です。」

俺の隣には褐色の肌をした少年が立っている。

「…まあ多いに越したことは無いが。彼は良いのかね?」

するとソランは一歩前に足を踏みだして

「はい、どんな任務でもこなしてみせます。」

「…いいだろう。いいけどそんな堅苦しくなくていいよ、僕らは正規軍とは違うからね?」

失礼しました、と一礼しソランは一歩下がる。

「で、だ。君たちにはノア計画のプランCについて説明しなければならない。」

ビルは棒を机に置くと

「ノア計画のメインプランはコロニーと火星のテラフォーミングによる宇宙移民だ。しかし保険としてプランCがある。」

「メシアですね?」

「そうだ。」

ビルは人差し指を向けて言う。

「プランCはVMCを地球から根絶やしにする事だ。」

「…それをメシア一機で?」

「ああそうさ、だから僕は国連の上にあたる平和審査会に抗議した。」

昔から下っ端にとって上の命令は絶対だ。反抗すれば左遷やクビになるのが妥当だろう。

ビルもそんな人間の一人であった。

あまりにも無謀なプランCの改変を頼んだところ逆にその無謀なプランを実行する側になってしまった。

『平和審査会』

国連の上層組織で表向きにはODAの援助などを行っているそうだが真実は闇の中である。

 

「おさらいしよう。」

ビルはリモコンを薄っぺらなスクリーンに向けた。

画面には世界地図と様々なグラフが映し出される。

「現在、日本の開発した陽電子兵器により戦局は好転しつつある。鉄は高温で溶ける。道理だな。」

VMCとの戦力差はどこも五分五分と言ったところか。

いや一つだけ違う。

「見たまえ。今ドイツで発生しているVMCのマザーだ。」

写真は実に気味が悪い。

高層ビルのような鋼の色の樹が立っている。

「VMCの中でも増殖機能を持つ輩が進化した形と思われる。」

ビルはもう一度リモコンをスクリーンに向け電源を落とす。

「君たちはこれの排除にあたって貰う。上からきた作戦概要がこれだ。」

ホチキスで止めた紙が渡される。

表紙には

『神の雷作戦 概要』

と記されていた。

ドイツが何故マザーに手を焼いているのか?

問題点は二つだ。

一つは突然変異による表面の硬質化である。

研究により通常、VMCは10〜20m前後で成長を止めるというデータが立証された。

しかしマザーは突然変異により成長をしすぎてしまい、ただでさえ硬いVMCがさらに硬くなり、陽電子砲も効かなくなった。

二つ目は『核』の位置だ。

表面は破壊できなくとも核さえ破壊すればマザーは滅びる。

しかし核の位置に問題がある。

核の周りを取り囲む枝のような物から新たなVMCを生み出すのである。

容易に近づくこともできず、ミサイルも破壊される。

陽電子砲も地上からでは核の高さには届かない。

そこで立案された本作戦の肝は『成層圏からの狙撃』である。

マザーの索敵範囲はかなり広い物らしく、さらに上の目標を狙わなければならない。

そこでメシアを輸送機に乗せ、そこから大戦中の対衛星兵器ライフルを改造した陽電子砲を食らわせる。

という作戦だ。

 

上からの提案という事で反発もなく、出発は明日の夜。作戦開始は明後日の明朝となった。

作戦開始まで35時間27分34秒前。

国連軍対VMC部隊の格納庫ではメシアとマフディーの輸送機への搬入作業が行われていた。

第三次の遺産は数多くある。この輸送機と狙撃用ライフルもその一つだ。

移民船クラスの大きさのこの輸送機は戦時中アメリカの『ある兵器』を乗せるために開発された機体で、こんなバカデカイくせにVTOL機だという。

ホバリングによるエネルギーを節約し、ライフルの威力を高める為にこの輸送機から狙撃する。ということだ。

「あの…失礼ですが、アダム少尉…ですよね?」

輸送機を眺める俺を一人の男が話しかけてきた。

金髪のいかにも好青年という感じだ。

「そうだが…君は?」

「ハッ、今作戦で少尉の機体を輸送することになりました。ラビーア・サハス軍曹であります。」

まあ堅くなるな。と俺は彼の緊張をほぐす。

「少尉のお噂はドイツ空軍の時から聞いておりました。」

「噂?」

「はい。聖騎士<ホーリーナイト>の異名を持つエースパイロットとして各地の軍隊に希望を与えております。」

異名。イギリスの時は下っ端だったから異名を持ってた隊長に憧れていたが、実際はかなり恥ずかしいものだ。

「確認しよう。」

輸送機の格納部に設けられたモニターにビルの顔が映し出される。

「目標地点に到着後マフディーは降下。ドイツ軍と共に揚動にあたってくれ。」

はい。とソランはハッキリと返事をし、それを確認したビルは頷き、メシアの方の確認を始める。

「メシアは揚動作戦により隙を見せたマザーの頂上。つまり核を長距離砲で狙撃を行ってくれ。諸君の健闘を祈る。」

ビルとの通信はそこで切れた。

そして作戦開始までは一時間程となった。

俺はメシアの最終確認を行う。

隣には馬鹿でかいライフルがおいてある。

音声確認による起動の後、イヴが起動する。

「おはようございます。これより『神の雷作戦』のチェックに入ります。」

先ほどビルに聞かされた事をまた聞かされる。

一介の戦闘機乗りに狙撃任務とは、かなりの無茶だ。

「…以上です。質問は御座いますか?」

「あと何分だ?」

「五分ジャストです。」

はぁ。とため息をつくと俺はヘルメットを被る。

「少尉、まもなく作戦開始です。」

サハス軍曹から通信が入る。

「了解した。メシア、行くぞ。」

 

マフディーの内部というのは実に奇妙な空間である。

目を開いても見えるのは永遠に続く白。

しかしゆっくりと目を閉じ、神経を集中させると不思議と外の空間が見えてくる。

まるで自分の手足のような。そんな感覚である。

 

時刻は作戦開始の時間となった。

後部ハッチが開き、乗組員が発進を促す。

マフディーは一歩。また一歩と踏みだし、まるで自殺者の様にすうっと降下していった。

頭の中には降下していくビジョンが映される。

下には銀色の粒が輝いて見える。

VMCだ。

マフディーは体勢を整えると両手から白く輝く剣を生やすかのように取り出した

「喰らええぇぇぇッ!!」

ソランが叫ぶとマフディーはVMCに向け突撃する。

そしてVMCをまるで微塵切りにでもするかのように二つの剣を高速で振るった。

一体、また一体とVMCは撃破されて行く。

「アダムさん!そちらはどうですか!?」

「ライフルの方は問題ない。だが敵が多すぎて射線上に入ってくる。揚動を頼む。」

「わかりました。」

ソランが返事をするとマフディーは敵後方に回り込み、あっという間に八つ裂きにする。

「こっちだ!」

ソランはマザーとは逆方向にマフディーを加速させた。

 

 

 

 

「これより陽電子スナイパーライフルのチャージに入ります。」

狭いコックピットにイヴの声が響く。

「エネルギーライン全段直結、チャンバー内加圧正常、ガンレティクルを表示。」

先ほどまで青い空の映っていた画面に緑の十次が表示される。右下には×1と書いてある。

「マザーのコアを確認。スコープに捉えます。」

先ほどの×1が100ほどになり赤い球が映し出される。

「オートエイミング開始。」

揺れる画面に対してガンレティクルが核を追うように移動する。

俺は汗ばんだ手でレバーを握り直す。

依然ガンレティクルは緑のまま。ロックされた場合は赤くなるはずである。

「…」

精神を一点に集中させる。

妙な汗が頬を伝う。

ピー、という音とともにガンレティクルが赤くなる。

「撃てます。」

イヴの声とほぼ同時に俺は引き金を引いた。

赤い閃光が鋼の樹をめがけて飛んでいく。

「…着弾失敗。」

ピー、という心停止の時の様な音と共に最悪の報告は告げられた。

「着弾してない!?イヴなにがあった?」

「わかりません。射線は完璧でした。これよりスキャンとチャージを平行します。」

クソッ、と言った後俺はコックピットにうなだれた。

何がいけなかったのだろうか?

速くマザーを倒さなければならないという使命感。

そして着弾しなかったという謎。

二つが頭の中で交錯する。

「結果でました。マザーより半径500mに及ぶ電磁防壁が展開されています。おそらく日本の自衛隊が大戦中使っていたEDFかと。」

「ちっ、何でそんなものが…二発目までは?」

「およそ180秒。」

モニターにタイマーが表示される。

それと同時に通信が入る。サハス軍曹からだ。

「少尉、メシアのレーダーに異常はありませんか?」

サハスに言われて俺はレーダーを見る。

北を表す赤い点がグルグル回転している。

「何があった?」

「わかりません。ですがッ!?」

唐突に激しい揺れが起こる。

俺は急いでタッチパネルを操作して画面をスコープから切り替える。

そこには銀に輝く鳥のようなものがいた。

「VMC…軍曹!大丈夫か!?」

「…私はなんとか…ですが駆動系をやられました…少尉は脱出してください…私はこいつをマザーに…」

「もう保たないんです!せめて最後は敗者ではなく、勝者として死なせてください。」

サハスは泣いていた。

死の恐怖や悲しみ。そして何より己の惨めさに。

「…分かった軍曹。防壁はなんとかする。」

「有り難う御座います。」

サハスは通信越しに敬礼する。

俺もサハスに向かい敬礼する。

「イヴ、メシアなら防壁は壊せるのか?」

「肯定です。落下スピード、聖槍のエネルギー展開を行えばなんとか。」

俺は相づちをうち、メシアを操作し、輸送機後方からライフルを置いて飛び出した。

「角度クリア。エネルギー展開。接触まで20。」

全面モニターにデジタルタイマーが表示される。

レバーを引いて槍を構える。

「あと10秒。」

巨大なマザーが見える。天辺には核がある。

「あと5秒。4、3、2、1。」

 

「0。」

俺はレバーを前に思い切り押し出した。

バチバチとまばゆい光を放ちながら激突する。

「くっ…そおおぉぉぉッ!!」

ただでさえ押し切ったレバーをもう一度力強く倒した。

轟!!!

という痛烈な音がドイツに響き渡った。

-4ページ-

EDFの破壊をした直後だ。

輸送機はあの大きさでは考えられないほどの速度で降下、いや落下してきた。

マザーの核。赤い球体と輸送機の丸みを帯びた機首が激突した。

黒煙をあげ、無惨に残った黒い機体。そしてガラスのような赤い欠片。

それは一人の兵士の勝利の証であると共に死の宣告でもあった。

「…マザーの活動は停止したか?」

「肯定です。生殖活動は停止して…訂正、目標依然生命活動を維持。」

「なんだと!?核は壊したぞ?」

「…」

イヴは回答をしない。

俺が舌打ちしてレーダーを確認すると丁度ビルから通信が入る。

「アダム!!今すぐイヴをシャットアウトしてそこから離れろ!!」

何時になく焦った声である。

「ノア計画の真の目的が分かったんだ!!事情は追って説明する、だから今はすぐマザーから離れろ!!」

了解。と俺が言う前に誰かが喋った。

「コード認証。セフィロトの樹を確認。プロジェクト・メシア、開始します。」

 

「クソッ!!間に会わなかったか…」

通信越しに机をバンッと叩く音が聞こえる。

「アダム、増援が来るまで絶対にマザーに近づくな。いいな?」

了解。と俺が言うと無線は切れる。

依然イヴの様子はおかしい。

「…プロジェクト・メシア開始。拘束具アンロック開始。」

イヴがそう言うとメシアはコントロールが効かなくなる。

そしてメシアの西洋騎士風の鎧がボロボロと落ち、人工筋肉がむき出しとなる。

「クソッ!何が起きてる!?」

コントロールはまだ効かない。

「まもなく第二形態への移行が完了します。」

頭部の黒いバイザーの上部が上に上がり、下部と内側のセンサー類の付いた顔が鬣のように後ろへ折り畳まれる。

そして赤い二つ目の顔が露わになりバイザー上部が覆い被さるようになる。

「フェイズ1開始。生命の樹へ接触します。」

勝手に前進し、マザーへと近づいていく。

「クソッ!止まれえええぇぇぇ!!」

叫んだ途端周りが真っ白になった。

画面は白くなら何も見えない。正確には雷が永遠に映っているような感じである。

何とかしてメシアを止めようと必死でレバーやスイッチ類を押して無我夢中だったが途端に意識が戻った。

「無事か、アダム?」

聞き覚えのある懐かしい声。

どこか心地よいその声がスピーカー越しに伝わってくる。

「…リリー。もしかして…。」

「そうよ、私よアダム。リリス・キ・シキル。」

懐かしい記憶だ。

何年前だろう。俺にもあった青春時代という物。

「だからアダム。目を覚まして?」

ハッとする。

気づくとメシアは止まってコントロールも効いている。

「アダム、無事?」

おかしい。リリーはハイスクールを出た後看護学校に進んだはず。

軍医。

それはありえない。

だが実在する。

そして目の前には黒い謎の機体

死神のような鎌を持ち、細い板がふわふわと浮かぶ羽。

「リリー…、なんで君が…」

「なんでって…私がルシファーのパイロット、リリス・キ・シキル。貴方の目の前の機体のパイロットだからよ?」

 

 

今では軍人の俺にも青春時代はあった。

ハイスクール時代、俺は空を飛ぶことが好きで入った航空研究会。

そこで知り合ったのが彼女。

リリス・キ・シキル。

病弱な彼女は運動も出来ず前の学校では文芸部に居たらしいが生憎うちの高校にはなく、人気のない航空研究会に入った。

会長は日本でやっている『鳥人間コンテスト』なる物のビデオを見せてくれ、みんなで人力飛行機を作って飛ばすのが目標だった。

グライダーや人力プロペラ機、さまざまな物を作っていく内に俺とリリーの関係は深くなり、いわゆる恋人という奴になった。

そして卒業後リリーは看護婦を目指して看護学校に

俺はイギリス空軍士官学校へと進学した。

以来リリーとは話してもいないし、会ったこともない。

 

 

「なんで君が?」

「そんなのわからないわ。」

リリーはそっぽを向くように話す。

「貴方だってなんで選ばれたかわかる?わからないでしょ?ただわかるのは…」

リリーの操るルシファーは鎌をくるくると回しマザーの方へと向くと

「この力は正しいことに使わなければならないということよ。」

ああ、と俺は一呼吸おきモニターを確認する。

イヴは止まっている。仕方ないまた手動だ。

「行くぞ!」

 

「アダム、リリスとは合流できたか?」

しゃがれた低い声がスピーカー越しに聞こえる。

モニターには見覚えのある黒人の顔。

中東で助けた男。ソランがマスターと呼んでいた男である。

「マスター、なぜここに?」

「世界が一大事って時に紛争なんて馬鹿げているだろう?恩を返しに来た。」

地表には緑色のレールキャノンを装備した機体がずらりと並んでいた。

「私が連れてきたの。」

リリスが言う。

「…確かに、今のメシアではまともには戦えないからな。」

装甲の剥がれたメシアは槍を構え、レーザー兵器の形態に変形させる。

「ソラン、リリス。敵を引きつけろ。…恩返し、期待していいんだな?」

「任せろ、特注の対VMC弾をドイツ軍から頂いてきた。」

モニターにはチャージ状況が示される。

「…。ブレイク!!」

叫んだ途端、各々が各方向に向け飛んでいく。

「ソラン君だったわね?右から叩いて。私は左から行くわ。」

「了解。」

マフディーは一気に側面へと移動する。

両手からは今まで見たことが無い程の長さになった剣。

そしてルシファーからは板状の翼が射出される。

そして各機モニターに通信が入る。ビルからである。

「…全員、死ぬな。以上だ。」

 

 

二つの光がマザーを交点に十字に交差する。

マフディーの剣とルシファーの大鎌の白い光がマザーを貫くと中心から轟音を立てて崩れ始める。

しかし崩れてはいるが活動は止まらない。

枝のような触手が針を刺すのように襲う。

「奴に弱点はないのか!?」

ソランは枝を後方に避けながら叫ぶ。

「…スキャン結果、出たわ。」

リリスが冷静に話す。

「アダム達が破壊したのは生殖を行うタイプの核。核はもう一つあるわ。コイツの特異な能力の原因は双子、しかも人でいう結合双生児。」

「つまりは一人が仲間を増やして、もう一人は生命活動と…」

俺は半ばあきれながら答えた。

チャージまでは後180秒。

「核の位置を皆に送るわ。一斉に決めましょう。」

了解。という声がいくつも重なりエコーのようになる。

「ソラン君、もう一度仕掛けましょう。」

ルシファーは逆噴射して一回転するとスキャンに使ったと思われる羽を元に戻す。

「行くわ!」

「はいッ!!」

二つの刃がまた交差する。

そして赤い球の頭が姿を現す。

「お前達、照準合わせ!」

初老の男が叫び、緑の機体のキャノンが同じ方向を向く。

 

後方から赤い光が何本も一点に向け直進する。

前方からは黄色い雷のような閃光が迸る。

扇のような赤い光と雷が赤い球体でクロスする。

球体はまるで溶けたチョコレートのようにドロドロと溶け、下に赤い液体が滴っていく。

「…やったのか?」

初老の男が低い声で訪ねる。

レーダーには何も映らない。

「どうやら倒したようだ。」

俺がそう言った途端。ピコン、という機械音が響いた、

レーダーには赤い点一つ。

「くそっ!」

「待ってアダム、今のメシアじゃ!」

リリスの声など聞いていなかった。

槍を敵に向け、無我夢中でスロットルを倒した。

「…聖槍へのエネルギー充填開始します。」

目の前の画面が急に明るくなる。

「イヴ、いつから?」

「先程です。接触まで3。」

ロンギヌスの槍が三脚のような形から一瞬にして槍の形へと戻る。

「…接触。」

 

ドスッ。

という鈍い音がドイツに響きわたった。

 

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今回の作戦は大きな被害を被った。

ドイツ市街はほぼ全壊。

確かにマザーを消滅させることは出来たがメシアは装甲の修復作業の為動かない。

 

「さて、アダム。君にはノア計画について知って貰わなくてはならない。」

豪勢な指令室に呼び出された俺は社長の座るようなイスに座るビルに説明を受ける。

「ノア計画で移民した平和審査会員は0。それを辿った結果、彼らの目的が見えてきた。」

「それは?」

ビルはボールペンのキャップをパチンとはめてから。

「人間の宇宙への適合。つまり進化さ。」

余りにぶっ飛んだ内容だ。信じ難い。

「アダム。イコンというのは人類を救う聖像ではなく、ヒトの進化の象徴。つまり君はメシアを媒体として新人類第一号の実験体に選ばれたのさ。」

パチン。とまたボールペンの蓋を閉める。

「調べていたら実に面白い物を見つけてね?」

ビルは古ぼけた本を差し出した。

「これは?」

「米軍の生物兵器の実験資料。簡単に言えばVMCの育成日記さ。」

「それはつまり大戦中に!?」

「…悲しいけど、全ては奴等の思う壺だったという事さ。」

「つまりVMCは大戦中の米軍の秘密兵器。そしてそれに目をつけた平和審査会が今回の計画に踏み切ったのだろう。」

今ので大体の線はつながった。

しかし一番分からないのは人類進化に対するVMCの必要性だ。

俺は思い切って疑問をぶつけてみた。

「…それが一番答えたくなかったんだけどね。」

ビルはため息をついてから俺の方を見て言った。

「初めに言ったとおりメシアを媒介して君達がアダムとイヴになるんだ。宇宙適合のある生物、VMCと交配した新人類のね。」

「それはどうやって?」

「『VMC』、『メシア』つまりは『イヴ』、そして『アダム』。君達が同化するということだ。」

信じられない。イコンへの適合とはそのことだったのか。

「あまりに残酷な運命なのは分かってる。だから今、新兵器護衛にソランを行かせている。今の君は休むことが仕事だ。」

ビルは帰っていい。と、言ったので俺は部屋を後にした。

しかし俺にはまだやることがある。

リリスとの話がついていない。

俺は早足でリリスの部屋へと向かった。

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日本 新潟米軍自衛隊合同基地。

ここは大戦中に日本の守りの要となった最大の基地ある。

そして現在は対VMCの拠点でもある。

 

「こちら新潟基地、VMCが襲ってきた。地下格納庫の天火明命<アメノホアカリ>を狙っている。イザナギ、イザナミの出撃許可を!」

上空に大きな鳥のようなVMCが飛んでいる。

数はざっと10以上。大きな翼を羽ばたかせ下方の戦車隊を嘲笑するかのように旋回している。

「イザナギ、イザナミの発進を許可する。国連が天地明命を取りに来るまでは絶対に死守しろ。」

「了解。皆聞いたか?今すぐ出撃させろ。」

 

戦車隊はまるで歯が立たない。

砲撃などかすりもしない。

「クソッ、増援は!?」

「まもなくイザナギ、イザナミが…きました!」

戦車隊の後方。昔のスーパーロボットのようなその機体は一つ目の顔から多数のアンテナを髭のように垂らしていた。

「こちら自衛隊対VMC部隊所属、桜井彩三等空士。この戦域はイザナミが引き受けます。」

イザナミの顔は髭面かと思うとそのアンテナは一気に逆立ち鬣のようになる。そして髪の毛ようにコードが垂れ、一つだった目は赤い二つ目になる。

「さあ、来なさい。全部私が相手をしてあげるわ。」

イザナミの背中に取り付けられたバルカンが旋回し肩に乗る形になる。

地に根を張るかのように足をどっしりと構え、肩のバルカンから光弾が多数射出される。

すさまじい弾幕は鳥型に命中し、重なるように二匹のVMCが落下する。

「次!」

彩は叫ぶとイザナミは高くジャンプする。

腕を振りかぶり拳を思い切り叩きつける。

一回で三体ものVMCが地面に叩き落とされ粉々になる。

「次は…そこかッ!!」

イザナミは鳥型に腕を向ける。

「ロケットパアァァンチ!!」

イザナミの腕が射出されたかと思うと一旦降下してミサイルのように二発目のロケットが着火して鳥型に向けて拳が飛んでいく。

拳は何体ものVMCに風穴をあけ、爆発した。

「次!」

イザナミは肩に装備していたバルカンを腕に装着する。

「…どうやら片づいたみたッ!?まだいるの!?」

後方にまだ現れる。

鳥型というより半分人間である。

「クソッ、これでェッ!!」

しかしバルカンは回転するだけで何も発射されない。

ここまでか。そう思った。

しかし一筋の光が山から降り注いだ。

光はVMCを貫く。

「こちらイザナギ、狙撃ポイントに到着した。これより援護する。」

 

「気を抜きすぎだ、桜井。」

「すみません。」

そんな会話をしつつも山から放たれた光弾は確実にVMCをしとめていく。

「今日は国連からお客さんが来てるんだ、さっさと帰るぞ。」

最後の一匹も確実に倒すと山からマントのような布をはためかせてバイザーを装備した機体が姿を現した。

スラリとした細いからだと長いライフル。

マントのような布は周りの色と全く同じで迷彩効果を発揮している。

マントを後ろのバックパックに格納し飛行体勢に入る。

二機は基地へと飛び立った。

 

 

「あの…彼が国連の?」

彩はまとめてあった長い黒髪を解きながら言った。

「ああ、そうだ。彼がそちらのマフディーのパイロット。ソラン君だ。」

ソランはペコリと頭を下げる。

「俺は進藤海希一等空尉。で、こっちが桜井彩三等空士だ。」

彩もペコリとお辞儀をする。

「あのー…桜井ってもしや…」

その言葉を聞いて彩の表情は一変した。

「父は…パパは関係ありません!」

彩は涙目で部屋をでていく。

「あ、…ソラン君、ちょっといいかな?」

 

 

 

「さて、何か飲むかい?」

連れてこられたのは休憩室という感じの部屋だ。

後ろはガラス張りになっており戦車、戦闘機、ヘリ。かそして二足歩行型ロボットとあらゆるものが格納されていた。

ソランは首を横に振り、無言で要らないと言う。

「まあ、遠慮するなって。」

ゴトン。という音と共に自動販売機からジュースが落ちる。

進藤はペットボトルのコーラをソランに差し出す。

「どうも、すみません。」

ソランがコーラを受け取ると進藤はまたお金を入れてコーヒーのボタンを押した。

プルタブをくいっと開けると缶コーヒーを一気に飲み干した。

近くのごみ箱に缶を入れると進藤は壁によりかかった。

「さて、改めて日本へようこそ。…で話ってのは、さっき君が言ってた桜井の事だ。おそらく君が言いたかったのは、大戦中の英雄。『桜井 一馬』の事だろう?」

ソランは一旦コーラから口を離すとコクリと頷いた。

「あー、彼女…彩の親父さんがその桜井一馬でな、彼女は親のことでどうこう言われるのをコンプレックスに思ってるんだ。」

ソランは頷く。

「つまり彼女の前では桜井一馬の話をするな。と?」

「…全く良くできたお子さんだ。家のガキも見習って欲しいわ。」

 

 

 

 

 

 

-7ページ-

 

国連軍にも宿舎という物がある。

特に俺の所属する対VMC部隊は整備士が阿呆みたいに多い。

パイロットなんざ、極端に言えば俺とソランとリリーぐらいだ。

俺は宿舎に入りインターホンにリリーの部屋の番号を押す。

「えー、0471号室っと。」

ブッという音の後マイクがつながらリリーの声が聞こえる。

「どちら様でしょうか?」

「俺だ、リリー。」

「ああ、アダムね。どうぞ入って。位置は分かるでしょ?」

「隣の住人ぐらい分かる。」

「冗談よ、そんなムキにならないで。じゃ。」

ブッという音が又して通信は切れた。

すると丁度良いタイミングでエレベーターが降りてきた。

乗っていた男は繋ぎ姿だったのでおそらく整備士だろう。

乗り込むと俺は4と書かれたボタンを押し、扉を閉めるボタンを押した。

ゴウンゴウンという音と共にエレベーターは上に上がっていく。

チーンと鳴ると扉が開く。

リリーとこうして話すのは約10年ぶりだ。

俺は0471号室のドアをゴンゴンとノックした。

「さあ、入って。」

リリーは軍の制服の上着を縫いでいた。いわゆるワイシャツ姿だ。

だが右手には黒い革手袋を着けている。

不審に思ったが、今は話を聞く方が優先だと判断した。

「さて、アダムか聞きたいことは分かるわ。『どうしてココにいるか?』でしょ?」

正解だ。と言って俺はソファに腰掛けた。

リリーはキッチンでコーヒーを入れている。

「私ね、大学卒業後にMSFに就いたのよ。国境無き医師団。」

「それがなんで?」

コーヒーを受け取り、前での机に置く。

「…私、中東にいたのよ。特に国連との小競り合いが酷かった時期に。」

「中東国連軍現地ゲリラ衝突事件か。」

「そうよ、その時に私は目覚めたのよ。」

リリーはワイシャツのボタンに手をかけた。

上から一つずつボタンをはずしていく。

「おい、待て!」

「貴方に見せたいのよ…」

「俺達はそんな関係じゃないだろう!?」

ボタンを全て外すとリリーの白い肌と無機質な白い下着が露わになった。

そして右腕を袖から出す。

「おいリリー!!」

だが俺はここでようやく理解した。

リリーの右腕。

黒い手袋をしたその手はテープでグルグル巻きにされていた。

リリーはテープを剥がし、手袋に手をかけた。

「…アダム、何があっても私を嫌いにならない?」

「…」

一抹の不安がよぎる。

それが何かはわからない。いや、だからこそ怖いのだろう。

「勿論だ。」

俺は力強く答えた。

「…ありがと。」

リリーはそっと手袋を外した。

 

その手は輝いていた。異様なまでに。

細い指にも関わらず頑丈そうだ。

金属光沢を放つその手をリリーはすぐに手袋へと戻した。

「私、とりつかれたのよ。VMCに。」

「でも現に生きてるじゃないか?」

「…これを見て。」

リリーはファイルの中から書類を取り出した。

「私の上司も平和審査会の一員だった。それは上司が死ぬときに盗んできたものよ。」

書類には「プロジェクト・メシア起動条件」と記されていた。

「これが何の関係に?」

リリーは一口コーヒーを飲む。

「私とソラン君は拒絶した人間。貴方は受け入れた人間なのよ。」

「受け入れた?何をだ?」

リリーは一瞬躊躇ったが一呼吸置いて、

「VMCとの共存。」

 

「貴方はVMCに寄生されないの。されても自我を保ったままなのよ。」

「つまりそれが人類進化だと?」

「…そういう事になるわね。」

俺は温くなったコーヒーを啜る。

リリーは虚ろな目をしたままそっぽを向いている。

「それなら何故メシアが必要なんだ?」

「メシアを媒体とした人類進化。とだけここに書いてあるけど私もわからないわ。」

俺はもう一度コーヒーを啜る。

もう中身は終わりかけていた。

「でも貴方が生け贄にされるのは間違いないわ。聖像<イコン>。あなたは新たな人類の祖、アダムになる。そして聖像、キリストになるのよ。」

皮肉なものだ。俺が死ぬのはもう決まっている。

まるで死を宣告された重病患者のようだ。

「…ねぇ、怖くないの?」

リリーが微かに声を絞って問いかける。

「戦場に身を置いた時点でおれ達死は確定したも同然だ。」

「誰の受け売り?」

イヴに続きリリーにも当てられた。

俺は余りこういうことを言うのは似合わないのだろうか。

「イギリスに居たときの隊長の言葉さ。」

 

 

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「それではこれより、天地明命護送作戦の概要を説明する。」

新潟基地のブリーフィングルームの一番前の席にソラン、進藤、桜井の三人は座っていた。

紙のように薄いモニターに地図と写真が映し出される。

「本作戦は対VMC用高熱量陽電子砲『天地明命』の空輸である。」

モニターには馬鹿でかいライフルが映し出される。

「輸送中、VMCに破壊されることの無いように諸君等には護衛に当たってもらう。なお今回はイザナミ、イザナギに加え国連からマフディーが援軍に来てくれた。作戦失敗は世界の滅亡も意味すると思え。」

参謀の男は手元のスイッチを押して画面を切り替える。

「フォーメーションはこの通りだ。輸送機よりイザナギは狙撃、イザナミとマフディーと共に各小隊隊は輸送機を取り囲むように飛行せよ。以上だ。」

途端に部屋は明るくなり説明を受けていた兵士は腰を上げて格納庫へと歩きだした。

「さてと、…彩。」

はい。と彩は返事をする。

「ソラン君を格納庫へ案内してやってくれ。俺は司令と内密な仕事の話があるんでな。」

「了解しました。」

彩が返事をすると手招きしてソランを呼んだ。

 

 

 

長い廊下はどこかひんやりとしていた。

先をいく彩は背筋をのばし、まさに軍人というような出で立ちで歩いている。

「この先が格納庫だから、私は着替えてくるから。集合には間にあうように。」

そういい残すと彩はスタスタと歩いていった。

ソランのマフディーは対Gスーツを着なくても良いのでソランはいつも通りのカーキのジャケットである。

近くの階段を登りマフディーの首のあたりに近づく。

首の骨のあたりにポッカリと穴が開き、ソランはその中に入り込む。

また真っ白な空間だ。

精神を統一してマフディーに神経を集中させる。

「…行きます。」

ゆっくりとその巨体が一歩、また一歩と動き始めた。

 

 

ピチッとしたスーツを着た彩は長い黒髪を後ろでまとめ、ヘルメットを片手に部屋を出るところだ。

もはや全身タイツなこのスーツ。

彩のモノはどちらかというと…まあ小さい方だ。

格納庫に入り、イザナミの胸部のコックピットへとはいる。

中は球状のモニターで上からはロボットアームか飛び出ている。

アームの先端は吊革のようになっており彩はそれを掴み、姿勢を正す。

「…。」

呼吸を整える。

「イザナミ、行きます。」

 

 

イザナギとイザナミ。

日本の神の名である。

そしてこの二機はまた、『英雄の息子』である。

第三次大戦中、非核三原則をも破り開発された日本の砦。

『レイヴン』

最強の翼を持つこの核エンジンを搭載した機体より派生した対VMC兵器がイザナギ、イザナミである。

 

 

進藤はその中にいた。

決して広いとはいえないコックピットの中で作戦開始の合図をじっと待っていた。

様々な計器やスイッチでごった返すその中に一枚の写真が貼り付けられている。

手をあげて笑う男の子とその後ろで微笑む女性が写っていた。

進藤は写真に軽く触れ、ぼそっと呟く。

「お父さん、生きて還るからな。」

 

写真から手をはなし、レバーを握りしめる。

機械的なアナウンスの声が後方のスピーカーから響く。

「日本国政府よりイザナギ、イザナミに出撃許可。九八式陽電子狙撃銃、イザナギへのエネルギーリンクを開始。」

ガコンッ。と背中へとライフルが接続される。

核エンジンへの接続が始まったのだろう。

「さて、」

強ばった手をバキバキとならす。

「出るぞ!」

 

 

 

大きな翼を持つ輸送機を取り囲むように自衛隊の戦闘機、F-42AJが飛行する。

その両隣にはイザナミ、マフディーが平行に飛行している。

光学迷彩で確認できないが後方には小型輸送空挺に乗ったイザナギがライフルを構え、今か今かとVMCを狙っているだろう。

 

はっきり言って作戦は順調だった。

イザナギに装備された広範囲レーダーを用い素敵を行うも反応は皆無。

既に日本の排他的経済水域は出ていた。

「定時連絡、イザナギより全機へ。異常無し。以降も警戒を怠るな。オーバー。」

ノイズがして進藤からの通信は切れる。

彩は、ほっと一安心していた。

 

だが、事態は一変した。

 

「彩!フラップだ!」

進藤の怒鳴り声がイザナミに響く。

焦っているのだろうか、通信は全員に当てたままだ。

「えっ!?一体なにが?」

「いいから速く!!」

バッという音がしてイザナミの手足が広がり、空気抵抗を受けて減速する。

 

ザバン!!

 

白波を立てて目の前に鯨のような巨体が現れる。

しかし金属光沢を放っている。

「ぶっ、VMC…。」

 

フラップを使い減速したイザナミは着水ギリギリでスラスターを使い、ゆっくりと体勢を立て直した。

先刻現れた鯨は見あたらない。

レーダーにも映らない。

「ステルスタイプがいるなんて…聞いてないわよ。」

海面は静かに波を立てている。

「…イザナギのレーダーに引っかかった!くるぞ!」

進藤が叫んだときには手遅れだった。

浮上した鯨からは針のようなものがイルカショーのイルカのように放物線を描いて輸送機の周り。F-42AJへと降り注ぐ。

轟!!と痛烈な爆音の後に一機が海面へと沈む。

「クソッ、輸送機を後退させろ!F-42隊は高熱弾頭ミサイルを発射せよ!」

ガコン。と音がして主翼の根本が開く。

ミサイルポッドが姿を現す。

「ファイア!!」

発射されたミサイルは潮吹きのような状態になっているVMCに直進する。

数秒して海面は火の海に包まれた。

深紅の炎がVMCを包み込む。

しかし、それも数秒として保たなかった。

風に飛ばされるように炎は消え失せ、鋼の鯨が三度現れた。

 

 

 

「クソッ!! IFFに反応しないのが三ついる。」

進藤が声を張り上げて連絡する。

だが既に鯨達は再び海へと姿を消す。

「次に出たときが狙い目だ。彩、フォーメーションIIS。各機は輸送機を囲め!」

了解。とパイロット達の声がして無線は切れる。

ソランは指示通りに輸送機の防衛に向かう。

その途中何かと交差した。

反応はない。ただ次の光景で謎は解けた。

マントのような布を羽織ったロボットが円盤の上に乗っていた。イザナギだ。

「ソラン君、頼んだぞ。彩ァッ!!」

進藤の声は先ほどより大きい。

前方のイザナミは拳を構える。

赤。いや、なんとも言えない閃光を纏った拳が一体。また一体と貫き、三体とも腹にクレーターができる。

「進藤一尉、核を見つけました!」

「上出来だ!」

再び閃光。

今度は光の矢。

赤い球体。核をきれいに貫く。

血が吹き飛び、イザナミは赤く染まっている。

「すっ…すごい」

ソランは思わず声を漏らす。

「ふっ、これが自衛隊のやり方だ。」

 

 

 

 

 

-9ページ-

リリーと話した後、俺は格納庫へと向かった。

機体をしっかり把握する事もパイロットの大切な仕事だ。

 

最初はメシアしかいなかった格納庫も随分と賑やかになったものだ。

マフディーは出払っているがルシファーと大戦中の機体の後継機。ソランがマスターと呼んでいた初老の男たちが乗っていたキマイラもあった。

「よぉ、聖騎士さんもここにいたか。」

噂をすればなんとやら、あの男だ。

「その呼び方は止してくれ、恥ずかしい。」

わかったよ。と笑いながら男は答えた。

「あんたの機体、未だに装甲が外れたままらしいぜ。」

男はゆっくりと俺の横に歩み寄る。

すると何か冷たいものが手に当たった。

俺はその冷たさにハッとして男の方を向く。

右手が金属になっている。

板状のライフルのような形だ。

「その手は?」

「あー、話してなかったな。」

男は重そうなライフルを杖代わりにして姿勢をただしながら

「あんたに助けられたのはいいが神経がズタズタでな、銃は握れないと言われた。」

「だから手を銃に?」

「はっ、良いだろ?昔のアニメみたいだ。」

左手を添えるようにして構えた。

「ふっ、確かに格好良いな。」

戦いの後の穏やかな時が少しずつ削られていた。

 

 

 

 

「…付近に反応なし、もとのフォーメーションに戻れ。」

進藤の声は先程と比べると随分穏やかになった。

ソランは一体も倒せなかった。

体はガチガチに強ばり、足は小刻みに震えている。

「深呼吸だ。」

そんなソランを察した進藤は無線を入れてきた。

割り当てられているのはソランのみ。

「本当は君や彩を巻き込みたくないんだが…すまない、任務を継続してくれ。」

通信は切れた。

 

ただ見えるのは広大な海原。

瞬間移動を使えばアメリカまではすぐだか、今回はそうは行かない。

空と海の二つの青の間を無数の機影が太陽光を反射して煌めきながら飛んでいる。

「本作戦に参加する全ての兵士に告ぐ。」

また通信だ。発信先は『United Nations』つまりは国連だ。

「天地明命の輸送、ご苦労だった。君たちの仕事に敬意を払うとともに…」

ゴウンゴウンという音が聞こえる。

そして白波と共に何かが浮上する。

「君たちの戦死に哀悼の意を表そう。」

海面より花火が打ち上げられた。

 

 

 

 

格納庫に居た俺の携帯電話が唐突に鳴り響いた。

広い空間に電子音が反射する。

携帯を手にとると『ビル・クラウドマン』と表示されている。

「もしもし…」

「アダム!」

言いかけた途中でビルの怒鳴り声が響く。

「今すぐリリス君と一緒にメシアに乗り込め、タンデムコックピットになっているはずだ!」

「一体なぜ?」

「いいから早く!リリス君がメモリーをもってそちらに向かっている。詳しくはそれをみろ!いいな!?」

「…サーイェッサー。」

ピッと電子音がした後画面に通話時間が表示される。

「アダム!」

息を切らしながら入ってきたのはリリー。

「…司令が、…これを。」

リリーが手にしていたのはUSBメモリーだった。

「リリー、早く。メシアに乗り込むぞ!」

「…ちょっと、待って。」

そういえばリリーは元々虚弱だった。

チッ、と舌打ちしてから俺はリリーの体を背中に乗せた。

いわゆる「おんぶ」だ。

リリーを背負ったまま階段を上るのはきついが無我夢中でひたすら走った。

そして装甲の剥がれた黒いメシアの元にたどり着いた。

 

 

 

 

 

「詳しくはそれを見ろ!いいな!?」

「…サーイェッサー。」

電話は切れ、ビルの携帯からはツーツーと音がする。

すると次の瞬間

バンッ!!

という音が響き、司令室の木製のドアが開く。

外からは紺のBDUに黒いコマンドベストを装備した兵士がぞろぞろと中へと入る。

手にはXM8の発展型アサルトライフル、ZM4を構えている。

流線的なフォルムのポリマー素材のライフルだ。

奥から一人、茶色いスーツの男が現れる。

「これは、これは。カマエル総司令、如何なされましたか?」

ビルは皮肉たっぷりに言う。

「あの時とは違ってあなたは私の部下だ、言葉を慎め。…私がここにきた理由は分かるだろう?クラウドマン。」

「平和審査会に敵対するものは潰すと。貴様の名前にぴったりの仕事じゃないか、カマエル?」

「平和審査会?ふっ、ピースも揃ってない癖に策に出たか。元総司令も落ちぶれたな?」

「何が言いたい?」

「…我々は神の使いということさ。」

スッとカマエルは右手を前に向ける。

「拘束しろ、殺すなよ。」

「…残念。」

ビルはポケットから手を出す。

手には黒い固まり。

「Good Bye. My God.」

ビルの頭に赤い花が咲いた

 

 

タンデムになってもメシアの内装は余り変わらなかった。強いてあげるとするならば、

「…イヴは復旧してないのか。」

真っ暗な画面を見つめて俺は言った。

「リリー、俺はここから出る準備をする。その間にUSBを確認してくれ。」

リリスが分かったと言う。その途端『カツン』という音が響いた。

俺はタッチパネルを操作して後方にセットされたカメラに映像に切り替える。

モニターには何十人という兵士が映し出される。

「あの装備…国連の治安維持特殊部隊よ!」

「チッ、なんで味方が襲ってきているんだ!?」

俺はメシアの起動を急ぐ。

システムのチェックまでは残り30%

「くっ、クロスリアクターの起動もまだなのに装甲が剥げた状態でRPGでも喰らったら…」

案の定だった。

RPGはおろか、戦前の新型ミサイル、ジャベリンの後継機。ジャベリンMk2を持った兵士が今か今かとこちらを狙っていた。

「アダム、早く!」

「分かってる!」

残りは10%

システムチェックが先か、ジャベリンMk2のロックが先か。

「アダム!早く!!もう限界!!」

リリスはパニックを起こす。

そして爆音と共に何かが迫った。

 

 

 

その時アメリカ、国連基地に爆音が轟いた。

それは爆発。というよりは地響きと言った方が良いだろう。

黒鉛をあげ、火の海となる基地。又出火原因は不明。

まるで死神が鎌を振るう様に風に靡いた炎が兵士を焼き殺していった。

その炎の中に一体の影があった。

ヒトの様なフォルムと胸には大きな十字架。そしてバイザーから覗く二つの赤い眼孔。

薄れゆく意識を俺はその影の中で取り戻した。横にはリリスがいる。

「良かった、目が覚めたのね。」

まだぼんやりしているが俺はのんびりしてる暇はないと思ってリリスに何があったか問う。

「…このUSBを使った途端…」

リリーは前面のモニターを指さす。

 

『Error』

 

「どういう事だ?」

「わからないわ…それと中に文書ファイルがあって…」

俺は妙な錯覚に陥る。

何が何だか分からない。

何一つ解せない。

気持ち悪い。

 

『カナダに行け。アガリアレプトに会え。』

 

「分からん、司令は何を伝えたいんだ?」

「分からないわ、ただ一つ分かるのは…」

「カナダに行くことだろ?」

そうね。とリリスは相づちを打つと俺はレバーを握った。

「さて、お喋りは終わりだ。舌、噛むなよ。」

黒い巨人が空高く舞い上がった

 

 

 

説明
これから話すのは「救世主」の物語。 第三次世界大戦終結後、国連軍の威圧により世界のパワーバランスは保たれ、仮染めの平和が訪れていた。 しかし突如宇宙より飛来した謎の細胞。VMCによりバランスは崩れ始める。 対VMC兵器「メシア」のパイロットに選ばれたアダムは戦いの中である計画を知る。 人類の進化『プロジェクト・メシア』とは何か。 新たなる聖書の1ページが今始まる。
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