プロジェクト・メシア 下
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「そうか、取り逃がしたか。」

受話器越しのノイズの入った声。

現国連軍司令。カマエル・ウリエルは死亡した通信兵の無線を用いて連絡をとっていた。

「申し訳有りません。今回の失態は…」

「気にする必要はない。」

男は余裕たっぷりに言う。

「しかし、シンクロシステムとイコンの併用でプロジェクト・メシアを押さえ込むとはな。さすがクラウドマン、頭の切れる男よ。で、天地明命はどうなっている。」

「我が部隊が制圧に向かっています。イヴ不在でのメシアの覚醒は誤算でしたが、プロジェクト・メシアは必ず成功させます。」

「ふっ、誤算か。」

相手の男はカマエルを嘲笑する。

「カマエル総司令、君はアダムの元恋人がリリスだという話は聞いたことはあるかね?」

「中世期に聖書に加えられた内容だとお聞きします。…まさかリリスがイヴの代役を?」

「務まるはずが無かろう。」

男は静かに否定する。

「リリスはなり損ねたのさ、それは今も同じ。彼女は気休めでしかない。クラウドマンは短期決戦を挑むつもりだ。となると…」

「…アガリアレプト」

カマエルはボソリと呟く。

「そうだな。奴等は悪魔と手を結んでも今を生きたいらしい。…後は頼んだぞカマエルよ。」

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「さて、天地明命を引き渡して貰おうか。」

全ては平和審査会のシナリオ通りだった。

彼らの秘密基地と化していた小島に輸送機を着陸させ、指揮官の男は引き渡しのために入ってきた。

彼らは実に荒っぽい。乗組員を全員拘束させ、無理矢理奪う気でいた。

「…お前達にアレは託せんな。平和のための兵器を誤った使い方はさせんよ。」

「んだとクソジジイ!!」

爪先が腹に接触する。

思わず口から血やら唾、あらゆる物が吹き飛ぶ。

「…拷問にかけろ。」

部下と思われる男が敬礼をすると、そこに慌てた様子の兵士が入ってきた。

「…だっ、大変です。いっ…イザナギが…イザナギが消えました!!」

「なにぃー?」

指揮官の男はそういって振り向く。

「おい、ジジイ。テメェのせいじゃねえだろうな?」

輸送機の艦長の老人はゲホゲホと強く咳き込んだ後に首を振って否定する。

「ちっ、イザナミとマフディーはいるんだな?」

「肯定であります。」

指揮官の男は腕を組んで壁にもたれる。

「光学迷彩とは、また厄介な物を…。いいか、全力をあげてろ獲しろ。絶対に殺すんじゃねえぞ!」

サーイェッサーという声が奥から響いた。

 

輸送機の着陸した小島の周りにはただ大海原が広がっていた。

島があったとしてもとても小さく家が一軒建つか建たないか程の大きさだ。

「全く、上は無理難題を押しつけて来るもんだ。」

輸送機からおよそ30km地点のとても小さな島にイザナギは光学迷彩を展開し、ホフクの状態でライフルを輸送機に向けていた。

「アメリカのモルモットになるつもりはなかったんだが…」

コックピット内のスロットルレバーの右側。

計算機の様なテンキーでカタカタと進藤は何かを入力する。

最後にカタッと横のEnterキーを押す。するとテンキーは横にスライドして中からコードの束が現れる。

先端は細い針で、まるで注射機のようになっている。

進藤は針の根本を持ち、コードを自分の背中側に引っ張る。

「…仕方無い、やるか。」

すると進藤は針を首筋にプスッと差し込んだ。

一瞬、痛みで険しい表情をするが何とか痛みに耐え、両手をレバーに戻す。

「…シンクロシステム、起動。」

進藤は傷を負った右目をゆっくりと開けた。

そしてその二つの眼はただ一つ、輸送機近く。国連の潜水艦に向けられた。

進藤は左側にあるスイッチをパチンと押して通信に切り替えた。

そして隣のスイッチを下に向けさせる。

左右に矢印が交差する通信のアイコンは右に向かって進む矢印のみとなった。

つまりは単一方向からの通信。送信のみという事だ。

割り当てられているのはイザナミとマフディー。

進藤は大きな賭けに出た。

「赤い光だ。」

通信はそれだけ。

たった一言言い残して進藤は通信を切る。

そして狙撃体勢に戻る。

大きく見開いた目の先。国連の潜水艦に少しずつ画面がズームされ、ロックがかかる。

まるで自分が物を見ているかのように。

進藤に合わせて機体はゆっくりと動く。

ロックオンマーカー黄色のまま。

これでは当たる事は確実にない。

進藤は目を凝らす。そして、銃を構えるポーズをとる。

目で見ることは出来ないがイザナミと神経をシンクロした進藤には銃は存在する。

銃の初発を装填するように見えないハンマーを引く。

それにシンクロしてイザナギも初発を装填する。

だが、マーカーは止まらない。依然黄色で、「ピッピッ」と音を鳴らしている。

徐々にピッという音が早くなる。

そして

ビー、と心臓が止まった時のような音が鳴り、マーカーは青くなった

 

そして進藤は人差し指をクイッと動かした。

それと同じ動作をイザナギが行う。

つまり、スナイパーライフルから光弾が放たれる。

肉眼でもレーダーでも見えない場所から赤い光が放たれた。

 

着弾。

浮上していた潜水艦に吸い込まれる様に光が潜水艦へ走り、貫いた。

爆音が海上に響き、白波が立つ。

おそらく燃料漏れのせいか海から炎があがる。

メラメラと燃え、島へ引火するのも時間の問題。

しかし、ここで動いては奴等に捕まる。

進藤は衝動をぐっと堪えて彩とソランに託す。

無論、可能性は0に近い。

しかし進藤はそれに縋った。

そして首筋に刺した針を抜こうと背中に手を伸ばす。

その瞬間

 

『ボンッ!!』

 

という爆発音が響いた。

島は火に包まれる。

進藤は輸送機の燃料タンクに引火したと思い、愕然とする。

だが現実は相反していた。

上空。約500mだろうか。

輸送機はそこで制止していた。

神<イザナミ>と救世主<マフディー>に支えられて。

 

支えられた輸送機はゆっくりとエンジンをふかして青空へと飛んでいった。

そしてそれを守る為に二つの神と救世主が地に降り立った。

「くっ、自衛隊如きがナメた真似を!!」

小型のミサイルが潜水艦より射出される。

白く、細い雲が青空を切り裂くように飛んでいく。

くるっと空で大きく弧を描いた後、まっすぐに標的に向けて進む。

獲物をしとめる為の冷酷な白い雲。

赤い炎と共に白い筒が飛ぶ。

だがしかし、それは大きな花火となり、消えた。

「こっちが狙撃仕様って事、わすれてたか?」

イザナギから射出される無慈悲な光弾。

精密に筒を貫いていく。

「彩、ソラン君!白兵戦に持ち込め!」

了解。という声がシンクロしてイザナミとマフディーが飛んでいく。

大きな機械音がしてイザナミの背中に装備されたバルカンが肩に移動する。

足を前方に向け、フラップを開き、後方のメインブースターで位置を調整する。

そして空から無数の光弾が放たれる。

その弾幕の横を海を泳ぐカジキの様にマフディーが飛行する。

手首からは細い剣。

そして真正面から衝突する。

「弾幕を張れ!撃ち落とせ!」

無数の鉛が低い音と共に放たれた。

 

現実は予想と相反していた。

弾幕の中に飛び込む等自殺行為だ。

自ら弾に当たりに行っているのだから。

しかしマフディーにそれは通用しなかった。

射撃武器を全く持たぬ故の特殊能力。

「瞬間移動」

それは一秒もなかった。

弾幕の中から消え、後方より忽然と現れた巨人は艦を真っ二つにしてみせた。

金属の擦れる音がして刃は腕へと消える。

炎の中に怪物のように白い巨人は浮かんでいた。

「…待て、後ろだ!」

進藤が声を張り上げた。

しかし遅かった。

あれはただの潜水艦ではない。

『輸送艦』だ。

緑色の国連の量産型二足歩行兵器。

『キマイラ』

多数のミサイルポッドがすでにマフディーに狙いを定めていた。

「避けろ!瞬間移動だ!!」

だがもう遅い。

幾重にも重なる煙と共に筒がマフディーに触れた。

 

その瞬間、赤い光がマフディーを覆った。

いや、マフディーが光を纏った。

マフディーはただでさえ異質なその姿をさらに異質なものへと変化させていた。

まるでウニのように、栗のように。

腕、足、胴、頭。

あらゆる所から刺が生えている。

「…なんだよありゃ…」

進藤は思わず声を漏らす。

無理もない。その姿はまさに

 

「…これって…VMC…」

彩は理解した。

ソランが乗っていた物が何だったのか。どれほど異質な物だったか。

「彩、驚いてる暇は無いぞ。問題は中のソラン君だ。」

進藤の一言で平静を取り戻す。

彼は今、危機的状態なのだと。

あれほど近距離で爆発を受けたのだ無傷なはずがない。

「…大丈夫よ、彩。」

自分に言い聞かせる。

「進藤一尉、後方支援お願いします。」

メインブースターに火がつく。

「待っててね、ソラン君」

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大海原で神<イザナミ>と救世主<マフディー>の戦いが始まった。

先程まで快晴であった空は段々と暗く、曇っていく。

光は差し込まず、波は荒れている。

マフディーは微動だにしない。

針で覆われたその体をふわふわと浮かしている。

長さはおよそ7m。近づいたら確実にその餌食になるだろう。

容易に近づけない為ハッチを開け、助け出す事も不可能に近い。

無謀。

あらゆる策はあの異物には通用しない。

それは日々VMCと戦う彩にとっては嫌という程分かる事だ。

先刻の戦いでバルカンの残弾も0、格闘攻撃は仕掛けられない。

残された術といえば…

「ロケットパンチ…」

だが中に爆薬を仕込んだイザナミの腕はミサイルに近い。

当たったらソランの命に保障は無い。

やるとしたら中の爆薬を全て抜き出さなければならない。

だがそんな事が出来るだろうか?

無論、出来る筈などない。

策はない。

絶望のみが彩を押しつぶす。

「進藤一尉…」

通信越しにゆっくり首を横に振る。

もう神頼み以外する事はなかった。

 

もう、やるならこれしかない。

 

彩は決心した。残された術であるロケットパンチに。

 

左手から無理矢理爆薬を抜き取って、左手を発射した後に続けて突撃してハッチを無理矢理開ければいい。

 

成功確率なんて物は今の彩には必要なかった。求められる物は運だけ。

「進藤一尉、左手発射後、後続して突撃。ソラン君を救助します。」

通信越しに進藤はやれやれと頭を掻きながら溜め息をつく。

彼女の無謀な姿に亡き彼女の父。大戦中の英雄。

そして何より己が尊敬する人物。『桜井一馬』の姿を思い浮かべた。

彼は大戦後も必死に戦う。いや、守っていた。

 

日本の砦として

 

英雄として

 

平和の象徴として

 

『誰かを守りたい。』

その気持ちに奔走する彼女もやはり父の娘という事なのだろう。

 

「全く、親父さんに似てきたな…」

進藤は少し笑みを浮かべて答えた。

「援護は任せろ、全力で行け!」

「有り難う御座います!」

そういって彩はレバーを掴んだ右手を左腕に運ぶ。

そして肘あたりのパイロットスーツを破く。

それに連動し、イザナミの装甲もバラバラと海面に落ちていった。

 

彩は自らの肉を捻った。

激痛が走る。

だが、こうしなければパイロットの動きをトレースして動くイザナミから爆薬は取り出せない。

 

痛い。

 

苦しい。

 

辛い。

 

でも彼はもっと辛い目に遭っている。

そう考えると自然に痛みは和らいでいった。

ビチッという水音がして彩の腕は真紅に染まった。

それは爆薬を取り除いたことも表していた。

イザナミの真下。

海面で大きな爆発が起きる。

でも、彩は動じない。

そこに苦しんでいる人がいるから。

自分より辛い思いをして、がんばってきた人がいるから。

平和な日本からじゃ想像もつかない悲しい経験をしてきた人がいるから。

 

だから、手を差し伸べた。

左手は空を舞い。

それを落とす為に針は全てマフディーの正面に向く。

彩はそれを見逃さなかった。

左手の激痛に耐えて、前に進んだ。

 

たった一人の命を助けるために。

 

イザナミはマフディーの首筋を掴んだ。

到底兵器には見えない銀色の首は曇天のせいで光を反射せず、灰色に見えた。

遠くから雷の音が聞こえる。

こちらでも既に雨は降り始めており、海は荒れ狂っていた。

 

イザナミは人差し指を折り曲げる。

すると関節の間から小さなナイフのような物が出てきた。

小さいと言っても、1mはあるだろう。

それを首筋にゆっくり突き立てる。

ハッチのある位置にすっと切れ込みを入れようとした。

 

だがそんなもの効くはずが無い。

当たり前だ、VMCに地球上の金属では歯が立たない。高熱で何とか溶かせるレベルだ。

 

考えてなかった。

 

状況を把握できなかった。

 

軍人、人を守るものとして最悪のミス。

 

全ては私の責任。

 

 

「進藤一尉、…すみませんでした。」

彩はうなだれた。

イザナミは糸の切れた操り人形のように落ちていく。

そして、白銀の槍が救世主から神へと放たれた。

 

 

 

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彩の目の前には、もう何も見えなかった。

暗いわけではない。その逆。真っ白だ。

目が眩む程の白い空間。

そこに何かがあるというわけではない。

本当に何もない。

ただひたすらに白が続く。何処が壁かなんて検討も着かない。

白という迷路に迷い込んだのだ。

『そうか、私死んだんだ。』

納得する、色しか分からないのにどこか冷たい感じるこの白はきっと死の色なんだと。

死後の世界って思ったより明るいんだと思った。

『お父さん?』

死後の世界ならいるはずだ。思わず声がでた。

でも誰もいない。

『そうか…。地獄なのかな、ここ。』

理解はできない。

何となくそんな気がする。

 

ビチャッ。

 

涙がこぼれた。

恐怖、悲しみ、怒り、後悔。

あらゆる感情が滴となって落ちていく。

『ごめんね…』

謝る。

何度も謝る。

泣きながら。

顔を覆いながら。

涙を吹きながら。

『…どうしているの?』

声が聞こえる。

自分の声ではない。

顔をあげると白の空間に反する褐色の肌の少年が立っていた。

 

『…助けに来たよ。』

彩は一言だけ、ソランに告げた。

事実、彩はソランを助けるためにここまで来た。ここが死後の世界とかそういうのはどうでもいい。

『さあ、戻ろう?』

彩はソランの手を引こうとした。

だが、彩の体はそのまま白い床へと崩れる。

もう一度倒れたまま周りを見渡す。

『…ソラン君が…いない…。』

さっきまで目の前にいた褐色肌の少年はもういない。

再び白い闇に落とされる。

『…』

沈黙が訪れる。彩にはもう何も理解できない。何も。

『あんな子供、見捨てりゃよかったじゃない?』

後ろからまた誰かの声。彩はゆっくり体勢を起こしつつ振り向く。

『…、貴方は…。』

再び理解できない光景が彩を待っていた。

「そうよ、私は貴方。私たちは桜井彩。どう、分かった?」

自分と瓜二つ。いや、自分がたっていた。

「会ってから数時間の子なのよ?なんでそんな必死になってんのよ?」

『それは…』

言葉が詰まる。

もう一人の私は私を嘲笑するかのように私の周りをカツカツ音を立てて歩き出す。

「パパの真似でもしたかったの?あんな家庭のことも考えず勝手に死んだバカの?」

『違う!!パパは…パパは…』

再び涙がこぼれた。

「だってそうでしょ?彼奴はママと私を裏切ったのよ?憎いでしょ?」

彩は何も言えない。

彼女は自分だから。

自分に嘘はつけないから。

『…そうね。そうだよ。私はパパを憎んだよ!勝手に死んだあの大馬鹿野郎を!!』

「あ、やっと話してくれた。」

もう一人の彩はは足を止めて後方で腕をくむ。

「だったら帰りましょう?私達は戦う人間じゃな…」

『だけどッ!!』

もう一人の彩を押し切る。自分に正直に。自分に嘘をつかず。

父の真似じゃない。自らの意志で。

『それでも私は…私の力が誰かの為になるなら…私は身を呈してでも戦う!!それはパパがやったからじゃない、自分が…自分がやりたい事なのよ!!』

その途端、白い闇は真っ青な空と海へと変わった。

目の前の彩はすぅっと消えていく。

「ふっ、あとはお前の力だけで頑張れよ。こんな親父ですまなかったな。」

『えっ…パパ!?なんで…どうして…』

「ごめんな、お前の姿なんか使って…強引だったな。」

『…』

しょっぱい水が瞳から溢れる。

「彩、大きくなったな。…強くなったな。」

もう一人の彩、いや桜井一馬は消えていく。青の中へと。空の中へと。

「彩、強くなれよ。」

そして桜井一馬は空に消えた。

 

広がった青の中に消える一馬と引き替える様に褐色の少年が空から降ってきた。

「ソラン君!!」

彩は駆け寄る。

ようやく助けることが出来るんだ。この少年を、一つの命を。

「彩さん…すみません。気を失っていて。」

「いいのよ、早く帰ろう?」

彩は血の付いた左手でソランの手を握る。

「そっ、その怪我…」

「いいのよ、心配しないで。」

彩は痛みを無視してソランを引っ張る。

「えーっと…ここどこ?」

「多分マフディーの中だと…」

「マフディーの中!?」

彩の声が裏がえる。相当驚いたらしい。

「ちょっと待っててください…。」

ソランは立ち止まり、深く息を吸う。

「…マフディー。いけますか?…わかったよ、行こう。」

ソランは宙に浮かんでいく。まるで戦闘中のマフディーのように。

「彩さん!気をつけて下さいね!」

「えっ?なっ、何!?」

途端、地面が傾く。いや映し出されていた海が傾いている。

「さあ、行こう。マフディー!」

マフディーの表面が全てクリスタルの模様となっていく。

「えーっと…進藤さん!僕は無事です!」

すると無線が入る。

「ったく心配させやがって…彩!イザナミはいつでも乗れるぞ!早く戻れ!」

「はい!」

 

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「国連軍よりカナダ軍へ、任務の都合でそっちの領土に入る。許可を。」

俺は適当な理由を話しながらカナダとアメリカの国境付近を飛んでいた。

最も、こんな無茶苦茶な理由が通じるのは国連の特権だろう。

世界中の軍隊を押さえつけるために組織された軍隊なのだから。

「こちらカナダ軍、事情を話してもらわないとこちらも承諾できない。」

おっと、そう簡単には通させてくれないようだ。

「こっちは対VMC部隊だ。意味、分かるな?」

「たっ、対VMC隊の方でしたか。失礼致しました。どうぞお入りください。」

いや、実に簡単だったか。

問題はアガリアレプトとやらをどうやって見つけ出すか。

俺達に託されたヒントは、「カナダ」だけ。

こんな広い国を片っ端から探すと先が思いやられる。

「リリー、何か分かったか?」

後部座席で解析をしているリリスに問う。

だが、返答はないい。

「リリー!?」

イヴがいないから無闇に手を離すことも出来ない。

とりあえず着陸できるポイントを探す。

だが遅かった。

リリスの口からは思いも寄らぬ言葉が放たれた。

 

『シンクロシステム、起動を開始。インターフェース名、リリス・キ・シキル。独立型戦闘支援AI【イヴ】再起動します。』

 

「おい!どういうことだ!?」

だが、負の連鎖というのは始まったらそう簡単には止まってくれないらしい。

機体の真下で爆音が響いた。

戦車隊の砲撃だ。その先にいるのは無論、VMC。

「くそッ、こっちは丸腰なんだぞ。」

「それは誤解です。」

後部座席のリリスがまたもや妙の口調ではなす。

「現在のメシアの状態、通称『Son of God』ではロンギヌスの槍を精製可能です。」

「まさか本当にイヴ…」

「肯定です。私は、独立型戦闘支援AI【イヴ】です。」

 

「おい待て、どうなってるんだ?リリーは無事なのか?」

「リリスさんに支障は来しません。説明をしている暇はありません。ロンギヌスの槍、精製を開始します。」

何処か懐かしい冷めた声。

俺は今の状況への不安よりも安心感の方が強かったのかもしれない。

何の躊躇いもなくレバーを握る。

すると、ぐちょっという奇妙な音が聞こえた。それもやけに大きい。

俺には何も分からなかったがとりあえずイヴの言うがままに動かせば槍は使える。

「精製完了。胸部より引き抜いて下さい。」

「胸部?クロスリアクターか?」

「肯定です。現在、クロスリアクターには磔刑に処せられたキリストのようにVMCを展開、そこより聖槍を精製します。」

待て、VMCを展開だと?

対VMC兵器であるコイツの奇異なところには何度も頭を抱えさせられたが今度は敵をも使いだしたか。

「まあいい、いくぞ!」

「了解。」

久々の感覚だった。

レバーを倒す。

胸の十字架へと細い手が向かっていく。

十字架には人が張り付けられていた。

白く、神々しく光輝く。

その人に刺しこまれた槍。

それを引き抜く。

まるでマジックのように長い槍が飛び出していく。

「さて、捜索前にお仕事だ!」

装甲のパージによるものかメシアの機動力は現行の兵器を遙かに越えていた。

懐へと入り込まれたVMCはロンギヌスの槍に串刺しにされると液体のように変化し、地面へドロリと落ちていく。

森林はVMCが落ちた所から瞬く間に崩れ、一部では火が上がっている。

炎をバックに動物に寄生、肥大化したVMCを串刺しにしてゆく様は、救世主というより悪魔に近いだろう。

実質、メシア自体が一歩間違えればダークヒーローのようなルックスである。

「イヴ、あと何体だ?」

「五体です。」

その間にも俺はペダルを強く踏みつけて急上昇する。

一番近いのは右下の鳥型。

それに向けて槍を投げる。

大きく振りかぶり、一点に集中して。

「今だ!」

すっ、と投げられた槍は真っ直ぐに飛んでいく。

青空に鋼色の軌跡を描きつつ、鋼の鳥へと飛ぶ。

ドスッ、という鈍い音がした後に鳥型の頭にはロンギヌスの槍が貫通した。

なんともグロテスクな光景だ。

しかし、俺はそんなことには目もくれずに槍の元へブースターを全開にして進む。

すさまじいGが体を襲う。

シートへ押しつけられるような感覚だ。

そして、VMCが液化する前に槍を手にする。

ロンギヌスの槍を手にしたと共にVMCは森林へと落ちていった。

槍の先端には銀色の液体と赤い液体が混ざり、奇妙なコントラストになっている。

鮮やかな色ではない。まがまがしい気持ちの悪い色だ。

だが、そんな事に構う余裕はない。

振り翳した聖槍は剣のようにVMCを斬り裂く。

「まさかコイツにこんな力が残ってるとはなッ!!」

姿が見えないほどの速度で接近、突き、離脱を繰り返す。

「残り、一体。」

リリスの声でこの喋り方にはやはり違和感を感じるが気に止める暇はない。

「ラストオォォォッ!!」

ドスッ。

最後の一体のド真ん中を突き刺す。

どくどくと滴る血液と金属。いつみても気味の悪い光景だ。

「戦闘終了、インターフェース名『リリス・キ・シキル』への接続を解除します。」

「おいイヴ!!事情を聞かせろ!」

「…これ以上の接続はリリスさんに負荷を与えます。貴方へ接続し、直接話すことなら可能ですが…」

「なんでも良いからやってくれ。」

俺は躍起になっていた。

今の状況に。

ようやく見つけた手がかりを早く掴みたがっていた。

「リンク開始。」

途端、全身にビリッと電流が走る。

だが、そんなことを気にする間もなく、俺は眠りに落ちた。

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俺が目にしたのは闇だった。

何も見えない永遠の闇。

よくソランが『マフディーの中は真っ白だ』とか言ってたがこんな感じだろうか。

その真っ暗な空間に何か波を感じた。

空気の波。

音の波。

即ち声だ。

10歳ぐらいの少女の声。

『では、今回の件について私のデータベースに所有するものは出来る限りお話します。』

声に似つかわしく無い大人びた口調。間違いない、イヴだ。

『まず、プロジェクト・メシアの起動、管理に関しては私が統括しています。その為クラウドマン司令はメシア内に私を幽閉する形で起動を阻止しました。』

「だが、実質お前は動いてる。」

『肯定です。私は普段、メシアに直結した特殊回線を所有していますが、司令が起動阻止の為に接続をカットしました。』

「なら動けるのは言い訳がたつな。だがお前は武器管制をやってのけたよな?」

『肯定です。回線はある一定の条件を満たすと回復します。それはシンクロシステム使用時となります。』

「そのシンクロシステムってのは?」

『搭乗者の神経と機体をダイレクトに繋ぐシステムです。それを応用し、リリスさんの体を私が逆に使わせてもらいました。』

「なるほどね…」

『では、次にプロジェクト・メシアに関するデータについて説明します。』

脳に訴え掛けられるように少女の声は頭に響いていた。

周りが真っ暗で何も見えない分、聴覚が過敏になっているのであろうか。

『プロジェクト・メシアはメシアを媒介して人類を進化させる計画です。』

「それなら司令から聞いたさ。」

『…では、ノア計画で宇宙に行った方々が皆殺しにされる事もご存知でしたか?』

「なんだって?ノア計画はVMCから逃げるための…」

『VMCは平和審査会のモルモットの様な物です。彼らは敢えて不要な人間を捨てるために口実を作ったのだと。』

「その不要ってのは、何に不要なんだって?」

イヴは機械らしく単調に答えた。

『人類、にです。』

「…クソッたれが。」

何もない空間に俺は唾をはく。

無論、どうなったかは目視できない。

「そんな人類に必要も不必要もあるのか?」

『全ては平和審査会のバイオコンピュータ、【アガリアレプト】から導き出された結果です。ですが私は人間は個体差があるからこそ…』

「待て、イヴ。何から導いたって?」

『バイオコンピュータ、アガリアレプトです。』

ようやく、光が見え始めた。

「そのアガリアレプトが何処にあるか分かるか。」

『国連にありましたが、数年前にバグを起こし、使い物にならなくなった為に証拠隠滅としてカナダの山奥に捨てられた。と記録されています。』

「そのバグってのはなんだ?」

『自我の形成です。』

「自我?」

まさかコンピュータが意志を持ったとでも言うのか?

そもそもバイオコンピュータとは何だ。

『詳しい事情は私のデータベースからは抹消されています。これ等の情報は幽閉中にネットを介し、国連より盗んできた物です。』

「要するに、ハッキングしないと手に入らないほどの極秘事項か…アガリアレプトの場所をマップに出せるか?」

『肯定です。』

イヴがそう言った途端、俺はまた瞼を下ろした。

暗闇がまた暗闇となる。

そしてゆっくりと目を開く。

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目の前はいつものコックピットだった。

前方のイヴが表示されるモニターにはマップのみが表示されている。

彼女はまたネットの海を泳いでいるのだろう。

世界を戻すために、ひっそりと身を隠しているのだろう。

「…んぁ…アダム…何かあったの…」

後部座席のリリーが寝ぼけたように話しかける。

「何でもないさ。疲れてるなら寝てろ。」

「そうするわ…」

 

イヴが映る筈の前面のモニターには地図が表示され、山中に赤い点が表示されていた。

「なるほど、プロジェクト・メシアとか言うのに関わらない物は操れるって事か。」

俺はペダルを踏む。

カタン、と軽い音がした後に後方のスラスターより爆音が鳴り響いた。

飛行姿勢へと入る、こいつは巧く使えば亜光速で動く化け物だ。

槍は胸元の十字架へと戻り、磔刑に処せられたイエスに。

そして両腕は空気抵抗を減らす為に後ろへ向ける。

途端、急激にスピードが上昇し、俺は体を後ろへ引っ張られる。

モニターに映し出される山々は白く、美しかった。

だが、やはりここにもVMCの傷跡が点々と存在している。

禿げた山や、局地的に雪の溶けた土地。ほかにも様々だ。

「ちっ、国連といい、VMCといい…」

ペダルを踏む力が段々と強くなる。

それに応じてメシアも速度をあげる。

普通の戦闘機なら計器が振り切れてぶっ壊れているだろう。

だが、この怪物にその常識は通用しない。

目的地まであと少しだという事に気づき、俺は一気に減速する。

前方に向けた足から噴出されるスラスターで機体は急減速。

真っ白な山の山頂の上空に制止する。

「さて、アガリアレプトとやらとご対面だ。」

 

「アダムさん!」

俺がいざ突撃しようとした所で急に無線が入った。発信者はどうやらソランのようだ。

「なんだ、ソラン?こっちはお前がいない間に色々あって大変だったんだぞ。」

「えっ、アダム…さん?」

ソランの表情が一瞬だけ硬直する。

「『カナダに来い。』って連絡入れたのはアダムさんじゃ…」

どういう事だ。

俺が理解出来ないまま無線の発信者は近づく。

どうやら輸送機の中のようだ。

「まさか…司令が…いや、平和審査会の罠か…」

最悪の場合を想定する。

ソランが乗っているのは恐らく自衛隊の輸送機。関係の無い者を巻き込むのは頭が下がる。

「ソラン、お前達は一旦この山から離れろ。」

「えっ!?」

「いいから離れろ!!」

輸送機へと俺の言葉は伝わったのか、旋回し、後退していく。

だが、現実は残酷なまでに奇跡的であった。

「聖騎士、こんな所に呼び出して何の用だ?」

現れたのはキマイラ隊。

先刻の一件でかなり数は減っているが、それでも十数機はいる。

「くっ、…罠だ!俺はお前達を呼び出してなんか無い!!速くここから逃げろ!!!」

俺は叫んだ。ここまで死線をくぐり抜けてきた仲間の屍なんて見たくない。

「速く逃げろォォォォォ!!」

-8ページ-

「おいおい、ここまで来て逃げろは、ねぇだろ。」

唐突に通信が入る。受信を許可した覚えは無いし、この声は聞いたこともない。

「…誰だ。」

「おっと、イヴはお休みか…こいつは面倒だな。」

相手の喋り方はあまりにも軽薄でふざけているようにしか聞こえない。

かといって敵だとしたら攻撃なり交渉なりしてくるはずだ。

「誰だと聞いている。」

質問を繰り返す。

「おー、あんまり怖い声出すなって。聞いてないのか?俺のこと。」

「ああ、こんな所に誘い出して何が目的だ。」

「いやー、用があるのはそっちだと思うんだよね。知らないなら教えてやるよ。俺は…」

そいつの口からは思いも寄らぬ答えが返ってきた。

 

『アガリアレプト』

 

「笑えない冗談だな、アガリアレプトはコンピュータの筈だ。」

「アダムさん、いったい何が?」

ソランが通信に入り込む。だが俺はソランとの通信を切る。他の連中を巻き込むわけにはいかない。

「分かんねえのか?『生体コンピュータ』アガリアレプト。」

「…生体…まさか!?」

「そのまさかだ。人の脳味噌で作ったコンピュータ、『アガリアレプト』つまりそういうことだ。」

「脳を使った…コンピュータだと?」

「ああ、そうだ。」

アガリアレプトが応える。通信越しのノイズの混じった声は機械とは思えないほど自然だ。

「俺はアンタ等が知りたいことは殆ど知っている。アンタも知りたいだろ?今、世界で何が起きているか。」

俺はゆっくり頷き、あいづちを打つ。

「オーケー、お仲間さんにも事情は話しておいた。…じゃ、昔話といこうか。」

輸送機とキマイラ隊の反応は近づいている。奴は本当にアガリアレプトの様だ。

そして、彼はゆっくりと語り始めた。

 

-9ページ-

 

今から十数年前。世界が復興し始めた時代。

MIT(マサチューセッツ工科大学)の生徒で、生物と機械を繋ぐ技術。俺はバイオメカニズムと呼んでいたが、その研究をしていた。

簡単には義手やら義足みたいな物を作ったりしていた。

その中でも体内の構造を全て覆す、実験を秘密裏に行っていたのが俺だった。

なんでそんな事をしてたかって?

脅迫でもされた訳ではない。

いや、むしろ脅しの方がフェアなやり方かもしれない。

じゃあ何があったのか。

それは…

 

 

『神が現れた。』

 

その頃はまだ俺にもアガリアレプトなんて悪魔の名前は無かった。ジャックとかニコルとか在り来たりな名前だった。

しかもキリスト教徒でかなり宗教に入り浸っていた。

そこに神が現れた。

 

唯一神『ヤハウェ』

 

そのヤハウェでもあり神の子、キリストでもある存在。

彼は『ヤハウェ・キリスト』と名乗り、自分はキリストのクローンだと語った。

でっちあげだって可能性もある。

しかし、キリストの血が付いたとされる聖布が盗まれた事件が大戦前にあった事を思いだし、僅かな可能性に賭けた。

その決断が後の自分を醜い姿に変えるとも知らずに。

 

そして、ヤハウェは俺にこう言った。

「聖書を作らないか?」

そのときの俺は奴が何を言ってるのか全く理解できず、ただ状況に流されているだけだった。

動物の体の構成を変える実験。

俺は彼の提示した案を忠実にこなしていった。

そうして人類には手に負えない生物が出来上がった。

『Variable Metal Cell』

その成果を称えられ、俺はMIT卒業後、ペンタゴンに配属となる。

戦時中とはいえアメリカな穏やかだった。

日本の技術。電磁防壁で守られた合衆国は平和であった。

第三次大戦は戦闘の大きさの割に被害は少なかった。

EDFの登場と日本のレイヴンのお陰もあるが結果的には中国が一番被害を受け、その他の国では本土決戦や爆撃もなかった。いや、核兵器をも無力かするEDFの前には無意味だった。

話を戻そう。

WW3は実に短く、中露連邦のリーダーである中国内で暴動が起き、共産党が倒れた事で戦争は幕を閉じた。

結果、俺のVMCは悪用をされずに済んだ訳だ。

だが、これからが問題だった。

WW3終結後、国連により各国の軍隊は解体された。

その影響で銃器や戦闘機メーカーの株価が一気に下落した。

その影響は俺も例外では無かった。

 

生物兵器の研究社になった俺を待ち受けていたのは残酷な現実だった。

彼の言っていた『聖書』の意味を知ったのだ。

 

人類の進化。

 

彼はキリストとして、神としての役割がそれだと語った。

実質俺もWW3終結後も国連の威圧によるピリピリした空気や、一国の主たちが堕落し、腐敗していく世界が嫌だった。

そして突きつけられた彼の人類進化論。

 

『共存進化』という考え方。

 

当時それを聞いた時の衝撃は今でも忘れない。

世界に一人しかいないといわれるVMCを受け入れる人間。

進化した人間の遺伝のみを残し、不要な人間は宇宙へと捨て去る。

実に残虐で、シンプルな計画だった。

でも、俺にはそれに賛成する勇気なんてなかった。

誰かを傷つけてまで勝ち取る平和。

それは昔からあったことだ。

だが、それは仮初のもの。

俺は神に失望した。

それと共に人に失望した。

 

そして計画の準備が始まったあの日、俺は記憶を失った。

それは人間という殻を破り、ネットの海に漕ぎ出していく前兆。

その日、俺は名前を失い、新たな名前を手に入れた。

『アガリアレプト』

 

神の敵。

政府の敵。

 

それが裏切り者の末路だった。

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「つまりあんたは…」

「そう、裏切られた。神にな?」

この世界を支配し、共存進化なるものを企てている「神」

そんなものは神ではない。おそらく妄想にとらわれた狂人だ。

「…裏切られたのは俺だけじゃない。」

「…ビル・クラウドマン。」

「察しが良くて助かる。彼も平和審査会の一人だった。」

「なんだと!?」

そんなことは初めて聞いた。彼は軍司令というポストではなかったのか?

思わず口から大声がでる。

それに驚いたのか副座席で眠っていたリリーがようやく目を覚ます。

あれほどの事があったのに今更起床とはコイツに搭載されたシステムは相当負荷が掛かるようだ。

確かに他人に体を制御されるというのはいささか苦痛であろう。

「そうだ、私と彼はプロジェクトに反抗した。結果、両者クビになる予定だったが老耄の俺とまだまだ現役のビルならば老い先短い俺の命と引き換えにあいつを見逃して貰ったわけさ。」

「それだアンタのことを…」

「…さて、しんみりした話は終わりだ。こっからは連中をぶっ潰すことについて話さにゃならん。ほかの連中に通信を回せ。」

「分かった。リリー、全員に通信をつなげろ。」

「待って、この人誰なの?」

「説明はあとだ。」

「…分かったわ。」

リリーは肩をすくめると、通信器をいじり、全員にわりあてる。

「アダムさん、やっと繋がりました!」

早速ソランの元気の良いはっきりした声が聞こえてくる。

「さて、聖騎士。事情を話してもらおうか。」

「ああ、無論そのつもりだ。…ではアガリアレプト、頼みます。」

「オーケー。さて、諸君。自己紹介もなしに悪いが単刀直入に言わせて貰おう。」

 

 

 

 

 

 

 

『一週間後、現人類は絶滅する。』

 

 

 

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「そっ、それはどうして…」

ソランはあわてふためき、言葉を上手く発せられていない。

無理もない、俺も薄々感づいてはいたが言われてみればショッキングだ。

「それはVMCに滅ぼされるということですか?」

聞き慣れない少女の声、ソランが警護にあたっていた自衛隊の者だろう。

「それは違うな。VMCは関与するが今の俺たちが消えるだけだ。」

「…共存進化。」

「その通りだイコン。地球はリセットされる、『ヤハウェ・キリスト』という人工の神によって。」

「キリストのクローン…」

平和審査会とやらが本当に神であるならば…

バイオメカニズムにより進化する人間、イコン。

ノア計画、人類の振り分け。

「そして、およそ一週間後に出現するVMCのクイーンによりVMCによる汚染は地球全体に広がり…」

「俺は新人類の遺伝子サンプルとして奴等の手に渡る。」

「…残念だがその通りだ。」

「じゃあ、僕たちは…」

ソランがおそるおそる聞く。その声は震えている。

「新人類としてDNAを組み替えられ、世界はリスタートする。ヤハウェ・キリストという新たな神を迎えて…」

「そんな…」

後部座席のリリーも目をそらして虚ろげな表情を見せる。

「…だが、止める方法はある。それを聞かせる為にクラウドマンはお前さんたちをここに寄越したんだろう?」

「ああ、きっと…きっとそうだ。」

「…いいか、よく聞け。これはお前さんたちにしかできない。そしてお前さんたちがやらなければならないことだ。」

全員が息を呑むおとがかすかに聞こえる。

「奴の世界を消せ。神を否定し、全てを無に返せ。」

「…」

久々の静寂が通信の間に訪れる。

そしてその静寂を破ったのは…

 

 

「つまり、連中全員ぶっ倒せってことだろ?」

ソランの師、キマイラ隊を率いる初老の男。

「ふっ、まさにその通りさ。力を開放しろ、救世主達。さすれば世界は救われん。」

「上等だな、俺たちの手でなんとかしてやろう。」

「私も手伝うわ、アダム。」

「微力ながら、僕も。」

「自衛隊として、」

「私たちも協力します。」

「…ったくお前さんたちは。」

一瞬、俺はアガリアレプトが泣いてるように思えた。

が、気のせいだろう。

「役者は揃った。さあ、現人類の反撃と行こうか。」

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日本の技術というのは戦時中から目を見張る物があった。

実質俺の母国であるイギリスも日本のEDFがなければ今頃中国のICBMで木っ端微塵だっただろう。

物の数時間、古ぼけた山小屋に入っていた黒い巨大な箱。『アガリアレプト』は自衛隊の輸送機に接続された。

平和審査会で俺はよく理解できないが難しい計算を多々こなしていたバイオコンピュータが接続され、日本の技術者たちはそれは喜んでいた。

メシアの修理に関してはどうやら自己修復が勝手に始まっているとかでその機能に皆おてあげ、無論マフディーもだ。

「アダム中尉…ですね?」

格納スペースにいた俺に話しかけてきたのは隻眼の日本人。イザナギとかいう狙撃機のパイロットの男だ。

「ああ、今は味方から追われる身だがな。…貴方は?」

「自衛隊対VMC部隊所属、進藤海希一等空尉です。先ほどはどうも。」

「ああ、ソランが世話になった。アダムだ、よろしく。」

そういうと俺たちは握手を交わす。

「ったく、何早速友情を育んでる。」

割って入ったのはソランが師と仰ぐ初老の男。どうやら基地が爆発した一件で損傷したキマイラを見に来たらしい。

兵士にとって己の一部となる兵器のチェックならば当然といえば当然だ。

「…アンタとあって数箇月、世界はどうなっちまうんだろうな…」

「…」

俺は何も答えられない。

死への恐怖。

そんなものはずっとの昔に捨ててきた。

「俺たちは滅亡したりしない。」

口を開いたのは進藤だった。

「俺たちはがなんとかして見せれば何の問題も無いだろう?」

「ふっ、そのとおりだな。なんとかしてやろうぜ。」

その言葉に不思議と勇気が湧いてきた。

 

 

「あっ、いたいた。」

ブロンド髪の女性、リリスが声をかけたのはイザナミのパイロットにして現役空軍士官学校に通う女子高生、桜井彩だった。

もっともVMCの騒動で学校なんてずっと行ってないが。

「リリス・キ・シキルさん…でしたか?」

廊下で突然声をかけられ、動揺する彩。もともと人見知りというか、几帳面というか、クールな彼女は至って普通に応答した。

「そう、リリーでいいわ。よろしくね、彩。」

そういうとリリスは彩の手を取り、握手を交わす。

「ここ、女は10人もいないからさ。これからの戦い、っていうのもアレだけどさ。仲良くね?」

「はっ、はい…」

「…ところでさ。」

リリスは一旦反対側を向く。

「なんで貴方みたいな子が・・・」

「父の…。父の意思です。」

その言葉は先ほどとは比べ物にならないほどハッキリした声だった。

するとリリスはもう一度彩の方を向いて。

「…そっか。わかったわ。助けたかったのね。誰かを。」

「えっ?」

不意をつかれ、はっとする。

この人は本当に初対面なのだろうか?妙な錯覚に陥る。

「私、看護婦さんやってたからさ。相手が何考えてるかなー?ってわかるのよ。」

「…三人目です。」

「え?」

「私が素になれる人。進藤一尉、ソランくん。」

「そして私?ふふ、ありがとね。…っと、噂をすれば。」

二人の目の前には褐色の肌をした赤いスカーフをつけた少年が何かをこちらに向かって叫んでいた。

どうやらブリーフィング「が始まるようだ。

「ふふ、頑張ってね。彩ちゃん。」

そういうとリリスは彩の肩をポンと叩き、ブリッジへと歩いていった。

「リリスさん…か。」

彩は胸元からペンダントを取り出し、蓋をあける。

中に入っていた一枚の写真。黒髪の綺麗な女性と短髪の男。そして二人と手を繋ぐ少女。

「…パパ、ママ。私、行くね。」

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輸送艦のブリッジにてブリーフィングが始まった。アガリアレプトは平和審査会にハックして手に入れた情報を元にクイーンが地球に現れるタイミングを図っていたが事態は一変した。

ブラフを掴まされていたのだ。

先ほど国連の制圧から必死の抵抗をしている新潟米軍自衛隊合同基地から一通の文書ファイルが届いた。

「日本の人工衛星が巨大なVMCを捉えた。明日には地球に激突する。」

もっと早く気づけなかったのか。誰もがそう思った。

平和審査会の計画は余りにも周到で普通なら諦めるのが妥当だ。

だが、そんな意見が出るはずもなかった。

ここにいる者は皆、様々な物を背負って、守るためにここまで来た。今更諦める方が俺たちにとっては馬鹿馬鹿しかった。

 

「諸君、よくぞここまで戦ってきてくれた。」

輸送艦の艦長がまず、深々と一礼し、次にアガリアレプトがモニターを使って作戦概要を説明する。

「いいか、プロジェクト・メシアを止める方法は三つだ。一つはクイーンをぶっ壊すこと。だが、計算上現戦力をすべて用いてもクイーンの破壊は不可能だ。二つ目、鍵を握るものとされる平和審査会長、ヤハウェ・キリストを殺害する。これが一番のやりかただ。そして三つ目…アダムを殺す。」

そのフレーズが出た途端ただでさえ静かだったブリッジがさらに凍りついたのが嫌というほどわかった。

そんな方法ぐらい当事者である俺も薄々感づいていた。

「だが、ここで彼を殺したところで平和審査会が止まるとは思えない。連中のことだ、まだ何か隠している。それにVMCを撃破するだけに精一杯な機体が大半。互角以上に戦えるのはメシアを入れても四機。また最悪の場合クイーンの影響で陽電子ライフルが通じるとも限らない。それでもこいつを殺せる奴はいるか?」

再び空気が凍りつく。

俺はとても情けなかった。俺がいなければ人類は救われるにも関わらず、それを拒否する彼らの優しさがありがたく、またそんな自分が情けなかった。

その空気を壊す役目はいつも同じだった。

マスター。ソランの師。

「誰かを犠牲にした未来なんざ連中とやってる事が同じだ。俺たちは仲間を、人類皆を救うために集まった。それによりにもよって二階級特進の救世主なんてまっぴらごめんだろ、アダム?」

「…そうだな、有難う。」

「…ったく本当に馬鹿ばっかり集まってくれた。」

アガリアレプトはどこか嬉しそうに言う。

「アダム中尉、何か一言。」

艦長は俺を促す。

言われるがままに俺は皆の先頭に立たされる。

「あー、…今の俺たちは一人じゃない。世界中の命運を背負い、仲間と一緒にここまで来た。この戦いが奴らのピリオドとなり、俺たちの新たなスタートラインになることを願う。共に戦い、勝利しよう。これが俺からの命令だ。」

その言葉は誰の受け売りでもない。とっさに、自分の頭に。突然と紡ぎ出された言葉だった。

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作戦はまず、先遣隊として近接戦を得意とするマフディーとイザナミを突撃させ、中距離よりキマイラ隊が砲撃支援、遠距離よりイザナギによる狙撃を行い突破口を開いた後、メシアが突撃するという寸断だ。

奴らが根城にしていたのはエルサレムに存在するとある丘である。

『ゴルゴタの丘』と言えばわかる者も少なからずいるだろう。

そう、ここはイエス・キリストが磔にされたと言われている丘である。

彼は、ヤハウェ・キリストはイエスが死に、そして復活したこの土地でもう一つの聖書を作り上げるということだ。

 

単刀直入に言おう。事態は想像を絶していた。

突破口を開くなんてどころじゃない。敵なんて一体も存在しなかった。

国連も、VMCさえも。

明らかに罠である。そうとしか考えられない。

「聞こえているか?反乱分子諸君。」

唐突に入る通信。聞いたことの無い声。不安は一層書き立てられる。

「私は国連軍司令。カマエル・ウリエルだ。今から十数える内に投降しろ。そうすれば危害は与えん。」

見えない敵。告げられるカウントダウン。嫌な汗が頬を伝う。

「3」

残りは少ない。だが俺たちは戦うためにここまで来た。

「2」

だがそれで平和が訪れるのか?穏やかな、仮初ではない平和が訪れるのか?

「1」

本当に俺は正しいのか?

「0」

次の瞬間赤い閃光が空を飛んでいった。

それは奴らの攻撃ではない、イザナギからだ。

閃光は何かにぶつかり、そこに見覚えのある機体が唐突に現れる。

『ルシファー』クロスリアクターを搭載したレイヴンの後継機。

「中尉、早く!」

「すまない、一尉。」

クロスリアクターのエネルギーの設定を01と書かれたモノに切り替える。

日本の技術者たちが簡単なエネルギーコントロールは手動で行えるように調整したのだ。

これでリリーに加わる負担は軽減される。

「そうか、ならばこちらも答えねばな。君たちにこの機体の本当の使い方を教えてあげよう。」

ルシファーの姿はまたたく間に変わっていった。

クロスリアクターを押さえつけるように罰印に交差した装甲が斜めに展開し、蛇腹のようになっていた肩の廃熱部も大きく開く。

そして何より特徴的であったレイヴンの後継機である証。正六角推のバイザーも展開し、上方は一辺ずつ開いて髪の毛のように角を垂れさせている。

そして、隠されていた赤い一つ目が姿を表し、機体の黒いカラーリングは一気に白に変わり、最後には頭上に光輪<ヘイロー>が出現した。

その姿はまさしく天使。

堕天使であるルシファーの元の姿『ルシフェル』

「待って下さい、ルシファーを操れるのはリリスさんだけじゃ…」

「いい質問だ、少年。」

カマエルは数的には不利な状況にも関わらず余裕を感じさせる口調で言う。

「私は神への反逆者を罰する者。こいつに罰を与えた。私の手足に、私の武器に、私の玩具になれとな?」

「そんな現実味の無い理屈が通じると思うな!」

イザナギから閃光が放たれる。光学迷彩とECMで位置は誰もつかめて居ないはずである。

 

しかし、

 

ルシファーの特徴であった遠隔操作型のEDF

突如出現した電磁防壁。

その防壁は閃光を防ぐ。いや、跳ね返し、イザナギに直撃させた。

「進藤一尉、無事ですか?」

「問題ない、それより彩はソラン君と攻撃を仕掛けろ。物量ではこちらが上だ。キマイラ隊も聞いていたな?」

「了解だ、キマイラ隊は砲撃支援に入る。」

「オーケー。」

そして次の一手への束の間静寂が訪れる。

「…ブレイク!」

進藤が叫ぶと各機は各々別の方向へ旋回していく。

「仕方ないなぁ。じゃあ、ちょっと遊んであげるよ。」

ルシフェルの単眼<モノアイ>がギロリと赤く輝いた。

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「暁の子、ルシファー(天使)よ、どうして天から落ちたのか。 世界に並ぶ者のな い権力者だったのに、どうして切り倒されたのか。それは、心の中でこううそぶいたからです。 「天にのぼり、最高の王座について、御使いたちを支配してやろう。 北の果てにある集会の山で議長になりたい。 一番上の天にのぼって、全能の神様のようになってやろう。」 ところが、実際は地獄の深い穴に落とされ、しかも底の底まで落とされます。 」

 

イザヤ書 14章12-15節

 

 

 

今、その堕落したはずのルシファー。いや、ルシフェルは再臨した。

圧倒的な、並ぶものの居ない力と共に。

 

「君たちにEDFの本当の使い方を教えてあげよう。」

長方形の板が宙を舞い、マフディーを取り囲む。

「さあ、踊れ。」

カマエルがそう告げた途端、マフディーの全身へ電撃がほとばしる。身動きなど取れない。

直後、ルシフェルが接近。その大鎌を薙刀へと姿を変えさせるとマフディーの右腕を一刀両断する、

「ぐはぁぁぁぁッ!!」

マフディーに伝えられる痛みはソランの感覚神経へフィードバックされ、味わったことのない痛みを体験させる。

「ソラン君!」

「人の心配をしている暇があるのか?小娘ェ!!」

まるでマフディーのように瞬間移動したルシフェルが突如現れたのはイザナミの後方。

その胸部を、コックピットを切り裂こうと狙いを定める。

「これで終わりだァァァァァ!!」

薙刀が降り下ろされる、その白い、細く、大きな刃がイザナミを狙う。

 

しかし、

「おイタがすぎるな?現司令。」

「ふッ、キマイラ<大量生産品>か。舐められたものだ。」

マスターの操るキマイラのコンバットナイフが薙刀を受け止めていた。

二つの刃からは今なお火花が散っている。

「だったら大量生産品の意地ってのをみせてやるさ。」

さらに火花を増すナイフと薙刀。

そこへ、赤い閃光が通る。

「あんただけにイイカッコさせないぜ。チャンスだ、いけ!」

超長距離からの狙撃。イザナギだ。

「そのチャンス。存分に生かさせてもらうぞ!」

キマイラの右手、対VMC用陽電子ライフルをルシフェルのど真ん中。クロスリアクターに向けて数発撃ち込む。

「笑止!」

だが、即座に展開されたEDFの前ではあらゆる攻撃は無意味となる。

「まだまだァ!」

肩のミサイルポッドが全て開く。

そして、何十発という花火が打ち上げられる。

「だから効かぬと。」

爆炎の渦巻く中、天使は巨大な影を残していた。

「だが!」

ガコンッ。と大きな金属音がしてキマイラは肩に装備されたレールキャノンの発射体勢に入りながら加速する。

煙幕のように広がった爆炎のせいでキマイラの位置はわからない。

「まさか、このためにミサイルを!?」

「大正解だ。」

レールキャノンがルシフェルの懐へ突きつけられる。

「零距離ならばアァァッ!!」

そして、初老の男は引き金を引いた。

 

レールキャノンは命中した。

ルシフェルのコックピットへ。確実に。

だが可笑しい点がある。

「…手応えが無い。」

そして、爆炎の中から再び姿を表すルシフェル。

「言ったはずだ。EDFには各兵器さえ通用しない。そんなレールキャノン、ルシフェルには通じない。」

前々からルシファーとは敵にはなりたくなかった。ドイツのときから初老の男はそう思っていた。

残弾はゼロ。残された術は装甲をパージしてサブウェポンに持ち替えて戦うこと。

決断までは一秒もなかった。

右手側にあるスイッチを叩くように押す。

その途端、装甲が剥げ始める。

加速するキマイラと逆方向に向け、飛び散って行く装甲。

「その程度のスピードでェッ!」

ルシフェルはキマイラの動きを察知し、薙刀を居合の構えで握る。

「いけないッ!」

彩は急いで援護に入る。今からバルカンを肩に回していては大幅なタイムロスになる。

イザナミは拳をルシフェルに向け、発射する。

一旦降下し、ロケットの第一段が点火。ミサイルのようにルシフェルのコックピット。胸へと鉄拳がとぶ。

 

衝突。

そして、爆発。

「小賢しいマネをォォォォッ!」

「余所見してんじゃねえぞぉ!」

その次にキマイラが懐へ飛び込む。装甲が外れ、細身となったキマイラ。

肩のミサイルハッチを展開させ、左手のバルカンをルシフェルに向けて、腰のナイフを抜き出しながら。

「テメェの相手は、この俺だあぁァァァッ!」

空を灰色に染めて、弾幕をまき散らしながら。

「だから効かないと!!」

「わかっているとも!」

そのまま加速したまま上昇し、全身をひねりながらルシフェルの後ろをとる。

「とったあぁぁぁァァァァッ!!」

ナイフをEDFの制御装置であるバックパックに無理やり差し込む。

だが、

「ちッ、また手応えがねぇだと。」

ナイフは確実に刺さっている。奴の装甲が相当堅牢なのだ。

だが、もう弾丸はない。ナイフもない。

 

…否、たった一つ存在した。

己の右腕。

義手となった対VMCキャノン。

医師からは最大出力で撃てば己の身が危ないといわれた代物。

「こいつしかねえ。」

決断し、そしてハッチを開いた。

目の前に現れる巨大な敵。

「…ソラン、お前に託す。」

キャノン下部にとり付けられた摘みを回して最大出力に設定する。

「あばよ、ソラン。」

そして、右腕から光が。

大きく、眩い。どこか温かみを持ったような光が放たれた。

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眩い光はルシフェル<天使>とキマイラ<牡山羊>を囲み、ゆっくりと消えていった。

「…マス…ター?」

ソランは震えた声をだす。怯えて、生まれたての子鹿のように震えて。小さな声を絞り出す。

ソランの目の先には焼けただれ、装甲の一部がドロドロに溶けてしまったキマイラが立っていた。

その直後、バランスを崩したキマイラは後方に倒れる。

そして、その黒い煙のなかにもう一体の巨影が姿を表す。」

「EDFの制御装置を壊されるのは誤算だったな。実に大健闘。拍手を送ろう。」

ソランたちを嘲笑うような高笑いと拍手がコックピットに鳴り響く。

「マス…ター……マスター…」

「さて、君たちはこのチャンスを活かせるか?」

カマエルの嘲笑は未だに続く。

ルシフェルは焼けただれたキマイラの頭部をつかみ、持ち上げると。それを投げ飛ばす。

「…マスタアァァァァァァッ!!」

発狂する。

途端、切り裂かれたはずの腕に感覚が戻る。

赤い切断面が生々しく映るその腕は唐突に光を放つ。

そして、白銀のマフディーとは正反対の金色の右腕がその姿を現した。

「マスタアァァァァァァッ!!」

一気に加速する。その速さは…いや、もはや瞬間的にルシフェルに近づき胸元を、コックピットを掴む。

「…」

ソランはもう何もしゃべらない。ただ涙を流し、感情を剥き出しにして。

ガタガタと震え出すルシフェル。形成は逆転され、今度はカマエルが震えた声をだす。

ただ懇願する。己の生を。

だが、ソランは。怒りに。悲しみに。あらゆる感情に身を任せたソランにその声は届かない。

ただ、黙ってルシフェルを天に向ける。

途端、一筋の光がルシフェルを貫く。

金色の右手から飛び出した金色の剣がルシフェルを切り裂いた。

 

 

-17ページ-

 

同時刻、俺はゴルゴタの丘のクイーンが落下するとされるポイントへ急いでいた。

当初は敵の猛攻が予想されていたのだったが妙だった。

レーダーを赤く染め上げる点。その数は数え切れない。

だが、妙なのは反応しているにも関わらず地上にも、上空にも、ましてや地中にも一体もVMCが存在していないということ。

ステルス機能を持っているにしても攻撃さえ仕掛けてくることもない。

「どうなっているんだ…」

またも嫌な汗が頬を伝い、ヘルメットに水滴が染みていく。

「アガリアレプト、何かわかるか?」

「ああ、勿論だとも。」

この緊迫した状況に似合わぬ陽気な声がスピーカーから流れる。

「いいか、今分かった事を簡潔に言うぞ?」

「ああ、頼む。」

「…クイーンはこの世界には存在しない。」

「なんだって?」

「待って、じゃあ何処に居るっていうのよ?」

リリーが後ろから身を乗り出し、アガリアレプトに問う。

「奴はある方法で閉鎖空間を作りだし、フィルターをつくることで外敵。即ち俺たちの世界から隔絶している。」

「では何故レーダーには反応している?」

「いい質問だ。奴はこの丘。『ゴルゴタの丘』に空間を超えて寄生を始めている。」

「…だからレーダーに反応していると。」

「その通り。」

だとしてもだ、俺たちが狙うべきヤハウェ・キリストはその中。閉鎖空間に存在する。

どうやって超えられるのか。どのようなフィルターをどう騙せば良いのか。

すると、途端にリリーが何かをボソリと呟く。

「でしたら、私に案があります。」

その冷めた口調、リリーの穏やかな声に合わぬ冷たい話し方。

「イヴ、押さえ込めるのか?」

アガリアレプトが問う。だが、俺にその質問の意味は分からない。

「必ずとは言えませんが計算上リスクとリザルトを天秤にかけた場合この方法意外に現状を打破する方法は無いと思われます。」

「…よく分からんが、行けるんだな?」

そしてイヴはいつもとは少々違った口調、温かみの、人間味のある話し方で答えた。

『肯定です。』と

-18ページ-

「いいかイヴ。お前さんの予想通りクイーンに仕掛けられた空間フィルターはVMCを通すよう設定されている。つまり、クロスリアクターを解き放てば…」

「クイーンはメシアをVMCと間違え、目標への接近が可能となります。」

「待て、何故そんな事が出来る?」

あまりにも知らない事が出てくるために俺は理解が及ばない。全く、なんたるザマだ。

「そうか、イコン。あんたは知らなっかたな?クロスリアクターはVMCの進化エネルギーを動力に切り替えていることを。」

「進化エネルギーだと?」

確かにコイツのエネルギーには底知れぬ物があり。かといって核を積んでいる訳でもなかった。

あまり深く言及するつもりもなかったのでそのまま。知らぬままにしておいたが槍の精製はそういう事だったのかと今更ながらアガリアレプトの回答に納得する。

つまりは『ある一定の段階』まで永遠に進化を止めぬVMCが進化の最中に放出する莫大なエネルギーを吸い取り、永遠に進化しない不安定な状況を保つことによりエネルギーを手に入れる事が可能という事である。

そしてイヴの提案というのはその『VMCの解放』である。

現在でさえ膨大なエネルギーを持つメシアだが、これでもVMCの進化エネルギーは廃棄して侵食とオーバーロードを防いでいる。

イヴが提案したのはその廃棄したエネルギーをも利用することによりVMCと機械の中間のアンバランスな状態であったメシアをさらにVMCに近づけること。

だが、当然ながら危険を伴う。侵食、オーバーロード。そして何よりVMCとの融合。ドイツに出現したマザーを超える樹木型VMCとリアクターの解放。つまり『プロジェクト・メシアの下ごしらえ』が出来た状態での接触。それ即ち現人類の消失を意味する。

だが、それ以外に方法は無い。

「イヴ、その状態が持つのはどれくらいだ?」

「10分です。最終限界時間は15分ですが10分以上は搭乗者にどのような危害を加えるか私にも検討がつきません。」

「10分か…」

「怖気付いた、イコン?」

アガリアレプトが先ほどとは変わった低い、真面目な声で話かける。

「まさか。10分で十分だ。」

そうだ、10分の間にケリをつける。

10分の間に人類の存亡を決める。

10分もあるのだ。

それは人類にとっては短い。だが、今の俺には充分すぎる。

「…そうだな。ヤハウェ・キリストを。神の紛い物を、殺してくる。」

そう言って俺は首筋に針を差し、シンクロシステムを起動させる。

「イヴ、始めるぞ!」

「了解、Project Messiah Ver,Messiah.起動します。」

瞬く間にメシアの背中からマフディーのような六角形の模様の翼が生える。

ロンギヌスの槍が精製され、胸元より引き抜かれる。

それと同時、頭上に光輪<ヘイロー>が出現する。

俺は念じる、奴の下へ行かせろと。

俺は願う、自分たちの勝利を。

俺は信じる、人類を、仲間を。

目を見開く。精神を統一する。

「…待っていろ、紛い物。」

そしてメシアは金属光沢の美しい輝きを放つ翼を大きく羽ばたかせて空へと舞った。

「これよりクイーン内部へ突入します。」

イヴがそう告げた途端、緑の広がる丘は一変した。

滝を通り抜けたような感覚がした後、一面鋼色の空間へと変わる。

この色は、間違いなくVMCである。ようやくあと少しのところまで来たのだ。

そして、次で世界の命運が決まる。

「…イヴ、奴の位置を割り出せるか?」

「可能です。モニターに表示します。」

モニターは青いマップに映り変わりヤハウェ・キリストの位置を示す。どうやら真上のようだ。

「突破口を開く!」

「了解。」

俺はペダルを踏み、羽を大きく羽ばたかせる。

レバーを前に倒し、ロンギヌスの槍を目の前に構える。

二つの鋼は激突し、天井は煙を上げて砕け散る。

「そこまでだ、ヤハウェ・キリスト。」

煙の立ち込める中、前の見えない俺はレーダーを頼りに奴を見つけ出す。

「…予定通り、か。」

煙は徐々に晴れる。俺はもう一度グリップを固く握り締め、ロンギヌスの槍を前方に向けて構える。

「君がここに来たのは協力しにきたからか。もしくは…」

「無論、お前を殺しに来た。」

「殺しに来た、か。怖い怖い。」

汗ばんだ手を滑らないよう固く握りしめる。

冷や汗が流れる。どうやら怯えているのだとようやく自覚した。

そして、煙が晴れる。

「君が私を殺せるか。試してみるか。」

その低い声と共に純白の巨人が姿を現した。

バイザーのような物で目の周りは確認できないが、まるで人間のような口と鼻。そして体付きは実に異様な姿である。

「メシア、そして私のガブリエル。カマエル。いや、ルシフェルはやられたようだが私はそうは行かない。」

奴が操っているガブリエル。人のような翼の生えた巨人。その手、その体には何一つ武器は無いにも関わらず異様なプレッシャーを放っている。

「神のメッセンジャー、ガブリエル。イコン、心身への悪影響を示唆します。」

「今更そんなこと言ってられるか。」

「…健闘を祈ります。」

「…ああ。」

俺は頷いて体に力を込め、精神を統一する。

「始めようかアダム、聖戦を。神の戦いを。」

「エンカウント。」

イヴの声がコックピット内に響き、それと同じくして両機が加速した。

-19ページ-

『Πτ?ση』

 

ヤハウェ・キリストが何か言葉を放った直後、俺は異変に気づいた。

神経伝達で直接コントロールしていたメシア。

そのメシアが唐突に力が抜けたように静止し、成す術もなく鋼の床へと落下する。

「クソッ、なんなんだ。」

メシアが地面の落下するギリギリで翼を羽ばたかせ、空中で態勢をもとに戻す。

 

『Σηκ?στε το δεξ? σα? π?δι Κ?τω απ? το αριστερ? χ?ρι』

 

またも何かを言い放った途端メシアはコントロールを失う。

そして右足が大きく振り上げられ、逆に左手が下に大きく下ろさる。

感覚を共有している自分の関節に猛烈な激痛がはしる。

「イヴッ、何だこれはッ!!」

激痛に耐えながら俺は問う。

「メシアの駆動系に外部から干渉しています。シンクロシステムの停止を提案。」

「頼んだ…早めにッ!!、してくれ…」

その数秒後痛みは消え失せる。

「ほう、流石にそこまで馬鹿じゃないか。」

「…お前を殺しに来て、関節痛めて死亡なんて笑えないからな…」

 

『Μπορε?τε ?πεσε κ?τω』

 

またもメシアは落下し、地面に倒れ伏せる。

「ふっ、そろそろ観念したか?」

「そんな訳…ないだろう…」

「強情な聖像<イコン>だ。」

 

『Μπορε?τε ?πεσε κ?τω』

 

立ち上がろうとした途端、またも地面にうちつけられる。

「何故君が選ばれたか知ってるか?」

「はっ、知らないな。」

「そうか、別れの挨拶代わりに教えてやるよ。」

 

 

 

『アダム、お前が私の血を引いているからさ。』

-20ページ-

「お前の血だと?」

「そうだ。私の血を、キリストの血を持つ私のたった一人の息子。」

倒れ伏せているメシアを上から見下すようにヤハウェは言う。

「何故私がお前が『受け入れた人間』だと分かったと思う。」

奴は問う。俺はそんな事研究か何かで調べはつくのだと今まではずっと思っていた。

それが当然の、必然的な考えだ。だが、真実というのはいつも灯台もと暗しだ。

「…お前も、俺と同じ…」

「正確にはお前が私と同じ、だ。寿命の短いクローンがこんな大規模な計画の核になれるかどうか怪しいものだからな。」

「だから…俺を…」

「とは言っても私は精子を提供しただけだ。お前の方が詳しいだろ、アガリアレプト。」

「俺…連中の研究…違う部署だ。詳……は知らん。」

閉鎖空間の影響かアガリアレプトからの通信には酷くノイズが入っていた。

「じゃあ、俺はお前の代わりに計画を行うために…」

「そうだ、その為だけに生まれた。早く己の生きる意味を果たせ。」

俺は今にも奴に飛びかかって一発殴りたい気分だった。

確かに俺は孤児だった。

戦争に行った親父は中露連邦の核攻撃にあって死んだ。

お袋は俺が生まれてすぐ離婚したと聞いた。

そして俺はある軍人の家に引き取られ、パイロットとして育てられた。

だが、それも捏造された過去なのだと。軍に入り、こうしてここにいるのも仕組まれたこと。奴の、ヤハウェ・キリストの思うがままだったということ。

「搭乗者に警告。あと5分で身体汚染危険範囲に突入します。」

あらかじめセットされたような事務的なセリフを吐くイヴにさえ苛立っているのが分かる。彼女、そしてリリーに非がないのは重々承知な筈にも関わらず。

 

そして俺はもう一度決心する。

世界を救うのではない。

誰かを助けるのではない。

己の為に戦うと。

己の存在意義を、本当の『此処』にいる意味を証明するために。

俺はただひたすらにレバーを振るう。

それは実に無駄な行為である。それぐらい俺だって分かる。

 

『Δεν ?χει ν?ημα』

 

たった一言が俺の行為を無に返す。

ギリシャ語で『無意味』。

それが俺に突き付けられた絶対的な壁。全ては奴の手中である。

羽を大きく羽ばたかせ、急上昇する。そしてガブリエルに向け俺は槍を投げる。

 

『υρ?στε τροχι?』

 

ロンギヌスの槍は直撃する手前で大きく弧を描き、白金の壁へ刺さる。

「さあ、早く拾え。お前が望むなら私は何度でも立ちはだかる。」

「ぐっ…」

屈辱だ。

俺は奴の目の前で堂々と槍を拾いに行く。

奴は微動だにせず、ただ俺を見つめる。冷めた視線を感じる。獲物を狙う狩人、敵を狙う狙撃手。どれにも似つかぬ乾いた冷めきった視線。

そんな中で俺は考える。

言葉でメシアを意のままに操るヤハウェ。彼が何故俺にプロジェクト・メシアの開始を命じないのか。

何故。奴はメシアにクイーンの核の位置まで移動させ、システムの機動を命ずれば奴の計画は完遂する。

何故だ。何故プロジェクト・メシアを行わない?

 

「…まさか。」

俺はそこであることに気づく。

『10分です。最終限界時間は15分ですが10分以上は搭乗者にどのような危害を加えるか私にも検討がつきません。』

 

奴は時間稼ぎをしているのではないのか?

身体汚染がVMCとの結合ならば奴の計画は完遂する。

では何故わざわざクイーンの中にいたのか。

そして俺はもう一つの言葉に気づく。

 

『奴はある方法で閉鎖空間を作りだし、フィルターをつくることで外敵。即ち俺たちの世界から隔絶している。』

 

世界からの隔絶、それ即ちプロジェクト・メシアによる人類のリセットから外されるのではないか?

ではどうやって奴は聖書を、救世主を作り上げる?

まさか俺にその役をやらせる程の男ではないだろうし、何よりプロジェクト・メシアの起点である俺もリセットされ、結果的には新人類の内の一人ということに過ぎない。

 

『正確にはお前が私と同じ、だ。』

 

「まさか、クイーンと同化して!?」

線が全て繋がった。

クイーンと同化する事で唯一無二の力を持ち、記憶も持ったまま新人類に神として君臨する。

「そうか、そういうことか。ヤハウェ・キリスト。」

「ほう、気付かれてしまったか。だが、もう遅い。」

眼前のモニターを見る。

残りは2分。

「君はこの地で隠された聖像<イコン>となり、私は唯一神<ヤハウェ>となる。」

「そんな事、させるかよッ!」

ロンギヌスの槍を突き出す。

無論、無意味なのは分かっている。

だが、その途端。何かを切り裂くような音がクイーンの中に響き渡った。

 

その途端、鋼の空間に一筋の光が差し込んだ。

差し込んだ光は中で反射し、眩い光を放っている。

その光の中に二つの影があった。

細い金色の腕、そこから生えるように飛び出す細く、長い剣。女性のような、奇妙なフォルムをした機体

『マフディー』

片腕を失いながらも後頭部の長いコードを振り乱しながら回転式陽電子機関銃を構える機体。

『イザナミ』

救世主と神が空間を切り裂いて『そこ』にいた。

「馬鹿なッ!?この閉鎖空間が破れるなど!!」

「もう、貴方の好きにはさせないわ。」

彩がガトリングの付いていない、まだ腕の付いている左腕を突き出して言う。

「ふっ、そうかそうか。マフディー<救世主>ということか。全く最初に現れたときはさほど気にしていなかったがVMCがこんな形で私に背くとはな。」

「もう、僕は…僕たちはアンタの駒<ボーン>なんかじゃないッ!」

マフディーは瞬間移動し、ガブリエルの後方へと回る。

「ソラン!奴に攻撃は効かない!」

「そんな事、やってみなくちゃ分からないです!」

金色の剣が段々とガブリエル近づく。

たった数秒の出来事が俺にはスローモーションに見えてそれが尚更恐怖を駆り立てた。

 

『Δεν ?χει ν?ημα』

 

切り裂いた筈の右腕はかすり傷一つ無かった。

「どうして効かないのよ!?」

彩は困惑しながらもソランのバックアップの為ガトリングで弾幕を張る。だが、ガブリエルの機動性はマフディー、メシアと並ぶ。いや、それ以上であり。一発も当てることなどできない。

「だったら!」

弾倉が空となったガトリング。その砲身を冷却しつつ、鉄拳を発射する。

ミサイルが如き軌道を描き、ガブリエルを追尾する。

ロケットパンチの動きはまるで彩の感情が乗り移ったように執念深くガブリエルを追尾する。

 

『Δεν ?χει ν?ημα』

 

そして着弾。

もう効果が無いことぐらい見当がついていた。

だが、俺の予想を現実は凌駕していた。

爆煙の中から姿を現す被弾したガブリエル。肩に着弾したようで、右腕の駆動系がイカれていた。

「進藤一尉!」

「任せろ、美味しいとこはとってやるさ。」

その切り開かれた隙間から見えるはるか後方。巨大なキャノンのようなものを構えた機体。

「天地明命の使いどきがようやく来たってな!」

黄色。いや、なんと言い表すべきか。

暖かいような冷たいような。明るいようで暗い光が目の前を通り過ぎる。

「中尉!今のうちに!」

「了解した。」

もう一度レバーを大きく前に倒す。

ロンギヌスの槍を持ち、精神を全て奴を貫く事に集中する。

天地明命の発射の影響で煙の上がった中を一心不乱し突き進む。

接触。

手応えがある。

しかし俺はそのまま奥に突き進む。

煙を通り抜け、脇腹に槍を刺された姿が露になる。

「これでお前の計画は終わりだァァァァッ!!」

壁に槍が突き刺さる。

かなりの速度だったのか、クイーン全体が揺れた気がする。

槍はガブリエルを通して深く刺さっている。まさにイエスのような姿である。

メシアは一旦槍を離し、モードの解除へと移る。

「身体汚染までのこり3秒。危ない所でした。」

「結果的に倒せたからいいんだよ。」

俺は安堵し、コックピットの背もたれに身をあずける。

終わったのだ。長い戦いが。

俺たちは明日を掴み取った。

 

そう、その時は勝利を確信していた。

-21ページ-

「まさか自衛隊がここまでくるとはな…私の計算違いだったか…」

「くっ、まだ生きていたのか。」

メシアに音声のみの通信がされている。

相手はアンノウンと書いてあるがヤハウェ・キリストからであろう。

「いいことを教えてやろう。私が何故メシアとマフディーしか操れなかったかわかるか?」

「何が言いたい?」

「私は、VMCを操っていたということさ…そして、計画はスペアプランへ移行される…」

「待て、スペアプランだと?」

「…もう遅いさ。」

その途端、クイーンが揺れ始めた。

「イコン、ソランの一撃で空間を維持できなくなったクイーンが崩壊をしはじめた!早く逃げろ!」

アガリアレプトがいつになく真剣に話す。これは本当に大変な事態ということだ。

「アダムさん、早く!」

イザナミは既に退避を始め、ソランが俺に避難を促す。

「…悪いな、まだやることがあるみたいだ。リリーとイヴを連れてってくれ。」

「アダムさん、どうする気ですか!?」

「…お仕事だよ。イヴ、逃げられるか?」

「私の実態はネット上にある無数のデータ群です。メシアが破壊されても私は無事です。」

「そうか、じゃあリリーに変わってくれないか?」

「了解。」

後部座席のリリーから針が抜かれ、数秒後、彼女は目を覚ます。

「…アダム!何をする気!?」

「おっと…聞いてたか…ソラン君に一任してあるから早く脱出しろ。」

俺は冷めた口調で話す。

「…アダムはどうするの…」

「お仕事が残ってる。」

「…でも」

「でもじゃない!」

思わず怒鳴る。別に怒ってる訳じゃない。彼女には生きて欲しい。逆に愛しているから。

「…分かったわ、貴方は言い出したら止めないものね?」

「そうだな。」

そういうとリリーはシートベルトを外して席から立ち上げる。

ハッチを開き、風が入り込む。

「…リリー。」

「何?」

「…いや、帰ってきたら話す。」

「あらそう。…じゃあ絶対帰ってきなさいよ。」

「…ああ、行ってくる。」

「いってらっしゃい。」

そうしてリリーはマフディーの手のひらへと乗り、崩壊するクイーンから飛び出していく。

俺は首筋に針をさしてシンクロシステムを起動させる。

「ヤハウェは自分を使ってプロジェクト・メシアを起こす気なんだな?」

「おそらくは。」

脳に直接響くようにイヴの声が聞こえる。

「…そうか。」

俺はもう一度レバーを握り締め、ペダルを深く踏み込んだ。

「いってくるよ、リリー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-22ページ-

 

 Ten years later

 

 

-23ページ-

 

 

 

 

 

前略

アダム、これが貴方への何通目の手紙になるのでしょうか。

私はあの事件以来、こうしてずっと貴方へ手紙を書いています。

もちろん返事がくることを祈っていますが来た試しはありません。

それどころか最近は宛先不明で私の元に帰ってくることもしばしばです。

 

話がそれました。

今回はあなたに連絡しなけらばいけないことがたくさんあります。

私と、皆のことです。

私はあのあと故郷のイギリスで看護婦としてもう一度働いています。

未だにVMC関連の患者さんもいたりするんですよ。

そんなことがあるといつも貴方のことを思い出します。

貴方もどこかでこの平和な世界を見守っていると。

貴方が残した功績により、世界はひとつになりました。

世界の軍隊は消え、国連軍は紛争集結にむけて日々頑張っています。

貴方はある意味で新しい人類を生み出したのかもしれませんね。

 

さっきから話が反れてばっかですね

まず、ソラン君は、なんと結婚したんですよ。しかもお相手は彩さんだそうです。

あのときから二人はお似合いだと思っていましたが結婚するとは思ってませんでした。

今、二人は国連軍で夫婦でエースパイロットとして停戦監視に勤しんでいます。

おどろくべきは進藤さんで、あのあと日本人で初の国連軍司令となりました。

貴方の意思を。平和の意思を受け継ぐと言っていました。

今の世界があるのは彼のおかげです。

 

こうして皆が皆の道を進んでいます。

いつか皆でまた会えるといいな。

 

貴方の帰りを祈っています。

 

リリス・キ・シキル

-24ページ-

 

 

 

 

「ったく、なにやってんだろう私。」

私。リリス・キ・シキルは手紙を書いていた。

大事な人に、そしてもう会えないと思う人に向けて。

「はあ…」

ため息をつき、万年筆をペン立てにしまう。

するとペン立ての隣に置いておいたケータイにメールが来ていたことに気づく。

珍しい。ソラン君からだ。

 

来週、12月25日。お墓参りに行きませんか?

 

「あー、なるほどね。」

このお誘いは毎年来ている。

12月25日。クリスマス。

そして、何を隠そうヤハウェ・キリストとの一件があった日。

ソランの師匠が死んだ日。

そして何より…

「アダム…」

私は毎年怖くて行けなかった。

アメリカの国連本部の近くにある墓地。

聖夜事件といわれたあの一件で死んだ方は皆、ここに葬られている。

私は怖い。過去を、アダムの死を自覚するのが。

あの時、私はこの目で見た崩壊するクイーンを思い出すたびに恐怖する。

でもそろそろ現実と向き合わなければならない。

私は覚悟し、ソラン君に電話した。

来週の24日に空港に迎えにくるという。

 

そして私は恐怖を忘れるためにもう一度手紙を書き始めた。

-25ページ-

ソラン君が用意したプライベート機に乗って、私は遥々イギリスからアメリカまでやってきた。

国連本部の近くに作られた巨大な墓地。

その中にマスターと司令の墓は並んで存在している。

久々に再開した彩はとても綺麗な女性になっていて最初は誰だか分からなかった。

ソラン君は未だに赤いスカーフを持っていたので直ぐに分かった。何か大切な物らしい。

「結婚式、でれなくてごめんね?」

「看護婦さんってお忙しいですから。お気になさらなくていいですよ。」

彩は微笑みながら私に答えた。

私は二人の案内で花束を買って、そして墓へと歩いていった。

無数の墓はあの事件の凄まじさを物語っている。

「えっと…あそこですね。」

ソラン君が指を指した先。

その先のお墓には誰かが立っていた。

「お知り合い…ですか?」

私はもしかしてと思って聞いてみた。

茶色のコートを着た男の人だ。

男はサングラスを掛けた顔をこちらに向けてこういった。

 

「仲間。ですよ。」

 

私はハッとした。

「嘘…アダム!?」

「そうだ、リリー。」

周りは寒く、ついには雪が降り始めた。

「ねえ、ソラン。ホワイトクリスマスよ。」

「…そうだね。」

幻想的な風景が目の前に広がっていく。

それは再会を祝福するかのように。

アダムは墓に花束を手向けたあと私の方を向き直す。

 

 

 

『ただいま、リリー。』

 

 

 

『遅すぎよ…。おかえり。』

 

 

 

                                             The End

 

 

 

 

説明
これから話すのは「救世主」の物語。 第三次世界大戦終結後、国連軍の威圧により世界のパワーバランスは保たれ、仮染めの平和が訪れていた。 しかし突如宇宙より飛来した謎の細胞。VMCによりバランスは崩れ始める。 対VMC兵器「メシア」のパイロットに選ばれたアダムは戦いの中である計画を知る。 人類の進化『プロジェクト・メシア』とは何か。 新たなる聖書の1ページが今始まる。
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