伝わっているよ　届いているよ

だって君は

俺の　大切な

大切な

　ひんやりとした空気が、部屋を包み込んでいた。

　窓はなく、魔力で生み出された灯りだけが、淡い橙の光で辺りを照らしている。

「ここは……？」

　長く続く四方の壁を塞ぐ本棚。その全てが、白い本で埋め尽くされている。

　一瞬、白い壁かと見紛うばかりだが――――よく見れば、壁どころか本でもない。

「お前の父が遺したものだ」

　薄い紙の群れ。ひとつひとつ丁寧に封がされている。

「嘘だ」

　思わず口をついて出た。

　それは、ラ・ファエルが焔に遺した、想いの手紙（かけら）。

　だが、この数はなんだろう。

　一日に三通書いていたとしても、三年程度では、これほどの数にはならないはずだ。

　……ふと、花の香りがした。

　部屋の奥を見つめると、淡い光の中から、もうひとりの皇が姿を現した。

「黒耀陛下……」

「これは、お前が生まれた時からずっと、書き続けられていたものだ」

　焔の身長に合わせて身を屈め、黒耀は微笑む。

「毎日、欠かすことなく何通もな」

「屋敷に置くことが出来ないというので、俺たちが預かったのだ」

「この部屋は、お前にやろう。好きに使うといい」

　言葉が出なかった。

　胸が詰まった訳ではない。当然、悲しい訳でもない。

　ただ、何を言っていいのか、わからなかった。

「……おや。怪我をしているではないか」

　頬の火傷に気が付き、黒耀は小さく笑う。

「仕方のない子だ」

　花に包まれたような錯覚に陥る。

　ふわりと抱き締められ、焔は母を求める赤子のように、その身を任せた。

　豊かな胸に頬を寄せれば、とくんとくんと命の音が鳴る。

「……どうすればいいのか、わかりません」

「何がだ？」

「こういうときは、泣くのが正しいのか」

「さぁな。泣くかも知れんし、呆れるかも知れん」

「……呆れては、いません」

「なら、泣いてはどうだ」

「悲しくないです」

「ああ、そうだろうとも」

　くすくすと心地の良い笑い声が耳に届く。

　黒耀の言葉を繋げたのは、黒曜だ。

「お前はいま、嬉しくて仕方がないのだろう？」

　――――……嬉しい？

　父は死に、共に暮らした屋敷は燃えた。

　遺されたのは、金にもならない手紙の山だけだと言うのに？

『いーい、焔！　パパはいまから毎日、焔に手紙を書きます』

　ああ、よくも平然と嘘が吐けたものだ。

　もうずっと昔から、書き続けていたくせに。

『パパがいなくなってから読んで下さい』

　どこに保管したのかくらい、言っておけ。余計な手間をかけさせるなよ。

　皇帝陛下に託すとか、何様なんだ。神経が太いにも程がある。

『パパはね、焔より先に死んじゃうから、焔が寂しくないように手紙を書くんだよ』

　別に、いまは寂しくない。

　もしかしたら、これから感じるのかな。

『一年に一通ずつ』

　読みきる前に、死ぬかも知れない。

　寿命というものが存在しないのだとしても、そう思わずにはいられない数だ。

『そうすれば、長い間、パパと話せるだろ？』

　手紙相手に話す気は、いまもない。

『考えるんだよ。パパが残した言葉を、何度も何度も頭の中で繰り返して、考えるんだ』

　……考えろ？　何を、考えるんだっけ？

『パパがどんな思いで』

『こんなにも』

『君を愛してる』

　言えば良かった。

　たった一言。

　たった一言で良かったのに。

　――――父さん。

　愛してくれて、嬉しかった。

『　焔、お誕生日おめでとう！（｀・ω・´*）

プレゼントは父の愛だ！

嬉しいっショ？　嬉しいっショ？　ね？　』