林檎
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「やあ」

 知らない男の人が、私に話しかけてくる。

 背が高くて、薄汚れたコートを着ている。なんだか、変な人とか、悪い人とかより、優しそうな人だって思った。

「おじさん、だあれ?」

「おじさ……、ああ、まあ良いや。それより君、重そうなものを抱えているね」

 そう言われて、私は自分の腕の中を見る。大きくて真っ赤な林檎。濡れている。

「それ、どうするの?」

「捨てに行くのよ」

 大き過ぎて、とても食べられるようなものではない。勿体ないけど、捨てるしかない。そう告げると、なら貰ってあげようと言って、男の人は手を伸ばす。どうするのだろう。食べるのかな。こんなぐしょぬれの林檎、まずそうなのに。考えながらも、私は林檎を男の人に渡す。

 ああ、軽くなった。

「こんな大きなもの、どうしたの?」

「私が切ったのよ。大変だったけど」

 男の人はへえ、と言って、話を聞きたがる。どうしようかと思ったけど、教えてあげることにした。

「弟がね、泣いたの」

「弟さん?」

「うん。お腹が空いたよって泣くの。そうしたらお母さんは弟をぶつの。いつものことよ。だからね、私林檎を切り落としたの」

 そうしたら弟はもっと泣いたの。そう言うと、男の人は林檎を持つのと逆の手で私の頭を撫でた。大人は力が強いから、私が両手で持つ物も片手で充分らしい。

「ねえ、その林檎、どうするの?」

「え?ああ、これね……。これは」

 こうしてしまうといいと、男の人は近くにある川に投げ捨てた。なんだ、結局捨てるのか。なら私がやっても良かったのに。

 男の人は、着替えるといいと言った。

「そんなに濡れていたら、風邪をひくよ。家まで遠いだろう?良ければ向こうの店で服を買おう」

 家がここから遠い事、言ったっけ?……まあいいや。自分で服を買うお金はないから、悪いけれどお言葉に甘えよう。

 自分のコートを私に着せた男の人は、着替えるまで絶対に脱いじゃ駄目だよ、風邪をひくからね、と何度も口にする。優しい人だな、と思う。

「林檎ね、大変だったのよ。なかなか枝から切れなかったの。随分時間がかかったわ」

「そうか、大変だったんだね」

 そうよ、と答える私の頭を、男の人はまた撫でた。

 とても優しい手だと思った。

説明
男の人と私と大きな林檎のお話。
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