真説・恋姫†演義 北朝伝 終章・第四幕
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 「漢中王、そして呉公よ。よくぞ朕の言葉に応えてくれた。そなたらこそ真に忠義の臣。改めて礼を言わせてもらうぞ」

 『……は。ありがたき幸せにございます』

 

 荊州、江陵城はその謁見の間。

 

 そのあどけなさの残る顔に満面の笑みを浮かべ、玉座に座った自身のその前に跪き、恭しく((頭|こうべ))を垂れている劉備と孫策の姿を、少女は満足そうに見つめる。その劉備と孫策が深々と頭を垂れ、礼を尽くしているその少女。彼女こそ、後漢の十四代皇帝である、劉協、字を伯和その人である。

 その容貌は、彼女の双子の姉である李儒こと劉弁と、瞳の色以外は全く同じ顔立ちをしており。ストレートに整えられたその髪の色も、李儒と全く同じ艶やかな漆黒。その身に纏っているのは、龍の刺繍が施されたこれまた見事なほどに豪華な衣装。

 

 と、その見た目だけで言えば、確かに皇帝にふさわしい容姿をしている劉協だが、劉備と孫策はその時、一様に同じ感想をその目の前の人物に抱いていた。

 

 (……どこをどう贔屓目に見ても、天子の器には見えないなあ……)

 

 ……以前、虎牢関にて先の皇帝である少帝に対面した時、その少帝からは、まさしく天子と呼ぶにふさわしい貫禄というか、風格のようなものを感じ取る事が出来たものだが、今、二人の目の前で玉座に座るこの少女からは、少帝にはあったそれらが一切感じられなかったのである。

 

 (……顔の造りは全く同じなのに、どうして姉妹でこうも差が出るのかしらね〜。まああの人の場合、才覚がある分、根っこの性格がかなり黒いというか、性質が悪いんだけど……)

 

 ほんのつい先だって、自身の拠点である柴桑に袁紹とともに乗り込んできた李儒のことを思い出しつつ、目の前にいるその妹である少女と比べ、その心中でそんな風に評し、苦笑する孫策。なお、その会談の席で孫策と袁紹、李儒らが行った話の内容については、またこの後に語らせていただくこととして。

 

 孫策がそんな事を思考している時、もう一方の劉備はと言うと、頭を下げたままの状態で、こんな事を考えていた。

 

 (……んー。そんなに悪い娘には見えないんだけど、でも、あの噂が事実だったってことは、王允さんの口から聞いて、裏も取れているしなあ。……もちろん、あの人が嘘を付いてなければ、っていうのが大前提ではあるけど)

 

 そう。かつて劉協の側近中の側近だった者であり、嘗ての漢の司徒たる地位に居た王允その人こそが、益州は成都にて劉備たちに保護され、劉協の真実を彼女らに伝えた、その情報源たる人物だったのである。命惜しさに自らの身代わりを用意し、それを自分自身の手で殺害した後、密かに長安を脱出して生きながらえていたような、そんな生き汚い人物ではあるが、それ故にその話には信憑性があったと言える。

 

 ちなみに、現在その王允は成都にて客分的な扱いを受けてはいるが、実際にはその行動を極力制限されており、監視無しには客間からすら一歩も出れない状態という、要するに軟禁に近い状況となっていること、一応明記させていただく。

 

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 話を元に戻すが。

 

 流石に公の場であるそこで、しかもその本人である皇帝に向かって、そのような感想などは例え口が裂けても言える筈も無く、表面上はそんな事を考えているような素振りを一切見せずに、一応、今回の北伐連合の総大将である劉協に((傅く|かしずく))劉備と孫策の二人。一方その劉協はと言うと、自分の出した今回の勅命に、劉備と孫策の二人がきちんと応えてこの場に現れたその事を素直に喜んでいた。

 

 だが、その上機嫌もほんのわずかの間だけだった。腹心である董承からとある事を耳打ちされたその途端、劉協はその顔を怒りの形相へと変え、怒気の篭ったその瞳をまずは劉備へと向けて、その事を問いただし始めた。

 

 「……漢中王よ。今董承より聞いた話によれば、そなたが連れてきた兵はわずかに三万程度のものだそうだが、それはまことか?」

 「は、はい。臣が蜀の地より選りすぐって参りました、いずれも精兵にございます」

 「……朕は先の勅書にて、益州の全軍をもって参集するようにと、そなたに申し伝えたはず。……なのに、そなたが此度引き連れし兵はわずか三万だと!?益州の全兵力がその程度の訳は無かろうが!これは一体いかなる仕儀か、返答によっては只では済まさぬぞ!」

 

 劉協のその激しい詰問に対し、劉備はわずかに怯んだ様子を見せた後、それに対する返答をし始めた。……軍師である諸葛亮から、この事をもし皇帝に詰問されたらこう答えるようにと、あらかじめ教えられていた通りに。

 

 「臣らは過日行った南蛮征伐のおり、その軍兵に『多くの被害を出しました』。それに加え、我等に最後まで抵抗を続けた南蛮の王とその一派をそのまま放置するわけにも行かず、南蛮王孟獲始め南蛮諸部族の長達を『一族郎党殲滅』し、その上で南蛮に漢朝の威光をあまねく照らすために将兵の多くをかの地に残して、以後は漢の帝に従うようにと慰撫を行わせて居ります。その為がゆえ、こちらに連れてこられる戦力が、三万と言う数になってしまいました」

 「……ほう。それはつまり、南蛮の地にも朕の名が響き、それによってかの地のモノ共も、以後は朕の威光の前にひれ伏すようになる、と。そういうことか?」

 「御意に、ございます」

 

 諸葛亮から教えられたとおりの、真実とは真逆の事実を、劉協に答えて見せた劉備。……下を向いたままのその顔を、その嘘がばれないことに、戦々恐々として引きつらせながら。

 

 そう。劉備が劉協にした先の弁明は、そのほとんどが嘘なのである。蜀がすぐに動かせる現状の戦力、それが今回江陵へと連れてきた三万だけという、その点についてこそ事実であるが、それだけの戦力しか動かせない、その本当の理由が違っただけである。

 

 現状、益州全土の戦力を併せれば、その総数は十五万程度にはなる。しかし、蜀はその土地柄、南蛮以外にも((?|てい))と姜という二つの脅威をその背後に背負っている。もし、益州の全戦力を総動員し、この江陵の地にやって来ていたら、彼ら異民族によって益州の地が蹂躙されてしまうことは明白である。よって、その守備のためにいくらか戦力を残さざるを得ないのが、蜀の実情なのである。

 さらにその上、まるで追い討ちでもかけるかのように、想定外な緊急の事態も発生した。

 蜀にとってはまさに喉下とも言っていいぐらいの場所でありながら、それまで決して何処の勢力にも付かず、頑なに中立の立場を貫いていた漢中が、華北連合において実質上の頂点となっている晋王、北郷一刀と協力関係を結び、その配下である関中太守、董仲頴率いる涼州軍二十万を受け入れ、かの地への駐屯を認めたのである。 

 

 そうして漢中に進駐した涼州軍は、すぐさま蜀との国境沿いにその兵を展開し、その威容を蜀側に見せ付けてきた。もっとも、その後西涼軍は実際にはそれ以上の行動を起こすことは無く、沈黙を保ち続けている。とはいえ、それに対して無視を決め込み、対五胡用戦力以外を益州から動かした場合、涼州軍がそのまま何もせずに居るとは絶対に言えない以上、劉備らとしてはそちらにも警戒用の戦力を残さねばならなかった。

 

 以上が、実際に劉備ら蜀勢が抱えている実情なのであるが、とはいえその実情を率直に劉協に話したところで、彼女が素直にそれを納得してくれるとは、劉備ら蜀の面々には到底思えなかった。

 

 自己中心で我侭。周りの状況が己の思い描いたとおりに進まないと気が済まない、世間知らずなお姫様。それが劉伯和という人物の本質であると。以前の事情聴取の際、王允は忌々しげにそう語った。……そんな彼女にこびへつらい、権勢を欲しいままにしてきた自分の事など、思いっきり棚に上げて。

 話が少しそれたが、そんな性格の劉協に自分達の実情を話した所で、『朕の勅より自国のことを優先するとは何たる不敬か!』……と、理不尽な怒りを浴びせてくることは、想像に難くなかったため、ああいう虚偽の報告をするしかなかったわけである。

 

 もちろん、それが偽りのものであると言うことが露見する恐れとて、全く無かったわけでもないが、その心配はおそらく杞憂に終わるだろうと、蜀の筆頭軍師こと諸葛亮はそう予測していた。

 

 『おそらく陛下は、ご自身の周辺以外、ましてや大陸全体の状況など、その視界の端にも捉えて居ないでしょうから』

 と。

 

 そして、その予測は見事に的中した。 

 

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 「……漢中王の事情は分かった。南蛮をもその視野に含め、漢と朕の威光を天下に知らしめんとしたその心意気、流石は朕と同じく漢の皇室に連なる者。逆賊めを見事討伐した暁には、それ相応の恩賞をもってこたえようぞ。はっはっはっはっは!」

 「……ありがたき、幸せにございます」

 

 先ほどまでの怒気など何処吹く風といった感じで、再び上機嫌になって笑い出す劉協。諸葛亮の予測どおり、彼女は劉備の報告に一切疑問を持つ事無く、完全に信じきったのである。そんな様子の彼女を見て、思わず安堵の息を漏らした劉備を、その隣に同じく跪いていた孫策は、こんな事をその心中で思いながら眺めていた。

 (しかしまー、この娘も大概腹黒いわねー。可愛い顔してあんな“嘘”を平気で吐けるんだもん。まそれをあっさり信じきってる皇帝も皇帝だけど。……やっぱりあの娘、いえ、あの方の仰ったとおり、他所の情報はなんにも調べてない、か)

 ちょっと調べればすぐ分かるような嘘なのに、と。玉座に座って上機嫌なまま笑い続けるその少女を、下げた頭はそのままにちらと一瞥する孫策。

 劉備ら蜀勢の軍勢が少ないその理由の真実は、彼女ら呉の方でも事前に掴んでいた。南蛮での戦いの事や、その後の漢中に関するくだりまで、事細かなその内部事情を、呉随一の諜報員である周泰と、そして、先に柴桑の城を訪れた袁紹と李儒のその口からである。

 

 「さて、次は呉公、そなたに尋ねる」

 「……!……は、なんなりと」

 「漢中王はその深き事情ありながらも、朕のためにと兵を連れて参ったが、そなたは何ゆえ、“一兵も”兵を連れて居らぬのか?……そこに如何な弁明があるか、しかと答えてもらおうか?」

 

 来た来た、と。内心でほくそ笑みながら、孫策はその問いに対する答えを語りだした。袁紹と李儒、その二人から告げられ、自身もその役割を承知した、一刀の策略のその一端を。

 

 「は。……過日、臣は呉の精兵十万を率い、根拠地たる柴桑を出立しようとその準備をし、どうにかその体裁を整えたのでございますが、そこに、思わぬ一報がもたらされました」

 「思わぬ一報、とな?」

 「はい。華北連合の手により、江夏とその東に位置する夏江の港、そして烏林の地が占拠された、と」

 「夏江と烏林を、あの逆賊どもめがか。じゃが、それの何処が驚く事なのだ?」

 「……」

 そんな事すらも分からないのかしら、この駄皇帝は。と、孫策は思わず口に出そうになったその言葉を、どうにか飲み込むことに成功し、その事の重要性を劉協に説いて語りだす。 

 「華北連合が江夏を制し、夏江の港と烏林の地を押さえたのは、我等孫呉の動きを封じる一手だと思われます。華北の地と違い、華南の地では水上の戦いに長けた者こそが、全てを制するといっても過言ではありません。逆賊北郷を始めとし、華北の者たちはそのことごとくが水上での戦を不得手としておりますゆえ、逆に言えば、水上での戦を得てとしている我等呉を封じることにより、自分達を優位な立場に持っていくことが出来ると。かの者たちはそう思ったのでございましょう」

 「……なるほどの。それで?それがそなたが兵を連れてこなかったのと、一体何の関係があると?」

 「(……ここまで言ってまだ分からないの、この人は?……しょうがないわね、ったく)相手がそういう思惑でいるのであれば、こちらはそれを逆手に取るが上策にございます。我等漢帝軍は華北軍の本隊が滞陣している烏林のその対岸に陣を張り、その後陛下ご自身の指揮にて水上での決戦を挑むのです。さすれば、かの者たちはなすすべなく長江の藻屑と消え、帝と漢の威光を再び大陸中にもたらす、その大いなる切欠となりましょう」

 

 袁紹と李儒の二人を通じ、一刀から孫策にもたらされたその策を為すためには、どうしても江陵から劉協自身を動かす必要があった。そのための囮として、一刀は自らが率いる本隊を長江沿いの北岸、烏林という地に配置し、孫策にこう頼んだのである。

 「なんとしてでも、劉協帝自らかの地に赴いて、俺を直接討つ気にさせて欲しい」

 と。その代わりにと、一刀から提示されたとある条件も相まって、孫策は一刀のその申し出を快く承諾した。

 「ふむ。……そなたはどう思うか、董承よ」

 「呉公の申し出、まこと理に叶っているかと。陛下御自らの手で逆賊を討ったとなれば、今は逆賊めに従っている他の諸侯らも、改めて陛下の偉大さを思い知り、必ずやその御前に膝をつきましょう」

 「うむ。……呉公よ、この劉伯和、そちの上奏を受け入れ、かの地に直接に赴き、自らあの逆賊めを成敗してくれよう。そなたはこれよりすぐさまかの地に戻り、戦の支度を抜かりなく進めるよう。朕もすぐにその後を追い、かの地に参るゆえにな」

 「ははっ!この孫伯符、陛下のご英断に、心底より感謝をいたします!」

 「うむ。……そうじゃ呉公よ。その決戦の地となるかの地の名は、なんと申すのだ?」

 「は。……かの地の名は」

 

 一旦、大きく息を吸い、改めて意を決するかのように、孫策はその戦いの舞台となる地の名を、はっきりと、そして声高に言い放った。

 

 「……“赤壁”、と。そう、呼ばれております」

 

 〜続く〜

 

 

 

 

説明
ども。狭乃狼です。

北朝伝、終章の四幕を投稿です。

今回は桃香と雪蓮が江陵の劉協の所に集った、その様子をお伝えです。

ちなみに今回も一刀たちは一切出てきませんw

であ、本編の方をどうぞ。
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コメント
まるで在りし日の麗羽さんを見てるような「駄皇帝」劉協・・・レッドクリフで命さんにきつーーーいO☆SHI☆O☆KIを喰らうがいいさ!(mokiti1976-2010)
shirouさま、お船の上でぽけ〜ですかwありそうですねww 呉の件に関しては・・・とりあえず内緒ってことでwww(狭乃 狼)
revolutionT1115さま、杭あるからこそもしかしたら・・・かもしれませんよ?ww(狭乃 狼)
ブンロクZXさま、入れ食い状態というやつですねw さて、蜀の軍師二人は一刀の策に気づけるのか?そしてその動向は・・・?ww(狭乃 狼)
berufegoalさま、その時までしっかり気を高めておいてくださいwww(狭乃 狼)
骸骨さま、雪蓮たち呉組と麗羽・命のやり取りは次回にてそのさわりをお知らせしますね。蜀組は・・・さて?ww(狭乃 狼)
IFZさま、歪みまくった協ちゃん、一刀の種馬パワーの前に落ちる・・・かな?www(狭乃 狼)
なんか河の真ん中でぽっつーんってなりそうな予感w呉は同格の同盟及び呉の領地の安寧が約束されたのかな?(shirou)
ダメダメすぎて腹いてぇww……敵対するんじゃない?杭あるしw(RevolutionT1115)
しぶといな王允。そして呉は一刀側につくことにしたのか。蜀はどうなることやら。(量産型第一次強化式骸骨)
来ましたかレッドクリフww 劉協歪みまくってるなぁ。だが、一刀にかかればww(IFZ)
アロンアルファさま、蜀の動向については次回にて御知らせしますねw(狭乃 狼)
村主7さま、一応王允の出番はこれだけで、後はフェードアウトですw 決戦にて対峙したとき、彼女のその真の思惑が明かされる・・・かもしれないww(狭乃 狼)
Rocoさま、ドキがムネムネですかwwなんか違うような気がしますが、次回までに動悸を抑えておいてくださいねww(狭乃 狼)
劉協を赤壁に引きずり出すか、これに蜀はどう動くかのかな…?(アロンアルファ)
情報源は王允でしたか おまけに2p目での本心暴露・・・まだ漢への忠誠故にと思いきや、やれやれw  そして協との決戦場がレッドクリフとわ、この思惑の先には・・・ですかね(村主7)
いよいよ赤壁ですね、テンション上がってドキがムネムネです!(Roco)
転生はりまえ$さま、はい、微妙に違ってきますよ。戦いの展開とかその結果とか、ね?くすくすww(狭乃 狼)
アルヤさま、その興奮はもうちょっとおいといてくださいねww(狭乃 狼)
幾分か本史と違う?けど今後の展開に期待だな。(黄昏☆ハリマエ)
赤壁来たあぁぁぁ!(アルヤ)
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恋姫 北朝伝 桃香 雪蓮 劉協 

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