真・恋姫無双 EP.85 憂愁編
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 椅子の上で膝を抱え、小蓮はわずかに鼻をすすっていた。先程まで、泣きながら事情を姉の蓮華に説明しており、話し終えた今は落ち着きを取り戻しつつある。

 どうしてあれほど泣いたのか、改めて思い返しても理由はみつからない。ただ、夕暮れの街中で蓮華の顔を見た瞬間、涙が溢れて来たのだ。胸に去来するのは、様々な形にならない感情の渦だった。

 紫苑に、母親の面影を見た。記憶にない母親の、こうであろうという想像の姿だが、紫苑はいかにも母親らしい笑顔と温もりを持っていたのである。

 

「黄忠は屋敷の牢に入れたわ。皆の意見を聞くつもりだけれど、おそらく処刑に決まると思う」

「……」

「シャオの意見も聞かせてちょうだい」

 

 蓮華の言葉に、小蓮はのろのろと顔を上げた。

 

「どうして? いつもは私の話なんか全然聞いてくれないのに」

「姉様を暗殺しようとした犯人を捕えることが出来たのは、シャオの手柄よ。自分の意見を言う資格はあると、私は思っている。きっと冥琳でも、同じことを聞いたと思うわ」

 

 小蓮はぎゅっと自分の膝を強く掴む。

 

(私、どうしたいんだろう……)

 

 憎くないと言えば、嘘になる。暗殺事件さえなければ、姉が行方不明になることもなく、冥琳も無事だったのだ。だが憎悪を剥き出しにするような、そこまで強い気持ちにはならない。

 

「私……」

「迷っているのなら、黄忠に会って話をしてみたらどうかしら? 牢番には伝えておく。今夜だけは、面会を許可するわ」

 

 その言葉に、小蓮は黙って頷いた。自分自身の気持ち、そして心に引っかかるモヤモヤを少しでも解消したかった。

 

「後悔のないようにね」

 

 蓮華の声を背に受け、小蓮は自分の意見が人の命を左右する、その重さを感じていた。

 

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 石の床に((筵|むしろ))を敷いただけの、殺風景な牢だった。座るお尻がひんやりと冷たい。紫苑は目を閉じ、どこからか聞こえる虫の音色に耳を傾けていた。

 静かな所で落ち着いてみると、にじみ出るように後悔が心を満たしてゆく。加えて脳裏に浮かぶ小蓮の顔が、痛みとなって胸を刺した。

 

「……?」

 

 ふと、物音に気付いて紫苑は目を開ける。彼女の居る牢は、元はただの物置か何かなのだろう。後付けされた鉄格子の外側に、本来の扉があった。その扉の外には見張りが立っており、用があるときは声を掛けるよう言われている。

 

「あの」

 

 控えめに紫苑が呼びかけると、扉が開いて見張りの兵士ではなく小蓮が姿を現した。思わず身を強ばらせ、紫苑は困惑するように視線を外す。

 

「……少しだけ、許可がもらえたから」

 

 小蓮は呟くように言うと、鉄格子に寄りかかって腰を下ろした。紫苑はその小さな背中を見つめ、苦しそうに顔を歪めると俯く。背中を向けているのは、紫苑にとっても幸いだった。

 

(今はあの真っ直ぐな視線に堪えられる自信がない……)

 

 何か、話すべきなのか。紫苑は言葉を探すが、頭の中は真っ白になって何も浮かばない。すると小蓮が先に話し始めた。

 

「霞たちのところには、お姉ちゃんが部隊を送ってくれたわ……。華雄は簡単に事情を説明して、宿屋に居てもらってるって」

「そう……」

 

 華雄とは成り行きで一緒に行動を共にしただけだ。もしも彼女に何か目指すべき目的があるのだとすれば、余計な足止めをさせてしまったことを申し訳ないと紫苑は思う。

 

「華雄は無関係なの……だから」

「わかってる……何もしないよ。ちゃんと、お姉ちゃんには話してあるから」

 

 紫苑は小さく頷いて、ホッと息を吐いた。

 

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 石の壁ばかり見ていた。紫苑に背を向け、小蓮は膝を抱えて座る。最初に言葉を交わしてから、しばらく沈黙が続いた。

 

「ねえ、紫苑」

 

 小蓮が呼びかけると、返事は無かったが背後で動く気配があった。聞こえてはいるだろうと判断し、小蓮は続けた。

 

「どうして、姉様の事を私に話したの?」

「……」

「黙っていたって、きっと私は気付かなかった。ううん、想像すらしなかったと思う。大切な娘さんを助けるためにそこまでして、それなのにどうしてすべてが台無しになるようなこと……」

 

 言葉を切り、小蓮は下唇をぎゅっと噛んだ。

 

「……どうしてなのか、はっきりとこうだって理由はないんだと思う」

 

 紫苑が答える。静かな口調で、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。

 

「ただ、人が何か行動を起す時って、必ず自分の意志ですることなんだと思うの。確かに私は娘を人質に取られたけれど、最終的な判断をしたのは自分自身だから。娘の命と孫策さんの命、二つを比べて私は娘を選んだ」

「……」

「親なんだから当たり前の判断なのかも知れないけれど、それでも後ろめたい気持ちは残ってしまう。仕方がないって言い訳しても、逃げているだけな気がしてしまうし、結局私は、何一つ胸を張れないんだって気付いたのね」

「……胸を張れない」

「ええ。こんな気持ちで娘を救っても、きっと私はその後の人生を心から笑って過ごすことが出来ない。私だけじゃない、娘の笑顔も奪ってしまうかも知れない。そう思ったら、どうするべきだったのかわからなくなって」

 

 小蓮はその言葉を、何度も自分の中で繰り返す。その中で、ずっと昔に雪蓮が言った言葉を思い出した。

 

(絶対に正しい事なんてない。だから私は迷った時、一人でも多くの人が笑顔になれる道を選ぶようにしている。その方が自分自身も楽しいじゃない)

 

 何かに気付いたように、小蓮は顔を上げた。そしてすくっと立ち上がって、紫苑を一瞥し走り去った。紫苑はただ黙って、その後ろ姿を見送る。

 

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 小蓮が帰ってから、どれほどの時間が過ぎただろうか。筵を敷いただけの牢内で、紫苑は眠れずにいた。

 

(最後が寝不足じゃ、あまりにもみっともないものね)

 

 そう思い少しでも体を休めるため横になろうか考えていた時、扉が開いて孫権が姿を見せた。紫苑は慌てて、頭を下げる。

 

「遅くにごめんなさい。あなたの処分が決まったから、伝えに来たの」

「覚悟はしています。ただ、娘は……璃々は無関係です。あの子の無事だけが、私の願い。お願いします、あの子を助けてやってください」

「ええ、わかってるわ。非道な行いを許すわけにはいかないもの」

 

 その言葉に、紫苑は伝えるべき事はすべて伝えたと、覚悟を決めて孫権の言葉を待った。だが孫権が告げた処罰は、予想外のものだった。

 

「黄忠、あなたの処分は姉様に決めてもらうことにしたわ」

「えっ?」

「ようするに保留ね。しばらくはこのまま、屋敷に居てもらうわ。ここよりはちゃんとした部屋を用意させるから、明日にでも移動してちょうだい」

「でも、それじゃ……」

 

 戸惑った紫苑は、それ以上言葉を継げずにいた。すると真面目な顔で話をしていた孫権が、柔らかな笑顔を浮かべる。

 

「実はね、シャオがあなたを助けて欲しいって頼みに来たの」

「シャオちゃんが……?」

「ええ。必死な顔で、ぼろぼろ涙をこぼしながら、何度も、何度も言葉を詰まらせ、それでも真っ直ぐな目で私を見てこう言ったの。『胸を張って、姉様に会いたい。みんなが笑顔になれるように、がんばったんだって、褒めてもらいたい』ってね」

 

 静かに、紫苑の目から涙が頬を伝う。

 

「いつまでも子供で、我が儘ばかりのあの子が、そんな事を言うようになるなんて思わなかった。いつになったら孫家の姫としての自覚が出るんだろうって心配していたけれど、杞憂だったみたいね。姉としては、うれしいと思う反面、ちょっとだけ寂しい気持ちだけど」

 

 どこか誇らしげですらある孫権の声に、紫苑は黙って頷いた。声を出すことが出来ない。口を開いてしまったら、ずっと堪えてきた想いを吐き出すように、嗚咽を漏らしてしまいそうだったからだ。

 

「けれどもしも姉様が亡くなっているとわかったら、シャオの頼みでも聞けない。孫家の当主として、厳しい判断を下さなければならないから、覚悟はしておいてちょうだい」

 

 そう言い残し、孫権は牢を出て行った。残された紫苑は一人、小さな窓から見える月を潤んだ瞳で眺めていた。

説明
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
考えすぎると逆にハマります。難しいですね。
楽しんでもらえれば、幸いです。
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タグ
真・恋姫無双 蓮華 小蓮 紫苑 

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