真説・恋姫†演義 北朝伝 終章・第六幕
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 「何?逆賊めの陣から大量の脱走者だと?それは((真|まこと))か、呉公よ?」

 「御意。……調べによれば、晋軍が烏林の地に陣を張って以来、毎晩陣を抜け出す兵が後を絶たなかったようですが、昨晩は相当数の兵が逃亡したそうです」

 

 漢帝軍と孫呉の北伐連合軍が陣を張るその地において、無数に張り巡らされたその天幕群の中でも、一際大きな天幕のその中にて。漢帝劉協を中心とし、旧袁術軍の将たちと、孫呉の主だった面々がその顔を揃え、軍議を行っていたその真っ最中に、その報せはもたらされた。

 

 その報告を行った孫策曰く、数日前に烏林の地に布陣した晋の軍兵は、始めはおよそ四十万からの大部隊であったが、陣を張って以降、その日を追う毎に脱走者が相次ぎ、そしてこの日の前の晩になってそれが一気に加速。その兵数を、およそ十万近くまで減らしたとのことであった。

 

 「それが真の事であるならば、何より((僥倖|ぎょうこう))なことではあるが……ふむ。御主はどう思うか?……諸葛孔明よ?」

 「はわっ!わ、私ですか?!え、えっと、私が思いましゅるに、おしょらくは……はわっ!噛んじゃった!!」

 「……お主、本当にあの“伏竜”と世に謳われし孔明なのか?……まあ、よい。呉公よ、その情報、信頼の置けるものなのであろうな?」

 「……は。情報収集にかけては他に並ぶもの無しと自他共に認める、我が孫呉の将、周幼平とその配下の者たちが調べてきたものです。そこに疑いを挟む余地は一片とて御座いませぬ」

 「なればそれで良い。それで?戦の手はずはどうなっておるのか?」

 

 先の情報には絶対の自信がある、と。孫策が示したその態度を見て、劉協はそれ以上の情報に関する詮索を中断し、話を戦術のものへと進める。

 

 ……とは言うものの、実際の所彼女が表立って戦場に立つのはこれが初めてのことであるので、細かな作戦などはすべて孫策ら孫呉の将と、旧袁術軍の将たちに任せている。……まあ正確には丸投げ、と言った方が正しいのかも知れないが、実際問題として劉協は戦術のせの字も知らないのであるから、それもまあ仕方の無い事といえるかも知れない。

 戦の場において総大将がするべき役目は、後方にて悠然と構え、将兵を鼓舞することだけだと、劉協はかつて教育係だった王允からそう教わった。彼女の先祖であり、漢の高祖である劉邦に対し、王というのは『将の将』であると言った韓信の言を引用して、そう彼女に教えた王允であったが、韓信と王允とでは同じ言葉でもかなり意味合いが違っていたことは、おそらく想像に難くないと思う。

 

 「戦の手はずで御座いますが、いかにかの者らの戦力が激減したとは言え、やはりことは慎重に推し進めるべきかと存じます」

 「そ〜ですね〜。兵は拙速を尊ぶ〜とは言いますけど〜、石橋を叩いて渡るって言葉もありますし〜、ここは予定通り〜、あちらの船を焼くのが上策かと〜」

 

 劉協からの問いかけに対し、それぞれに答えを返したのは袁術配下の紀霊、雷薄の二人。ちなみに、前者が紀霊、後者が雷薄である。

 

 「……具体的には何をどうするのじゃ?」

 「そこから先は私、周公瑾がお答えをします。……まず、先手として少数の部隊を送り、向こうを挑発しておびき出します。そこで適当に交戦しつつ、こちらの息のかかった者少数を紛れ込ませ、あちら側へと潜り込ませます」

 「ほう。いわゆる埋伏の毒、というやつじゃな?」

 「はい。その任に当たる兵の選抜も既に完了しており、出陣の時を今か今かと待ち望んでおります。さて、兵をあちらに潜り込ませた後ですが、さらなる万全を期すために、将を一人、投降を偽ってあちらへ“正面から”乗り込ませます」

 「将が一人いきなり投降したとしても、そう簡単には信用されないでしょうが、そここそがこちらの狙い目……ですか?周公瑾さん」

 「……流石は諸葛孔明殿。我等の策などお見通しのようだ」

 

 先ほどとは違って台詞を途中で噛む事もなく、周瑜らの描く策のその根本にある狙いを見事言い当て、周瑜に対し微笑んで見せた諸葛亮に、彼女もまたその微笑を返してみせる。

 

 「……偽りの投降と見破られることを前提に、敵陣に将を送り込むのか?……そんな事をして何の意味があるというのだ?」

 「……正面から堂々とやって来た投降者……。もし、陛下の下にも同じような者が訪れた場合、陛下はその者を簡単に信用なさいますか?」

 「そんなもの、するわけが無かろう。その様な得体の知れぬ者、即刻捕縛して背後関係を洗いざらい吐かせるわ」

 「……それも確かに良き手だとは思いますが、それよりその者にしっかりと監視をつけ、泳がせるのもまた一つの手に御座います」

 「さすれば相手の注意はその投降した将に向く事となり、先に潜り込んだ伏兵には気付きにくくなる。……と、言うことに御座います」

 「なるほど。いや、それは実に愉快な手じゃ。では早速実行に移すのだ。抜かるでないぞ、皆の者!!」

 『御意!』

 

 周瑜達から聞かされたその作戦案に対し、劉協は興奮でその頬を紅潮させつつ、了承とその実行を上機嫌で言い渡す。……まさかその時、その命を恭しく拝命している孫策たちが、その胸中にてほくそ笑んでいる事など知る由も無く。

 

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 一方、所変わってこちらは襄陽。江陵にて軟禁状態となっているであろう袁術を救出し、その上で、かの地に残っている蜀勢との和睦交渉に臨むという役を担った、袁紹と公孫賛、そして丁原とその配下の者たちが、出陣前の最後の軍議を行っていた。

 

 「それではみなさん、最後にもう一度確認をしておきます。これより私達は江陵に向けて進発し、かの地にて虜囚の身となっている美羽さん…袁公路荊南太守の保護を行います」

 「その先鋒はこの私、公孫伯珪が務める。右翼は丁建陽殿とその主従。左翼は張儁艾と高覧の二将を含めた、麗羽…袁本初の部隊が担当。そして本陣だが……本当に大丈夫なのか?劉gどの」

 「はい。……かの地には袁公路どののみならず、我が妹であるjも居りますゆえ。私の体の事でしたらご心配は無用。華侘どのには事前に目一杯針を打って頂きましたから、“一騎打ち”さえしなければ問題はありません」

 

 今回の襄陽組が行う、袁術及び、現在の荊州牧劉jの救出作戦。そこには、その劉jの姉である劉gも、その顔ぶれの中に混じっていた。……過日、新野付近において一刀と激しい一騎打ちを行い、その最中に血を吐き倒れた彼女であったが、その後華侘から徹底的な治療を受ける事により、奇跡的にその一命を取り留めたばかりではなく、普段の生活程度であれば特に問題なく過ごせるようになっていた。

 だが、それはあくまで、普段の生活程度であれば、と言う話である。卓について政務を行うぐらいならばともかく、今回のように戦場に出ての指揮など以ての外だと、劉gが次の戦に出ると言う話を聞いた華侘は、すぐさま彼女を諌めたのであるが、劉gはその諌めに対して頑として首を縦に振らなかった。

 

 「姉が妹を助けるのは当たり前ですから」

 

 強い決意の篭ったその瞳と、清清しい笑顔とともにそう言って。

 

 「……分かりましたわ。そこまで決意が固いのであれば、私共からはもう何も言いませんわ。曹仁さん、曹洪さん。劉gさんの護衛、よろしくお願いいたしますわね?」

 「はい。この曹子孝、g君にはけっして、何人たりとも触れさせは致しません」

 「一刀くん……じゃない、晋王閣下からもその辺しっかり言われてるし、私たちにお任せあれ!」

 

 劉gの担当する本陣にてその護衛役を担当するのは、曹仁と曹洪の二人。なお、こちらの部隊全体の参謀役として、司馬懿がその任に当たっていること、ここで補足させていただく。

 

 「では、これより出陣をいたしますわ。……まずはかの地に赴き、蜀軍と相対した所で舌戦を挑み、劉玄徳公に対し全面降伏を申し渡します」

 「……とはいえ、あちらとて諸葛孔明という人質を劉協帝に取られている以上、それを((唯々諾々|いいだくだく))と呑む、ということは無いだろうな。……桃香の奴の事だし、逆に私達に対して劉協帝への恭順を求めてくるかもな」

 「……そうですね。まあ、例えどちらの反応を見せたとしても、この舌戦によってあちらの目は正面の私たちへと、注視する事となるはずです。……後はその後の戦いを少しでも長引かせ、時間を稼ぐ事に集中します」

 「その間に、向こうに潜り込んだアイツが、袁術と劉jのその身柄を確保し、その事を赤壁で戦っている連中に伝えれば」

 「策はほとんど為ったと言っても、過言ではありませんわ。展開が最後の追い込みに入り、白亜様たちが無事、“襄陽に撤退”したその時には、劉備さんたちもその矛を収めざるを得なくなるでしょうし、ね」

 

 袁術と劉jの身の安全を確保し、そして赤壁での戦いが思惑通りの【敗北】を迎えたその時、華北勢の【勝利】は決し、この激動の時代は終焉を迎える。……徐庶、姜維、司馬懿の三人が練り上げたこの策を初めてその耳にしたとき、袁紹らは軍師三人の言っている事をすぐには理解できなかった。

 しかしそれもまた無理からぬ事。……戦において、相手に完全敗北する事をその前提条件とした策などというものを、彼女達はこれまで見たことも聞いた事も無いのだから。しかし、一刀が絶大な信を置くその三人の軍師は、一様に不審がるその面々を前にして、笑顔であっさりこう言い切ったのである。

 

 『他人がありえないと思うこと。それが策と言うものの本質ですから』  

 

 その策の全貌については、また次の機会に譲らせていただくとして。

 

 「……では、そろそろ参りましょうか。こうしている間にも、赤壁方面での戦は着々と進んでますでしょうし」

 「そうだな。それじゃあ麗羽、出陣の号令をしてくれ。今の私たちの“総大将”はお前なんだからさ」

 「……燕王の白蓮さんを差し置いて、と言うのも、少々気は引けますけどね」

 「ははっ、そんな事気にしなくてもいいさ。お前と私が友人である事は、何時になってもどんな立場になっても変わりやしないんだから、な?」

 「……ありがとう、白蓮さん」

 

 何かその心にくるものでもあったのか、袁紹は公孫賛のその言葉を聞いて思わず瞳を潤わせる。高潮し、ほんのり紅くなっていた頬を伝うその雫を軽くぬぐってから、その顔を満面の笑顔にして自らの正面に立つ一同をしっかりと見据えながら、彼女はその出陣の号令を声高らかに宣した。 

 

 「それでは皆さん!“華麗に!雄雄しく!そして勇ましく!”出っ陣っ!ですわよっ!!江陵に居る蜀の皆さんと、そして美羽さんと劉jさんを身の程知らずにも捕らえている董承とか言う小物に、しっかりたっぷり、その目を釘付けに出来るぐらい、派手に参りますわよ!!」

 『おおーっ!!』

 

 

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 そうして袁紹達が襄陽を出発しようとしていたのと、ちょうど同じ頃。その目的地である江陵の城近くの船着場に、三人の人物が降り立っていた。

 

 「さて。とりあえずここまでは無事に来れた、と。……どうやら、まだ戦は始まっていないようだね」

 「そうね。……ねえ、その……北郷?やっぱり私なんかが居たんじゃあ、貴方の足手まといにしかならないと思うんだけど……」

 「そんな事無いって。……あの娘達の救出作戦にはさ、どうしても君達の力を借りる必要があるって事は、出発前に教えたろ?大丈夫、決して危ない目には合わせたりしないからさ」

  

 自身の背後から不安そうに声をかけて来た、その薄い桃色の髪をした少女に、にっこりと優しく微笑んでみせたのは、いつもの白い制服ではなく、麻で出来た一般的な着物を纏った一刀である。

 

 「……それは確かに、そう聞いてはいるけれど、でも、姉さまや母様には武でも知でもいまだ足元にも及ばない私が、一体どう役に立つというの?」

 「それはまだ内緒♪ま、そんなに難しく考える事はないから、もっと肩の力を抜いて、素のままの君でいればそれでいいよ。ね?孫仲謀さん」

 「……はあ。分かったわ、北郷。……まったく、この人はほんとに何を考えているのだか。……思春、貴女は何か聞いているの?」

 「いえ、私も何も」

 「そう……」

 

 彼女、孫権、字を仲謀は、本気で訳が分からなかった。只でさえ、このほんの少し前に、死んだと思っていた彼女の母孫堅が、漢の皇帝劉協とともに自分達の下へとその姿を現し、自分や姉の孫策、妹の孫尚香を初めとした呉の面々に相当の衝撃を与えたばかりだったと言うのに。そのショックから漸く立ち直れたと思ったその矢先の深夜、突如として姉の孫策に呼び出されて、彼女の陣へと赴いた彼女に対し、その姉から飛んでも無い事を言い渡された。

 

 『晋王北郷一刀が、江陵でその身を拘束されている袁術を助け出すため、密かにかの地へ潜り込もうとしているんだけど、その供に貴女を随行したいといってきたの。救出策のその一助に、どうしても貴女が必要なんですって。だから蓮華。孫家の家長として、貴女に北郷と同行することを命じます。……言っておくけど、拒否権は無いからそのつもりでね?』

 

 孫家の家長命令、などと言われたら、彼女にはもはや否も応もない。しかもその姉の隣に立っていた、彼女の母であり、孫家の前家長である孫堅にまで頭を下げられては、諾と頷く以外の選択肢は、彼女には残されていなかった。

 

 『あたしにとって美羽…袁術はもう、あんたたちと同じぐらい大切な娘なんだ。あたしに油断があったとは言え、あの娘をむざむざ帝の傍に近づけたのが、そもそもの失態だ。……本当はあたしが彼に同行したい所だけど、残念ながらこの場を離れる事は出来ないし、、それは雪蓮も同じだ。かといってシャオの奴には潜入任務の同行なんざ、させようったってさせられるものじゃあない。それに何より、北郷のほうがお前さんをご指名なんだ』

 『そういう訳だから蓮華。私の名代としてもくれぐれも、よろしく頼むわね?』

 

 そんな感じで、親娘揃ってされた説得に、その首を横に振れるだけの気概を彼女は持ち合わせておらず、渋々ながらも一刀への同行を承諾したわけである。ただしその代り、自身の護衛として甘寧、字を興覇を一緒に連れて行く事を、その条件として認めさせて。

 

 「おーい。二人ともー。こっちの準備は整ったから、そろそろ出発するよー」

 「わ、分かった!……とにかく、今はこれ以上考えていても仕方ないわ。行きましょう、思春」

 「はい、蓮華さま」

 

 馬に繋がれた一台の荷車のその隣で、なにやら商人らしき人物と話し合っている一刀の下に、二人もその歩を進めていく。

 

 そして、それとほぼ時同じくして。

 

 赤壁にて、長江を挟んで対峙する晋と漢呉連合の、その最初の戦いの火蓋が、ついに切って落とされていたのであった……。

 

 〜続く〜

説明
はい、どーもw
駄文物書きこと狭乃狼ですww

北朝伝、その六幕目をお届けです。

今回は、それぞれに動き出そうとしている、とある三箇所の様子をお送りします。

赤壁の戦い、その開戦まであと少し。

では、今回も駄文・ざ・ワールドに、逝ってみよー♪
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コメント
史実どおりの”赤壁”をなぞるなら祭さんの柔肌に鞭が・・・・・。が、あえてはわわ軍師が直接連環計及び火計ってシナリオもwそして知らずに飛び込む蜀軍・・・・アルトオモイマス。(shirou)
kabutoさま、麗羽のあの号令、使い方次第では、士気高揚にぴったりですからwww(狭乃 狼)
ほわちゃーなマリアさま、そこはもう、言わずもがなと言う奴ですwww(狭乃 狼)
jonmanjirouhyouryukiさま、そんなの当たり前じゃあないですかwww(狭乃 狼)
ブンロクZXさま、もはや普通だなんていわせない!そう、この外史に限ってはwww(狭乃 狼)
ちやさま、そうです、白蓮の影が濃いだけですww(狭乃 狼)
アルヤさま、別に忘れていたわけじゃあナイデスヨ?エエ、ホントデストモwww(狭乃 狼)
mokiti1976-2010さま、ちょっとネタばれしすぎた感がありますがね(汗;(狭乃 狼)
白蓮と麗羽がかっこいい!でもあの号令は変わらないのかwww(kabuto)
そして、例の如く『種馬の微笑み』によって一刀を意思し始める蓮華と、またかと思いながら呆れる由達、そして、再び一刀にO☆HA☆NA☆SHIをする輝里ちゃんと命ちゃんと引きずられていく一刀の姿が戦場にあったとか、なかったとかw(ほわちゃーなマリア)
蓮華が白蓮より影がうす・・・・・ いや、ここの白蓮の影が濃いと考えようwwwww(ちや)
いまのいままで出てなかったのかよ、蓮華wwwwwwふつ・・・・・・じゃなかった、白蓮より影が薄いって・・・・・・(アルヤ)
いろいろと裏で動いていますね。続きを大いに期待します。(mokiti1976-2010)
タグ
恋姫 北朝伝 一刀 袁紹 公孫賛 劉協 孫策 孫権 蓮華は何気に初登場だったりw 赤壁の戦い 

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