そらのおとしもの ありのままの君でいて 後編
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「つまり、セクハラも馬鹿騒ぎもない桜井くんが不満なのね〜」

 今のトモちゃんについて自分が抱えている違和感を話すと、会長はそう断言した。

 生徒会室は半ば会長のプライベートルームと化しているので、相談事にはもってこいだった。

「いえ、そういう訳じゃないんですけど…」

 トモちゃんのセクハラが減るのは良い事だ。特によく被害に遭う私にとっては切実な悩みだった。

「じゃあ、何が不満なのかしら〜」

「…不満とかじゃなくて、なんか、今のトモちゃんがおかしいなって思うんです」

 

 トモちゃんがまともになって一週間が経過した。

 最初は戸惑っていたクラスメイトやイカロスさん達はすんなりと受け入れてしまっていた。

 私はその事に違和感を感じていたが、公然と口にする事はできなかった。

 

「覗きにセクハラ、シナプスのカードを使った乱痴気騒ぎに天然フラグ建築士。むしろ今までの桜井くんがおかしかったとも言えるわ〜」

「うぐ。ごもっともです」

 会長の指摘は正しい。今までのトモちゃんの振舞いこそが普通の中学生を逸脱していたとしか思えない。

「でもそれに慣れっこだった見月さんからすると、今の方が違和感があるのも仕方ないのかしらね〜」

「そうだと思います。自分でもおかしいと思うんですけど」

「それで、元に戻すの?」

「………ニンフさんが言うには三人のトモちゃん全員が望めば簡単だって言うんですけど」

 会長の問い掛けに少しだけ躊躇した後、私は微妙に答えになってない返し方をした。

 今の私はどっちのトモちゃんを望んでいるのか、良く分からないからだ。

「今の『まともな』桜井くんには無理な相談ね〜」

「ええ、そうですね…」

 今のトモちゃんのうち、お馬鹿な方とエッチな方は特に問題はない。

 どっちも理性がない動物みたいなもので、明確な意思なんて無いとしか思えないからだ。

 一方でまともなトモちゃんは違う。どちらかというと、その二つに対して否定的な言動をする。

「まあそうね〜。誰だってエッチで抜け作な自分なんて見たくないものね〜」

「会長もですか?」

「当然よ〜。ああ、でも英くんにならエッチな所も…」

「今日はありがとうございました。失礼します」

 惚気だした会長を無視して、生徒会室を退室する。今日も憂鬱な一日になりそうだ。

 

 

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 トモちゃんがまともになってから、女子更衣室は女子の井戸端会議場となった。

 そもそも、覗きを警戒しながら着替えるというこれまでの日常がおかしかったとも言える。

「トモキの事? 別に今のままで良いんじゃない?」

「ですよねー。いきなりおっぱい揉んだりしてこないから気分いいですよー」

 ニンフさんとアストレアさんの反応は私の予想通りのものだった。

「それはそうかもしれないけど、ほら、違和感とか…」

「もう慣れたわ。それに今のトモキの方が私を女の子らしく扱ってくれるし…」

「え? そうなの?」

「今までは私がお風呂に入っても覗こうとしなかったトモキが、今じゃ脱衣所の下着に赤面するんだもの。なんだか初心でかわいいじゃない」

「二、ニンフさん!」

 そんなの初耳だ。ニンフさんは今を好機とみてトモちゃんを籠絡する気に違いない。

「ソハラも頑張ってアタックすれば? 今のトモキの方が脈ありそうだし」

「し、しらないっ!」

 ニンフさんはもう駄目だ。トモちゃんを振り向かせる事だけに執着するあまり、眼が曇っている。

「…ねえソハラ。あなたはトモキのどこが好きになったの? 馬鹿でエッチな所が好きってわけじゃないでしょ?」

「…それは、そうだけど」

「私はトモキの優しくて他人の気持ちを理解できる所が好きよ。あなたもそうじゃないの?」

 ニンフさんの指摘は正しい。私だってトモちゃんのお馬鹿でエッチな所が好きなわけじゃない。

「私は自分に正直に生きるわ。トモキが好きだって気持ちも偽らないし、お馬鹿でエッチなトモキは好きじゃない事も隠さない」

「………そう」

 ニンフさんは自分なりにトモちゃんへの気持ちをはっきりとさせている。眼が曇っているなんて私の一方的な勘違いだった。

 結局何も言い返せないまま、私は更衣室を出るしかなかった。

「あれ? 私には反論しないんですか? ねえ?」

 アストレアさんがなんだか不満そうだったけど、別にどうでもよかった。

 

 

「マスターはマスターです。どれも違いはありません」

「うん、まあそうなんだけど…」

 イカロスさんの答えは私の予想の斜め上だった。

 てっきり現状に戸惑いつつもトモちゃんを元に戻す方法を考えているとばかり思っていた。

「チチシリフトモモ〜」

「あぶぶ〜。そはらもあぶぶ〜」

 エッチな方とお馬鹿な方のトモちゃんの世話をするイカロスさんの瞳に迷いは見られない。

 今言ったとおり、三人のトモちゃんを等しく愛してるのかもしれない。

「チチシリ!」

 あ、胸をもまれた。

「エッチなのはいけません(ごすっ)」

「シリッ!?」

「お仕置きはするんだね」

「しつけも愛情です」

 でもエッチなトモちゃんがエッチを否定されたら、もう存在意義が無いんじゃないだろうか?

「チチシリ!」

「エッチなのはいけません(めごっ)」

「フトモモッ!?」

 まるで反省していないエッチなトモちゃんと、お仕置きを繰り返すイカロスさん。

「そはらさんは、マスターを愛しています。ですが、どこを愛しているのですか?」

「………正直、分かんなくなりそうだよ」

 相手のどんな所も受け入れて愛する。ニンフさんと真逆の結論だけど、イカロスさんの愛情は潔白で正しいかもしれない。

 でも微妙に間違ってるような気もするのは何故だろう。自分でもよく分からない。

「ごめん。もう行くね」

「そはら〜。ぼいんぼいんごっこであそぼうぜ〜」

「また今度ね」

 お馬鹿な方のトモちゃんにやんわりと断りをいれて教室を出る。

 私の気持ちはどうなんだろう。どうだったんだろう。

 一人だけ置いてけぼりにされた気分だ。

 

 ………それにしても、ぼいんぼいんごっこって何だろう。

 エッチなトモちゃんにいったハズの煩悩が完全に分離しきれなかったせいだろうか。トモちゃんは本当に業が深い。

 

 

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「そはら、最近悩んでるだろ。それって俺の事じゃないのか?」

「………うん」

 トモちゃんから放課後に二人で帰ろうと言われた時は驚いたけど、トモちゃんにも私の悩みは筒抜けだったという事らしい。つまり私を見かねてという理由だったのだろう。変に誤魔化してもトモちゃんを困らせるだけだと思った私は、正直に切り出した。

「別に今のトモちゃんが悪いとは思わないの。でも…ごめん、私の勝手な我がままだよね」

「………そっか」

 二人で無言の時間が続く。

 悪いのはきっと私だ。自分勝手な感傷でトモちゃんを困らせてる。

「ごめん、先に帰るね」

「あ、おい!」

 制止を振り切って速足でトモちゃんから距離を離す。こんな自分が嫌になりそうだ。

「あっ!」

「いて! てめぇ、どこ見て歩いてんだ!」

「す、すみません!」

 思わずぶつかってしまったのは柄の悪いチンピラ。

 いけない、絡まれないうちに離れないと。

「おい嬢ちゃん。謝るだけで済めば警察いらないんだよ!」

「は、離してください!」

 やだ、腕を掴まれた。

 痛い、離して。

「止めろよ! そはらはちゃんと謝っただろ!」

「あ…」

 私の腕を開放してくれたのはトモちゃんだった。

 あいつらの替わりに私の手をしっかりと握ってくれるトモちゃんの手。

 

 その手は、震えていた。

 

「坊主、だから謝るだけで済めば警察いらねぇんだよ。わかるか?」

「なら俺が話を聞くよ。それならいいだろ!」

 手だけじゃなくて、足も震えて。

「おう、いいぜぇ。じゃあおじさんとこっち来いや」

「…そはらは、先に帰ってろ」

「トモちゃ…!」

 顔は強張って、目に涙を浮かべて。

 私を置いてあいつらと歩いてく。 

「………っ!」

 気がついたら私は走り出していた。

 トモちゃんの方じゃなく、家の方に向かって。

 

 

 

「はっ! はっ! はっ!」

 息が弾む。こんなに真剣に走ったのはいつ以来だろう。

 

 

 私の脳裏に浮かんでいるのはトモちゃんのお爺さんが亡くなった時だった。

 その時のトモちゃんは涙一つ見せないでじっとお墓を見つめていた。

 

 

 玄関を上がる。靴を履いたまま上がってしまった、後で掃除しないと。

「イカロスさん! トモちゃんは!?」

「二人でしたらこちらに…」

「ちょっと借りるね!」

 お馬鹿とエッチなトモちゃんの二人を抱えあげた。いつも三頭身だから運ぶのも楽だ。

「そはらさん?」

「チチシリー!」

「そはらいけー!」

 スカートをめくるエッチなトモちゃん。垂れる鼻水を服にこすりつけるお馬鹿なトモちゃん。

 どっちも無視する。今はそんな事を気にしている場合じゃない。急いで来た道を引き返す。

 

 

 きっと誰も見てない所で泣いたんだと思う。

 自分の弱さとかを誰にも見せない。見せる事でその人を困らせたくない。

 そんな優しくて強いトモちゃん。

 

 

「フトモモッ!」

「ごーごーごー!」

「あっちね!」

 二人のトモちゃんの指差す方へ走る。

 さすが本能だけになってもトモちゃんの片割れだ。ちゃんと別のトモちゃんの居場所が分かるらしい。

 

 

 きっとその強さはエッチでお馬鹿な中にも含まれているんだ。

 馬鹿だから、後先見ずに無茶をして。それを怖がる事なんてなくて。

 エッチだから、女の子に格好いい所を見せようとして強がっちゃう。

 

 

「あそこ!?」

「いえす!」

「チチシリフトモモー!」

 視界の先には町から外れた廃屋。トモちゃんはここにいるハズ。

 

 

 そんなトモちゃんだから、私は―

 

 

「トモちゃんっ!」

 立てつけの悪いドアを蹴り破ると、トモちゃんとチンピラの姿が目に映った。

 トモちゃんは顔中に痣があって、見てるだけで痛々しくて。

「そはら!? 馬鹿、逃げ―」

「黙れ糞ガキ! へっへっへ、お嬢ちゃんもお話してくれるのかい?」

 あつらが怖くて仕方が無いけど。

「私、トモちゃんが好き!」

 でも、怖がらずに伝える。

「お馬鹿で! エッチで! 優しくて! 強いトモちゃんが好きなの! 全部ないと駄目なの!」

 逃げずに伝える。嘘偽りのない私の本心を。

「だから!」

「チチシリ!」

「いざゆかんー!」

 エッチとお馬鹿の両方をトモちゃんに向かって全力投球。

 

「………へっ。なら仕方ない、な」

 それに応える様に、ボロボロのトモちゃんが不敵に笑った。

 

『合体っ!!』

 三人のトモちゃんが重なった瞬間、眩い光が屋内を照らす。

 その後に悠然と立ち上がったのは―

「今日の俺は、最初からクライマックスだぜ?」

 完全にいつものトモちゃんだった。

 無根拠な自信にイケメンフェイスだけど、全裸だから色々とぶち壊し。空気読めてないにも程がある。

「このガキ!? てめぇ何しやがった!」

「いやいや、するのはこれからだぜ?」

「舐めやがって!」

「見てろよそはら! こんな連中、三分で片づけてやるからな!」

「うんっ!」

 でもこの安心感はなんだろう。

 今のトモちゃんならどんな事があっても笑ったまま切り抜けてくれる気がする。

 

 

 

 

「おらっ!」

「うわらばっ!」

 三分後、そこには再びチンピラにボコボコにされたトモちゃんがいた。本当に気のせいだった。

 うん、それはそうだよね。別にトモちゃんは元に戻っただけで、体はいたって普通の中学生だから。

「調子に乗りやがって、お嬢ちゃん共々教育してやるぜ」

「へっへっへ…」

 それでもトモちゃんは笑っていた。…そっか、私にもやっとトモちゃんの狙いが分かった。

「そろそろ、逃げた方がいいですよ?」

 だから警告する。私はトモちゃんと違って穏便に済ませたいのだ。

「わっはっは! おい嬢ちゃんが怖くておかしくなったぞ!?」

「そはら、それ挑発になってるから」

「あ、そっか」

 確かにそうだ。何も知らないこの人達からすると、私はそう見えるんだろう。

「大丈夫だよお嬢ちゃん、おじさんが治療してあげるからねー」

 わきわきとした手つきがいやらしい。どうして男の人ってこっちの胸ばっかり見るんだろう。

 でもチンピラが私に近づく前に地響きのような音が大きくなってきた。

「あー。タイムオーバーだな」

「そうだね」

 その音の主は瞬く間に廃屋の天井を突き破って部屋の中央へと着地した。

 

「…マスターとそはらさんに危害を加えたのは貴方達ですか?」

 

 着地の姿勢からゆっくりと立ち上がるイカロスさんはエンジェロイド、つまり天使だ。

「なんだよこいつ…!?」

「は、羽…!?」

「そうですか貴方達ですか、では殲滅します、よろしいですね、答えは聞いてません」

 でも今の彼女は天使というか悪魔よりだと思う。深紅に輝く瞳とか特に。

「伏せるぞそはらっ!」

「イカロスさんやり過ぎないでね!」

 圧倒的な破壊に備えて私とトモちゃんは地に伏せた。

 

 

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 イカロスさんのアルテミス連続発射の前に、チンピラは散り散りになって退散した。

 怪我人が出なかったのが奇跡だと思う。イカロスさんがちゃんと理性的な行動をしくれて良かった。

 最後にイカロスさんは真犯人を捕まえると言ってチンピラの後を追っていった。そんな人がいるんだろうか?

 

 ともあれ、私とトモちゃんは無事(トモちゃんは痣だらけだけど)帰宅の路についたわけで。

「要するに、俺との思い出の問題だったわけだな?」

「まあ、そうなんだよ。きっと」

 私とトモちゃんの思い出にはお馬鹿でエッチなものがいっぱいだ。

 私はトモちゃんが変わる事でその思い出を否定される様に感じていた。それが違和感の正体だったんだろう。

「はぁ。元からまじめなトモちゃんだったらこんな事で悩まなかったのに」

「悪かったな。どーせ俺はバカでエッチですよーだ」

「あ、開き直り」

 こういう会話ができて、なんだかやっと元通りになれたんだと実感できる。

 だというのに、トモちゃんはにやりと笑って。

「でもそんな俺が好きなんだろー?」

「ち、違! わないけど! あれはその場の勢いというか…!」

 あの時はどさくさに紛れてとんでもない事言っちゃった。

 やだ、きっと今の私って顔真っ赤だ。

「まあ、あれだよ。俺も嫌いじゃないぜ?」

「へ?」

「何でもねーよ!」

「何でも無くない! もう一回!」

「言えるかバーカ」

 

 

 これからは元通りとはほんの少し違った関係になりそう。

 そんな気がした。

 

 

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 夕刻。河原における会話の抜粋。

 

「大変だったみたいだな」

「ええ〜。イカロスちゃんが押しかけて来た時はさすがに命の危険を感じたわ〜」

「お前が…? にわかには信じがたいな」

「あら酷いわ〜」

 

「それにしても、お前が見月押しだったとはな」

「私、これでも幼馴染の恋って応援したいと思ってるのよ〜」

「そうか。てっきりお前はアストレア押しだと思っていたが」

「アストレアちゃんは私の玩具だもの、桜井くんにはあげたくないわね〜」

「…不憫だな」

「それよりも英くん、私はもう一つの幼馴染の恋も進展させたいのだけど〜」

「さて、そろそろ夕餉の時間だな。今日は魚にするか」

「完スル〜? もう、照れ屋さんなんだから〜。でも私は今の反応にちょっとおかんむりよ〜」

「待て美香子、話せば分かる」

「自分から放棄したくせに今更話をしようだなんて虫のいい話よね〜?」

 

 その日、河原から一つの痴話喧嘩という惨劇が始まったのだが、それはまた別の話。

 

 

 〜了〜

説明
『そらのおとしもの』の二次創作になります。
 今回のテーマ:綺麗な智樹とツッコミ以外で活躍するそはらさん
 前編:http://www.tinami.com/view/320743 
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コメント
升久野恭様へ 今回はちょっと難しい話だったので、アストレアさんにはアッカリン(空気)になっていただきました。シリアス風味では扱いづらいのが彼女の宿命かもしれません。(tk)
BLACK様へ もちろんそっちもあると思います。原作であんな夢を見ている時点で…ねぇ?w(tk)
>「あれ? 私には反論しないんですか? ねえ?」 >別にどうでもよかった。 作品の主題とは関係なくそはらさんに何気に酷い扱いを受けているアストレアさんを見てホロリとしました(枡久野恭(ますくのきょー))
思い出の否定か・・・、それも悪くないですね。ですが、やはりエッチなところもひっくるめて好きなのだと俺は思っている。(BLACK)
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