そら(spn) |
キャス、と呼ばれた気がした。それが五年前の君か、今生の者かは分からない。酷く暗い、胸騒ぎに襲われた。
荒れ狂う雲の隙間から、稲光が見えた。これが現実の答えだと指していても、縋らずにはいられない。
私は満身創痍の身体を引きずりながら、ある場所へと向かった。
「ディーン……」
きっと成し遂げてくれていると、託した希望とは裏腹に、彼の身体はゴミ同然に横たわっていた。
無用の長物と化したコルトは、無傷で地面に捨てられていた。首の骨を折られた足跡を見つけ、誰にやられたのかを悟る。
耳には雷鳴が轟くものの、他の音は届かなかった。
空が魔王の為に鳴き、私の為に泣いている。
私は崩れ落ちるように膝を折った。元より、ここまで来るので精いっぱいだった。
ただの人間となった身でも、あの五年前の彼が今の世界から消えたのは感じ取れる。
たった数時間だったけれど、私の心は浮足立った。
何の躊躇いも無い、ただ好きで居られた、あの頃に戻れた気がした。
私は横たわるディーンの頬を撫でたくて、手を懸命に伸ばした。傷を負った筈なのに、痛みは遠く、だけど鉛のように重い指が、直に生体機能を失うのを知らせている。構いやしない、ここまで来られて上出来だ。
そういえば、一つ、言い忘れていた事を思い出す。
酒と薬と性欲に堕落した私を目の当たりにした、五年前の君よ。
「私が堕落した世界が、絶望なんじゃない」
そして、せっかく囮になったのに、私より先に逝った馬鹿な君よ。
「君が居ない世界が、絶望なんだ」
撫でる頬は、まだ柔らかかった。
キスがしたい。
天界の運命に抗い、弟を魔王にさせた重荷に耐え忍び、私が望んで堕ちたのに、最後まで罪悪感に蝕まれていたのを隠していたディーン。
以前のように、ただ慈しむだけのキスをしたい。
だがディーンの眦は、それを不要としていた。何一つ果たせなかったのに、安らかな顔をした、憎たらしさときたら。
「くそったれ」
思わず笑ってしまい、次第に視界も薄らいできた。
早く来い、世界の終末。自ら赦しを捨てた彼の罪が、もう誰の目にも晒されない世界に塗り変えろ。
過去の君達よ。世界の終わりはいつだって、一人の愛する人が基準になっていた。今がその時となっただけで。
空で鳴り響く死者の詩篇も、もう聞こえない。
見上げた先は、ただ「そら」という単語を認識するのみとなった。
ああ、せめてキスが出来ないのなら、最期にこれだけでも伝えたい。私の眼では、もう視えなくなった愛しい人へ。
「愛している」
全ての重力は失われ、そらは、一色の暗闇に染まった。
この瞬間ぐらい、笑って素直に受け取って欲しいよ。
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スパナチュのキャスxディーン。if世界の5年後は1回しか出なくてもたっぷり萌えます。 | ||
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