わたしの彼氏は無表情
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 夜には決まって友達とメールする。それが始めて携帯を買ってもらってからの習慣であった。通信料でさんざん親から怒られたこともあったが、通信料の定額プランが定着してからは何か言われるということはなくなった。

以来それに気を良くしたのか、渋谷遥はその日の勉強を終えるとメールを眠くなるまで発信するのだった。

今夜の発信相手は一番の友達である新宿もとかである。

渋谷は布団に飛び込む。衝撃でずれた眼鏡の位置を直すと、携帯電話のボタンを押してメールのタイトル欄に短文を作った。

『議題、今日の部活の』

 ここまで打って突然、携帯電話が震えた。メールの受信を知らせるマークがつき、数秒たってから振動が止まった。

受信ボックスを確認すると、それは今メールを送ろうとした相手、新宿からであった。

 タイトル欄にはこう書いてあった。

『議題、今日の池部クンについて(はーと)』

 渋谷は頭を抱えた。ついでに亜麻色に色づいた髪の毛もわしゃわしゃ、とかき乱す。

「もとか〜」

 先回りされた感じがして、恨みがましい声が腹の底から湧き上がった。震える指先で本文を開けると、渋谷はさらに髪をかきまわした。

『今日の彼、また無表情だったね( ´_ゝ`)。遥の色気が足りないのかな┐(´∀`)┌」

 渋谷には池部九郎という彼氏がいる。池部の特徴を一言で表すなら「無表情」。無口ではないが、渋谷の前ではまったく喜びを見せず、怒らないし、笑うところを見たことが無い上、悲しむという様子もない。すべてが平坦であった。

先日に渋谷が池部と映画を見に行ったときもこうであった。

「面白かった?」

「ああ」

 うなずく池部だったが、その口元はまっすぐに引かれ、眼差しも笑みを浮かべる様子は無かった。

「わたしもー。九郎はどこがよかった?」

「あー……そうだな」

「うんうん」

「クライマックスで爆破ギリギリで抜け出したとこかな」

「やっぱりー。わたしも同じとこがよかったと思った」

「へぇ」

 ここで会話が止まった。なんとか渋谷は話を続けようと考えるが、池部は前だけを見て相変わらず笑ってるのかつまらないのかわからない表情を見せるだけであった。

「色気は余計だコンチクショー」

 手元の携帯電話に悪態をつき、返信メールを手早く作成した。

『色気は関係ないだろヽ(`Д´)ノ。それよりもあいつが何考えてるのかわかんないのが問題なんだ。あいつ普段何考えてんだ?』

 送信ボタンを押す。数秒と経たずに返事が返ってきた。

『そうだよねー。でも、そういう男子に限って頭の中はエロ気でモンモンしてたりするの(*´ω`*)。一度色仕掛けしたら?たとえば脱ぐとか、脱ぐとか、脱ぐとかして』

「ちょ、脱ぐって……」

 渋谷の顔がさあ、と朱に染まった。喉が知らず上下に動く。

『そんなことできるわけないでしょうが!だいたいわたしたちまだ高一なんだからデートするのだって大変だっていうのに』

『お金ないもんねー。わかるわかる(゚д゚)(。_。)(゚д゚)(。_。)。だからいいんじゃない。「今日わたしの家にだれもいないの」で誘って、部屋に連れ込んだら脱げばお金も要らないし大抵の男はイチコロよ(はーと)」

 なにがイチコロなんだろう。そんな言葉が頭をよぎる。

うつぶせの体を少しだけ浮かせて、体を覗き見た。パジャマの間から鎖骨と谷間が見える。

それなりに体のプロポーションは悪くないと思うが、池部はそれで反応するのだろうか。もしそれでも反応がなかったらどうしよう。さすがにそれだと池部の性癖を疑わざるを得ないが、その「もしも」が頭を巡ってしまう。

悶々とした考えを抱いたまま布団でゴロゴロ転がっていると、手の中の携帯電話が震えた。

『もしもーし、生きてる?この程度で自爆しちゃだめだよ』

 再び頬が熱くなった。

『生きてる!それに、そんなことする必要ないから!』

 憤怒のままに強くボタンを押して文を作るが、ふと背中に水が垂れたような感覚が走り、ひとつひとつ確認するように続きの文字を打ち出していった。

『でも、池部が何を考えてるかは気になる。なにか手があればいいだけど(´ε`;)。色仕掛け以外で』

 送信ボタンを押して、再び携帯電話が震えるのを待つ。ほどなくして返信が届いた。

『じゃあ、とっておきのおまじないを教えてあげる。明日池部クンに挨拶代わりにやってあげな(はーと)』

「おまじない?」

 メールの本文の下にわざとらしい空白が続いていた。スクロールさせてみると、「いい反応が返ってくるよ」という一文と共に、ある単語が書いてあった。

「なにこれ。とぅ……?」

 返信しても「明日やってみればわかるよ」とだけしか答えは返ってこない。しかたなく渋谷は携帯を充電器に戻し、今日は寝ることにした。

電気を消して、布団に潜る。

一日が終わり、新たな一日が始まろうとしていた。

説明
久方ぶりのオリジナルです。タイトル的に「森田さんは無口。」と被りそうですけど内容は全然違います。ちゃちな携帯小説に近いかもしれません。【11月5日】ちょっと執筆難航中。いまいち筆がうごかないです。キャラがまだ固まりきってないのか……ちょっと考え中。
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