世界で一番優しい夢明け
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 私は、夢を見る。

 それは奇人たちに囲まれたり、大きな体の動物に追い掛け回されたり、ピカソが描いた絵のような世界に入り込んだり、ともかく様々だ。

 私は、夢を見る。

 夜になり、ベットに入って、ゆっくりと目を閉じれば夜の闇よりも暗い黒が、私を隠してくれる。そんな気がする。

 私は、夢を見る。

 夢の世界はとても自由だ。そして不自由。何かが有るようで、何かが無いようで。そんな世界だけれどいこ後地は悪くも良くも無い。どこもかしこも普通で、平然としている、有り触れた世界。

 決して優しくは無いけれど。

 決して悪くも無い。

 私は、夢を見る。

 でもたまに思う。私が見るこの夢は、本当に私だけのものなのかどうか。

 もしかしたら誰かと共存していたり、誰かに見られたり、そんなコトが起きてやしないだろうか。途端に不安になって、泣けてくる。

 朝は夜になって、陽は沈み月が昇り、温もりは冷め、そして私は、夢を見る。

 いつの間にかこれが日常になってしまった。それに違和感を覚えなくなってしまった。

 一体何に異常を感じればいい?

 寝るコト? 起きてるコト? ベットに入るコト? 一人でいるコト? それとも夢を見るコト?

 答えなんて返ってこない。友達も家族も誰か他の人もいないのだから。それも、部屋に閉じこもっていたら当然だろう。

 私は、夢を見る。夜になると、夢を見る。

 夢を見ると大切な何かを思い出した気分になる。心に重い何かが残って、それがたまらなく愛しい。そして堪え切れないくらい――苦しい。

 どうして私はこれを抱えているのか解らない。これを持っている意味があるのか、私は問いただしたくなる。

 私は、夢を見る。

 昨日も一昨日も夢を見た。その前も、またその前も、その前も前も。

 けれどこれから先、私は夢を見るのだろうか。

 ――私は、夢を……。

 

 

 

―――

 

 

 

 俺は夢を見た。

 クラスの女の子だ。だいぶ前に来なくなって以来、決して見るコトが無くなった子の夢。

 その子は不思議な世界で奇人に出くわしたり、大きな動物に追いかけられたり、ともかく愉快な毎日を送っていた。

 俺は夢を見た。

 彼女の夢は牢獄のようだった。テンプレートのような決まりごとの世界に、自分から出られないようにと足かせを付けているようで、俺にはとても息苦しい。

 決して良い世界ではない。

 決して居心地が良いわけでも、ない。

 俺は夢を見た。

 だから思う。あの子の夢はいつからだろうと。

 もしかすると彼女の夢は、彼女自身の言葉の表れなのだろうか。だから夢とは言え、たくさんの残虐なコトを繰り返したのか。

 朝は夜になって、陽は沈み月が昇り、温もりは冷め、そして俺は夢を見た。

 彼女が夢を見るような、そんな日常。でも夢の中では日常が無かった。

 一体俺はどうしたらいい?

 彼女を泣き止ます? 暴挙を止める? 包丁を取り上げる? 自分の首を絞める手を払う?

 答えなんて返ってこない。当然だ。ここは俺の部屋で、家族はもう眠っていて、友達は個人の家で睡眠中。当の本人は――きっと夢の中。

 俺は夢を見た。夜になると、夢を見る。

 夢を見ると後悔と自責の念が押し寄せる。彼女を見るたびに手を伸ばし、声を出す。どれだけ頑張っても届かなくて、それが耐え切れないくらい――苦しい。

 どうして彼女に関わりたいのか、解っている。これが一体どういう意味を持っているのか、俺はよく知っている。

 俺は夢を見た。

 昨日も一昨日も夢を見た。その前も、またその前も、その前も前も。

 これから先も、ベットに入り眠ればきっと夢を見る。

 ――彼女が泣いてる、そんな夢を……。

 

 

 

―――

 

 

 

 夢が醒めた。

 キリが付いた、ような気がする。

 たくさんの夢を見て。

 たくさんの自分を思い出して。

 そして終わった。これで、QED。

 私の中の私は、夢の中で全てを置いてきた。たくさんの思い出を、そこに置いてきた。

 夢の世界はその全てを受け入れて、そして言ってくれた。

 

「本当によかったのかい?」

 

 それに、言葉を返せなかった。

 ここでむやみに何か言えば、私はきっと夢から出られなくなる。悩んで悩んで、目が覚ませなくなる。

 だから私は首を横に振った。喋れば心が動くけど、それ以外ならば、と最後の悪あがき。

 これで良かった。楽しいコトも、嫌なコトも、全部全部、置いてきたけれど、きっと思い出たちは幸せだ。

 夢の世界は何であっても受け入れてくれる、優しい世界。自由だけれど不自由な、そんな場所。

 私のところにいるよりは、そこにいた方が、きっと輝いてくれる。

 ――夢が、醒めた。

 目を開ければ鳥はさえずり、ちょっとだけ肌寒い。カーテンを開けると陽が昇っていた。

 時刻は午前五時。夏本場が近まってきた今の時期、この時間で陽が昇るのは珍しくない。

 ――夢が、終わる。

 部屋の扉を一瞥し、私は首を横に振る。もう、あの扉をくぐるコトはない。

 ベランダへの窓を開け、私は外の空気を全身に浴び、大きく伸びをする。

 朝日が気持ちいいと、初めて感じた。

 ――夢は、終わる。

 ぺたぺたと、ベランダを歩く。裸足の私にはタイルの床が冷たく感じる。

 でもそれは突き放すようなものではなく、心に透き通る、心地よい冷たさ。

 ――私は、終わる。

 外から見える景色をぐるり、と見渡し。

 用意していた階段を上り。

 一番上まで来て。

 私は終わった。

 

 

 

―――

 

 

 

 夢が醒めた。

 途端に俺は走り出していた。何でか解らない。でもそうしなくちゃならない気がした。

 俺の家から彼女の家――町一番の大きなマンションまで、そう離れていなかった。

 一階の大きな自動ドアが開く。

 ホールにはエレベーターがある。急いで中に入り、彼女が住む二十三階へ。

 ――夢が、醒めた。

 彼女は夢の中で泣いていた。けれど普通に声を上げて泣いているのではない。

 自分の大切なものを、ゆっくり、一つずつ、自分自身の夢の中に置きながら、静かに静かに泣いていた。

 俺は叫んだ。

 

「どうしてそれを捨てていくんだ!」

 

 楽しい思い出も。

 悲しい思い出も。

 なぜそこに置き去りにするのか、と。

 返事は返ってこないだろうと、俺が叫び続けると、唐突に誰かが話しかける。

 

「それは彼女が決めたんだ」

 

 誰かは姿が見えない。見えない何かだった。

 

「彼女は苦しいから夢を見る。夢を見るのに理由が無いなんて大嘘、ホントは誰にだって訳あって夢を見るのさ。楽しくなりたいから、忘れたいから、思い返したいから――理由は様々。でも彼女は特殊。彼女はこの夢の世界で最期を過ごしたかったのさ」

 

 最たる期。人生の終着点付近。

 そう、意味を解してくれた。

 ――夢で、泣いた。

 幼い頃から一緒にいて、泣いて笑って笑いあった仲で。

 ――夢で、怒った。

 母親の結婚が決まって彼女はお金持ちの家の子となり、有名になった。けれど、家業は潰れ、迫害の的になってしまった。

 ――夢で、悔んだ。

 俺はそれを知っておきながら何もせず、何かしようとしても行動に移せず――うやむやのまま、彼女との間柄を捨てようとして。

 ――夢で、苦しんだ。

 そうして彼女を放り出した。俺は手を差し伸べるコトが出来たはずなのに、泣いている姿を見つけてあげるコトが出来なかった。

 いや、見つけはしたのだ。この夢の中で、なんどもなんども。

 けれど俺はそれを本物だと思わず、夢だと切り捨て、知らない顔だった。

 何を勘違いしているんだ。

 夢だろうとなんだろうと気づくべきなんじゃないか。彼女のいろんな顔をよく見てきたのは、昔から一緒だった俺じゃないか。

 

「取り戻したいかい?」

 

 夢は言う。俺は首を縦に振る。

 

「じゃあ夢を醒まそう。彼女より少し早く、ね。それでどうなるかは、キミ次第」

 

 遊ぶように言う。楽しんでいるかのように。

 けれどそれに構う暇は無い。

 夢は醒めて、俺は起きて、家を飛び出した。

 後は、走って彼女の部屋に行くだけ。

 

 

 

―――

 

 

 

 空は優しく出迎えてくれなかった。

 夢は醒め、お別れを告げ、朝日に迎えられて終わるはずだったもう一つの夢は、

 

「よう――おはよう」

 

 幼馴染の男の子に、拾われた。

 

「眠そうな顔してるぞ。どうした? 顔、洗って無いだろ」

「……」

 

 なんで、彼がいるのだろう。

 中学になってまったく話すコトもなくなって、それ以来三年、まったく会いもしていないのに。

 ……どうしてなんだろう。

 こんなにも、会いたかった感情を抑えきれないのは、どうしてなんだろう。

 

「手、冷たいな」

「……」

「どうしてこんなに冷たいんだよ。まったく。カイロ持ってくればよかったな……って今は夏か。いらないよな」

 

 はは、と笑う声はちょっとだけよそよそしい。久しぶりだからだろうか、不思議な気分だ。

 でもそれは私も一緒。

 手を掴む彼の右手は温かい。とてもとても。久しぶりの――人肌の温もり。

 

「……泣くなよ」

「…………!」

「あ、いや、違うぞ。泣いてもいい。でもさ、それとこれとは話が別だ」

 

 あぁ、怒るんだ。

 彼は私が死のうとしたコトを怒るんだ。

 それは、ヒトとして、当然の――、

 

「思い出を置いてくなよ」

 

 彼は予想外の言葉を口にした。

 きっと何で死のうとした、って言うと思ったのに、まったく予想外の言葉を口にしたのだ。

 

「お前の大切なもんなんだろ、今までの思い出。笑ったり泣いたり怒ったり……いっぱいあったんだろ。それをどうして置き去りにしたんだ」

「……」

「俺と過ごした幼いときの思い出も――置いていきやがって」

 

 そこでようやく、彼が手を離した。

 すぅっと、冷たくなる。

 あぁ、と思うけれど、離した彼の右手を見てはっとなる。

 ――ぶるぶると、震えていた。彼は今、怒っているんだ。

 私が死のうとしたコトではなく、思い出を夢の中に置いてきたコトに。

 

「いっぱいあったろ、あのとき。楽しいコトも、悔しいコトも。俺は今でも思い出せる。お前に馬扱いされたときやじゃんけんで一回負けただけ雑魚扱いされたとき。悔しかった、とってもな。そんで手を繋いで家に帰ってたとき。恥ずかしかったけどな、嬉しかった――とっても。だから俺は今でも思い出せる。大切な思い出だからだ」

「――――」

「生きてくのがつらいのなら、言ってくれよ。俺の大切なものは、思い出もだけどな」

 

 すっと伸びる、彼の両腕。

 それは私を包むように。

 優しく抱きしめ。

 

「一番は、お前なんだ。言えなかったけど、俺が弱くて言えなかったけど、お前なんだ」

「――う、うぅぅ……」

 

 夜は朝になって、月は沈み陽は昇り、冷たさは温もり、私は夢から醒めた。

 これから私は昔のように彼と手を握って、くぐるコトはないと決めていた部屋の扉を開け、泣き腫らして真っ赤になった目のまま、朝の食卓を準備する母親と父親に会うだろう。

 驚いて大丈夫? と言いかねないけれど、でも私はきっと大丈夫だよ、と返すコトが出来るはずだ。

 まだ一つ、大切な思い出が――私を支えてくれるこれからの思い出が、手を握っててくれるから。

 

 

説明
ゆめにっき、と言う作品の二次創作です。独自の解釈を持って書きました。楽しんでください。また、アドバイスや批評あればお願いします
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