Ritual of Ruin
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 言峰がこういうことを好むのだとは思ってもみなかった。

 バゼットは扉の脇に転がされた南瓜を見おろし、異様な風景を観察する。ざっと数えても南瓜は十個以上あるが、そのどれもが原型を留めていない。半分に割られたものもあれば、一部分をえぐられたものもある。乾燥しヒビが入った表面が太陽にさらされ、打ち棄てられたような家とその周囲に広がる草原とあいまって空虚な群像が照らしだされている。

 言峰の趣味の一環だとバゼットは思うが、反応のないものに手を加えたところで言峰の嗜好にかなうはずもない。おそらく、南瓜で何かを作ろうとしてうまくいかず、次々に手を加えては失敗して放り出していたのだろう。いまの時期的に答えはひとつしか思い浮かばないが、目の前にある失敗作はどれもがほど遠く見える。

 試しに南瓜の表面を叩くと、小刻みよい音が響いた。

 この家は言峰がこの国の拠点にしている場所で、ふたりだけの秘密の場所でもあった。人里離れた丘の上にあり、衆目を避けるのにも日常の煩わしさを忘れるのにもちょうど良い。ここで過ごす時間はバゼットにとってそのまま言峰との特別な結びつきになっている。さまざまな時間や記憶を共有するにつれ、互いの理解を深め、ふたりだけの絆を探るところになった。

「ジャック・オ・ランタン」

 聞き慣れた声に振り返ると、坂をのぼってきた言峰がいた。何かを買いこんできたらしく、両の手に大きな紙袋を抱えている。

「やっぱり、ハロウィンでしたか」

「他に何もなかろう」

 言峰はそう答え、壊された南瓜の隣で紙袋の中身をひっくりかえした。中から新しい南瓜が次々に転がり出てあたらしい群像をつくりあげる。塗炭で出来た壁に沿って南瓜を積みあげなおす言峰は法衣姿のままで、おおよそ風景と釣りあわない。家を出ていくときに何も言わなかったから、てっきり仕事に行ったのだとばかりバゼットは思っていた。

「仕事ではなかったのですか」

「この格好だと買い出しに行くのにも便利でね。今日も南瓜を余計に詰めてくれた」

 言峰は積みあげた南瓜を一歩下がって眺めている。枯れ草と南瓜の赤い色に慣れた目に、外套の深い漆黒が冷えるようだ。

「南瓜を使うのですね」

 そう言ってバゼットは均衡を崩して転がってきた南瓜を山の上に戻してやった。想像よりも軽く、作りもののようだ。壊れた南瓜と新しい南瓜の奇妙な対比が、静かに風に吹かれている。

「飾り用だよ。もとは家畜の餌だから、食えたものではない」

 言峰が手を拡げ、その味を思いだしたのか眉を潜める。午後の陽に照らされた顔の上で黒髪がせわしなく揺れている。その輝きがバゼットの内に沈みこみ、心をざわつかせてくる。

「私の故郷では、蕪を使います」

「蕪でランタンを作るのか」 

 言峰を見あげてバゼットは頷く。言峰が知らないことを自分が指南するたび、気恥ずかしさのような喜びを覚える。

「だから故郷から出てきたときは驚きました」

 故郷では控えめな祝祭だったはずの日は、場所を変えるごとに意味も変わっていき、ただの騒がしい休日になりはてている土地も見た。世界をめぐり、さまざまな変化を知っていくことに、自分のいた世界がいかに狭かったのかをバゼットは実感する。そして、言峰の辿ってきた軌跡に寄り添い、多様な価値を知る言峰に一歩ずつ近づいているという手応えを得ていた。

「どんなランタンを作るつもりだったのですか」

 言峰が南瓜を眺めわたし、

「最初はあまり深く考えていなかったのだがね」

 そう言いながら、積みあげられた山のなかからひとつの南瓜を引き抜いた。言峰の手に乗ったそれは他のものと比べると少しだけ貧弱な形をしている。

「そのうち、どうにも止まらなくなった。執着心には呆れるばかりだよ」

 言峰がこちらを向いてうすく笑う。自分の記憶と経験に重ねあげられてきた、見覚えのある表情だ。よからぬことを企んでいるとき、決まって言峰はこういう笑みを見せる。

「こういった細かい作業はおまえのほうが向いているかもしれんな。やってみろ」

 言峰が出してきた南瓜を受け取るとすぐにナイフが手渡された。逆らう理由もなく、バゼットは南瓜を地面に置いてしゃがみこみ、南瓜に刃を刺しこんだ。小さいころ父親から教わっていたから多少の心得はある。蕪にくらべると不格好な赤い形は柔らかく加工も楽にでき、大陸を渡るうち習慣が変わっていったのもうなずけた。

 穴を開け、中身を掻きとり、南瓜を人の顔に変えていく。隣に立った言峰はたまに注文をつけながら、バゼットの手元をずっと眺めていた。風にあおられた外套の裾がバゼットの身体に触れ、なめらかな感触を肌に残しながら引いていく。

 言峰の真剣な目つきに緊張しながらも、バゼットはあらためて心に火がともるのを感じていた。生死のぎりぎりの線を共にたぐりよせるときに感じる高揚も、こういった他愛ない時間の積み重ねも、自分と言峰の間にある結びつきを実感できるからだ。

 出来あがったランタンは笑っているものの、どこか寂しげな表情をしているようにバゼットには思えた。

 バゼットが南瓜を掲げてみせると言峰は満足げに頷き、

「上出来だ」

 裏のない褒め言葉にバゼットは笑顔を隠しきれなかった。期待を向けられ、それに応えられるという図式は言峰と共にいる時にしか得られず、素直な喜びとなってバゼットを満たしてくれる。

「まだ夜には早いですが、蝋燭を入れますか」

「いや」

 言峰は笑みを浮かべたまま首を横に振り、

「壊せ」

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 一瞬、意味をつかみかねたバゼットは唖然として言峰を眺めた。

「壊すのですか。これを……」

「そうだ。盛大に、派手であればなお良い」

 ひややかな言峰の声がバゼットのささやかな喜びを打ち崩した。

 バゼットは両手で抱えた南瓜の顔を見おろした。中身のないがらんどうの表情が、枯れた風景に向いている。

「惜しいか」

「せっかく作ったのに……」

 言葉に出すことでますます心が沈んでいく。こんな態度をとったところで言峰の考えがひるがえるはずもないのに、自分を止められない。気づかないうちに指が南瓜を叩いていた。

「その容貌だからこそ壊すことに意義があるのだよ。安心しろ、ランタンならあとでいくらでも作ってやる」

 バゼットは納得できずにしばらく黙りこんだが、ゆっくりと頷いた。子供っぽい僻みが心の底から離れないのは、言峰に対する甘えが芽生えているせいだろう。ランタンが惜しいのではなく、自分が報われないのが嫌なのだ。

 言峰の顔をうかがうと、いつもの漆黒の瞳に出会った。自分は今、共犯をもちかけられている。言峰の目的は自分の希望を潰すことではなく、出来上がったこのランタンじたいにあるのだろう。

 バゼットは無理に笑みをつくり、気を取り直して南瓜を抱えたまま建物の裏手に回った。静寂にうずくまった秋の眺めがバゼットの目の前に広がっていた。白くにじんだ太陽の下、枯れかけた草原がどこまでも広がり、陽光を受けてきらめいている。風が吹きつけるたび、枯れ草と土ぼこりの匂いが鼻をついた。一斉に首を垂れる穂先が風の流れを描き出し、終わりのないさざめきを響かせている。

 バゼットはなるべく建物から離れて間合いをはかる。意図はわからないが、言峰の望みにかなうのなら、その通りにしてやらなければならない。家の周囲は手入れされ草も刈りとられているが、それでもまばらに生えた雑草が風に震えている。その下草を踏み固め、足をわずかに拡げ、腕を伸ばす。

 言峰はと見ると、建物の際に立っていた。煙草に火をつけて完全に傍観を決めこんでいる。陽光に照らされた長身が濃く長い影を投げかけ、その周囲に煙がまとわりついては外套のはためきにかき消されていく。何にも染まることのない姿が、陽光と静寂のなかにたたずんでいる。

 目が合うと微笑みが返ってきた。知らず心臓が重く鼓動を打つ。派手に、と言峰は望んだ。それならいつもどおりに振舞えばいいだけだ。

 合図のつもりなのか、言峰が煙草を持った手で空を示した。

 バゼットはランタンを空に向かって放りあげた。まっすぐにあがる南瓜が空中で静止したように見え、すぐに落ちてくる。

「そいつはかつて???」

 言峰の声はかすれ、風に消されてしまう。

 白い太陽、目に吹きつける風、乾いた草原。南瓜が太陽に重なり、視界が陰ったのと同時に、バゼットは一歩踏みこみ、身体をひねって足を振りあげた。

「あと一歩のところまで私を追いこんでおきながら、愚劣にも私を殺しきらなかった」

 踵が叩きこまれる瞬間、ランタンの寂しげな容貌がバゼットを見おろしてきた。一瞬にして球体が砕け散り、その向こうからあらわれた太陽に目を射られる。足を下ろし、身体を戻したバゼットの周囲に細かい破片が乾いた音をたてながら降り、すぐに流されていく。

「素晴らしい」

 言峰の声はもとの張りを取り戻し、陶酔すら含んでいた。バゼットは服についた粉塵を払い、周囲に散らばった南瓜の欠片を見おろした。あの寂しげな顔もなくなり、破壊の残滓が地面に細かい影をつけている。

 扉の横に積みあげられていた出来損ないのランタンを思いだす。バゼットにもやっと理解できた。言峰は最初から破壊することを目的に、誰かしらに似せたランタンを作らせたのだ。

「その人は」

 バゼットが近づいていくごとに、言峰の笑みは濃くなっていく。言峰が煙草を地面に落とし、破片ごと足ですりつぶす音が悲鳴にも聞こえた。

 言峰の手が頤に触れてくる。くちづけられて疑問の先が言えなくなった。風に惑う髪が肌をくすぐり、夜の記憶を揺らす。

 本心を覗こうと頬に手を添え、言峰の目をうかがう。枯れた風景をうつした奥に、濁りのない、強い意思を閉じこめた漆黒の色がある。烈しさと渇望が入り組んだ、肌を重ねているときに言峰がよく見せる、底のない色だった。

「とうに死んだよ」

「死んだというのに、まだ……」

「だから言っただろう、自分でも呆れるばかりだと」

「???綺礼、貴方という人は」

 バゼットは溜息をついてから、微笑みが浮かんでくるのを感じた。言峰のすべてを知らないというせつない痛み、たくらみを分かちあったという喜びの震え、そして言峰が執着しているであろう人物への嫉妬がからみあい、バゼットの底で脈を打っている。だがその脈も、言峰の手になるものだと思えば生命をつなぐ礎になる。聖職者として世界と向きあい、さまざまな道を彷徨いつづけてきた言峰は、深くねじ曲がり、それでいて清く澄みきった本心を見せるようになった。人として赦されない言峰の歪みを認め受け入れられるのは自分だけだという確信がバゼットに根付きはじめていた。そして言峰もまた、自分との結びつきに特別な意味を見いだしてくれたはずだった。

「腹いせに私を使いましたね」

「その通りだ。不満でもあるのか」

 そう言われてしまっては何も言い返せない。あまつさえ、不満など感じていないのも言峰には見抜かれている。

「ずるい人だ」

 素直に言うと言峰が咽喉の奥で笑い、

「そういう人間と知っていて、私を選んだのだろう」

 バゼットは答えるかわりに言峰の外套に手を触れ、身を寄せた。なめらかな黒衣を通して、力に満ちた感触が伝わってくる。言峰の体温が頬の熱になり、心のやすらぎになる。

 草のざわめきが背後から聞こえてくる。振り返ったバゼットの目に、広々とした草原がうつった。白い太陽の下、風を受けて色褪せた葉先が上下している。はるか彼方、地平線までもおおいつくした生命の隆盛。いまは枯れつつある風景でも、来春にはまた青々とした草原に生まれ変わるのだろう。

 どこからかやってきた鳥が旋回し、悠々と影を羽ばたせながら去っていく。

「バゼット」

 陽光のまぶしさに疲弊した目に、漆黒の姿がやさしく沁みた。

「本物のランタンを作るか」

 うなずいて、バゼットはもういちど言峰に身を寄せる。

 地面に落ちていた南瓜の欠片が舞いあがり、ふたりの前をかすめて散っていった。  

 

 

 終 

説明
Fate二次創作。言峰×バゼット、ハロウィン小説。甘めです。
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Fate 言峰綺礼 バゼット 衛宮切嗣 ハロウィン 言バゼ 

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