レッド・メモリアル Ep#.15「レジェンド」-2
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国会議事堂 ボルベルブイリ

7:03 A.M.

 

 アリエルとリー、そしてタカフミの三人は護衛付きの車に乗せられ、国会議事堂までやって来ていた。そこは、『ジュール連邦』の政治の中心地であり、古典的なジュール文化に基づいた建築法での国会議事堂が建っている。

 《ボルベルブイリ》の街のほぼ中心地に位置しており、国会議事堂の周囲を取り囲む道から更に放射状に町へと街道が広がっている。周囲には『ジュール連邦』に関する建物が多くあり、国土安全保安局からは近くにあった。

 しかしここは、《ボルベルブイリ》に住んでいるアリエルも普段は寄りつかない場所だった。若者が来るような場所では無いし、何よりも道路、道を行き来するだけでも、警備が厳しい事が分かる。挙動不審な行動をとればすぐに連行される。それだけ『ジュール連邦』という国は厳格だった。

 今ではそんな街並みの警備も更に厳しく強化されている。国会議事堂前には戦車までが配備されており、厳重なバリケードまでが張られていた。戦時中だから無理もない、何しろ街から200km離れた緩衝地帯にまで、『WNUA』軍はすでに侵攻してきている。

その警備を抜けるためにも、アリエル達の乗った、国安保局の車は何度も停車させられ、彼らの身分証を確認させられていた。

国会議事堂内部の敷地も厳戒態勢であり、建物もひっそりとしている。

「戦時中って奴か?」

 国会議事堂の建物のひっそりとした姿、議員や役員の姿も見当たらず、警備ばかりが強化されている。

「議員達は地下シェルターに避難させられているな。上院議員のサンデンスキーも同様だろう」

 リーが再び冷静な声でそう言う。車から降ろされた彼らは、国安保局の者達によって議事堂内へと案内される。そこにはストロフもついてきていた。

「君がついてくる必要はないぞ」

 リーがストロフを見てそう言った。だがストロフは彼の前を遮って堂々と言う。

「いいや、あんたらが、例の議員に会うまでは、きちんと案内させてもらう」

 ストロフはリーにそう言った。案内という言葉を聞いたリーは、少し何かがおかしいようだった。

 国会議事堂の警備は厳戒態勢だった。あくまで、歴史ある風格の建物に手をつけないという配慮はされているものの。マシンガンを構えた兵士達が歩き回り、そして扉の前に立ち、入り口には金属ゲートまで設置されている。

「国安保局のセルゲイ・ストロフだ。この方々を、サンデンスキー上院議員に面会させるためにやって来た」

 歴史ある建物の入り口に設けられた金属ゲートには、屈強な軍の兵士達が構え、潜る事ができるゲートが一つしか無い。

 リーもタカフミも武器を没収されていた。彼は金属探知機にかけられる。反応は無く、ゲートの先を通過したが、ストロフが通過しようとするとゲートが鳴った。

「銃を預けください。ストロフ捜査官」

 兵士の一人が言った。

「彼らが余計な事をしないように、見張るだけだ。いいか?私だって政府の人間なんだ」

 だが兵士は、

「例外はありません。ストロフ捜査官。今は戦時下です。総書記は命令の上で、この国会議事堂内では、信頼できる護衛以外には武器を持たせるなとの事です」

 ストロフはその言葉に不服そうだった。まさか自分が総書記を撃つとでも思っているのかと言いたげな顔だったが、仕方なく彼は持っていた銃を、兵士が持つトレーに載せ、足首に差してあった、飛びだしナイフさえも預けるのだった。

 だがアリエルが通過しようとした時に金属探知のゲートが鳴る。

「何かをお持ちですか?」

「いえ、そんな事は、でも」

 アリエルは戸惑う。一人の兵士がやってきて、アリエルのライダースやズボンに金属探知機をかざす。反応は無い。

「その子は、頭を手術した事があって、脳に金属片が埋まっているんだ。調べてみろ」

 リーがすかさずジュール語へ兵士達に言った。

 金属探知機を持つ兵士がアリエルの頭に金属探知機をかざすと、確かにそこに反応がある。

 それには、アリエルも自分自身で驚いた。

「失礼を承知ですが、ご容赦ください」

 と兵士は言い、反応があった部分のアリエルの真っ赤な髪を分ける。後頭部に位置するそこを見た兵士は、

「確かにそのようだな。古い傷跡がある」

「失礼をしました。ですが、通って構いません」

「構わん。謝るな。今は戦時中だからな」

 ストロフはそう言って、ようやく一行は国会議事堂の中へと入る事が出来た。

 だが、アリエルは自分の後頭部の事がどうしても気になった。リー達に言われた事は間違っていない。自分は知らない内に、脳の中に、確かに何かを埋め込まれていたのだ。

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《ボルベルブイリ》某所の地下水道

 

 《ボルベルブイリ》は歴史ある街である。その歴史を遡れば数百年前からこの街は存在していた。時に他国に占領され、国や、その体制さえも変わった事が何度もあり、現在も、西の大国達に攻め挙げられようとしている。

 しかしその歴史ある街は依然としてそこに残り続け、変わらぬ姿で建っている建物も少なくはない。

 地下水道もそんな昔からある道の一つと言える。今だに下水を流すために使われており、《ボルベルブイリ》の市内を網目のように入り組んで配置されている。もちろんいつまでも古い水道を使いはしない。新しい水道網が幾度となく建設されたが、それはより一層、地下水道網を複雑化させ、しかも、古い水道網の存在を忘れさせる。

 シャーリ達テロリスト集団が移動していたのは、そんな水道の中でも最も古い地下水道だった。

 ベロボグは、国立図書館で事前に地下水道の地図を探させ、それを電子化し、レーシーにインプットさせた。

 だが当のレーシーは下水に濡れる事に対して不服の様である。

「やっぱり臭いよシャーリ!お父様に頂いた、大事な服も汚れちゃう!もう変なのが沢山ついているよ!」

 大きい声を出してはいけないというのは、レーシーも分かっているようだが、その文句をひそひそとした声で言った。

「そんな事、今はどうだっていいわ。あなたはお父様の崇高な目的がどれほどのものであるか、分かっているはずよ、レーシー」

 シャーリの方はと言うと、汚れの事など全く気にしていない様子でそう言った。彼女は動きやすい服を纏っていたが、足元に関しては、部下達も含めて皆が下水に浸かっている。

「分かっているよ。そんな事くらい」

 レーシーはそう言いつつ、小柄な自分が一番深く浸かってしまっている事になる道を歩き続けた。

「道は合っているんでしょうね?計画の時間ももうすぐだわ」

 シャーリはレーシーに向かって念を押す。だがレーシーが道を間違えると言う事などはあり得ない。彼女は完璧に、道準に従っているという事は、シャーリにも分かっていた。

「大丈夫だって。あたしの中には、お父様がセッティングしてくれた、完璧なナビが付いているんだから」

 レーシーはそのように言い、下水の中に不快混じりに脚を突っ込みながらも、先に進んでいくのだった。

「Xポイントまではどのくらい?」

 シャーリが尋ねる。

「もう1kmくらいって所かな。お父様とも合流する予定。地上でね」

 大丈夫、上手くいく。お父様の計画は全てが完璧だ。だが次に行おうとしている計画は、お父様の伝説の中でも、最も重要なものとなる事は確かだ。シャーリはそれを肝に銘じるのだった。

 

ボルベルブイリ市内

 

「この通行証があれば、検問を通る事が出来るって本当なのかしらね?」

 人気の無い通りを車で進みながら、セリアは手に持った旧式のカードキーをフェイリンに見せた。運転は彼女にさせている。

 《ボルベルブイリ》市内の通りには全く人気が無い。皆、戒厳令下によって家の中に隠れてしまったようだった。

「あの人は、セリアに対して協力的だった。わたし達にこの通行証を渡して、街へと潜入させ、あのリー・トルーマンと接触させる。それで一体何をしたいのかって事が分からないけれども」

 フェイリンはそこまで言って言葉を止めた。どうやら不安になっているらしい。

「別に、あなたはついてくる必要は無かったわよ。そもそも、この国まで来る必要もなかったかもしれない。この場で帰って欲しいとは思わないけれども、首を突っ込んで、危険に身をさらす必要は無いわ」

 セリアはフェイリンの方をじっと見つめてそう言うのだった。

 だが、フェイリンはセリアの方は向かず、しかと人気の無い街の姿を見つめて運転を進めていく。

「わたしは、あなたの事が心配なのよ、セリア。部外者なのに首を突っ込んでいるのはあなた。それを心配して付いてきている。何しろ、わたしには他にやる仕事も無いんだしね。軍に協力して貰える報酬も捨てがたいけど」

 フェイリンはそう言った。だが、不安げな姿は隠せないようである。

「じゃあ、わたしは軍の為じゃあなくって、自分自身の為にここに来ているって言ったら?」

「自分自身の、一体何のため?あなたにとってはろくな利益にもならないのに?」

 フェイリンはセリアの方をちらりと向いてそう言った。

「わたしの娘のためよ」

 セリアは答えにくそうにそう答えるのだった。

「はあ?あなたの娘さんは、結局見つからなかったって、そう言っていなかった?」

 と、フェイリンは言うのだが、

「ええ、見つからなかった。でも、18年かけても分からなかった消息が、幾つもの事柄によって結びつこうとしている。娘は、『ジュール連邦』にいる。そして、父親はベロボグ・チェルノ。彼が行おうとしている大きな計画の為に、わたしを利用して生み出された。そしてそれを、リー・トルーマンが追っている。

 あたかもあのリーという男は、わたしに娘を捜させたがっているかのように思えるわ」

「なるほどね。全ては結んであったのかもしれない。セリア、あなたがリー・トルーマンに呼び出された所から、全ては彼らのベロボグの組織に対しての反抗の伏線だったんだわ。その狙いが何なのかは分からない。

 ついでに言えば、その中にあっては、わたしは部外者というのは確かなわけね」

「そう。その計画の中には、わたしは組み込まれているようだけれども、あなたは関係ないわ」

 セリアは苦笑したかのようにそう言った。

「でも、だからこそ、あなたの事を心配してあげられるのよ、セリア。そのリー達の計画と言うのは、わたしにはとても危険な気がしてならない。だから、わたしはあなたについて行く」

 フェイリンはそう言いながら、車を進めていった。

「そうね。でも、覚悟はしておきなさい。これから何が起こるなんて事、わたし達にだって分からないんだから。ほら、見えてきた。しかしながら、見るからに『WNUA』側であるわたし達が、戦時中に敵国の国会議事堂なんて入れるのかしら?」

 セリアとフェイリンの視界の先には、ジュール連邦国会議事堂の堂々たる歴史ある姿が見えて来ていた。

 

 ベロボグは、再びレーシーの力を使い、その肉体をステルス戦闘機へと一体化させ、一直線にある場所を目指していた。

 『ジュール連邦軍』のレーダーには引っ掛からないステルスモードだが、昨晩はレーシーは軍に発見されてしまったと言う。彼らの技術も戦争に備えて進歩しているという事か。

 とりあえず、ベロボグは『ジュール連邦』の領海前で旋回しながら待機をする事にした。

 だが、計画が始動すれば、ベロボグはいつでも行動を始める事ができていた。

 ベロボグはさらに通信装置をも使い、シャーリと連絡を取り続けている。彼女はこの計画の先がけだ。

 ステルス戦闘機をコントロールしつつ、更に自分の体内と融合している通信装置を使用するのは、二つのコンピュータを同時に操作する事であるかのように難しい事だ。レーシーの能力を習得したばかりのベロボグには、いくつかのコツが必要だった。

 計画を推し進めていくためには、訓練をしているような時間など無い。だから今は必要なものだけを身につけるようにしよう。ベロボグはそう判断して、自らのステルス戦闘機を操作する。

 やがてレーシーだけではなく、それは彼の能力にもなる。そしてこれは、今実行しようとしている計画に対しては何としても必要な戦力だった。

 シャーリ達、そして配下の者達の能力と、ベロボグ。その全てが合わさって、この能力が発動するのだ。

(お父様。ペンティコフが位置につきました。いつでも実行可能です)

 シャーリからの声が聞こえてくる。ついにこの時がやって来たのだ。

「よし、では実行する。《ボルベルブイリ》を我らのものにするのだ」

 ベロボグは声も高らかにそう言うのだった。

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ジュール連邦 国会議事堂 地下シェルター

 

 アリエル達は、重厚な金庫の中にあるかのようなエレベーターを使い、国会議事堂の地下へと向かい、やがてエレベーターは到着した。

 リーに言わせれば、ここは国会議事堂地下のシェルターなのであるという。街の地下にこんな施設があったとは、アリエルにとっても意外だった。だが、全くこの話を聞いた事が無いわけではない。

 戦争に備えて、政府は《ボルベルブイリ》内に、幾つもの核シェルターを用意しているという。特にどこの国の政府の建物にも、必ずシェルターがあって、有事の際、最高指導者の総書記や議員などはそこへと避難するのだという。

 だが、自分がまさかそんな所に入る事になるとは。ほんの10日前のアリエルには想像する事もできない事だった。

 地下シェルターは、コンクリートで塗り固められているが、薄暗くは無い。緊張感ある表情で職員らしき人々が狭い通路を行き交い、また、重武装のマシンガンを構えた者達が、周囲を警備で固めている。

 アリエルは落ちつかない。本当に自分がこんな所に来て良いものかと思ってしまう。

 そんな事を察してか、タカフミは言った。

「アリエルさん。安心していい。俺達だってここに入るのは初めてだ。だが、これから会うサンデンスキー議員は、人格者だ。この国の政治家にしては変わっているけどな。何しろ、俺達に協力するような相手だ。どこかの誰かさんとは違う」

 ちらりとタカフミは、背後から付いてくるストロフの姿を見やった。

「それは俺の事を言っているのか?」

 ストロフはタカフミよりも一回り高い身長を見せつけ、そのように言い放つ。

「さあ、どうだろうな?」

 タカフミがそう言った時、警備員の一人がストロフを止めるのだった。

「何のつもりだ?」

 ストロフがその警備員に語気を強めて言う。

「ストロフ捜査官。あなたはここまでです。あなたは、サンデンスキー議員に会う事にはなっておりません」

 まるで機械が話すかのように、その警備員はストロフに言うのだった。

「何だと!オレがこいつらをここへと連れてきた。オレでなければそんな事はできなかったんだぞ。それはどういうつもりだ?」

 しかし、警備員はストロフの前に立ちはだかる。

「今は、厳戒態勢中です。議員の方々は、許可された方としかお会いにはなれません」

「俺が、ここまで連れて来たんだ」

 そのようにストロフが言ったが、結局からは通路を先に通してもらう事はできなかった。リーを先頭にして、アリエルとタカフミは、とある部屋へと通される。そこは地下の執務室となっており、ある程度は圧迫感が取り払われ、部屋の中も装飾がされていた。

 その部屋で補佐官と共にリー達を待っていた人物が、サンデンスキー議員だった。

「あなたが、サンデンスキー議員?お初にお目にかかります。わたしは、あなたの支援している組織の者で…」

 タカフミはわざわざジュール語を使い、サンデンスキー議員に挨拶をするとともに手を差し出す。議員はそれに応え、タカフミと握手を交わした。

「組織の仲介役とは何度も会っていたが、組織自体のメンバーと出会うのは初めてだ。確か、あなたはタカフミ・ワタナベという方のはずだ」

 サンデンスキー議員とは、とてものっぽな姿をしていた。背の高いジュール系の人種の中でも、彼は特に抜きん出て背が高い。その頭は、限られた高さしか無い天井にまで届いてしまいそうで、アリエルからは見上げるほどの背の高さがあった。

「あなたも、組織の一員?そして、あなたが、アリエル・アルンツェンさん?」

「ええ、私は、リー・トルーマン」

 アリエル達の方を向いてきた議員に対し、リーがそのように答えた。アリエルも、議員の背の高さに驚きつつ挨拶をした。

「どうも…」

 サンデンスキー議員は、『ジュール連邦』の上院議員だというが、アリエルには見覚えが無かった。元々が、アリエルはただの高校生でしかなかった。政治など、外の世界で起こっているものだとしか思っておらず、10日前の彼女だったら、まさか議事堂のシェルター内で上院議員に顔通しをするなど想像だにできない。

「挨拶をしたところで、早速だが話を進めたい。ワタナベ氏。あなたによれば、ベロボグ・チェルノは間違いなく我が国にテロ攻撃を仕掛けようと考えているのだな?」

 サンデンスキー議員は足早に話を進めた。

「ええ、ほぼ間違いないでしょう。この国に、あなたの支援で造ったアジトも急襲されました。ベロボグ達の狙いは、間違いなくそこにいるアリエル・アルンツェン」

 タカフミがそのように言うと、サンデンスキー議員の他、補佐官やリー達も彼女の方を向いてくる。

「ほう。この娘さんが」

「ベロボグ・チェルノの娘であり、彼の狙いの一つ」

 リーがアリエルをそう議員に紹介した。アリエルはと言うと、着の身着のままでこの場所までやってきた自分を、品定めするかのように見られたくは無かった。あまり心地の良い気分では無い。

「ワタナベ氏。何故、彼女が狙われているのかを教えてもらいたい。そして、それが今、この国を襲っている戦争と、どう関係しているのかを話してもらいたい」

 サンデンスキー議員はアリエルの品定めを止め、タカフミに言った。

「そうですね。説明しましょう。だが、時間は少なくなっているかもしれない。説明は、簡潔に要点だけを伝えます。あなたならば理解してもらえるはずだ」

 

 一刻ほどの時間、タカフミの説明は続いた。彼の説明に、サンデンスキー議員は顔をしかめ、どのようにしたらよいか、決めかねた様子で部屋の中をうろうろとしていた。

「では、そのベロボグ・チェルノがこの戦争の引き金を引いた。だと。『WNUA』と我が国は、そう簡単に動くものではない。まして、『WNUA』側で起こったテロ攻撃についてだって…」

 サンデンスキー議員はそう言ったが、タカフミは彼の言葉に覆いかぶさるかのように言った。

「ベロボグ達にはそれだけの資金力もあった。事もあろうか、この国は、あの慈善団体に最大限の投資をしていたでしょう。何しろ『タレス公国』の大手軍需企業さえも動かす事ができるほどの金を提供していた。ベロボグ自身、この計画には何年もの時間をかけてきているようだし、十分可能な事です」

 タカフミはそう説明するが、サンデンスキー議員は納得がいかないという様子だ。

「何だと。それでは、この国は、いや『WNUA』側も、奴の手の上で戦争をさせられているようなものではないか。しかし、その目的は一体何だと言うのだ?もう明かしても良いと思うが、我が国の勢力が敗北するのは目に見えている。そして、いくら『WNUA』がこの国を戦後統治しようと、長きにわたる内戦状態に入ってしまうだろう。社会主義体制は崩壊し、この国は成り立たなくなる」

 サンデンスキー議員の顔には暗い影が落ちている。彼らの話している言葉の意味は、アリエルでも理解できた。

「ベロボグの奴も、そこまで全て想定しているはず。もしや、それ自体が目的なのかもしれない」

 リーがそこに口を挟んだ。

「奴の計画を止める為には、戦争の終結が欠かせない。奴は戦争を起こさせる事によって、目的を果たそうとしている」

 サンデンスキー議員の目の前に立ち、リーはそう言ったのだが、

「だが、奴の目的が分からん。そこにいる娘を、ベロボグは何の為に利用しようとしているのか?それと戦争が一体何に結びつくのかが分からない」

 リーはアリエルの方を向いた。アリエルはこの場でどうしたらよいか分からない様子しか見せられなかった。

「ベロボグは、アリエルの他にも、何人かの娘を持ち、『能力者』の兵士として実際に手先として使っている。奴は、優秀な能力者を集め、また兵士として使っている。能力者無くして、彼のテロ攻撃は成り立たなかった」

 それは、シャーリやレーシーと言う、実は自分の姉妹達だった者の存在だ。アリエルは顔にシャーリ達の顔を浮かべた。

「そして、能力者は、ベロボグの奴に対して、絶対の忠誠を誓っている。それには、確かな計画の後の何かがあるからだ。それは、恐らくこの世界をも揺り動かすほどのとてつもないものであるのかもしれない。だからこそ奴らは、ベロボグに対して絶対の忠誠を誓う事ができるのだろう」

「それは、一体何だと言うのかね?君」

 サンデンスキー議員は、そののっぽの身長からリーを見下ろして言った。

「『ジュール連邦』を崩壊させ、ベロボグの組織がその後に君臨する。それは革命だ。戦争の後には、必ず新しい体制が作られる。ベロボグが狙っているのは、もしやベロボグ自身の創り出す国か?」

 タカフミがリーに向かって言った。

「『WNUA』が統治を始めるよりも前に、自分達がこの地に乗り込んでくれば、ベロボグの組織力からしても可能だろう。奴はこの『ジュール連邦』に新しい国を建てようとしている。しかも、能力者からなる国だ。奴は革命を起こし、伝説を創ろうとしている」

「その為に、彼は私達を利用しようと?」

 話の中にアリエルが割り入った。

「ああ、そうだろう。君のお父さん、ベロボグは、自分が生み出させた娘を中心にして、この世界に新しい伝説を作るつもりだ。革命は戦争の後に起こる。意図的に戦争を引き起こすだけの力が彼にはあった」

「そんな事ならば、すぐにも総書記に伝えなければならない」

 サンデンスキー議員は声を上げた。

「戦争を止めさせるお考えですか?」

 タカフミはそのように言ったが、

「降伏し、『WNUA』と共にベロボグ達と戦う決意を固める。そんな事を総書記や閣僚が認めるとは思えない。何しろ、この国の今の体制ではな」

 サンデンスキー議員が発した言葉は、確かな言葉だった。リーもタカフミも、その事についてはすでに承知な様子だったが、

「だが、あなたの言った通りで無いと、この国は崩壊し、ベロボグに支配される事になる」

 リーはそのように言って、サンデンスキー議員に反論する。彼は毅然たる態度で彼に言っていた。

「総書記には話してみよう。だが、馬鹿げた考えと思われるかもしれない。何しろ、総書記の判断では、この国は最期まで戦う構えだ。この国会議事堂が陥落しない限りは戦争の敗北を認めない」

「それって、私の父が全て仕組んだ事なんでしょう?それでも、戦争を続けるんですか?」

 アリエルが溜まらず間に入り込む。

 サンデンスキー議員は、自分の前の前に現れた、まだ年端もいかないような娘を、のっぽな身長から見下ろして言った。

「陰謀を示す証拠が無い。宣戦布告をしたのは『WNUA』側の方であって、我が国ではないのだ。『WNUA』は我が国の社会主義体制を徹底的に破壊する構えである事は分かっている。今までの静戦が爆発してしまった以上は、この戦争はどちらかが敗北しなければ収まらない」

 サンデンスキー議員の言葉は、アリエルには冷酷な言葉のように聞こえた。彼女には政治の事も、国際情勢の事も分からない。ただ、戦争と言う言葉と、それに伴う犠牲の事は理解できる。

「私が、生き証人です。私が証言すれば、戦争の原因が、父にあると言う事は明らかなんでしょう?私が証言をすれば、戦争を止められるはず」

「いいや、『WNUA』側は君の存在を認めない。そもそも私達はそんな目的のために君をここに連れてきたわけじゃあないんだ」

 リーがアリエルを遮って声を発した。

「私達はまず君を安全に保護させる事、そして、『ジュール連邦』総書記にベロボグの陰謀の存在を知らせる為に、君をここに連れてきた。君が生き証人と言ったのは間違いじゃあないが、戦争はすでに始まってしまって、それを我々に止める事は不可能だ」

「戦争が勃発するのは目に見えていた。問題は、それをこれ以上悪化させない事にあるんだぜ」

 リー、そしてタカフミが次々とアリエルに向かって言ってくる。

 その言葉が、アリエルにはとても残酷な言葉のように思えた。彼らは、ただ戦争を傍観しているだけで、自分をここに連れてくるだけなのか。例え、地上にある街が火の海になったとしても、彼らは動かないつもりなのだろうか。

「ともかく、総書記と話そう。私から取りはからってもらう」

「ええ、よろしくお願いします」

 タカフミはそう言って、サンデンスキー議員に向かって頭を深々と下げた。それが彼の国の礼を示す姿である事は、アリエルはどこかで知っていたが、アリエルは同意しかねた。

 次々に連れ回された挙句、次はこの『ジュール連邦』の総書記に会う事になるとは。

 アリエルは知っているネットワーク上で、この『ジュール連邦』の総書記ヤーノフは、他国から多大な誹謗中傷を浴びせられている。

 この国の総書記は独裁者。アリエルはそう先入観を持っていた。

 だが、サンデンスキー議員が部屋から皆を伴って外へと出ようとした瞬間、突然、部屋が真っ暗になった。

 地下室でいきなり照明が落ちたものだから、その場にいた者達は不意を突かれ、驚かされてしまう。

 部屋の外が騒がしくなった。

「一体何だ?何が起こった?」

 サンデンスキー議員の声が響く。

「議員!声のする方にいらしてください。絶対に離れないように!」

 暗闇の中でそう聞こえてくるのは、議員の警護担当であるらしい。

「停電か?攻撃が始まったのか?」

 タカフミの声が聞こえてくる。

「いいや、そうとも思えない。もし空爆があるならば、戦闘機の接近の連絡があるはずだ。だがこれは、突然起こった」

 そのように聞こえてくる議員の声。彼の周りを取り囲む警護の者達の足音も聞こえてくる。

「ここは、シェルター内部だぞ。独立した電源は無いのか?非常灯は?」

 リーの冷静な声が聞こえてくる。アリエルはとりあえず彼の近くに寄る事しかできなかった。

「全てが一度にやられた模様です。電源も、無線機も全てダウンしています」

 誰かの声が聞こえてくる。その言葉に、すぐにリーの声が上がった。

「我々の組織のアジトで起こった出来事と同じだ」

「電磁波攻撃か?ここは、国会議事堂の地下シェルターだぞ。電磁波攻撃にも対策は無いのか?」

 タカフミがそのように言葉を返す。

「何十年も前に作られたシェルターだ。この国の防備など、所詮はそんなものさ」

 更にサンデンスキー議員の声も聞こえてきた。彼らは一か所に固まり、動こうとはしていない。

「これはベロボグの組織の攻撃だ。奴は、首都攻撃を狙っていた。狙いはこの国会議事堂であるかもしれない」

「では、総書記が危ないな。彼は今どこにいるんだ?」

 サンデンスキー議員がすぐにリーの言葉に判断を下す。

「最後の連絡では執務室にいらっしゃるはずです。そこからは動いていないはずです」

 護衛官らしき、アリエルの知らない声が聞こえてきた。

「無線がダウンした以上、直接行って安全を確認した方が良い。ベロボグの狙いは総書記である可能性が高い」

 リーの冷静な言葉が響いたが、その直後、どこからか激しい爆発音が聞こえて来て、シェルター内は揺り動かされた。

「一体、何が起こっているんだ?」

 議員の声が響き渡る。だが周囲は暗闇のままだ。続けざまに何回も爆発が起こる。

「分からないが、ベロボグの部下の攻撃に遭っていると見て間違いありません。急いでヤーノフ総書記の安全を確認しなければ!」

 タカフミの声が響き渡る。

 周囲が真っ暗闇であり、アリエルには何をどうしたら良いのか、さっぱりと分からなかった。ただ分かる事は一つ。自分が恐ろしさに負けそうになっているという事だった。

 周囲には自分が頼る事ができる人間もおらず、ただ一人、その恐怖に押しつぶされそうになっている自分がいるだけだった。

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(ペンティコフによる、電磁波攻撃は成功。レーシーにもダメージは無く、先発部隊が地下シェルターに侵入することに成功しました。お父様、あなたの計画は順調に進んでいます)

 シャーリからの連絡を聴きながら、ベロボグはすでにある場所へと潜入していた。

 ステルス戦闘機状態から、彼はすでに人の形を取り戻していた。彼の身体はまだペンティコフの電磁波攻撃に耐えられるものではなかったから、彼の攻撃が行われた5分前には射程外である3km離れた場所にいたが、攻撃を確認した後で彼は直行した。

 電磁波攻撃は《ボルベルブイリ》の首都中央部で炸裂し、あらゆる通信や、回路を麻痺させた。ベロボグ達の持つ装備は、既にペンティコフの能力に耐えられる設備を備えている。ベロボグ自身はそのアップロードに間に合わなかったが、レーシーは強化されており、ペンティコフの電磁波攻撃に耐えられる。

 彼女の体内に内蔵されている通信機を使って、シャーリは逐一連絡を入れていた。

 ベロボグは地下水路を進みながら目的地を目指す。目指しているのは国会議事堂の地下シェルターだ。ベロボグの信奉者はすでに、『ジュール連邦』政府内にも大勢いる。中から手引きをされれば、この国の国会議事堂の地下シェルターなど、簡単に侵入する事ができるのだ。

 『ジュール連邦』の防備などたかが知れている。特に軍事開発には力を注いでいても、技術的な面で、大きく西側の国に劣る。ベロボグが手に入れている技術力の前には容易に陥落する事だろう。

(お父様、目標は執務室から動いていません。このまま捕らえますか?)

 シャーリからの連絡が更に入る。だが幾らこのまま簡単に偉業を成し遂げる事ができようと、ベロボグは少し考える。目標の存在の大きさを考えれば、このままシャーリ達をけしかけるのは礼儀に反すると言うものだ。

「いいや私が行くまで待て。だが、決して目標を見失うな」

(承知しました、お父様)

 ベロボグは先を急いだ。レーシーの能力を吸収しているおかげで、人間離れした身体能力を発揮し、地下水道を一気に走っていく事ができる。

 目標は間近に迫っていた。

 

「何が起こっているのよ!車が、突然動かなくなったわ!」

 セリアが叫んでいた。フェイリンは必死になってアクセルを踏みこんでいたが、車は動くような気配がない。

「駄目よ。まるで駄目になっちゃった。あなたが軍から貰った携帯電話も通じない?」

 フェイリンが乱暴に車のアクセルを踏んでも無駄だった。車は少しも動こうとはしない。

「こっちも駄目。これはわたし達が、リーを追いかけていた時に起こった現象と同じよ。全部の電気回路を持つ製品がやられるの。電磁波攻撃よ」

「こんな街の真ん中で?」

 フェイリンが声を上げ周囲を見回す。ジュール連邦国会議事堂の周辺を囲む堀はひっそりとしており、通りには一般市民の姿は見られなかったが、何やら国会議事堂を警備している警備員達の姿が慌ただしい。

「『WNUA』側の総攻撃?わたしにも内緒で?そうは思えないわ。この現象はちょうど、あのリー達の組織のアジトに行った時と同じものよ。多分やったのは、ベロボグの連中に違い無いわ」

「テロリストが、国会議事堂を攻撃したって言うの?」

 フェイリンがおびえたような声を発した。

「ええ、そうよ。ただ事じゃあないわ。すぐに軍に連絡してやりたい所だけれども、電磁波攻撃にもやられていない携帯電話を使うわよ」

 そう言いつつ、セリアは国会議事堂の堀に止められた車の中で、一台の携帯電話を手にした。

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 ミハイル・ヤーノフは、『ジュール連邦』の総書記であり、この国を実質的に動かしている者だった。

 彼は恐怖政治を連邦全土に敷いていると西側諸国では、悪の枢軸の中心でいるかのように言われている。だが、ヤーノフ総書記は実際の所、共産主義体制と言うものに従い、前任者の仕事をそのまま引き継いでいるだけだった。

 共産主義を世界に広めるためには、自国の統率は徹底的なものでなければならない。言論の統制はせねばならず、軍備の強化も徹底したもので無ければならない。国内に配備する核兵器の数も、西側諸国に負けていてはならない。

 だが、徹底した軍備の強化を広大な国土に広めてきたヤーノフも、結局のところ今では、時代遅れの議事堂地下のシェルターの闇の中で、警備兵達に囲まれ、どこから来るか分からない攻撃におびえるしか無かった。

 彼は知るよしも無かった。ヤーノフにとって、敵と言えば、それは『WNUA』軍でしかなかった。『スザム共和国』の内戦もいずれは鎮圧できる。『ジュール連邦』にとっての敵は西側の国でしか無い。そう思っていた。

「何者の攻撃だ?電灯は復旧しないのか?」

 焦りの声と共に、ヤーノフは言い放った。しかしながら警備兵達はただでさえ突然の事態に慌てふためいている。

「連絡が取れません。恐らく電磁波攻撃に遭ったものだと思われますが」

「電磁波攻撃だと?このシェルターは核兵器にだって耐えられるんだぞ!」

 すかさずヤーノフは声を上げたが、警備兵達は、

「予備電源もやられてしまったようです。ですがご安心ください。このシェルターは確かに核兵器に耐えられるほどの外壁を持っています。外側からの攻撃はありません」

「『WNUA』側の攻撃なのか?首都への総攻撃が始まったのか?」

 ヤーノフは立ち上がり、暗闇の中でよろめきながら動き出す。彼は一つの筒のようなものを手にした。懐中電灯だ。それを点灯させると暗闇の中で光がついた。

「懐中電灯はつくぞ!」

 彼がそう言った時、突然、背後から重々しい声が響いてくる。

「電磁波攻撃は単純な電気回路のものには通用しない。懐中電灯程度の単純な電気くらいならつくだろう。ミハイル・ヤーノフ」

 その声に思わずヤーノフは背後を振り向こうとした。

 だが、背後にいた何者かは素早く動き、次々と警備兵達に襲いかかった。悲鳴と銃声が響き渡る。

「何だ?一体、何が起こっていると言うのだ?誰なんだ?」

 暗闇の中で、一心不乱に懐中電灯を振り回している。無様な姿だ。目に見えない相手に対して恐怖を抱いている。

 男は、自らの体をヤーノフの方へと向け、彼が自分の姿を確認するまで待った。相手自身は暗視スコープをかけており、はっきりとヤーノフの姿を見る事が出来ている。

「私は、お前の政府からは幾度となく献金されている組織の遣いだ。だが、私はその金を有効に使わせてもらう。お前と、お前の政府は、この国に共産主義と言う堕落した害悪を広めた。

 だがそれも今日までだ。これからはこの《ボルベルブイリ》を中心とし、私が新たな国を築きあげる。それは、共産主義でも資本主義でも無い、全く新しい国家だ」

 その言葉を、一言一言、確かな意味を持って相手に言い聞かせるかのように。

 しかしながらヤーノフは男の発した言葉をきちんと聞いていたのだろうか。すかさず言葉を返してきた。

 

「お前は、何者だ?テロリストなのか?」

 ヤーノフにも、ベロボグの巨大な体躯が見えてきただろう。彼は恐怖を抱くだろうか。自分がここにやって来たのには大きな意味がある。それをはっきりと相手に伝えるつもりだった。

「テロリストではない。だがあえて言おう。革命者であると。私はこの国を変える為。世界を変える為。まずはお前の政権を打破する事が大切だとし、ここに来たのだ」

 ベロボグは声高らかに言い放つ。警備兵達は倒してきた。、ここには、ヤーノフという総書記一人しかいない。二人は対峙していた。

「馬鹿な。そんな事など失敗するに決まっている。私をどうするつもりだ?処刑するのか?この場で?」

 大分落ち着きを取り戻し、大国の指導者らしき、威厳らしきものを見せてくるヤーノフ。なるほど、『ジュール連邦』という巨大な大国を率いている指導者だけの事はある。

 だが、男も彼に負けるつもりはもちろん無い。むしろ、このヤーノフの態度を利用させてもらおう。今、威厳を見せているこのヤーノフの姿こそ、大国を統率する者にふさわしいものなのだ。

「この場で処刑など、野蛮な事はせん。裁判を開いてやろう。その場で、お前達が行って来た、帝国主義と、堕落した共産主義について悔やめ。そして声高らかに宣言するのだ。これからこの国を統率するのは、我らであるとな」

 ベロボグは再び威厳ある声を出し、演説をするかのように言い放つ。だがヤーノフは、

「愚かしい。革命だと?そのような事ができるはずがない!我らが崇高な主義は簡単には崩れはせん!断固として貴様を否定するぞ!」

 ヤーノフは言い放つが、相手にとっては構わなかった。どうせ彼らの行いは全て無駄に帰する運命なのだ。

 ヤーノフが再び暗闇の中で、自分が座っていた総書記の執務室の椅子に座った姿をベロボグが見ていた時、彼に内蔵されている通信が入った。

(追っていたアリエル・アルンツェンの反応が、外に出ている!恐らく逃げている模様!)

 それは部下からの通信だった。男はヤーノフから視線を外し、通信に集中した。

(アリエルが?お前達の最大の目標だっただろう?何故逃した?手の届かない場所に行く前に、絶対に逃がすのではない!)

 ベロボグは自分の体内で通信をしてそのように声を発した。通信はヤーノフには聞かれない。自分の脳が命じれば意識の中で話すように行う事が出来、きちんと相手に伝わる。

 ベロボグにはレーシーの能力を取りこんだ事で、そのような力を使う事も可能だった。

「お前達。ここに来て、総書記を見張っていろ。決して誰もこの部屋に入れぬように、そして、丁重に総書記殿を扱え」

 テロリスト達の命令に従い、二人の彼の部下が配置に付いた。

-6ページ-

 アリエルは自分でも無我夢中だったが、暗闇の中を逃げだしていた。

 どこへ行っても襲いかかってくるテロリスト達。それが自分の元へと再びやって来たのだ。もう、どこにも逃げる事ができない。国会議事堂の地下にも、誰に守られていても彼らは自分に迫ってくる。

 何もかもから彼女は逃げ出したかった。どこでもいい。安全な所へ。殺戮も悲劇も起こらないところへ逃げてしまいたい。

 心は全てその感情に支配され、アリエルは走りだしていた。道は分かる気がした。ここは閉鎖された空間だったが、アリエルはここに連れて来られた時の道準を思いだしていた。

 途中で彼女は暗闇の中にようやく灯りを見つける事ができた。それは火の灯りであって、どうやら壁が爆弾か何かで開けられていたらしい。

 この奥へと逃げれば、誰も追って来ないかもしれない。中に突入してきた侵入者たちが付近にいない事を確認し、アリエルは素早くその横道に入った。

 この暗闇の中を逃げていってしまえば、誰も自分を追っては来れない。そうに違いない。アリエルはそう思っていた。

 横道に入るとしばらく通路が続く。ごつごつとした通路で、何か掘られたような跡がある。途中、アリエルは何者かの姿を目にする。

 マシンガンを持った者達。それはテロリスト達、シャーリの仲間に違いない。

「そこで止まれ!お前には何もしない!」

 通路にいたテロリストはアリエルに向かってそう言ってくる。彼らはアリエルにマシンガンを発砲するのではなく、掴みかかって来ようとしてきていた。アリエルは容赦しなかった。すかさず自分の腕から、骨格を変形させた刃を突き出し、それでテロリスト達に向かって切りつける。

 彼らの悲鳴が上がった。殺してしまったのだろうか。いや違う。すかさず彼らの声が上がる。

「逃がすな!そいつを絶対に逃がすなよ!」

 地下通路に彼らの声が響き渡った。

 すぐに追っ手が自分に迫って来ている事をアリエルは感じる。テロリスト達に捕まってしまったら最期、何をされるか分からない。それにあのリーとかいう男達も信用できない。政府の施設の安全な場所でさえ、アリエルを彼らは追ってくる。

 何もかもから逃げ出したアリエルは、やがて自分の足元が濡れている事に気が付く。生臭い匂いが漂い、天井に空いた小さな灯りが漏れていた。どうやら自分は下水道の中へと抜けてしまった事をアリエルは知った。

 足音が背後から聞こえてくる。アリエルには立ち止まっている暇も無かった。だが下水道の中は入り組んでおり、まるで迷路のようになっている。とりあえずアリエルは明るい方、そして足音から遠ざかる方向に向かって走った。

 テロリスト達はこの通路を使って、国会議事堂の地下にまで潜入して来たのだろうか。せっかくあそこならば安全かと、アリエルも気を抜く事ができたと言うのに。

 数分ばかりも走った。いい加減息を切らせている自分に気が付く。

 ふらつきながらもアリエルは、ようやく下水道の出口を見つけた。手だけでなく体中が汚れている。

 差し込んでくる外の灯りが眩しい。相変わらず《ボルベルブイリ》の街は厚い曇り空に覆われているが、やっと脱出する事ができた。

 アリエルは自分の今いる場所を確認した。どうやら国会議事堂の外縁を取り囲んでいる堀の中にまでやって来ていたらしい。

 堀は膝まで脚が浸かるが、それほど深いわけでは無かった。だが綺麗な水では無く淀んでいる。周囲を見回しながらアリエルは進んでいくが、議事堂内で起こった事件のせいで、周囲の警戒はそちらへと向けられているようだった。

 アリエルは慎重に進み、堀を対岸まで渡ると、ゆっくりと土手を上がる。ここまで誰にも見つけられていない。そう思った。

 だが対岸まで上がった時に、アリエルは目の前にいきなり誰かに立ち塞がられた。

「あんた、こんな所で何をやってるのよ!」

 警備の人間か、軍の人間か。アリエルはそう思い警戒したが違う。使っている言葉もタレス語だし、真っ白なスーツを着ている相手は、年齢30代ほどの女だった。もう一人、同じ年頃の眼鏡をかけた女が車に乗っている。

「あ、あの。私…」

 アリエルはどうしたらよいか分からなかった。人種からして西側の国の人間だ。という事は、あのリー達の仲間だろうか。

「あなた。リーの奴が連れていった子ね?言葉は分かる?中が騒がしいようだけれども、詳しく話を聴きたいものね?」

 そう言って、金髪の女はアリエルの腕を掴んでくる。逃げようがない、力の強い女だった。ここは、腕から刃を突き出してさっきと同じように逃げるべきだろうか。

 だがその時、アリエルは自分の背中にやってきた衝撃を感じた。視界が真っ白になり、自分が気を失う事をアリエルは気が付いていた。

 最期の瞬間にアリエルは自分の背後を振り向いていた。何者が自分を背後から襲って来たのか、それを知りたかったのだ。

 そこには黒い大きな影が立ち塞がっていた。あたかも巨人のように見える何か、それがアリエルの視界には映ったが、それを最期に彼女は視界を閉ざしていた。

 痛みも、苦痛さえもない、あっという間の出来事だった。

 

 目の前で倒れていく少女は、背中に何か大きな針のようなものを突き刺されたらしい。それは巨大な注射器のようなもので、空から降りてきた巨人のような体躯の男が持っていたものだ。

 持っていたと言う表現が正しいかどうかは、セリアにも分からない。彼はその針を手と一体化させていた。そしてその巨人の様な姿をした男は、背中に巨大な翼を持っていた。それは鳥のような生物的なものとは違う。ステルス戦闘機の翼そのものだった。

 セリアは得体の知れない、そして理解を超えたこの男の存在に、警戒よりも驚きを隠せない。軍の第一線で活躍して来た時は、恐ろしいもの、理解を超えたものは沢山見てきた。だが、この目の前に現れた男は、そのどんなものよりも理解を超えている。

 男は、気を失って倒れていく少女を、とても繊細なものを抱えるかのようにして抱える。あまりに無骨な姿をしていたその巨人の様な男が、そんな動きをするのは、セリアにとっても意外だった。

 男はちらりとセリアの方を向いてくる、そしてセリアに一言言って来た。

「セリア・ルーウェンスか?」

 とても低い声で発せられる言葉。相手の男が自分を知っている事に、セリアは戸惑いを隠せない。

「あんたは、誰よ。その子は?」

 思わず後ずさりをしながら、セリアは言った。男は少女の体を抱えながら、目線をセリアに向けてくる。その目線を感じただけでも、セリアは胃の中に重い石を詰め込まれたかのような気分にさせられた。

「私はベロボグ・チェルノ。そしてこの子はお前の娘だ。セリア、お前は自分の娘の事も忘れてしまったのか?」

 相手の声は少しも揺らいでいない。セリアの方はただ圧倒されるばかりだ。そして男が言って来た言葉にも、セリアは現実として放たれた言葉として理解できない。

「何、言ってんのよ、あんたは?」

 セリアの質問に答える間も無かった。ベロボグと名乗ったその男は、少女の体を抱えたままその場から飛び去っていく。

 ベロボグはその巨体を、あたかもステルス戦闘機のような形態にし、セリアの目の前から飛び去っていく。

 一体、何が起こったのか。そして自分の目の前に突き付けられた現実とは何なのか。セリアは訳も分からぬままその場に立ちつくしていた。

 

説明
リー達から組織の目的を聞かされたアリエル。彼女らは、ベロボグらの陰謀を暴くため、《ボルベルブイリ》に向かい、ある議員との接触を求めます。
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