レッド・メモリアル Ep#.16「記憶の庭園」-2
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「国会議事堂の占拠に引き続き、今度は総書記の処刑と来たか。ベロボグが考えているのは国家の転覆だろうが、その後は一体どうするつもりなんだ?」

 タカフミは自分達のいる部屋にも回されてきた、ウェブ中継を観る事ができる端末を見てつぶやいていた。

 彼らは今では他の人質達とは違って、狭い別室に入れられている。シャーリ達に対しては協力を申し出ると言ったはずのリー達だったが、結局のところは人質と別室にされた以外には変わりが無かった。

 倉庫のような部屋の中には、タカフミ達だけが入れられ、中にはマシンガンを持ったテロリストがいる。何か怪しいそぶりを見せれば容赦はしない。そんな事では人質と何も変わらない。

 シャーリ達は、リー達をほったらかしにしてしまっているのか。

 この国の総書記を彼らは処刑するつもりでいる。東側の国全てを敵に回している今では、リー達の存在などちっぽけなものでしかないのか。

「アリエルは、どこへ行ったのだろうな」

 事が深刻な状態に陥って来ているが、リーは突然、そのようにつぶやいた。

「何を言っている、お前?」

 この状況下でリーらしくない。そう思ったタカフミは彼に尋ねた。

「人質の中にアリエルはいなかった。彼女はこの地下施設から逃げてしまったか、もしくは、また別の場所で捕らえられているか」

 目の前のウェブ中継で見せられた、ヤーノフ総書記の屈辱的な姿よりも、リーはアリエルの心配をしている。一個人の心配をしているとは、彼らしくなかった。

「そんなに、アリエルの事が心配か?」

 タカフミはそのように尋ねてみる。確かにアリエルはベロボグの娘であり、軽視する事ができない存在だ。ベロボグ達も彼女を追って行動している。

「アリエルの頭の中に移植されているデバイス。あれを、ベロボグは今でも狙っているはずだ。総書記の処刑をして国家転覆をはかる。これが最終目的とはとても思えん」

 するとタカフミは感心したかのように首を振った。

「なるほどな。しかし、俺達がここに閉じ込められている以上、アリエルを探しに行く事はできんぞ。外の組織の連中には、アリエルの事は最優先事項としているから、どこかに逃げていてもすぐに探し出してくれるさ」

 リー達がそのように話していると、突然、倉庫の扉が開かれた。そこには堂々たる姿で、シャーリの姿があった。

 タカフミはそんな彼女の姿を見て言い放つ。

「君の映りは良くなかったぞ。全世界に放送しているんだから、もっとましな格好をしたらどうだ?」

 それは今彼がすることができる、精いっぱいの皮肉だった。相手の感情を逆なでできればそれでよい、そこに隙を作る事ができる。

 だがシャーリは不敵な笑みを見せるだけだった。

「あんたも随分、危機感というものが無いようね?まあ、いいわ。あなた達にしてもらいたい事ができたの。『WNUA』の人間として、してもらいたい事がね。断る事はできないわ。あなた達は人質なんだから」

 そう言いつつシャーリは、ショットガンの銃口をリー達へと向ける。どうやら選択肢は無いようだった。

「それで、私達にしてもらいたい事とは?」

 リーは一歩シャーリに歩みよって、堂々たる声で言った。

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 一方、同時刻、アリエルはたった今、自分が暮らしてきた国の最高指導者がテロリストに捕らえられ、しかも処刑の告知がされた事など知らず、別世界の様な趣の医療施設にいたままだった。

 ここには心安らぐような空間が提供されている。壁紙も、空調設備さえも管理がされており、ここまで綺麗で整い、しかも管理されているような空間をアリエルは知らなかった。

 だがアリエルは落ちつかなかった。広々としたホールからは子供達が、一人、また一人とどこかへと連れていかれる。

 子供達を連れていくのは、同じく白衣に身を包んだ、医療関係者らしき人物達だった。

 アリエルは、突然その姿を現した父親の存在を、テロリストとして教えられた。

 しかしそれが今ではどうだろうか。まるで本物の医師であるかのような姿を見せており、さらに彼の下にいる人物達も、本物の医療関係者のようだった。

 アリエルにとっては何が何だか分からない。

「お姉ちゃん。ねえ、お姉ちゃん」

 そう言ってくる子供の姿があった。肌が青白く、髪の毛が完全に生えそろっていない。おそらく何かの病気で毛が抜けてしまっていたのだろうが、赤子が、髪の毛をうっすらと生やしているかのように、その髪には薄く金色の髪が見えている。

 男の子だった。アリエルがさっきからずっと構ってやっている男の子だ。彼は年頃が、5、6歳なのだろうか。あくまで普通の男の子でしかない。

「お姉ちゃんは、どんな病気でここに来たの?」

 唐突な質問だった。アリエルはクリーム色の柔らかなソファーに、その男の子と共に座りながら、どう答えようか迷った。

「私は、別に病気とかじゃあなくって」

「じゃあ、院長先生の子供だから来たの?」

 男の子はすかさずそう尋ねてきた。院長先生と言う言葉がしっくりとこなくて、アリエルは彼に向かって尋ねる。

「その、院長先生って?」

 すると、当たり前の事を言うかのように少年はアリエルに言って来た。

「だって、お姉ちゃんのお父さんが、院長先生なんでしょ?僕は院長先生に、血液の病気を治してもらったんだ。だからほら、抜けてしまっていた髪の毛も、今では元通りになってきているよ」

 少年はそう言いながら、自分の頭を撫でている。

 テロリストだと思っていた自分の父親が、院長先生と呼ばれる存在であり、しかも小さな子供の病気を治している。アリエルはそう言われてもとても信じる事ができないでいた。自分は一体、何を信じていけば良いのだろう。

 アリエルは頭を抱え出した。すると、自分の視界の中に、大柄な人物が姿を現し、自分の方へと迫ってくる。

 それはアリエルの父だった。

「アリエルよ。頭を悩ませているようだな。頭痛がするのか?」

 と、本当の娘を気遣うかのような口調で彼は言ってくる。だが、アリエルはまだ父親を信用する事はできないでいた。

「私に、構わないで欲しいわ」

 と言って、アリエルは自分に伸ばしてきた父の手を払った。すると、父はどうとも取る事ができないような顔をアリエルへと向けてくる。

「そうか。まだ、この私を信じる事ができないかね?無理も無い。私は随分と、君には酷い事をしてしまったかもしれないからな」

 そう言うなり、父は、アリエルのソファーの向かいに座った。

「すまないのだがね、トマス。君は自分のお部屋に戻っていてくれないかな?私は彼女と大切な話があるんだ」

 そのようにベロボグは、トマスと言う名らしい少年に優しく告げる。すると、彼はすぐに立ち上がった。

「うん。分かった。また御夕飯のときに会おうね」

 と、トマスはアリエルに言ってその場から走って広間を出て行った。

 アリエルは元気にかけて行く少年の姿を背後から見ていた。父も同じようにしてその少年の後ろ姿を見守っていた。

「あのトマスは、元は白血病でね。しかしながら彼がいたのは、『スザム共和国』の内戦地帯だった。私が現地に行った時に知り合ったが、彼の病気は相当に進行していて、もはや死ぬのは明らかだっただろう。

 私がこの施設を作り、彼を助けてやらなければ、彼はあんなに元気にはならなかった。恐らくこの東側の国では、不治の病だったが、今、私が持っている技術ならば、白血病が進行していても治す事ができる」

 父は語った。不治の病であった少年を救った父を、どう思ったらよいのか、アリエルには理解できない。

「この医療施設にいる子供達は、ほとんどが『スザム共和国』から連れてきた。白血病、小児がんから、戦争で大きな怪我を負った子供達ばかりだ。私はそうした子供達を救う所から、世界を変えようとした」

 父は、真剣なまなざしでアリエルを見つめてくる。その目には一点の揺らぎも無い。そんな目をする人物をテロリストとして見る事ができるだろうか。彼の眼は正義を持っていた。それはいい加減で中途半端な正義などではない。

「でも、あなたは、テロリストを率いているのでしょう?シャーリ達を使って、酷い事をしてきた」

 アリエルははっきりと言った。正義に満ちあふれた父の目に反抗するかのような言葉だった。だが、アリエルはどうしても父親が自分にした事を、許す事はできないでいた。

 今、こうして対面するまで、アリエルにとって、この父親は恐ろしい存在の他何者でもないのだ。

「アリエル。君にした事はすまない事だと思っている。恐らく、君は私を許してくれないだろう。しかし、真実を知ってほしい。私は君への愛情を感じている。父親として、君達娘に残すべき、本当に価値のあるものを、私は残していくつもりだ。

 もちろん、この病院にいる子供たちに対しても、私は大切なものを残そうとしている。それが何であるか、君はすでに記憶の中にあるはずだ」

 父はそう言ってくるが、アリエルは何も思い出す事ができない。数日前に父親と再会したのが初めてであって、それ以前にはアリエルは父親が生きていると言う事さえ知らなかったのだ。

 一体、彼の言う言葉をどのように信じたら良いと言うのだ。

「私には、何の思い出も無い。あなたと出会ったのも、あの病院が初めて。それに、私は、あなたがどんな事をしてきたとしても、テロリストとしてしか見る事ができない!」

 アリエルはそのように言い放つ。それが本心だった。この父親をどのように信じろと言っても信じる事ができない。

「無理も無い。君がそこまで私を嫌悪しても無理も無いと言う事は私にも分かる。だが、君を信じさせる方法が私にはある。どうか、その方法を使って、私達を信用して欲しい。

 そうすれば君にも理解する事ができるはずだ。この世界が一体何を必要としているのかという事を」

 父はそのようにアリエルに言ってくる。しかも自分の大きな手を乗せて来ていた。そこからは父の体温が感じられ、アリエルははっきりと父と言うものの存在を感じた。

「それは、病気の子供達の治療をするという事?」

 アリエルは尋ねる。

「それは手始めにしか過ぎない。いくら子供達を救おうとも、大人が考え方を変えなければ、永久に悲劇は連続する。必要なのは大きな変革だ。それも、歴史上、今まで行われてきたような変革では何も変わらない」

 父の考えている事を探ろうとするものの、アリエルにはやはり理解する事ができなかった。彼の考えが複雑すぎ、あまりに子供でしか無い自分には理解する事ができないのだ。

「私には、まだ分からない。あなたが何を考えているのか、という事が」

 アリエルは頭を抱えた。父の考えがあまりに複雑すぎて頭が痛くなってきそうだ。そんなアリエルの前に、どこから現れたのか、一人の女が立っていた。

 その女は冷たい目でアリエルを見下ろしてきている。そう言えば、さっき父親と一緒にいた女だった。白衣だらけの人物と、真っ白な病院の様な施設の中で、その女が着ているダークスーツの存在感は大きい。

「彼女はブレイン・ウォッシャーと言われている。分かるかね?西側の国の言葉で、記憶洗浄と呼ばれる者だ。元々は孤児で生まれながら言葉を話す事ができない。私が『スザム共和国』で引き取った。

 ここ最近は、西側の『タレス公国』で活動をしていたが、計画が始動したために戻ってきた」

 父の言った事は本当であるようだった。ブレイン・ウォッシャーという奇妙な名の女は、西側の国の様に洗練された姿をしていたものの、顔立ちはスザム共和国のような内陸地方の国の顔立ちをしている。

「記憶洗浄とは?」

 アリエルが尋ねる。

「ブレイン・ウォッシャーは君から記憶を引き出す事ができる。君は私の事も何も覚えていないだろう?それは私がこの時のために、封印しておいた記憶なのだ。私は何度も君と出会っている」

 そのような事を父親から言われても、アリエルは全く理解する事ができない。出会った事があると言われても、それは記憶にないのだ。

「君を利用していたと思うかね?ブレイン・ウォッシャーは記憶に入り込む事ができ、コンピュータのメモリーのように、自在に、記憶を抜き差しする事ができるのだ。君には、この計画までずっと平凡に生活をしてきて欲しかった。

 だが、今は君に協力をして欲しい。その理由は、ブレイン・ウォッシャーが呼び起こしてくれるだろう。安心してくれ。ブレイン・ウォッシャーは丁寧に記憶を返してくれるだろう。リラックスしたまえ」

 アリエルはそう言われたものの、父の言ってくる言葉が完全には信用する事ができなかった。だから目の前の女の冷たい視線にも、どことなく恐怖を感じざるを得なかった。

 ブレイン・ウォッシャーと呼ばれる女は、アリエルの前にしゃがみ、その両手をアリエルの額の両側へと持ってきた。

 このまま、この場所から逃げてしまいたいともアリエルは思った。しかしながら、何故、自分がこんな事に巻き込まれているのか、そして父親の正体をも知りたい気がしていた。

 その事に答えを出してくれるのか。

 そう思い、アリエルは自ら、自分の頭をブレイン・ウォッシャーの手の中にゆだねた。

 ほのかに暖かい感触が、アリエルの頭を包み込んだ。

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 アリエルの頭を包みこんできた暖かい感触は、やがて彼女の頭の奥深い所にまで浸食していった。

 それは不快にも、痛みにも感じられるものではなかった。むしろぬるま湯の中にいるかのような心地よさを感じさせるものだった。

 アリエルはその心地よさに身をゆだねていき、やがては睡眠にも似たような感覚へと体をいざなっていく。

 ゆっくりと、丁寧に。父親の言葉に間違いは無かった。

 

「お父さんは、どうしていつも一緒にいてくれないの?お父さんは、わたし達と一緒に暮らしてくれないの?」

 言葉が聞こえてきていた。その言葉は明らかに自分から発せられた言葉だった。しかも声は幼い。幼いアリエルの声だった。視点も低く、手足もまだ小さい。そんな幼いアリエルが見上げている父親は、巨人の様な体躯を持っていた。

 アリエルはこの場所を知っていた。記憶のどこか奥底にある。

 そこは養母であるミッシェルと小さな時に住んでいた、ログハウスの家で、《ボルベルブイリ》の郊外の森の中にある村の一つだった。

 住みやすく、ここでは『ジュール連邦』特有の極端な低気温にはならない。森は一部分が開かれており、庭園が広がっていた。

 アリエル達が小さな頃は、その村には何軒かの家が建っており、子供達もその庭園で遊んでいたのだ。

 庭園には春には花も咲き、こじんまりとした花畑も広がっていた。

 そんな庭園とログハウスが立ち並ぶ風景の中、切り株で作られたベンチの中に座り、アリエルとベロボグはいたのだ。

 この場所は知っていたが、アリエルは、この場所に父親がいるという事を知らなかった。

 自分は生まれてから一度も、そう、ちょうど数日前に病院で死に瀕している父親と対面するまでは、父親に会って来なかったはずだ。

 しかしながら幼いアリエルには、彼に対して恐れと言うものを感じていなかった。ずっと生まれた時から知って来たかのように、父親の存在を知っている。

アリエルにはその時に感じていたであろう、感覚、感情でさえ、感覚として伝わってくる。自分自身がそっくりそのまま、その時へと戻ってきてしまったようだった。

 アリエルはそのまま身をゆだねる。いつほど昔かは知らないが、子供の頃に戻ってしまった自分の感覚に身をゆだねていくのだ。

 今よりも幾分か若く、体格も更にたくましい姿をしているベロボグが、アリエルの小さな手に触れて言ってくる。

「お父さんには大切なお仕事があるんだ。分かるかい?世の中にはアリエルと同じ可愛い子供なのに、とても困っている子供たちが沢山いる。お父さんはそうした子供達を助けにいってあげる仕事をしているんだ」

 優しい口調で父親は言って来た。子供が怖がらない程度の優しい口調だ。先程、医療施設にいた子供たちに向けていた父親の声と似ている。

「今度は、いつ会えるの?お父さん」

 アリエルは困ったような声をして言った。そして、愛している者が遠くへ離れて言ってしまう時に感じる切なさ、そしてそれに対してどうしようもないという意識を抱く感情が流れ込んでくる。

「なるべく早く帰ってくるつもりだ。困っている子供たちが少なければ少ないほど、お父さんは君と会える。だけれども、どうやら今度行く場所は、とても困っている子供達が多いところなんだ」

 と、ベロボグは言い残した。

 すると風景は切り変わっていく。デジタル動画を早送りしているかのように、次々と映像が切り変わっていき、やがてログハウスの中の姿となった。

 窓の外から見える景色が雪に覆われている。どうやら、季節が移り変わったようだ。

 ログハウスの居間で、父親と、養母ミッシェルが向かい合わせに座り、対面していた。

「あの子のためにも、あなたはもっと頻繁には来れないの?わたし達は夫婦ではないけれども、どちらもアリエルを愛しているという事は変わらないわ」

 今より、10歳は若い姿をした、アリエルの養母が父に対して言っていた。

「駄目だ。スザム共和国の内戦が終わる気配は一向に無い。難民はどんどん増えているし、テロの攻撃も活発化した」

 父の声は幾分も真面目なものとなっていた。顔も深刻な表情をしている。

「その巻き添えになった子供達の事を思うのは分かるわ。でも、あなたは十分すぎるほど働いているわよ。あなたの病院の功績は、世界的に評価をされているほど。別の人に行かせたらどうかしら?」

 夫婦ではない。だが、父親と養母はお互いに信頼し合っているかのような口ぶりで話していた。

「駄目だ。内戦地からやってきた難民の子供達を見ていたら、とても見て見ぬふりをする事などできない。もちろんそうした子供達の治療をしてあげる事も大切だろう。だが、それだけでは足りないと言う事も私は知っている。変わらなければならないのは、この国であり、そして世界だと」

「あなたにとっては、それがアリエルよりも大切なことなのかしら?」

 ミッシェルは言った。

「アリエルも含めてだ。それと、最近、『スザム共和国』からの避難民の中に変わった子がいてね。その子は口を利く事ができないのだが、どうやら『能力者』らしく…」

 父はそこまで行ったところで言葉を切った。

 そしてこちらを向いてくる。その視線の先にはアリエルがいた。アリエルはこっそりとログハウスの二階に通じる階段から、父と養母の会話を見ていたのだ。

「アリエル。部屋に戻っていなさい。子供が聴く話じゃあない」

 乱暴な叱り方ではない。だが、父親の顔はとても真面目なものだった。養母も同じような表情でこちらを向いてきている。

 アリエルは、ログハウスの二階にある自分の部屋に戻らざるを得なかった。

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 また景色は移り変わった。再び春だった。ログハウスの中には、父と養母がいた。

「あなた。一体、どこへ行っていたの!ベロボグ。あなたの娘はもう5年もあなたに会っていないわ。それに、彼女の母親も見つけて来てくれると言っていたわよね?一体、何を?」

 養母はそのように言い放つのだが、ベロボグはミッシェルの肩を半ば乱暴に掴んで言い放った。

「シャーリが左目を失った。左腕も失いかかる所だった」

 そのように言い放つ父の姿。鬼気迫るかのような表情だった。

「それは気の毒に思うけれども、シャーリを『スザム共和国』に連れていったのはあなたよ。例え、彼女が自分の意志で慈善行為に走ったとしても、それを守るべきはあなたの責任なんだわ」

 養母の言い放ったその言葉は、冷たい感情を放っていた。ベロボグに全ての責任があるかのような口調だった。

「君にはまだ言っていなかった事がある」

「一体、何?まだ何かあるの?」

 養母の声がそのように冷たく開き、父は隠していた事を打ち明け始めた。

「シャーリは私の娘だ。アリエルと母親は違う。私が初めて『スザム共和国』に行った時に知り合った女性との間にできた子だ。そして、その母親は戦犯として共和国防衛隊に処刑された」

 その言葉を聴いても、養母はあまり驚かないようだった。代わりに冷たい言葉を父へと向けて放っていた。

「驚くべき話ね。でもそれが本当だとしたら、あなたは娘を自分のしている危険な行為に巻き込んでいる事になる。責任はずっと重いわ」

 その言葉に対して父は何も答える事ができないでいる。あたかも、そう言われても当然であるという事を自覚しているかのように。

「知ってる?アリエルは、《ボルベルブイリ》の高校に通わせる事にしたわ。この田舎じゃあなく、きちんと都会に行くの。寮のある高校だから、あの子は都会で暮らす事になる。あなたと会える機会ももっと減るわ」

 養母の心配事は父親にあるのではない、自分自身にあるのだという事がはっきりとしていた。父が遠い地で何をしていようと、それは母に取って関係の無いものであって、アリエルが父親と会うという事を何よりも大切としていると言わんばかりだった。

 だが父はそれよりも、遥かに大切な事であるかのように力説する。

「アリエルには迷惑をかけない。だが、私はある計画を思いついた。その計画が実行されれば、皆に平等な平和が訪れるはずなんだ」

 どこかで聴いた事がある言葉だ。父はその言葉を、こんなに昔から言っていたのか。居間に比べて威厳も少ない。若い革命家であるかのようだ。

「まるでどこかの革命家ね。でもはっきりとしている。あなたはアリエルよりも、自分の仕事の方が大切なのよ。あの子と会う気が無いのだったら帰ってもらいたいものだわ」

 と、養母は言うのだが、

「だが、その計画の事を、他の者たちに知られるわけにはいかなくなった。もちろん。君達にも、私がここに来ている事を知られるわけにはいかなくなった」

「何を言っているの?あなたは?」

 父のその言葉に、養母は思わず身構えていた。

 すると父は自分の背後に合図をする。すると彼の背後から、一人の女性が現れた。それが誰であるのかはすぐにアリエルにも分かった。

「彼女は、以前に話したように、『能力者』だ。君達を傷つけるような事はしない。ただ、君達の記憶が計画にとっては一時的に邪魔になってしまう。だから、一時期、抑制させてもらおうと思う」

「何を言っていると、言っているのよ、わたしは!」

 養母は思わず立ち上がって、父に向かって言い放っていた。

「傷つけるわけではないのだ。ただ、君達は、彼女が再びこの行為をするまで、私達の事は思いだせなくなる。アリエルは父親がいたという事を忘れ、君も私の存在は思い出す事はできない。アリエルが学校に通い普通に暮らしていくというのならばそれも良いだろう。だが、それは計画が動き出すまでだ。

 それまではアリエルにも普通に暮らしてやらせたい。シャーリの様に残酷な目には合わせたくないし、娘たちにも二度とそんな思いはさせない」

 父はそのように言い、養母の手を掴んだ。その力はかなり強いものであったらしく、彼女は腕を振りほどく事が出来なかった。

 やがて、数年前、アリエル達のログハウスにいたブレイン・ウォッシャーが養母の頭に触れると、そこからはほのかな明るい光が溢れだす。

 養母は意識を失ったかのようにその場に倒れ、父は大きな手で彼女の体を抱えるかのようにして支えた。

「すまない。これも皆のためだし、君達自身のためでもあるのだ。ブレイン・ウォッシャー。アリエルにも同じ事をしろ」

 父がそのように言うと、ブレイン・ウォッシャーは黙って頷いていた。

 

 この記憶は、確かなものとして実感がある。夢や幻覚のように誰かに見せられているというものではなく、確かに自分の中に内在している記憶なのだと言う事が、アリエルにははっきりと自覚する事ができていた。

 これが事実であれば、父は自分達の計画と言うもののために、アリエル達の記憶を消していたのだ。

 本当はアリエルは自分の実の父親の存在を知っていた。しかしながら、それが消されたかのように抑制されており、アリエル自身も、記憶が消えていたと言う事を実感する事ができないでいたのだ。

 これに対して、どのような感情を抱けば良いのか、アリエルには分からなかった。

 怒れば良いのか。だが、父には何かの思惑があるようだった。アリエル自身、もしかしたら父親によって、記憶を意図的に消されていた事によって、今まで幸せに暮らしてくる事ができたのかもしれない。

「これから、あなたには、とても残酷なものを見せる事になるかもしれない」

 突然、どこかから女の声が聞こえてきた。それは聴いた事のない女の声だった。

「あなたはだれ?」

 アリエルは記憶の中でそのように言っていた。

「あなたに記憶を見せている人間。普段は話せないけれども、こうしてあなたの頭を通して意思を伝える事ができる」

 それが、父によってブレイン・ウォッシャーと呼ばれている人物のものであるという事はアリエルにも分かった。彼女はこの記憶の中でも登場してきている。

「大丈夫。覚悟はできている」

 アリエルはそのように言ったのだったが、

「本当にそうかしら」

 と、言ってくる声と共に再びアリエルの記憶はどこかへと流れた。そこはアリエルにとって知らない場所であった。

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 アリエルはどこか、とても荒廃した場所にいた。建物が荒れ果て、空からはとても重々しい雲が今にも落ちて来ようとしていた。流れている空気が埃っぽく、赤色の砂が地面には広がっている。

 そしてここには非常に大勢の人達がいた。それも、狭い場所にとても多くの人達がいるものだから、とても窮屈にさえ感じてしまう。

 ここにいる人達は何者なのか。皆、ぼろ布のようなものを着ており、非常に貧しそうな印象だった。

 顔立ちからして、『ジュール連邦』奥地の人種であると言う事は明らかだった。アリエルは直感的に理解した。彼らは、『スザム共和国』の人々なのだと。

 彼らの姿をアリエルは知っていた。しかしながらそれは、ネットワークや、テレビなどを通じての話だ。そうしたメディアは遠い彼方の世界に彼らがいるかのように報じており、アリエルは彼らの存在を間近で感じた事は無かった。

 アリエルは今、『スザム共和国』の人達の間に囲まれているのではない。彼らはアリエルを認識していないし、アリエルは一方的に彼らの姿を見ているにすぎない。

 しかしながら、感じられる気配、そして流れている空気は確かなものだった。彼らの息遣い、そして周囲に醸し出されている雰囲気さえも感じられた。

 埃っぽく建物も荒れ果てており、空気も肌寒い。『スザム共和国』は、あくまで『ジュール連邦』から独立しようとしている国であり、《ボルベルブイリ》からは離れているが、気候はあまり変わらない場所だ。

 アリエル達、首都に住んでいる者達でさえ、冬にはしっかりとした防寒対策をしているというのに、ここにいる人達はろくな服装もしていない。

 彼らの顔からは、絶望さえも感じる事ができていた。とても暗い顔をしている。そして中には病人やけが人も多くいるようだった。

 アリエルは建物を見上げた。そこには、赤い幕に大きな文字で書かれている文字がある。

 チェルノ記念病院 スザム難民キャンプ

 と書かれている文字があった。確かにここは『スザム共和国』の内部にあるらしい。そしてチェルノ記念病院とは、父の経営している病院のはずだった。

 アリエルはその幕が張られている建物へと向け、記憶で作られた中を歩いて言った。

 難民キャンプとは言え、建物はほとんど骨組みだけでできているような、がらんどうも同然だった。

 アリエルはその寒さをも感じる事はできないが、建物の中にいる人々が吐いている空気は白く、中には身を震わせている人々の姿もあったし、子供達の姿もあった。

 その子供達と言えば、もっと元気な姿をして、外を走りまわっていても良いような年頃の子供たちだ。年齢にしたら、5、6歳くらいだろうか。所々、赤ん坊の泣き声も聞こえていた。

 悲壮感に覆われているような場所を抜けながら、アリエルは建物を進み、階段を上っていった。建物は階段にまで溢れるようにして人々がおり、階段にいる人達は、どうやらそこで寝泊りをしているようだった。

 やがてアリエルは建物の中でも一番上に達した。そこには、『スザム共和国』の人々とは違う、白衣姿の人々がいた。胸には父の病院のエンブレムを入れている。

 建物の最上層には簡易式のベッドが並んでおり、そこにいる人達はどうやら怪我人や病人であるようだった。

 建物は相変わらず薄汚れているが、白衣姿の人達が忙しそうに動き回り、彼らが手にしているものは、電子パットだった。ベッドに横たわっている人々の横には、白色のボックスのような医療器具が置かれており、それだけは清潔感が保たれていた。そこには光学画面も並んでおり、ここにいる人達は最新の医療を受けられているようだった。

 アリエルはやがて、診療室と思われる部屋にまでやって来た。最上層には大きなフロアが設けられており、そこが診療室になっているようだった。

 簡易的な姿ではあったが、確かに診療する事ができる病院の様な姿となっている。何人かの医師がそこにはおり、更にその中でもひときわ大柄な体をした人物が誰であるのかは、アリエルにも理解できた。

 父親は診察室の中央の区画におり、子供達を診療している真っ最中だった。長い行列がそこにはできており、非常に多くの子供たちがここに駆けつけているようだった。

 ここには軽傷であったり、多少風邪をこじらせている、体調がすぐれないような子供たちがいるばかりだった。それを父親が自ら見ている。

 この時の父親はスキンヘッドではなく、まだ髪もあり、顔立ちも若干若い様子だった。父親が髪を全て落としてしまったのは、どうやら病気で行う手術が原因だったようだ。

「うむ。君は病気じゃあない。ただ、変わってしまった環境や、両親が亡くなった事が原因で、体の調子が悪くなってしまったと言う事だ。いわゆるストレスと言う奴だ」

 父は、自分が診ていた、年が10歳くらいの子供に対してそのように言っていた。

 父が話しかけている子供は、何とも暗い表情をしている。両親が亡くなった。と言うのだから、それは無理も無いのだろう。

「僕は、これからどうしたら、いいんですか、院長先生」

 とても不安げな様子で、その少年は父に向かって言っていた。

「君のような子供達はここには沢山いる。だからそうした子供達と一緒に暮らすと良いだろう。もう少し時間が経てば、もっと良い場所に移るように手配をしてあげる事もできる」

 そのように父は言ったが、少年の暗い顔が消える事は無かった。

「さて…」

 父がそう言った時だった。突然、周囲の様子が一変した。アリエルの周りを取り囲む全ての動きが停止をして、音さえも止まり、喧騒に包まれていたこの地が一変する。

 何が起こったのか。アリエルは周囲を見回した。そうだ。これは自分が実際に見ている現実の世界ではなく、見せられている記憶の世界でしか無い。

 だから、ビデオが一時停止するかのように、記憶の光景も一時停止をする事ができるのだろうか。

「驚いたかね?」

 突然、背後から話しかけられ、アリエルは驚かされた。それは確かに彼女に向けて話しかけられてきていたからだ。

「あなたは」

 アリエルの見ている目の前で、静止した世界で、たった今まで子供を診療していたはずの父が立ち上がり、アリエルの肩に手をかけてきた。

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「私も、ブレイン・ウォッシャーによってこの世界へ入れてもらう事ができた。分かるかね?君に見せなければならない事があって、私の記憶の中に入ってもらったのだ」

 父はそのように説明しながら、自分は診療所の窓際の方へと向かった。アリエルもその場所へと向かい、広がっている光景を見下ろす。そこには千人はいようかという人々が、とてもみずぼらしい様子でそこにいた。

「ここは、『スザム共和国』の国境からそれほど遠くない場所にある、私が派遣させた難民キャンプの一つだ。私自らが、シャーリと共にこの場所で、共和国の内紛難民の救済に当たっていた。

 ちょうど6年前の事だ。ここである悲劇が起こった。まさかとは思っていたが、難民の中に、民族浄化を訴える分子が紛れこんできていたのだ」

 父親がそのように言った、次の瞬間だった。アリエルが見下ろしていた、難民キャンプの広場が閃光に包まれ、それと同時に時間は再び動き出していた。

 閃光は爆発だった。火の手が上がり、広場にいた難民たちは吹き飛ばされていた。アリエル自身も思わず自分の体をひるませ、床にたたきつけられたが、実際に衝撃を受けたのではなかった。

 アリエルは無意識的にそうしてしまっただけであって、アリエル達が爆発の衝撃に巻き込まれる事は無かった。吹き飛んできたガラスの破片は、ただの映像でしかなく、ガラスの破片や衝撃波も、ただの虚像でしかなかった。

 父はただ窓際へと立ち、じっと目の前で起きた後継へと眼を見下ろしていた。

 爆発が起こった瞬間、再び時間は静止した。

 爆発は閃光を振りまき、アリエルには、その閃光の一筋一筋の線さえもはっきりと見えるほどだった。爆発が、難民キャンプの広場の中央で起こっている。爆発の瞬間に停止させられた時間だったが、すでに破片や塵が周囲へと吹き飛んでおり、何メートルも吹き飛ばされている人の姿もあった。

 その人の内何人かは、この建物にまで吹き飛ばされてきているほどだった。

「この出来事は突然起こった」

 この静止している時間の中を、背後から現れた父が、アリエルの背後に立って見つめながら言った。

「止められなかったのは何故?」

 アリエルは静止した惨劇の場を目の当たりにしてそのように言った。

「我々は軍隊ではない。全ての民に対して平等に、医療と食事、そして住む場所を与えるために活動をしている。だから、その分子は我々の中に紛れこむ事が出来た。もちろんテロリスト共に対して、警戒をしていなかったわけではない。

 しかし、奴らは我々の中に子供を送り込んできた。生まれた時からテロリストとして育てられ、このために送り込まれた子供だ。少なくとも一番近くにいて唯一生き残る事が出来たシャーリはそう言っている」

 アリエルは再び爆発の閃光の方を見つめた。爆発はその場にあったものを全て消し去ってしまおうかと言う程の爆発だった。

 その中にシャーリがいたと言うのか。

「シャーリは生まれながらの『能力』で身体が爆発にも耐えられるほどだ。しかしながら大きな後遺症が残った。彼女は左目を失い、また、危うく左腕を失う所でもあった。彼女はそんな体になりながらも、その場にいた子供を庇った」

「シャーリが?」

 父親の説明に、思わずアリエルは聞き返していた。

 アリエルが想像するシャーリは、確かに昔は友人同士であったかもしれないが、今では凶暴性の塊であるとしか形容できない。

 彼女はテロリストであり、自分も養母をも殺そうとしていたような相手。とても子供を庇って守るようには思えなかった。

「その子供達は助からなかったがね。以来、シャーリは変わってしまった。敵とする相手に対しては容赦なく襲いかかり、人殺しも迷わない。恐ろしいほどの狂気を秘めるようになった。

 私はシャーリを落ち着かせようと思ったが、どうも無理だったようだ。何しろ彼女は自分の目の前で、自分が守るはずだった子供達を皆殺されたのだ。それも、事もあろうか相手は子供のテロリストだった。

 シャーリも油断してしまっていたのだ。元は私を助ける慈善の為にこの場に来たと言うのに、最悪の惨劇を見る事になってしまったのだ」

 静止した時間の中で、父の声は異様に響いていた。

 閃光は静止したままであり、爆発は停止している。もしこの時間が逆戻りしたら、シャーリもあんな凶暴性を持たずに済み、この場にいた子供たちも助かったはず。アリエルはその感情に襲われた。

「だが、過去の出来事は変えられない」

 父がそう言った瞬間。爆発の瞬間は再び動き始めた。炎が吹き荒れ、衝撃波は難民キャンプの施設の窓ガラスを割った。

 建物の中にいた者達も軒並みなぎ倒される。アリエルも思わず床に倒れ込んだが、彼女は衝撃波を感じたわけでは無かった。思わず再始動した動きに彼女は身をひるませてしまっただけだった。

 ブレイン・ウォッシャーを通じて父の記憶を送り込まれているだけとは言え、起きている出来事は悲惨すぎた。

 しばらく、外の景色は煙に包まれていたが、やがて悲鳴や奇声にも似た声が響き渡り煙が晴れていこうとしていた。

「アリエル。君はこの世界の住人では無い。刺激が強いだろうから、ここまでにしておこう。止めたまえ。少し先送りにする」

 父はそのように誰かに向かって言っていた。

 その言葉が通じたのか、映像は再び静止して、今度はビデオが早回しになったかのように次々に展開していった。

「お父様…!この子を、この子を見てあげてください。まだ息がある」

 そう言って、小さな子供を両手に抱えているのはシャーリだった。

 まだシャーリだって子供だ。中学生くらいだろう。左半身に大やけどを負っている。とても直視をする事ができない有様だった。彼女が抱えている子供の姿も見るも無残なものだった。

「シャーリが連れてきた子は助からなかった。シャーリ自身も、普通の人間ならば即死しているほどの怪我を負っていたが、彼女は『能力者』ゆえに助かったのだ」

「この光景を私に見せた理由は?」

 アリエルはそう説明する父の姿を見上げて尋ねた。彼も、今この場所にいる。この空間は記憶が作り上げたものでしかないのかもしれない。しかしながら、これだけ、リアリティがある世界をありのまま見せたと言う事には、何か意味があるに違いなかった。

 父は少しの間黙っていたが、よくやく口を開くのだった。

「我々と一緒に来てほしい。ただそれだけだ。君に対して難しい事をさせようとはしない。ただ、君の中に眠っている、ある物を、世の中の秩序の為に使って欲しいというだけだ」

 そう言いつつ、父は、アリエルの後頭部の部分に触れてきた。そこは、首の背骨と脳が繋がっている部分であり、触れられてみればとても無防備な所である。アリエルはその父の行動に不快感さえ感じていた。

「私の頭の中にデバイスが埋まっているという事?」

 それは、あの謎の組織のリー達から聞かされた事だった。聞かされたばかりの時は、そんな言葉などとても信用する事ができなかったが、今ではだんだんとそれを実感として感じる事ができる。

「埋め込まれているとは言っても、それは非常に小さなチップ状のものが埋まっているに過ぎない。それは私にとっての財産であって、お前達娘に託したものだ」

 そしてそのデバイスというものは、自分が小さな頃から埋め込まれたままになっている。何故、父はそんな事をしたのだろう。

「説明しよう、アリエル。そのデバイスには、君が我が子として後世に残していってほしい記録が全て詰まっている。我々と共に動いていれば、君の本当の母親とも会えるだろうし、養母のミッシェルとも逢う時が来るだろう」

 どう答えたらよいのか、アリエルには分からなかった。

 父がしている事は、テロ行為であり、誰か人を傷つけるという事だ。アリエルの中にその先入観があり、それがどうしても抜けない。

「でも、あなた達はテロリストのはず」

「革命は時として人によって、テロ行為だと思われる事がある。君はまだ若いだろうから、まだ完全に世の中と言うものが分かっていない。

 君達、若者の前に敷かれているのは、支配者達が決めた社会の規範であって、それから少しでも逸脱する事によって、はみ出し者であり、そして、私の様な存在であると思われるだけだ。

 しかし、そんな支配者は戦争を生みだし、君が見てきたかのような悲劇を起こしている。『スザム共和国』はその一つの例だろう。

 私はまず『ジュール連邦』を手始めとし、新しい主義を世の中へと伝える事をしたい」

 アリエルの前の景色が次々と展開していき、いつしか彼女と父は、あの落ち着いた医療施設の中へと戻っていっていた。

 アリエルはとても恐ろしい体験を目の当たりにしていたが、結局は全て見せられていただけの映像に過ぎず、ロビーのソファーからは一歩も動いていないし、立ち上がってさえいなかった。

 アリエルと父は向かい合わせのまま座っており、間でブレイン・ウォッシャーが両手を広げて、お互いの額を結び付けている。

 ブレイン・ウォッシャーはじっと集中しているらしかった。その両手はほのかな光に包まれている。

 やがて、彼女は息をついたかのように一呼吸を入れると、アリエルとベロボグとの間を繋いでいた手を離した。

 するとその光は消え、アリエルは自分を縛っていた何かから解放されたかのような気分を感じた。

「一息入れるとしよう。ブレイン・ウォッシャーもどうやら疲れているようだ。この『能力』は精神力を使う。君も疲れただろう」

 父はそのように申し出てきた。

「ええ。でも私は余計に分からなくなってきた。自分のおかれた立場がどんなものなのかという事も、何もかも。これから、本当にあなた達についていって良いのかという事も、私には分からない」

「アリエルよ。私は何も君に人殺しをするように頼んでいるわけではない。凶暴になってしまったシャーリを見て、君は誤解をしているだけだ。

 本来我々があるべき姿は、弱者を救い、未来を救うという考え方にある」

 

説明
父、ベロボグによって拉致されたアリエル。彼女は連れて行かれた医療施設で父の真意を知り、また過去に起きた出来事の記憶を呼び覚まされます。
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