双子物語-16話-
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 部活としての成果も上々で、一年なんてあっという間に過ぎてしまった。同じように

2年だった先輩も3年になり卒業。私たちもすっかりここの中学校のトップにまで

上ってしまった。そう、もう3年生である。後輩もできて、彩菜はすごく先輩ぶっている。

風上先輩に比べたらまだ先輩っぽく見えないのだけど。新しく入ったマネージャーの子を

手伝いながら私もそこにある空気に触れて和みたいから居座る。といっても、私のデータ

がないと困るとか先生も言うので、ここでの活動は願ったり叶ったり。

 だけど、その分描きたいことは遅れてしまうのだが。それは締め切りなんてものが

ないのだから気楽なものだ。

ちなみに、この私のものめずらしい髪の色についても。いつも通りの反応を頂き、

彩菜がしっかりものの怖い先輩を演じてくれているおかげで私へのちょっかいも

ほとんどないのだった。その分、怖がって仲良くしてくれる子も少なかったが。

 

彩菜「ねぇ、雪乃。何を描いているの?」

雪乃「ひみつ」

 

 休み時間、引っ張りだこな彩菜が私を人気のないところに連れて話を始めた。

どうやら私が暇を見つけてはマンガを描いていることには気づいているようだけど、

内容まではわからないらしい。とはいえ、私もまだまだ駆け出し。姉に大っぴらに

言うほど出来たものなんて描けないし、言えない。最初は教えてくれた田之上さんに

見せたいのだから。でも、そんなこと言うと彩菜のことだ。学校でも我を忘れて

しまうかもしれないから口にチャックをしなくてはいけない。

 だから、嘘ではないにしろ。出来たら読ませるという約束をしておいた。

彩菜は単純で子供だからこうしておけば機嫌もよくなるのだ。

 それと、気づけば田之上さんの家を訪ねるのも回数が多くなっていた。

書く技術を学びにいくのと、会いたいという気持ちを持っていくのだった。

自分でも彼のどこに惹かれるのかが明確に解らないが、自分でやりたかった

ことが容易くこなしているところが好きなんだと思っている。実際、作家として

尊敬しているわけだ。プロではないけど・・・。

 そういうわけで、自然と学校以外での彩菜と私の距離は少しずつ離れていく。

それを嫌がってか、家とか学校ではひっきりなしにくっついてくるのだ。

でも、それを認めれば他のことに口出ししないことになっていたのだから

そこだけガマンすれば基本、私は私のやりたいことができるのだ。

 ん、ガマンって何でガマンしなければいけないのだろう。ふと、そんな疑問が

頭をよぎった。

 

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静雄「最近、二人の様子がおかしくないか?」

菜々子「思春期だもの」

静雄「一言で片付けるのか」

 

 夫は私と晩酌を交わしながら話しに華を咲かせる。ツマミは少なく、辺りは静かで

話をするには絶好のシチュエーションだ。話しの内容は我が愛する娘二人についてだ。

最近、売れるようになってきた夫の会社。そのおかげか、時間が安定していなく、

休みもほとんど取れていない。たまにはこうやってお互いを労うことが楽しみとなって

いた。

 

菜々子「まぁ、少し。どたばたするかもしれないけどねぇ」

静雄「ほぉ」

菜々子「それでお互い、自分の足りない部分を補えるといいけど」

静雄「報われないことをわかっていて傍観するのも辛いだろう」

菜々子「あなた、あまり二人を見てない割にはよくわかってるじゃない」

 

 つい、笑ってしまった。感の良い私と夫は普段の会話の中からも相手の心理を

考えてしまう変わった夫婦だ。しかも、彩菜と雪乃に関してはわかりやすいから

すぐ悟ってしまうし、その先も読めてしまう内容だ。だからこそ、何も言わずに

見守っているのだ。

 

静雄「それにしても、菜々子は許容範囲が広いな」

菜々子「静雄も同じこと言えるわよ。こうやって同じ行動をとってる時点で」

静雄「ははっ、違いない」

 

 娘のことをつまみにして楽しんでいる。決していい趣味とはいえないが、後々に

自分から成長していくのを期待しているから楽しめるのだ。たとえ、報われない恋が

あるのを知っていても。そのやわい心が傷ついたとしても、だ。

 知識で識ることより大切なことがある。それは、自ら感じること。経験することに

違いない。それが、後々に自分の人生に必ず役に立つのだと自ら痛感しているのだから。

 

菜々子「そして、それも甘美な思い出に変わるのよ」

静雄「思ったより、詩人だな」

菜々子「あらっ、気づいた?」

静雄「クククッ、いつまで経っても菜々子といるのは飽きないな」

菜々子「静雄と出会う前の私はもっとヤンチャで面倒だったのよ?」

静雄「是非とも、その頃の菜々子を見てみたかったなぁ」

菜々子「この物好きめ」

 

 このイチャつきっぷりを子供に見られたらどんな目で見られるのか不意に想像した

のが浮かんできて面白くなってきた。だって、すごく奇異なものを見る視線を想像

してしまったから。そりゃそうだ、自分だって両親のことを想像すると驚きと変なもの

を見る目で見てしまいそうだから。それにしても、けっこう呑んでるので私たちは

かなりの酔っ払いになってしまい。その後、愛娘を見つけては絡むのだった。

 

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最近、雪乃と一緒にいる時間が少ない。どこが少ないかって、学校と家以外での

ことだ。昔からずっと私たちは一緒だったのだ。あの男が現われるまでは。

 しかし、雪乃はそんな男にたぶらかされて通っている。私が目を覚ませなきゃいけない。

とは思っていても、口に出せば嫌われるどうし、行動に移しても誤魔化される。

こんなに雪乃のことを愛しているのに。悶々とした気持ちは膨らむ一方で部活に励んでも

全然発散できない。ついには後輩からも心配されるほどに私の態度が変わっていったの

だろう。

 こんなに近くにいるのにどんどん遠くにいってしまいそうで怖かったし、何より

私の嫉妬の黒さがここまで怖かったというくらい自分でも驚いた。自分で手にかける

ことはしないだろうが。もし、この気持ちが暴走してしまったらもう止められない。

そんな中、昨日は酔っ払いと化した両親に抱きつかれたのを思い出した。その後、

には雪乃もまんまと引っかかったっけ。

 

彩菜「昨日はすごかったよね」

雪乃「ああ、あの抱きつき?」

 

 登校中に昨日の話しで盛り上がり途中で大地くんと合流する。この辺の日常はいつも

通りで気分がいい。雪乃も私に気を使ってか、あの男の話は避けてくれている。だが、

言わなくても表情を見るとなんとなく、学校の後に何をしているのかと想像すると

わかってしまうのだから複雑な気持ちにもなる。

 何かわからないけど、焦る気持ちが徐々に高まっている気がする。中学が終わって

高校も一緒なんだって思っていてもどこかで不安が付きまとう。なんだか雪乃が

あの男のところへ行ってしまいそうで。それが私にとっての一番の恐怖だ。

 給食の時間になっても常に雪乃を視線で追ってしまう。まるでストーカーのように

見えるかもしれないが、無意識にやってしまうものはしょうがない。

 雪乃にこれ以上、変な虫・悪い虫がつかないようにずっと傍にいるようにしている。

さすがにここまで一緒だとウザいかなぁとか思うだろうけど、雪乃はあまり顔に出さない

から本音がどうなのかわからない。ずっと、小学生のときのままとはいかないのだ。

そう、昔。誰かに言われたような気がする。

 

 

 

 彩菜の様子がそわそわしている。あまり外で鬱憤を出さなくなった分、周りに迷惑を

かけなくなったが。もし暴走したときにのことを考えると少し怖い気がする。

 その変化を今までは学校や家で一緒にいて、それで満足していたみたいだったが

今ではそれだと不満のようだ。これ以上、私も自由を奪われたくないし。困ったものだ。

本音でも彩菜には感謝しているし、邪険にしているつもりもない。口には出しては

言わないが。でも、私は私だし。これ以上は私の領域に踏み込んで欲しくない。

そう、いくら双子の姉だとしても。徐々に私にも少しずつ不満が膨らんでいるのか

ここ数日の調子はあまりよくない。そのことが、今書いている絵にも少なからず影響

しているようだ。

 とはいえ、考えているうちに自分の作品というものがまとまってきていた。

材料はとても身近な住人たちのドタバタコメディ。絵はまだまだ下手くそで。

そんな私が同じ画材で同じようにマンガを描いているのが楽しかった。

 確かに田之上さんに最初に見てもらいたいけど、書き終わった直後に感じたのが。

 

雪乃「彩菜、よろこんでくれるかな・・・」

 

 いつも笑顔で接してくれている彩菜の顔が浮かんだのだった。

 

 

 

 もうすぐ、私たちも卒業を控えるために忙しい毎日を送っていた。まだ、田之上さん

には見せていない。忙しさが一段落ついたら見せに行く予定。それも近日中に。

 その前に進路を決めなければいけないのだが、みんな迷うことなくプリント用紙に

書き込んで提出していく。私も本当は彩菜と同じ学校に行くって即行に書くはずなのに

その手が重く感じた。何を迷っているのだろうか。私の本能がその名前を書かせない

ように見えた。そんな、この先のことがわかるなんて非科学的なことを信じるわけには

いかない。

 よく見ると用紙には三つの欄がある。どうしよう、どうしよう、どうしよう。

鼓動が激しくなるのがわかる。彩菜たちはもう、書き終えて席についていた。私は

立ち上がって先生に声をかけた。

 

雪乃「あのっ、県先生。後で相談したいのですが」

 

 私からの質問なんてここ3年間ろくになかったものだから、予想外とばかりの表情で

私を見やったあと、ニカッと笑顔で答えた。

 

県「ああっ、いいよ」

 

 

 彩菜たちには部活の残りの引継ぎとかをやっていてもらって私は先生と話をして

終わったあと、部屋に戻って自分で書いた作品を持って家を出た。誰にも言わないで

少し早歩きで田之上さんの家に向かう。彩菜に黙っていくのはあまりないから

ちょっとした罪悪感を感じながら。それでも、ドアから田之上さんが出てくると

私のそんな気持ちもどこへやら。これを見せるついでに私の気持ちもぶつけて

見ようと思った。

 

 あらかじめシミュレーションと課して自分の脳内でどれだけの確立で田之上さんと

上手くやれるか計算して、敗北濃厚の意識でダメならダメでぶつかっていこうって

そんな気持ちで言ってみた。覚悟していたつもりだったのに、わかっていたはずなのに。

どうして、こんなにも胸が張り裂けそうなんだろう。

 ああ、ようやく先輩たちの気持ちがわかったような気がする。どれだけ興味持って

識っていても、経験をすることで本当に気持ちがわかるんだ。やばいよ、田之上さんに

迷惑かけちゃう。目の前が見えないもん。ぼやけて、床も濡らしちゃって。

 あんなに作品を褒めてもらった嬉しさも少し霞んできて。だから私は言葉も出ないまま

部屋を出た。忙しいって言っていたからこれ以上は迷惑をかけられないから。

とりあえず私は出なおすことにした。そのうち収まるだろうし、その時にまた手伝いに

来たいと、その時は本当に思ったのだ。これ以上のことが待っていなければ…。

 

 帰り道、なんとかこのひどい顔を直したくてゆっくりと歩きながら心を落ち着かせて

いた。ドアを開けて中に入るとそこには神妙な顔をした彩菜が私の顔をジッと見ていた。

まるで私が帰ってきたことに気づかないような遠くを見ているような目でドアの先を

見据えている。私は恐る恐る声をかけた。

 

雪乃「ただいま」

彩菜「…おかえり」

 

 どこか元気のない彩菜。声をかけたのは悪かったかな。私は自分の書いた作品を

まだ渡さないでもう少ししたら渡すことにした。考え事をしているのに邪魔をしたら

悪いから。少しぎこちない笑顔で返した彩菜を見て私は階段を上って自分の部屋に

入った。無意識にため息がこぼれる。精神的疲労だろうか、少しだるくて何も

やる気が起きなかった。そこで、トントンとドアを叩く音がする。彩菜だろうか。

 部屋のドアを開けようとして、背筋が急に寒くなった。なんだろう、そこにいる

人はわかっているのに恐怖が私の動きを止めさせる。でも、本当に彩菜だったら

すぐにいつも通りに開けないと怪しまれる。もう、彩菜と揉めることもないんだから。

これ以上、気まずくしたくない。私はその悪い予感を振り切ってドアを開けた。

 そこには彩菜の姿があり、ホッとしたのも束の間。私は手をつかまれベッドに

押し倒された。痛い。体全体に衝撃が走る。急なことで何が起こったのかわからない。

彩菜は悔しそうな憎いような、でもどこか愛しいものを見るような目で私の服を乱暴に

脱がせた。

 

雪乃「やめて!」

彩菜「雪乃は私のものだ!誰にも渡さない!」

雪乃「それはもう終わったの、田之上さんとは何もなかったから」

彩菜「嘘だ!」

 

 彩菜の動きは止まらない、私は彩菜に力で敵うはずもなく為す術ないまま裸に

されてしまう。手首をつかまれ、乱暴に扱われているうちに息が詰まって死んでしまい

そうな気分になった。私は必死に振り切ろうともがく。そして、掴まれていた右手首を

放されたとき、私は無意識に彩菜を引っ叩いた。

 

 パシンッ!

 

 心臓が五月蝿いくらいに鳴っている。彩菜も驚いているのだろうか、何があったか

わからない顔をしている。それ以上に私も何が起きたか把握できないまま、ここに

いると危険と判断して、体に何も纏わず反対側にある彩菜の部屋に走っていった。

中に入ると、誰も入ってこれないように鍵を閉めてその場に座り込んでしまった。

 

雪乃「はぁ…はぁ…なんで、何がどうなって…」

 

 整理できないまま、私は意識が朦朧としている状態で彩菜のベッドの上に倒れる

ように横になった。うっすらと目から温い液体が出てきたような気がした。

 

 

 

 

菜々子「ストーップ」

彩菜「どいてよ、雪乃に話が!」

菜々子「はぁ、その雪乃の破れた服を掴んだまま言う事?」

彩菜「!!」

菜々子「少し冷静になるまで、雪乃の部屋でいなさい!雪乃がどんな気持ちでいたか少しは考えることね」

 

 言われて、ついでにすごい睨みを利かされ私は興奮していたこの気持ちに気づいた。

そうだよ、こんな状態で行ったって同じことだ。言われたとおりに私は雪乃の部屋に

入ってベッドに座った。力が抜けていく。あの時は悪魔に憑かれたみたいに襲っていた

ときは雪乃に触れて雪乃の香りに包まれて幸せだと感じていたのが今では罪悪感しか

残されていなかった。後悔するにも、もう手遅れだ。私は頭をしばらく抱え、

少ししてから部屋を見渡した。あれだけ、好きそうにしていた田之上の写真は一切

なく、私と一緒に写っているものばかりが飾られていた。

 そういえば、部屋が分かれてからはあまり互いに来ていない気がした。特にここ

最近はずっとこのモヤモヤしたのを抱えてからは。そして、一つの紙の束に気づいて

見てみるとそこには、お世辞にも上手くない絵のマンガが書かれていた。

 内容はホームコメディみたいで、主人公たちの設定がどう見ても私たちに

そっくりだった。そして、読んでいるとあのときの純粋な気持ちを思い出した。

そうだ、最初はこんな邪な気持ちで雪乃を見ていたんじゃない。ページを全て

めくると、メモ用紙みたいなものが目に入る。中を読んで見ると「後で彩菜に

渡す」とだけ、簡単に書かれていた。それでも、それだけでも、どれだけ私が

読むことを楽しみにしてくれていたか。双子だからかその気持ちは汲み取れた。

 

彩菜「私は馬鹿だ…」

 

 雪乃は変わらず純粋な気持ちで私に接してくれていたのに、私は雪乃を裏切って

しまった。とても傷つけてしまったのだ。もう、許してもらえないかもしれない。

しかし、謝りたくてもどんな顔して会えばいい。会えたところで私は謝れるのか?

また感情が溢れてくるのではないか怖くてしょうがなかった。胸が痛い。

とにかく、私は近くにあった雪乃のベッドに横になって目を瞑った。

 

 

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あれから二人とも降りてこないまま、私は静雄を迎える。ついに来たと告げると

静雄もわかっていたとはいえ、渋い顔になっていた。いつかはこうなるかなとは

思っていたが予想以上に彩菜の雪乃に対する気持ちは強かったようだ。

 

菜々子「なんとか、二人とも隔離しているけどね。部屋逆にいるけど」

静雄「大変だったな、みんな」

 

 スーツから部屋着に着替えるとリビングに向かった。珍しく疲れた私は旦那の

夕食の用意をしようとしたが、横から手で制止された。

 

静雄「俺がやる」

菜々子「ありがとう」

 

 わからなくはないが、まだまだ二人とも子供だ。時間はかかるが戻らない絆ではない。

そのことには本人たちはまだ気づけないだろう。もう、手遅れだ。二度とは元に戻らない。

とか考えていそうだ。

 

静雄「何か手伝えることはあるか、二人に対して」

菜々子「う〜ん、娘二人の事情にオヤジが口出しするのもどうか」

静雄「違いない」

菜々子「うん、先生と相談してみようかな」

静雄「先生?」

 

 ご飯を頬張りながら聞く旦那に私は人差し指を立てて言う。ほらっ、あの人だよ。

 

菜々子「二人が園児の頃から見てくれていた、宵町県先生」

静雄「すごいな、今度は中学か?」

菜々子「この流れだと高校にも行きかねないわね」

 

 思い出して笑って少し和むと私は話を続ける。

 

菜々子「先生とは気が合うのよ。多分、良い提案をしてくれるわ」

静雄「そうか、だったら二人のことは菜々子と先生に任せてもいいのか?」

菜々子「ええ、あなたはようやく乗りかけた仕事をこなしてきなさい」

静雄「わかった。気にはなるが、何にもならないのにいたってしょうがないしな」

菜々子「わかってるじゃない」

 

 その言葉に苦笑した静雄に私は慌ててフォローした。けっこう図太い割には

私に言われるとナイーヴな反応を見せる。そんな彼も悪くはないのだが、そろそろ

冗談を冗談と取って欲しい気持ちにはなる。まぁ、何にせよ。これからは互いに

向かう方向は変わっていくと思う。それを、笑顔で見守ってやれる親でありたい。

そう、私は思った。

 

 結局のところ、衝突しないよう二人ともあいてのことを気遣って少し距離を

開けたまま卒業式を迎えることとなった。そして、進路については先生と話し合った

結果、雪乃には別の学校へ行ってもらうことにした。何より身内に傷つけられ

慣れた環境にいるのは逆に辛いだろう。

 そしてそのことは彩菜にはまだ黙っておくとしよう。また、気持ちが昂ぶって

面倒を起こされたら厄介だからだ。特に彩菜は感情のコントロールに関していえば

まだまだ幼稚だからだ。信頼できるものは持っていない。これから、雪乃と離れる

生活に慣れてくれなければ困る。一番のパートナーを失った状態でまともに

生活できれば合格だ。だが、雪乃には味方が誰一人いないのが痛い。

 県先生にでも行ってもらいたかったが、こうなると思っていなかったらしく

彩菜の行く学校に申請を出してしまったそうだ。それにしてもそれだけで

異動できるのだから、この先生は只者じゃないな。

 

県「そういうことで、私が勧めるのはこの女学校です」

 

 ちゃんと教育が行き届いているせいか、風紀がよく評判は上々。ここでなら

少なくとも危ない目には合わないだろうと先生は告げる。先生が言うにはそうなの

だろう、よくわからないけど。結局のところ先生の言葉に納得しかできずに

そのままの案に乗ることにした。先生の雪乃に対する態度と熱心さに信頼を

感じることができた。

 

県「大丈夫です。いざとなれば、私の知り合いが守ってくれるはず」

菜々子「ははっ、本当に先生は何者ですか?」

県「それは、ひみつです」

 

 指を立てて口を塞ぐジェスチャー。取り立てて聞く必要もないし、誰にだって隠し事

の一つや二つはあるだろう。それは私にだって言えることだ。後は、上手くいくことを

祈るだけだった。

 

 

 新幹線が止まる。見送りに来たのは先生と私だけ。それを望んでいたのは雪乃だった。

色々言いたいことがあるだろうに、あの子は少し言葉を交わした後に出した言葉が。

 

雪乃「先生、彩菜のことをよろしくお願いします。彩菜はけっこう繊細な所があるから」

県「言われなくてもわかってるわよ」

菜々子「もう他にはないの?」

雪乃「…うん」

菜々子「じゃあ、私からは一つ」

雪乃「え?」

 

 雪乃の傍までいき、耳元である言葉を囁いた。

 

菜々子「自分の直感を信じること。何でも常識で物事をはかるんじゃないわよ」

雪乃「うん」

菜々子「よしっ、じゃあ行ってらっしゃい」

雪乃「うん…!」

 

 連絡は携帯や向こうの寮で取れるから、そんなにその場にいた3人は気負いを

感じていなかった。新幹線の中に入る。後ろ姿で雪乃の髪はバッサリと肩まで

短くなっていた。私が切り落としたのだ。一からやりなおすから、気分を変えるために。

それでも、けっこう似合うものだと、私は気楽に考えていた。

 雪乃の姿が消え、私はゆっくりと振り返る。天気もよく、風も気持ちいい。

これから毎日、あの子のことを見守れなくなったのが、こんなに寂しいとは思わなかった。

私は目に溜まった水を払って先生と一緒にその場を去ったのだった。

 

説明
中学生編終了。過去作より。卒業や大きく変わる時期。変化に戸惑う焦燥感。そして、取り返しがつかない事実。人生良くも悪くも成長があるからこそ面白いものですね。そういうのを詰め込んだような話です。
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双子物語 双子 成長記録 中学生 別れ トラウマ 百合 

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