俺の妹がこんなに可愛いわけがない 来栖加奈子の非日常 前編
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「なっ、なあ、アタシのこと一生大事にしてくれるなら……キ、キスしても良いんだぜ」

 アタシはまったくどうにかしている。

 アタシがアタシでないみたいだ。

 ア、アタシの方からこんな熱心に男に迫っているだなんて。

 相手は金持ち社長でも芸能プロダクションの偉いさんでも何でもないのに。

 ただの冴えない平凡男なのに。10年後には中小企業にしか勤められなさそうなダメ男なのに。

「か、加奈子?」

 男は戸惑いの表情を浮かべている。予想外の事態に明らかに緊張している。

 アタシがこんな風に迫ってくるなんて想像もしてなかったのだろう。

 そりゃそうだ。

 アタシだってつい10分前までこんな気持ちになるなんて考えもしなかったのだから。

「アンタの年収が1000万以上で、アタシを家事をしない専業主婦にしてくれるなら……その、アンタの所に嫁に行っても良いぜ」

 アタシからの精一杯の告白。ていうか、もうプロポーズじゃねえか、これ。

 ほんと、アタシらしくねえ。

「あっ、何かちょっといつもの加奈子だ」

 男はちょっと安心した表情を見せた。

 アタシが精一杯の好意を示したのにちょっと酷いんじゃねえか?

「と、とにかくアタシは自分の気持ちを伝えたぜ。あ、アンタはアタシのことをどう思っているんだよ?」

 アタシは男に詰め寄る。

 アタシは背が大きくないから背伸びしてもコイツの唇まで届かない。

 けれど、コイツがアタシを受け入れてくれるならいつだってキスできる。

 そんな距離にまで近付く。

「お、俺は……」

 男は苦渋の表情を浮かべながらアタシから顔を背ける。

 その態度に瞬間的にムッと来た。

「いい加減、誰が好きなのかはっきりしろよ、高坂京介ぇっ!!」

 アタシは男、桐乃の兄貴に大声で叫んでいた。

 

 

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来栖加奈子の非日常 前編

 

 

 

「明日の秋葉原でのメルルイベントの件ですが、スケジュールの関係で加奈子とブリジットの2人だけで行って下さい」

「はいっ、わかりましたぁ」

「えぇ〜、アタシたちだけで行くのかよぉ〜?」

 モデル事務所の一室でアタシとブリ公がマネージャーから聞いた指令は実に面倒なものだった。

「加奈子、あなたが年上なんだから先方にしっかり挨拶するのよ」

「それが嫌だっつてんだよ」

 舞台上での仕事には自信がある。

 メルルを演じるのはチョロイもんだ。

 けれど、こういうイベント業では本番前と後の方が遥かに面倒くさい。

 アタシは特にそういう挨拶が大の苦手だ。

「そうなのよねぇ。加奈子の横柄な、又は妙に媚売った挨拶はあらゆる関係者を怒らせるのよねぇ。この間のイベント責任者は次に加奈子の顔見たら鈍器で殴るって怒ってたし」

「そこまで酷いのかよ、アタシの挨拶はっ!?」

 怖ぇよ、この業界!

 

「やっぱり、誰かに付いて行ってもらった方が良いわね。加奈子への殺人罪で捕まったら先方が不幸だし、それが原因で契約を切られたら事務所は大損害だわ」

「アタシの命の心配をしろよっ! 心配する所が違うだろうがぁっ!」

 どうしてそんなにアタシの命が安いんだよっ!?

 人の命って地球より重いんじゃなかったのかよ?

「そういう訳でアルバイト代は支払うから、誰か知り合いの方に同行してもらって頂戴。出来れば秋葉文化、特にメルルに通じている人が良いわね。後、一応雇用契約になるから高校生以上でないとダメよ」

「注文細けえなぁ……」

 超お洒落モデルであるアタシにはキモさ満点のアキバ系の知り合いはほとんどいない。

 しかも、高校生以上となると……。

「加奈子には友達いないから無理な話だったかしら?」

「いるよ! 友達ぐらい!」

 このマネージャー、アタシの心をグサグサとナイフで抉ってきやがる。

 それにしても、条件に該当しそうな知り合いと言えば1人しか思い当たらなかった。

 

「しゃあない。電話してみっか」

 携帯を取り出して掛けてみる。

 そう言えばアタシからアイツに電話するのは初めてのことだった。

 20秒ほどアニソンみたいな音楽が流れて通話が繋がる。

「なあ、アタシだけど」

「誰だ?」

 素で聞き返された。

「アタシだよ! アンタの妹の親友の来栖加奈子だよ!」

「加奈子? ああ、番号登録してなかったからわからなかった」

 地味に傷付く一言。

「親友? プッ」

「笑うな、そこっ!」

 嘲笑するマネージャーに向かって吼える。

「かなかなちゃんに親友なんていないのに。プッ」

「ブリ公も笑うなぁっ! ていうか、アタシだけの思い込みみたいな冷淡な笑いはやめろ!」

 ここはアタシの事務所の筈なのに何でこんなにアウェイなんだ?

「……で、自称桐乃の親友の加奈子が一体何の用だ?」

 おかしい。原作2巻で初登場した時よりアタシの立場が明らかに悪化している。

 何故なんだよ? アタシ、こんなに可愛いのに。

念願叶ってプロモデルにだってなったのに。人生勝ち組のはずなのに。

 それはともかく、だ。仕事の件を伝えねえと。

「明日、アキバでのメルルイベントのマネージャーを頼みたいんだけど」

「バイト代は出るのか?」

「ああ、出るみたいだぞ」

「それは金欠高校生にとっては嬉しいお誘いだな。だが、断るっ!」

「何でだよっ!?」

 どう考えても今のは会話の繋がりがおかしいだろ?

 何しにバイト代の話を聞いたんだよ?

「明日は1日中全裸待機で……受験勉強で忙しいんだよ。高校3年生の夏を舐めんなよ!」

「そ、そうかよ……」

 勉強嫌いなアタシとしては受験とか勉強とか掲げられると途端に弱くなる。

 そういやアタシの通ってる私立学校、エスカレーターで高校上がれるのか?

 アタシ、来年JKになれるのか? それとも来年もJCの方が美味しいのか?

「まあそういう訳だから他を当たってくれ」

「……わかったよ。じゃあな」

 これ以上の交渉は意味がないと思い携帯を切る。

 

 唯一のあてが外れてしまった。

 さて、どうすっかな?

「あっ、京介お兄ちゃん。明日、お仕事で秋葉原に行かないといけないんだけど、一緒に付いて来てくれないかな? えっ、大丈夫? 朝一で駆け付けるって。うん、ありがとう♪ 京介お兄ちゃん、大好き♪」

 ブリ公、おめぇ一体誰に電話してやがる?

「かなかなちゃん。京介お兄ちゃんが明日のマネージャーを引き受けてくれるって♪」

 満面の笑みを浮かべるブリ公。

「アタシの時はあっさり断った癖に、この差は一体何なんだよぉ〜っ!?」

 世の理不尽を絶叫する。

 そんなアタシに対してマネージャーは肩に手を置いた。

「人徳の差だから諦めなさい」

「畜生ぉおおおおおぉっ!」

 誰か、アタシに愛をくれよぉ……。

 

 

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 翌日、アタシは昼からのイベントに備えて朝早くから秋葉原に来ていた。

 イベント会場のあるでっかいビルの前でブリ公と桐乃の兄貴と合流する。

「おはようなんだよ、京介お兄ちゃん♪ …………ついでにかなかなちゃん」

「おうっ。おはようだぜ、ブリジットちゃん。…………ついでに加奈子」

「おめぇらの挨拶に不当な差別を感じるのはアタシだけか?」

 朝から本当に気分が悪ぃ。

「で、臨時マネージャーは今日のイベントを把握してるんだろうな?」

 桐乃の兄貴をジロッと睨む。

「ああ。昨日マネージャーさんから仕事に関する資料を送ってもらったからな」

 桐乃の兄貴は10枚ほどのA4用紙をピラピラと振ってみせた。

「見た所、俺の仕事は挨拶回り以外特にないみたいだしな。後は加奈子が暴れ出したら押さえるように太字で書かれていたが、こっちはかなり難しそうだ」

「アタシは猛獣じゃないっての!」

 マネージャーはそんなにアタシが嫌いか? というかアタシを何だと思ってやがる?

「かなかなちゃんが暴れ出したらわたしも一生懸命押さえるね」

「はっはっは。ブリジットちゃんがマタドールの資格を持ったら取り押さえるのを手伝ってくれ。そうじゃなきゃ危ないからね。絶対に近付いちゃダメだぞ」

「だからアタシは暴れ牛じゃねえっての!」

 アタシって小悪魔系のみんなに可愛がられキャラじゃなかったか?

 知らない間に嫌われっ娘にジョブチェンジしちまったのか?

「まあ、加奈子が暴れ出すかどうかはアイツの行動に掛かっているだろうな」

「アイツって誰だよ?」

 桐乃の兄貴は気まずそうに顔をアタシたちから逸らした。

「今日のイベントに……桐乃が来る」

「ゲッ!」

「えっ? 桐乃ちゃん、やっぱり来ちゃうんだ……」

 高坂桐乃の名前を聞いた瞬間、アタシたちの顔は引き攣った。

 イベントに友人が見物に来るのはちょっと恥ずかしい。

 けれど、桐乃がアキバ系イベントに来るというのはそういう次元の話じゃない。

 あの重度のアニオタは二次元と三次元の区別がまるで付いていない。

 コスプレしたアタシを見てリアルメルル、ブリ公を見て三次元アルと大声で叫ぶ。

 そしてアタシたちをお持ち帰りして自宅で飼おうとする根っからの犯罪的思考の持ち主だ。

 この間のイベントではもう少しで舞台に上って来ようとしていた。

 今日のイベントでも何をしでかすかわからない。

 もしもの場合、アタシは全力をもって自分の身を守らなければいけねえ。

 けれど世間はそれを暴力だの過剰防衛と呼ぶ。

 世知辛い世の中だよな、まったく。

 

「後、あやせが仕事の移動時間を使ってきちんと仕事をしているか監視に来るらしい」

「最悪じゃねえか、それっ!」

 あやせの仕事評価は無茶苦茶厳しい。

 いや、舞台の上でミスはしねえ。

 問題は舞台に上っていない時だ。

 楽屋での態度や通路での挨拶などをあやせはこっそり覗いている。

 そして態度が悪いと翌日学校や事務所で鬼の追及が始まる。

 スタンガンの5、6発は覚悟しないといけねえから立派に拷問の域だ。というか運が良くないと死ぬ。

「かなかなちゃん。短い間だったけどどうもありがとう。ハレー彗星が地球に再接近する度にかなかなちゃんのことを思い出すからね♪」

「アタシを勝手に殺すなっ! っていうか、思い出す気が全然ないだろう、それっ!」

 次にアタシを思い出すのは2061年かよ?

 せめて30年に1度は思い出せっての!

「まあそんな訳で1匹のバーサーカーと1人のアサシンに気を使いながら今日の仕事に励んでくれ」

「難易度高過ぎるだろ、今回のミッションっ!」

 アタシの絶叫が秋葉のオタク街に木霊した。

 

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 そしてアタシは不安を抱えたままメルルイベントは始まった。

「メルルインパクトぉ〜っ!」

 キモオタは思考回路だけでなく見た目もキモいのでアタシは大嫌いだ。

 この会場に火を付けたくなるほどに。

 けれど、メルルに扮したアタシを熱烈に応援してくれる最大の支援者でもある。

 そしてアタシはプロ。

 観客がどんなに気持ち悪い生物だろうとゴミだろうとメルルを演じきってみせる。

 それがアタシのプロ魂ってもんだ。

 そんなプロのプライドを胸に秘めながらアタシはイベントを進行していた。

「メルルちゃんが好きな攻撃方法って何?」

「う〜ん。やっぱり零距離射撃、かなあ? こう、敵を内部から吹き飛ばすとスカッとするの♪」

 観客たちから笑いが巻き起こる度にアタシはほんのちょっとだけホッとする。

 そして、嬉しくなって来る。

 キモオタの癖にこの加奈子さまを喜ばせるなんてなかなかやるじゃねえか。

 イベントはそんな感じで悪くない進み方をしていた。

 あのコーナーが始まるまでは。

 

「それじゃあ次は会場に来ているお友達に舞台に上がってもらって、メルルちゃんと実際にお話してもらおうと思います」

 星乃くららの提案に大歓声が巻き起こる場内。

 おめぇら全員アニメと現実の区別が付かないのかと言いたくなる大フィーバーぶり。

 そして同時に思った。

 この展開はヤバい、と。

「それじゃあ、メルルちゃんとお話してみたいと思うお友達は手を挙げてねぇ〜♪」

 こういうイベントで指名される奴は大概決まっている。

 やらせでなければ如何にもそれっぽい奴か、如何にもそれっぽくない奴のどちらかだ。

 そして、このイベントに来ている如何にもそれっぽくない奴の代名詞と言えば……

「それじゃあ、そこのピンクのハッピを着た、茶の入った長い髪のとっても綺麗な女の子に舞台に上がってもらおうと思います」

「やったぁ〜っ!」

 思った通りに指名されたのは桐乃だった。

 最悪だぞ、この展開。

 

「え〜と、あなたのお名前を教えて頂けないでしょうか?」

 自分が舞台に上げてしまった女の正体にも気付かずに暢気に名前を尋ねるくらら。

「ネット上ではきりりんで通ってます♪ 中学3年生です♪」

 桐乃はくららを見てデレデレと表情を崩しながら答えた。

「じゃあ、きりりんちゃんはメルルちゃんたちと仲良くなったら何をしたいですか?」

 おい、その質問は最悪だっての。

 アタシに死亡フラグ立てる気かよ?

「そりゃあ勿論、メルルちゃんとアルちゃんを自宅に連れ帰って裸で首輪を嵌めて飼うに決まっています♪」

 とても楽しそうに爽やかに基地の外じみた妄言をほざく桐乃。

 けれど会場は桐乃の言葉を冗談と受け取った。爆笑が一斉に巻き起こる。

 まさか中学生の女がアタシたちを飼うと本気で言っているとは思わないだろう。

 けれど蒼く澄み切った狂気の瞳を見れば桐乃が本気で言っていることはすぐにわかる。

 コイツは間違いなくアタシらを飼う気でいる。

「でも、メルルちゃんと一緒に暮らすと何かと苦労も多そうですよね」

 くららは桐乃の言葉を『一緒に暮らす』と穏やかな物に置き換えた。

 けれど桐乃はそんな言い換えで収まるような甘い女じゃねえ。

「そうなんですよ。三次元メルルには来栖加奈子という器となっている女の意識が、つまりバグが残っていて、それを完全に消し去らないことには真の覚醒を迎えられないんです」

 再び起こる爆笑。

 アタシの正体が来栖加奈子なのを知ったマニアックなギャグだと受け取ったらしい。

 けれど、アタシに言わせればギャグだなんてとんでもない。

 桐乃は本気で言っている。

 本気でアタシの記憶をデリートして、自分に都合の良いメルル記憶を植え付けるつもりに違いなかった。

「とっても愉快なきりりんさんですが、それではここで実際にメルルちゃんと会話して頂こうと思います」

 そしてくららは最悪なトスを上げてくれた。

 メルルのアニメもろくに見たことないアタシにフリートークなんかさせるなってんの。

 ボロが出るだろうが。

 それにフリートークの相手がアタシをお持ち帰ろうとする桐乃だというのも最悪だった。

 絶体絶命の危機だっての、これっ!

 

 そして桐乃は初っ端から血迷ったとしか思えない一言を投げ掛けてくれた。

「ハァハァ。メルルちゃんは、鈍器とお注射とどっちが良いですか? ハァハァ」

 狂気に染まった蒼の瞳がアタシを捉える。その鼻息は限りなく荒い。飢えた野獣だ。

「鈍器と注射ってどんな選択肢だよ?」

 身に危険を感じ半歩下がりつつ狂アニオタに尋ねる。

「そんなの勿論、バグである加奈子の意識を未来永劫消し去る方法に決まってるわよ。ハァハァ。リアルメルルちゃ〜んっ♪」

 ケダモノと化した桐乃がアタシに向かって空中に跳びながら襲い掛かってきやがった。

 くららや観客たちは女同士のじゃれ合いと思っているのか誰も助けに来ない。

 となれば、アタシのとるべき手段はもう1つしかなかった。

「正当防衛っ! メルル・インパクト(物理)ッ!!」

 こんなこともあろうかと鉄パイプを素材にして作っておいた魔法のステッキを横に薙ぎ払って桐乃をぶん殴るっ!

「フッ。アメリカ留学まで果たしたスプリンターの運動能力を甘くみないで頂戴っ!」

 けど、桐乃はアタシの渾身の一撃を身体を捻って軽々と避けてしまった。

 絶体絶命のピンチ。

 と、なりそうな所だけどよぉっ!

「甘いのはおめぇの方だぜっ!」

「なっ? アタシの意思に関係なく身体が加奈子に向かって吸い寄せられてるっ!?」

 アタシが全力でステッキを振り抜いたことで激しい空気の流動が起き、アタシと桐乃の間に一瞬の真空空間が生まれた。

 その真空に桐乃は吸い寄せられているのだ。

「メルル・インパクト(物理)は水も漏らさぬ二段構えなんだよ。これで終わりだ、桐乃ぉっ!」

 無防備に吸い寄せられて来る桐乃に向かってとどめとなる2撃目を放つッ!

「メルル・インパクト(物理)ォオオオオォッ!」

 アタシの正義の魔法(物理)が桐乃の悪しき野望を打ち砕くっ!

「きょ、今日が無理でも明日には絶対お持ち帰りしてやるんだからぁ〜っ! グハッ!?」

 桐乃は吹き飛び、そして──

「はいっ、お客さん。退場してくださいね」

 桐乃の兄貴によって縄で縛られ舞台の外へと消えていった。

 

 

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「それじゃあ、次のお友達に舞台に上がってもらいますね♪」

 くららは桐乃の存在をなかったことにした。

 さすがは歴戦のプロフェッショナルは修羅場を潜った数も違う。

 手馴れたもんだ。

「じゃあ次はそっちの長い黒髪の美少女さんにメルルちゃんと会話してもらいましょう」

 そしてあまりにもアタシにとって残酷な選択をピンポイントで当ててきやがる。

 くららもアタシが嫌いなのか?

「うん。その腹黒い態度がとっても♪」

「チキショウッ! アタシの心を勝手に読むんじゃねえよっ!」

 涙が出そうだった。

 でも、アタシが心の中で滂沱の涙を流さなきゃいけないのはこれからだった。

 桐乃に続いて舞台に上がって来た女。それは──

「加奈子。一生懸命やっているみたいね」

 爽やかな笑みを湛えるキリングマシーン、新垣あやせに他ならなかった。

 

「お名前を教えて頂けますか?」

「新垣あやせと申します。千葉市にある私立中学の3年生です」

 あやせは澄ました顔をしてくららの質問に丁寧に受け答えしている。

 けれどアタシにはコイツが何をしに舞台に上がってきたのかもうわかっている。

 こっそり監視するだけの予定だったあやせが舞台に直接乗り込んで来た。

 これはもうアタシを公開処刑するつもりで間違いねえっ!

 となれば桐乃の時と同様に先制攻撃を仕掛けるしかアタシが生き残る策はねえ。

「やめておけ、加奈子。お前の敵う相手じゃない」

 アタシが攻撃態勢に入ろうとした所で背後から男の声が聞こえた。

 目だけ動かして後ろを確認すると、桐乃の兄貴が土下座して床に頭を擦りながら震えていた。

「けどよ、アタシのメルル・インパクト(物理)はあやせのスタンガンより射程が長いんだ。上手く行けば倒せるかもしれねえじゃねえか」

 純粋なリーチならこっちが有利だ。

「あやせが持っているのがスタンガンだったらそうだったかもしれないけどな……」

 あやせの右手に目をやる。

 するとそこにはやたらツヤツヤ黒光りしたものを手に握ってやがった。

「拳銃じゃねえかよっ!」

 あやせは公衆の面前でアタシを銃殺するつもりに違いなかった。

 こいつもうアサシンじゃねえよ。堂々とした殺人鬼だろ!

「あやせちゃんが今一番メルルちゃんにしてあげたいことは何ですか?」

 そしてピンポイントで恐ろしい質問をぶつけるくらら。

「舞台の上で大暴れしたメルルちゃんを任務失敗とみなし、公開銃殺することです♪」

 会場からまた沸き起こる爆笑。

 あやせの言葉を冗談と受け取ったに違いなかった。

 けれど、アタシや桐乃の兄貴にはわかっている。

 あやせの言葉には一欠けらも冗談が含まれていないことを。

 あの融通の利かない堅物が不特定多数を笑わせる為に冗談など言うものか。

 あやせは本気でアタシを殺すつもりだ。

 となれば、アタシのやることはもう決まっていた。

「どうかお怒りをお鎮め、お許しください、偉大なるあやせ様っ!」

 土下座して命乞いするしかなかった。

 跪いて命乞いする以外にアタシには自分の命を生き長らえる方法を知らなかった。

 観客から笑いの渦が生じる。

 アタシがあやせの芝居に合わせたのだと判断したのだと思う。

 まったく、知らないってことは幸せだと思う。知らぬがジーザスだっけか。

 あやせはしばらくの間冷酷な瞳でアタシを見下していた。

 そして、30秒ほど経ってからようやく口を開いた。

「今日の所はお兄さんの土下座に免じて見逃してあげます」

「お、おぅ」

 あやせはアタシの命を助けると述べた。

 しかし次の瞬間、その漆黒の瞳に狂気の光が宿った。

「ですが、何故お兄さんがマネージャーとして一緒なのかについては明日詳しく聞かせてもらいますね」

 新垣あやせ15歳。

 本人は決して認めないが、桐乃の兄貴のヤンデレストーカーと化している超A級危険人物。

 明日、アタシの命は尽きてしまう予感がプンプンする。

 こうなった以上アタシのすることはただ1つ。

「たくよぉ。つまらない見栄を張っていないで、おめぇもとっとと桐乃の兄貴に告れば良いじゃねえか。わたしを大好きなお兄さんのお嫁さんにしてくださいってな」

 精一杯の嫌がらせをするだけ。

 ネズミも追い詰められればクマを噛むってヤツだ。

「なぁっ!? わたしはお兄さんのことなんか本当に何とも思ってないんですからねっ!」

 あやせは顔を引き攣らせた。

「……残り24時間の命を精々楽しみなさい」

 そう付け加えてあやせは舞台から去っていった。

「とりあえず……助かったのか、アタシ?」

 アタシはあやせの撃退という歴史的快挙を成し遂げた。

 

 だからアタシは今日という日を加奈子記念日と命名したいと思う。

 

 そしてその副賞として明日命が尽きる可能性が極端に高まってしまったのだった。

 

 

 後編に続く

 

 

 

説明
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コメント
tokiさまへ 恋に一生懸命な女の子たちがちょっと浮かれてしまっているだけですよ♪(枡久野恭(ますくのきょー))
ハロウィンに関係なく怖い((((;゚Д゚))))(toki)
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