【Fate小説】アーチャー、悲劇の過去
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                   ●注意書き●

・” Fate/Stay night 又は  Fate/Extra ”の2次創作小説です。

・可能な限り、原作設定に基づいていますが、ところどころオリジナル要素も加えてあります。

・登場するサーヴァントは、作者のオリジナルです。(データ詳細は上記URL参照)

・この小説には、ダーク・過激なエグい残酷描写が含まれています。

(人によっては気分を害する恐れがあるため、閲覧する際にはご注意してくださいませ。)

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左:三女のユキ(8歳) 右:次女のユリ(10歳)

 

しばらく付き合っていてわかったが、こいつは戦闘ではあまり口を利かないが、

普段はかなりのお喋りな性格なのだ、経歴も簡単にだが教えてもらった。

 アーチャーには人生の変わり目と呼ぶべき時が4回ほどあったらしい。

 

 1つめは、忍びとしての人生。

 2つめは、退魔士としての人生。

 3つめは、復讐者としての人生。

 4つめは、雪女としての人生。

 

 最後以外、どれも過酷で殺し合いを日常とする世界、彼女は人生を”試練”だと答えた。

 弱肉強食の世界では、生きるために他人を殺す、それが当たり前の日常。

 そんな中で彼女は、必死に生きるために自惚れず慢心せず驕らず、つねに努力して研磨し続けてきたと言う。

 そこに平和な日常など存在しない、楽しいなんて存在しない、

あるのは、生き残るための執念と、生き残れた事への悲観のみ。

 今日だってそう…

生きるために必死になって、情報社会に適応して、必死に情報を集めていた。

 死んで英霊になってもなお、そんな呪縛に生き続けるなんて悲しすぎる。

 だから、俺は無理やりでも外に連れて行き、日常というやつを体感してもらいたかった。

 言い方を変えれば遊んでいるだけだが、息抜きに誘ってもアーチャーは絶対に首を縦には振らないだろう。

 短い付き合いだが、アーチャーの性格を見れば一目瞭然だ。

 そんなくだらない事に時間を費やすなら、情報収集、技の研磨、暗殺するための段取りに頭と時間を費やすだろう。

 たしかに戦いに勝利するためには、俺には危機感が欠けているのかもしれない。

 男性は行動に意味が無い事はしない、女性は意味の無い行動や話も好む、元来そういうものだ。

 だが、彼女には意味の無い行動は無い。それが俺は悲しく思えた。

 

 彼女の父は、氷の魔術を特化した退魔士、氷術を極限まで極めた魔術刻印を持つ、今は無き滅びた一族

彼女の母は、純粋なくの一の忍者、上忍と言われる存在であったらしい。

 父から氷術とその汎用の高さを応用した、氷の使い方と戦い方を学び、

母から忍術と体術と暗殺術を学ぶ。

 全ては生きるために、感情を殺して、敵を殺して、自分の心を殺して、

ただ報われむ生への本能と執着のためだけに生きる人生。

 そこに意味は無く、意味を持つ必要すら無い。

 ならば何のために生きるのだ、感情も無く、娯楽や楽しみも無く、ただ生きるためだけに生きる人間など、

それはただの獣と何も変わらないではないか。

 人生は”試練”と言ったアーチャー。

 違う、人生がそんなものでいいはずが無い。幸せに至れる人間など数少ない。幸せに至れない人間の方が多い。

 だけど人間としての人間らしい生活と感情と喜びは、人間なら誰もが体感できる事だ、それが人間の特権だ。

 娯楽、食事、愛、睡眠、嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、これらは人間なら誰もがあっていいはずだ。

 それすら許されないなんて、そんなのは人間じゃない。

 そして一番腹が立つのが、アーチャー自身が人間じゃない人間の生活を”当たり前の日常”になって疑わないからだ。

 別に彼女が悪いわけじゃない、時代と出身に運がなかったと言うだけだろう。

 

 仮にも人間らしくない人間の生活で育っていても、その存在と力と役割を活す表舞台の世界で生きられたなら、

悩み苦しむ事無くその力と実績は讃えられて、罪悪感も無く喜びと達成感で満ち足りて、人生を幸福に生きられたであろう。

 名声と共に敵を作り、長寿を迎えずに暗殺などで死を迎えるのは仕方ないことだ、

むしろそれを”不幸”と己の人生を否定はしないであろう。

 

 だが、忍びに名声など不要、裏の世界にて影に生きる者達。

 彼らの生き方からすれば、最後まで生き延びた奴が強く正しい。

 人間を捨ててまで辿り付く生の先は、本当に人生を生きたと言う価値を持つほどの存在と証を持つのであろうか?

 違う、そんなの自己満足だ。

 それが正しいと信じ込まされたただの幻想に過ぎない!…少なくても俺はそう考えている。

 だから嫌なんだ、そんなアーチャーを見るのは俺が納得できないんだ。

 人間はもっと素直に生きていいと思うんだ。

 それは人間として当然の事じゃないか、それを否定したら人間は何のために生きているんだ。

 己の存在の価値を高めて、偉業をやり遂げ、後世に伝えるためじゃないのか。

 それが俺達、人間に与えられた使命なんじゃないのか。

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 ■アーチャーの陣地

 

「あっはははははははは」

 仕事から帰ってくるなり、アーチャーがパソコンでネットしながらTVを見て、爆笑している。

 あれ、こいつなんかキャラ違くねえ?

 めちゃくつろいでいるし、バラエティ番組見て笑っているし、

今日のバイトの効果があったのかな、それにしても適応早すぎるだろ。

 人生の生き方に疑問を持たず、そう簡単には今までの在り方を変えず、時間がかかるだろうと思っていたのだが、

 思ったより単純で感情豊かなのかこいつ?

なんか俺の考えすぎのような気がしてきた、単に能天気なだけなんじゃないのかと思えてきたんだけど。

「超ウケるんだけど、現代の忍者アニメって」

 俗語や死語まで使い始めちゃったよ、なんかマジメに考えていた俺が馬鹿馬鹿しくなってきた。

 この調子なら、あとは時間が解決してくれるように思えた。

 そう思うと、なおさらこいつのために考えていた自分が情けなくなってきた、もうメンドクサイから今日は寝よう。

「おやすみ、アーチャー」

「喰ってすぐ寝ると太るぞマスター」

「ほっとけ、あと周囲の警戒だけは怠らないこと、じゃあな」

 そう言うと、自室へ戻るマスター。

 しかし、しばらくするとあれだけ笑っていたアーチャーが突然、無表情になり画面のアニメを視聴し続けている。

「平和な忍者ね、仲間を大切にしない奴はそれ以上のクズだとか、まったく綺麗過ぎて笑えてくるわ。

 でもいいわね、こういう忍ばない忍者達ならさぞ毎日の人生が楽しいでしょうね」

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 そう、この身は殺すだけに特化した体。

 感情など必要ない心。

 必要なのは冷徹と冷酷のみ。

 殺す事を躊躇わない。

 殺す事は生きるために必要な事。

 殺さなければ殺される。

 殺す事に迷うことなど無い。

 ただ機械のように殺せばいい。

 殺さない忍びなど忍びではない。

 殺せない忍びなど忍びではない。

 不要な忍びに生きる必要も価値も無い。

 だから殺した。

 数え切れないくらい殺した。

 

 最初に家畜を、次に捨て子の赤ん坊を、次に子供を、次に親しい友人を、次に村の大人を、次に仲間を。

 人間は何故か必ずワタシにこう言う、『何故、人を殺す?』

意味がわからない、おまえ達こそ何故そんな事を言う?

 『何故、人を殺しちゃいけないの』

 それは生きるために必要な事、だから殺す。殺さなきゃ自分が殺されるから。

 それは間違いだと言う。

 そんなの嘘だ!忍びじゃない人間だって、他人を蔑み見下し奪い殺すじゃないか、何の慈悲もなく家畜を食べるために殺すじゃないか。

 なのになんでワタシには言うんだ。

 私が死ぬばいいのか?

 違う、間違っているのはおまえ達だ!自分達だって自分より弱く立場や地位の低い人間を弄り嬲り、時には奪い殺して、それを笑い楽しむくせに。

 そんな事を言うおまえ達は全員偽善者だ。

 忍びの里のみんなは間違っていない、お父様もお母様も間違っていない。弱い者は糧となるのは自然の正しい摂理だ。

 

 ワタシ達は間違っていない、里のみんなだって弱い奴から殺される…いや死んでいく。

 殺す事に意味を求めるのは無駄なこと。それを疑うのは弱い証拠。

 弱い奴らこそ、自然の摂理から目を背けて、弱者同士馴れ合い暮らしているだけだ。

 口で奇麗事を言いながら、自分より弱い人間を苛め奪い、家畜に至っては食べるために殺す。

 村八分などがそのいい例じゃないか。

 殺されるのは弱いから、悪いのは弱いから、殺されるのは自業自得。

 まして女はもっと酷い、弱いと嬲り慰め者にされるからだ。

 女の忍びで、戦闘能力の悪い者は、体を武器に夜伽の技を仕込まれたくの一として育てられる。

 戦場ではなく、布団の上で力を用いずに殺す忍びとなるのだ。

 ワタシは、それが嫌だった。

 何故、女の身に生まれてきたのだろうと悔やんだ事もあった。

 男ならば腕力も身体能力も優れているし、女のような扱いも無い。

 だが女として生まれてきてしまったのならば、現実を受けいれ、強くなるしかなかった。

 ワタシには他の忍びにはない一つの武器がある。

 それは魔術師であるお父様から受け継いだ、魔術刻印と氷に特化した弓戦闘術。

 それに忍びの暗殺術を組み合わせ、独自の暗殺氷術として開発して磨きをかけていった。

 ワタシはそのために道具。

 

 お父様は、復讐の道具として、お母様は、自分の最も信頼できる道具として扱われた。

 最言うならば同期の娘達と競わせて、蹴落とし上に立てば子も親も評価される

 要するにお母様にとってはワタシは出世する為の道具だ。

 下半身麻痺のお父様が、ワタシに最初に教えてくれた事は『誰も信用するな』

お母様が、ワタシに最初に教えてくれた事は『弱ければ死ぬ』

 お父様は、いつも恨み言を言いながら私に技を教えてくれた。

「おまえさえ、いなければ」「おまえさえ生まれてこなければ」

そこにいつもお母様が、冷笑しながら呟く。

「馬鹿な男」

 お母様は、お父様は愛してはいなかった。

 自分の都合の良い道具を作るために、優れた魔術士を種に選んだ。

 それが氷の魔術士の党首であった、お父様だっただけの事。

 お父様が仲間に裏切られた事や、殺されかかった事、死にかけたお父様を偶然見つけて介抱した事、

そして二人は愛が芽生え、恋に落ちた。

 だが全てはお母様によって仕組まれていた偽りの演出だった。

 ワタシを生むまでは、お父様は騙されて続けていた。

 だが、ワタシを生むと本性を現し、お父様の腱を断ち、脊髄を砕き、下半身麻痺にした。

 お父様をあえて生かしているのは、その憎しみを魔力刻印と共に技としてワタシに伝えるため。

 そして男がいかに愚かで馬鹿な生き物であり、弱ければ夫婦だろうと殺される現実を見せ付けるため。

 お父様は、憎いワタシに技を教えるのは『復讐』、ワタシとお母様に対する復讐なのだと。

 報われることのない復讐と、記憶のどこかにある幸せだった愛、例え偽りでもそれを否定できないからこそ

心のどこかでは、お父様はまだお母様を愛しているのである。もうそれは叶わぬ夢だと知りながら。

 お母様は、ワタシにそれを愚かな道化と蔑み罵る。

 お母様は本当に、お父様を愛しておらず、ただ利用しただけである事実がより鮮明になっていく。

 どっちが酷くて、どちらが正しいかなんてワタシにはわからない。

 ただ一つ言えるのは、両親に教えられた言葉が真実であり、生きていくための摂理なんだと教えられた。

 お母様は、ワタシに忍術や、暗殺のための体術など教えられた。

 いや教えてくれたなどと言う生ぬるい言葉ではない、毎日全身を殴られ刻まれ落とされて教え込まれた。

 時には、食事に毒(致死量ではない)が盛ってあり、口にして数日死ぬほどののたまう苦しみを味わった事もあった。

 現実で言うならば、虐待と呼ぶだろうが、ワタシはそうは思わなかった。

 これは生きるために必要であり、強くなるための試練なのだと。

『誰も信用するな』それが例え肉親であっても。

 忍者に仲間など存在しない、あるのは互いに利用する者同士であるだけ。

 失敗すれば、弱ければ…見捨てられ殺される、それが暗黙のルールである。

 それを仲間と呼び、仲間のために助けに行く愚考など持つ者はいなかった、例えいてもすぐに死んだ。

 ワタシは、仲間など愛など知らない。

 この身は、両親により生み出された道具であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 ゆえにつねに一人。

 我が身は、殺す事と氷に特化した道具。

 ならばそれで良い。

 信じるな、余計な感情を持つな、期待などするな、在るのはただ殺す事に特化した人形であれば良い。

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 忍者が一人前と認められるためには、もう一つの試練がある。

 それは人間の業の中で最も罪深いとされる『親殺し』『人喰い』を行うことである。

 親がいない捨て子ならば、育ててくれた最も親しい人を…自らの手で殺し、その人肉を残らず喰らう。

 親殺しは、良心の最後の迷いを捨て、以後いかなる者だろうと情に流されずに確実に殺す事が出来るようになる。

 人喰いは、いかなる死地であろうと必ず生き延びる精神力と、何があろうと自らの生き方が正しいと曲げず迷わず、侵食されず汚染されない信念と価値観を持つ。

 ましては、それが自分の愛した人間や肉親であればなおさらであろう。

 生きるために殺して喰う…『弱肉強食』の摂理を揺るがない絶対たる信念と人生をするのだ。

 それを否定する事は不可能、何故なら否定する事は今までの人生全てを否定する事となり、肉親を殺して喰った事の意味すら無くなってしまう。

 その瞬間、全て否定してきた殺しの罪の罪悪感が襲い掛かり、人間の感情が罪の重圧で壊して廃人となってしまうからだ。

 ゆえに否定する者はいない、そこに例外はなく、最後の仕込を終えてやっと一人前の忍びと認めてもらえるのだ。

 それは感情を殺した人間、殺人するためだけの機械人形の誕生を意味すると言っても違わない。

 

 ワタシも殺した…。

嵐の日だった、お母様は満身創痍で帰ってきた。

 話によると、敵に捕まり嬲られ殺されかかったが、何とか逃げて帰ってこれたらしい。

 ワタシはそれを聞いて、何とも思わなかった、いやこう思った。

『それはお母様が弱いからいけないんだ』と。

 慈悲はなく、すでに蔑むような目で見るワタシ、もうその時すでに私の感情は壊れ始めていた。

 そして疲れきって熟睡している今、この時が絶好のチャンスと思った。

 だけど、お母様は起きていた。

 敵に捕まったとは言え、ワタシより強くワタシに殺しの術を教えてくれた上忍、対峙して無事で済むなど考えていない。

 だけど、お母様はこう言った。

「遠慮はいりません吹雪、私も母を殺して通った道です」

 そう言うと、信じられない事にワタシの手が一瞬躊躇したのだ。

 なんていう事だ、どこかで『弱肉強食』は間違いだと、お母様を殺したくないと、この道を歩みたくないと。

 どこか心の奥で葛藤があったというのか。色あせて壊れたはずの感情が生きていたというのか。

 ありえない。

 人を殺す事が正しいとあれだけ言ってきたのに、何をいまさら。

 あんなに何度も打ちのめされて、何度も殺されかかった、優しさなど微塵も与えてくれなかったのに。

 これならば抵抗してくれる方が良かった、抵抗してくれるなら正当防衛で躊躇う事無く殺せただろう。

 だが、無抵抗で娘に討たれる事を望むお母様に、刃を突き立てるのがこんなにも辛く苦しいなんて。

 いやこの迷いを捨てるための試練なんじゃないか。

 これを乗り越えなきゃ、一人前になれない、弱者になってしまう、慰められてから殺されてしまう。

 殺せ!、ころせ!、コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!コロセ!

 だけど…

 お母様を殺してまで、一人前になってまで通る忍びの道に、本当に意味はあるのだろうか?

何を言う、生きるために殺す!そんなの昔からさんざん言ってきただろう。

 実の母を殺してまで生きたいのか。これは始まりに過ぎない。

 これから始まる殺戮の道への長い長い道への始まりなんだ、生きるために。

 それが『親殺し』と『人喰い』が犯す罪の重さなのだと。

「勝手、私も母に言われました”娘のために死ぬのならば、この命惜しくない”と、今ならそれがわかります

 そして、あなたもいずれ一人の女になり、子を授かり、その時がくればわかります。私達のこの愛がわかる時が必ず来ます

 だからその時まで、背一杯生きなさい。

 そして私の体はあなたの血肉となり、共に生きていくことでしょう」

「お母様」

「今は理解できなくてもいい、いずれわかります」

 お母様が何を言っているのか理解できない、生きるために殺してきた母が、生きてきたことを否定したのだ。

「否定では在りません!」

「!」

 ワタシの心を見透かしたかのように、お母様は答えた。

「私が今まで生きてきたのは、この時のため。答えは母を殺した時にすでにあったのです。

 私は娘に殺されるために生きてきたのだと!そしてその時こそ私は母殺しの罪を、自らの命と引き換えに罪滅ぼしできるのです」

「お母様が何を言っているのかわからない、わかりたくない、殺されるために生きる?お母様は間違っている

 殺すために生きるのだと教えてくれたのはお母様です」

「……」

「そうよ、負け犬の遠吠えに何を迷っていたのワタシ、お母様は負けたの、だから敵に捕まった。

 そして今は錯乱して、自分の命すら差し出し、挙句の果てに殺されるために生きていたとか言い出す始末

 結局そうよ、お母様も負けた人間、弱い人間だった、ただそれだけのこと!」

 なんだ、簡単なことだった。

 お母様も弱い人間だった、ただそれだけの事、そして殺す事を否定している暴挙。騙されるなこいつは負け犬だ。

「……」

「ワタシは違う!ワタシは間違えない!!!!

 自分のために生きるのよ、娘なんて殺されてやるもんか、逆に娘なんて殺してやる、アッハハハハハハ

 ワタシは生きる、ワタシは勝つ、ワタシは絶対に殺されるものかあああぁぁ!!」

「ウフフ、血は争えないですね」

 お母様は、私の様子を静かに静観しながら優しく笑いかけた。

「!、何を」

「幼き私も、あなたと同じ事を言った、それが懐かしくてすこし笑ってしまいました」

 何故?そんな笑顔なの?何故優しく笑えるの?これから死ぬのになんで笑えるの?恐怖で笑っているの?でも、でもでもでも。

「もういい、喋るな負け犬、今すぐ殺してやる!」

 殺す!殺してやる、この女を!

「ええ、私はとっくに覚悟はできておりますわ」

 お母様は抱きしめるかのように両手を広げた、こっちにおいでと言わんばかりに。

「死ねえぇ!!」

 ワタシは日本刀を握り締めて、ただまっすぐお母様の胸元に向かって飛び込み、

母の胸を貫いたのだ。

 

「……」

 悲鳴やうめき声一つ上げずに、ただ笑顔でワタシを抱きしめて笑った。

 そして胸からしたたる血液、刀を通して伝わる心の臓が弱まる鼓動。

 抱きしめて伝わる温もりもすぐに冷たくなっていく。

 これが死。

 今まで何度も殺してきた死とはまったく違う。

 母を殺したと言うのに、涙も流れない、何も感じない。

 この時、ワタシの感情は完全に死んだのだと理解した。

 その後、母であったものはただの肉塊となった。

 ワタシは、母をバラバラに切り刻んだ、もう何も感じない私には、ただの肉を切る作業と大差なかった。

 母の肉で調理されたビーフシチュみたいな食べ物で食した、おいしくは無かった。

 元々、人間は食べるのには適さない、肉親だから不味いのではなく、純粋に不味かっただけである。

 ワタシは父に、母を殺してきた事を伝えた。

 父は異常なほど喜んだ、念願の復讐を果たしたのだと喜んでいた。

 母の肉料理を差し出すと、父は飢えた獣のように食べた、だがその瞳は涙を流していた。

 もう父は狂っていた、その後まもなく父は自殺した。

 父と母の墓を前にして、ワタシは決別した。

 生きるために、長く長く苦しい道への始まりの幕を上げた。

 これがワタシの第一の試練”忍道”。

 これが私、”白井 吹雪(シライ フブキ)”の本当の戦いの始まり。

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 ベッドで眠っている、アーチャーのマスターは、夢は見ていた。

 それはサーヴァントとシンクロしている影響か。

 まったく見たこと無い場所、まったく見たこと無い映像。

 断片的にワンシーンを再生しては、次へと切り替わっていく鮮明な記憶。

 それは夢を見ないアーチャーの過去の記憶を垣間見ているのだと理解した。

 サーヴァントとの結びつきが強くなれば、相手の過去を見てしまうことがあると聞いたことがある。

 

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 ザザザ…

 

「行方不明になった十三代目党首の娘、本当なのか」

 里のみんなが慌しく騒いでいる。

 それは十三代目党首の娘が、突然白井一族へと帰還したからである。

 吹雪の属していた忍びの里は、別の忍び達の襲撃により崩壊、皆殺しにされた。

 ゆえに残ったのは、吹雪ただ一人、ゆえに”抜け忍”という訳ではない。

 忍びの仲間達の仇を討とうなどとは思わずに、父の故郷へ戻ったのである。

 里の中は、今この話題で持ちきりであった。

 ましては、美しい少女であればなおさらであろう。

「間違いない、あの魔術刻印は先代党首のものだ」

「先代党首は?」

「…亡くなりました」

「そうか、惜しい方を無くされた」

 現党首、それは吹雪の父であった十三代目党首の弟の息子、

先代十三代目党首が行方不明となり、弟が新しい党首となり、一族を支えてきた。

「党首、私はやはりご迷惑であろうか」

「いや、たしかに突然先代十三代目党首の娘と名乗られた時は驚いたが、

父上を亡くされて、身寄りを亡くしたあなたは、父上の故郷を頼りに戻られた。

 ならば、私達白井一族は、あなたを新たな同胞として迎え入れるつもりです」

「お心遣い感謝いたします、党首」

「何をおっしゃっているのです党首、こんな得体の知れない女を一族として迎えるなど」

「口を慎め、君は私に文句を言える立場か」

「うっ…」

「吹雪殿、気にしないでいただきたい」

「いえ、まわり方の反論は最かと思います、突然現れた私などを」

「謙遜なさる事、恥じる事など何も無い、あなたは十三代目党首の娘である事は証明されている。

 ならば、元もとの彼の地位も権力もあなたが受け継ぐのは至極当然の事だ」

 だが、当然それを良しとしない者もいた。

 十三代目党首は長男、十四代目党首は次男、さらにいる三男や長女や次女達の子供。

 その子供達に与えられるはずだった地位と権力を、奪われてしまうことになるのだ。

「うむ、今まで大変であったな、今よりそなた白井吹雪を、我が一族として迎える」

 身内による醜い派閥争い、それは想像を超えた悲劇になるのであった。

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 ザザザ…

 

「党首達が帰還したぞ」

「すごいな、吹雪様が来てから負けなしじゃないか」

 白井一族は、氷に特化した氷魔術、魔術を駆使した弓や後方支援を、得意とする退魔士である。

 別の退魔士に呼ばれて、一緒に仕事をして金を稼ぐ事も多い。

 だが、忍びとして育てられ死線を潜って来た吹雪の強さは、圧倒的に一族の郡を抜いていた。

 自らも切り込み、返り血すら浴びずに敵を討ち倒し、塵と変えて死体すら残さない。

 その圧倒的な武勇の前に、一族のほとんどが敬意と憧れを抱いていた。

 一族は分家なども存在しているため、魔術刻印を受け継いでるのは血縁関係の上位の者達だけ。

 ゆえに魔術刻印を継いでる者は、皆から尊敬されるほどの力と実力を兼ね備えなくてはならない、それは一族の義務である。

 本来、魔術の家系ならば存在している長男、長女に受け継がれ、存在しない時は次男、次女となる。

 また男と女の場合ならば、通常の魔術の家系ならば男が優先される事も珍しくない。

 だが白井一族は、例え血縁で魔術刻印を受け継いでも、相応しい実力を持っていなければ、次の血縁の子にまわされてしまう。

 

■余談だが、遠坂凛が言っていたように

 世界を構成する一元素、地水火風空(または木火土金水)のどれか一つを魔術師は持っているが

中にはさらに分化した属性もあり、そういう魔術士は中央に入れず、突出した専門家として名を馳せるらしいと。

 それに当てはめるならば、今は滅びた白井一族は、文字通りに氷に特化した専門魔術士と言う事になる。

 

 突然と現れた疑わしい十三代目党首の娘。

 だが、今では誰もが疑わずに信じている、強さと美しさと地位が揃った彼女ならば、

現党首の妻に選ばれた事も何も不思議ではないと、誰もが認めて祝福していた。

 だが…、妖魔を倒せば倒すほど、名を上げるほど彼女を良く思わない派閥が行動を活発にしていた。

「元忍び!?…吹雪殿が」

「たしかにそれならば、あの強さも納得できる」

「だったら、そんな女を党首の妻にしておくなんて危険じゃない、いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃないわ」

「ならば、跡継ぎを産ませた後に追い出してしまえばよい」

「名案ね、あんな得体の知れない女に党首様の傍においてはおけないわ」

 

 念のために補足しておくと

アーチャーのマスターは、彼女が忍びである裏舞台で戦っていたため、

その武勇伝は語られず、無名のままであったと言った。

 だが、白井一族に戻り、退魔士として人外と戦っていた時は違う。

彼女の容姿と力は、一族はもちろん、他の退魔士や異端審問に特化した組織や魔術協会にも名を馳せていた。

 だが、退魔士や魔術協会等は事を秘密裏に行い、その情報を世間や外部に漏らすのを阻止する。

 わかりやすく解釈するなら、ハンターは裏舞台の中の表世界、忍びは裏舞台の中の裏世界と言えば良いだろうか。

 ゆえに彼女の名は、ハンター達のみの名声となった。…それもこの時代のみ。

 後に人間を虐殺して、送り込まれるハンターすらも返り討ちにする存在となったため、

彼女に対しての情報は、全て都合の良い悪人として捏造されている。

 白井一族も英雄”白井吹雪”の名だけは残し、雪女の彼女とは同一人物である事を否定した。

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 ザザザ…

 

 白井一族の里の正門が開かれる。

 そこには、里から追放された吹雪の姿があった。

 自ら産んだ子を奪われ、見ることも名前をつけることもなく。

「すまない吹雪、私では君の力になれなかった」

「いいのよ、どうせ私は愛を知らない女、殺す事に特化した道具」

「道具なんてそんな事を言わないでくれ」

「違わないわ!…子供を産む道具程度の扱いよ」

 そう、自分がそうだったように。

 その子も愛が無く、跡継ぎの目的のために、利用するために作られた。

「吹雪…」

「どうせ私には子供を育てる事も、愛情を与える事もできない、だからこれでいいの」

「ボクは無力だ」

「私みたいな道具のために泣かないで、あなたはあなたの成す事をすればいいの」

「そんなの悲しすぎるじゃないか」

「…あの子を宜しくお願いします」

 そう言うと、白井吹雪は里から雪山へ消えていった。

 残されたのは、党首と”白井吹雪の遺した長女”だけであった。

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 ザザザ…

 最も強く鮮明に蘇る記憶。

 彼女にとって、最も忘れられない記憶ということだろうか。

 

「…生きている?」

 どこかの洞窟、住めるように至る所を改造してある。

 全身包帯だらけ、満足に体を動かす事が出来ない。

 何があったのか記憶が混乱している。

「そう、たしか私はあいつと戦った」

「目が覚めたかい?」

「!」

 そこには、金髪と金色の瞳を持つ男が現れた。

 里から追放されて、雪山で彷徨っていた時に出会った渡来人。

 圧倒的な魔力と、力を持つ彼は人間ではなかった。

 そして唯一、吹雪を打ち負かして倒した男でもある。

「いきなり襲われるとは、なかなか熱烈なアプローチだったよ」

 男は、冗談のように軽く微笑した。

 だが、そんな生易しいものではなかった。

 吹雪は彼を見つけると”危険な妖魔”の類と判断して、

吹雪は殺すために襲い掛かり、片腕を切断し、片目を潰し、全身に氷矢を打ち込み、半殺しまで追い込んでいた。

 突然襲い掛かってきて、そこまでの重傷を負わされたのにかかわらず、この男は吹雪を殺さずに介抱したのだ。

 それは一般人であろうと、良心を超えた不可解の行動であった。

「何故、私を殺さない?」

 殺されるのは当然の行為である、人間であろうとそこまでの行為を受ければ、敵を殺す正当防衛が普通だ。

 重症を負わされるほどの奇襲をしてきた敵の異性に、好意や恋愛感情など抱くはずもあるまい。

「君は戦うために育てられたようだけど、女性は戦うものじゃないよ」

「子を産み育てるための道具と言いたいのか」

 吹雪は声を荒たてる、自分の生き方を否定した言い方が気に入らなかった。

「違うよ、そんなに歪曲した解釈をしないでくれよ」

「普通男性が戦って女性を守り、女性は男性を支える、人間の一般論でもそうじゃないかな」

「生きるために殺してきた、そうしなければ生きて来れなかったから

誰も信用などしなかった、誰も助けてはくれなかった、仲間など互いに利用する者同士の集まりだ」

「なるほど、そういう運命に生きてきたんだね」

「同情などいらない、同情するぐらいなら今ここで哀れな私を殺せ」

「ふむ、なるほどね、

私が君を介抱したのは、まずは君と話して戦う理由と、君の事を知りたかったから、

君を殺すべきか生かすか、それから判断しても遅くはないと思ったからさ」

「なるほど、この身なら殺すならいつでもできるわね、可能ならば尋問して情報を引き出すのは常識だったわね」

「尋問?情報を引き出す?、別にそんな過激な事なんて考えていないけどな」

「……」

 吹雪は、自分の死期とばかりに死を受け入れる覚悟をしていた。

「でも殺さずに生きる道もあるんじゃないのかな」

「殺さなければ殺される、私は今まで生きてきた人生を否定しません」

 そうでなければ、自分の人生とは何だったのか

たくさんの人間、親しい人、母を手にかけてまで生きてきた人生は間違っていなかった。

 間違っていないからこそ、ここまで生きてこられたのだ。

「わかった」

 男は何かを閃いたように、ポンと手を叩く。

「君の人生を否定せずに、これから先殺さずに生きていく道を思いついたよ」

「?」

 吹雪は、この男が何を言っているのか理解できなかった。

 生きるために殺す事を否定しないのに、これから先殺さずに生きていく?

それは出来ない、絶対に不可能な矛盾である。

 だが、これからこの男が何を言うのか、吹雪は興味を持たずにいられなかった。

「これからはボクが君を守ってあげる、って言うのはどうだい」

「!」

 吹雪は、突然の言葉に理解できずにいた。

 この男は、やはりオカシイ。

 昨日襲われて、殺されかかった女を介抱するや、その理由と生き方を聞くと、突然守ってあげるなど言い出す始末。

 でも、今思えば後に…彼と結ばれた時のプロポーズの言葉だったのかもしれない。

「君の敵はボクが倒す、必要があれば殺してでも守る

ほらこれなら、君の今までの人生を否定せずに、これからは殺さないで生きていく方法だろ。

 弱者なら説得力ないけど、ボクは君より強いのは証明されただろう」

 たしかに論理的に言えば、その通りである。

 強さならたしかに信頼しても良いであろう、初めて私を倒した男なのだから。

 だが、信用ならない!

『誰も信用するな』

 父の言葉が脳裏を過ぎる、そう信用してはいけない。

 今まで誰も助けてくれなかった、近づく者は利用しようとする者達だけ。

「何故そんな事をするの、あなたに何の得があると言うの?」

「女性は紳士的に扱うものだよ」

「そんなふざけた理由で納得すると思っているのか!」

 吹雪は再び、声を荒たてる。

「人はたしかに損得の利益で動く、だけど中には困っている人を助ける人だっているだろ」

「それは弱者同士のただの馴れ合いよ、奴らは弱いから互いに群れないと生きていけないから」

「やれやれ、君は人を助けるのに理由や利益が無いのは信じられないようだな」

「当たり前でしょう、そんな聖人みたいな奴ほど早く殺されるのよ、仮にいてもそれは弱者だけが行う行動。

 人助けと良心と言う自己満足に酔い、他者からの評価を上げて、後に助けてもらう可能性を増やすための本能。

 弱者だから、弱者しか出来ない行動で、戦わずに生きていこうと言う女々しい発想と行動なのよ!!」

「……」

「生きるために殺すと言う、真実の摂理から目をそらして、弱者で戦えない事をアピールして戦おうともせず、戦う努力もしない負け犬よ」

「そうか、なら何も言うまい」

「わかっているわ、私は道具なのよ、生まれたときからずっとそうだった。

 人間として扱われたことなど一度も無い。そしてこれからもずっと。

 弱い女の価値は、犯されて慰め者の道具となり、子を孕まされて生むだけの道具しか存在しないのよ」

「……」

「それが嫌だから殺してきた、道具でも良かった。

 殺すためだけの道具でも、女の穴と言う道具に成り果てるぐらいならば、

殺される方が良かった!

 殺される事を奪われて、慰めて子を生む道具にされるぐらいなら、

そこまでして生きる事を強要されるなら、自然の摂理に従って殺される方がいい。

 だけど私は女の道具にもなりたくなかった、殺されるも嫌だった。

 だから生きるために殺してきた、殺して殺して殺し続けてきた」

「……」

「殺せ!女の道具にされるぐらいなら、今ここで私は死を選ぶ、殺さないと言うなら自害してでも死を選ぶ」

「生きるための摂理に従うならば、おまえを倒したボク…いや俺がおまえの生死を選択する権利がある」

 雰囲気と口調が変わる、目と言葉に殺意が満ちる。

「覚悟は負けた時から出来ています」

 吹雪は、目を閉じて最後の時を受け入れる。

 洞窟の部屋に照らす光が、壁に映る二人の影を重ねる。

 そして、その刹那激しく後ろに吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

「ゲホ…」

「……」

「?」

 だが、不可解だった。

 吹雪は、たしかに胸を貫かれたと思った、集約した力と痛みも走った。

 その後、壁にぶつかり全身がさらに激痛なのは言うまでも無い。

 だが、何故生きている?何故胸が貫かれていない。

 目を閉じていてわからなかったが、たんなる打撃だったのだろうか?

 いや、貫かれて吹っ飛ぶのは物理的にオカシイ。

「…殺すなら…さっさとやりなさ…いよ」

 満身創痍の体で、さらに壁に叩きつけられて呼吸すらままならない吹雪。

「その必要は無い」

「?」

「今、君は一度死んだからね」

「…何を…言っているの」

 男が何を言ってるのか、よく理解できなかった。

 殺してないから、私は生きている。

「((多重次元相転移現象|キシュア・イグゼステンス))、それがボクが特化した魔術」 

「どういう事…なの」

「ボクの家系も一応魔術士なのさ、最も扱うのが高度すぎるから、

人間には魔術ではなく、魔法と称される事も少なくない」

「魔法とは、魔術の積み重ねに先に辿り着ける、魔術を超えた奇跡の偉業だったかしら」

「そう、ボクの家系は”多重次元”を特化させている」

 多重次元…。

 父から聞いたことがある、世界には並列してあらゆる可能性が存在していると、

西洋の言葉で言うならば、『パラレルワールド』

 例えば、父が母の毒牙にかからなかった世界や、私が生まれなかった世界など、

そういう可能性の世界の定義を”多重次元”と呼ぶのだと。

「だけど魔術でもそうだけど、世界にないモノを作り上げる事は出来ない。

 現実を侵食する幻想は、世界が拒絶してしまう。

 多重次元と言えど、存在しているモノを無くしたり、存在しないモノを作り具現化する事は出来ない。

 だけど、存在しているモノならば、その可能性は操作する事が出来る。

 ある程度制限や制約はあるけど、簡単なものであれば交換する事だって出来る」

「!」

「例えば、そうだね」

 ゴソゴソと、部屋の隅に置いてある木箱から何かを取り出す。

「ここに二つの林檎がある、二つともまだ未熟性だから青い林檎だね」

 たしかにまだ取るには早すぎる林檎が二つある。

「一つだけ中身を見てみようか」

 そう言うと、林檎を齧ってから、私に中身を見せる。

 その後、彼はもう一つの林檎を私の前に差し出す。

「記憶や人格や魂に関係するモノほど制約は大きくなるけど、ただの部位ならば制約はほとんど無い」

 そう言うと、もう片方の林檎の中身を私に見せた。

「!」

「ボクは、この存在する林檎の可能性、”果肉が腐る”を定義として、

多次元に存在する腐った林檎と果肉部分を交換した、だから未熟性の林檎の中身が腐っていると言う奇跡が起きた。

 これがボクの得意とする魔術さ」

「なら私が潰した目も、腕も交換して治したと言うの」

「そうだよ、あれ意外と気づかなかったかな」

 つまり…、彼はこの魔術をさきほど私に行使して殺したと言った。

 それはすなわち…

「君の胸は一度貫いた、だけど心の臓を交換した、傷口は塞いだけどね」

「多重次元に存在する私の心の臓と交換したと言うの?」

「もちろん一方的に、片方の次元から存在を奪う事は出来ない、こちらの存在だけ無くす事も出来ない。

 だけど交換ならば、さほど大きな制約は受けないで済むからね。

 さらに心の臓を殺す事で、交換する対象をさらに限定して、制約の影響を少なくしたのさ。

 交換対象は、これから多重次元に存在する、殺される一歩前の君に絞ることで、簡単に交換できたわけさ」

 この男は目の前で二回もそんなあっさりと、奇跡を起して見せたと言うのか。

 たしかにこの男の魔術は、魔法と言うに相応しいほどの高度な力だ。

「それは私を殺したことにはならない」

「そんなの視点の解釈でどうとでもとれるんじゃないのかな」

「……」

 

「とにかく、一度君はたしかに死んだ、それが納得できないなら自害でもすればいい」

「私は一度…死んだ」

「君は死んで生まれ変わったと解釈すればいいさ、親もいない孤児として、

そして、君を束縛する言葉は何も無い」

 『誰も信用するな』、それは他者に利用されて騙されないために必要な事。

 『弱ければ死ぬ』、生きていくために殺すのは必要な事、

その両親の言葉が、必要無いという事。

「そしてボクが君を守るよ、そして理由と利益が無いなら納得できないと言ったね、

なら、納得のいく理由と利益を教えるよ。

 君をボクの女にする!君を守って、君がボクに尽くしてくれる事がボクの利益になる。

 もちろん道具ではなく、一人の女性として」

「!」

「それじゃ納得がいかないかな、それとも嫌かな」

「…どうして、どうして私を選んだのですか?

 あなたを殺そうとしたのに、こんなに人を殺しているのに、こんなに歪んでいるのに、こんなに血で汚れているのに」

「その君はさっき死んだ、今の君は違うだろ。殺す理由も仕方なかったことさ。

 今の君は人を殺していないし、汚れてもいない、歪んでいてもこれから治していけばいい」

「そんなのは詭弁です!」

「さっきも言っただろう、それでも納得いかないなら自害するか、ボクの前から消えればいい」

 

わかっている、この人がやった事は殺したと納得させる為の口実だ

嘘でも本当でもワタシの罪と”生きる為に殺す”呪いから解放させる為の道標

「ううぅ…、さっきの事や林檎だって私を騙しているんじゃないですか」

「好きに解釈すればいいさ」

「私だって人間ですもの、都合の良く利益がある答えがあるなら、そっちを選びたいに決まっているじゃないですか。

 それをわかっている上で、そんな事をするなんて、あなたは卑怯です」

「かもね」

 でも、殺そうとした私を真剣に見て話して、理解して、助けてくれようとしている人。

 そればかりか、私を愛して守ろうと言ってくれている。

 さっきの魔術も、詭弁かもしれないけど、全て論理的に筋を通して話している。

 ならいいかもしれない、一度ぐらい信じても。

 生まれ変わって、一人の人間として、一人の女として、彼に尽くすのも良いかも知れない。

 白井一族の時と違い、拒否権の無い道具として妻にされて、愛の無い結婚をして、

党首と跡継ぎのために体を重ねて、子供を作らされた時とは違う。

 出会って半日しか立っていないけど、私の心はもう決まっていた。

「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

「そういえば、まだお互いに名前を名乗っていなかったね(笑)」

「クス、もう〜、順序が逆ですよ普通、名乗ってもないのに告白だなんて」

「いや〜、ボクもほらどうせなら強くて綺麗な女性を選びたいな〜って思ってさ。

 それにいくら綺麗に見繕っても、本当に辛い経験をした者じゃなきゃ他人を思い遣る気持ちは理解できないよ。

 だから、ボクは君ならきっと良い母親になれるじゃないかと思ってね」

「あら、そういうあなたも、実はかなりの辛い経験があると言うことですか」

「まあお互い様だよ」

「フフフ」

 こうして、私は彼と結ばれた。

 道具としてはなく、愛のある女として。

-10ページ-

 ザザザ…

 

「アハハハ」

「痛いよお姉ちゃん」

「こらー、また妹を苛めて」

「ウエエェェン」

「何よ、ユキの泣き虫」

「お姉ちゃんがぶったああぁぁーーーー」

 そこには、元気に走り回る二人の姉妹の姿があった。

 そう、この二人の女の子は、吹雪の娘である。

 次女の”ユリ”10歳、三女の”ユキ”8歳。

 自分の中にあった不動の価値観、生きるために殺すの定義を根本的に覆した事で、

彼女の心情にも変化が現れたのである。

 生きるために殺す事の定義を否定するわけでもなく、生きるために生かされるという別定義で迎える。

 二人が結ばれてから、12年の月日が流れた。

 吹雪もすっかりと母親となり、感情豊かになった。

 自分と同じ過ちは繰り返さないと誓い、愛情を持って育児をしている。

 虐待のような教育指導や、毒を盛ったりなど持っての他である。

 身を守るための最低限の身のこなしと、弓術を教えている。

 次女のユリは、父親似で金髪であり、魔術を得意だが、弓術は苦手。

 三女のユキは、母親似で黒髪であり、弓術を得意だが、魔術は氷以外はからっきし才能がないらしい。

 ユリは自己主張が強く、活発的であり、妹を苛めるツンデレお姉ちゃん。

 ユキは自己主張が控えめで素直、消耗的で大人しい、見た目は吹雪を小さくした感じ。

 いつもユリはユキを苛めているが、これは好きな子を苛める的な愛情表現であり、

ちゃんとやりすぎと引き際の境を理解しており、本人曰く妹をいじめていいのは世界で自分だけだと言う。

 ゆえに人里に降りた時に、妹がいじめれそうになったら助ける所は姉らしい。

 言葉に出さないが、それをちゃんと妹も理解しており、苛められても嫌うことも無く、

いつも傍にくっついており、姉を慕っている。

 そのほのぼのとした光景を、後ろから笑顔で見守る吹雪。

 だが、その平和な生活は突然奪われることとなる。

-11ページ-

 ザザザ…

 

 吹雪達は、人里へ買出しに来ていた。

 夫と娘二人を待ち、村の入り口で待機していたが。

「待っているのも退屈ね」

 退屈なので、入り口近くの店で出し物を見ていた。

「装飾品か、最近の女の子はこういうの好きなのかしら」

「ヘヘ、お安くしておきますよ、綺麗なお姉さん」

「もう、私は三十路いっているですよ、今更つける歳でもありませんよ」

「そんなことはないと思いますけどね、お洒落は歳に関係なく、身と心を飾るものですから」

「へえー、一般常識ってそういうものなのね」

 そんなやり取りをしていると、隣から何やら声が響く。

「何、金を払えだと…、そんなの聞いたこと無いぞ」

「当たり前だろう、こっちだって商売なんだからよ!」

 何やら、常識知らずの少女が、商人と揉めているようだ。

 吹雪は、少女をジト目で見ている。

「お金を知らないって、どこの箱入り娘かしらね」

「ヘヘ、まったくですな、親の顔が見てみたいです」

 少女の話題で、軽く雑談して笑っている最中。

「無礼者め、私は白井一族の次期党首、”白井真琴”であるぞ」

「!」

「白井一族?なんだそりゃ」

「この無礼者!数知れぬ暴言、もはや万死に値するぞ」

 怒り狂う少女を前にして、吹雪が彼女を抑える。

「なんだお主は?ええーい、離せ!」

「おじさん、代金は私が代わりに支払うわ」

「えっ、まあいいですけど」

「行くわよ」

「おい待て、腕をひっぱるな無礼者め!」

 騒ぎ立てる少女の手をひっぱり、村の外に連れ出す。

「いきなり現れて、なんじゃお主は?」

「代金を払ってあげたのに随分な態度ね、世間を知らないなら覚えておきなさい、

一族の外は、店は普通欲しい物と対してお金と言う代価を支払うものなのよ」

「偉そうに私に説教か、図が高いぞ」

(あ〜、めんどくさい奴)

「それではお伺いいたします、白井一族の次期党首様がこんな所に何故おられるのでしょうか?」

「ふむ、それはだな、いや待て、そもそもお主は何者だ、名も明かさぬ奴と話す舌など持たぬ」

(イライラ)

 抑えろ私、仮にも娘に暴力を振るのはどうかと言う話だ。

 いやよくよく考えると次期党首ってだけで、何も私の娘っていう確証は無い。

「これは失礼いたしました、私は通りすがりの…」

「どうした、早く名乗りをあげよ」

「えーと、霞(かすみ)、そう霞と申します」

「そうか、その纏っている装束、お主も白井一族の者か、だが白井霞と言う名には聞き覚えが無いの」

 意外とあざといのか、こちらの事を探っている。

「それは当然でございます、私は里から追放された身分でございます」

「ほう、何をしたのだ?」

「えっ?」

「だから、お主が犯した罪名は何じゃ?何もしていないのに追放されたというわけではあるまい?」

「……」

 とっさに言われて出てこなかった、それはそうだ。

 私は何もしていないのだから。

 だが、私を危険視する者、私を邪魔者と思う者、そういう者がいるのは仕方の無いことだ。

 父が行方不明になり、数年が経過した白井一族には、もはや私の居場所などどこにも存在しなかったのだ。

 在るのはただ優れた退魔士としての道具、ただそれだけだった。

「仲間殺し(里からそう言われた)、門外の異性との肉体行為であります」

「ほう、そうは見えぬがな」

「……、いえ過ぎた身分でご無礼を働いた事をお許しください」

「私を助けた事は感謝するぞ、貴様が例え追放された”はぐれ者”であろうと差別はせん」

 気を良くしたのか、呼び方が”お主”から”貴様”になっていた。

 昔の言葉では、貴様は敵意ある者への呼び方ではなく、敬意ある呼び方である。

 

「寛大な心遣い痛みいります、次期党首様」

「貴様にはまだ名乗っていないのに次期党首と、なるほど盗み聞きしていたのだな」

「盗み聞きするつもりはありませんでした」

「まあ良い、あらためて名乗ろう、私は白井一族の次期党首”白井真琴”。

 一族の英雄『白井 吹雪』の唯一の娘にして、正統なる後継者である」

「!」

 正統なる後継者?、魔術刻印は引き継がせてはいない。

 なるほど、父の魔術刻印を私のものと言って、渡したのか。

「そうでした、真琴様のお父上はお元気ですか?」

「……」

 一瞬、悲しそうな表情をした後、少女は答える。

「父上は暗殺された、寝室にクナイが残っていた事から忍びの仕業と考えている」

 私は絶句して、そして飽きれた。…一族の派閥争いはまだ続いていた。

 今度はいなくなった元忍者の私の仕業と、里を追放された私の私怨の復讐と言う形で誤魔化したのだ。

 なんて醜い一族、他者を貶めるために他者を暗殺して蹴落とす事ばかり考えている。

 父が私に『誰も信用するな』と言ったのは、もしかしたらこういう事だったのかもしれない。

 きっと真琴には、大人達の都合の良い話ばかり聞かされているのだろう。

 いやそれで済むならばまだいい、近い未来、この無知な娘は身内に殺されるのではないかと。

そういう事ばかりが頭を過ぎってしまう。

 私の最初の夫であった党首は、他人の事を思いやり理解できる、よく出来た人間だと思った。

 だが、イマイチ押しと危機感が足りなかった。

 私は何度も忠告した

「そんな調子では長生きできませんよ」

 だが、彼はあまり重要視はしなかった、その果てがこの結末である。

 娘を頼むとお願いしたのに、少女が成人にもなる前に彼は逝ってしまった。

 ならばせめて、この子を育てる事ができなくても、道を間違えないように助言して、

危機感に対する知恵と護身術程度の力を与えてあげるのは、親である私の務めではないのだろうか。

 あんな一族の跡継ぎの道具として生んでしまった、私が出来る償い。

-12ページ-

 ザザザ…

 

「霞、待たせたな」

「いえ真琴様、わざわざご足労頂き光栄です」

「堅苦しい言葉はやめよ、貴様と私の仲ではないか」

「いえ、誰が見ているかわかりませんので」

「まあよい、こないだの稽古の続きをするぞ、終わったらお茶しながら、私の知らない世間の雑談だ」

「はい、承知致しました」

 私は、彼女を引きとめた。

 彼女が興味ありそうな話題で釣り、さらに稽古する形で、

一族では得ることの出来ない知識と戦い方を教える事を提案した。

 彼女は、里の中は自由が無い息苦しいものだった。

 その彼女にとって、自由に外を出れる名目が得られる事。

 さらに自分のみじゃ知りえぬ知識や雑学、戦闘技術を教えてくれるならばいう事は無い。

 はぐれ者の身では、もう一族の門をくぐることは出来ないので、直接出向いてもらうしかないのだ。

 真琴は、その提案を快く引き受けた。

 当然、里に帰ると引き止められたが、彼女は初めて自分の意志を通したのだ。

 だが、その姿を快く思う者は少ない。

 真琴は、未だは党首の立場であるが、それは単に身内が権力を行使するために、

都合の良い人形でなければならない。

 人形が、道具が、自らの意志を持ち、反抗してはならない。

 そうでない人形など道具にはあらず、人形にあらず、ただの邪魔者でしかない。

 もしかしたら私は、間違った選択をしているのではないだろうか?

 娘を危険に晒しているだけなのではないか?

 

「しかしだ、貴様は私に偽名を使っているのではないか?」

「えっ?」

「一族の書物など漁ってみたが、どこにも白井霞の名など無いのだ、はぐれ者だろうと必ず載っているのに」

 家臣の言う事だけでは信用できず、自分で書物を探して調べたのは大きな進歩と言えるだろう。

「何故、貴様の名がないのか」

だが、吹雪は答えずにあしらいもせずにこう一言教えた。

「答えは教えません」

「何故だ、理由も申してみろ」

「申し訳ありませんがお答えできません、例え党首様の命令であろうと、はぐれ者である私には応じる義務がありません」

「むぅー」

「ただ一言だけ申し上げるならば、その答えは自らが真実に辿り着いた時にわかります」

「真実?、どう言う事だ」

「……」

-13ページ-

 ザザザ…ザザ!!

 ノイズが激しくなる。

 さきほど違い、とても不愉快な不協和音のような音を出していた。

 

 真琴の後を追ってきて、監視している者がいたのは知っていた。

 だが、それを放置しておいた結果がこれである。

 徐々に逆らう事を始めた真琴に、悪影響であると言う名目で。

 本当は、真実が漏れる事を恐れて証拠隠滅のため。

 そして例え人形のままでいたとしても、私達と言う脅威を危険視して排除するため。

 白井一族は動いた。

 私達の隠れ家にやってきて、子供達を人質にして夫を殺した後、子供達を殺した。

 私もやってきた真琴の影武者に毒と手傷を負わされてしまった。

 満足に体を動かせない所を集団で襲われて、私は満身創痍で隠れ家に戻った。

 そこに在ったのは全てが燃えてしまった豪火、

大量の弓を背に受けてながらも身を挺して、妹をかばいながら息絶えているユリ。

 その下にうずもれているユキ、だけど息をしていなかった。

 火の有害な煙を吸い込んでしまったのだろうか、私がいくら呼びかけても目を覚ましてくれない。

 これは私が招いた悲劇である。

 長女に生きる術を教えるために、再び白井一族に接触してしまった事。

 監視している者を見逃した事。

 人を信じすぎたために、真琴の影武者に傷を負わされてしまった事。

 そして、白井一族を殺しておかなかった事。

 そうだ、最も簡単な答えがあったのに、白井一族を滅ぼして長女を取り戻す。

 なのに私は外の事に関してまで、父と母の教えを忘れて守らなかったために起きてしまった。

 でも、本当に悪いのは私だけなの?

 自分の行いと不注意が間抜いた行動だけで片付けて良いものなの?

 

否!

 

 そんな事があるはずがない!

 白井一族は、私に対して恩があっても恨みなどないはずだ。

 さんざん私を退魔士の道具として利用して、数多くの妖魔を討ち果たしてきたのだ。

 助ける声があれば、無報酬で人助けだってたくさんしてきた。

 だが結果は裏切られただけであった。

「あんなに、あんなに…助けてあげたのに」

 跡継ぎの娘を産んだ、その後は邪魔だからと潔く身を引いた。

 結果論で言えば、吹雪は何も一族に損など与えていない。

 都合よく現れた刃で、妖魔をなぎ払い、跡継ぎを残した後は捨てただけ。

 真琴の事に関しては、たしかにいらぬ干渉だったかもしれない。

 だが、彼らは一度でも私に和平で話を求めに来たか?

 そんな事はせずに、一方的に決め付けた。

 どうしても接触させたくないのならば、真琴を一時的に隔離でもしてしまえばいい。

 いつもの場所に現れなくなり、いつかは私が諦めてしまうまで待てばいい。

 だが、白井一族はそんな事はしなかった。

 それだけではない、危険な存在だからと排除するという過激な行動までしたのだ。

 そんな一族を許していいのだろうか。

 あるわけがない、白井一族は存在して良い一族ではない。

 例え神が許しても、私が許さない!

「…殺してやる」

 私は、一族の居場所を奪われ、夫と娘達を奪われてもなお、許してやるほどお人よしではない。

 これは報いだ、おまえ達一族が私達にした暴挙の末路だ。

 危険な存在だと力ずくで排除して、それを正しい正義だと語るのならばそれもいいだろう。

 私もその白井一族として、同じ方法で貴様達に報復してやろう。

 生きるために殺す、殺さなきゃ殺される。

 一度は捨てたはずの感情が蘇る。

 今度は貴様らがそれを我が身で体感して、自らの無知と愚かさと無力に後悔して、恐怖しながら死んでいけ!

「待っていろ、貴様ら残らず殺してやる」

 元より、この身は殺すだけに特化した体。

-14ページ-

 ザザザ…

 

 雪山に奥にある氷の洞窟にて、彼女はいた。

 みずからの血で描いた魔法陣の中央で、彼女は詠唱していた。

 それは人間をやめて、精霊化するための儀式。

 もはや全てを失った私には、人の身と心など不要。

 だから私は薄汚い人間を否定する。

 この身は、殺すだけに特化した体。

 この身は、氷だけに特化した魔術回路。

 人の限界を超えて廃人になるほどの覚悟を持ち、

人の限界を超えて魔力を行使すれば、それは奇跡に届く。

 東洋のとある優秀な魔術師(遠坂凛)もそれを認めてそう言った。

 廃人になろうとかまわない、今更死など恐れない。

 人間をやめようとかまわない。

 何故ならば、すでに私は道具であり。

 生まれた時から人間ではなかった。

 人の身でありながらも、道具でしかなかったのだ。

 今度は人の身を捨てるだけ。

 全てを失った、いやそもそも道具の分際で、

自我を持ち、愛と幸せを求めたのが愚考であっただけなのだろう。

 人をやめる事に後悔などしない。

 さあ、始めよう。

 失うものなど何も無い。

 恐れるものは何も無い。

-15ページ-

 ザザザ…

 

「フハハハ、さあどうした人間ども」

 そこには髪を青く肌白く、雪女化した化け物が立っていた。

 白井一族に正面から攻め込み、一族の猛者達を返り討ちにしていた。

「貴様、その装束…一体どこのはぐれ者だ」

「おやおや、もう忘れてしまったか、悲しいわね、

我が名は白井吹雪、貴様らが憧れた英雄。

 油断・恐怖・慢心を捨てて、我が身に挑み、勝利した者は白井一族最強と謳われることだろう。

 ゆえに命を賭けろ、貴様らが討ちたかった英雄は今ここにいる」

「ふざけるな化け物め!」

 男が有無を言わずに、刀で切りかかる。

 化け物は、飽きれた様子で一歩間合いを下げて、腕を一線振るう。

「がはぁ」

「理解がない、馬鹿な男は嫌いよ」

 男の刀の射程圏内から、不可視の刃で一撃必殺で仕留める。

「撃て、撃て!」

「無駄だって言っているでしょうが!」

 上空から飛んでくる氷矢を、目の前に展開した氷の壁で防御する。

 壁に阻まれて、弾かれた矢が四方八方に散乱する。

 (距離10m)

 化け物は両手に冷気を長く集中したのち、体を思いっきりひねり、

10mの長距離まで生成した、不可視の氷槍で横一線!

 塀の上にいる弓兵部隊を薙ぎ払った。

 身を伏せて回避した者もいたが、そこに追撃として広範囲の槌が上空から襲い掛かる。

 もはや、白井一族歴戦の猛者達であろうと、化け物の敵ではなかった。

 それどころか、化け物に傷一つつけられる者すらいない始末。

 これならば、忍者の上忍達のほうがよっほど強いと思っていた。

 しょせん、氷に特化した一族と言っても、切磋琢磨した吹雪とはもはや格が違う。

 氷の生成速度、密度の強度、多彩な成型、そして不可視できる者など存在しない。

 それは『生きるために殺す事』を信念として、生きるために必死に努力し続けて、

 技を磨き、研究し、鍛え続けたからこそ、辿り着けた領域である。

 誰かに守ってもらい、平和ボケして、鍛錬を怠っていた者達に勝てる道理などなかった。

 誰も逃げられぬように、一族の堀周囲全てに高さ20mの空間凍結を施してある。

 もはや一族の者達に出来る事は、恐怖に震えて慄き、殺される時まで隠れるか、命乞いするかの2択だけ。

 

 出会えば誰であろうが、殺した。

 女であろうが、子供であろうが、老人であろうが。

 里全体がすでに冷気と氷煙で覆われているため、どこに隠れていようが体温感知で必ず見つけ出された。

 今夜は、一族の里から悲鳴と断末魔が途切れることはなかった。

「助け…ぶぼぁ」

「お願いです、この子だけは…あああぁ」

 容赦なく、切り捨てる化け物。

 思えば、誰かの命令でもなく、目撃者を消す自戒でもなく、私怨で人を殺したのは初めてであった。

「駄目、声も音も上げないで」

「……」

 女と子供が襖の奥に隠れている。

 化け物が通り過ぎることを、必死に祈りながら。

 だが、この世に都合の良い神など存在しない。

 神は無慈悲である。

「……」

 隠れている一般人の部屋に入り込むと、すぐに体温を監視して、無慈悲に氷槍を突き立てられた。

「!」

 隠れている女・子供は何が起こったか理解できず、共に串刺しにされ、悲鳴を上げずに絶命した。

 引き抜いた氷槍には血が染み付いている。

「早くしろ、間に合わなくなるぞ」

「あとすこしだ」

「あら、老人方、まだ逃げずにこんな所に隠れていたのですか」

「!」

 一族の党首達が集まる、大会議室に踏み込まれる

「さあ、私の娘を返してもらいましょうか」

「なめるな売女が、この老兵をなめ…」

 台詞を言う終わる前に正面から切り伏せられる、まったく反応できていなかった。

「老人の戯言に付き合う気はないわ、娘を返しなさい」

「すでに遅かったな」

「何?」

 老人の後ろにある扉。

 その先に、白井真琴はたしかにいた。

 だが、しかし…

「空間凍結」

「左様、これで貴様であろうと手出しはできまい」

「お、おのれえぇ!」

 怒りを灯して、目の前の老人達を全て瞬殺する。

 空間凍結された娘を前にして、化け物はただ悔やみ絶望した。

 術を施した術者が解除するか、時間の経過と共に術の効果が消えていくしか無い。

 むろん、切り殺した者はどんな拷問をされても解除などしないであろう。

「うああああああ」

 もはや、どうする事もできない絶望を怒りに変えて、

 まだ残っている一族の民を徹底的に探し出して、虐殺した。

 楽に殺さず、もがき苦しめながら殺し続けた。

 

 命乞いする者には、その子供を探し出し、

壁に氷付けにした両親の頭上に、何か物を置き、

子供に一度だけ射らせて、見事に命中したら見逃してやると囁く。

 だが、失敗すれば殺される恐怖と、自分で両親を殺してしまう恐怖で体が強張り、

ろくに狙いも定められずいる状況下で、的だけを狙撃するなど不可能だった。

 最もそれがわかっているからこそ、化け物はこんな残酷な仕打ちをしているのだ。

 当然失敗する、矢を撃てず地面に落としたり、まったく明後日の方角に矢が飛んでいったり、両親の頭や喉などに命中させ殺してしまったり、

絶叫と苦しみをあげる人間達を見ながら、化け物は愉悦に浸り、楽しそうに笑っていた。

 時には、逃げようとする親子の両足を切断して、互いに自分の肉親の足を平らげたら見逃してやると囁く。

 親は子供の肉塊を、子供は親の肉塊を、だがたいがいの者は口にすることすらできない。

 そして、化け物によって親子共々、首を刎ねられる。

 助かるために口にするものもいるが、ただの常人に人肉を食せるはずがない、それが肉親ならばなおさら。

 吐き出して首を刎ねられるか、恐怖で喉を詰まらせて窒息死するかしかない。

 例え、遣り通せたとしても精神が崩壊して廃人になってしまう。

 化け物は当然それを見越して、無茶な試練を与える。

 元より生かすつもりなど無い、だが無慈悲に殺すより、せめて生き延びる機会を与える。

 その方がさらに絶望して、より残酷に人間を追い詰めて殺せるからである。

 だが、それでもなおかつやり遂げる者がいるならば。

 その時は自らの努力で切り開いたものとして敬意して、本当に見逃しても良いと思っていた。

 だが、誰一人やり遂げられる者などいなかった。

 もはや、道具にあらず…その身は人間達を襲い恐怖で苦しめて、虐殺する化け物以外何でもなかった。

 

 一夜が明けた頃、もはや里から声や音すら何も無かった。

 あるのは、ただ血と肉塊となった死体の山である。

 一夜で白井一族は皆殺しにされ、滅びた。

 空間凍結された党首、白井真琴を残して。

-16ページ-

 ザザザ…

 

 数百年後。

 雪女化した化け物が住む氷の洞窟。

 そして、向かい合うのは数人のハンター、すでに何人かは負傷している。

 一番先頭にて槍を持っている女が何やら叫んでいた。

「雪女、貴様の数知れぬ行為、今日こそ貴様の命もって罪をつぐなえ」

「何だ、おまえ達は?」

「我らが●●機構に属する者なり」

「なるほど、懲りずにまたヒヨコの退魔士を連れてきたわけか」

「今日、ここを貴様の墓場にしてくれる」

「!、その魔術刻印」

「我が名は、白井真琴、参る」

-17ページ-

 ザザザ…

 

「くっ」

 戦いは終わった、辺りに散乱するのは血と今まで仲間であったもの

「小娘、貴様は殺さん…生き恥を晒して生き続けるがいい」

「貴様ァ」

「私の首が欲しいならいつでもかかってこい、だがすこし強くなってな。

 じゃないと、ここで殺された貴様の仲間のように、死体が増えるだけだぞ」

「許さない、必ず殺してやる!

私を殺さなかった事を、必ず後悔させてやるぞ雪女」

-18ページ-

 ザザザ…

 

「弱いな、それでは貴様の母の名が泣くぞ」

「ぐぅっ、おのれぇ」

「これが白井吹雪の娘か、情けないな小娘」

-19ページ-

 ザザザ…

 

「何故、貴様は私を殺さない」

「覚えてないか、私は貴様に昔出会ったことがある、私がまだ人間だった頃にな」

「仲間殺しの罪で追い出されたはぐれ者の退魔士、あの時の…”白井霞”か」

「仲間殺しの罪ね、まあ”今”では間違いではないか」

「仲間を殺して邪道に落ちるとは、とことん救えないな外道!」

「嬉しいわね、最高の褒め言葉よ」

-20ページ-

 ザザザ…

 

「何故ですか母上」

「……いいのです、私は許されざる罪を犯しました。

 甘んじてそれを受け入れます」

「違う、私が怒っているのはそんなことじゃありません」

「?」

「私と言う跡継ぎのために、母上を追い出して、挙句に旦那と子供達を殺されたのです。

 母上がお怒りになるのは当然の事です、白井家は根絶やしにされても仕方のない事をしたのです。

 そして私は、全て嘘を教えられていたにもかかわらず、それを見抜けなかった自分が憎いのです」

 化け物となった母と、その長女が会話している。

「もう全ては遅すぎたのよ、加害者である私が悲劇の被害者を気取るつもりはないわ」

「でも何故ですか母上、何故人間の頃に、初めてお会いした時に名乗ってくれなかったのですか?

 何故、私も一緒に里から連れていってくれなかったのですか?」

「あなたにはあなたの使命がある、それはあなたにしか出来ないことよ」

「母上を追い出して、子供を手にかけて隠蔽をする一族など滅びればいいのです」

「あなたはここに何をしに来たの?」

「母上」

「私という化け物を討ち倒して、白井家の仇を討つと言う覚悟と大業を成すために来たはずです」

「そんな、私は…」

「さあ戦いなさい、それが”あなたの役目”!」

「出来ません、私にはそんな事を」

「甘えるな、小娘」

「!」

「おまえはあの白井一族で伝説となった”白井吹雪”の血を引く党首なのだろ、

母の名前と名誉を守るならば、今ここで化け物の私を討て!

 私は白井吹雪ではない、ただの化け物だ、ただの外道に落ちた愚かな雪女だ」

「母上」

「ただの化け物として死なせておくれ、私をあの吹雪と同一人物にして、母の名前と名誉を汚してはならない。

 その最後の娘であるおまえが母の名を守りなさい!」

「……」

「母上、お覚悟を!」

「来い、小娘」

「うああああぁぁぁぁぁぁ」

「……」

-21ページ-

 ザザザ…

 

 娘に殺される間際、私はやっと母の言葉が理解できた。

(遠慮はいりません吹雪、私も母を殺して通った道です)

(勝手、私も母に言われました”娘のために死ぬのならば、この命惜しくない”と、今ならそれがわかります。

 そして、あなたもいずれ一人の女になり、子を授かり、その時がくればわかります。私達のこの愛がわかる時が必ず来ます。

 だからその時まで、背一杯生きなさい。

 そして私の体はあなたの血肉となり、共に生きていくことでしょう)

(今は理解できなくてもいい、いずれわかります)

(私が今まで生きてきたのは、この時のため。答えは母を殺した時にすでにあったのです。

 私は娘に殺されるために生きてきたのだと!そしてその時こそ私は母殺しの罪を、自らの命と引き換えに罪滅ぼしできるのです)

(ええ、私はとっくに覚悟はできておりますわ)

お母様は抱きしめるかのように両手を広げた、こっちにおいでと言わんばかりに。

 私も同じように我が娘を抱き寄せた。

 

 

 そして…

娘の槍が、雪女を貫いた!

「…あなたは母の名を守ったのよ、誇りに思いなさい」

「母上」

「強く生きなさい」

 そして雪女の体は、雪の結晶に消えていく。

 束縛された呪縛から解放されて、悲しみと共に天に還る光。

 それを見て、娘は何を思うのだろうか。

 そしてここで、彼女の記憶が途切れる。

 

 

 なんという悲惨で悲しい人生。

 そして死してもなお、英霊として縛り付けられ、道具として戦う事を強いられる運命。

 アーチャーもそれを理解しているだろう。

 死んでも家族の待つ天国など存在せずに、あるのはただの輪廻転生を行うための無しかないと。

 いや、あれだけの殺戮をしてきて天国へ行きたいと言うのはおこがましいだろう。

 輪廻転生できず、無限に英霊として縛り付けられて、戦いの道具として利用され続けてる事は、

アーチャー自らが招いた罪の償いであるのだと、そう思い戦いを繰り返す。

 ゆえにその生涯に意味は無く、本人も人生を”試練”と呼び諦める。

 殺戮を行った彼女の人生を讃える者など存在しない、あるのは蔑みと罵りだけ。

 道具の役目と運命から解放される時は、けっして存在しないのだから。

 それが彼女を死後も、縛り続ける永遠の罪である。

-22ページ-

 ■翌日

 

 

「あら、マスター、随分と早いわね、まだ6時ですよ」

「……」

 昨日のアーチャーの過去を見てしまい、かける声が見つからない。

「アーチャー」

「何かしら」

「おまえの望みは”家族”に再会することなのか」

「!」

 アーチャーが驚く、だがすぐにそれを理解する。

「私の過去を見たのね」

「ああ」

「…いいえ、それは違うわ」

「え?」

「人はいつか衰えて死に至る、それが早いか遅いかだけ、

死ぬば土に還り、大地の恵みとなり、再び輪廻転生するだけ、

それが自然の摂理なのよ」

「何を言っている?」

「自然の摂理に逆らうと、私のような目に逢う、

失った命は戻らない、それを無理やり生き返らしてはいけない。

 それに今更幸せな家庭を持つ身でもないしね」

 アーチャーはすでに諦めたように、冷笑する。

「じゃ、おまえの望みは?」

「英霊としての道具の責務から解放されること、そして地獄で償いした後に輪廻転生するだけよ」

「どうして、家族に会いたくないのか」

 アーチャーの考えがわからなかった。

 何故、家族への再会を望まないのかと。

「言ったでしょう、例え生き返ってもいずれ時間が人を殺す。

 仮に家族全員を説得して、人の身をやめさせて、無限の時間の中で生きるのは、それこそ”永遠の苦痛”なのよ」

「えっ?」

「永遠に楽しい時間なんて存在しない、心はね感情の生き物なの、

いずれ飽きて、しだいに死ねない身に変えたことを呪い、罵りあい罪を押し付け合い、家族同士の永遠の殺し合いが始まるのよ」

「……」

「それにもし記憶も何もなかったらどうするの?

 外見だけの人間を蘇らすのは、それこそ互いに苦痛じゃない、

記憶があっても、逆に生き返らせた事を恨まれては、こっちも報われないわ。

 おとぎ話で勘違いするかもしれないけど、生き返らす行為はすでに一つの望みにして行動であるのよ。

 そこに魂と記憶の復元は含まれていないし、そこを含めれば望みは増えてしまうことになるのよ」

「……」

「仮に完全なる蘇生が可能でもそれは十分な奇跡、それを三人分も叶えるなんてまず不可能でしょうね。

 私自身、この道具としての人生と記憶を持ちながら、人生で二度目の生にも興味ないしね」

 たしかにそうかもしれない、目先の事ばかり捉われて目的を叶えてしまったら、

自然の摂理を反した事を行えば、それはまだ見えぬ永遠の牢獄と言う地獄が待っているのだ。

 先を見据えた賢者ならば、同じ結論に辿り着くだろう。

 アーチャーは、我が身を持ってその答えを知ったのだ。

「まあ会いたくないわけじゃないけどね、

贅沢を言うならば、普通の女の人間として輪廻転生して、再び転生した家族に出会って、幸せなで平和な家庭を過ごしたいのが最大の望みかな。

 そして子供達の成長を見届けた後、笑って畳みの上で天寿を迎えたいわね」

「アーチャー」

「まあ欲張るといい事など何も無い、無難に英霊から解放される事だけを望むわ」

 楽しい事、幸せは有限である。

 今更アーチャーは、その呪われた身でそれを満喫するつもりなど無い。

(昨日までの体たらくを見ると、疑わしいけど)

 ただ早く、呪縛から解放されて、輪廻転生して、道具としてではなく普通の人間になる。

 それがアーチャーの望み。

「後悔しないはずだった…のにね」

 英霊となった身でも、文字通り彼女は新しい人生を『生きるために殺す』

その揺ぎ無い信念は、俺程度の人間に口を挟む余地も資格も無い。

 

 ……本当に理解していなかったのは、俺のほうだった。

説明
自分で作成したオリジナルサーヴァントを出演させたFate2次創作小説です。
アーチャーの家族を含めた過去話
【http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=22017822】
アーチャーの愛した夫【http://img26.pixiv.net/img/yamakind/16107071_p4.jpg】(※オリジナル種族)
アーチャーの娘姉妹【↓ 本文前に挿絵 ↓】
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サーヴァント フェイト ダーク 小説 Fate 2次創作 雪女 

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