うそつきはどろぼうのはじまり 1
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エリーゼの一日は、窓を開けることから始まる。

出窓を押し開くと、途端に朝の空気が吹きつけてくる。そこに雨の臭いはない。今日一日天気が持ちそうであることに、少女は心の底からほっとする。

「おはよう。今日はいい天気になりそうだよ」

左右に開いたカーテンをまとめながら、エリーゼは鳥かごに声を掛けた。出窓の側、金細工のかごの中、止まり木にいた白い鳩がくるる、と鳴く。

エリーゼは蓋を開け、鳩を外に出した。鳩の白い背には、封書を入れた袋が既に結わえてある。

「長雨のお陰で、もう当日になっちゃったけど。お返事、ご主人様によろしく届けてね」

少女の手によって窓辺に運ばれる間、鳩は大人しくしていた。主人以外の人間に弄ばれているのに、逃げる素振りなど一つも見せない。伝書鳩がエリーゼに懐くほど、書簡の遣り取りは頻繁であった。

「いってらっしゃい」

両手で包み込んでいた鳩を、エリーゼは一気に放つ。軽やかな羽音を残し、白い姿が見る見るうちに青空へ吸い込まれてゆく。シルフモドキは屋敷の上を数度旋回し、やがて方向を定めたのか、矢のように飛び去っていった。

エリーゼは思わず手を翳す。眩しい朝日に目を細めた少女の頭上に、白い羽根が数枚、花びらのように舞い落ちてきた。その一つを器用に摘み、少女は呟く。

「待ってますからね」

伝書鳩の世話を済ませた後、エリーゼは朝食のため一階に降りる。身支度を整えて食堂に入ると、既に領主が新聞を広げていた。

「おはようございます」

「おはよう。今日は良い天気になりそうね」

カラハ・シャールの女領主ドロッセルは紙面から顔を上げ、朝に相応しい明るい笑顔を少女に向けた。

領主はつい先日まで帝都イル・ファンに呼び出されていた。昨日ようやっと屋敷に戻ったのであるが、それも夜半のことであったため、二人が顔を突き合わせての食事は久方振りである。

「ここのところ、ずっと雨が続いていましたから、嬉しいです」

「昔はここまで頻繁に変わることなんてなかったのだけれど。お天気がころころ変わるのも、少し考え物ね」

ドロッセルは、やれやれとばかりに地元紙を畳んで脇に置いた。昨今の天候不順のせいで、領地の作物の出来高が芳しくないことはエリーゼも聞いている。そのせいで国王から呼び出されたものと考えていたのだが、どうやら違っていたようだ。

「天候ばかりは一般的な精霊術でもどうしようもないから、今年の不作分は不問ですって。その代わり、悪天候に強い品種を生み出すなり、それなりの努力はするように、だそうよ」

バケットに木苺の砂糖煮詰めを塗りながら、ドロッセルは国王ガイアスの口調を真似てみせた。

「品種改良、ですか」

「そんなこと、急に言われても困るのよね。今までが自然、というか精霊任せだった部分が大きすぎるのだもの。ま、エレンピオスには、既にそういった技術があるそうだけれど」

農業技術の習得にドロッセルが乗り気でないのは、傍目にも明らかだった。

大精霊マクスウェルの庇護下にあったリーゼ・マクシアと、精霊から見放され不毛の地と化したエレンピオス。この二つの世界の出会いは、侵略という名の戦争だった。

マナを求め、圧倒的な科学技術力によって攻めてきたエレンピオスの軍勢に対し、リーゼ・マクシアは精霊術を駆使して対抗した。

最終的に解決案を一部の人間が見出し、晴れて停戦となったが、互いの価値観、霊力野の有無から生まれ来る溝は、そう簡単に埋まるものではない。エレンピオス側の畳み掛けるような進軍――特にアルクノアの粘着質な冷酷さは、凄惨の一言に尽きると言っていい。アルクノアの暗躍は、過去のことと水に流してしまえるほど、生易しいものではなかった。

そんな蹂躙から領民を死守したドロッセルにとって、エレンピオスの助力を請うことは不快の極みであろう。

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