真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜 第十八話 巷に雨の降る如く
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                                 真・恋姫†無双異聞〜皇龍剣風譚〜

 

                                   第十八話 巷に雨の降る如く

 

 

 

 

 

 

 

『主……主よ』

 一刀は、雨音に身を委ねて微睡みの中にあった意識を、愛馬“龍風”の声で覚醒させた。

「ん……どうした、龍風……」

『多くの人間の思念を感じる。じき、目的の村に着くぞ……大丈夫か?』

 

「あぁ……心配はいらない。村に着いて少し寝れば、大分マシになるさ」

 一刀はそう言って、頭に被った笠の下で微苦笑を浮かべながら、龍風の鬣をわしゃわしゃと撫でた。華琳達と宛城で別れてからほぼ丸一日、疾走する龍風の上で“起龍体”を発動させ続けている一刀の身体を、龍風は案じていたのである。

 

 今では別ルートから河北へと向かっている蜀の面々にも距離的にほぼ追い付き、合流地点として予定していた村まであと僅かに迫っていた。龍風が並み足に速度を落としていた事もあって、一刀は四半刻ほど眠る事にしたのである。

 だが、それでも一刀が“起龍体”を解かない理由を、龍風は察していた。

 

『身体の方はどうなのだ?』

「まぁ、随分良い感じだな。一日でここまで良くなれば、御の字だろう」

『そうか……』

 龍風は、ゴキゴキと音を立てて首を鳴らしながら言った一刀の言葉にそう答えると、再び黙々と歩く事に没頭する事にした。

 

 恐らく、北郷一刀の身体は、言葉ほどに回復してはいない。それは、未だに龍風と“会話”が出来ていると言う事、即ち、“起龍体”を使い続け、解くつもりがない様子からも明らかだ。

 そもそも、先の戦いで“白虎”に身体を明け渡した時に一刀の身体に注ぎ込まれた膨大な氣の量を考えれば、全身の経絡がズタズタになっている筈で、それは、常人ならば息をしている事さえ奇跡の様な状態なのである。

 

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 一刀が、体力を消耗する起龍体を解かないのは偏(ひとえ)に、“賢者の石”を覚醒状態にし続ける事で、石が持つ治癒能力を最大限まで引き出しておきたいからだろう。

「俺の事は兎も角、お前の方が疲れてるだろ?都から殆ど休憩もなく走りっぱなしだし……」

 一刀が、不意に訪れた沈黙を嫌う様にそう尋ねると、龍風は小さく鼻を鳴らした。

『我は龍馬ぞ。宛城でお主が戦っている間に十分休んでいたし、水も食事も摂っている。いらぬ気遣いは無用だ……だが』

 

「だが?」

『そろそろ、草以外の物が食いたくはあるな』

 一刀は、龍風の言葉に一瞬ポカンと口を開けてから、愉快そうに笑った。

『何だ、何がそんなに可笑しい?』

 

「いや……馬が草を食い飽きたなんて言うのを聞いたのは、生まれて初めてだったもんで、ついな。気を悪くしたんなら謝るよ」

『当たり前だ。普通、馬は喋らんからな』

 龍風は、慌てた様な一刀の言葉に溜め息を吐いて、小さく首を振った。既に、冬の空は藍色に暮れ初めていた―――。

 

 

 

 

 

 

「―――そいつは気難しいんで、必要な時以外は近付かない方が良いよ、蹴られても責任持てないから。じゃあ、裸麦と人参をよろしく」

 一刀は、すっかり雨に濡れた龍風の身体を拭いてブラシを掛けてやったあと、馬宿の主人にそう言い伝えてから、龍風の鞍に取り付けていた大振りの編み笠を被って、未だ雨が降り続いている村に出た。龍風に不用意に近づかないよう念を押したのは、馬宿の主人が初めてこの龍風を目にした時、魅せられたような視線でフラフラと龍風に近づいて触れようとしたからだ。

 

 一刀はその事に関しては何ら思うところはないが、当の龍風が、一刀や一刀と親しい人物以外の人間に不用意に触れられるのを、極端に嫌っているのである。しかも、ブラシ掛けを始めとした身の回りの事ともなると、馬に関しては一刀より遥かに慣れている筈の馬超こと翠や、馬岱こと蒲公英にすら、あまりさせたがらない程なのであった。

 

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 主人としては、その一途さが嬉しくないと言えば嘘になる。しかしやはり、以前の二人の商人の様に、龍風に蹴り飛ばされて大怪我をする人間が出た時の事を思うと、龍風の気難しさは、少々困りものではあった。

 まぁ、そこいらの野生の馬とは違い、きちんと加減はしているようなので、まさか間違って蹴り殺してしまうような事はないであろうが。

 

 一刀は、両手で自分の腕を抱く様にして身体を揉むと、馬宿の親父から聞いた宿への道を、ゆっくりと歩き出した。まだ冬に初めだというのに、こんなに強い雨はまだ早過ぎる。

 雨は、そんな事を漠然と考えていた一刀の心中を嘲笑うかの様に、ほんの数秒だけ、瀑布の真下にでもいるのかと錯覚する程の雨粒を一刀の編み笠と外套に叩き付けた。

 

 宿は、教えてもらった通り、馬宿から、大通りと言うのが憚(はばか)れる程に慎まやかな大通りを三町ほど行った所にあり、心細げな行灯が、入口の梁に掲げられた“黄金飯店”と言う看板を、辛うじて照らしていた。

 一刀は一瞬、大して賑やかにも見えない片田舎にある唯一の宿屋のこの店名が、店主一流の反骨心から生まれた洒落なのか、はたまた単に、田舎者の野暮ったさの成せる業なのかと首を傾げて逡巡してから、微苦笑を浮かべて笠を頭から取り、雨水を振るって中に入った。

 

「御免」

 一刀がそう言って店内を見渡すと、食堂になっている一階の奥にある、厨房に続いているらしい暖簾の奥から、威勢の良い女の声が響いてきた。

「はいはい、どうもいらっしゃいませ!雨の中大変だったでしょう。お食事ですか?」

 一刀は、ころころとよく太った、女将らしき中年女性の気風の良い声に微笑みを返して頷いた。

 

「食事も頂きたいが、まずは部屋を取りたいんです。空いてますか?」

「えぇ、えぇ。そりゃあもう!何と言ったってこんな田舎ですし、今夜はこの雨ですからねぇ。お一人様で?」

「いや……後で連れが四人ほど来ますから、個室を五部屋か―――二人部屋を二と、一人部屋を一でも……まぁ、組み合わせは、そちらにお任せします」

 

 一刀が考え考えそう言うと、女将はパッと顔を輝かせて、嬉しそうにパンと手を合わせた。

「まぁまぁ、そんなに大勢様で!ありがとうございます!勿論、すぐにご用意出来ますとも!お風呂はお使いになられますか?」

「あぁ、入れるなら有り難いなぁ……是非お願いします。それから、私はここで連れを待っているので、手が空いたら、酒を燗にして持って来てもらえますか?」

 

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「はいはい、かしこまりました!今日は、美味しい白酒(ぱいちゅう)が入ってますけど、どうします?」

「いやぁ、今日は雨の中、馬に乗りっぱなしで疲れちゃってね。白酒はちょっとキツいなぁ……清酒(ちんちゅう)か黄酒(ふぉあんちゅう)をお願いします。銘柄はお任せしますから」

 

 一刀が少し申し訳なさそうにそう言うと、女将は「そうでしょう、そうでしょう」と相槌を打って、一刀に軽く会釈をしてから、暖簾の奥に姿を消した。その上機嫌な声から察するに、恐らく、片田舎の宿屋で、しかも雨の日に一度に五人も客が入るなど、余程、稀な事なのであろう。

 一刀は、じきに追いつく筈の“連れ”の中に、規格外の大食漢(もとい娘)が二人もいる事を思い出し、今夜はクタクタになって眠る事になるであろう女将に心の中で詫びながら、懐から取り出したマールボロに静かに火を点け、屋根を穿つ雨音に規則正しい音色に、しばし耳を傾けた―――。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃ〜〜〜ん!!」

 張飛こと鈴々は、宿の玄関に入ってくるなり一刀の姿を見つけるや、笠と蓑(みの)を脱ぎ捨てて、自分達に向かって手を振ろうとしていた一刀の胸に、盛大に飛び込んだ。

「おおぅ!?はは、鈴々、相変わらず激しい挨拶だなぁ」

 

 一刀がそう言って懐の鈴々の頭を撫でてやると、鈴々は「にゃはは」と満面の笑顔を浮かべてから、不意に訝しげな顔で、愛らしい小鼻をヒクヒクと動かした。

「くんくん―――お兄ちゃん、血の臭いがするのだ?どこかケガしたのか!?」

 一刀は、鈴々の鼻の良さに改めて感心して一瞬驚いた顔をしたものの、直ぐに微笑みを浮かべて、鈴々の髪を手櫛で梳いて言った。

 

「大丈夫だよ、鈴々。流琉を助ける時に、敵と遣り合っただけだから。そんな顔すんなって」

「そっかぁ、良かったのだ〜」

「これ鈴々、主の身体を心配するのなら、さっさとその図体を退けんか―――見ろ、年頃の娘がいきなり男の膝に乗ったりするから、女将も驚いているではないか」

 

 

 

 鈴々の脱ぎ捨てた雨具を拾いながらやって来た趙雲こと星が、呆れ顔でそう嗜めると、鈴々は口を尖らせて一刀の背中に腕を回しながら抗議する。

「うぅ〜。だって、お兄ちゃんが大丈夫だって言ったのだから、大丈夫なのだ!それに、お兄ちゃんは鈴々のお兄ちゃんで、鈴々はお兄ちゃんの妹なのだから、膝に乗ったって全然、変じゃないのだ!」

 

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「あのな、鈴々。どんなに仲が良い兄妹でも、お前や主ほどの年になったら、普通は人前で膝に乗ったり抱きついたりはせんのだぞ……」

 星が困った様に、靱(しなやか)な指でこめかみの辺りをコリコリと掻きながらそう言うと、一刀も微苦笑を浮かべて頷いた。

 

「星の言う通りだぞ、鈴々―――と言うか、まぁ、俺も悪かった。昔の鈴々と同じ様に思っちゃってたからな」

「にゃあ……お兄ちゃんは、もう鈴々の事、前みたいに撫でたりしてくれないのか?」

「そう言う事じゃないよ……鈴々はもう、ちゃんとした大人の女性なんだから、人前で小さな子にするみたいにしたら、周りから変に思われちゃうって事を、ちゃんと考えてなかったって話。鈴々も、折角こんなに美人になったのに、小さな子と同じ様な事をしてたら、まだ子供だと思われちゃうぞ?それで良いのか?」

 

 一刀が、この世の終わりの様な顔で大きな瞳に涙を溜める鈴々にそう言うと、鈴々は、ブンブンと勢い良く首を振った。

「イヤなのだ!鈴々、もうオトナの女なのだ!!」

「じゃあ、オトナの女の先輩である星の言う事は、聞いてみるべきじゃないかな?星だって、鈴々が大人だと思ってるから注意してくれたんだからさ」

 

 一刀が優しくそう言うと、鈴々はコクンと頷いて、少し名残惜しそうに一刀の膝を離れ、隣の席に腰を下ろした。事の成り行きを見ていた星も、溜め息を吐いて手近な椅子を引いて腰を下ろすと、悪戯っぽく微笑んだ。

「やれやれ、成都で主をお迎えした時の桃香様の言葉ではないが、鈴々め、主の言う事“だけ”は素直に聞くのですからなぁ。全く、憎らしいお方だ―――ともあれ、ご無事で何よりでした。その様子だと、華琳と流琉の方も上首尾に運んだようですな」

 

「あぁ……後始末は全部、魏の連中に押し付けてきちまったんで、少し心苦しいんだけどな。取り敢えず、間に合いはしたよ」

 一刀は微笑みながらそう答えて、女将に新しい燗酒を頼むと、席に着くなり一心不乱に菜譜を睨み付けている鈴々に視線を向けた。

「鈴々、食たい物は決まったかい?」

「う〜ん、とりあえず、お腹減ってるから全部頼んでみるのだ。あと、この“黄金炒飯”って言うのは特盛りで!!」

「へ?全部って……そこに書いてある物を全部……ですか!?」

 

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 女将が、信じられないと言う顔でそう問い返すと、鈴々は菜譜から目を離さずに頷いた。

「そうなのだ。好きな味のがあったらお替わりも頼むのだ!」

「ふぅむ。それならば、我らは適当につまむにしても、いっそ二人前ずつにしておいた方が良いでしょうな。どの道、猪々子も斗詩と共に直ぐに来る筈ですし、食事を取り合って喧嘩などされては面倒です」

 

 星が、一刀の差し出した徳利を、会釈をしながら自分の猪口で受けながらそう言うと、一刀も同意して頷いた。

「あぁ、時間もかかるだろうし、そうしようか。女将さん、手間を掛けて申し訳ないが、そうしてもらえますか?」

 

「は、はいはい!こりゃ大変!陳さんとこの娘さんにも手伝いをお願いしなくっちゃ!ちょっとお待ちくださいね!!」

 女将はそう言うやいなや、暖簾を跳ね上げる様にして厨房に消えた。

「やれやれ、女将にも苦労を掛けてしまいますな……では、この趙子竜、せめてもの詫びに、酒代に貢献させて頂くとしましょうか」

 

 星がそう言って一刀に向かって軽く盃を掲げ、一息に飲み干すと、鈴々が悔しそうな顔でバンバンと卓を叩いた。

「あぁ〜!星だけズルいのだ!鈴々も呑むのだ!!」

「ズルいとは心外な。お前が菜譜に夢中で、猪口が置かれたのにも気が付かなかっただけではないか」

 

「ははは。鈴々、呑んでも良いけど、程々にしてくれないと困るぞ。明日の朝には、直ぐに愛紗や天和達を探しに行かなくちゃいけないんだから」

「分かってるのだ!でも心配ないのだ!愛紗は、鈴々以外の奴に負けたりしないのだ!」

「そう……鈴々の言う通りですな。我が蜀漢の誇る軍神殿が、たかだか怪物風情に遅れを取る訳はない……でしょう?主」

 

「あぁ、そうだな……」

 星が、確信に満ちた鈴々の言葉を噛み締める様に頷いてそう問うと、一刀は大きく頷いた。だが、一刀の心の隅には、何時か見た悪夢の欠片が澱の様にこびり付いていた。

 一刀は別に、予知夢がどうのなどと言うつもりはない。だが、その悪夢の欠片が、何とも言いようのない不安と焦燥を湧き上がらせるのを完全に塞き止める事は出来なかった。

 

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「るじ―――主!」

「うん?あぁ……すまない星。ぼーっとしてた。少し疲れてるみたいだ」

「左様ですか……ならば、良いのですが」

 一刀は、星の気遣わしげな視線を避ける様に彼女の盃に酒を継ぎ足すと、底抜けに能天気な声が玄関から聞こえて来た。

 

 

 

 

 

 

「う〜〜〜さっび〜〜〜!雨のバカヤロー、何でこんなに降ってんだよぉ……あ!アニキー!やっと追い付いたぜ!お〜い斗詩、早く入って来いよ、アニキ達が居たぞ!」

「もぉ、文ちゃんたら……当たり前だよ。この村には、ここしか宿はないんだから」

 文醜こと猪々子と顔良こと斗詩は、相変わらずの会話をしながら一刀達の居る卓まで来て、一刀に進められるまま腰を下ろした。

 

「うお!うっまそ〜!!アタイ、腹減り過ぎて死にそうだったんだよな〜。アニキ、これ食って良いのか?」

 卓に所狭しと並べられた数々の料理に目を輝かせた猪々子が、“おあずけ”をくらった子犬の様な目で一刀を見ながらそう言うと、斗詩が横で溜め息を吐いた。一刀は、二人のその様子に苦笑して頷く。

「あぁ。星が、ちゃんと猪々子の為に多めに頼んでくれたからな。追加もお替わりもしていいぞ。斗詩も、寒い中、疲れたろ?沢山食べて暖まってくれ」

 

「ありがとうございますご主人様。すみません、すっかり遅くなってしまって……」

 早速、鈴々と共に怒涛の勢いで食卓の殲滅戦に取り掛かった猪々子を横目に、斗詩は、一刀の酒を盃で受けながら、申し訳なさそうに言った。

「なんのなんの。態々(わざわざ)、“昔の馴染み”に聞き込みに行ってくれてたんだろ?星から聞いてるよ。ご苦労様だったな」

 

「いえ、そんな……私達も、久し振りに昔の仲間の顔を見れましたから」

 斗詩はそう答えて含羞(はにか)むと、盃を飲み干した。“南陽の近くまで華琳を迎えに行く”という言い訳を使って将兵を動員できた魏とは状況が違い、蜀は、重臣以外の臣下に気取られずに兵を動かす口実がなかった為、常山の出身で河北全域を旅した事のある星と、どうしても行くと言って聞かなかった鈴々の二人を、休暇の口実で向かわせるのがやっとであった。そこで、客将扱いとなっている麗羽配下で、比較的自由が利く二人に白羽の矢が立ったのである。

 

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 彼女らの主である袁紹こと麗羽が河北を領地としていた為、その配下である二人の土地勘を期待しての事であった。それに、彼女たちは基本的に麗羽の傍には侍って世話をするのが仕事の様なもので、誰かが別の仕事の手伝いでも要請しない限り公の場に出る事も滅多になく、周囲も、姿が見えなくても気にしないだろうと言う利点もあった。

 

 そう言った理由で、この村に来る途中、二人からの提案で、二人が袁家に仕官する前、馬賊だった頃の仲間達から最近の周辺事情を聞いて回る為に、別行動を取る事になったのであった。

「で―――元気にしていたのか、昔の仲間達は?」

一刀が興味深そうに尋ねると、斗詩はにっこりと微笑んだ。

 

「はい。元々、私と文ちゃんが麗羽様にお仕えする事になった時、“宮仕えは性に合わない”って別れたんですけど、みんな、私達の顔を立ててくれて馬賊を廃業したんです。その後、それぞれ隊商の護衛や用心棒なんかで生計を立てていて、もう、結婚して子供までいる人も居たりしてビックリしました!河北中を移動して回ってる人も多かったから、結構重要な情報も聞けましたし」

 

「ほぅ、それは何よりだったな。こっちは、肝心の種馬殿が長いこと御不在だったせいで、懐妊どころか随分と“ご無沙汰”だと言うのに。おまけに、帰って来たと思ったら、すぐ落ち着きなく何処かに行ってしまって、まともに閨にも呼んで下さらぬし……」

「うわ、そこでソッチに持っていきますかい、星さん……てか、すぐにどっか行っちゃうって言うのは、有給使って南蛮くんだりまで竹取りに行っちゃう人に言われたくねぇ……」

 

「星の言う通りだぜ!アニキってば、麗羽様は別に良いけど、アタイや斗詩の事も全然呼んでくれないくせに、ちゃっかり白蓮様とはイチャイチャしちゃってさ!」

 猪々子が、頬張っていた炒飯と酢豚を酒で押し流しながらそう言うと、隣で蟹玉と青椒肉絲を撃滅した鈴々が、うんうんと頷く。

 

「まったくなのだ!鈴々と桃香お姉ちゃん、折角、紫苑と一緒に張り切ってお風呂に入ってお兄ちゃんの所に行ったのに、もう居なかったのだ!ズルいのだ!不公平なのだ!麗羽は別にどうでも良いけど!」

「あ、やっぱり、あのままだったら俺、干からびるコース確定だったのね……念の為に言うと、麗羽のおっぱいとお尻はどうでもよくないぞ」

「あはは……相変わらずですね、ご主人様……でも桃香様に鈴々ちゃんに紫苑さんだなんて、何だか、逆に美味しい出汁が取れるようになりそうな組み合わせですよねぇ……」

 

 項垂れる一刀の横で、斗詩が呆れた様な苦笑いを浮かべると、星が「おぉ」と呟いてポンと手を打つ。

「成程、アワビならぬナマコの乾物と言う訳か。あれは、塩味の餡にして食すと美味だそうですなぁ、主……」

 

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「確かそれ、蓮華んとこの辺りの料理だろ?頼めよ、誰か作ってくれんだろ……てか、こっち見んな」

「いやいや、ご存知の通り、私めは凝り性でして。是非にも、“食材から”作ってみたいと……」

「やかましい。俺は煮られたり干されたりは守備範囲外だ。それに類似する行為にも耐性はないし、元に戻るまで一週間も水になんか浸かりたくない。てか、こっち見んな」

 

「ツレないですな……以前は、『どんな“ぷれい”でもどんと来い!』と仰って下さっていたのに……」

「それはプレイとは言わない。屠殺って言うんだ。てか、こっち見んな」

「ムムム……我がネタ振りを尽く返すとは―――主よ、手強くなりましたな……」

 星が、自分の“ナマコ”を片手で隠しながら酒を煽る一刀に、悔しそうな顔を向けて唸っていると、斗詩が遠慮がちに口を挟んだ。

 

「あのぉ……そろそろ、私達が聞いてきた情報の事をお話したいんですけど……」

「あぁ……斗詩、お前だけだよ、話を転がす努力をしてくれるのは……じゃ、頼む」

 一刀が、感謝の眼差しを送って斗詩にそう言うと、斗詩は「あはは」と乾いた笑い声を出してから話し始めた。

 

「えぇと、隊商の護衛をしている人達の話によると、やはり都への報告通り、この村から北へ二十里(約10km)ほど行った所に広がっている大きな森の付近で、罵苦の目撃情報が相次いでいるみたいですね。半年程前までは相当な頻度だったらしく、護衛を含めた隊商や個人の行商なんかが、何組も行方不明になっています。ただ、不思議な事に、その森から僅か四里(約2km)ほど西にある街道では、一度も怪物を目撃したり襲われたりと言った話はないようなんですけど」

 

「確か、森を抜けるのが啄郡への最短経路だったな?」

 星が考え込みながらそう尋ねると、斗詩が真剣な顔で頷いて答えた。

「はい。森を突っ切れば、啄郡へと続く街道に出て、そのまま一直線ですから。森を避けて西の街道を通れば、河間の東を大回りする事になってしまいますし、遼東の方まで商いに行くとなると護衛も必須ですから、出来るだけ旅費を抑える為にも、宿の多い街道筋を迂回するより、野宿して森を突っ切った方が経済的ですしね。商人の中には、多少危険が伴っても、森を抜けようとする人が多かったらしいです。最も、ここ最近は、被害報告出ていないようですが……」

 

「まぁ、平原や南皮の方に行くなら兎も角、幽州の方まで遠出するなら、用心棒どもの旅費も馬鹿にならないだろうからな。そもそも守ってもらう為に高い金で雇うんだから、商人の気持ちも分からんでもないやね……」

 一刀がボリボリと頭を掻きながらそう言うと、全品目三周制覇の偉業を成し遂げて満足気な顔をした鈴々が、懐かしそうに呟いた。

 

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「啄郡かぁ、懐かしいのだ……お兄ちゃんとよく食べに行った拉麺屋のおっちゃん、元気かなぁ?」

「そうだなぁ……あの頃はのんびり出来てたよな。愛紗だって、俺が一人で街に出ようとしてもお説教なんかしなかったし―――返って、子供らの遊び相手を頼まれたりしたしな……」

「え、マジで!?あの愛紗が、そんな事アニキに頼んだりしたのかよ!?」

 

 猪々子が、心底意外そうに驚きの声を上げると、一刀は苦笑して頷いた。

「そうとも。それどころか、桃香と鈴々と俺と四人で、日が暮れるまで子供らと遊んだりしてたんだよ」

「へぇぇ……人に歴史アリだな……」

「そんな事言ったら、お前ら二人が馬賊やってた頃の事だって、俺には全然想像つかないぞ?」

 

「そうかぁ?アタイらは今と大して変わんないぜ。毎日、面白可笑しくやってたし。麗羽様が居なかっただけでさ」

「だからだよ。その、“麗羽が関係してない”お前らってのが、想像出来ないの」

「ははは。確かに、それは想像出来ませんな(三馬鹿だし)。しかし、斗詩の話の通りなら、最後に連絡のあったのが安平の辺りだった事を考えても、愛紗達が森に入った可能性は高いでしょう。愛紗は低級種とは何度か交戦した事もありますし、余程の大軍でもなければ問題ないと判断するでしょうから」

 

 星がそう言うと、猪々子が怪訝な顔をして口を開いた。

「ん〜、確かになぁ。アタイも一回だけ遣り合った事あるけど、見た目が気持ち悪ぃって事以外は、そこいらの熊とかと大して変わんなかったし……てか、星。いまスゲェ失礼な事、考えなかったか?」

「気のせいだろう」

 

「そうか?なら、別にイイんだけどさぁ……」

「まぁ、基本的に一般人の俺に言わせれば、“そこいらの熊”を身体一つでどうにか出来るお前らも、よっぽどだと思うけどな……しかし、星。あの愛紗が、そんな軽率な事をするかな?一人なら兎も角、天和達も一緒だし、彼女達に何かあれば、色々大問題だって分かってるだろうしさ……」

 

「主よ……それは、本気で言っておられるのか?」

 星は、一刀の言葉に“呆れ果てた”と言わんばかりの壮絶な流し目をくれると、深い溜め息を付いた。

「なんだよ、星。俺、そんな風に見られる様な事言ったか?」

「やれやれ……。そうですな―――鈴々?」

 

「何なのだ?」

 突然、話を振られた鈴々は、殆ど一口で中身を飲み干すところだった徳利を口から離し、キョトンとして星の顔を見つめた。

「例えば、お前が川岸を歩いているとする。と、たまたま向こう岸に主と……そうだな……うむ。主と季衣が、楽しそうに話をしながら歩いているのを見掛けたとしたら、お前は、一里先に見える橋を渡って主たちの所に行くか?それとも、その場から川に飛び込んで泳いで行くか?」

 

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「泳いで行くのだ!て言うか、飛び越えるのだ!」

「―――とまぁ、こう言う事です。お分かり頂けましたかな?」

 星が、クスクスと笑いながら一刀を見ると、一刀は、照れ臭そうに頭を掻いた。

「あ〜まぁ、その、大体は……。でも、今の答えは鈴々だからで、愛紗は……」

 

「“恋は盲目”ですぞ主。好いた男が他の女と睦まじくしていれば、何を置いても自分も同じ様にしたいと思うもの。確かに、同じ状況に置かれても、その反応は十人十色でしょう。華琳辺りならば、その場から大声で主を呼びつけるかも知れません。しかし、事、主絡みであれば、愛紗も鈴々も本質は似た者です。ただ、“主を前にした時”の表し方が違うだけで。ましてや、天和達が傍に居るとなれば、『早く帰りたい』と愛紗を煽り立てる位はしそうなものですしな」

 

「そ、そうか……いやまぁ、何ていうか、嬉しいような、申し訳ないような……」

「ふふ、愛されてますね、ご主人様は」

 斗詩が、珍しく悪戯っぽい顔でそう言うと、一刀は何やらモゴモゴと呟いて、グイと盃を煽った。

「と、兎に角だ!そういう事なら、明日はこの先にある森を探索するって事でいいな!」

 

「なはは!アニキ、照れてやんの〜」

「お兄ちゃん、顔真っ赤っかなのだ〜」

「うるさい!少し酔っただけだ!全くお前らは……」

 一刀が、楽しそうに冷やかしてくる鈴々と猪々子に辟易していると、疲れきった顔をした女将が、暖簾の奥から姿を表した。

 

「あのう、ご歓談中恐れ入ります。お風呂が沸いたようですので、宜しければ、お使い下さい。生憎小さい宿ですので、お二人づつが精一杯でございますが」

 

「おぉ、分かった。ありがとう女将。では、主、行きましょうか。星めが、お背中をお流し致しますゆえ」

「そうだな。早くサッパリしたいし……って、ちょっと待て!何で星が一緒に行くんだよ?普通、この組み合わせならお前らが二人づつで俺が一人だろ!?」

 一刀が、余りに自然にトンデモな発言を行ってのけた星に思わず同意しそうになって抗議すると、星は、『何を言ってるんだ』とでも言いたそうに一刀を見返した。

 

「何を仰るか。己が仕える主より先に湯を使う家臣が何処におります。それに、城の中ならいざ知らず、民間の宿で主を丸腰で一人にしておくなど、無用心極まりない事。誰かが供をするのは当然でしょう」

「あ……いや、まぁ、それはそうかも知れないけど……」

 一刀は、帰ってきた答えの意外過ぎる正論ぶりに驚いて、思わず口篭ってしまった。星の事であるから、大方揶揄(からか)い半分、一刀の困った顔を見て楽しみたいのだと邪推していた事もあって、何とも申し訳ない気持ちでもある。

 

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「落ち着かないと仰るのであれば、私は脱衣所の前でお待ちしていても構いませぬが……」

「いや!……うん……そうだな―――すまない星。じゃあ、お言葉に甘えて、背中を流してもらおう」

 一刀がそう言うと、当然と言えば当然の事ながら、鈴々が抗議の声を上げた。

「待つのだ、星!そんなのズルいのだ!鈴々だって、お兄ちゃんとお風呂に入りたいのだ!」

 

「それは構わんが……良いのか?」

「はにゃ?何がなのだ?」

「いや、風呂に入ったら、今日はそのまま各自の部屋に解散だぞ?その一本で、酒は最後と言う事になるが……」

 

「うっ……そ、それは……」

 星は、鈴々が思わず呻く様を見て不敵に笑うと、一刀の方を見て、思わせ振りに問いかけた。

「主。主はどうです?鈴々に頼むと言うのであれば、私はここで、もう暫く呑ませて頂いておりますが?」

「あぁ……えぇと、そうだな。鈴々、折角、星がこう言ってくれてるし、星に頼む事にするから、鈴々はもう少し呑んでいていいぞ?」

 

「そ、そうか?ま、まぁ、お兄ちゃんがそう言うなら仕方ないのだ……。鈴々、悔しいけど、もう少しここで呑んでる事にするのだ……」

 星は、言葉とは裏腹に目を泳がせて下手な口笛を吹く鈴々の顔を見て、僅かに口の端を釣り上げると、猪々子と斗詩に視線を移した。

 

「おぬし等も、主にどちらか一人と湯を使われるより、二人で入った方が良いだろう?」

「まぁ……もちろん、アタイは斗詩と二人が良いに決まってるけどさ。な、斗詩?」

「う、うん。ご主人様と二人でお風呂なんて、は、恥ずかしいし……」

 当然とばかりの猪々子の言葉に、斗詩が顔を赤らめて俯きながら答えると、星は小さく頷いて、一刀の手を引き、「では、参りましょう、主」と言って、席を立たせた。

 

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 幸いな事に、脱衣所は男女別になっていたので、一刀は服を脱ぎながら、“起龍体”を解き、「ふぅ」と小さな溜め息を吐いて、身体を触ってみた。

「いッつ……!!」

 腕を触ると、鈍い鈍痛を感じて、思わずくぐもった声を出してしまう。だが、相当改善はされているように思えた。

 

 起龍体のままではゆっくり睡眠を取れはしないしないから、明日に備えねばならない以上、どの道、起龍体は解かなければならないが、星に見せたくもなかった。勘が鋭い彼女の事、戦闘でもないのに一刀の身体に光る龍が浮かんでいるのを見れば、たちまちの内にその意味するところを察してしまうだろう。

 一刀は、例え誰に痩せ我慢と言われようと、それだけは避けたかったのである。

 

 男女の着物の作りを考えれば至極当然ではあるが、風呂場に入ったのは、一刀が先であった。ぼうっと待っているには寒すぎるので、手桶に湯を汲み、少しずつ足に掛けて行く。

随分暖まったと思っていたが、やはり身体が冷えていたらしく、チクチクと刺すような刺激がした。 一刀は、足から上半身に向かって順に湯を掛けてゆき、最後に、たっぷり目に湯を汲んで、頭の先から勢い良く被った。

 

 冷えた耳にジンと湯が染みるのを感じながら、鈴々の言った“血の臭い”は、湯で綺麗に洗い流せるものなのかなどと考えていると、背後で引き戸の開く音がした。

「お主。お待たせを致しました」

 一刀は、星がそう言って、ヒタヒタという音と共に近づいて来る気配を背中に感じ、濡れた髪を掻き上げた。

 

「いや、そんな事ないよ」

 一刀がそう言って振り向くと、星は、髪を解き、大きなバスタオルを胴に巻いた姿で跪いた。その格好を見た一刀は、改めて、星が全くの善意と忠義で供を買って出てくれたのだと確信し、下らない邪推をした自分を恥じた。

 

-14ページ-

 

 星が一刀を揶揄うつもりであったなら、生まれたままの姿で現れて、一刀の背に抱きつく位の事はする筈だと考えたのである。

「では、僭越ながら、お背中をお流し致します」

 星は、そう言って頭を下げてから、備え付けの糸爪(へちま)を手に取ると、絶妙な加減で、一刀の背中にそれを滑らせた。

 

「は〜、良い気持ちだよ、星」

 一刀が思わずそう呟くと、背後で、星の微笑む気配がした。

「勿論ですとも。伎嬌に殿方を歓ばす腕を仕込まれたと、以前お話しませんでしたかな?」

「へぇ、こっちの伎嬌ってのは、背中流したりもするもんなのか?」

 

 一刀が純粋な興味でそう尋ねると、星は手を休める事なく答えた。

「“こちらの”とは面白いですな。主は、天の国の伎楼にはよくお通いになられていたので?」

「さぁて、どうかな?行った事がなくたって、知識位はあるもんだろ。少なくとも、俺の居た世界の昔の伎楼ってやつで、客と一緒に風呂に入るなんて聞いた事がなかっただけさ」

 

「こちらでは、泊まり客と入る事がある見世もありまする。私が用心棒をしていたのは、たまさかそう言う見世でしてな。たまに暇な日があると、彼女らと一緒に湯を使って裸の付き合いなどしたのですが、その時に実践込みで教えてくれたのです。それで―――」

 星は、一刀の腰上辺りを洗っていた手を止めて、一刀の耳元で囁く様に言った。

 

「実際の所はどうなのです、主?」

「何がだ?」

「質問の答えです。“あちらの伎楼には行った事があるのか”と―――」

「随分、食い下がるな」

 

 一刀はそう言って、微苦笑を漏らした。

「気になるのか?」

「それはもう」

「意外だな」

 

「そうですか?私とて女です。長い間、別れていた想い人が、どんな女を抱いていたのかは気になりますよ」

「妬いてくれているのかな、それは?」

 一刀が、肩から湯を掛けてくれる星を僅かに振り返りながらそう尋ねると、星は、小首を傾げた。

 

-15ページ-

 

「さて……どちらかと言えば、安心……しますかな?」

「俺が、伎楼に通っていたら、か?」

「はい」

 一刀は、手渡された糸爪で、今度は自分で他の部位を擦りながら、不思議そうに尋ねた。

 

「どうして、安心するんだ?嫌がるなら何となく分るが」

「そうですな……説明しにくいのですが……。主が妓楼に通われていたとしたら、それは、昂りを金銭で処理していたと言う事でしょう?それなら、心を残してきた女子(おなご)は居ないと言う事になりますから―――」

 

「だから、“安心”か?」

「はい。妬けるか、と言われれば、天の国に、“私の知らない主”を親しく知っている女子が居ると思った方が、余程に妬けますな」

 星は、本気がどうかわからない惚けた口調でそう言うと、一刀が身体を洗い終わったのを察して、一刀が立ち上がり易いように、スッと、身体を退けた。

 

「そうか―――それなら、絶対答えない事にするとしようかな」

「は?」

 一刀は、立ち上がった自分の顔をキョトンと見上げる星に笑いかけた。

「だって、秘密にしていたら、星がずっと妬いてくれるんだろう?男冥利に尽きる話だからな。さ、今度は俺が背中を流そう。座れよ」

 

「そんな、主にその様な事を……ではなくて、それでは余りにご無体ですぞ!」

 一刀は「いいから、いいから」と言って星を椅子に座らせると、星に胸の所でタオルを押さえている様に言い、タオルを肌蹴けさせて星の背中を露わにすると、先程、星がしてくれた様に、優しく糸爪を背中に宛てがった。

 

「痛かったら言えよ?しかし―――星」

「はい?」

「別に、妓楼に通っていたからと言って、恋人がいない事にはならないんじゃないか?恋人がいたって、妓楼が好きな男はいくらでも居るだろ?」

 

「それはそうですが……主は、そう言う質(たち)ではありませぬ故な」

「そうか?節操なしの種馬さんだぞ、俺は?」

 一刀が、照れ隠し半分におどけてそう言うと、星は、小さく首を振った。

「それは否定致しませぬが、主は、惚れて抱いた女にも、抱いて惚れた女も、惚れ抜いて下されますからな。恋をしていたら、金を出してまで女子を抱いている暇はなかろうと推察したまでです」

 

-16ページ-

 

「う〜む。信頼されているのか呆れられているのか、微妙な線だな、それは……」

「両方ですな、それは」

 一刀はふと、自分の言葉でクスクスと笑う星の背中を見て手を止めた。

「―――?如何致しました、主。さては、この星の見事な背の肉付きに思わず見とれてしまいましたか?」

 

 一刀は、悪戯っぽい目をして振り返った星の言葉で、我に帰った。

「あ―――いや、まぁ、そんなトコだ。さ、あとは頼むぞ、俺は早く湯船に浸かりたい!」

 一刀は、調子を合わせてそう言うと、星の肩に湯を掛けてやってから、勢い良く湯船に身を沈め、洗い場に背を向けて、サブサブろ顔に湯を掛けた。

 

 改めて見た星の背中は、とても細く、小さかった。この年若い少女は、この背中に、数万の兵の命を背負い、数百、数千の敵の命をも背負って来たのだと、一刀は不意に気付いてしまったのである。

一刀の為、桃香の為、そして何より、己の信じた理想と平和な世界の為に。その身体に数多の血を浴びて来たのだ。

 

 そう―――他ならぬ、北郷一刀の代わりに、その華奢な手を血で汚して来たのである。……自分は、龍風に覚悟を問われた時、何と言ったのか?一刀は、僅かに自嘲めいた笑みを浮かべると、もう一度、勢い良く顔に湯を叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

「すまない、星……」

 一刀は、右手で目頭を揉みながら、左腕を支えて付き添って歩いてくれている星に詫びた。風呂から出た途端、目眩を感じて壁に寄りかかってしまった一刀を見かねた星が、部屋まで送ってくれる事になったのである。

 

「何を水臭い……私は、主の臣下ですぞ?」

「ありがとう……全くもって格好のつかない話だ。湯中りなんて……」

 一刀が、恥ずかしそうにそう言うと、星は真面目な顔で首を振った。

「湯に中る程、長風呂でもありませんでしたぞ。お疲れなのですよ、主は」

 

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「そうでもないさ……多分、長く雨に振られたから―――」

「主」

 星は、一刀の言葉を遮ると、優しく微笑んだ。

「この私が、主の身体に触れて何も気付かぬとお思いか?さ、着きましたぞ」

 

 星は、一刀に代わって部屋の戸を開けると、一刀を支えたまま戸を閉めて寝台まで行き、器用に片手で掛け布団を捲ると、自分が先に寝台に座り、その膝に、ゆっくりと一刀の頭を乗せた。

「星、お前だって疲れてるんだろ?ここまでしてくれなくても……」

「それ以上は仰いますな。野暮と言うものです……たまには、この星めに、甘えて下さりませ……」

 

 一刀は、何か言おうとしたのだが、額に置かれた星の掌の感触に思考が途切れてしまい、黙ってなすがままになっていた。星の手は、先程まで一刀と風呂に入っていた筈なのに、ひんやりとして堪らなく心地よく、靄のかかった一刀の頭を、鎮めてくれていた。

「何だか、今日は星がやけに優しいな……」

 

 一刀が照れ隠しにそう言うと、目に掛かった星の指の間から、彼女の笑顔が垣間見えた。

「ほほぅ。主が普段、私をどう言う目で見ていたのかが、よぉく分る発言ですな」

「そうとも。星は皮肉屋で、掴み所がなくて、どうしようもない悪戯好きで、呑兵衛で……」

「あの、主……どうかもう、その辺りで……」

 

 一刀は、珍しく困惑した星の声に微笑みながら、言葉を続けた。

「―――でも、真っ直ぐで、熱くて、正義の味方で……凄く素敵な女の子だと思ってるよ」

「主……」

「なぁ、星」

 

「はい」

「また、力を貸してくれ……あ……い……しゃ、と……てんほ……ちい……れんほ……」

「承知しております」

 星は、掌に伝わる、無理やりに瞼を開けようとする感覚を優しく制して、抵抗がなくなったのを確認すると、そのまま手をずらして、両の腕で一刀の頭を抱き締めた。

 

「この星にお任せ下され……愛しい方の御為とあらば、趙子龍、一身刃と化して、悪鬼羅刹にも打ち勝って見せましょうぞ―――」

 星は、これまで幾度となくそうして来た様に、愛しい男の寝顔に向かって、その目が開いている時には決して言えぬであろう己の真心を打ち明けながら、黒髪を優しく梳いて、雨音に耳を澄ませ続けた―――。

 

-18ページ-

 

                                   あとがき

 

 さて、今回のお話、如何でしたか?

 本当は、もっとサックリ進める筈だったのに、いつの間にか、前回とほぼ同じ文章量になってしまいました……。長期間シリアスなシーンを書いていた為か、日常会話を書いている内に止まらなくなってしまいまして……。

 抑圧の反動って、恐ろしいですねぇ……www得に星は、書き始め(と言うか、話に絡ませる取っ掛かり)は難しいんですが、いざ書き出すと凄く動いてくれる感じがします。その結果、中盤まで書いた段階で、オチをお願いする事に決まってしまいましたw

 

 今回のサブタイ元ネタは、

 

 言葉なき恋唄/ポール・ヴェルレーヌ

 

 より、最も有名で印象的なフレーズを使わせて頂きました。その筋では、カンダムXのサブタイに使われた事でも有名なので、或いはご存知の方も多いかも知れませんね。実は私、中学の頃にヴェルレーヌやボードレールを読み耽っていた時期がありまして(今思えば、我が生涯で一番、精神年齢が高かった時代かも……www)。町の古本屋の閉店処分セールで出ていたアホみたいに古い詩集を、気分で買い漁ったのがきっかけでした。

 

 実はこの詩は、少年詩人ランボーに宛てた禁断の恋の唄なのですが、まぁ、その辺りを書き出すとまた長くなるので、興味のある方はググってみて下さいw多分、wikiとかになら載ってると思います。

 元は、書き始めた時に調度、冬の雨が降っていたので、それにインスピレーションを受けたのですが、どうせならオチにも絡めたいと思い、眠る一刀を抱き締めて、秘めた情熱を独白する星のシーンが出来ました。

 

 因みに、今回は一刀氏と星さんは、えっちぃ事は一切しておりません。これは、星や一刀の心情など色々と考えた結果ですが、読者さんに妄想して欲しかったので、敢えて彩に入り密に入り書かない様にしました。結果、コンシュマーのイベントっぽい感じになってしまいましたねwww

 コメントなどお待ちしておりますので、どうぞお気軽に書いてやって下さい。次回からは、本格的に始動しますので、どうかお楽しみに。

 

 では、また次回、お会いしましょう!!

 

 

 

説明
 どうも皆様、YTAでございます。今回は、物語的にも私個人にとってもインターバル回です。
 何せ、ずっとシリアスを書いていたので、日常の冗談を散らした会話が書きたくて書きたくて……!
 と言う訳で書き始めたら、チョイスしたメンバーがいい感じに動いてくれて、気が付いたらもう十七ページになってました。そら、徹夜にもなるわい……orz

 ともあれ、楽しんで頂けたら幸いです。さて、今から祭りに間に合うだろうか……どうもネタが出ないなぁ……。

 では、どうぞ!
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コメント
星は、一刀を妹声で起こしたりするネタがあったりするので、実は一刀の寝顔を見ながら普段は言えない胸の内を曝け出したりしてるんじゃなかろうか……と言う私の妄想があんな感じになったりしました。次回は、一応本格的にストーリーを進めるつもりですが、初登場の恋姫もいるので、心情を描くシーンは多いかも知れません。(YTA)
西湘カモメさん コメントありがとうございます。ああ言う遣り取りをサラッと出来るのは、蜀の中では星と熟……ゲフンゲフン!お姉さまコンビ位しかいないので、是非や、書いてみたかったんですよw(YTA)
若さに任せて動いていた少年時代から、心身共に成長し壮年になった一刀の今の心情が伝わるようでした。星との女性に関するやり取りも、星の複雑な女心が少し覗かせていましたし。まあでも愛紗に無事再開したら、全力で彼女をからかうのでしょうが。次回もこんな内面を語る話ですかね?(西湘カモメ)
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