魔法少女しまこ☆カギか(試し読み版)
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『私、藤堂志摩子。リリアン女学園に通う普通の高校一年生。でも、実はみんなに言えない秘密があるの』

 

※試し読み版は全12話中、第9話までご覧いただけます。

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第一話 夢の中で逢った、ような……

 

 ある日の事。不思議な夢を見た。

 マリア様像の前で手を合わせたら空間が歪んだ。その時に生じた歪みに吸い込まれそうになった。この絶体絶命のピンチに『魔法少女志摩子』が現れて私を助けてくれた。それはとても格好よくて、魔法少女って素敵に映った。

 夢ではなくて現実で逢えたらどんなに素敵なことか。そう思った当日の放課後、志摩子さんが大事な話があるから中庭に来てと呼ばれて二人きりの時だった。

「祐巳さん。私、みんなに言えない秘密があるの」

「えっ?」

「私ね、実は魔法少女なの」

「…………」

 志摩子さんから告げられた秘密。あまりにも突拍子すぎて声が出なかった。

「えええええええええっっっ!!!!????」

 やっと声を取り戻した時は、息が続く限りの『え』を叫んでいた。

「しっ、声が大きいわ」

「むぐっ」

 志摩子さんの白い西洋人形のような手が、私の口元を抑え、叫びは中断されてしまった。

「それでね、ここからが本題なんだけど」

 うんうん。正体を打ち明けるって事は、当然理由があるわけで、それが今から明かされるわけだ。

「魔法に失敗しちゃって、大変な事になったの」

「んむぐぅ!?」

 えええっと叫ぼうとしたけれど、私の口元は志摩子さんの手で抑えられたままだったので、変な擬音が頬の中でこもって鳴り響いた。

「このまま聞いて。異相閉鎖空間と呼ばれる異世界が発生し、本来あった元の世界が別の世界に代わろうと始めてるの」

「私自身も異世界に飲み込まれ、この世界の私は別人になるわ、もう時間の問題」

 それじゃあ、どうすれば?

「異相閉鎖空間を解除し、元の世界に戻すための鍵を薔薇の館のメンバーが所持してるの。その鍵を全て解けば世界は戻せるわ」

「鍵は全部で8つ、これが鍵の1つよ」

 志摩子さんは、祐巳の手のひらにそっと、握りこぶし位の大きさの真っ赤な鍵を渡してくれた。鍵というから家や自転車に使うような鍵をイメージしていたけれど、実物はサイコロのような形をしていた。

「薔薇の館のメンバーに出会ったら、それぞれが持っている鍵を見せてもらって解いて欲しいの」

「サイコロのように見えるけど、これってどうやって解くの?」

「要はパズル。鍵には6つの面があり、それぞれの面には9個ずつ絵がブロック単位でバラバラに組み込まれていて、ひとつの面に同じ絵だけを揃えるように鍵を動かすの。ただし6面全て同時に揃えないといけないわ」

「うぅ、なんか難しそう」

「祐巳さんなら、きっと解けるわ、大丈夫よ」

「まあ、いっちょ、やってみますか」

 1時間後。

「解けたーー!!」

「おめでとう、祐巳さん」

 手にしていた鍵から、まばゆい光があふれ出した。

「えっ、えっ!? 何これ?」

「異相閉鎖空間へ解除コードを送っているの、無害だから安心して」

「う、うん」

「それと、鍵を解いた瞬間に持ち主は鍵を持っていた記憶を無くしてしまうから、鍵のことはみんなに教えないで。鍵のことを覚えていたら効力が消えてしまうから、そこだけは注意して」

「オッケー、わかった」

「私は向こうの世界で、異世界の拡大を抑えて時間を稼いでくるから、その間に祐巳さんは残りの鍵を解いて」

 志摩子さんは左手を挙げて、手首に巻いているロザリオを高々と掲げた。

「祐巳さん、後はお願いね」

「……ロサロサギガギガギガンティア〜魔法少女志摩子を異相閉鎖空間へ移動したまえっ〜」

 志摩子さんの身体を白い光が包み込み、何処かへ消えてしまった。

「志摩子さぁぁん!」

 私は叫びながら、どこか私が私で無くなるような感覚に包まれ、意識が遠のいていった。

 以前にも同じようなシーンに遭遇した気がする。それは夢の中で逢った、ような……。

 

 ――1つ目の鍵解除。世界を戻すための残りの鍵あと7つ――

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第二話 それはとっても嬉しいなって

 

「……はっ」

 辺りを見渡すと、そこは見慣れた通学バスの中だった。リリアンの生徒も多数同乗している。

 時計を見ると、いつもの通学時間を指していた。

 さっきのは夢? それにしては妙にリアルだったけど。

 

 マリア様像の前を通る時は、必ず手を合わせるのが、ここでのならわし。

 いつものように手を合わせていた、その時だった。

「やあ、祐巳さん。ごきげんよう」

「あ、由乃さんごきげ……げぇ!?」

「はっはっは、なんだい、朝から蛙の鳴き声のような声を上げて」

「ちょ、ちょっと由乃さん、その格好は一体」

「竹刀の先に砂袋付けてるのが、問題でも?」

「それもだけど、あ、足……」

「足がどうかしたかい?」

「履いてるものが……」

「ただの鉄下駄じゃないか」

「じゃないか?」

「今日の祐巳さん、変だよ」

「変なのは由乃さんの方だよ。それに言葉遣いも、なんか男の子っぽい」

「失礼だな、毎朝やってるトレーニング姿を変呼ばわりとは」

 いや、どうみても変なのは由乃さんなんですけど。もしかしてこれが志摩子さんの言っていた異相なんとかってやつの影響?

 ふと由乃さんの鞄を見ると黄色いサイコロのようなものがチラついていた。

「あっ! ひょっとして、それ」

「何?」

 志摩子さんが言っていた鍵かも。色は違うけど形が同じだし。

「鞄の中の黄色いもの、見せてもらっていいかな」

「鞄の中? ああ、これいつの間にか鞄に入ってたんだ、なんだろう」

「ちょっと貸して」

「いいぜ」

 言葉遣いが違うと、なんか調子狂う。

 私は、由乃さんの鞄から黄色いサイコロのようなものを取り出し手に取ってみた。鍵で間違いない。

「由乃さん、少しの間、借りてていいかな」

「いいけど、これ何なのさ」

 もしかしたら、これを解けば由乃さん元に戻せるかも。鍵を動かして絵を組み替える。

 今回は思ったよりも時間がかからず、5分ほどで解くことができた。

「よっし、解けた」

 まばゆい光が鍵から溢れ出す。やがて光は消えていき、光の消失と同時に鍵も消滅した。

「あれ、祐巳さん? 何やってるのこんなところで」

「よかったぁ、竹刀も持ってないし、鉄下駄も履いてない、普通の由乃さんだ」

「は? 何言ってるの祐巳さん、起きてる? 寝ぼけてるんじゃないの?」

 由乃さんは怪訝そうな顔をしていた。鍵を解いたら元に戻ったってことは、志摩子さんが言ってた通り、世界に異常が起きてるってことなのだろうか。

「あ、何でもないの。気にしないで」

「あれ、鞄が開いてる? 私、何で開けたんだろう……」

 しまった、鍵のことは秘密にしてと言われていたんだ。ばれてしまう、どうしよう!?

「そうだ、令ちゃんがクッキー焼いてくれたからお裾分けを渡そうとしてたんだっけ」

 由乃さんはそう言って鞄から可愛いラッピングがされた茶色の小袋を渡してくれた。

「祐巳さんどうしたの? クッキーそんなに驚いた?」

「あ、うん、ちょっと」

「そうそう、令ちゃんが祐巳さんのために、いつもより甘めにしておいたよって言ってた」

「そ、そうなんだ」

「よかったね、祐巳さん」

「うん。令さまに、それはとっても嬉しいなって伝えてくれるかな」

「わかった、伝えておく。祐巳さん、急がないと予鈴鳴っちゃうよ」

「あ、本当だ、急ごう」

 

 ――2つ目の鍵解除。世界を戻すための残りの鍵あと6つ――

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第三話 もう何も恐くない

 

「ふぅ、間に合った」

 なんとか予鈴の前に、1年桃組の教室に入る事ができた。

 あ、志摩子さんだ……さっきの事も気になるし、聞いてみようかな。

「あらあ、これはこれは祐巳さん、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」

 志摩子さんの方から寄ってくるなんて珍しい。

「ねえねえねえねぇ、祐巳さんこんな噂お聞きになりまして?」

「ふぇ?」

「1年松組のMさん、2年桜組のSさまに二股かけられてたんですって!」

「は、はあ」

「それでねそれでねっ、その事を知ったMさん、Sさまを放課後体育館裏に呼び出して、もう何も恐くないから本当のことを教えてって迫ったらしいの。それを聞いたSさま大胆にも……きゃっ」

 ううっ、志摩子さんも変だ。

「あら、私ったら余計な事までついつい……祐巳さん、こういうお噂話はお嫌いだったかしら?」

「嫌いじゃないけれど」

「それなら続けて構いませんわね、それでねっ」

「志摩子さん!」

「え? 何何?」

「もしかして、サイコロのようなものを持ってない?」

「まあ、いやだ、私が持ってきてるって事、祐巳さんいつお気づきになったの?」

「ううっ、調子狂うから、ちょっと貸してもらえるかな」

「調子が狂う? 意味がよく分からないけれど、よろしくってよ」

「ありがとう、これで志摩子さんを元に戻せるっ」

 志摩子さんから、真っ白なサイコロのようなものを受け取った。

 色が違うだけで、他の鍵と同じモノのようだった。

「私を元に戻す? 今日の祐巳さん、少し変ね」

 そりゃアンタだろうがっ! ツッコミを入れる時間も惜しんで早速鍵を解く事にする。

 ちょうど予鈴が鳴った頃、時間にして5分弱くらいだろうか。解くことができた。

「よおし、解けた!」

 祐巳の持った鍵から、まばゆい光があふれ出す。

「しまった、他の生徒に見られてしまう」

 周りの生徒には光が見えてないのか、みんなこっちを見てる気配は感じなかった。やがて光と共に鍵も消えていった。

「ほっ」

 さて、肝心の志摩子さんはどうだろうか。

「ここ、教室よね。あらいやだ、いつの間にここに来たのかしら?」

「志摩子さん、噂話好き?」

「えっ、噂話? うーん、興味はあるけど、あんまり好きではないわね」

「よかったあ、元の志摩子さんだ」

 志摩子さんは頭にクエスチョンマークが付いていたけれど、由乃さんの時と同じで、今までの事を覚えてる様子は無かった。

 今までの事を覚えてないという事は、まさかと思い尋ねてみる事にした。

「志摩子さん、魔法少女の話、覚えてる?」

「魔法少女?」

 やっぱり覚えてないのかな、それともあれは私の夢? でも鍵は実際あったわけだし。

「その、志摩子さんが魔法少女だって事」

「……祐巳さん、そういう夢でも見たのかしら?」

「へ?」

「いくらなんでも、私は魔法なんて使えないわよ」

「そ、そうだよね。ゆうべ寝るのが遅かったせいか、私まだ寝ぼけてるみたい」

「ふふっ、祐巳さんって面白い」

「今のは忘れて!」

 この様子だと本当に知らないみたいだった。私に鍵の事を教えてくれた志摩子さんとは別人なんだろうか。

 

 ――3つ目の鍵解除。世界を戻すための残りの鍵あと5つ――

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第四話 奇跡も、魔法も、あるんだよ

 

「助けてぇ〜祐巳さあぁん」

 お昼休み。薔薇の館から苦しそうな顔をした由乃さんが現れた。

「よ、由乃さん、どうしたの!?」

「令ちゃんが、令ちゃんがぁ」

「令さまに何かあったの!?」

「気持ぢ悪いぃ〜」

「へっ?」

 事情をイマイチ飲み込めないので、由乃さんと一緒に薔薇の館2階へ行ってみる事にした。

「やぁ、ごきげんよう祐巳さん。令と一緒に、お茶にしませんか?」

 そこには優雅に紅茶を飲んでる令さまの姿があった。

「ご、ごきげんよう令さま」

 祐巳……さん? やっぱり令さまも変に?

「あ、そうだ祐巳さん、お昼もう食べたかしら?」

「いいえ、まだですけど」

「今から由乃ちゃんと食べるところでしたの、よかったら祐巳さんもご一緒しません?」

「ね、なんか気持ち悪いでしょ」

 由乃さんが小声でつぶやいた。確かに気持ち悪い……かも。

「どうかしたの? 私の顔に何か付いてるかしら?」

「付いてるわよ。口元にサンドイッチのカスが」

 由乃さんがツッコミを入れる。

「え? あらいやだ、本当だわ。気付いてなかったなんて、令ったら恥ずかしいっ」

 中身は元々女の子らしい令さまなんだけど、外側まで女の子らしいと、こうも違和感出るものなんだと思ってしまった。

「祐巳さん、令ちゃんをどうにかして」

「どうにかしてって言われましても」

 例のアレが無いか辺りを見渡してみた。今までのパターンからすると絶対ありそう。

 案の定、令さまのランチボックスのすぐ横に黄色いサイコロが置いてあった。

「令さま、そこにあるサイコロみたいなの貸してもらえませんか」

「あ、コレ? 別に構わないけど、何なのかしらコレ」

「令さまを元に戻す鍵です」

「令を元に戻す? 変な祐巳さん」

 もうつっこむの疲れたよ。さっさと解いて令さまを戻そう。

「解いた〜」

 鍵から眩い光があふれ出し、光の消滅と共に鍵も消えていった。

「何? 今の何!?」

 しまった、由乃さんも一緒だったのを忘れていた。でも、志摩子さんの時は、他の人には見えてなかったようだけど。

「あれれ? いつの間に薔薇の館に?」

「令さまっ、その、元に、戻られました?」

「祐巳ちゃん、それに由乃? 私は一体……」

「令ちゃん!」

 由乃さんは、令さまに全力で抱きついていった。

「おっと、どうしたの由乃」

「よかった、令さま元に戻ったみたい」

「廊下で祥子と話してたところまでは覚えてるんだけど、いつここに来たんだろう? 覚えてないなんて疲れが溜まってるのかな」

 そうだ! 大事な事を忘れてると思ったら、祥子さまの事すっかり忘れてた、この分だと祥子さまも……。

「祐巳さんすごい。どんな魔法を使ったの? それとも奇跡?」

 ぎくり。魔法のことを話すのはまずい。しかし、ここは冗談っぽくして誤魔化すことにした。

「それは秘密。でも、この世には奇跡も、魔法も、あるんだよ」

「へぇ、祐巳さん格好いい」

「ごめん由乃さん、用事思いだした。話はまた後でっ!」

 私は、大急ぎで2年松組の教室へ向かった。

 

 ――4つ目の鍵解除。世界を戻すための残りの鍵あと4つ――

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第五話 後悔なんて、あるわけない

 

 2年松組。祥子さまの教室。クラスの方に尋ねてみたけど、祥子さまはご不在との事だった。

 薔薇の館には居なかったし、となると、もしかして、あそこかな。

「あら、祐巳さん、鍵は順調に解けていて?」

「あ、志摩子さん、なんとか4つ解いたところってえぇ!」

「どうかしたの?」

「今朝は、とぼけちゃって! しっかり覚えてるじゃないの」

「今朝? たった今、向こうの世界から戻ってきたところよ」

「え?」

「ああ、私が向こうの世界に行ってる間に、別の志摩子が居たのね、きっと」

「今朝の志摩子さんは、やっぱり別人?」

「別人だと思うわ、それよりも事態は思ってたよりも悪くなってるみたいなの」

「どういう事?」

「魔法の暴走が始まってると言えばいいのかしら」

「ええええ!? どうなっちゃうの!?」

「他の人も、魔法が使えるようになるかもしれないわね」

 色々と面倒な事にならない内に、早めに鍵を解いていった方が良さそうという事で、志摩子さんと一緒に温室へ向かう事にした。

「祐巳さんごめんなさい、変なことに巻き込んじゃって」

「いいよ、気にしないで」

「後悔してない?」

「後悔なんて、あるわけないよ。世界の一大事だもの」

「世界の一大事……そうよね」

 こうして志摩子さんと話してるうちに古い温室に到着した。

 

 いつものように温室には人の気配が感じられなかった。でも、何故か分からないけど確信が持てた。お姉さまはここにいる、と。

「まぁ、祐巳」

「お姉さまっ、やっぱりここに」

「さっちゃん感激ぃ、会いにきてくれたのね!」

「さ、さっちゃん!?」

 とほほ、祥子さまも変になってる……こんなのあんまりです、マリア様。

「どおしたのぉ? まさか、あたしの顔忘れちゃったなんて、言わないわよねぇ? くすん」

「お、お姉さま、サイコロのようなものお持ちでしたら、貸していただきたいのですけれど」

「さいころぉ?」

「双六などをやる時に使うやつです」

「んもうっ、祐巳ったら馬鹿にしてっ、サイコロくらい知ってるわよぉ」

「それを貸してください」

「それがね、もってないのぉ」

「へ? そんなはずは……」

「祐巳さん、ここには無さそうよ」

 祥子さまは手ぶらで、まわりにも手荷物らしきものは見あたらなかった。

「それじゃお姉さま、教室に置いてらっしゃるとか?」

「ああ、あれかしらぁ?」

「そうです、きっとそれです! 教室にあるんですね?」

「なんだかよく分からなかったからぁ、捨てちゃった、えへっ」

「えっ!?」

「どこに捨てられたんですか?」

「覚えてないのお」

「どどど、どうしよう志摩子さん、鍵が無いと世界を戻せないんでしょ?」

「大丈夫よ、任せて。取りに行ってくるから、それまで祥子さまを見張ってて」

 志摩子さんはそう言って、どこかへ行ってしまった。

「どうしたのぉ? 二人も今日変よぉ?」

 変なのは祥子さまの方なんです、うううっ。

「お待たせっ、祐巳さん。はい」

「はやっ!」

 志摩子さんから、紅薔薇と同くらい真っ赤な色の鍵を受け取った。

「あっー、それ、さっちゃんが捨てたやつ」

「志摩子さんありがとう、お姉さま、今すぐ元に戻して差し上げますからっ」

 少し手こずって数分程かかったけど、鍵を解くことができた。

「なんとか解けた」

「おめでとう祐巳さん」

 鍵から眩い光があふれ出し、光の消滅と同時に鍵も消滅した。

「祐巳?」

「お姉さま?」

 恐る恐る祥子さまの様子を伺ってみた。元に戻ってなかったらどうしよう。

「変ね、今まで令と話してたのに、いつの間にあなた達に替わってるのかしら?」

「元に戻られたんですね、よかったあ」

「それに、いつ温室に? 祐巳?」

 私はお姉さまに抱きついていた。

「どうしたの、何かあったの?」

「お姉さまの顔見たら、なんだかこうしたくなっちゃって」

「変な子ね」

 同じ変呼ばわりでも、こういう呼ばれ方の方がずっといいや。

「祐巳、そろそろ教室へ戻りなさい、もうすぐ授業が始まるわ」

「本当だ、もうこんな時間」

 何か忘れてる気がしたけど、お昼ご飯の事を忘れていた。今頃になってお腹が空いてきたよ……。

 

「祐巳さん戻って来ないわね、放課後でいいか」

 由乃さんの事は、すっかり頭に無かった。

 

 ――5つ目の鍵解除。世界を戻すための残りの鍵あと3つ――

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第六話 こんなの絶対おかしいよ

 

「!?」

「志摩子さん、どうかしたの?」

 放課後、志摩子さんと一緒に薔薇の館へ向かっていた時の事だった。

「ちょっと寒気が」

「えっ、大丈夫? もしかして風邪?」

「そうじゃないと思うんだけれど、ごめんなさい、先に行っててもらえるかしら」

「保健室行くの? 付き添うよ」

「ううん、大丈夫。それよりも鍵の事、急いで欲しいの」

「あ、うん、わかった」

 志摩子さんと途中で別れて、一人薔薇の館に入ったその時。

「ゆ、祐巳ちゃん!」

「ひゃあっ!!」

 いつの間にか背後に聖さまこと白薔薇さまが立っていた。心臓がバクバク言っている。全く気配を感じ無かったので心底驚いてしまった。

「あ、あのっ、玄関のマットでちゃんと上履きを拭いて入ってもらえるかな」

「あっ、すみませんっ」

 あれ? いつものパターンなら、背後から抱きついてくるはずなんだけど。

「外は雑菌が多いんだから気を付けてよ」

「はぁ」

「それから、タイが曲がってる」

「えっ」

「ちゃんと鏡見て直しなさい、気になって仕方ないわ」

「は、はいっ、すみません」

 おかしい。いつもなら『祐巳ちゃ〜ん、タイが曲がってるぞっ、どれどれ直してあげよう』と言って、自分から勝手にタイをほどいて直そうとするくせに。

「ああっ、やっぱりいい、私が直すから」

「けっ、結構です、自分でやれますからっ」

 よかった、いつもの白薔薇さまだ、気のせいだったのかな。

「祐巳ちゃん動かないで!」

「ひっ!」

 急に怒鳴られて、びっくりしてしまった。

「白薔薇さま?」

 一向に手を伸ばしてこない白薔薇さまは、やっぱりどこか変。

「むんっ!」

 白薔薇さまが私の胸元を睨んだ瞬間、タイがひとりでに解けていった。

「ええええっ!?!?」

 そして今度はスルスルとタイがひとりでに結ばれていき、綺麗な形のタイが出来上がった。

「ふぅ、一丁上がり」

「ぱくぱく」

「くち。開いたままになってるよ」

「あ、ああ、ああああ」

「祐巳ちゃん、口から息を吸うと、埃やバイ菌が直接身体に入るから、よくないんだけど」

「い、いいいまのは、一体。こんなの絶対おかしいよ」

「ん?」

「タ、タイが勝手にほどけて、元にっ」

「直接触れたら雑菌が移るじゃない」

 私はバイ菌かい。

「いや、そういう事じゃなくて!」

「何? 私が神経質すぎるとでも言うの?」

「それもですけど、手を触れずにタイを結び直すなんて、どんな手品を使ったんですか!?」

「手品なんて使ってないよ」

「じゃあ、どうやって」

「念じたら出来た」

 念じて出来るものなら、この世から手品師なんて居なくなると思うんですけれど。

「今朝から、急にまわりの物が気になりだしてね、それで睨んでたら、いつの間にかこういう力がついてた」

「今朝から? それじゃあ、やっぱり、あれのせいなのかな」

「あれ?」

「白薔薇さま、サイコロのようなものお持ちじゃありませんか、きっとそれのせいです」

「サイコロ? ああ」

「お持ちなんですね!?」

「汚いから捨てた」

「……」

「それがどうかしたの?」

「なんて事をっ!」

「祐巳さんっ!」

 志摩子さんが息を切らして中へ入ってきた、走ってきたのだろうか。

「志摩子! 上履きちゃんと拭いて!」

「あ、ごめんなさい」

 志摩子さんは丁寧に玄関マットで上履きを拭いて入ってきた。

「祐巳さん、これ」

「これはっ!?」

「白薔薇さまの鍵よ」

 そう言って、綺麗なパールホワイト色のサイコロを私に差し出した。

「これ、今までの中で、一番綺麗」

 受け取ろうとした瞬間、サイコロはバシッと外へはじき飛ばされた。

「汚いものを持ち込んでもらっては困るな」

「これのどこが汚いと……志摩子さん!?」

「何をする志摩子、わ、私から離れろっ!!」

「祐巳さん、お姉さまは私が抑えてるから、その間に鍵を!」

 志摩子さんは白薔薇さまに抱きついて、必死に抑えようとしていた。

「わ、わかった!」

 私はサイコロを拾い上げて、自分でも信じられないくらいの速さで解くことに成功した。

「と、解けた!?」

 鍵から眩い光があふれ出し、光の消滅と共に鍵も消えていく。

「あれ? 薔薇の館? それに志摩子?」

「お姉さま、元に戻られたのですね」

「元に? 何のことかわからないけど、とりあえず離れてくれるかな?」

「あっ」

 志摩子さんは恥ずかしそうに白薔薇さまから離れた。そういえばこの2人って姉妹なのにあんまりベタベタしない。

「祐巳ちゃん」

「は、はいっ」

 呼ばれたかと思ったら、そのまま白薔薇さまにぎゅうと抱きしめられてしまった。

「へ?」

「ああっ、志摩子も悪くないけど、やっぱりこの祐巳ちゃんのフィット感がたまらない」

「ちょ、やめてください白薔薇さまっ!」

 よかった、完全に元の白薔薇さまだ。

 

 ――6つ目の鍵解除。世界を戻すための残りの鍵あと2つ――

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第七話 本当の気持ちと向き合えますか

 

 志摩子さんが白薔薇さまに聞こえない程度の小声で話しかけてきた。

「悪い予感が当たったわ、さっきのは悪寒だったのね」

「それで白薔薇さまの鍵を探しに行ってたんだ」

「ええ。念のため他の鍵も探してみたけど、残りは持ち主がちゃんと持ってるみたい」

「ということは、残りは紅薔薇さまと黄薔薇さまか」

「そうなるわね」

「なになに? 私だけのけ者にして内緒話?」

 白薔薇さまに気付かれていた。この人は地獄耳か。

「なんでもありませんわ、お姉さま」

「ふうん。なんでもありません、か」

 それで納得してくれたのか、白薔薇さまはそれ以上の詮索はしなかった。

 志摩子さんと白薔薇さま、それに私を加えた三人で、薔薇の館の二階へ向かう。

 ビスケット扉を開けると扉の向こう側には、江利子さまこと黄薔薇さまが窓辺に立っていた。

「あ、黄薔薇さま、ごきげんよう」

「あれ、江利子もう来てるの? 今日の集合には少し遅れるって、昨日言ってたんだけど」

「ええ、そこに」

「いないじゃない」

「ええっ!?」

 白薔薇さまの言うとおり、部屋の中には誰もいなかった、今入ってきた三人を除いて。

「まさか」

 志摩子さんが不安そうにつぶやいた。

「やっぱり、そのまさか?」

「ん? 何がまさかなの?」

「お姉さま、気になる事があるので、下の階へご一緒いただけますか?」

「別にいいけど、何なの気になる事って?」

「それは下でお話しますわ」

 志摩子さんが後はお願いと目で合図していった後、白薔薇さまと共に部屋を出ていった。

「やっぱり何かあるんだ、この部屋」

「何何!? なんかあるの!?」

「どひゃぁ!!」

 突然、真横から黄薔薇さまが現れた。

「やあ! どうしたの祐巳ちゃん、思い詰めたような顔して。あんまり悩むと白髪が増えるよ!」

「黄薔薇さま! ど、どこから!?」

「やぁね、さっきから居たわよ! 人をオバケみたいに言わないのっ!」

 さっきは確かに居なかった。白薔薇さまと志摩子さんも一緒に確認してるから間違いない。

「どこか隠れてたんじゃありませんか?」

「あははははっ、祐巳ちゃん面白い!」

「え、私、変な事言いました?」

「じゅうぶん変よ、変! もう、とびっきり!」

 もう考えるまでもなく、黄薔薇さまのこの態度はおかしい、こんな快活な姿見たことない。

「隠れようにもテーブルの下くらいしかないじゃないの、それもこんなに丸見え!」

 だから尋ねてるんですけれど。

「隠れん坊したら、間違いなく鬼が頻繁に変わるわね、ああ、でもそれも楽しそう!」

 黄薔薇さまが後ろ手に、黄色いサイコロのようなものを持っているのを確認した。

「黄薔薇さま、お手に持っているもの、少し貸していただけませんか?」

「!!??」

 なんだろう、この慌てぶりは。

「ほんの少しでいいんです」

「これはダメ、ダメなのっ!」

「そこをなんとか」

「だめーーーー!!!!」

 黄薔薇さまが叫ぶと同時に、目の前から姿が消えた。

「き、消えた!?」

 辺りを見渡すと、今度は真後ろに黄薔薇さまの姿があった。

「まさか、祐巳ちゃん、これが何なのか知ってるの!?」

「ええ、まあ。ひょっとして黄薔薇さま、それの正体に気付いて……らっしゃる?」

「こんな楽しいモノ、手放すなんて冗談じゃないわ」

 今度は部屋の隅っこへ黄薔薇さまは瞬間移動した。

「瞬間移動!?」

「祐巳ちゃん正解、よくできました」

 快活になってる事を除けば、基本的な性格は変わってないみたい。これは貸してもらうの難しいかも。

 

 一方、薔薇の館の一階にて。

「それで、気になることって何?」

「お姉さまは、本当の気持ちと向き合えますか」

「本当の気持ち?」

「はい」

「それが志摩子の気になることなの?」

「はい」

「そうね、私は本当の気持ちに向き合うようになってから、世界が変わったかな」

「世界が変わった?」

「世界がどう目に映るかなんて、気持ちの問題さね」

「気持ちの問題……」

「何があったのか、正直に話してごらん」

「実は……」

「ふむ、そういうことか。祐巳ちゃんが困ってるだろうから、ちょっとひとっ走りしてくる」

 そう言って白薔薇さまは薔薇の館の外へ向かって行った。

 

 これはどうしたものか……。どうやって黄薔薇さまから鍵を貸してもらうか悩んでたところに、志摩子さんが戻ってきた。

「黄薔薇さま、これをご覧になって」

「ん、何? そ、それはっ」

 志摩子さんが手にしていたもの、それは黄薔薇さまが持っているサイコロと同じものだった。色が赤色という違いはあるけれど。

「江利子が持っているものより、断然こっちが面白いと思うんだけどなあ」

 白薔薇さまは事情を知っているような顔だった。小声で志摩子さんに確認をとってみる。

「白薔薇さまに話したの?」

「ええ、全部ではないけれど」

「取り替えっこしない? 同じものばかりじゃ飽きちゃうでしょ」

「その通りだけれど必要ないわ、私はこれで十分楽しめてるもの」

「あ、そう。江利子いらないってさ、これ返すわ」

 ちょっと、ちょっとぉ、せっかく取り上げるチャンスだったのに返すって! え、返す?

「もう、人を呼びつけたあげく、持ってるものを貸せだの返すだの、随分勝手だこと」

 そこに現れたのは、蓉子さまこと紅薔薇さまだった。

「蓉子の、だったの?」

「今よ、志摩子!」

「はい」

 志摩子さんは白薔薇さま合図で手にしていたティーカップを床に落とした。ティーカップは無惨に割れ散ってしまった。

「ああっ、志摩子なんてことをっ」

 今、志摩子さんが落としたカップって、紅薔薇さまのお気に入りのカップじゃなかったっけ。

「……」

 紅薔薇さまは、割れたティーカップを見つめたまま無言だった。

「ごっめーん、志摩子がドジっちゃった。これ使って、ちょいと戻してくれない?」

 白薔薇さまが『今よ!』って言って割らせてたような。

「……かったるぅ」

 うう、紅薔薇さまやっぱり性格違ってる。しかし、戻すってどういう意味だろう。

「代わりになるカップって、なかなか見つからないのよね」

 白薔薇さま台詞が棒読み。

「戻すわよ、面倒くさいけどぉ」

 紅薔薇さまがサイコロを割れたカップの上にかざすと、割れたカップがみるみるうちに元の姿に戻っていった。

 さすがに、もうこれくらいじゃ驚きが小さくなっていた。慣れって恐い。

「……それ、貸して! 取り替えっこして!」

 黄薔薇さまが食いついた。

「交渉成立、ごめん蓉子、また貸して」

「……はぁ」

 白薔薇さまは、紅薔薇さまのと黄薔薇さまのサイコロを交換すると、黄色い方を祐巳に手渡した。

「はい、祐巳ちゃん、あとは任せた」

「ありがとうございます、白薔薇さま」

 よくよく考えると、これって私が解かないとダメなんだろうか。深く考えない事にしよう。今度のは十五分程で解くことができた。

「ふー、よかったあ、解けたぁ」

「おめでとう祐巳ちゃん、さっすが」

「何よこれ、何も起こらないじゃないの! やっぱり返し……」

 手に持っている鍵から眩い光があふれ出し、光の消滅と共に鍵も消えていった。

「何これ? なんでこんなもの持ってるのかしら」

「あ、ごめん、それ返して」

 白薔薇さまが黄薔薇さまからサイコロを取ろうとすると、別の手がひょいとそれを取り上げた。

「紅薔薇さま!?」

 

 ――7つ目の鍵解除。世界を戻すための残りの鍵あと1つ――

-9ページ-

第八話 私って、ほんとバカ

 

「用が済んだなら、もういいかしら?」

 赤色のサイコロを取り上げたのは、蓉子さまこと紅薔薇さまだった。

「いや、もうちょっと貸して欲しいんだけど」

「それにぃ、今日の会議、もうめんどくさいから、あたし帰るぅ」

「紅薔薇さまが真っ先に帰ってどうするのよ、今日の蓉子変じゃない?」

 そういう黄薔薇さまも、さっきまで変だったんですけれど。

「ごきげんよう、遅くなってごめんなさい」

「あ、お姉さま、ごきげんよう」

「部活に顔出してたら遅くなっちゃった、もう会議はじまった?」

「会議遅れるよって言っても、ごめんもう少し、ばっかりなんだもの」

 祥子さまに令さま。それに由乃さんと、薔薇の館に人が集まってきた。

「じゃ、祥子。後はよろしくぅ」

「えっ? 私来たばかりで事情を伺ってないのですけれど」

「お待ちください紅薔薇さま」

「なぁに、志摩子」

「今日は大事なお話があります、お帰りになるのはこの後にでも」

「さっきも言ったでしょお? そういうのめんどくさいの」

「私の正体が魔法少女だとしても、ですか?」

 その場にいる全員が驚きの表情になった。誰だって突然魔法少女だなんて言われたら無理もないけど。秘密だって自分で言っておいて志摩子さん、なんでこんな簡単に明かすかな。

「え、何? 志摩子、魔法少女だったの?」

 こういうの好きそうな黄薔薇さまは目を輝かせている。

「そうか、お昼のあれは、志摩子さんが絡んでいたのね、納得だわ」

 由乃さんは何か気付いてたらしい。

「志摩子さん、正体明かしちゃっていいの?」

「いいの、祐巳さん。魔法少女であることを隠す理由は無かったの。さっきその事に気が付いて……私って、ほんとバカだわ」

 それに対して紅薔薇さまの反応はというと。

「それがどうかしたの」

「!?」

「今の私にだって似たような事が出来るんだし、別に驚く事はないわぁ」

 さすが紅薔薇さま、肝が据わってらっしゃるというか、全く動じてないというか、恐ろしいほどに冷静だった。

「今日の会議、随分と面白い余興を用意してるわね」

 祥子さまから皮肉が。これって余興とは違うと思うんですけれど。

「では、何をお話しても無駄なのですね」

「無駄ね」

「あ、あの、水を差すようで悪いんですが」

「何、祐巳ちゃん」

「紅薔薇さまのお手に持っておられる、そのサイコロみたいなの、それさえ貸していただければ、済む話だと思うのですが」

「祐巳ちゃん、それは無理よ」

「え、どうしてですか?」

「貸す理由がないから」

「さっきは白薔薇さまに貸してたじゃないですか」

「……説明するのめんど」

「ええ!? そんなっ!」

「さっきは、私がひったくってきたのよ」

「ひったく……」

 確かに白薔薇さまなら、強引に奪うなんて事やりそうだ。

「そういう事ぉ」

 白薔薇さま、もう一度ひったくって。と目で訴えてみたけど、通じてる様子は無かった。

「ねぇ、志摩子が魔法少女だって事と、蓉子が持ってるサイコロみたいなものと、何か関係あるの?」

 黄薔薇さまの疑問はごもっとも。志摩子さんは誤魔化す事なく今までの経緯を説明した。

「魔法に失敗しちゃって、世界が別のものに変わろうとしてたんです」

「へぇ、世界が変わるとどうなるの?」

「人の性格が変わる、本来有り得ない力が備わるなど、予測不可能な事象が起こります」

「その方が面白そうじゃない」

 黄薔薇さまは面白ければ世界が変わる事なんて、些細な事でしか無いんだろうなと思えてきた。

「いいかげん帰ろっと」

「わー、待って紅薔薇さま!」

「ここまできたら、もう後には引けないわ、みんなが見てるところでやるのは、気がひけるけど」

 志摩子さんは、左手首に巻いてるロザリオを天にかざした。

「ロサロサギガギガギガンティア〜魔法少女志摩子におまかせっ」

 志摩子さん華麗に大変身。その場から、おおっと歓声があがる。

「紅薔薇さま、ごめんなさいっ」

「ああっ!」

 サイコロは紅薔薇さまの手から、私の手元にふわふわと移動した。

「身体が、う、動かないっ、志摩子なにをしたの!?」

「それが最後の鍵よ、祐巳さんお願い」

「わかった、ありがとう志摩子さん」

 不思議と頭が冴えて3分で解く事ができた。

「解けたあ〜」

 鍵から眩い光があふれ出し、光の消滅と共に鍵も消滅した。

「どうして私ったら、こんなところで突っ立ってるのかしら?」

「紅薔薇さまが元に戻った!」

 

 ――世界を戻すための鍵すべて解除――

-10ページ-

第九話 そんなの、私が許さない

 

「よかった。志摩子さん、これで世界は変わらなくて済むんだよね?」

「……」

「志摩子さん?」

 気のせいだろうか。喜んでいい場面なのに志摩子さんは沈黙したまま、少し悲しげな表情だった。

「祐巳さん、よくやったわ」

「えっへん」

 私は腰に手を当て、どやっとポーズを決めた。

「これで、世界は確実に変わってしまう」

「へ?」

 志摩子さんから発せられた言葉は意外だった。世界が変わるってどういう事!?

「ご苦労様、祐巳さん」

「祐巳ちゃん危ないっ!」

 志摩子さんが杖を高く掲げた瞬間、令さまが咄嗟に身を乗り出して、私を突き飛ばした。

「ぎゃぅ!?」

 突き飛ばされた衝撃で、頭を壁に打ち付けてしまった。

 揺れる頭で見たものは、志摩子さんの魔法ステッキから発せられた光で床が黒こげになっていた。私が居た場所だ。

「祐巳ちゃん、大丈夫?」

「な、なんとか。ありがとうございます、令さま」

「志摩子、祐巳ちゃんを殺す気!?」

 令さまは怒っていた。今のは令さまが助けてくれなかったら死んでいたかもしれない。

「私は何もしてないわ」

「現に今、祐巳ちゃんを攻撃したじゃないの」

「よくご覧になって」

「え?」

 令さまと私は、床の黒こげの部分をよく観察してみた。すると、もそもそと影が動いた。何かいる!?

「志摩子、他人の力を借りるなんて契約違反よ」

「か、影がしゃべった?」

「祐巳ちゃん落ち着いて。あれは影なんかじゃないわ」

 令さまからの指摘で、一呼吸してから影をよく見ると、それは猫のような形をしていた。

「ゴ、ゴロンタ!?」

「ん? 私を知っているの? この世界にも私が存在しているの?」

「ゴロンタがしゃべった!?」

 ゴロンタが人間語を話してるだけでも訳がわからないのに、言ってることも訳がわからなかった。

「使い魔がしゃべったらおかしい? 志摩子、状況を説明して……くれなくても、私が異質な存在であることは間違い無さそうね」

 志摩子さんは、うんと頷くだけだった。

「そうか、あなたが鍵を解いたのね」

 ゴロンタは私に近付いてきた。

「どうして志摩子に手を貸したの?」

「ど、どうしてって……友達だから」

「トモダチ?」

 ゴロンタは私と志摩子の顔を見比べるように繰り返し眺めて、はぁっとため息を吐いた。

 そして、白薔薇さまの方を向いた。

「聖、あなた何やってたの?」

「別に何も」

 そういえば、白薔薇さまはゴロンタがしゃべってる事に驚いてる様子が無かった。それどころか事態を把握しているかのように見えた。

「呆れた。志摩子をかけがえのない、大切な存在にしたんじゃないの?」

「一応、妹にはした」

「一応って何」

 ゴロンタが、またため息をした。

「あなたがそんなんだから、志摩子がこの世界を見捨てたのよ、わかってる?」

 今、この世界を見捨てたって聞こえたけど、どういうこと?

「私はそれが志摩子の望みというなら、受け入れるつもりよ」

「聖、あなたって人は……」

「ちょっと、ストォップ!」

 私は埒が明かないと思って、会話を遮ることにした。

「私には何のことだか、さっぱりわからないんだけど」

 と、前置きしてから本題を切り出した。

「今、世界がピンチなのよね?」

 すっかり観客になっていた他の人達も忘れてたとばかりの反応だった。肝が据わってるというか、なんというべきか。

「ゴロンタ、どうすればいい?」

 私はゴロンタを真っ直ぐに見つめた。

「解かれた鍵はどうにもならないわ。花瓶からこぼれ落ちた水が戻らないのと同じ」

「そんな……」

 このまま世界が変わっていくのを待つだけなのか。変わってしまったら、どうなってしまうんだろうか。想像もできない。否、したくない。

「ゴロンタ。確認したいんだけど、祐巳さんが解いてた鍵は『世界を変える鍵』だったってわけ?」

「正解よ、由乃。って、何をするの!?」

 由乃さんはゴロンタの首をつまみ上げて、ハサミの先をゴロンタに向けていた。

「動かないで。ちょっとでも動くとヒゲを切るわよ」

「私が何をしたって言うのよ!?」

「元凶はゴロンタ、あなたでしょ。そうよね、志摩子さん?」

 由乃さんはそう言って志摩子さんの方を向いた。

 志摩子さんは黙ったまま、肯定も否定もしなかった。

「……ゴロンタは悪くない、これは私が決めたことだから」

 志摩子さんは魔法ステッキの先端を由乃さんの方へ向けて、そう答えた。

「そんなの、私が許さない。って? あれ?」

 由乃さんの手元にいたゴロンタは、いつの間にか志摩子さんの肩の上へ移動していた。

「魔法少女は原則として正体を誰にも明かせないの。だから私は正体がばれないよう、誰にも頼らないように生きてきたわ」

「それがロザリオの授受をした姉妹であっても、ってか」

 白薔薇さまは、まるで他人事のように言った。

「お姉さまのおっしゃる通り、とてもつらかった。だから私は決意したの。私が私でいられる世界に変えようと」

「志摩子さんの嘘つき」

「どうして? 由乃さん」

「本当は世界を変えたくなかったから、祐巳さんに鍵を解かせたんじゃないの?」

「祐巳さんにやらせたのは、鍵を解く可能性が一番低そうだったからでしょ?」

 由乃さん、ひどい事を言ってる。しかし的外れでもないところが悲しい。

「……」

 志摩子さん、せめてそこは否定してよと願ったけど、否定しない様子からして事実だったようだ。

「誰とも深く関わらないようって言ったけど、すでに山百合会で深くみんなに関わってるじゃない」

「……」

 志摩子さんは黙って顔を下に向けたままだった。

「本当は確かめたかったんでしょ? 自分のために真剣に鍵を解いてくれる仲間が存在する事を。さっき自分で魔法少女であることを隠す理由が無かったって言ったじゃない」

「……もう遅いの、すでに世界の変革が始まってるわ」

 志摩子さんの言う通り、まわりの景色がモノローグのように色が希薄になり、霧が掛かったようにぼやけてきた。

 

 ――世界の崩壊開始――

 

試し読み版はここまで。続きは完全版にて。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました!

説明
「私、藤堂志摩子。リリアン女学園に通う普通の高校一年生。でも、実はみんなに言えない秘密があるの。私がちょっぴりドジなせいで、祐巳さんに私の正体は魔法少女だって打ち明けることになって、事件の『鍵』を祐巳さんに集めてもらうことになるのだけれど、『鍵』を握る薔薇さま方は、それはもう一筋縄ではいかない方々ばかり。『鍵』は無くすし、挙げ句に超能力者になってしまったり、もう大変。全ての『鍵』が揃った時、とんでもない事実がわかるのだけれど、祐巳さんには荷が重すぎるかしらね?」 「魔法少女志摩子、世の中は思い通りにいかないわよ」 「え? どういうこと、ゴロンタ?」 旧タイトル「鍵」で公開した作品のリメイクで、使い魔『ゴロンタ』の登場によって、結末が大幅に変更になっています。完全版はC81で頒布しました。DL頒布も行ってますのでサークル情報ページにてご確認ください。 http://www.yotsuba.org/seemoon/circle/
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