幸運な日
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 クリスマス前の時期恒例の、商店街の福引。特賞はいつもの通りグァム二泊三日の旅だ。それに次ぐ一等は温泉旅行。これも定番だ。

 今年はそれに加え、メイ賞という特別な賞があった。その名の通り、伊集院さんが商店街に提供した賞だということだ。「伊集院賞」じゃなく「メイ賞」なのがいかにも伊集院さんらしい。

 そんな賞だからもしかしたら中身は「ハードディスク容量がテラバイト単位のパソコン」とかなのかと思っていたら、意外にも「高級レストランのペア食事券」だった。伊集院さんに偶然会う機会があったから聞いてみたら、「優れたパソコンなど庶民にはもったいないのだ」とのお言葉だった。結局いかにも、なんだな。

 ともあれ、伊集院家も御用達だと言う高級レストランでの食事はなかなかできない、と話題を呼んだところに、その食事券を使える日がなんと、十二月二十四日。クリスマスイヴだ。注目度は俄然増した。キャンドルのサービスなんかもつくらしい。これは、大抵の女の子はくらっと来るんじゃないかな。

 俺は福引券三枚を握りしめた。グァムや温泉旅行は無理でも、レストランなら当たるかもしれない。冷静に考えると、三つの賞は全部当選者一名なので確率は一緒なんだけど、「特」だの「一」だのとついていないと当選確率が高いような錯覚が起きる。そういうのに乗ってみると意外にいける…かもしれない。

 と、何やら奇妙なオブジェが近づいてきた。ティッシュの箱の塔の両脇に洗剤のボトルが付いている、何だか前衛的なものだ。って、どうして動いてるんだ?

「は、はにゃー!!」

 聞き覚えのある声とともにオブジェは揺れ、崩れた。俺は順番待ちの列を抜けて、倒壊現場に行ってみた。

「こ、寿さん?」

「あ〜。来てたの〜?」

 頭の上にティッシュの箱を乗せたままで寿さんはよろよろと身を起こした。

「い、一体何があったの?」

「あのねー、美幸、レストランの食事券が欲しくてー、抽選券、たくさん集めたんだー。でもー、ぜーんぶ外れてー」

 そういえば残念賞はポケットティッシュだった。何枚か外れが集まると、箱入りのやつか、洗剤とも交換できる。その箱入りと洗剤がこれだけ山になってるということは。

「こ、寿さん、何回引いたの?」

「うーんとねー、四十六ー」

 ……さすがとしか、言いようがないな。

 俺は寿さんが起きるのとティッシュと洗剤の再構築を手伝った。

「少し持とうか?」

「ううん、だいじょーびー」

 寿さんはよろめきながら歩いていった。本当に大丈夫かな。

「はにゃー!」

 うーん。

 それにしても、いくら寿さんがツキがないからって、四十六回も引いて一つも当たらないのか。たった三回じゃ無理かなあ。いや、弱気になったら駄目だよな。とりあえず列に戻ろう。

 俺は列の最後尾についた。と、次の瞬間。カランコロン、と鐘の音が聞こえた。

「おめでとうございまーす! メイ賞、レストランの食事券、大当たりー!」

 うわ、当てられてしまった。ああ、列出たりしなきゃよかったかな……  俺が善意と利益の間で苦悩していると、拍手とともに当選者がこっちの方へ歩いてきた。

 あれ? あれは……

 

「すごいなあ、光。一発勝負か」

 三つのポケットティッシュを何となくもてあそびながら、俺は光の強運を讃えた。

「うん。でも、運を使い切っちゃったかも。へへ」

 光は照れ笑いだ。

「そうだな。これからひどい目に遭い続けるかもしれないな」

「もう、そんなこと言わないでよ」

「光が言い出したんだろ」

 光は俺の肩辺りをぽんと叩いた。

「そうだけどさ。私、運の良さは結構自信あるんだ」

「へえ、何か根拠でもあるの?」

「えへへ」

 何で光は俺をじっと見てるんだ?

「ないしょ」

 よく判らない。光の運の良さと俺が何か関係あるのか? と訊いてみようと思ったら。

「でも、どうしようかなぁ」

 光は食事券の入った熨斗袋を陽に透かすようにして話を変えた。

「どうしようかな、って。せっかく当てたんだから、食べに行くべきだろ」

「うん」

 光はそのまま、ぽそっと言った。

「……誰を誘おうかな?」

 ……ん。あ、そうか。

「次の問題は……それ、か」

「うん」

 うーん。え、ええと。

「そ、そうだな。み、水無月さんとかは?」

 俺が言うと、光はくすっと笑った。

「琴子は絶対ダメだよー。だってここ、フランス料理のお店だもん」

「そ、そっか」

 何で俺、急にこんな、舌が回らなくなったんだ?

「え、ええっと…」

「う〜ん」

 視線を泳がせたら、光と目が合った。静止三秒。

「ま、まあ、まだもうちょっと時間あるもんね。ゆっくり決めようっと」

 何か俺の不自然な感じが光にも移ったみたいだ。うう、何なんだよ。

「そ、そうだな。それがいい」

 結局その日はそのまま帰った。

 

 次の日から、どうにも落ち着かなかった。光は、誰と食事に行くんだろう? 何せクリスマスイヴだからなあ。

「よう」

 クリスマスイヴだからなあ。

「おい」

 イブだしなあ。

「おい!」

 あ。俺はようやく目の前に匠がいるのに気がついた。

「よう、匠」

 匠は呆れ顔だ。

「ったく、相も変わらずぼんやりしてるなあ。そんなことじゃ、今年もどうせ、クリスマス一人なんだろ?」

 ……うっ。そうか。『一人』……か。

「わ、悪かったな」

「仕方ない。そんな哀れ極まるお前にこれをやろう」

 匠は硬い紙を一枚見せた。きれいな飾り模様の中央に、文字が書いてある。

「『伊集院家クリスマスパーティ招待状』?」

「お礼はクリームソーダ一杯おごりかな」

 抜け目ない奴……て、いうか。

「一体どういうルートで手に入れたんだ?」

 匠はふ、と笑った。

「それはちょっと言えないな」

 恐るべし、匠の情報網。裏社会とつながってるのかもしれない。

 それはともかく、俺は自分が落ち着かなかった理由が分かった。うーん。ちょっと図に乗ってるよなあ。

『光は当然、俺を食事に誘ってくれる』

 と思い込んでたみたいだ。だから、「誰と行こうかな」なんて光が言った途端混乱した……うわあ、カッコ悪い。

 光が誰を誘おうと光の自由だもんな。何なら、他の男でも良いわけで……

 そう言えば、匠は何でこの招待状をくれたんだ? 匠は伊集院家のパーティには行かないのかな。

 ……まさか。光は、匠を誘った……?

 い、いや、光の自由だけども、だけども……て、掌に汗とかかいてきたんだけど… …?

 

 そうこうするうち、二十四日になってしまった。俺は父親のと一緒に作ったスーツ(二着作ると割引があったので)を着て(に着られて)伊集院さんの家に向かった。

 三原さんの服装チェックをギリギリで通過して中に入ると、そこは別世界だった。吹き抜けの大広間のそこかしこに飾られたリースやツリーは商店街のやつなんかとはまるで違う。

 盛装した男女がグラス片手に優雅におしゃべりを楽しんでいる。お、俺こんなとこにいていいのかな……

 最初の十五分くらいはそんな感じで、あっちに驚きこっちに気圧され、伊集院さんのお兄さんを見かけたときはその美青年ぶりに引け目を感じて凹む、と我ながらみっともないくらい狼狽していた。

 でも、段々時間が経つと慣れてくるもので、落ち着いて辺りを見回すと、「盛装した男女」の中に結構同級生の姿が見える。その中にはさっきの俺同様におろおろしているのもちらほらいる。何だ、みんな一緒だな。

 あそこにいる女の子なんて、ああ、履きなれない靴だからか転んじゃってる……って、あれ、寿さんじゃないか。助けに行ってあげよう。

「寿さん、大丈夫?」

 と声をかけたのは残念ながら俺じゃない。一歩先んじられた。声の主は、匠!?

「あー、さっきゃん、ありがとー!」

 寿さんは匠の差し出した手に掴まって立ち上がった。「さっきゃん」って匠か?  坂城だから? すごいあだ名だな。じゃなくて。

「おい、匠」

 俺が小声で呼びかけると、匠はちらっとこっちを見た。

「ああ、来てたのか。じゃあな」

 素っ気無い。寿さん優先だ。当たり前と言えばそうだけども。

「何でお前いるんだ? 俺に招待状譲ってくれたのに」

 俺が聞くと、匠は見るからに面倒そうに答えた。

「一通しか持ってない、って誰が言ったんだよ」

「な」

 招待状を二通(もしくはそれより多数)も?

「一体お前、どんなルートで」

「言えない、って言っただろ。じゃあな。行こう、寿さん」

 匠は寿さんと行ってしまった。むうう、まさに恐るべし、匠……

 それは置いといて、匠がここにいるってことは、光がレストランの食事に誘ったのは、匠じゃないってことか。

 俺はまた辺りを見回した。折角のクリスマスイブだと言うのに仏頂面の女の子がつかつかと歩いている。水無月さんだ。まあ、西洋のお祭りだからなあ。それにしてはパーティには一応来てるあたりが何と言うか、ちょっと可愛い。

 水無月さんの後ろに、さっきの俺の三倍くらい緊張してる男が見える。もう確認するまでもなく、純だな。一応……水無月さんと一緒、なのかな。偶然並んだだけにも見える。

 うーん。光、本当に誰と食事に行ったんだろう……

「あ、やっほー。君も招待されてたんだね」

「あ、光。光も招待されてたのか。それにしても」

 光は誰と……って、あれ!?

「光?」

「どうしたの? そんなにびっくりして」

 光は目をぱちくりして、自分の服を見た。

「どこか変かなあ。あんまりこういう格好しないから……」

 ワンピース+ジャケットは、よそゆきだけどシンプルで光らしい。

「い、いや、それは似合ってるけど」

「えへへ、ありがとう」

「いやあ、はは。じゃなくて。光、あのあれ、福引の」

 俺がすごく要領悪く訊くと、光は笑った。

「ああ、あれ? お父さんとお母さんにあげちゃった」

「え? そうなの」

「うん。あのレストランの近くを通りがかったときさあ、窓から中が見えたんだけど、何かすっごく大人な感じで。高校生がごはんを食べるところじゃないなあって」

 光はうんうん、と自分で納得して付け加えた。

「それにあの福引券、お母さんが何か買って、もらったやつだったんだ。だから食事券もお母さんのものかなあって」

「なるほど。光、親孝行だなあ」

 光はくすっと笑った。

「そんなんじゃないよ」

 いいなあ、光の笑顔。

 何となく、空気が停まった。え、ええと、何だろう。ほっとした。というか。

「あ、そうだ。琴子とはぐれちゃって。私、探してくるね」

 光が駆け出そうとした。俺はついさっき見た光景を思い出した。

「あ、待った、光」

 光はぴたっと止まってこっちを向く。

「なあに?」

「その、水無月さん、さっき他の人と話してたよ」

 かなり脚色してるなあ。一緒だったかも定かじゃないのに。

「そうなの?」

「うん、だからその……もうちょっと後でもいいんじゃないか?」

 光の視線がものすごく真っ直ぐだ。俺は何だか照れくさくなり、科白の後半は光からちょっと目を逸らしてつぶやいた。

「うん。じゃ、そうしようっと」

 視野の端っこで光が何だか嬉しそうに笑うのが見えた。俺が視線をゆっくりと正面に戻すと、光は少し離れたテーブルを指差した。

「あそこのお皿の料理、美味しそうだよ。取りに行ってみよう?」

「そうだな」

「じゃ、レッツゴー」

 光は俺の手をぎゅっと引っ張った。わ。少し近づいた俺の耳に、光のささやきが聞こえた。

「やっぱり、私、運が良いよね」

 ……いや、たぶん、俺の方が良いぞ。

 

 

説明
クリスマス記念です。初出は四年前、舞台は十一年前(汗)。
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