髪紐はほどかない
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とんとん、と控え目に襖が叩かれる音がして、机に突っ伏してうとうとしかけていた斉藤タカ丸は、顔を上げて目を擦った。

 

「はあーい、どちらさま?」

 

「斉藤、か?あの・・・久々知だ。久々知兵助」

 

「ああはいは――――へ!?く、久々知くん!?」

 

思わず声を上げてがばっと体を起き上がらせる。驚きのあまり眠気も完全に吹っ飛んだ。

久々知兵助―――タカ丸と同じ火薬委員会の五年生だ。年下とはいえ忍術においては先輩にあたる彼が、わざわざタカ丸のいる四年長屋に来るなんてそうあることじゃない。

前にも訪ねてきたことはあったが、そのときは確か、実習中の火薬の扱い方について怒られた気がする。

僕また何かやっちゃったっけ・・・と、タカ丸が今日の自分の行動を慌てて振り返っていると、「入るぞ」と兵助の声が聞こえてきて、スッと静かに引き戸が開かれた。

 

「――――ええ?」

 

何言われちゃうのかなーと覚悟を決めていたタカ丸は、開かれた襖の向こうを見て、素っ頓狂な声を上げた。

そこに立っていた兵助は、タカ丸が想像していた青装束ではなく

 

女物の着物を、身につけていたのだ。

 

 

淡い桃色の市松模様が描かれたその着物は、決して派手では無いけれど、兵助の白い肌によく映えている。

加えて、もともと中性的な顔立ちをしているからか、まだ紅をさしていない兵助の顔はその着物と相まって妙な色っぽさをたたえていた。

 

いきなりのことに、タカ丸は訳もわからずただ茫然と兵助を見つめる。

ようはものすごく似合っていたのだ。見とれていたと言ってもいい。

 

「―――・・・斉藤?」

 

自分の名前を呼ぶ兵助の声に、タカ丸はハッと我に帰った。慌てて兵助の顔を見ると、少しばかり心配そうにこちらを窺っている。

 

「やっぱり変だったか?俺、女装の実習って苦手なんだよなぁ・・・」

 

「女装の・・・実習?」

 

「ああ。五年全員でやってるんだ」

 

兵助の言葉を頭の中で反復して、やっと少し理解する。なんのことはない、授業の一環だったのだ。

 

「そういうことかー、ごめんごめん、いきなりだったからびっくりしちゃってさー」

 

照れたように頭を掻く。まさか見とれてましたとは言えない。

 

だが、これで女物の着物を着ていた理由は分かったが、一番肝心なところが分かってない。

まさか実習の最中にわざわざここまで注意をしなは来ないだろう。だとすると、今兵助が自分の元を訪れる理由が、タカ丸には検討もつかないのだ。

 

すると、タカ丸のきょとんとした表情から如実にそれを悟ったのか、兵助はいささかおずおずとした態度で部屋の中に入ってくると、後ろ手に襖を閉めてタカ丸と向き直った。

 

「実は、ちょっと頼みたいことが・・・」

 

「頼みたいこと?」

 

兵助が小さく頷く。

 

「その・・・さっきも言った通り、俺女装苦手で・・・」

 

そんなこと無いと思うけど、とタカ丸は思ったが、口には出さずにうんうんと相槌を打つ。

 

「今回の実習、時間までに先生に見せて合格を貰えばいいってやつでさ、それまでに誰かから意見してもらったり上級生からいろいろ教わるのは許可されてるんだ。それで・・・」

 

「・・・僕に見てほしい、ってこと?」

 

「ああ。・・・頼まれてくれるか?」

 

兵助の言葉に、ぱちぱちと瞬きをする。

じっとこちらを見て少し申し訳なさそうに頼んで来る兵助に、タカ丸は内心驚きを隠せなかった。

こちらから勉強の内容を質問することは多々あったが、むこうから何かを頼んで来られたのは初めてだ。まあこちらは一年生よりも忍者歴が浅いんだから頼りなくて当然なのだが、だからこそ驚きだったのだ。

 

「僕でいいの?」

 

「こんなこと頼めるほど親しい上級生いないし・・・それに、こういうことって斉藤の専売特許だと思って」

 

「あ、まあ確かに」

 

こういう件なら、むしろ元髪結いの自分の元に来るのが一番自然なのかもしれない。人の外見を整えるのなら慣れている。

 

「僕、髪結いでよかった・・・」

 

「え?」

 

「あ、いや、なんでもないよ、こっちの話」

 

ぱっと笑顔で首を振る。自然顔がにやけてしまうのを見られないように、慌てて兵助から顔を逸らした。

 

正直、ものすごく嬉しかった。後輩とはいえ仮にも年上の自分が、この学校に来てからというものいつも人に助けてもらってばかりで情けないと思っていたから、というのもあるが

 

なにより、他にも頼りになる上級生がたくさんいる中で、兵助が自分を選んでくれたことが、嬉しかったのだ。

兵助が少しでも自分のことをそういう存在として見てくれていたのだと思って、タカ丸はほっと胸を撫で下ろした。ただただ手の掛かる頼りない後輩だと思われていたら、まあ事実なのだから仕方ないとは言え、なんともいたたまれない。

 

タカ丸は一人うんうんと頷くと、兵助に了承の笑顔で向き直った。

 

「うん、いいよ。僕でよければ」

 

「本当か!?ありがとう、助かるよ!」

 

途端に顔を綻ばせて、普段あまり目にしないような安堵した笑顔をこちらに向けた兵助を見て、タカ丸の心臓がどくんと波打った。

いつもとは違う着物を着ているから、というのもあるかもしれないが

 

(か・・・かわいい・・・!って、いやいやいやいや)

 

今の考えを振り払うように慌てて首を振る。

 

(何を考えてんだ僕は!!)

 

せっかくこうして頼みにきてくれたのだ。邪な考えを持って接するわけにはいかない。

 

「どうした?」

 

いきなりの謎の行動に不思議そうな顔をしている兵助に、なんでもないよと手を振ってから、タカ丸はすぐ手近にあった木箱を引き寄せた。

そっと開くと、中には長年愛用していた商売道具がぎっしりと詰まっている。その中からいくつかを取り出して机に並べると、タカ丸は兵助に、自分の前に座るよう促した。

 

「着物はそれで問題無いと思うから、髪を整えようか。せっかく綺麗な黒髪なんだから、活かした方がいいよ」

 

「ああ・・・じゃあ頼む」

 

兵助は頷くと、タカ丸に背を向ける形で、着物が崩れないように正座した。

 

「・・・むう」

 

いざ兵助の髪を目の前にして、タカ丸は櫛を片手に小さく唸った。前々から思っていたが、兵助の髪は実に綺麗な黒髪だ。緩く波のかかった髪は艶やかで、サラストというわけでは無いけれど、タカ丸を唸らせるには十分な魅力を持っている。

さっきもさりげなく言ってはみたのだが、何の反応もなかったところを見ると、兵助本人は気にしていないらしい。

ちょっとばかり残念に思いながら、タカ丸はゆっくりと兵助の髪に櫛を滑らせた。

 

女装の仕込みをする仕事なら、タカ丸も幾度か経験がある。その場合、男の髪というのは女のそれに比べて傷んでいたり髪質が固かったりするため、多少大袈裟にでも結い上げてごまかしが効くようにすることが多いのだが、兵助の髪ならそういう類のことは必要なさそうだ。むしろ、へたな女の髪より柔らかくてきれいかもしれない。

 

「この髪だったら、へたに結い上げるより、軽く結ぶだけにして肩に垂らしたほうが、今の恰好には合うかもね」

 

「そうなのか?」

 

「うん。その方が笠とかもかぶりやすいし、頭も重くならないからいいと思うんだけど」

 

「あー、俺なんにもわかんないから、任せるよ」

 

「あはは、了解」

 

本当に任せきってくれているらしい。タカ丸はちょっと笑うと、木箱から着物に合いそうな髪紐を引き抜いた。

 

「それにしてもすごいね、五年生今全員女装してるってことでしょ?」

 

「ああ、五年長屋は今すごいことになってる」

 

兵助がくすくすと笑いながら、仲のいい五年を指折り上げていく。

 

「勘右衛門はまだ見せてくれてないんだけど、三郎は完成度高かったな。まああれは女装というよりはもはや変装だったけど」

 

「鉢屋くんの変装はレベル高いからねー」

 

タカ丸が言うと、兵助もそうそう、と苦笑した。

 

「あと雷蔵もその三郎監修だからな、結構きれいな恰好してたんだけど・・・問題はハチでさ。ほら、生物委員の竹谷」

 

ぴく、とタカ丸の手が一瞬止まる。

 

「ああ・・・確か五年ろ組の」

 

「そうそう。あいつ結構ガタイいいだろ?背も高いし。だから女装がとことん似合わなくてさあ。さっきも苦労してたんだよ」

 

言いながら、兵助がけらけらと屈託無く笑う。つられてタカ丸も笑ったが、それはすぐに困ったように眉を下げた微笑みにとって代わられた。

 

髪結いという職業柄、僅かな会話や雰囲気、仕種から、客の気分や趣味趣向を読み取るのには、人並みに長けていると自負はしている。

加えてこの年まで町で暮らしていたのだ。忍術はまだまだ初心者でも、色恋やらの経験に関しては、少なくとも先輩の忍たまよりも積んできているつもりだったし、髪を切りながら客の相談に乗ったりもした。

その経験が、直感となって伝えるのだ。

 

(久々知くん、やっぱり竹谷くんのこと好きなんだなー)

 

仮にも忍たま、あからさまな変化は見えないけれど、八左衛門のことを話すときの兵助はいつも、どこか表情が明るく、豊かになるのだ。

それは本当に僅かな変化で、その感情が友愛なのか恋愛なのかは判断がつかないけれど、どういう形であれ、すくなくとも兵助のなかで八左衛門が特別な存在なのだということはタカ丸にもよくわかる。

 

「ハチのやつ、あれで本当に合格できるのかな・・・」

 

「・・・」

 

「ん?斉藤?」

 

「・・・心配?竹谷くんのこと」

 

「へ?」

 

タカ丸の言葉に兵助が一瞬ポカンと黙り込み、しかしすぐに顔を赤くして「べ、別にそういう訳じゃっ」と慌てたように視線を泳がせた。

タカ丸の位置からは兵助の顔は見えない。だが、気配でなんとなくわかった。多分自分には、自分と話しているだけでは、おそらく絶対に見せないような表情をしているのだということが。

 

 

 

むらり、と

 

 

タカ丸の中で、ある大きな感情が頭をもたげた。

 

タカ丸自身にも感じられた。音まで聞こえたと錯覚するほど明確に。

 

 

(これなんだろう。・・・あぁ、あれだよ、そうあれ)

 

 

嫉妬

 

 

(嫉妬?嫉妬してるの?僕が?)

 

 

久々知くんが、竹谷くんを、好きだから?

 

タカ丸自身にも意外だった。こんな感情を抱くほど、自分の中で兵助の存在が大きかったなんて。

 

いや、わかっていた。そしてそれが無駄な思考だということも。

だが心のどこかで、自分は兵助を貪欲に欲しているのだ。

 

でも、だったら

 

どうして・・・だって久々知くんは――――

 

 

 

「―――斉藤?大丈夫か?」

 

「――――・・・あれ?」

 

こちらを窺うように首を回した兵助の声に、タカ丸の意識がスッと現実に引き戻される。気がつくと、兵助の髪に櫛を差し入れたまま固まっていた。

 

「なんか急に黙り込んじゃったから・・・気分でも悪いのか?」

 

「あぁ、いや・・・あはは、ごめんね、髪紐の色迷っちゃって〜」

 

いつものようにへらりと笑って、整髪を再開する。兵助は特に不審にも思わなかったのか、そっか、と呟いてまた元の体勢へと戻った。

 

兵助が前を向いたのを見て、タカ丸がばれないようにそっと苦笑する。もちろん、さっきの後ろ暗い感情に飲み込まれた自分に、だ。

いつからこんなに独占欲が強くなったのか、タカ丸自身にも不思議だった。この忍の世界において、自分にはまだ誰かを独占する力も権利も能力も無いというのに。

 

自分が兵助に抱いている感情も、なんとなく気が付いていた。自覚しないように気を張ってはいるが、やはり自分自身に隠し通せるものではないようだ。

 

だが、まだ自覚はしなくていい。兵助にも、知られなくていい。

今はこの関係が心地いいのだ。わざわざ壊す必要は無いだろう。

 

そう、このまま。

兵助の気持ちも、わかっているのだから。

 

 

(―――ああでも。それでも・・・)

 

タカ丸は櫛を通すフリをしながら、兵助の髪を一房持ち上げ、そこにそっと口づけを落とした。

 

 

願わくば

 

君の中で僕の存在が、少しでも大きくなりますように

 

忘れられないほど大きな存在に、なりますように

 

 

 

(いつか・・・ね)

 

説明
竹くく前提タカ→くくです
そこまでガッツリではありませんが一応腐向け
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忍たま 落乱 斉藤タカ丸 久々知兵助 腐向け タカくく 

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