双子物語-28話-
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自分が幼かった頃、母からもらった大切な指輪。ねだった私に母は滅多に見せない

心の底から出た笑顔を私に向けながら、当時、母が他に大事にしていた方の指輪を

もらった。その指輪はおもちゃだったけれど、私にとってはそれはそれは、とても

綺麗に輝いて見える指輪であった。

 

 そんな大切な指輪を普段から指に嵌めていた私は男子と負けないくらいに遊んでいて、

あまりに楽しかったのか、他のことに意識が向くことはなかった。そう、遊びが終わる

までは。そうして、日が暮れる辺りまで時間が過ぎた時に自分の指から大事な指輪が

なくなっていたことに気付く。

 

 普通、そこまで大事なものなら、外に身に付けていく方が悪いのだが、子供過ぎた

私はそこまで頭が回るはずもなく。一人で、一人で。今にも泣きそうなのをグッと

我慢をして指輪を探していた、小学校低学年の時代。

 

『どうしたの?』

 

 公園の植え込みや、動物型の概観をした滑り台などを覗き込んだりしていた私は

ボロボロの泥だらけ。そこに、二つの声が重なって聞こえた。私は反射的に声がした方へ

振り向いた。見たことのない女の子が二人。私よりも随分大人びて見えたのは私より

年上だからなのか。それとも、孤独感と不安に苛まれていたために、心配してくれた人

全員にそう感じたからなのかは定かではないが、私は自分でも何を言っているのか、

わからないくらい、言葉がおぼつかなくて、ただただ必死に目の前の二人に頼んだような

気がした。

 

 それから、疲労困憊していた私に二人は休むように強く言われた。呼吸も荒々しかった

私はベンチに座りながら落ち着くように胸に手を当てながら呼吸を安定させようとする。

その間、二人は少しずつ、だが確実に探す範囲を広げていた。一人はやや黒髪に濃いめの

茶が入ったショートカットでラフな格好をした、一見男子と見間違いそうな女の子。

 もう一人は白を基調とした長袖ワンピースを着て長い、白髪をしていた。これほどまで

に見事な白髪は、祖母の髪の毛以来見たことがない。そう、思っていた。

 だけど、それとは違う。艶があり、どこか神秘的な雰囲気を感じていた。

 

『あった・・・』

 

 見つけたのは華奢で白髪の女の子だった。見つけた場所は公園の隅にある、ほとんど

あるようで、ない水がチョロチョロと流れている場所に女の子はしゃがみこんで

拾い上げ、まっすぐに私の方へ小走りで向かってきた。鋭い眼差しで少しきつい印象を

覚えるような外見だったが、私がそれを確認して探していたモノだとわかって喜んだ時に

少し見えた、女の子の嬉しそうな表情がとても印象的で今でも覚えている。

 

 まるで天使のような美しさだった。

 

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 ピピピッ

 

 目覚まし時計が鳴る。いつもよりも2時間ほど早い早朝。その時間に起きた私は

これから実家より、離れた場所。山の一部に所在している「山野瀬学園」に入学する

ことになっている。早めに支給された高校の制服を着る。引っ掛けるタイプのタイに

十字架のアクセがくっついている、ワンピース風の黒っぽい制服の上に上掛けにフリルが

あしらわれたのを着込む。肩より少し上までの髪の毛を上方斜めにプラスチック製の玉が

二つ付いた髪留めで縛ると、私は鞄を持って外へ飛び出した。

 前日に母が仕事で疲れて起きられないのは週の半分は私と母の世話に来る県さんと

娘である私にはわかっていた。だから、昨日は母にもし、起きてなくても行くからと

告げてある。

 

 私、小鳥遊叶(たかなし・かなえ)はステップを踏みながら目的地の駅までリズム良く

歩いていく。朝練で鍛えた早起きのおかげか、澄んだ空気を吸って晴れやかな気持ちだ。

空の濁った雲を除けば完璧な入学式日和である。そんな中、あらかじめ待ち合わせていた

相方の声が早朝からか、単なる大声なのか、声がよく通って私の耳に飛び込んできた。

 遠くからは同じ制服を着て、慌てて走ってくる親友の姿があった。金と茶を混ぜた

ような髪色で軽くウェーブがかかっている。本人曰く、天然パーマだそうだが、性格の

軽さに似合うような外見である。

 

「待ってぇ、叶〜〜〜」

「もう、遅いよ。名畑」

 

 走っている割には遅くて軽くイラッとした私は少々きつい言い方で目の前の親友を叱る。

彼女の名前は、名畑観伽(なばた・みとぎ)チャラチャラしていて、マジメで通している

私としてはあまりこういう子は好まない。が、意外とこれでもしっかり物事を考える時も

あるのだ。・・・多分。

 

「しょうがないじゃん。私、叶みたいにマッチョ系じゃないんだから」

「私だってマッチョじゃないよ・・・!」

「あっ、間違えた。体育会系〜」

「わざと間違えたんじゃない・・・?」

 

 ヘラヘラ笑う親友にもう一つ「イラッ」が増えてイラッイラッになった私に親友は

追い討ちをかけてきた。

 

「それにしても、高校生になった割にはまだ小学生みたいだね」

「なっ、失礼な・・・!あんたも大して私と違わないだろ!」

「ふふん、叶と違って私はおしゃれさんだから。それなりに流行は追っているのだよ」

 

 人をバカにしたような笑いをした後に、私の髪留めの玉を指先でちょいちょいと突付く

親友。親友とはいえ、この態度は許しがたい。そして、沸々と殺気が湧いてきた所で

構内からアナウンスが響いて、駅前の改札口手前、人の少ない時間帯でからかわれた

私は名畑を置いて早歩きで電車が来るであろう場所まで歩いていくことにした。

 

「わわっ、待ってぇ!」

 

 今度は待たない。どうせ、本気になればけっこうな速度で追うことはできるのだ。

私に構ってもらいたいから、敢えてああいう態度に出ることはわかっている。

 予想通り、先に電車の中で座って待っていると息を切らせた名畑がすごい形相で

ギリギリドアが閉まる直前に入って来れた。ほら、名畑はやればできる子なのだ。

 

「叶の鬼〜・・・」

 

 

「すごく前のめりになりながら、ガラガラの電車内に名畑の乱れる呼吸だけが聞こえる。

そんな日常的な朝・・・」

「何を実況している・・・」

「あっ、声に出してた?」

「それと、私たち親友でしょう? なんでまだ苗字呼びなの!?」

 

 どうやら少し休んで回復したらしい。スタミナはないけど、回復力が半端ではない辺り、

運動部に誘ってはみたが、本人曰く、運動音痴で面倒だという。全く面倒な性格なのだ。

これから、私たちは入学式という、一大イベントに臨まないといけないというのに、

未だにそんな瑣末なことに拘っていることに、私は心底呆れている。

 

「あっ、何か人を小バカにしたような目をした!」

「ふぅっ・・・正直に言うけど。親友だからって必ずしも名前で呼ばないといけないって

決まりはないでしょうに」

「私は自分の「ナバタ」っていう読み方がださくて嫌いなの!」

「そう、でも私にはそんなの関係ないね」

「ひどい・・・!」

 

 まるでイジメのように見えなくもない私の一方的な言葉に傷つく素振りを見せる名畑。

でも、それは嘘っぱちであり、何度その嘘泣きめいた演技にだまされたことか。

女っていうのは本当に怖い生き物である。・・・私も女だけどさ・・・。

 でも、そんないい加減な名畑だからこそ、当時の私には貴重な存在だとも思えた。

母一人・・・いや、実質。母は心の病でまともに私の相手もできなくて、県さんに

世話をしてもらっていた時期、誰にも相手にされなくて心身ともに疲れていた私に

別のクラスなのにも関わらず私に声をかけてきてくれて、私の生活のことを知っても

変わらず接してくれた。ありがたい存在である。ありがたい存在なのだが・・・。

 

「もう、叶ったら。私が可愛すぎて自分に劣等感を抱くのは仕方ないけど、八つ当たりは

だ・め・だ・ぞ☆」

 

 こういう、うざい性格じゃなければもっとありがたかった・・・。名畑は私にそういう

センスが皆無なのを知っていて、休み時間のたびにこっそり持ってきたファッション雑誌

を教室まで持ち込んできては強要するように勧めてくるのだ。

 そういう自分を細かく着飾るのが苦手な私は名畑の言葉を嫌がると、せめて髪型だけ

でも、と食い下がらずにいられ、根負けした私は、今しているこの髪型をしてもらった

ことがあった。その時は、意外と似合っているように感じたからしていたのだが、

今思えば子供っぽい私を更にそれっぽく見せるために冗談をかましたのかもしれない。

 

「・・・」

「叶?」

「え?」

「なんか呆けていたけど・・・大丈夫?」

 

 本当にバカなのか。それともバカを装った繊細なのか、よくわからないのが、私の

表情が晴れない時にこうやって心配してくれることだ。

 

「うん・・・」

「もしかして、以前話をしてくれた人のこと考えてるの?」

 

 指輪の話のことをしているのだろうか。そういえば、その話もマジメに聴いてくれたの

は名畑だけだったな。他の子たちには所詮はおもちゃの指輪と笑われたが、名畑だけは

感動するも、貶すこともなく、ただ真剣に聞いてくれていたっけ。

 だけど、彼女の聞いてきたそれと、今考えていたことは違った。名畑に礼を言うのは

嫌だが、ふと思った感謝の念はそのまま胸に収めるのはもやもやすることが予想できた

から、何に対してか伏せて聞こえるか聞こえないかの音量で名畑に顔を近づけて呟いた。

 

「ありがとう」

「え・・・」

 

 不意に言われた言葉に顔を赤くしてキョトンとしている名畑。今までからかわれた分の

仕返しだ。そんなことをしているうちに、電車は更に目的地に近い駅についた。ここから

はバスを利用していかなければつかないから、私は立ち上がって早足で電車から降りると

後ろから名畑も慌てて追いかけてきた。

 まだバスが来るまで時間がある。後から来た名畑は息を再度荒げながら、面倒になった

のか、ほどほどに長い髪の毛を左右、一気に二つに結ってまとめていた。

 

「どうしたの?」

「髪が汗で肌にくっついて、すごいむかつくから・・・ハァ・・・ハァ」

「そう、でも」

「ん・・・?」

「結構似合うと思うよ、その髪型」

「・・・」

 

 珍しく褒める私に、名畑は再び顔を赤くして少しプルプルしていたかと思うと必死な

形相で声を強めに出して怒るような口調で叫んでいた。

 

「こういうことに疎い叶には言われたくない・・・!」

「何よ・・・。せっかく褒めたのに」

「うぅぅ〜・・・」

 

 小型犬のような声が唸るようなのを彷彿とさせる名畑の声に私はツボにハマるが

笑うのを堪えると、本当に疲れたのか、名畑は近くにあるベンチに座って空を見上げて

いた。そして、呟いていた。

 

「なんで、晴れてないんだろう・・・」

「うーん、こればっかりは仕方ないよね」

「くそう、天気のKYめ」

「天気に空気読めと言うほうが無茶だと思うよ」

「そんな正論を聞きたいんじゃないやい・・・!」

 

 どうやら気分の問題らしい。確かに同じ疲れていても、見上げた光景が曇りよりも

晴れていてくれたほうが気分がいいのは私にもよくわかるが。そんなに疲れてまでも

行きたいものかね・・・。そこまで考えるとふとした疑問がよぎる。

 

「ねぇ、名畑はどうして私と同じ高校を受けようとしたの?」

「え・・・!?」

「バカっぽいけど、私より成績上だし、履歴に泊を付けたいのだとしてもわかるけど、

こういうお嬢様系って名畑は苦手そうに思えるんだけど」

「えぇ・・・えぇっとぉ・・・」

 

 まさかそのことに触れるとは・・・と言わんばかりの表情で狼狽える名畑。すると、

毎回苦し紛れのぶりっ子ポーズをして発言をしてきた。

 

「ないしょ☆」

「あっそう・・・」

 

 うざったい甘え声を出して場の空気を変えるのは健在だったようだ。私は、どうでも

よくなってその話を終わらせると、何故か名畑はホッとしていたように見えた。

何か、語ることに戸惑う理由など彼女にあるのだろうか・・・。

 ちょうど、恥ずかしいポーズをした状態でバスが通って私の前で止まり、入り口が

開いた。私はポーズをしたまま恥ずかしそうに固まる名畑に声をかけた。

 

「ほらっ、早くしないと置いていくよ」

 

 自業自得とはいえ、悉くタイミングの悪さに少しばかりは同情をせずにはいられない

私は、名畑を元気付けるために好きな人の話をすると、一気にテンションを上げて今特に

熱を入れているアイドルの話をマシンガンの如く話しかけてくる。

こうなると、もうずっと名畑のターンである。私に話をさせる気はないらしい。

名畑の甘ったるい声でのトークも少しすれば整備された山道に入り、そうなるともうすぐ

学園が見えてくるはずである。山野瀬学園は停留所と停留所の間に存在し、二つの停留所

と、学園入り口までの距離は徒歩5分くらいあるらしい。だから、すぐには見えないが

その手前の名前が表示されたら降りなくてはいけない。

 

「ちょっとぉ、聞いてるの!?」

「いや、聞いてない」

「なぜ!?」

「だって、いつも同じ展開にもっていくじゃない。もう、めんどくさくて」

「ひどい・・・!」

 

 そんな他愛のないやりとりで、降りるのを忘れそうになり、ギリギリの所で私は降車

ボタンを押した。

 

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 降りると辺りは道路と土砂崩れ防止のコンクリートの壁しか見えない。それから少し

上に行くように進むと学園があるらしい。持ってきたパンフレットの案内通りに私と

名畑が歩いていると、名畑が不安そうに私に声をかけてくる。

 

「ねぇ、何も見えないんだけど・・・ここで合ってるの?」

「そのはず・・・あっ」

 

 歩いてものの1分も経たずにしてポツンポツンと民家らしい建造物が見えてくる。

まるで道しるべの役割になっているかのように一定の間隔で建っているのがわかる。

それに一番反応したのは、名畑であり、私の前に子供のように喜びながら走りだしていた

のも、やはり名畑なのであった。

 

「こらっ、あんた道知らないでしょう。あんまり前に出ない!」

「はーい」

 

 叱りつつも、ホッとした私は先に進んでいくと、やがて花の匂いが微かに感じ取れる。

その匂いが強くなっていくと今度は風景の色合いが徐々に変化していく。緑が多かった

木々から少しずつピンク色が追加されていくではないか。それは、桜の花びらであり、

地面に散らばる花の数が多くなり、匂いも強くなる。

 

「あ、あれじゃない?」

 

 名畑が指す方を見やると風景が変わり、見事な桜の木から溢れるように散っていく

花びらが幻想的な美しさを出していた。見とれていたのは私だけではない、名畑も

目を輝かせながら見とれていた。ここまで見事な桜吹雪は地元の方でも見られない。

 

 そして、気付けば周囲には私たちと同じように制服を身に纏った生徒たちが次第に

少しずつ周囲に増えていくのと同じペースで民家と思われる建物も多く見えてきた。

もう、じきにたどり着くのだろう。昨日のテレビの内容。好きな人の話。さっきまで

静かだった場所が今では嘘のように騒がしくなってきた。

 大きな校門の前までやってくると、ざわめきは最高潮。一部、一部に人だかりが

できていて、まるで芸能人が来ているかのようだが、元からそういう予定はなかった。

 私がポカーンとその場を眺めていると隣から名畑が呆れるように呟いていた。

 

「どんな感じなのかネットで調べてみたら、どうやら憧れの先輩さんたちを取り囲んで

いるみたいだよ」

「へぇ・・・。そんなにステキな先輩さんたちなのかな?」

「どうだろう。立場の大きい先輩に媚売って、少しでも印象良くしようとかいうのも

いそうじゃん?」

 

 言われてみれば、キャーキャー騒いでいる中で名前が聞こえた気がする。でも私は

一人以外の人には特に興味もなかったので、綺麗な花弁が舞う雑踏の中で進んでいく私に

取り囲まれていた中の一人が少し怒ったような声で注意をしたときにバランスを崩した

のだろうか。急に感じた気配に対処することもできなく私は倒れてきた、その人に

潰されるように倒れてしまう。

 

 ドサッ

 

「叶!?」

「っ・・・! 大丈夫!?」

 

 押し倒された形で私の上を乗らないように手足を突いている、上級生の姿。少し疲れた

顔をしていたが、その姿を見て何だか昔の光景を思い出した。あぁ、何だか思い出の人に

似ている。だけど、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

「だ、大丈夫です・・・!」

 

 バランスを保てた彼女はゆっくりと立ち上がって、気まずい空気を持っていた生徒達に

目的地先の場所へ行くように指示をすると、すごすごと生徒たちは去っていった。

 去っていくあの子たちは私たちと同じ学年の生徒なのだろう。目の前の人と違って

制服がまだ新しい。

 

「ごめんね、立てる?」

「えっ、は、はいぃ!」

 

 自力で立ち上がって手を伸ばしてきた先輩の顔を見ると、確かに思い出の人のように

白髪で綺麗だったが、思ったより短く、そしてかっこよく見えた。違う人だろうか。

確信ができない私は誤魔化すように笑い、視線を下に向けると白髪の先輩の足元に

一筋の赤い液体が垂れていた。

 

「あっ、足」

「えっ・・・。あぁ、さっきの時に」

 

 私がつい口に出た言葉にきょとんとした白髪の先輩はスカートを少し上げて確認すると

無表情に、関心がないように呟いていた。私は普段から怪我しやすいタイプだったから

携帯している絆創膏を先輩に跪いて素早く貼っていた。

 

「あっ、ありがとう。でも、大した怪我でもないから別によかったのに」

「いえ!ばい菌が入ったら大変ですから!」

 

 次に先輩に何か言われる前に胸の動悸が強くなっていく私は名畑の腕を掴んでその場

から離れた。人違いだと嫌だし、またその内に会えるだろうから、と早歩きでパンフを

確認しながら次のことを考えようとすると頭の中が白くなっていることに気付いた。

 いつもキビキビと動く私を横から見つめている名畑が一旦、先輩や新入生達がいる

方を振り返って私の耳元で囁いていた。

 

「お目当ての先輩?」

「わからない・・・。人違いかもしれないし」

「おいおい、天然白髪なんてそうはいないし」

 

 名畑は一息吐くと、普段から想像できないほどの真顔で私の手を掴んで引っ張る。

 

「とにかく、早めに入学式に来て早々遅刻だなんてシャレにもならないから行こう!」

「あっ・・・うん」

 

 私はこんなにも脆かっただろうか。ただ、一言確認と、お礼を言いたかっただけなのに。

あの日に言えなかった。アレのお礼を。だけど、確かにあそこで、もたついているの

ならば先に自分達がやらなければいけないことを済ませるのが先決である。

 

 入学式前に一度、用意された教室に案内されて私は机に鞄を置いた。そして、目の前に

いる先生がこれからの事項を簡単に説明をして体育館に移動することになった。

先ほどとは打って変わってシンッと静まり返る。その中でちょっとした緊張感が走る。

この日、生徒会や風紀委員ら、学校の係りに関わっている人以外はほとんど

見られなかった。私が会った先輩も生徒会なのだろうか。えらい、女子に囲まれていたし

人気だったし、確立は高いだろう。

 私の思考があの人のことについてほとんどを占めていて気付けば、お偉い方々の言葉が

終わっていた。後でこっそり名畑に聞いてみたら重要な話ではないとのこと。

 

「名畑もやればできるのね・・・」

「あのねぇ、今日の叶が頼りにならないから珍しくしっかりしてるんじゃない」

「自分で言うな」

「そんなに緊張することかなぁ。人気あっても、先輩であっても、同じ人間じゃない」

 

 名畑の思っていることと、私の思っていることは少し違っていると思う。私は目上の人

ですごい人かもしれないって所じゃなくて。おそらくは不安なのではないかと思う。

あの話をした時に、覚えてなかったらどうしよう、とか。それによって変な人だと

思われたらと頭に浮かんでしまった時点でもう、実行に移せなくなっていた。

 いや、まぁ。本当にそんな理由でここの学園まで来てしまう辺りは変なのかもしれない

けれど。もやもやしていることで、時が止まるわけではない。そのことを痛感したのは

ボーとしているうちにHRが終わり、席の配置も気付けば終わり放課後になっていた。

 

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「あのね・・・叶、机に突っ伏していても、過ぎたことは戻ってこないよ」

「慰めろや・・・」

「口まで悪くなってるし〜」

 

 HR後に一番大事なことに乗っかるのをうっかり忘れていたことに気付いたのだ。

私と名畑は寮に泊まることになるのだが、一通りの説明が終わって私のことに気がそぞろ

だった名畑は先生の言っていたことが耳に入らなくて、気付けば誰に案内されるのか

わからないまま、ガラガラになった教室にポツンッと取り残された形になっていた。

 

「やっぱり名畑は名畑だった」

「ひどい・・・!」

 

 だが、落ち込んでいる暇はない。何とか頭の回転が元に戻ってきた私は名畑を連れて

職員室・・・ではなく保健室に行くことにした。多分私はこれからも体育会系の部活に

入って、目的をこなしつつ、汗臭い青春を謳歌するんだと思ったから。

 そうなると、怪我したときに一番助けになる場所を確認するために向かっていく。

声をかけて中に入ると先生が座るべき場所には誰もいない。生徒の数が少ないから

本日はもう終わらせたのだろうかと思うと、中から疲れたような声が私の耳に入って

きた。

 

「すみません、先生・・・」

「もう、頼まれたからってあまり無理しないでよね」

 

 カーテンの中からのやりとりが聞こえて私の動きが固まる。そして名畑もその声に

聞き覚えがあるのか、私の肩を叩いて送り出そうとしながら、一言耳元で囁いてきた。

 

「入り口で待ってるから、ごゆっくり」

「・・・!な、なばた・・・!?」

「ん、誰かいるの?」

 

 私たちのやりとりが聞こえたのか先生が少し強めの声を出して姿を現した。その時点で

その場にいたのは私だけ。こういうときに限って名畑の逃げ足の速さが羨ましかった。

 

「あ・・・。私、今までスポーツを嗜んでいて下見に・・・」

「あらっ、ごめんなさい。そうだったの。またてっきり、澤田さん目当てかと」

 

 澤田さん・・・。苗字だとはっきりわからないが、どうやら入学式前にあったあの人の

ことだろうと、すぐにわかった。やはり人気が高いのは確かだろうか。だが・・・その人

がそこにいるとなると、意図的にではないにしろ、会って話がしたくなった。

 だけど、どう先生に説明すればいいのだろうか。やはり、素直に説明しても他の子と

同じようにあしらわれそうな雰囲気である。だが、私の心配とは裏腹に先生は思い出した

かのように、あっ、と呟き。

 

「私、ちょっと用事ができちゃって。ここを空けないといけないんだけど、少しの間

ここにいてくれる?」

「は、はい・・・!」

 

 言葉の意味をあまりよく吟味せずに返事をすると、助かるわと先生は微笑んで保健室

を出て行った。私の意識はカーテンの向こうにいる人に集中していて、ゆっくりと

カーテンを覗き見ると、ベッドに入っていた、きれいな白髪の美人さんが小説を

読んでいた。

私の気配を感じたのか、たまたまなのか、その白髪の先輩が私の顔を見て一瞬考えると

思い出したように「ああっ」と笑みを浮かべた。

 

「絆創膏の子!」

「あ、あの・・・澤田先輩って・・・澤田雪乃さん・・・でしょうか」

「? 私のことを知ってるの?」

 

 不思議そうな表情で私を見つめる。その瞳はすごく澄んでいてきれいだった。

がんばって作ったこの機会。今なら話せる気がする。再び激しく胸を打つ音が

煩わしい。

 

「ちょっと、聞いてもいいでしょうか・・・?」

「その前に、貴女の名前を聞かせてくれるかしら?」

「あっ・・・」

 

 そうだった。私は雪乃さんのことを知っていても彼女は私のことを知らない。あれから

何年も経っているのだ。私といえばあの時、同じ年の活発な子が名前を呼んでいたのを

聞いたくらいしかない。全く、とんだストーカーみたいな女だ、私は。

 

「たかなし・・・小鳥遊叶です」

「かなえちゃんかぁ、いい名前だね。ん、あれ。小鳥遊って・・・」

 

 読んでいた本を降ろして少し考える素振りを見せる先輩。そうだ、先輩が知っている

名前は母の名前。県さんからそのことは聞いていた。だから私は続けて言葉を口に出した。

 

「先輩の学校にいた養護教諭の小鳥遊ヒロの娘です」

「ヒロ先生の。娘さん・・・」

 

 すると、すぐに笑顔になる先輩。ああ、この流れは・・・。

 

「そっかぁ、先生の娘さん。こんなに大きかったんだ。初めまして――――」

 

 「初めまして」その言葉に私の胸は刃物のように刺さるように痛んだ。ズキ・・・ズキ・・・。

ただ一度、私の探しものを手伝ってくれただけで覚えているはずがないってわかって

いたはずだったのに・・・。

 

「どうしたの・・・?」

「え・・・?」

「ごめん、私何か気に障ること言ったかな・・・?」

 

 話の途中で私の表情を見てすぐさま先輩の顔から笑顔は消え、心配そうに見てくる。

全ては私の自己満足のために行動して必然的に起こったことだ。このままでは言いたい

ことが伝えられないかもしれない。その気持ちをグッと堪えて呑み込んで、この状況まで

陥ってこのまま終わらすわけにはいかないと思った私は無理にでも話そうとしていた

ことをポツ・・・ポツ・・・と静かに話し始めた。

 先輩に会いたかったこと、憧れていたこと、お礼を言いたかったこと。全てを話した。

そうだ、当時の私はお礼の言葉が言えずじまいで彼女は去って、そのまま会っていない。

覚えていて欲しいというほうが無茶な話である。

 こんな自己中な考えで学園に入って、まるで一方的に話をする私に先輩は優しい表情を

浮かべながら真摯に聞いてくれている。その間が切なくも、とても暖かい気持ちにも

なれた。

 

「そう・・・ほとんど覚えていないけど・・・。話してくれて嬉しかった。ありがとう」

「え・・・?」

「以前会っていたのね・・・。どことなく、初めてだった気がしなかったけれど・・・」

 

 そのとき、先ほどの先生が戻られてきて、一緒に名畑も中に入ってきた。入り口付近で

ウロウロしていたから不審に思われたのかもしれなかった。そして、名畑は私の顔を

見ても何も言わず、軽いノリで変なポーズを取りながら先輩に挨拶していた。

 

「ちぃす、叶の親友の名畑観伽でっす」

「ちょっ、名畑。先輩にその口の利き方は・・・!」

「あはは、明るくて楽しそうな子ね」

 

 苦笑しながら先輩は立ち上がって先生に声をかけてから私たちに手招きをした。

こっちに来い、と言っているのだろうか。私と名畑は先輩の後について、保健室の外に

出る。すると、不満げな声で名畑は私に声をかけてくる。

 

「もう、叶ったら固いんだから〜。先輩さんだってああ言ってるし」

「あれは社交辞令で決して褒めてないんだからね」

「ま、マジで・・・?」

 

 私の言葉に固まる名畑。不安そうな視線を前にいる先輩に投げる。すると、その視線に

気付いてか気付かないでか、私たちのほうに振り返る雪乃先輩。

 

「貴方達、今日から寮なのよね」

「あっ・・・」

 

 ハモって言葉に詰まる私たちを見て微笑みながら先輩は案内をしてくれるという。

保健室にいた先生から私たちのことも聞いていたのだろうか。一度職員室に行くのかと

聞いてはみたが、それについては必要ないと返された。

 一度建物を出て、校門とは別の道を歩き出す。しばらくして少し古そうな建物を

発見した。なんだかその時に後ろからキャイキャイ騒ぐ名畑を放っておいて、その外観に

驚いた。古くもしっかりしていそうな建物だ。連れられて中に入ると更に古さを感じ

させない綺麗な造りになっていた。

 

「私が来る前からこうなっていたらしいわね。ボロがきたみたいで一度リフォームした

みたいよ」

 

 と、簡単に説明をしてくれた。そして、HRにいたときの先生が私たちを見て

溜息を吐いていた。その溜息は話を聞いていなかったからなのか、それとも、聞いていた

数が足りなくて心配をしていたからなのか。どっちとも取れる複雑な表情をしていた。

 そして、先生は私と名畑を見てこう質問してきた。

 

「仕方ないわね。もう一度、言うわ。今年から上級生と下級生による親睦や指導を

含めた実験的に行うことに参加するかどうかを聞きたいの」

「え・・・?」

「まぁ、つまり。先生は彼女達に上級生と同じ部屋か、同級生と一緒がいいか。を

聞いているみたいよ」

 

 いきなりでよく理解できない私に雪乃先輩は優しい口調で言いなおしてくれる。

更に先生は。

 

「同級生がいいって言うなら、もうほとんど決まってるから。そこにいる生徒と同部屋に

なるけど」

「おお、やった〜」

 

 隣で聞いていた名畑は、はしゃぐように喜んでいた。そして、上級生は誰なのかと

聞こうとした矢先、雪乃先輩が先生に向かって、私が心底驚くようなことを話していた。

 

「私はまだ相手は決まっていません。彼女達がよければ、私もその企画に参加させて

いただきますが」

「え・・・!?」

「ええええ!?」

 

 同じように驚く私と名畑。雪乃先輩の言葉に先生も頷いていた。同級生が名畑で上級生

が知らない先輩だと踏んでいた私はすごく悩める2択を目の前に出された。

片方は落ち着けて相手にしやすい名畑と、もう片方は会いたかった先輩と一緒の・・・。

 だけど、それだけの問題だろうか。これは、もっと意味があることなんじゃないかと

思っている。これからの学園生活に大きく関わりそうな二つの選択肢に私は悩むのだった。

 

説明
過去作より、高校生編。
今回は双子さんとは別の視点でお送りしております。
双子さんの後輩ちゃんにあたるキャラですね。前々から設定は
あったので早く出したかったので、書いていてとても楽しかった
です(´∀`*)今回の視点の子は一直線すぎて生真面目で少し相手に
するのが面倒だったりするような子ですが、そんなところも魅力の
一つだと思います。
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