トリックスター0短編
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とある午後の昼下がり

 

「あ、いらっしゃいませ」

「頼まれた品、持ってきましたよ」

 

 

ここはとある名のある島にある名のある学校。島中の子供はここに十年以上通い、最後まで通学を続けた者だけが将来を約束された仕事に就くことができる。

 

まあこの島は娯楽も仕事もたくさんあふれているから、どうしても卒業しないといけないわけでもない。

 

ここはそんな学校の高等部の図書室。巻いた角を左右の頭に生やしたもこもこのピンクの髪をしたこの人は高等部文学科3年のメリル先輩。卒業後は島立図書館で司書になるらしい。

 

司書テーブルで会話するドラゴンとシープ。おっとりした先輩と神経質な自分は意外と合っているらしい、周りの評価的には。

 

「あ、持ってきてくれたんだ〜、いつもありがとね、チロル君」

「と言うか先輩、学校の本を食べちゃだめっていつも言ってるじゃないですか、責任とれませんよ俺」

「魔法で何とかすりゃいいじゃないの。ひょいひょいっと」

「そんな便利な魔法はありません、シープで首席の貴方が知らないわけでもあるまいに」

 

ドラゴンの角をかりかりと掻く僕。彼女は名作を食べてしまう、どこかで聞いたことのある習性をもっているのだ。いつも印刷された量産ものは嫌いだと言っているくせに、好きな作家の本は別腹か。

 

「まあ、メインディッシュが来たから許してあげる……ほうほう、私が読んだところをちゃんと記録してあったのね。そんでそこから先を、ちゃんと高級鉛筆で丁寧に、丁寧……はむっ」

「ああまた食べたっ!先輩が手書きの字が読みたいって言うからわざわざグーテンベルクの恩恵も使わずに頑張ったのにっ!!」

「だって美味しそうなんだもん。あれだよ、すっごく良い匂いのするディナーを前にお預けくらう気分」

「だとしてももうすぐ卒業なんだから節度をわきまえてください」

 

この時期、あまり図書室に入ってくる人は少ない。まあテスト期間だし、昼休みにわざわざ遠くの図書室まで来る人もいないだろう。自分を除けば。

 

「こんどもまた作ってきてね、美味しいやつ」

「また食べるんでしょ。だったら内容なんて一緒じゃないんですか?」

「それは違うよ。だって……」

 

 

 

「お腹の中、こんなにほっこりあったかいよ」

 

 

何を言っていいか分からず、詩人らしく飾った言葉を模索して、結局無理なので何とかまともな言葉を絞り出す。紙の上では饒舌な自分だ。

 

「じゃあ、帰りますよ。先輩は次の授業無いかもしれませんけど」

「いや、あるけどね〜。何かここでさぼってたい気分」

「いやいや、先輩に勉強で勝てない全校生徒に同乗しますよ」

 

 

「あ、そうそう。さっきの手紙のご用事なぁに?」

「あれは手紙じゃありませんしあなたは羊だって事を再認識してください」

 

 

 

こんなことばっかり言っていても、どうせ自分はまた彼女のために物語を紡ぐのだ。主人公は貴女と僕の、甘い甘い、スイーツみたく綺麗な恋の物語を。

 

自分の物語を誰かに読んでもらうのは幸福な事だ。そして良い評価がもらえればさらに幸福だ。

 

だけど、自分みたいな作家は誰一人としていないだろう。

 

 

自分の作品を、『美味しい』と言って食べてくれるお客様がいる作家なんて。

説明
結構昔に書いたもんです。某ネトゲより、シープの先輩とドラゴンの後輩の静かな昼下がりです。
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短編 ショートストーリー シープ ドラゴン トリックスター 

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