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渦@

 

暗がりの洞窟、その夢を見ている。

 

渦巻く水の群れ、その奥底に映る人陰に笑みがこぼれた。

 

何故、笑うのだろう

 

青白い光と洞窟の湿った香りが俺の脳を融解させる。

 

ああ、良かったな

 

只それだけの気持ちが自分という確固たるものであり

 

彼女は遠く、もはや二度と会うことは出来なかった。

 

 

第一章(起)仮

 

最初から何も知らなければ何一つ苦しまない。

 

最初から何もかも知っていたら全て苦しい。

 

俺はそういう人間だ。

 

 

何か一つ誰にも負けない人間に憧れ、

 

誰にもなれない自分は仮初の自分と思っていた。

 

 

いや本当に仮初であったのだが、俺の時は止まり

 

そして終着を知ることになる。

 

 

2008年2月上旬

 

俺はまた目覚める。

 

今の日時など知らない、どうせ昼頃だろうが窓はカーテンで常に閉め切っている為

昼も夜もこの部屋は暗かった。

 

今日の天候が雨か晴れかなど瑣末なことだったが、

それでもこの寒さは嫌でも季節というものを感じさせる

 

布団から嫌がる身体を起こし体が求めることに応えてやる事にした。

 

台所へ行き家族が食べたであろう朝食の残りを食べ腹を満たした。

 

時刻は2時

 

今日はいつもより遅い時間だった。

 

「まぁ、気にすることでもないな」

 

自分の感想に呆れ部屋に戻った。

 

 

緩慢な手つきでパソコンのスイッチを入れると同時に横にあるポットの電源を入れる。

 

特に意識しないが身体が覚えているのだ。

 

間も無くポットのお湯が沸き、いつものインスタントコーヒーを淹れた。

 

パソコンと向かい合う。

 

まず最初にやることは某動画サイトのチェックからだ。

 

このサイトはプロが作った作品だけでなく、俺のような素人が作った作品まで紹介されている。

 

ジャンルは多岐に渡りその全てを見て回るのは不可能だろう。

 

ランキングを徘徊し、兄弟動画からZIPをゲットした。(up主乙、zip貰いました)

とコメントを残しデスクトップに降臨したZIPを解凍する。

 

「クカカカコココ!!」

 

心が熱くなる。

 

ZIPの解凍時間が長かった為その枚数の多さが伺える。

 

「ふんっ。」

 

解凍完了。

 

フォルダを開き中身を1枚1枚恋人を選ぶように見つめる。

 

"このパンチラが最高だ"感想を脳内で漏らしながら画面を見つめていると

 

そこへ新着メッセージのお知らせが届いた

 

差出人は尚美からだった。

 

「お〜い、生きてるか〜?もう彩色終わった?

めんどいけど今日仕事終わったらチェックしに家によるからね〜チャオ☆」

 

と用件だけを伝えたメッセージだった。

 

簡潔にいうと彼女は俺のオタク仲間である。

 

そして後2人の男と合計4人で同人活動,

来週開催される同人誌即売会でマンガを発行する予定であった。

 

俺達は初参加の素人集団だ。

 

ただしサークル主催の尚美は別格だ

 

彼女は小学校から油絵を嗜んでおり、その道ではチョットした有名人である程の才能を持っていた。

 

だからCG一つとっても別格なのだが

みんなで分担して一つの本を完成させることにこだわりがあるらしく、

又、いい加減に描いていないかチェックしにほぼ毎日やってくるのだった。

 

「ケッ!せっかくのzipタイムが台無しじゃん」

 

コーヒーを流し込み、

 

悪態をつきつつペンを取った。

 

とそこへチャイムと携帯が同時に鳴った。

 

この合図はフェスティか

 

「あいあい〜今いくよ〜」

 

と軽快な足取りで玄関に向かう。

 

ガチャリ、

 

 

「ヨッ!こんな真昼間にどうした?今日大学無かったの?」

 

この軽口がいけなかったのかムッとした表情の彼女は

 

「もう!また寝巻きじゃない!髪の毛もぼさぼさだし!本当だらしないのね!」

 

と開口一番嫌味をこぼした。

 

しかし棘のある彼女の物言いは何より俺を考えての発言なのだ。

 

「彼女の私までだらしないと思われるじゃない!」

 

ツンデレなのか嫌味なのか脳内変換に困った時、俺は善に解釈する。

 

「そうか、心配してくれてありがとう」

 

「なっ、なに言ってんのよ、べ、別に私が恥ずかしいから注意しただけなんだからね」

 

フッ…ビンゴ。

 

「で、今日は今まで何してたの?まさか又ずっと寝てたの?」

 

俺の活火山の爆発を連想させる頭を見ながら彼女は言及する。

 

「いや、まあ、見ての通りなんだ、ハハ」

 

乾いた笑いで取り繕う。

 

呆れた様子で

 

「で、今日はハローワークに行く気になったのかしら?」

 

と、直球で俺の内心を抉ってきた。

 

そう俺は仕事に就いていない、かつ学生でもない無職の男なのである。

 

高校を卒業と同時に公務員になり2年程社会の荒波に飲まれ

 

見事にヘタレて辞めた口である。

 

もちろんしばらく社会に労働貢献する気など全く無い。

 

税金に給料の3分の1も取られることなどもうないのだ。

 

「いや、しばらくは行く気ないよ、何度も言うけど」

 

というとガサリとスーパーの袋の音を伴って上がりこんできた。

 

「うどん作ってあげる、どうせろくな物食べてないんでしょ」

 

靴をきちんと揃え、家に上がりこむフェスティ

 

ふと今日彼女が来た理由を考える。

 

 

またアレをしたいのだろうか?

 

 

慣れた手つきで家の調理道具を使う姿はやはり通い女房を連想させる

 

といってもネギを切るだけなんだが。

 

 

「なぁ、フェスティ」

 

「なに?もうできるから」

 

コトリ…と二人前のどんぶりを出し、勢い良く鍋を傾ける。

 

後はカサカサと音を鳴らし袋から買ってきたてんぷらを載せ完成の

 

簡単、おいしいフェスティ18番てんぷらうどんの完成だ

 

パチパチとわざとらしく拍手してやる。

 

「えへへ、じゃぁお箸出して」

 

素早く出す

 

「うふふ」

 

なにやらご機嫌のようだ

 

まぁ彼女は最近の子に珍しく素直でいい子だと思う

 

特に褒められるとそのまま受け取る態度にはいつも感心する。

 

嫌味な人間とは無縁だよなコイツ

 

「じゃぁお祈りね」

 

言われて手を合わせる

 

「いただきまーす」

 

ズルッ

 

うまい

 

ズルーッっと長い一本を一生懸命吸い上げるフェスティ

 

本当小動物に見える。

 

「なぁ今日はやっぱりアレをしたくて来たのか?」

 

「うん、そうだよ」

 

やはりか、困った。

 

今日は夕方に尚美が来るから遊ぶ時間は無い。

 

かといって断れば来てくれた彼女に申し訳ない

 

ここは折衷案を提案するべきだ。

 

「なぁ、今日は尚美大先生が俺の絵を見に来るんだ」

 

「ふぇぇ〜ほへへ?」

 

食べながら喋っちゃ駄目っすよ

 

「それで今日夕方までCG塗らないと駄目なんだ、

だから今日フェスティと遊ぶ時間は無いんだ」

 

言って頭に振動が走る

 

「まだそんな事やってたの?あんた才能無いじゃん、

高校のとき美術いつも下から2番目だったじゃん、

何度も言うけど辞めといたほうがいいと思うわ」

 

 

 

カチンときた

 

「やる前から出来ないなんて言うと、どこの世界でも1日で捨てられるんだ、だから俺は俺のやりたい事に賭けるんだよ」

 

「じゃぁなんで今日はだらだら寝てるのよ?本当に一生懸命ならそれこそ寝食を惜しんで励むんじゃないの?だいたい自己管理も出来ないあんたが芸術家なんて孤独な仕事に向かないじゃん」

 

グサリとささる

 

「あんたは自分が思うほど大きな人間じゃないわ、だから高校を出て就職したときは本当に安心したのに、今更ノコノコ辞めて俺は俺のやりたい事に賭けるなんて、どこの甘ちゃんよ」

 

身長150cmに満たないチビッコ(21歳)にボロカスに言われる俺様

 

もうだめ

 

「とにかく、今日は駄目なんだ、悪いけど帰ってくれ」

 

 

「あっ」

 

そっと頭に手を置かれる

 

「ごめん、言い過ぎた」

 

「でも気付いて………兵士は本当にやりたい事が見つけられると思う、世の中の仕事は辛いと思うけど、どれもこれも皆卑賤は無い、仕事は生きるための唯一の手段なんだからその本質に差は無いわ」

 

「でも俺は嫌なんだ、意味の無い作業が、毎日書類を捌くだけで社会に貢献している実感が無いんだ」

 

「そんなの私に言われても分からないわ、あなた次第だもの、だけど働かないとあなた死ぬわ、絵を描いて生きるのは良く分からないけど一人で生きるという事に近いと思うわ、だから会社で働くことと違いあらゆる面で高度なものを求められる、それができるの?兵士」

 

あまりに本質を突いた意見に俺は言い訳も浮かばなかった

 

ただ目の端にうっすら涙を溜めた彼女の意見は

 

“やるなら死んでも生き抜きなさい”

 

という彼女の心からの声が乗っていたと感じた。

 

「わかったよ、フェスティのいう通り寝食を忘れて頑張ってみる、でも俺はいつも意味を考えて生きている。それは何に対しても同じなんだ。だからハローワークで紹介された仕事ではなく、就職するなら自分の絵を使ってくれる会社に就職したいんだ」

 

そう俺の萌えに賭ける魂はこんなもんで萎える訳には行かない。

 

「ふぅ、わかったわ好きに頑張るといいわ、もう付き合って5年になるもんね、兵士の頑固さも分かってるし、じゃぁ今日は退散するわ、尚美さんがきたら袋に入ってるお菓子出すのよ」

 

じゃ、と退散するフェスティ

 

別れ際、目と目が合い扉に阻まれた。

 

午後2時半俺はシャワーを浴び、さっそくCGの彩色に取り掛かった

 

 

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