DARK SOULS  〜すべての心折れた者たちに捧ぐ〜 第5回
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〜教戒師オズワルド〜

 

 梯子を降り鐘楼塔の入り口に戻ると黒尽くめの男が立っていた。

 あの金仮面の騎士かと一瞬身構えたが明らかに様子が違った。鎧ではなく聖職衣を纏っているし、なにより立ち姿が無防備そのものだった。

「やあ、はじめまして。私はカリムのオズワルド。教戒師さ」

 両腕を開き敵意がないことを示しながら黒尽くめの男は名乗った。

「君は宗教者ではないようだが……まあ、神は寛大だ。免罪の懺悔かな? それとも告罪? ……すべからく、罪は私の領分だよ」

 記憶がない身で聖職者の説教など小指の先ほども意味がない。

「そんなことには興味がないという様子だね……」

 オズワルドは持っていた記録帳をさっと開く。

「では君が関心を持つような話をしようか」

 両手に広げた台帳が独りでにめくれていく。

「竜を屠り君を『殺した』あの金仮面の騎士……、知りたいだろ?」

 ページが半ばまで進んだところで乾いた音が止まった。

「やはり罪人録にのっていますね……」

 見開いたページの上をオズワルドの視線がゆっくりと左右に動く。

「ふむ……、なるほどそう言うことですか……」

 読み終わった記録帳を閉じ、オズワルドがこちらを向く。

「沈黙を旨とする教戒師として詳しくは申せませんが、変わった罪……いえ、後悔をお持ちの方のようだ」

 なにやら楽しそうにオズワルドは嫌みな笑顔で頷いた。

「私が言うのもなんですが、救済と人の尊厳を大事にすることはままならないものですね」

 憐憫とも嘲笑ともとれる意味ありげな笑い。詰問するようなこちらの視線にもオズワルドはまるで動じる様子はなかった。肝が据わっているというよりは、こちらの剣呑さすらも楽しんでいるかのようだ。

 こういった手合いは真面目に相手にするだけ無駄だろう。

「これから地下にあるもう一つの鐘を目指すのだろう」

 こちらが去ろうとすると興味がありそうな話題を振る。まったく聖職者らしい話し方だ。

「君が愉快な道化を演じたあの石橋の端にある扉から下層へと向かえる。鍵は持っているのかな?」

 腰につけた鍵束からロートレクに貰った鍵を選び、オズワルドに見せつけた。

「君は善く善く罪人と縁があるようだね。ベルカの黒髪を掴む者として頼もしい限りだ」

 上機嫌そうに言うとオズワルドは腰につけていた袋から何かを取り出した。

「これは観劇料です」

 オズワルドから受け取ったのは小さな石だった。表面には人の顔のような模様が浮き出ていて少し不気味だ。

「君の巡礼の行き着く先を、私もベルカと共に見守っていますよ」

 オズワルドの言葉事態は祝祷のようだが、まるで呪いのように聞こえる。

「またいつでもおいでなさい。人に罪はつきものですからね……、ウフフフフフッ……」

 オズワルドを後ろに、教会の屋根へと出ると呪詛をぬぐい去るかのように風が吹いていた。

 

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〜不死街下層〜

 

 石橋の端、オズワルドが言っていた扉を潜ると下へと梯子が伸びていた。

 橋桁の根本まで続く長い長い梯子を下りきると、街並みが覗く路地へと出る。教会区向かう途中に見た下層へとやってきたのだと思うと少し感慨深い。

 街並み正面に階段を下りきると、突如物陰から何かが飛び出した。防御が遅れた左腕を鋭い痛みが襲う。腐臭放つ犬が深々と牙を刺し込んでいた。

 痛みをこらえ力を込めると噛みついたままの野犬を壁めがけて叩きつける。

 爛れた肉を飛び散らせながら情けない鳴き声をあげる野犬に剣を突き刺し止めをさす。さらに耳が捉えていた疾駆音めがけて返す刃で斬りつける。飛びかかってきた野犬は一鳴きすることさえも許されず首と胴体が別離の時を迎えた。

 はね飛ばされだらしなく舌を垂らした犬の首が転がり一軒の扉の前に止まる。見るとその扉が僅かにだが揺れていた。

 警戒しながら近づくと、建物の中から人の声が聞こえてきた。

「誰か! ここから出してくれ! 誰かいないか!

助けてくれ! 鍵を開けてくれ! ……くそっ、なんだってこんなことに……」

 誰か人間が囚われているようだ。罠とも思えないので、中の人物を助けることにした。

 力ずくで何とかする前に、だめで元々と持っている鍵を試してみることにした。すると上層でソウルと仕方がなしに交換した鍵で錠が開いた。

「おお、あの扉を開けてくれたのか!」

 中に入ると囚われていた男が歓喜の声を上げた。

「ありがとう、助かったよ。閉じこめられて、困っていたんだ」

 こんな危険な場所にも関わらず男は軽装だった。黒のローブを身につけ、右手に棒きれを持っている以外は特に武器らしい武器も持っていない。これなら捕まってしまったのも仕方がないことだ。むしろ捕まったからこそ今まで無事だったのかも知れない。

「私はヴィンハイムのグリッグス。学院の魔術師だ」

 こちらの疑わしげな視線に気づいたのか男は自ら名乗った。魔術師とはいえ護身用の刃物ぐらい持った方がいいと思ったが忠告はしなかった。知識に自信を持つ者、特に魔術師は往々にして自尊心が高いからだ。

「君には感謝するよ。どうやらこれで、旅を続けることができそうだ」

 礼を述べる様子に驕った素振りは微塵もない。どうやらオズワルドは生真面目な性格のようだ。

「私なら大丈夫。少し休んで、祭祀場に戻るつもりだ。魔術もある」

 手に持った棒きれを振って見せた。どうやらただの棒ではなく魔術の行使に必要な触媒のようだ。

「今度はへまはしないさ。大切な使命もあることだしな」

 本人がこう言っている以上、余計な手助けはいらないだろう。

 手を振るグリッグスを残し、ひとり小屋を後にした。

 

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 緩やかに朽ちゆく運命にある街並みを剣と盾を携え進んでいく。

 試しに家の扉をいくつか開けてみたが、人影はおろか生活の痕跡すらない。修繕されぬ窓や壁の亀裂から植物が入り込み内と外との境界を有耶無耶にしようとしている。

 そんな建物の間の道を歩いていると、風が抜ける音を遮り前後で扉が開く音が鳴り響いた。

 明らかに通り過ぎるのを待っての行動、友好的な相手の筈がない。典型的な挟み撃ちだ。

 案の定、正面から飛び出してきた亡者がナイフを投擲してくる。盾で防御していたのでは後ろからの攻撃に無防備だ。

 横っ飛びに交わし地面を転がる。回転する視界の中で、一瞬前まで立っていた場所を残忍な短刀が掠めていくのが見えた。

 腕全体を使って受け身をとり、回転を利用し立ち上がる。反撃に移ろうと思った刹那、頭上から影が振ってきた。

 盾を振り上げるが間に合わない。鎧われていない右肩と首の付け根に短い刃が深々と食い込んでいく。

 夥しい血が吹き出し焼けるような痛みに襲われながらも、止めを刺そうとする亡者を振り払う。なんとか剣を振るうが、狙いの甘い斬撃はあっさりと躱されてしまう。

 体勢が崩れたところを狙った別の亡者の刃が迫る。

 殺らせるかと左の盾で必死のパリィ。逆に体勢を崩させたところで、腕がとれるかのような痛みを押し殺し引き戻した剣で亡者の身体を貫く。

 早く勝負を決めエスト瓶で回復しなければ、出血で身体が動かなくなってしまう。

 絶命した亡者の身体を盾にナイフを投げつけてくる亡者に迫る。ナイフが無意味と見るや短刀を構えようとする相手めがけて、盾にしていた亡者の遺体を蹴りつける。

 判断に迷った亡者に遺体が激突、さらに長剣が二体を串刺しにした。

 手に持った剣を離すと前方に転がり込む。その直ぐ背後を風切り音が通り過ぎる。

 転がりながら拾ったナイフを立ち上がりざま後ろに投擲。肉に突き刺さる軽い音に次いで、空気が漏れる音。

 完全に振り向くと同時に、喉にナイフを生やした亡者が崩れ落ちていった。

 

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 エスト瓶を半分ほど飲み肩の傷を癒すと倒れた亡者たちを後目に再び歩き出す。進む道は地下を目指すのだからと、緩やかな坂を下ることにした。

 挟み撃ちされるのはもう懲り懲りなので、今度は軒先ごとに中の様子を確実に探ってから進んでいくことにした。

 幸運と言うべきか徒労と言うべきか、根気と時間をを浪費し全ての建物の安全を確認できた。唯一得た物は、亡者たちが使っていたのと同じ短刀だ。比較的状態が良かったので、予備の武器として腰に差し持って行くことにした。

 坂を下りきると地面は草に覆われ荒れ果てていた。雨が降ると街を流れた水がこの辺りに集まってくるのだろう。それに日照条件も良さそうだ。その証拠にちょうど陽光が差し込んで――。

 僅かに映り込んだ影に自然と身体が前へと飛び出していた。背後で壁が崩れる音に続き、地面を穿つような地響きが伝わってくる。

 転がる中で見えたのは壁を打ち破った巨大な二本の鉈が地面から引き抜かれる光景だった。

 飛び込んだアーチの先は袋小路になっていた。しかも二匹の野犬が粘つく涎を垂れ流し待ちかまえている。後ろは壁を力任せに砕くほどの強敵だ。背後の敵と距離があるいまこの二匹をしとめなければ、囲まれ身動きがとれないところをなぶり殺されてしまう。

 立ち上がりざまに剣を振り上げ、目前に迫る醜悪な牙口ごと頭部を真っ二つに切り裂く。さらに返す刃でもう一頭の腹を切り裂く。

 絶命に至らなかった野犬がどどめ色の体液と内容物をまき散らし暴れている横を駆け抜け、背後の脅威と距離をとってから油断なく振り返る。

 まず目に付いたのは異様な頭部だった。見上げるほどの大男の身体に四つ目の山羊頭がのっている。

 その丸太ような腕を持ってしても重いのか、身長ほどもある巨大な鉈を引きずるようにして近づいてくる。

 大鉈をかい潜りデーモンの懐に飛び込むか、背後の階段を上がり山羊頭を狙うか、あるいは……。

 両手の鉈を大きく振り上げる山羊頭デーモンに対し階段を駆け上る選択。その刹那、わずかな差で飛びかかってきたデーモンの大鉈が空を切り石壁を粉砕した。

 頭上に見えた張り出しへと逃げ伸びデーモンを振り返る。砕けた石壁が目に入り背筋を冷たい物が伝わった。

 渾身の大鉈の一撃はとても盾で受けきれるものではない。盾ごと押しつぶされ、無惨な肉塊になってしまうことだろう。

 頭の中身の方は山羊以下で、ちょうど張り出しの下まで来てくれないかと願ったが、それは叶わなかった。

 階段を一歩一歩上がってくる山羊頭デーモンは、まるで哀れな家畜を捻り潰すのを楽しみにしているかのように見えた。

 睨み合いつつ後退を続け、ついに踵が壁に触れてしまう。それを見た山羊頭デーモンが嘲笑のような方向と共に鉈を振り上げた。

 斬るではなく叩き潰すための刃を階下へと飛び降りることで回避。しかし、山羊頭デーモンはこの行動を見越していたのか、最後まで振り下ろすことなく反転し、鉈を地面へと向け跳躍する。

 が、その視線の先に狙うべき姿はない。屈み込みながら慌てる山羊頭デーモンの腹部には、自身の重さと膂力の全てをそそぎ込まれた必中の刃が斜めに突き刺ささっていた。

 全て予定通りの流れだった。

 着地した後、すぐさま張り出しの下へと回り込むと、落下攻撃を仕掛けてくるだろう山羊頭のデーモンに備え刺突の構えをとっていたのだ。

 深々と刺さった剣から手を離すと、絶叫をあげる山羊頭に飛びつき腰の短刀を抜く。

 ようやく何が起こったのか理解した山羊頭デーモンが腕を振り上げるがもう遅い。その手が最後に触ったのは、切り裂かれ肉だけで繋がる首筋だった。

 自らの死を確かめ安心したかのように、山羊頭デーモンは全身の力を抜き崩折れた。

 完全に動かなくなったことを確かめ、腹に刺さった剣に手をかける。

 骨に食い込んだのか、死してなお筋肉がしまっているのか、片手ではびくともしない動かない。

 畑の野菜に対するように全体重を使ってようやく引き抜くことができたが、勢い剰り尻を強かに打ち付けてしまう。

 教戒師オズワルドのあの嘲笑が聞こえてくるような気がした。

説明
一週間遅れて申し訳ないですが、どうにかこうにか5話目アップです。

例によりまして、感想や誤字脱字などお待ちしております。

ちなみに執筆中はだいたいダークソウルを起動しているんですが、 不死街下層を書くにあたって太陽戦士として山羊頭を40体ぐらい狩りました。どうでもいいですね……。

ダークソウルの公式画集が2月29日に発売されるようです。これに2400円(+税)を捧げる予定で、内容いかんで多少の書き直しが入るかもしれません。

追記 次回更新は2月2日以降の予定です。またまた二週間後でスミマセン。

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