【腐】水滴【エレリヴァ】
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(第14話の辺り エレン目線)

 

 

 

 

 

 

雨に似た痛みが頬を撫でてく。

 

 

自我も意識も融けていなくなりそうな記憶の亀裂の断面図。生あったかい刃物が喉を疾り薄皮の表面を裂く。

 

 

「……オイ死骸」

 

 

水寂しい痛覚に軋む内臓を抉る足の爪先。無感動はここに静かにたってた。清潔じみた靴を揺らし。億劫そうに蹴飛ばされそれでようやくほどける意識を眺め視た。憂嘆の雨の渦に寝転がり疵の哢吭を撫で触り。

 

 

「……まだ死んでません」

 

 

「それはどうかな」

 

 

うつ伏せで倒れた躰に穿たれた創傷から漏れ出る血液。

鮮血を靴底にこびりつかせ「彼」は尚もオレの融ける裂け目を蹴り上げて仰向けにさせる。

 

 

「生死は誰が決める。自分自身か。現象か。主観か臓器か心音か」

 

 

血流の蠢きが濾過するもの。

 

 

重たい彩飾の空を眺めた。

赤血球は絶えず窮屈を喚き解放の檻を壊す。疵を肉をナカから掻き分けて雨に濡れるのも構わずに哀傷、細胞の一部である運命を呪って体内を逃れようとする。ただの血痕へと逃れようと。

 

 

「……喉、掻っきりましたね。とても喋り辛い」

 

 

血液を垂れ流し過ぎたせいで腕が果てしなく重かった。まるで融解の禁縛だった。地面に地軸に縫われる囚縛。血みたいにヌメる桎梏の。

 

 

「ガキは煩ぇって決まってるからな。ちょうどいい」

 

 

愁いを着た雨の饒舌。

刃物は嗤弄に研ぎ澄まされた、甘えを排除の殺傷能力。

途切れない雨粒が容赦なくオレの頬を額を髪を瑕を突き刺して地面に磔に。

どこにも行かせないと叫ぶように目蓋を瑕疵を水滴が襲った。

 

 

ブチブチと酷く焦燥の音階を刻む頭痛と脈動。

もうオレは目蓋を閉じてなかった。

視たくない痛覚はどこにもない。

 

 

脳波に絡まる記憶と幻惑。

つめたい水のかたまりが皮膚に、べっとりと暗く落ちてきた。

雨にずぶ濡れの「彼」の白い表情が網膜に結像し。痩せ過ぎの輪郭を伝い零れ崩れる雫がオレに流れ落ち。

 

 

肉の無い肌に透けて視える静脈がゆっくりと近づいた。

喉首をその細い指に支配されながら襟を掴まれて、ぎすぎすと軋む吐息を感じて。

 

 

「――……ふ、……っ」

 

 

重なる酸素に存在証明。

呼吸のリズムを喪いかけてるオレを嗤うみたいに「彼」は、……人類最強の兵士はそして嘲り生身をひけらかす。

 

 

歯列を舐め辿り舌裏をなぞり尖らせた舌先同士を搦め、唾液をドクリと流し込まれて。空気の残滓を奪われてしまい呼吸器の瀕死を悟った。気管がヒュウヒュウ、音吐を奏でる。

 

 

「……くるしいか。ははッ! そうだくるしめ、ガキ」

 

 

舌実を吸いつくし噛みつくくちびるが不意にふわりいなくなり、離れたいちびょうに彼はほどいた。

 

 

「これが呼吸だ。わすれるな」

 

 

禁忌と利己心。

 

 

いのちをわすれるなんてやだよ。

 

 

生きたがりで死生に貪欲な催吐を雨のぬかるみに滲ませて。

「彼」はオレを斟酌も躊躇いも未練も見せず思い切り地面に放り打ち付け、立ち上がる。

相変わらず鬱陶しそうな目を向け。

 

 

「お前は生きているか?」

 

 

夜いろの艶髪を水浸しにして生ぬるい雨を切り取らず。

 

 

眼球の底の現象、あさはか。

 

 

「生きているのか?」

 

 

窮苦を飾った痩せた背中は振り返らず雨に消えてった。

自由を飼い慣らせ。鼓動。懊悩。

剥がせない痛哭ならもうずっと、心臓置き場になついてる。

 

 

自由とは。

 

 

「……生きているのです」

 

 

じゆうとは。

 

 

「生きていたいと願うのです」

 

 

渇きに誓え。いのちの凄惨を。

 

 

かつて死ななかったいきものはいない。

それでもねがい焦がれる心音を。

 

 

ズルズルと続く血の管の赤を引き摺りながらも立ち上がりオレは、陥没気味の創傷に蓋をするように指の数本をブッ刺す。

大丈夫。痛覚なら憶えてる。

毟り奪われない尊厳の恣惰。

肩に腿に咬みついた残毒を致命傷なんかにはしてやらない。

 

 

もっと純粋で惨たらしい害悪の毒物をオレは知っている。うつくしくも苦思。禍々しい思惟。寂しい翻弄。嘲笑の歯列。

 

 

血管を退かし異物を遊んで。

 

 

弾丸をしゃぶれ。

いのちを掻き集め貪れ。

 

 

「ただいま。人類」

 

 

地面に横たわる水溜まりに棄てる鉛の比重よりもまだくるしいのは生きてる熱の躓き。こうしてせかいは無表情。

 

 

でも慾望を掻き削り怯え、廃れたまばたきに衰えてゆく生身の閉塞なんかよりずっと、みっともなくて醜くて不様で見苦しい息を触りたかった。

 

 

でたらめな呼吸が欲しい。

それだけ。

 

 

オレたちはただのじかんの水滴で地軸に刺さる雨粒で。

だからこんなにも不安であざとく毀傷を纏ってしまうから。

 

 

新鮮な血液の混じる浅い水溜まりをオレは蹴り散らかした。

「彼」がそうしたようにオレもまた。

 

 

血模様を嗤え。

 

 

「――……たたかいます」

 

 

骸骨が煩く鳴ってる。

 

 

 

 

 

 

水滴20110515

 

 

 

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