どんよりとした空からは変わらず雨が降り続け、森の中の道はぬかるんでいた。気色悪い傘は案外大きく、雨にぬれる事は無かった。だが気をつけて歩いても、どうしても泥が跳ねてしまう。その感触に咲夜は憂鬱になる。横を見ると、傘をさしてる女の子は楽しそうだ。

「あなた楽しそうね」

「ん〜？そうかな〜？」

　咲夜を水溜りの無いところを歩かせるためか、女の子はわざわざ水溜りの中を歩いている。彼女の足元は素足に下駄で、水を流せばすぐ洗えるのがちょっと羨ましかった。

「そう言えば名前を聞いてなかったわね。私は十六夜咲夜。紅魔館でメイドをしていますわ」

　先程よりちょっと洒落た仕草で女の子に挨拶する。

「あちきは小傘。多々良小傘っていうの。唐傘お化け…って呼ばれてるよ」

　互いの紹介が済んでから、小傘は堰を切ったように喋り出した。おどろかすという目的のためか、こうして人と話す機会は無かったらしい。小傘の話す内容は正直どうでもいいものだった。

「昨夜雨の中墓場で人を驚かせようと待っていても誰も来なかった」とか「たまには正々堂々驚かそうと道の真ん中に仁王立ちしていたら、親切な小父さんが柏餅くれた」など、なにかがずれている武勇伝ばかりだ。

「小傘って、悩みなさそうね」

　思わず咲夜の口から本音がこぼれた。

「なにおう！？あちきにだって悩み事はあるわよっ」

「そうなの？例えばどんな悩みかしら？」

　疑わしそうな視線を向ける咲夜に対し、小傘は体つきの割には意外と大きい胸を張って小傘は答える。

「ズバリ、どうやったら人を驚かせられるか！」

　ビシっと指を指し小傘は自分の悩みを声高らかに宣言するも、咲夜は呆れた顔をして即答する。

「諦めたら？」

「なんでさっ！？」

「何でって…あなた人を驚かせる事向いてないと思うわよ？」

　小傘はショックのあまり固まってしまっているが、咲夜は構わず話を続ける。

「根本的に間違ってると思うわ。驚かせるにしても、相手の事を考えなさすぎよ。夜のお墓ってのはまぁいいにせよ道の真ん中に立って驚かせようって発想がいただけないわね。それから…」

　少し前に出会ったばかりなのに、クドクドと自分のダメな点を突き付けられて、次第に小傘は涙目になっていく。

「…そもそも、人を驚かせてどうするのよ。驚いた顔を見て満足するのかしら？だったら…」

「あう…あうぅ〜」

　咲夜のお説教は止まらない。方向性はともかくとして、今まで唐傘お化けとして過ごしてきた自分を批判されているようで悲しくなってしまった。

「じゃ、じゃあ咲夜さんは人を驚かせたことあるの？驚かせるのがどれだけ大変か知ってるの！？」

　耐えかねた小傘は人の気も知らないで、知った様な口をきくなととほえる。

「そうねぇ…種なし手品ならできるわよ」

「なにそれっ！？」

　手品と聞いて今にもこぼれそうだった涙はどこへ行ったのか、小傘は興味津津の様子で咲夜に詰め寄る。

「じゃあコレを持っていて」

　そう言うと、咲夜はスカートの中から愛用の銀ナイフを取り出し小傘に渡した。

「なにこれナイフ？刃物は危ないから扱いに気をつけなくちゃいけないんだよ？」

「あなた、ホントにいい子ね…」

　親から注意叱られた子供のような反応をする小傘がかわいくて、咲夜は思わず小傘の頭を撫でた。

「ちょ、ちょっと〜頭撫でてないで早く手品を見せてよ！」

　小傘の言葉にハッとして咲夜は赤くなって手を引っ込める。

「あぁ、御免なさい。それじゃあ今から私が魔法をかけるわね。魔法をかけると、その銀ナイフが鯛焼きに変わるわよ」

「ホントかな〜」

　小傘はじろじろと、疑わしそうにナイフを見回す。

「ふふ、まあ見てて。それじゃあ行くわよ、ちちんぷいの〜」

　咲夜は目をつぶり銀ナイフに指をかざして呪文を唱え始めた。

（それっ！）

　呪文を唱えている途中に時を止める能力を使い、自分以外の時間を止めた。小傘が握っている銀ナイフを回収し、バスケットの中から先程買った鯛焼きを小傘の手に握らせる。美鈴の分が怪しくなったけど、多分大丈夫だろう。

　小傘に鯛焼きを握らせ、先ほどと同じ呪文を唱えるポーズを取ると、時間の流れを元に戻した。

「ぷいっ！」

　咲夜が小傘の手をビシっと指すと、小傘の表情が見る見るうちに興奮したものになる。

「わぁ凄い！本当にナイフが鯛焼きになっちゃった！」

「種も仕掛けもございません」

　ピョンピョン飛び跳ねて喜ぶ小傘を見ると、咲夜の方まで嬉しくなってしまう。コホンと咳払いをして、話を本題に戻した。

「ね、すごいでしょう？私だって驚かせることぐらいできますわ」

　その言葉に小傘は本来の目的を思い出した。

「お、驚いてなんかないもん！ただ、ナイフが鯛焼きに変わっちゃったのがすごいな〜って思っただけだもんっ！」

「世間一般では、そういうのを驚いたって言うのよ」

「はぁ…咲夜さんはすごいよね。お料理もお掃除もこなして、その上人を驚かすことだってできるんだもん…」

　鯛焼きを食べながら、小傘は自信なさげに呟いた。

「それに比べてあちきはダメダメだよぉ〜…お料理も出来ないし、掃除しても散らかすし、本業の驚かすのだってちっとも上手くいかないし…」

　ついに小傘はグズグズ泣き出してしまった。ちょっと駄目出しするつもりが、小傘の自信を打ち砕いてしまったようだ。

（流石にやり過ぎたかしらねぇ…）

「まぁ、そのうち上手くいくわよ」

　根拠の全くない励ましだが、励まさずにはいられなくなった。

「無理だよぉ、最近は驚かないどころかあちきのこと退治してくる人間も居るんだもん」

　大方、あのグータラ巫女とかそこらへんだろうか？小傘を見ていると、妖怪だからと見境なしに退治するのはどうなんだろうと考えてしまう。

「あちき何のために居るのかなぁ…驚かせられないお化けって、いる意味あるのかなぁ…あちき、分からないよ…うわぁぁぁあん」

　最後まで言いきると、大声で泣き出してしまった。今までずっと不安だったのだろう。溜まっていた感情が流れ出すように目から大粒の涙があふれてくる。

「あぁ、ほら泣かないで」

　涙をハンカチでぬぐってあげても、後から後から流れてくる。

　ここまで泣かれては咲夜の方も参ってしまった。ちょっとからかうつもりがここまで大事になってしまった。出会ったばかりの他人とはいえ、そのまま突き放すのも忍びない。からかった手前、罪悪感もある。

（さて…どうしましょうか）

　何かいい手は無いかと今までの事を振り返る。出会ってまだわずかな時間しかなく、その中で浮かんでくるのは小傘の楽しそうな笑顔ばかりだ。

　雨宿りしているところを心から楽しそうに驚かそうとしたり…

　自分がどんな手段で驚かそうとしたのか、楽しそうに語ったり…

（ああ、そうか。この子は驚かせることが大好きなんだ）

「ねぇ、唐傘お化けだからって人を驚かさなきゃいけないのかしら？」

「…え？」

　小傘が泣くのを止め、不思議そうに咲夜の方を向く。

「確かにあなたは唐傘お化けで人を驚かす妖怪だけど、そんなに人間の反応に拘る必要があるのかしら？」

「驚かすんだから、人間が驚いてくれないと意味ないんじゃないかなぁ？」

　小傘は咲夜の意図が分からず困惑している。

「じゃあもう少し質問するわね」

「うん」

「あなたは人を驚かせることが好き？」

「うん、大好き！」

「じゃあ、驚かせた人が驚いたらどうかしら？」

「すごく嬉しいっ！」

　その答えを聞き、咲夜はフッと微笑む。

「ならそれで良いんじゃないかしら？」

「どういうこと？」

「驚かす事が大好きなら、結果はどうあれ好きなように驚かせればいいんじゃないかしら」

　ニッコリ笑い、励ますように咲夜は言った。

「でも、驚いてくれた方がもっと嬉しいよ？」

　やさしく言い聞かせるように咲夜は言う。

「そうね、確かに驚いてくれた方が嬉しいかもしれない。でも、なかなか驚いてくれないからこそ、驚いてくれたとき嬉しいんじゃないかしら？」

「う〜ん…どういうことかなぁ？」

「美味しいものでも、毎日食べ続けたら飽きちゃうってことよ」

　その例えで咲夜の言いたい事が伝わったのか、小傘は声を弾ませる。

「それっておでんは御馳走だけど、毎日食べると飽きちゃうってこと？」

　普段何を食べているのかものすごく気になったけど、咲夜はその疑問を胸の奥底に仕舞って自信たっぷりに答える。

「そういう事よ。結果はどうあれ、好きな事をして楽しんじゃったらいいんじゃないかしら？」

「えっと…人が驚くかなくても、驚かせばいいってこと？」

「ええ。だって小傘はあんなに楽しそうに驚かせるんだもの。今まで通り驚かすのが似合っていると思うわ」

「・・・ほんと？」

「ええ。本当よ」

　ぐしぐしと目をこする小傘に、咲夜はニッコリ笑って答える。少し迷ったような仕草を見せた小傘だったが、もう一度涙をぬぐったら

「わかった、あちき、これからも驚かせ続けるよ！」