うそつきはどろぼうのはじまり 31
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早朝のトリグラフは、靄の立ち込めているせいなのか、ひどく静かだった。日中、あれだけ賑やかで人通りの絶えない道が、今は乳白色に包まれて沈黙している。

エリーゼは前を見据えたまま、ワイバーンの背から降り立った。石畳が敷き詰められたスヴェント家の前広場に、かつんと硬い音が鳴る。

玄関先に佇んでいた紳士は、、それを見て小さく会釈をする。早い時間にもかかわらず、バランは少女を直接出迎えていた。

「遠路はるばる、ようこそトリグラフへお越しくださいました、ルタス嬢。スヴェント家の者として、またトリグラフの一市民として、心より歓迎申し上げます」

丁寧な挨拶に、エリーゼは穏やかな笑みを浮かべた。

「おはようございます、バランさん。ご厄介になります、宜しくお願いします」

これから挙式までの三ヶ月間、彼女はスヴェント家で伊呂波を学ぶ。エレンピオス式の礼儀作法から物の考え方、貴族との付き合い、苛烈な貴婦人たちの軋轢を潜り抜ける方法など、項目を挙げればきりが無い。

バランの背後に控えていた家臣の案内に導かれ、エリーゼは異国の屋敷へと足を踏み入れた。

それを見送っていたバランは、前庭にうずくまるワイバーンの方を振り返る。さも意外だと言わんばかりに眉を上げ、馴染みの運び屋に話しかけた。

「随分あっさりしたもんだね。旅仲間だったんだろ?」

君に言われて記録を調べたんだ、と若き技師は言う。

「エリーゼ・ルタス。五年前、マナを大量に含有するリーゼ・マクシアから突如やってきた、異邦人の一人。君と一緒に、崖の下に流れ着いた子だ、アルフレド」

「ああ、そうだ」

「なのに君も彼女も淡白だよねえ。もっとこう、別れの挨拶とかが交わされると思ってたんだけど」

うーんと顎に手をあてがって悩み始めた従兄弟を、運び屋は呆れた目で眺めた。別にバランは夢見がちでもなければ情緒的な性格でもない。彼は生粋の科学者だ。単に自身の予想が覆されたから、興味が沸いているに過ぎないのである。

「確かに彼女は仲間だったさ。だが今回は違う。お前に届ける荷物だ。そうだろう?」

「それはそうなんだけど。まあ、いいや。――ご苦労様、アルフレド。これは残りのお金だよ」

雇い主から報酬を受け取った男は、トリグラフで小さな仕事を二つほど請け負い、のんびりと帰路に就いた。途中、事務所のあるシャン・ドゥ

に鳩を飛ばし、仕事の完了を伝えておく。程なくして戻ってきた鳩は、ユルゲンスの手紙を携えていた。

どうやらアルヴィンがこの仕事に掛かり切りだったお陰で、残りのワイバーン部隊では依頼をこなし切れず、破裂寸前らしい。あの人の良いユルゲンスが、書簡内でここまで悲鳴を上げているのだ。これは帰ったら相当こき使われそうだな、とアルヴィンは酒場のカウンターで苦笑する。

酒瓶の並ぶカウンターの向こうで、黒服の老紳士が静かに笑う。

「良い、知らせだったようですな」

「いや・・・、うん、そうだな。良い知らせだ。目の回りそうなくらいの仕事が、待ち構えてるってことだもんな」

「それはそれは。このご時勢、まさに吉報でしょう」

吉報、という言葉が心の底に沈んでゆく。アルヴィンは氷を回しながらグラスを傾けた。こうして酒を飲むのも、随分久し振りだった。

旅の間は、こうした店に出入りすることを控えていた。旅の間、疲れた身体で酒を嗜むのは乙なものだが、彼は止まり木に座り酒瓶を眺める時間より、一緒にいる時間を優先した。流石に酒を提供するような店に、未成年を連れては行けない。

リーゼ・マクシアに帰れば、何もかもを忘れられるくらいの仕事が、男を待っている。

それが吉報と呼べるくらい、本当にありがたいことなのか、男には分からなかった。

バランに指摘されるまでもなかった。長らく共に旅をしてきた二人の離別は、ひどく淡白だった。

男の手を借りワイバーンから降り立った少女は、結局一度もこちらを振り返らなかった。アルヴィンはそれを、礼節がなってないなどと、とやかく言うつもりはなかった。別れの挨拶は、とうに済ませていたからだった。

(アル・・・)

自分を呼ぶ切ない声。枕に散る金の髪。涙と欲情に濡れた緑の瞳。恐れに震える自分を宥める、小さな手。柔らかな体。抱き締めた腕に絡められた温かい指。その全てが、惜別の表れだった。

彼女は全身全霊で自分を求めていた。別れの前日になるまで踏み切れなかった、彼女から迫られるまで触れようともしなかった、意気地なしの自分を、軽蔑するでもなく、ただただ求めてくれた。

嬉しかった。女を抱いて、嬉しいと思ったのは生まれて初めてだった。

彼女達は一様に、圧し掛かる男の向こうに何かを見ていた。それは金だったり、情報だったり、算段だったりした。

彼は、自分を見ていないことについては別に不満を覚えなかった。彼女達はそれで生計を立てていたのであったし、自分にもまた、女を抱く様々な理由と思惑があったからだ。

だがエリーゼの場合は違った。

ただ抱きたいと思った。抱いて自分のものにしたいと強く思った。心も身体も、手放したくなかった。

 

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