うそつきはどろぼうのはじまり 33
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彼女はこれまで何度もシルフモドキを放っていた。元気でやっているか。身体を壊してなどいないか。エレンピオスでの生活には慣れたか。質問ばかりの、ドロッセルらしい気遣いに溢れた書簡だった。だが手紙を背負った伝書鳩は、一度飛び立ちはするものの、そのまま戻ってきてしまうのだという。

「単にトリグラフまでが遠すぎて、シルフモドキにはエリーの位置がつかめ切れないのかもしれない。きっとそういうことなんだと思うわ。でも・・・万が一、あの子の身にもしものことがあったら・・・」

「元気でやっているに決まっているさ」

唐突に男が遮った。不安に慄いていた領主が僅かに目を見張る中、運び屋は虚勢を張る。

「結婚前の花嫁って色々大変なんだろ? 忙しすぎて、手紙にまで気が回っていないだけだ」

まるで言い聞かせるような言葉だとアルヴィンは思った。だが、そう考えなければ、とてもやっていけないのは事実だった。

迷いを振り切るように領主の館を飛び出したアルヴィンが、再び空の配達人となった頃、下界の帝都イル・ファンはまさに修羅場と化していた。

事の発端となったのはレイアの到着である。

アルヴィンを探してシャン・ドゥに乗り込んだ当初、彼女はワイバーンを使って夜の都へ向かおうとしていた。

その依頼に、だがユルゲンスは首を横に振った。

「すまないが、その依頼は引き受けられない」

生憎、運搬予定にイル・ファン行きの荷物はなく、仮にあったとしても彼女を同乗させることは厳しいと説明した。

人間は生き物である。物資と同じように扱うことはできない。レイアにも、人ひとりを運ぶことの大変さは何となく理解できたので、大人しく引き下がった。

「わかった。じゃあ陸路と定期船を使っていくことにするね」

長居しちゃってごめんなさい、と笑顔で手を振って出て行こうとする少女を、カーラは慌てて引き止めた。

「待って、レイアさん。ここからイル・ファンまでは随分距離があるわ。お金は大丈夫なの?」

「あー・・・」

指摘されて、レイアは腰に提げていた財布に触れる。彼女は、旅の軍資金をこことル・ロンドの往復分しか用意してこなかった。道中、土産を買ったり美味しいものをついつい摘んだり、何だかんだで散在してしまったので、所持金は帰る船代ぎりぎりである。

魔物を倒せば路銀は稼げるが、旅代を捻出する程の金額を貯めるには随分と時間がかかるだろう。

困った、と頭を掻く少女を見ていたカーラが、くすりと笑みを漏らす。

「レイアさん。もし良ければ、ここで働いていかない?」

「え?」

栗毛の少女は、弾かれたように顔を上げる。

「魔物のなかでも上位に位置するワイバーンだけど、いつも無傷で戻ってくるわけじゃないの。より上位の肉食動物に遭遇したり、嵐に揉まれたり、縄張り争いに巻き込まれたりして、よく怪我をするのよ。あなたは治癒術が使えるそうね。精霊術なら魔物の傷も治せるから、いてくれると助かるのだけど、どうかしら?」

うら若き教師は、茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。

「もちろん、お給金はきちんと所長が出すわ。そうよね? ユルゲンス?」

話題を振られた男は、肩を竦めて手を広げた。

「やれやれ、私が言いたかったことを、全て言われてしまったな。――レイア、君の術師としての能力の高さは聞いている。君が充分な資金を得ることができるまでの間で構わないから、我々を助けてくれると嬉しい」

レイアは満面の笑みで承諾した。

「ありがとうございます! あたし、頑張ります!」

こうして、レイアのシャン・ドゥにおける居候生活が始まった。

カーラの説明通り、荷を運び終え戻ってくる飛竜達は、大概がどこかに傷を負っていた。本来の生態を考えるなら、自然治癒に任せた方が良いのだろうが、飼われているワイバーンは長旅により疲労困憊しており、癒え方が遅くなっていた。レイアは乗り手と一緒に檻の中に入り、傷つき疲れた魔物を懸命に介護した。

魔物が出払っている時は、事務員カーラの手伝いをして過ごした。闘技大会が近いこともあって依頼はやや控えめらしく、手が空いた二人は織布を作成することにした。

「もったいないものね。こんなに素晴らしい図柄を、皆が見られないなんて」

カーラは刺繍針を手に、うきうきと青地に触れる。レイアも彼女の言葉に同意を示した。

「エリーゼも、きっと喜ぶと思います」

彼女達は下絵段階で止まっていたエリーゼの織布に向き合っている。下絵だけで見る者を魅了してやまない図柄なのだ。もし完成すれば、さぞかし見事なものになるに違いないと、二人は大急ぎで仕上げることにしたのだった。

二人は一心に、金の糸で緻密な線をかがってゆく。時間もないため全てを一色の糸で纏ることに決めたお陰か、布は大会の二週間前、銘々の織布が一斉に掲げられる前日に仕上がった。

翌日、堂々とはためくワイバーン柄の布をレイアは満足気に見つめた。連日、細かな縫い目を追い続けた目に、金の色が眩しい。心は疲弊していたが、少女の心は充足感で満ち溢れていた。

「間に合って、良かった・・・」

「本当に。でもあれだけ映えると、頑張った甲斐があるわね」

はい、と目の下に隈を作ったカーラが弁当を差し出してきた。

 

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