魔法少女さや☆マギカ 無垢なるもの
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 無垢なるもの

 

 

 

 「いっ、嫌ぁあっ……」

 

 それは中学二年の12月、唐突にやってきた。

 

 上条沙弥(かみじょうさや)は夜も遅くの塾からの帰り、不気味な人形に襲われていた。靴のサイズくらいしかない小さなぬいぐるみから足一本分くらいの長さの西洋人形と様々だったが、それぞれ手には刃物や注射器などを持って執拗に彼女を追い回していた。

 

 そして彼女はついに追いつめられ、その鈍く光る刃が月を照り返した刹那……

 

 「『月の終局』(ブライト・フィナーレ)っ!!!!!!!」

 

 恐怖に目を瞑って俯いていた彼女は、前から聞こえる澄んだ曇りのない声に引かれ顔を上げる。

 

 そこにいたのは金髪を二つ結びに束ねた女生徒。2年3組の出席番号32番、沙弥が知らないはずはない親友だった。

 

 「ま、マユちゃんっ!!!!!?」

 「まさか沙弥だったとはね〜、とりあえず……皆には内緒だからねっ!!!!」

 

 何本もの杖が彼女の周りを浮遊し、先端から光が突き進む。人形たちを焼き払い、闇夜の彼方へ消滅させた。

 

 巴真由(ともえマユ)、両親が離婚して母親に引き取られ、その母も心労がたたって入院してからずっと一人で強く生きてきた女の子。

 

 いつだって優しくて面倒見が良くて、とても同い年には思えないけれど、いつだって自分のそばで笑っていてくれたそんな彼女は沙弥のヒーローだった。

 

 そしてそれは今もこうして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『魔法少女さや☆マギカ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめん、マユちゃん宿題見せてっ!!!」

 

 また何気ない日々が始まるけれど、沙弥の世界をみる認識は少し変わっていた。

 

 だがそんなキレイゴトを言っている暇は無いわけで、後十分でやることをやらねばならない。

 

 「またか……私だって忙しいんだよ、そんな中でやってるんだからもうちょっと頑張りなさ」

 「昨日のことバラすもん」

 「恩知らず……分かったから、ちゃちゃっと写しなさい」

 「後でお昼ご飯のおかずあげる」

 「当然」

 

 真由に机を隣接し必死で宿題を写す沙弥とそれを微笑ましく見つめる真由。ドジで要領の悪い前者と万能で要領のいい後者、二人は対局にあったが、とても仲が良かった。

 

 「にしても、昨日塾の帰りだったじゃない、塾で何やってたの?」

 「あれ、マユちゃんもしかして忘れてる? 先週出てた英語の宿題」

 「……………」

 「仕方ない、見せてしんぜよう。そのかわり、マユちゃんのおかずも頂戴ね」

 「ううっ……恩に着ます」

 

 たま〜にこう言うこともある。そんなとき沙弥は盛大に偉そうにして、真由は渋々ながらもそれに甘んじるのだ。

 

 「それにしても、もうすぐ冬休みだね〜」

 「私は多分バイトかな〜」

 「バイトって、禁止じゃないの?」

 「正義の味方のアルバイト」

 「あ、そゆこと」

 

 真由はにまっと笑う。普段品行方正な彼女が垣間見せる笑顔が沙弥は大好きだった。

 

 「私は部活だな、この時期の陸上って最初は辛いんだよね〜。すぐ暖かくなるんだけど」

 「部活の時って、あの練習着よね。あのぶかぶかの」

 「うっ……べ、別に中1の時に大きなサイズ買っただけだもん」

 「私も体操服や制服は大きめ買ったけど……そろそろ一つ上のサイズ買わないと」

 「私はマユちゃんみたくスタイル良くないもんっ」

 「……まあ、別に大丈夫だって。成長期なんだし」

 

 スタイルの良さも対局にある二人。小4の頃から大きくなりだした胸は順調に成長を続け今では大層なことになっている。そんな光景を隣で見てきた沙弥は自分の下を向いて、足下の視界を遮る物が何もないことにげんなりする。

 

 

 そんな彼女が、冬休みあけて以来めっきり学校に来なくなってしまったのだった。

 

 

 「今日も休み……か」

 

 隣を見て閑散とした机の上をぼんやりと見つめる。始業式には来ていた。だがそれからも朝遅刻してきたり早退したり、一日中来なかったりを繰り返していたのだ。

 

 特に最近では一日中の休みが増えた。さすがに心配にもなる。特に彼女は一人暮らしだし、体調を崩したのだとしたら心配だ。

 

 「もう、宿題ちゃんとやる癖ついちゃったじゃないか……あ、マユちゃんっ!!!」

 

 ぎりぎり朝のホームルームには間に合ったが、明らかに顔色が悪かった。目つきがとても悪い。顔がやつれている。

 

 「ま、マユちゃん……久しぶりっ」

 「ああ、サヤ……久しぶり」

 「大丈夫だった? 私すごく心配して……」

 「しん、ぱい……?」

 

 真由は座ろうとした腰を持ち上げ、座っている沙弥を見据える。何か言おうとして……彼女は踏みとどまった。

 

 「……貴方達みたいに……」

 「え……??」

 「いや、何でもない……ほら、先生は入ってきた」

 

 すぐさま席に着く真由。沙弥は詮索しなかった、してはいけない気がしたのだ。

 

 

 「ねえ、マユちゃん……一緒にお昼食べ……」

 「ごめん、もう帰る」

 

 その日の午後、沙弥は机を動かし真由の机とくっつけて待っていた。だが、彼女からの返事は実に素っ気ないものだった。

 

 前までは自然とご飯を食べていた二人だったのに。確かに彼女が辛そうなのは見て取れるが、そこまで言わなくても……と沙弥は食い下がる。

 

 「でも、折角だし……」

 「うるさいっ!!!!」

 「マユちゃん……」

 「あんた達のせいで……あんた達のせいで私らがどれだけ迷惑してると思ってるの!!!!!!??」

 

 教室が静まり返る。真由は特に悪びれる様子もなく、ただ決まりが悪そうに鞄に物を詰めてすたすたと教室を出ていく。

 

 「何あの子……」

 「沙弥、何かした?」

 「……ううん」

 

 わけが分からないよ……沙弥は淋しげな真由の背中をぼーっと見つめて……

 

 『巴マユを助けたいかい?』

 

 それは死神の囁き。頭の中に、沙弥の頭にだけ響いた声。

 

 『貴方は……誰? どこにいるの?』

 『ボクは、キュゥべえ。直接話がしたいから、屋上に来てよ』

 

 沙弥は処刑台への一歩を踏み出す。その先に何が待つかを彼女は知らない。

 

 屋上、今日は特に誰もいない。念のため、鍵はかけておいた。

 

 蒼天の元、彼女の目の前に現れたのは白い体に赤いくりくりした目の小動物。無表情で不思議な威圧感があった。

 

 「話って……何?」

 「単刀直入に言うよ。巴マユは疲れてる、君にもその助けになってほしいんだ」

 「助ける……って、どうやるの? 私なんかで出来るのかな??」

 「出来るよ、いや……君にしかできないことだ」

 

 それは悪魔の囁き、禁じられた咎の果実。

 

 

 

 「ボクと契約して、魔法少女になってよ」

 

 

 

 友を救う事が出来るのなら……沙弥は、彼の言うままに契約を……

説明
一人の少女が守られる立場から守る立場へと変わっていく様子を描きました。
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