うそつきはどろぼうのはじまり 39
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顔なじみなんですよ、と筆を走らせる手を休めもずに言う。

「キタル族の方からお借りしたことがあるんです。レイアに懐いたのは多分、その時に顔を見ていたからじゃないかな」

ほう、とエデは感嘆し、そして記憶を探る顔つきになる。

「ア・ジュールのキタル族。確か、魔物使いの異名を持つ部族ですな?」

ジュードは肯定する。

「キタル族は代々、魔物の言葉を介する、いわば翻訳の精霊術を受け継いでいるそうです」

ジュード達がキタル族の青年ユルゲンスからワイバーンを借り受けたのは、五年前の旅の最中だった。一族の秘伝ゆえ使役する術を教えるわけにはいかないが、調教されたワイバーンなら操るくらいなら可能だと、彼は一行に手綱を渡してくれた。

その時、魔物の檻の前に立ったミラの一瞥で、ワイバーンは瞬く間に頭を垂れたわけだが、これにユルゲンスをはじめとするキタル族はひどく驚いていた。何せ、門外不出の精霊術は、魔物と心を通わせんと自分達の先祖が苦労の末編み出した代物なのである。そんなものは不要、とばかりに使役されては一族の立場がない。この例外中の例外に、彼らは泡を食ったように彼女へ詰め寄ったわけだが、当のミラの答えはいつも通りであった。曰く、自分は精霊マクスウェルだ、である。

「特には何もしてないぞ。強いて言うなら、そうだな――いつも四大にしていたことを、やってみただけだ」

実も蓋もない答えに、キタル族は一様に脱力した。ミラの浮世離れした受け答えに、大概の人がそうであるように、キタル族も似たような反応を示した。よりによって精霊マクスウェルを名乗るとは。眉唾だ、妄想癖も甚だしい、と思っていることはその顔を見ればよく分かった。

彼女の正体を知っている一行にしてみれば、充分に有り得る話であった。四大を統べる大精霊に対し、魔物は畏敬の念を抱いたのであろう。さもありなん、と肩を竦めただけで終わった。

「翻訳の精霊術――それさえあれば、すぐさま事情聴取に取り掛かれるものを」

警備隊長は口惜しい、とばかりに溜息をつく。

「なぜこの街にやってきたのか。なにゆえ、あのような傷を負ったのか。聞きたいことは山のようにあるのですが・・・」

エデはちらりと横に目を走らせた。その白い遮布に囲まれた中で、件の男は眠り続けている。

だがジュードは首を振った。

「彼の消耗は激しい。まだ目も覚めていない有様なんです。話せるようになるには、まだ日数がかかるでしょう」

「やれやれ。結局、人間には人間の言葉。飼い主の快復を待たねばならんということですかな」

エデの診察が終わり、診察室に静寂が訪れた。専属看護師のプランは今、看護課に行っている。問診票を束ねて片付けた若き医師は、窓の方へ顔を向けた。窓ガラスには水滴がいくつも流れ、その奥に滲んだ街並が見える。帝都イル・ファンは長雨の季節を迎えていた。

ジュードは立ち上がると扉の札を休診に架け替え、部屋を仕切る遮布をそっと絡げた。

アルヴィンは今日も、昏々と眠り続けている。この街に行き倒れて以降、一度として意識を取り戻していない。先ほどエデにも説明したことだが、とにかく体力の消耗が激しかった。雨に濡れたまま長距離を移動し続けたのだろう。男は自分の身体を保てないほど、衰弱していた。

「・・・ー、・・・めん・・・」

黙々と点滴を取り替えていたジュードの耳に、そのか細い声は届いた。

悪い夢でも見ているのだろうか。アルヴィンは時折こんな風に、苦しげに唸る。うなされて喘ぐ言葉はいつも同じだった。最初は途切れ途切れでよく聞き取れなかった言葉も、何度も繰り返し呟かれたお陰で意味が通るようになっている。

男は悪夢の中で、幾度となく謝っていた。

エリー、ごめん。そう、彼女に向かって涙ながらに謝っていた。

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