真説・恋姫†演義 仲帝記 第二十五羽「奸臣は忠臣を奸臣と叫び、最後までその意を貫く、のこと」
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 正史の史実において、洛陽宮中にて行われた、董卓の粛清。

 

 帝位を餌にして王允によって呼び出され、そして、義理の息子でもあった呂布のその手により、董卓はその野望半ばにして、波乱に満ちたその人生に幕を下ろした。

 

 そしてこの当該外史においても、王允は董卓の誅滅をもくろんだ。

 

 しかし。

 

 その思考に至った経緯については、正史の彼とはおよそほど遠い、自己満足で身勝手なものだった。

 

 曰く。

 

 『漢の相国に相応しい人間と言うのは、田舎出の青臭い娘如きでは無く、自分の様な高い身分にある、それで居て、漢に絶対の忠義を尽くす、真の忠臣のことなのである』

 

 王允からしてみれば、涼州という都からも程遠い上に、辺鄙な、ほとんど羌に近い所の出身である董卓は、下賎で卑しいだけの小娘に過ぎなかった。

 

 そんな卑しい小娘の事を信頼し、相国という位に就けたのは、今代の帝である劉協その人なのであるが、それも、宦官らの粛清の際、興奮か何かによって血迷った劉協の、単なる判断ミスによる人事だと。

 

 董卓の政によって、洛陽の都はかつての栄華を取り戻しつつあるが、それも、董卓如きの手腕によるものではなく、皇帝とその真の忠臣、つまり自分や他の仲間達が身を粉にして働いた、その成果でしかないと。

 

 その他にも、王允は全てを自分に良い様に解釈し、全ては己が居るからこそ、漢朝は存続し続けていられるのだと、完全に、そう思い込んでいたわけである。

 

 そしてその王允が直接事を起こす、ついにその日が訪れた。

 

 分不相応な地位に居る、現・漢の相国董仲頴を、自らの金(正確には民の税)でもって集めた、自身の言う事だけを聞く私兵をもって取り囲み、自らの手で董卓という奸臣を誅すれば、帝もその場で目を覚まし、今度こそ、相国という地位に真に相応しい人物、すなわち自分のことを、そこに据えてくれる筈である。

 

 王允は全くもって、欠片ほどにもその思考に疑問を持つこと無く、禁門の外側、その門前にて、間も無くやってくる董卓のことを、いまかいまかと、待ち受けていたのであった……。

 

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 第二十五羽「奸臣は忠臣を奸臣と叫び、最後までその意を貫く、のこと」

 

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 洛陽城中にて、内廷から後宮を目指して進む、一台の馬車。御者席に座って馬の手綱を握る、董卓の側近であり友人でもある賈駆は、緊張によってその顔を強張らせていた。

 何しろ、禁門をくぐって皇帝の私的空間である後宮の敷地内へと入っていくのは、彼女にとってはこれが初の体験なのである。その上、これから彼女らが行おうとしていることは、賈駆たち董卓軍に属する者たち全ての命運を左右することになる、一世一代の大舞台なのである。

 

 「詠」

 「!……なんだ、北郷か。脅かさないでよ」

 「ああ、悪い。けど、ちょっと緊張しすぎだぞ?もう少し肩の力を抜いたほうがいい」

 

 そんな賈駆の隣に馬を並べて声をかけたのは、董卓軍の兵士の扮装をした一刀である。馬車の警護のためにその周りを固めている、董卓軍の兵達十数名の中に、今、彼はその中の一人として紛れ込んでいた。

 

 「分かってるわよ……でも、自分であんた達の策に乗ることを決めたとは言っても、やっぱり、まだ不安は不安なのよ。何か不測の事態でも起きて、僕はともかく月に何かあったらと思うと、どうしても……ね」

 

 ちら、と。自分のすぐ真後ろにある馬車の座席部分を横目で見つつ、小さく嘆息を吐く賈駆。その彼女の視線を追いかけつつ、一刀は軽く微笑みをその顔に浮かべながら、彼女に声をかけた。

 

 「……大丈夫さ」

 「え?」

 「そうはさせないために、俺や千州、美紗の三人がここに派遣されてきたんだし、それに、今ここにいる兵士さん達だって、何があっても月を守る、その必死の気概でもって同道しているんだ。……詠は一人で背負い込みすぎだよ。もう少し、周りの人間を、仲間を頼って見ても良いんじゃないか?」

 「……仲間、か。……そう、ね。あんたの言う通りかもね……。良いこと言うじゃない、北郷のくせに」

 「はは。ほめ言葉として、素直に受け取っておくよ。……さ、そろそろ禁門に着くよ」

 「……ん」

 

 表情と気持ちを引き締めなおし、賈駆はその視線を真っ直ぐ、正面に見えてきた禁門へと向ける。その前に拱手をして笑みを浮かべたまま立っている、王允と李粛、そして禁軍の兵達数名の顔を、しっかりと見据えて。

 

 「……千州と美紗は、もう配置についているのよね?」

 「ああ。ここからじゃあ見えないけど、千州は壁の上の楼の陰に、美紗は禁門外のすぐ近くに、な」

 「……王允の奴、これから、自分に何が起こるかなんて、全く想像すらしていないでしょうね」

 「そりゃあそうだろう。それが出来る様な人間だったら、端から今回のような騒動を起こそうなんて、考えさえすらしないだろうさ」

 

 董卓の悪評が世間に流れ、袁紹がそれの尻馬に乗る形でおきた、今回の反董卓連合による董卓討伐は、その本を質せば、出身などという小さなことに拘って董卓のことを妬んだ、王允のその私心による姦計が原因である。

 確かに、この時代の人間にとっては、生まれや育ちに大きな依存的思考があることは、一刀も十分理解出来てはいる。

 しかし、理解するのと納得するのとでは、全くもって別の次元の話であり、特に、今回のように私憤で国を乱すような輩の、自己中心的思考だけは絶対に許しがたいと、彼は今回のことの真相を知ったその時、静かにその怒りを燃え上がらせていた。

 

 「……まあなんにしても、だ。これから彼はいやでも知ることになるさ。世界は決して、自分のためだけに動いているんじゃあ無いってことが、な」

 

 そう言ってにやりと笑う一刀の顔は、表面上こそとても穏やかなものではあったものの、見るものが見れば、それは十分以上に、恐怖を感じさせるものだった。

 事実、間近で一刀のその笑顔を見た賈駆は、彼のその笑顔を見た瞬間に、思わず大きく唾を飲み込み、その額にいやな汗が流れるのを、感じていたのである。

 

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 一方で、内廷と後宮とを隔てている壁のその上、楼と呼ばれる、屋根の着いた箇所に身を潜めている陳蘭が、自身が開発した遠眼鏡を片手に、禁門へと向かってくる董卓の乗った馬車の姿を、じっと見つめ続けていた。

 

 「……来たか。さて、計画通りなら連中が禁門の内側に入って、月が馬車から降りたその時が、俺のまず最初の出番ってことになるけど……」

 

 遠眼鏡を一旦顔から離し、空いている方の手でもって、その傍らに置いてある自らの武器、零黒を手にする彼。その零黒であるが、見た目は連弩とライフルとバズーカとマシンガンを、足して四で割ったような、そんな姿をしている。

 ぱっと見はライフルそのものといった感じであるが、しかしその銃口は少々大きく、細い矢が三、四本くらいは入る程度になっており、一度に複数の矢を発射することが出来る拡散型、大きな鉄の矢を放つバリスタ型、マシンガンの弾のように矢を纏めたのをセットしての連射型にもなるという、彼自身が手塩にかけて作り出した、この世に唯一つだけの自慢の相棒である。

 

 今回は、彼のその役どころというものもあり、ライフルとしての使用のみということになるそれを、陳蘭は自身の肩口に抱え、これもまた彼が独自に生み出したスコープから、しっかりと目標に狙いを定めて時を待つ彼。

 

 「……よし、よく見える。前もって仕掛けてもらっておいた罠まで、ここから大体五間(およそ五〜六m)ってところか。さて、機を間違えないようにしないと、な」

 

 陳蘭がスコープを通して見ているのは、禁門内側のとある一箇所。そこには、よくよく注視しなければ、すぐ傍まで行っても気づけない程の、小さな突起がある。

 

 「……間違えて月の方がかかっちまわないようにしないと、全部おじゃんになっちまうからな。……南無八幡大菩薩、われに加護を与えたまえ……」

 

 今、彼が小さく呟いたその祈りの台詞。それは本来であれば、この時代にはまだ、誰も知るはずの無い言葉であるが、どういうわけか、彼は幼いころというか、物心ついた頃から、何か絶対に失敗出来ない行動をする時に、ほとんど無意識に先の台詞を呟く様になっていた。

 そのあたりの詳しい理由は、彼自身も全く心当たりが無い。

 戦災孤児であった彼に、身内と呼べるような人間は誰も居らず、孤児院という名の人買いの根拠地に拾われて育った彼は、そこで約六年ほど、彼同様に拾われてきた者たちや、どこからとも無くさらわれたり、安い銭で売られたりしてきた、大勢の子供達と育った。

 その後、彼が六歳か七歳の時、その人身売買の根拠地であった孤児院を摘発に来た、荊州は南陽の前太守であった、袁術の母である今は亡き袁逢によって、彼らは保護されたのであるが、その頃にはすでに世捨て人的思考が彼の心を占めてしまっており、保護されたそのときも、助かったという感情などは湧き上がってくることは無く、ただ、飼われる場所と飼い主が変わるだけだという、そんな達観した、どこか冷めた感情しか、その時の陳蘭には無かったのである。

 

 そのあたりの詳細や、袁逢に保護された後のことなどは、また、別の機会を設けて続きを語らせもらうとして。

 

 「……お。どうやら禁門まで到達したな?……この策が成功するかどうかは、俺の狙撃いかんにかかってる、か。……へっ。その期待、見事応えて見せようじゃねーの」

 

 この日の早朝、配置に着くその前に一刀に言われたその台詞を反芻しながら、にやりと笑ってみせる陳蘭。彼の覗く零黒についたスコープのその先には、王允の先導で禁門を潜り抜けようとしている、董卓を乗せた馬車の姿がはっきりと見えていた。

 

 

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 王允は終始にこやかな表情で、董卓の乗るその馬車の事を出迎えた。手は拱手を組み、恭しく漢の相国という、一応、自分よりも上の立場に居る人間を、丁寧に出迎える風を装っていた。

 正直、自分よりもはるかに年の若い人間を、ましてや小娘如きにこの様な礼を取らなければならないことを、彼は心底から嫌悪していたが、今この時さえ、あと少しの間だけさえ我慢すれば、この様な恥辱から永久に開放される。それ故、今は辛抱のときだと、己自身に深く言いつけて耐え忍んでいた。

 

 「では、これより先は御法により、御付の方々は入場できませぬゆえ、相国の乗られる馬車のみ、お進み下されますよう」

 「……分かったわ。……みな、この場で一時待機をしていなさい」

 「御意」

 

 賈駆の声に一刀が代表して応え、護衛の兵達とともに、禁門の外側、そのすぐ近くに整然と居並ぶ。

 

 「では、陛下はすでにお待ちにございますゆえ。さ、中に」

 「……ええ」

 

 董卓軍の兵達に代わり、王允と禁軍の兵(正確には王允の私兵達)が先導し、董卓の乗った馬車がゆっくりと禁門内側へと進んでいく。

 そしてその先、謁見の間に通じる入り口の少し手前まで来たところで馬車は停止し、御者席に居た賈駆がそこから降りて、車内に居る董卓のことを呼ぶ。

 

 「月…いえ、董相国。後宮に到着いたしました」

 「ありがとう、詠ちゃん。今、外に出るね」

 

 賈駆の呼び声に応え、董卓は馬車の扉をそっと開け放ち、そこからその姿を王允達の前に現す。

 

 「董相国、この度はわざわざ参内いただきました事、陛下に代わってまずこの王允、礼を申し上げさせていただきます」

 「いえ。陛下のお召しとあれば、何を置いてもすぐさま参内するのが、臣たる者の務めですから。……司徒様も、どうかお気になさらず、さ、お顔をお上げください」

 「は。それでは……なっ!」

 

 董卓の進めにより、王允がその笑みを浮かべたままの顔を、正面に向けてあげたその瞬間。彼は、自分のその視界に入ってきた董卓の姿に、思わず愕然としてしまった。

 

 「おや?どうかなされましたか、司徒さま。私の姿に、何かおかしなところでも?」

 「お、お、お……!お、オノレは…!あ、いや。か、閣下はなんと言うお姿をなさっておいでか!禁門内に入るというに、何ゆえ“戦装束”など纏い、その上帯刀などしておられるか!」

 

 王允のその驚きは、ある種当然のものと言えたであろう。

 馬車から居り、王允らの前にその姿を見せた董卓は、普段の礼服ではなく、戦場に赴く際に彼女が身に着けている、白と黒を基調とした彼女独特の戦装束、『((冥土|メイド))』衣姿だったのである。さらに、彼女はその腰帯に、自らの愛刀である片刃の剣、『月詠』をも、差していたのである。

 

 「禁門内においては、陛下のお許し無しには、帯刀することなど決してあってはならぬ行為!それをココまで堂々とするなど、まさか董相国は陛下を……!」

 「……それを仰るのであれば、司徒様こそ何故、刀を腰に帯びていらっしゃるのでしょうか。それに」

 

 王允のその詰問に対し一切怯む事無く、董卓は逆に、その王允自身も武器を携帯して居る事を問い詰め、さらに、周囲に居る禁軍の兵たちのことを、厳しい目でゆっくりと見渡した。

 

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 「この方達も、本来ならばココに居てはならない方達の筈。如何に禁軍の兵とは言え、おいそれと禁門内に立ち入る事は許されていないはずです。……もっとも、この方達が“本物の”禁軍兵かどうか、疑わしい事この上ないですが」

 「な、何を根拠にその様な……」

 「……いい加減、しらばっくっれても無駄よ、王司徒…いえ、王允。こいつらが全員、本物の禁軍兵なんかじゃあなく、あんたが集めたあんたの私兵だってことぐらい、とっくに調べがついているんだから」

 「で、でたらめを申すな!そんな事、一体何処に証拠があっていうのだ!」

 

 董卓と賈駆から浴びせられるそれらの詰問に、王允は少々焦りながらも、その声を荒げて何とかそれらをかわそうとする。

 そこに。

 

 「証拠なら、今、持ってきましたよ」

 「なに?」

 

 突然その台詞を間に挟んだのは、その手に大量の竹簡を持った李粛。そして、それらを全て、その場に広げて見せた。

 

 「王允殿がこれまで、不正に使ってこられた税の、その使用用途を纏めたものです。……今までずっと、私が直接、貴方の手から預かっていたものですが、これでもまだ、白を切られると?」

 「李粛……っ!貴様、今までわしに媚びへつらっていたのはまさか……っ!」

 「ええ。……全てはこの時のため、陛下のご命令によって、貴方に近づいていたのですよ」

 「へ、陛下のご命令……だと?」

 

 よろ、と。その体をよろめかせ、余りの事に愕然とする王允。そしてさらに、その李粛の口から、彼にとっての最後通牒が、はっきりと言い渡された。

 

 「……民の血税を不当に流用し、己が私兵を集めることに使ったその罪。董相国のありもしない悪評を流し、世を混乱させたその罪。そして今回、そんな罪無き相国を害さんとし、“帝のお許し無く”、禁門内に兵を入れて、自身も帯刀したその罪。……以上、誠に持って許しがたく、ココに、陛下の勅命をもって、その身柄を拘束します。大人しく縛に着かれなさい」

 「そうか……全ては、貴様の仕組んだ事だったのか!陛下に帯刀のお許しや兵を禁門内に入れる、それらを願っておくとか言っておったのも、全てはわしを嵌めるためだったのか!」

 「……今頃気付いても、全ては遅い、ということです」

 「ぐ、ぬぬぬ……っ!」

 

 わなわなとその体を怒りに震わせ、李粛の事を凄まじい形相で睨みつける王允。そして、少しの間が空いた後、彼は、その思い切った行動に出ていた。

 

 「……こうなれば、我が忠義を貫く手段はただの一つ!貴様ら全員をこの場で誅滅し、わしの正義を陛下と世に思い知らせる事のみ!貴様ら!こいつらを全員殺せ!雇い主のわしの正義を示せさえすれば、褒美は後でいくらでもくれてやるわ!!」

 『おおうっ!』

 「おのれ王允!血迷ったか!」

 

 王允のその檄を聞き、禁軍の兵に偽装していた彼の私兵たちが、一斉に剣を抜いて董卓たちへと飛び掛ろうとする。

 だがまさにその瞬間、何処からとも無く飛んできた一本の矢が、とある兵士の足元に突き刺さったその瞬間、突如、地面から巨大な網が飛び出して、数人の兵たちを捕らえたのである。

 

 「な、何が起こった!?何故、急に地面から網が……っ!」

 「……それはただ単に、前もって仕掛けておいたトラップ…罠を、遠距離から矢で狙撃する事で、作動させた……と言うだけの事さ」

 「何……だと?」

 

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 突然の事態に狼狽する王允の傍に現れたのは、董卓軍兵の偽装を解いて、いつもの白い袍に銀の胸当てという出で立ちをした一刀と、その後ろに並ぶ董卓軍の兵士達であった。

 

 「き、貴様らは先ほどの、董卓の兵たちではないか!き、貴様ら、どうしてこの場に入ってこれる!陛下のお許し無いものは禁門の内側には」

 「それは貴方方の事でしょう?俺達はちゃんと、その皇帝陛下から許可を頂いた上で、この場に足を踏み入れていますよ」

 「な、なんだ…と?貴様、一体何者だ!」

 「……北郷一刀。董相国の盟友である、袁公路様にお仕えする者」

 「袁公路……だと?何を馬鹿な!あやつはただの童」

 「……無知とは哀しいものだな。自分さえ良ければ周りなど知ったことじゃあないと、そういう考えで居るから、事の真実を何も見抜けない……」

 

 それは、正真正銘の哀れみの目、だった。一刀がその台詞と供に、王允に向けたその漆黒の瞳に含まれていたのは、怒りでも義憤でもない、目の前に居る老人への心底からのそれ、だった。

 

 「ええい!貴様が何処の誰かなどどうでも良い!まだこちらには兵が残っておる!貴様らに倍する数の兵がじゃ!お前達!いつまで呆けている!早くこの姦賊共を皆殺しにせよ!!」

 「……姦賊はどっちだよ。……それに、仕掛けた罠が一つだけだなんて、俺は一言も言っていないよ?」

 「な……に?」

 「……千州!」

 

 陳蘭の真名を叫びつつ、その片手を高々と上げる一刀。

 それを、楼から確認した陳蘭は、再び零黒に矢を番え、先ほどとは別の仕掛けに、ピタリと狙いをつけた。

 

 「……第二目標、確認。第二矢……射!」

 

 陳蘭の声と同時に、零黒の先端から二発目の矢が放たれる。そしてそれは空を切り裂きながら、一刀達の周囲を取り込んでいる兵たちの、先ほどとはまた違う箇所の地面…正確には、地面から僅かに飛び出している、目印もかねた罠の起動スイッチを、針の穴でも通すかのような正確な狙撃によって、見事に穿った。

 

 「うわああっっ!」

 「なっ!ま、また網が……っ!!」   

  

 地面に仕掛けられた金属製の網に、次々と捕らわれて行く、王允の私兵たち。

 

 「な、何故だ!?どうしてこうも正確に、わしの兵ばかりを罠に捉えることが出来る!?」

 「……それも簡単なことさ。月…董相国の乗っていた馬車が、罠を仕掛けたあたりのちょうど真ん中に停止するよう、前もって打ち合わせ置いた……それだけのことさ」

 

 一刀がそんな解説をしている間にも、陳蘭のその見事な腕による狙撃によって次々と罠が作動しては、王允の私兵たちを行動不能に陥れていく。

 そして、全ての罠が作動し終えたその頃には、百人からは居たであろう王允の兵たちは、そのことごとくが、何らかの罠によって身動きを封じられていた。

 

 

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 「……オノレ……!こうなれば、董卓だけでも誅滅せねば、我が忠義を天下に知らしめられん!死ね!姦賊董卓!!」

 『!しまっ……!』

 

 ほんの一瞬だけの、油断だった。

 全ての手勢を失った王允には、もう打つ手は何も無い筈だと、そう高を括った一刀達の隙を突き、王允はその手に持っていた剣を片手に、董卓へと真っ直ぐに突っ込んだ。

 

 「月ぇっ!!よけてえっ!!」

 「くっ!間に合わな……っ!!」

 

 慌てて董卓の前に出て、王允のその凶刃から守ろうとした一刀であったが、僅かに一歩、ほんの一呼吸の差が、追いつかなかった。

 

 「死ね董、がっ!?」

 『え?』

 

 それは、一本の矢、だった。

 ほんの数センチの差で、王允の剣が董卓にその狂気の刃を振るおうとしたまさに、その刹那。王允のその肩口に、全く予期していなかった方角から、矢が飛んできて突き刺さったのである。

 

 「ぐぅ……っ!ば、ばかな……っ。さ、先ほどまで矢が飛んできた方角からは、完全に死角になっておった筈なのに……っ!」

 

 自身の肩に刺さった矢を見ながら、その不可解な現象に苦虫を噛み潰したような顔になる王允。そうしてその彼が混乱しているその間に、董卓は王允のその傍から一歩身を引いて腰の月詠を引き抜く。

 

 「くそ、この程度の痛み如きで、我が忠義は死なんわ!董ー卓ーっ!!」

 「……はあっ!」

 「がはっ!」

 

 痛みを振り絞り、再び董卓に切りかかった王允だったが、先のような不意打ちならばまだしも、正面切って襲い掛かってくる老人の剣に、後れを取るような董卓では勿論無く、いともあっさりと王允の手の中の剣を弾き、袈裟懸けに彼を斬り捨てた。

 

 「お……の……れ……董……た……く……この、か、奸臣め……が……がはっ」

 「……」

 

 最後の最後まで、あくまでも董卓を奸臣と呼び、憎悪に凝り固まった目で睨みつけながら、王允は息絶えた。

 

 「……月」

 「一刀……さん」

 「……すまない。俺がほんの少し、油断してしまったために、予定に無かったことを、君にさせてしまった……」

 「……良いんです。それに、別にこれが、初めての事でも無いですから。……だから、気にしないで下さい」

 「……分かった」

 

 当初の予定には無かった、王允のその場での誅殺。しかもそれを、董卓本人の手でやらせることになった事を、一刀は本気で後悔し、その彼女に詫びたのであるが、詫びられたその当人は、その内心はともかく、表面的には平静なままで笑顔すら見せつつ、一刀にそう言って返したのであった。

 

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 その後。

 

 董卓たちは捕らえた王允の兵たちを、然るべき場所に連行した後、皇帝である劉協の下へと改めて参内した。そしてその場において、王允の息のかかっていた、彼以外の反董卓勢力の者たちを捕らえに行っていた雷薄が、無事責務を全うしたとの報告も届けられ、これにて、洛陽内部における騒動は、一応の決着を見た。

 

 そしてその翌日、虎牢関にて防衛戦を行なっている、他の董卓軍所属の将たちと合流し、この戦を速やかに鎮定する、その為の最後の仕上げを開始しようとしたのであるが、そこに思わぬ、そして最悪の事態を告げる報せが、舞い込んできたのである。

 

 「美羽!?それにみんな!一体、何があったっていうんだ!?」

 「す、すまぬ、一刀……虎牢関、防ぎきる事が出来なんだ……!」

 「……完全に、私の落ち度です……お嬢様には、何の罪もありませんですよお〜……」

 

 皆が皆、命からがら逃げてきたのであろう。

 身につけた鎧や衣服は、その全てがぼろぼろとなっており、誰も彼もが、完全に憔悴しきった顔をしていた。

 

 「……“美羽”達は悪くない。悪いのは、恋……」

 「何を言うか、呂布!それを言うなら私も……っ!」

 「それやったら、ウチも同罪や。……あんな挑発に、みんなと一緒になって乗った、ウチもな」

 「……一体、何があったって言うんです?」

 『それは……』

 

 一刀の問いかけを皮切りに、虎牢関防衛組は、ぽつりぽつりと、その時の様子を語りだした。

 

 心底からの後悔。

 

 それをありありとその表情に浮かべつつ、この日の前日のちょうど正午頃、虎牢関にて行なわれた、その戦の様子をである……。

 

 〜つづく〜 

 

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 後書きと言うか、ちょっと補足を。

 

 

 今回のお話に出てきた陳蘭の過去話ですが、あれはキャラ提供者である戦国さんから貰ったものではなく、作者の独自設定であること、一応明記しておきます。

 

 戦国様、もし、あれがおきに召さなかった場合には、一言メールか何かで連絡ください。

 

 

 すぐ、公開停止して書き直しますので。

 

 

 以上、今回の補足でした。

 

 

 それではwww

説明
仲帝記、その第二十五羽、更新。

ども、似非駄文作家の狭乃狼ですw

今回は洛陽における一刀達の様子をお届けです。

であ

追伸:9p目、脱字というか抜けていた部分が頭の方にありましたので、追記をさせていただきました。
二行目の最初の部分です。

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コメント
村主7さま、来世・・・あるかなあ・・・どうだろねえwww (狭乃 狼)
NSZ THRさま、そうしてまだまだ色々甘いのが、この世界の一刀なんですよ。美羽と一緒で、まだまだ成長途中だということですw (狭乃 狼)
王●さん「何回国の為(建前)、何回帝の為(自己欲)頑張っても綺麗になれないよ〜♪」(「エアーマンが倒せない」より抜粋) 来世こそは・・・あったらイイナーw(棒(村主7)
もうちょっと一刀君の甘さが抜けてほしい ここまできて不測の事態を考慮してないし 董卓に殺させたことを悔むのは勝手なお門違い泣きがする(NSZ THR)
KU−さま、気にしちゃってください〜ww (狭乃 狼)
続きが気になりますのぅ〜。(KU−)
赤糸様、スイマセン、ちょっと説明文が抜け落ちていましたが、宮中での事変から、一日経過していますです。・・・その部分、ちょっと継ぎ足しておきますですww(狭乃 狼)
y-skさま、ゴ○ゴ13も真っ青って所です(えw 虎牢関の最大の山場、それが次回のお話のメインとなる・・・予定ですww (狭乃 狼)
yoshiyukiさま、大丈夫(?)です。ぶっちゃけると、他の面子も一応、名をあげて居ますです。 どうやってかは・・・また次回にてww(狭乃 狼)
ノエルさま、総大将代理は確かに華琳ですが、策を出したのも彼女とは、限りませんですよww (狭乃 狼)
summonさま、千州はスナイパーとしては超が三つくらい着くほどの腕利き、と。一応、そういう設定になってますw (狭乃 狼)
めがねマンさま、美羽たちもが洛陽に来た理由も、次回にてお話します。まあ、捕虜のまま連行されて来た形になっている・・・と、大体、そんな感じですが、詳細は次までお待ちくださいw(狭乃 狼)
氷屋さま、残念ながら、当初の思惑からは少しばかり、遅れをとってしまいましたです。七乃の最初の目論見は、虎牢関での決着でしたからね。 (狭乃 狼)
mokiti1976-2010さま、手口についてはまた次回をお待ちくださいw あ、王允は所詮、あの程度の存在だったと言うことでww (狭乃 狼)
アルヤさま、さて、華琳だけの手管なんでしょうかねえ?ww(狭乃 狼)
minerva7さま、何も華琳が落としたとは 限りませんよ?w(狭乃 狼)
叡渡さま、さて、虎牢関では何があったんでしょうねえ?詳細は次回までお待ちくださいww(狭乃 狼)
陸奥守さま、そこまで目立たせる理由も無かったもので<王允ww(狭乃 狼)
劉邦柾棟さま、時間が無くて慌てて投稿したら、チェックが疎かになってました。ほんと、お恥ずかしい限りです/////(狭乃 狼)
殴って退場さま、いや、たった今気付きましたw焦って投稿したら駄目ってことですねww(狭乃 狼)
TAPEt さま、確かに、自身の間違いに気付かず逝けたのは、王允にとって幸運だったかも知れないですね。(狭乃 狼)
この日の丁度正午頃って……半日持たずに関が落ちた!? (赤糸)
千州さんのスナイパーっぷりが凄いw そして立ち塞がるはやはり乱世の奸雄様。 次回が虎牢関の山場といったところでしょうか。(y-sk)
反董卓連合で、名も実も曹操だけが得たわけですかね?孫家も劉備勢にも利がないとなると、いろいろまずいですね。(yoshiyuki)
「老奸は鱗を落とす事なく銀影の前に沈み、雛守と叢雲の騎士は己が痛恨を語るの事」でしょうか。不味いな・・・最低限老害の削除は出来たとはいえ、いくらなんでも陥落が早すぎる。抑え役がこれだけいる状況での出陣・・・一体華琳様どんな策使ったんだ?次回も期待させていただきます。(ノエル)
千州の狙撃の腕はとんでもないですねと思っていたら、虎牢関突破されましたか…さすが覇王ですね。(summon)
美羽たちもこっちに来て大丈夫なのか!? まさか、七乃さんの策がばれて・・・・?(めがねマン)
一体どんな挑発されちゃったんですかねい、抑え役のしあすらものってしまうんだから。とはいえ洛陽の方はなんとか片付いたからギリギリ間に合ったんか・・・な?(氷屋)
王じじいにはもっと苦しんで死んでほしかったですが・・・しかしあれだけの面々を挑発に乗せるとは一体どのような手口で?(mokiti1976-2010)
乱世の姦雄マジパネェ(アルヤ)
無事、宮廷内の反董卓組織を潰せたが、曹操がどうやって虎牢関を落としたのか気になるところですね。(minerva7)
今回王允処刑だけかと思っていたら陳蘭の過去話やら虎牢関防衛失敗やら色々動いたな。俺としては王允には自分のした事を後悔させてから処刑して欲しかったけど。(陸奥守)
題名が消えているという痛恨のミスがwwwwwww!? (ブリーチの「山本総隊長」曰く「痛恨なりwwwwwww!?」)(劉邦柾棟)
2Pの題名消えていますよ(殴って退場)
己を漢の忠臣と信じて疑わない故に自分の意志に反するものを奸臣と差した。ほんとは国や帝ではなく、ただ己自身を信じていただけだというのに…信念の元が誤っていては結果も誤るのは至極当然なこと。そこに気付かず逝ったのは敢えて幸運というべきだろうか(TAPEt)
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