真説・恋姫†演技 仲帝記 第二十六羽「虎檻に渦巻く策謀と、龍は他者の逆鱗に触れる、のこと(前編)」
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 武人にとっての誇りといえば、もちろん真っ先に挙げられるのは、己のその武に関するものであろう。

 

 自身がその半生をかけて得たソレは、武を心得る者にとっては、時として己が生命よりも尊ぶもの。

 

 智をその得意とするものであるならば、無論、己が誇りはその知恵となる。

 

 古今東西、己が知り得る範疇においての、あらゆる知識をその頭脳に蓄え、それらを如何にして発揮するかこそが、軍師と呼ばれる人種たちにとっての、まさしく生きがいであり存在意義といえる。

 

 その両者に含まれない者達。

 

 すなわち、一介の兵卒や文官たちにとて、決して譲る事の出来ない誇りという物は、少なからず存在するものである。

 

 友人。

 

 恋人。

 

 家族。

 

 戦友。

 

 同僚。

 

 そういった、様々なものを自己の誇りとし、((人間|ひと))という生き物は、日々、その生を全うして行っている。

 

 しかし、それら全てを越えるほどの誇りとして、全ての人間の心に根付く、そんな存在と出会うことが、時として人には訪れる事がある。

 

 それに比べれば己が誇りも、ましてやただ一つしかない生命ですらも、何の意味も持たなくなる、そんな存在。

 

 自己のどんな事柄よりも、その存在こそが全てにおける最優先事項となり、その為ならいかなる労力さえも惜しまない、己にとって絶対のものとなる、その存在。

 

 その存在とは、主君。

 

 自らが選び、自らが信じ、自らがその全てを捧げると誓った、己が最愛の人間。

 

 その主君に対し、もし、謂れ無き暴言を誰かが嘲笑と供に行なった場合、それに我慢が出来なかったと言って、それを行なった者へと殴りかかったとしても、一体誰がその行為を責められるであろう。

 

 陽人の戦いにおける虎牢関の陥落は、まさに、とある人物の行なったその行動が、その全ての切欠となったのであった……。

 

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 第二十六羽「虎檻に渦巻く策謀と、龍は他者の逆鱗に触れる、のこと(前編)」

 

 

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 「麗羽の奴がここまで見下げ果てた奴だったとはね。自分が強敵から逃れるために、腹違いとは言え実の妹である美羽を、囮どころか壁役にして見捨ててくるとは」

 「……公路殿が、袁紹に見切りをつけたのも、当然といえば当然かも知れませんね」

 

 水関内部にある、孫堅ら孫家の軍の者達にあてがわれたその部屋で、孫堅と周瑜、そして孫皎の三人は、先の戦いにおいて虎牢関に“囚われの身”となった袁術から、いつもの魯粛配下の草を通じて送られてきた、戦の詳細を綴ったその書面に目を通していた。

 そしてその書面の最後には、袁術から孫堅に宛てたメッセージが、一筆追記されていた。曰く、

 

 『袁紹の数々の愚行や軽挙にはほとほと愛想が尽きたため、妾達はこれより先、完全に董相国にお味方することを決しました。誠に身勝手な事とは思いますが、蓮樹御姉様には妾達の事は何も気になさらず、そちらの利を最優先に考え、今後の事を決してくださいませ』

 

 といった内容の一文が、である。

 

 「……美羽の奴も律儀なことだね。……なあ、冥琳?いっその事、あたしらも向こうに着いちまうか?」

 「……不可能とは言いませんが、正直それは厳しいかと。確かに、ここで我々が連合から離反でもすれば、まだ、戦局はどうなるか判りません。ですが」

 「……世間的には大義の無いあっちに着いてしまえば、その後苦労するのは目に見えている、か」

 

 孫堅が連合側に組した、その理由。

 孫堅自身が袁術を信じ、その策に全面的な協力を約束した、それは確かに間違いの無い事実である。しかし、彼女にはそれとは別に、独自の算段という物がきちんとあった。

 かねてからの孫堅の念願であった、故郷である江東の地に己が独自の勢力を築くというそれは、黄巾の乱の後に淮南地方の政治と軍事を統括する牧となった事で、やっとその第一歩を踏み出すことが出来た。

 しかし。

 江東の虎と世に呼ばれ、広くその名を知らしめている彼女ではあるが、それでも、江東の全てを掌中に収めるのには、まだまだ不足だと、孫堅自身はそう思っていた。

 そんな折に飛び込んできた、今回のこの連合結成に関る事柄は、まさに棚からぼた餅な出来事だった。

 一方では袁紹の檄に応えて連合に参加し、そしてその裏では、董卓と通じ合っている袁術にも協力する、そんな比興的手段を使うことで、たとえ最終的な結果がどちらに転ぼうとも、十分すぎるほどの名声を自分たちは得られる筈だと、そう計算した上での連合参画という側面も、彼女にはあったわけである。

 

 「人情を取るか打算を取るか。……難しいところだね、これは」

 「……伯母上ご自身としては、どうなさりたいと思っておいでで?」

 「……無論、あたし個人としちゃあ、美羽を取りたいと思ってはいるさ。今だって、出来得るものなら、すぐにでも((水関|ここ))を飛び出して美羽の所に行きたいよ。……けどね」

 

 すっと、それまで座っていた椅子から立ち上がり、孫堅は寝台に立てかけてあった南海覇王の傍へと、ゆっくりその歩を進める。

 

 「……あたしは、“孫家の家長”、なんだよ。……家族の未来と、どっちを取るかと言われれば」

 

 わずかの間、孫堅は南海覇王をじっと見つめた後、少しばかり寂しげなその笑みを浮かべながら、孫皎と周瑜にこう答えて見せていたのであった。

 

 「……家族を取るに、決まっているだろう」

 

 

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 孫家の面々がそんな会話をしたその翌日。連合軍は、関内部の一室に引き篭もってしまって出てこなくなった袁紹に代わり、曹操がその総大将代理として全軍を統括、負傷者多数を出した袁紹軍以外の全ての戦力を率いて、虎牢関を目指して進軍を開始した。

 

 無論、その報せはすぐさま虎牢関へと伝わり、董卓軍の将たちは勿論のこと、名目上は捕虜という立場にあるため表立っては動くことの出来ない袁術達も密かに協力し、慌しくその迎撃の準備に取り掛かった。

 

 そして、ちょうど太陽が中天に差し掛かった頃、曹操率いる連合軍が虎牢関近郊に到着。先陣には劉と馬と公孫の三つの旗がはためいており、中央に曹操の本隊。そして、その後方に孫堅の部隊という陣立てでもって、威風堂々とその地を埋め尽くした。

 

 「……やっぱ流石やな。袁紹と公路はんの軍が抜けたちゅうのに、この威容。頭が変わると、軍全体の雰囲気まで変わるもんなんやな、やっぱし」

 「そう……だな。如何な私といえど、流石にあの軍勢の前に飛び出て行く気にはなれん……な」

 「……恋にも分かる。……あいつら、ちょっと手強そう」

 「な、何を仰っておいでですか、恋殿!あんな連中、恋殿がその気になれば木っ端も良いところですぞ!」

 「ねねの気持ちは分からんでもないけどな。……けど、この気勢……正直、ウチはまともにぶつかりとうは無いな」

 

 水関の時や、先の袁紹らによる攻め手の時とは違った、連合軍側に漂うその並々ならぬ雰囲気に、張遼と華雄そして呂布までもが、わずかばかりとはいえ気圧されていた。

 

 「ですが、ここでもうあと一日も耐え抜きさえすれば、都での騒動が決着付き次第、一刀さんたちが最後の一手を連れて、やって来てくれる筈です」

 「七乃の言うとおりじゃ。……皆の衆、どうか、もうひとふん張りして欲しいのじゃ」

 「わあーっとるって。月っちの命運は、ここでうちらがどれだけ踏ん張れるかにかかってる以上、いくらでも耐え抜いて見せたるて。せやから、“美羽”はんたちは安心して、中で待って……って、どないした、美羽はん?」

 

 自身の後背にて頭を下げている袁術に、張遼はそう言って微笑みかけ、心底から申し分けなさそうな顔をしている彼女と張勲に、関内部へと戻っているように促したのだが、振り向いた先に居た袁術のその様子に、思わずその首をかしげた。

 袁術は張遼のその言葉を聞きながらも、その頭を上げることが中々出来ず、ただ只管に((俯|うつむき))き、足元の石畳を見つめたまま両の拳をぎゅっと握りしめ続け、その体を小刻みに震わせていたのである。

 

 「……妾達は、本当に、身勝手で恥知らずな輩じゃ。……自分たちの方から董相国に加勢すると言っておきながら、今ここでは、己の身の可愛さに、表立っておぬし達を手伝えないと、厚顔無恥にも言うのじゃからな……」

 「美羽さま……」

 「……それは気にするなと言っただろう、袁公路?お前達が、本気で月様を助けようとしてくれている事は、この私にだって十分以上に分かっている事さ。それに」

 「……美羽はんがここで、うちらに表立って力を貸せないのは、別に己の身の可愛さだけとちゃうやろ?……聞いてるで?あんさんの最初の領地、南陽で妙な動きがあるって事」

 「!……霞さん達は、どこで、それを……」

 

 袁術達が表立って、堂々と董卓に加勢出来ない、その理由。

 一つはもちろん、王允が流し、連合軍が掲げ、それによって流布されてしまった董卓の悪評を、生半可な事では覆せない、というもの。

 しかし、実はそれとは別にもう一つ、袁術達にはどうしても、表面上は連合側に組しなければいけない、理由というものがあった。

 それは。

 

 「魯粛、いうたか?あんさんらの所の情報担当しているん。……その魯粛はんからの報せや。南陽各地の豪族連中が、密かに兵と武器を集めてるらしいやんか。……反乱、起こす気ぃなんやろな」

 『……』

 

 

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 それは、袁術たちの下に袁紹からの檄文が届く、その前日のこと。

 袁術配下であり、南陽から汝南にかけての裏社会を束ねている組織のその頭目でもある魯粛から、張勲はその事を秘密裏に伝えられた。

 

 『袁術の元の居城であった宛県のある南陽の地において、その地の豪族達が謀反を企んでいるかも知れない』

 

 事実であったとしたらとても放置の出来ない、その深刻な情報に、張勲はすぐさま魯粛に対して、いくらでも銭を使っても構わないから、事の真偽を早急に調べて欲しいと依頼した。   

 積み上げる銭さえ惜しまなければ、大陸一の質と速さを誇る、魯粛のその情報網。翌朝の朝議が終わるその頃には、もう事の真偽を全て掴み、張勲へとそれらの報告全てがもたらされた。

 それにより、南陽各地の豪族達による反乱は、九割九分間違いないと判明し、しかもその理由と言うのが、袁術達の行なった法改正にあると言うのである。

 

 袁術が老人達から実権を取り戻して後、真っ先に手をつけた法改正の中に、諸豪族らが私的に有している農園の一部を、農民達個人の所有のものにした、と言うのがあった。もちろん、豪族らの反発を抑えるために、十分すぎるほどの代金を彼らに支払った上で袁術が一旦買い上げ、その後に農民達に安価で譲ると言う手法を、彼女達はとった。

 しかし、表面上は大人しくしていた豪族らであったが、目先の利に目が眩んで土地を売り渡した事を、彼らはずっと腹の底では悔やみ続けていて、いつか必ず全てを“取り返そう”と、そう企んでいたのだそうである。

 

 

 張勲はすぐさま袁術ら一同にその事を報告して、対処の手段を練ろうとしたのだが、折悪く、ちょうどそこに、袁紹からの檄文が届いてしまったため、反乱の件については後回しにせざるを得ない事になってしまったのである。

 とはいえ、彼女がそれをそのまま放置して置く筈もなく、戦の間の連絡手段の確保という役割の傍ら、それを出来る限り妨害して欲しいと、魯粛にそうも依頼しておいた張勲だった。

 

 「……棗さんから報告ですと、南陽の豪族さん達、今のところは彼女の妨害工作に梃子摺っているようです。ですけど」

 「……それもいつまで引っ張れるか、全く不透明には違いが無い、というところですか」

 「そういうことです。一応、宛県にはそれに備えて、輝里さんに残ってもらってはおきましたし、樹さんと椛さんにも、ついさっき、あっちに戻ってもらいましたから、汝南の留守居の翡翠さんと一緒に事に対処してもらえれば、まだ暫くは大丈夫……とは思うんですけど」

 「それでも、もしあんさんらがうちらに加勢して居る事が公になったら、ここぞとばかりに一斉蜂起しかねへんやろな。……大逆の徒に力添えしている袁公路に、これ以上民を任せるわけにいかんとか何とか、そんな理由をつけて……な」

 

 つまるところ、張勲が今回の戦にあたるに際し、連合側と董卓軍側の双方に着く事にしたのは、盟友である董卓を見捨てる事無く、同時に、反乱勢力に大義名分を与えないようにするためだったのである。

 ちなみにその事は、連合参画のその決定後に、袁術にも張勲はきちんと話して聞かせてはいた。

 だが、その事を最初に聞いたとき、袁術は連合への参画を取りやめ、反乱勢を押さえ込む事の方を優先しようとした。

 南陽にしても汝南にしても、漸く民達がまともな生活水準を保てるようになったばかりなのに、豪族らの勝手極まりない理由で、それを覆させるわけには行かないとして、袁術はその時そう憤りを見せたのであるが、その後に一刀から言われたとある一言で、張勲の提案を受け入れる事にした彼女だった。

 なお、その時の一刀の台詞は、次のようなものである。

 

 『美羽さまにとって、民が何よりも大事な存在であることは、臣とて重々に承知しています。しかしながら、ここで信を得た友人を、ましてやその真実は全くの無実である者を見捨てたとして、美羽様は今後、胸を張って生きていくこと、お出来になりますか?』

 

 袁術には、出来得るものならこれから先、人生の最後に至るその時まで、陽の光照らす方だけを、ずっと見続ける、向日葵の様な存在であって欲しいと、そう願うが故の、一刀のその台詞であった。

 

 

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 再び時間を現在へと戻すが。

 

 そう言った自分たちにも諸々の事情があるにもかかわらず、盟友となってまだ日の浅い袁術たちが、自分達の主君である董卓のことを優先してくれた事は、張遼たちにとっては心底から喜ばしい事であった。

 その証拠に、その彼女達が先の攻撃の後、連合を見限ってこちらにやって来たその時、彼女達はまず、袁術らに対して深々と頭を下げて謝辞を示し、それと同時に互いの真名もその場で交し合う事にしたほど、初体面とは思えないほどに瞬時に意気投合した両者であった。

 

 まあ、紀霊と張遼については、初対面どころか生命のやり取りをしたほどの仲であり、そうして合流したとき、張遼が紀霊に抱きつこうとして返り討ちにあったりなど微笑ましい場面も少しだけあったが、そのあたりのことは一旦横に置いておいて。

 

 先の会話の後、改めて互いの協力関係と、それぞれの役割を細かく話し合った後、袁術ら袁家組と張遼ら董卓軍組は、それぞれに関防衛のための位置についた。

 

 一方、虎牢関全面に布陣している、劉備、公孫賛、馬超の三人が率いる、それぞれの部隊は、董卓軍が関に完全に閉じこもってしまって、一歩も外に出てくる気配を見せ無い事に、少々焦りを感じ始めたいた。

  

 「どうする、桃香。このままじゃあまた、手柄どころの騒ぎじゃあ無くなって来るぞ?」

 「伯珪どのの言うとおりだぜ。あたしらなんか、ここに来てまだ一回も、槍を振るう機会が無いんだぜ?このままじゃあ、母上に合わせる顔がありゃしないぜ」

 「うーん。私の手柄なんかどうでも良いんだけど、確かに、時間をあんまりかけ過ぎちゃうと、都の人たちがそれだけ長く苦しむことになるわけだし……朱里ちゃん、雛里ちゃん、なにか、良い手はないかな?」

  

 公孫賛と馬超。その思惑は両者供に異なれど、あまり、戦を長引かせたくは無いと思っている所は、やはり同様のものであるらしく、劉備もまた、その思いは二人と同じであるため、二人の軍師に良い解決策は無いかと問いかける。

 ちなみに、この三人に揃って共通している点が、あともう一つだけある。

 それは、袁紹の例の檄文を、本気で信じきっている、と言う点である。劉備の所の軍師二人、諸葛亮と?統以外のその場に居る全員、洛陽での董卓による悪政という物を、心底から疑っていなかった。

 

 それがゆえに、彼女達があのような行動に出ることになり、連合側にとっては最良の、董卓軍側にとっては最悪の、その事態を引き起こすことになってしまったのである。

 

 「桃香さま。なにも朱里と雛里の知恵に頼るまでもありませぬ。この関雲長が、矢の一つも関に向かって放って見せれば、連中はすぐにでも関から討って出て来ましょう」

 「ほんと?愛紗ちゃん」

 「は」

 

 そう言ってその自身に満ちた目を劉備に向けるのは、艶やかな漆黒の髪をした女性。その手に握る彼女の得物のその名を聞けば、誰しもがすぐに、彼女のその二つの通り名を口にする、劉備軍きっての大将軍。

 

 姓は関、名は羽、字を雲長。

 

 その愛刀、青龍偃月刀とともに、『黒髪の山賊狩り』、あるいは『美髪公』として名の知れた、劉備軍随一の武将である。

 

 「ほんとに大丈夫なのかー、愛紗ー。鈴々、もう退屈でしょうがないのだー」

 「もう少しだけ、待っていろ、鈴々。活躍の場は、すぐにでも出来るからな」

 

 頭の後ろで腕を組み、自分の得物にもたれかかる様な姿勢で関羽に声をかけたのは、未だ幼い童にしか見えない容姿をした、赤いショートカットの少女。

 

 姓は張、名は飛、字を翼徳。

 

 彼女もまた、劉備軍に属する立派な将軍の一人であり、その見た目とは裏腹に、八十二斤、現代の重さで言えば五十sにもなるそれを楽々と振り回す、膂力では関羽すらも上回る力の持ち主である。

 

 「……では、行って参ります。桃香様たちは、すぐに迎撃できるよう、準備のほどをお願いします」

 「うん、分かったよ愛紗ちゃん。……無茶したら駄目だよ?」

 「はっ」

 

 馬首を翻し、偃月刀を背に抱えて、関羽は虎牢関のその直前まで、己が馬を駆けさせて行く。その彼女の背を、諸葛亮と?統は不安げな眼差しで見送っていた。

 

 「……朱里ちゃん、良かったの?愛紗さんを行かせて。多分、愛紗さんがしようとしているのは」

 「……分かってるよ、雛里ちゃん。けど、このままにらみ合いを続けていても、埒が明かないのは一緒だよ。関からあちらを誘い出せないと、後の事は何も始められないから」

 「……董卓軍の人たち、すっごく、怒るだろうね」

 「……」

 

 諸葛亮にも?統にも、関羽がこれから董卓軍に対して行なおうとしているその手段は、容易く読むことが出来ていた。そしてそれと同時に、董卓軍の者達が激しく憤り、怒涛の如き勢いで攻めかかってくるであろうことも。

 しかし、彼女達にはそれを止めさせる事は出来なかった。

 今回、事の裏の事情を知りながらも、あえてそれを劉備に伝える事無く、彼女達は連合への参加を具申した。董卓の悪政は全てでっち上げであり、洛陽も寂れるどころかとても賑わっていることも、彼女達は商人や草を通じて全て承知していたが、二人は、いや、正確には諸葛亮が、であるが、それを主君に伝えなかったのには、勿論理由があった。

 その理由はただ一つ、主君に名誉と実績を得てもらう、その為である。

 確かに、劉備という人間は、世に大徳と呼ばれるほどの仁君であり、自分達が仕えるに足るだけの人物であることは、彼女達も確信している。

 しかし、世間的な劉備の今の立ち居地は、地方の一県令というものでしかなく、これから訪れるであろう乱世を乗り越えるためには、もっと高い位置に居た方が何かと有利である。

 

 劉備をもっと高みへと昇らせる。

 

 その為に、董卓が無実である事も黙殺し、この連合を最大限に利用することにした、諸葛亮と?統の二人であった。

 

 

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 連合軍の先鋒部隊から、一騎駆けをして来る一人の騎馬武者の姿を捉えると、虎牢関の城壁に居た張遼たちは揃ってその首をかしげていぶかしんだ。

 

 「なんのつもりや、あれ。……まさか、一騎打ちでも挑んで来る気ぃか?」

 「ふん。大方、我々が全然関から出ないものだから、痺れを切らして挑発にでも来たんだろう」

 「……乗ったら駄目……華雄」

 「って、オイ呂布!なんでそこで私を名指しなんだ!?」

 「……前科もちやからに決まってるやろが」

 「……ぐぬ」

 

 呂布と張遼の、そんな揶揄する言葉にぐうの音も出せなくなった華雄。そんな彼女の事などお構い無しに、先ほどの騎馬武者が関の真下に到達し、馬の足をその場で止めて、名乗りと言上を、張遼たちに向かって行ない始めた。

 

 「虎牢関に篭りし董卓軍の将兵達よ!我が名は関雲長!劉玄徳が配下にして、その一の矛!臆病にも亀の様にその首を引っ込め、殻に篭って首すら出さぬお前達に、私から特別の贈り物をしてやろう!さあ、これをとくと見るが良い!」

 

 関羽はそれだけ叫ぶと、関上部に居る張遼たちを目掛け、手に持っていた弓の弦を力一杯に引き絞り、そこに番えられていた矢を放った。

 

 「もし、それを見ても尚、関の中に篭り続けるのであれば、お前達はこれより終生、いや、遥か後世にまで謳われ続ける事になるであろう!天下に音聞こえし董卓の将兵は、猫にも劣る臆病者だとな!」

 

 そんな挑発台詞を最後に残し、関羽は再び馬首を返して、自軍の部隊へと戻っていった。

 

 「……なんやったんや、今の」

 「典型的と言うか、お定まりのような、安い挑発だ。ふん、あれしきの事で乗るような、我らではないわ。だろう、呂布」

 「……ん」

 「それはそうと、さっきの関羽とやらが放った矢、あれがどないしたというんや?誰か!さっきの矢をうちんとこに!」

 

 この時。

 それを見なければ、さっさと外へ放り投げてさえ居れば、虎牢関がああも容易く落ちることは無かった、と。

 都に合流したときの張遼たちが、その声を揃えて、そう、後悔の念を漏らしていた。

  

 関羽が放った矢には、一枚の紙片が括りつけられており、それに最初に目を通した張遼は、彼女には珍しく、声を大きく荒げ、まさに、怒髪天を貫いていた。

 

 「……ふっ……ざけんやないわあっっっ!」

 「ど、どうした、張遼!お前がそれほど怒りを顕わにするなど、それに一体何が」

 「そこ退き、華雄!今すぐ関から出て、あの女の首、ウチが叩き落したる!!」

 「し、霞殿!少し落ち着いてくだされ!」

 「……ちんきゅ。霞の邪魔、したら……駄目」

 「え?恋……どの?」

 

 殺気。

 それも、一方ならぬ、怒りに満ち満ちた、心の弱い者ならば、今の彼女を見たそれだけで、すぐに死んでしまいそうなほどの、静かな、それでいて、周囲の大気をも振るわせるほどの、地獄の悪鬼もひれ伏す魔人が、強大などと言う言葉では生ぬるいそれを纏って、“笑顔”で立っていた。

 

 「ごくっ……!りょ、呂布?い、一体、お前まで、どうした、と……」

 「……ん」

 

 笑顔のまま、呂布が差し出したその紙切れを、華雄が受け取ってゆっくりと目を通す。それには、こんな文が書かれていた。

 

 『人にあって人にあらず、獣にあって獣にあらず。董卓と言う名の悪鬼羅刹を、我ら、大義と正義を抱える者、悪逆非道にして、百鬼夜行の元締めたる魔王董卓を討ち、その屍に鞭打って、罪無き民の恨み、千に渡って返してくれん』

 

 正史の董卓であったならば、言われても仕方の無い、その言葉の羅列。

 

 だが、この外史における董卓を知る、そしてその人となりをこよなく愛する、張遼ら董卓軍の将兵達にとっては、この上ない、主君への冒涜の言葉の羅列。

 

 「まさか、それ見ても止めるやなんて、言わへんやろな!ええ、華雄!」

 「……」

 

 張遼のその問いに何も答える事無く華雄はおもむろに、それまで目を通していたその紙片を、思い切りばらばらに引きちぎった。

 

 「……逝くぞ、張遼、呂布!……我らが月様のこと、何も知らずにこれだけ吠えるあの馬鹿どもに、怒りの鉄槌をくれてやるぞ!」

 「!……応よ!」

 「……恋も逝く。……やつら、皆殺しに、する……」

 

 彼女達の心に燃え上がった怒りの炎。

 それはもはや、誰にも消し去る事到底叶わず、門の近くで待機していた袁術達も、そして他の誰にも、彼女達の出陣を止める事は、出来なかったのであった……。

 

 〜つづく〜

 

 

説明
さて、仲帝記の第二十六羽です。

ども、似非駄文作家の狭乃狼ですw

今回は虎牢関における霞達の防衛戦を、前後編の二回に分けて、
おとどけします。

書いているうちに文章量が20KB越えちゃったんで、急遽の前後編ですがねw

と言うわけで、雰囲気と流れ重視のため、今回は後書き無し。

では、今回も駄文・ざ・ワールドへ、逝ってみよ〜www
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コメント
D.Aさま、初コメどうもです。まあ、少なくとも、ここの外史の一刀は、桃香とは似ても似つきませんねww(狭乃 狼)
初コメです。この作品を読んでいて、原作の蜀√で一刀と桃香が似ていると愛紗たちから言われてますが、全く違うと思っていたことを思い出しました。(D.A)
犬と一郎太の神隠しさま、どうでしょう・・・ねえ?でもまあ実際、誰もそれを思いつけなかったわけですからねえ。・・・作者も全く思いつきませんでしたから(えw (狭乃 狼)
もし誰かが恋達に「分かったお前達を止めはしない、だが関を出るならこう宣言してから行け、私達は月様を守ることを放棄緒し、自分の欲望(怒りを晴らす)を優先します」とな、とか言ったら冷静になっただろうか(ギミック・パペット ヒトヤ・ドッグ)
瓜月さま、誰も責められないでしょうね、美羽たちの事は。 さて、愛紗達のその後はどうなるやら。(狭乃 狼)
村主7さま、都の現状知ったときの、桃香、翠、ハムの反応は・・・まあ、ほぼ皆さんの予想通りになる・・・と、思われますw(狭乃 狼)
必死で押さえ込んでいた関(感情)の決壊を一本の矢が正しく崩壊させてしまった、と おまけに抑え役である霞・恋まで・・・ 下で皆様書いてますが都の現状知った際、どうなるかですなw(村主7)
殴って退場さま、実際にやっちゃったのは愛紗と、間接的に朱里と雛里だけ、ですけどね。・・・生きていられますかねえ、みんな?(狭乃 狼)
吹風さま、ああ、愛紗は確かにしそうですねえ。・・・事実を“知ったら”w 朱里と雛里も、それは同様ですけどねww(狭乃 狼)
桃香たちやってしまったとしか言いようがないな…。半殺しで済めばいいけど(殴って退場)
これ、全てが明らかになったら愛紗・朱里・雛里は自殺もんだよなぁ。愛紗は誇り故に。朱里&雛里は絶望に沈む桃香を見て。いやまあ原作じゃ月の無実見てもそんな様子全然なかったけどね!(吹風)
JAGAさま、さて、その二つがあるかどうかは・・・ま、続きをお楽しみにってことでww(狭乃 狼)
あ、見落としてた、とりあえず今後の動きとしては、洛陽の防衛戦と皇帝の帝都脱出の二つを、やるかどうかですな…、とりあえず続きをお待ちします(JEGA)
根黒宅さま、いや、僕はただ単に、先々のこともあるんで、今は何も言わないと、そう言っただけですよw・・・今後の展開に大きく関わって来ますからね、ここでの戦のことがww(狭乃 狼)
いやいやいや、華雄だけじゃなく、霞に恋までここまで怒らせたら、これ死亡フラグでしょう?はわあわは援軍を期待してるだろうけど、曹操も孫堅も絶対劉備を助けるより手薄になってる虎牢関をねらうはずです。とくに恋が戦場にたった以上、そんな兵たちを死に行かせるような真似はしないと思いますけど。(根黒宅)
陸奥守さま、防衛無視してまで飛び出す、それほどあの時代の人間、特に武将という人種には、誇りが何物にも変えがたい物なんですよ。そしてそれが分かって居るから、美羽たちにも誰も、彼女らを止められないんですよ。(狭乃 狼)
JAGAさま、物証の例の文なら、華雄さんが最後にびりびりに破いてましたが?(狭乃 狼)
アルヤさま、お気持ちはすっごく分かりますけどねwまあ、未熟を理由にしちゃあいけないんでしょうが、経験値の足りなさはどうしても・・・ね?(狭乃 狼)
劉邦柾棟さま、やっちゃいましたねえwえらい目どころか、命があるといいんですが(汗;(狭乃 狼)
ノエルさま、本編通りなら、恋は桃香たちに捕まって、霞は華琳に降伏して、華雄さんはとっくの昔にご退場・・・だったんですけどねえwさて、いったいどうなるやらw(狭乃 狼)
峠崎丈二さま、まったく持ってその通りですね<初期の劉備軍 僕もアンチというわけでは決してないんですが、他√だとどうしても、こういう風になっちゃうんですよね、蜀勢は。敗北を知らないが故に、自らを信じて疑わなくなる・・・これもまた、無知という名の罪が起こしたものかも、ですなw(狭乃 狼)
huyuさま、自分で書いてて怖かったです<恋のマジギレ 桃香本人には、その思惑ないですけどね<実績求め 狙ってるのはろリ軍師’sだけですw(狭乃 狼)
叡渡さま、それもまた、ここではあえて何も語らず、その時になったら本編でお伝えしますねw一つだけ言えるとすれば、叔父さんが・・・ぐらいですかw(狭乃 狼)
根黒宅さま、現状ではそれについては、何も言えませんです、ハイw(狭乃 狼)
龍々(ロンロン)さま、どちらにしても、主君に情報を伝えてないっていう点では、駄目だと思いますけどねw (狭乃 狼)
summonさま、このころの劉備軍はどうしてもああなりますからw ・・・やっぱ一刀なりほかの誰かなりが居ないとだめってことですなw(狭乃 狼)
骸骨さま、劉備軍フルボッコと同時に、それに巻き込まれるハムと翠・・・南無(-人-) ってところですなw(狭乃 狼)
yoshiyukiさま、愛紗がどうなるかは、虎牢関を抜けたその先で、あのお方からの・・・ていう感じです。現在ヒッキー真っ最中なあの人は復活・・・するかな?w(狭乃 狼)
mokiti1976-2010さま、朱里と雛里、二人の未熟な天才が、はたしてどんな策を打つのか。次回まで少々お待ちくださいw (狭乃 狼)
さとッチさま、あの二人、堕ちたというよりは利を優先する、単なる合理主義“しか”知らないだけの、未熟なままだってことですね。桃香は二人の、二人は桃香の、それぞれの考えや思いを本当に理解していない、だからこそ起きてしまったこのすれ違いによる一件。果たしてどう収まるやら。(狭乃 狼)
呂布達もいくら激怒したからって虎牢関から出て突撃かましちゃ駄目でしょ。将なんだから。劉備達は群雄としては正しい事をしているけどね。問題は月達が無実だった事で。(陸奥守)
洛陽脱出時に、その矢文使って、洛陽の市民を味方に付けて、関羽個人とついでに劉備他の名声を叩き落して逃げる、曹操には無駄だろうけど、他には後々まで使える楔だと思うが?罵倒はともかく、物証残しちゃ駄目ですよw(JEGA)
うわぁ・・・・・・劉備軍のこの「自分たちが正義」ってのは時折無性に腹が立つな。(アルヤ)
やっちゃったよ、コイツらwwwww!? こりゃ絶対後でどえらい目に合うぜ桃香達wwwwww!?(劉邦柾棟)
「盲目なる鴉は偽を真と疑わず舌鋒を向け、叢雲は龍を地に堕とさんと轟くの事」かな?本編に置ける水関の状況がこの外史では虎牢関で起こった訳ですか・・・ベクトルと規模と破壊力はダンチですが。さて、愛紗さんが逆鱗を思いっきり殴り飛ばした訳ですが、ここからは本編と同じような展開に・・・ならないんだろうなきっとw次回も期待させていただきます。(ノエル)
連投失敬)劉備軍、ってこの辺まで負け知らずなんですよね。そのせいか『自分達が正しいから勝っている』と思い込んでいるように俺は思うんです。悲しいかな、乱世においてまかり通るのは『正しいから勝つ』ではなく『勝ったから正しい』という理屈ですからねぇ……(峠崎丈二)
あ〜あ……どうしても他√視点から見ると初期の蜀は浮きますね。それも悪い意味で。俺もこういうシーンを書いて『蜀アンチ』という評価を受けましたけど、どうしても避けられませんよね、このイベントは。(峠崎丈二)
恋のマジギレって、余りないんですけどね。不退転の決意で立ちはだかるっていうのは結構あるんですけど。劉備軍は実績を求めて偽物の魔王(月)を使おうとして本物の魔王(恋)を呼び出しちゃいましたね。(huyu)
なるほど、この外史の劉備軍は最後までのこらない、と(根黒宅)
いやいやいや、ここはせめて情報が封鎖されてて「あくまで可能性」って事にしときましょうよ。すべて知ってて教えないっていうのはやっぱりまずいですよ。(龍々)
いやぁ、劉備軍も袁紹軍と同じく平常通りの運行ですね。(summon)
劉備軍フルボッコフラグが立ちましたねw あれは出て行っても仕方が無い。(量産型第一次強化式骸骨)
大方、挑発行為をしただろうとは思っていたけど、そこまで言いましたか。真実を知った後、愛紗はどうなる、どうする。あの人のように厚顔無恥ならともかくね(yoshiyuki)
ここからどのように虎牢関陥落につながるのか大いに気になる。(mokiti1976-2010)
ヾ(゚Д゚ )ォィォィ嘘だろ・・・こりゃすげぇことになったなぁそれにしても、雛里と朱里は主のためとはいえ・・・堕ちたな(さとッチ)
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