うそつきはどろぼうのはじまり 43
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墜落から数日の後、男はようやく意識を取り戻した。

ぼんやりと開けた目で天井を見上げる。人工的な模様と灯りがあることから、ここが屋内だと推測するまでに数分を要していた。

(生きてるのか、俺・・・)

アルヴィンは短く嘆息する。ひどくだるい。息をするのも億劫に思うほどだ。風邪の症状に似ている気もするが、この全身を襲う鈍痛は何だろう。

長らく思考することから離れていた脳みそで、そこまで至った時、遮布が引かれた。

現れたのは白衣姿のジュードである。

「おはよう。気分はどう?」

言いながら寝台の隣に立って、横たわる男の顔を覗き込んだ。男は応じるために身じろぎをしようとした。が、彼の意思に反して身体は思うように動かず、結局全身を覆う寝具が微かに動いただけだった。

お前、とアルヴィンは軽く咳き込みつつ皮肉めいた瞳を向ける。

「お前、医者の真似事なんかやってるのか? 源黒匣の研究はどうしたんだよ」

「んー、色々あってちょっと中断中。医師免許はちゃんと持ってるから、安心してよ」

言いながら、ジュードは慣れた手つきでアルヴィンの脈を取る。流石は優等生と揶揄されただけあって、嫌味なほど白衣が似合う。

「で、見立てはどーなんだよ。ジュード先生」

「軽い肺炎だよ。全く、どうして雨の中、ワイバーン乗り回したりしたのさ」

「・・・・・・」

男は黙って若き医師の診察を受け続けた。無言をどのような意味に受け取ったのか、ジュードはふいに思い出したように言う。

「あ、そうだ。エリーゼと、まだ連絡取れてないんだ。ごめんね」

「・・・何が?」

男の言葉に、ジュードはきょとんとした顔になる。

「え? だってアルヴィン、うわ言で言ってたから。エリーゼごめん、って」

その時、仕切り布の向こうから看護師の声がした。

「先生、ちょっといいですか」

外から呼び出しを喰らったらしく、看護師と二言、三言交わし、医師は部屋を出て行った。ジュードの足音が完全に外へ出て行くのを待って、プランはアルヴィンに頭を下げる。

「すみません。ジュード先生、悪気があるわけじゃないんです」

いかにも看護師らしい細やかな気遣いに、男は軽く笑った。

「知ってるよ。本からじゃ配慮は学べないってな」

「優秀な方なんですけどね・・・。研究の件も、それで外されてしまったようなものですし・・・」

相も変わらず雨の叩きつける窓を見据え、思わず零したと思しきプランの愚痴を、男は余すところなく聞き取っていた。

「何かあったのか?」

訊ねると、はっとしたようにプランは患者に向き直った。彼女は慌てたように、何でもないと訴える笑みを浮かべる。

「いいえ、大丈夫です。それより今は、あなたの方です。先生も先ほど仰っていましたが、肺炎になりかかっていたんですから、とにかく絶対安静。何か御用がありましたら、隣におりますから、すぐに呼んでください。ワイバーンも、ちゃんと治療が進んでいますからご心配なく。今はアルヴィンさん、あなたご自身の身体を第一に。ゆっくり休んでください」

最後まで念押しをし続けた彼女が出て行くと、病室は再び静かになった。

男はぼんやりと、窓の方に顔を向ける。時刻は夜。藍色に塗り潰されたガラスの向こうに、淡く黄色い街灯に彩られた、美しい水辺の都が映し出されていた。帝都イル・ファンは、朝から生憎の雨模様だった。

雨は止む気配がなかった。通りに人影はなく、しんと冷えた空気が窓辺から漂ってくる。ほのくらい闇の中で響くのは、とつとつと壁を穿つ雨音だけだ。

会話が出来る。物が見える。温度を感じる。音が聞こえる。それは紛れもなく、自分が生きているという証だった。

だが今は、その証がひどく憎い。

(俺、死ねなかったんだな・・・)

容赦のない雨だった。あの日、天から冷たい水が落ちる中、佇んでいた時のような、無情な雨だった。

あのまま消えてしまいたかった。雨に打たれるままに、腕から零れ落ちたプリンセシアと共に、世界から自分という存在をなくしてしまいたかった。

(アル)

彼女の声がした。こちらから呼びかけても決して返事が貰えることはない。妄執が生み出した幻だと分かっているのに、瞼の裏に浮かぶその人は、いつだってとびきりの笑顔だった。

徐々に消えゆく思い出が、どうしようもない焦りを産んでいる。つらいことや、悲しいことも沢山あったはずなのに、どんどん消えて、残るのは美しい部分だけになりつつある。

実際は、そんな綺麗なものばかりじゃなかったはずなのに、思い返すたびに出てくるのはエリーゼのあどけない笑顔ばかりだ。

(また、間違えたんだ。俺は)

今度こそ正しい道を選び取ったはずだったのに。

アルヴィンは疲れたように瞼を閉ざした。枯れ果ててしまったのか、涙は一滴も流れ出さなかった。

もう、充分だった。何もいらなかった。金も地位も名誉も、勿論病気を克服した健康な肉体も、今のアルヴィンには必要なかった。

そんなものが何になるというのだ。たとえそれら全てが揃ったとしても、彼女は男の物になりはしないのだ。

欲しいものが永遠に入手できない世界などに未練はない。

自分の病状は肺炎だという。ならば肺炎をこじらせて死ねばいい。このまま身体を酷使し続けて、痛めつけて、衰弱死すればいい。

そうすれば楽になれる。少なくとも今より苦しくなることはないだろう。

そんな自暴自棄な思考に至って、再び眠りに着いた男の口元に、だがしかし自虐の笑みはなかった。

 

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