うそつきはどろぼうのはじまり 45
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憚るように語尾をすぼめる若き医師に、男は首を振った。

「俺のことはいい。それでつまり、トリグラフでは第三世代型の増幅器でマナ抽出が行われている、ってことなんだな?」

「エリーゼの身柄と引き換えに返還された人たちは、みんな記憶が曖昧だった。新しいものは覚えているんだけど、子供の頃のこととか、家族の成長の思い出とか。そういったものが、他人から指摘されるまで思い出せない。医学校もだけど、父さんの元にも、何人かは訊ねてきたらしい。それで父さんは仮説を立てたんだ。副作用がないとエレンピオス側が謳っていた第三世代型は、実は被験者の記憶を奪っているんじゃないかって」

そんな、と悲痛な声を上げて胸を押さえたのはレイアだった。

「最新型なら安心だからって。みんな、その言葉を信じてエレンピオスに渡ったのに。五年前に交わされた協定を守ろう、精霊様を助けようって・・・。記憶をなくすなんて話、誰も聞かされなかった。自分の大事な思い出を捧げてまで、誰かの生活を守らなきゃいけないなんて、そんなの・・・。だったら、みんな何のために、マナを提供する覚悟を決めたの?」

「レイア・・・」

静かに激昂する幼馴染の方に、ジュードはそっと触れた。床に吐き捨てるばかりだったレイアの顔が上がる。目は赤く濁っていたが、涙はなかった。

「ごめん。本当はちゃんとわかってるの。源黒匣を作るのに必要なマナは、リーゼ・マクシアの人にしか生み出せない。わたしたちは精霊を殺す黒匣をなくして、源黒匣を普及させなきゃいけないんだもの。約束を果たすためなら、これは仕方がないことなのかもしれない。でも・・・こんなのひどいよ、騙まし討ちだよ・・・」

それはどうでしょう、とやんわり反論を口にしたのは宰相だった。

「たったこれだけの事実から、エレンピオスによる騙まし討ちと決め付けるのは早計というもの。案外、記憶障害と副作用の間に、仮説すら立てられていないのかもしれませんよ?」

ローエンは顎鬚を撫でながら続ける。

「もしかしたら、エレンピオス側も未確認なのかもしれません。長期使用による発生する事象について因果関係をはっきりさせるには、それ相応の時間と労力がいりますから。ですが、現時点まで、先方から第三世代型の副作用についての説明は一回としてなかった。これはまごうことなき事実です」

五年前、と国内最高位の文官は厳かな声で語り出す。

「リーゼ・マクシア側からの技術提供――要はマナ提供人員の派遣ですが――についてエレンピオスと協定を結んだ時点で、増幅器の使用方法には厳しく制限を設けました。何せこちらの増幅器に関する知識は、第一世代と第二世代が基準です。人体への影響は著しいに違いないと、かなりの制約をかけ、それでも先方は承諾しました」

向こうも切羽詰っていたのでしょうね、と当時エレンピオスが直面していた燃料問題の深刻さをローエンは憂う。

「人員を派遣した先の企業は、エレンピオス軍の傘下にありましたが、こちらとの関係は非常に良好でした。報告も素早く、定期的に健康診断の結果を送付してきましたし、面会などにも寛容だった。問題は、源黒匣の製造会社が完全に新興企業だったことです」

寝台の中でアルヴィンはやっちまったな、とばかりに頭を撫で上げた。

「政府とずぶずぶ状態の老舗のお株を奪ったのか。そりゃ恨まれるわな」

「どういうこと?」

レイアの疑問には、ジュードが解説を買って出た。

「みんなが源黒匣を買い出して、黒匣製造産業全体の景気が悪化したんだ。当然、彼らは自分達の利益を奪った人たちに怒りを向けた。つまり、旗振り役の僕に」

ジュードは大きく嘆息する。

「間の悪いことに、研究所内でも意見が対立している時期だったんだ。媒介に人を使わなくても、純度の高いマナを得る、より効率のいい方法がある。源黒匣を継続的に生み出すためには、そちらを採用すべきだろう、てね」

ジュードは苦虫を噛み潰したような顔で、嫌そうに言った。

「彼らは――精霊界とこの世界を繋ごうとしているんだ」

一瞬、病室が静まり返る。その静寂をあえて無視して、ローエンが淡々と述べた。

「連中の目的は、精霊界に赴くことにあるのではありません。大精霊の力は、五年間にミュゼさんが知らしめた通り。そのマナの含有量が膨大であることは一目瞭然です。彼らは精霊の力の一部をマナとして使おうとしているのですよ」

老宰相の言葉で、男は閃いたらしい。不自由な身体ながら、身を乗り出す。

「ミュゼの小刀か? どうして知ってるんだ。あれは、俺たちしか知らないはずだろう」

うん、とジュードは至って素直に頷く。

「うん、知らないと思う。というか知ることができないと思う。あの時現場にいたのは僕達だけだったし、あとはまあ・・・ミュゼ本人とガイアス王くらいだけど、いくらなんでも口を割るような人たちじゃないしね」

苦笑を浮かべるジュードに、思わずアルヴィンは口をへの字に曲げた。

「そりゃそうだ」

「小刀は今でも僕が持ってるけど、提供を求められたことも、行方を聞かれたこともないよ」

胸を張って断言するジュードの隣で、レイアは首を傾げる。

「でも、ならどうやって? 精霊界と繋がっていたっていう道は、殻がなくなったと同時になくなっちゃって、もうないのに」

彼女の指摘はもっともだった。精霊界と人間界を繋ぐ唯一の手段が絶たれ、大精霊として残ると決意した、かつての仲間との遣り取りさえ、今では全く行えなくなってしまった。

増幅器を使わずに、マナを得る方法があるという。精霊の力をそのまま習得する、そのためには再び精霊界と接続する必要がある。

二つの世界を繋ぐ。世界を隔てる存在を破壊する。

男の顔が強張った。

自分は以前、二つの異なる世界に穴を空ける術を求めていたことがあったのではなかったか。

「――まさか、槍・・・か?」

「槍? 槍って・・・クルスニクの槍!?」

嘘でしょう、とレイアが完全に怯えた目で幼馴染に縋るが、その場にいた誰もが、忌まわしき兵器の名を否定することはなかった。

「一度は繋がっていた世界だもの。事情を知らない人たちが、術で遮断されていると思い込むのも、無理のない話といえばそうなんだけど」

だからといって同調する気にはなれない、と疲れたようにジュードは頭を振るう。

「彼らがエリーゼさんの入手に躍起になったのは、マナの源泉として用いるため。クルスニクの槍の原動力に用いる、源黒匣を生み出すため」

 

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