うそつきはどろぼうのはじまり 46
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大方、そんなところでしょうねとローエンは話を締めくくる。

「クルスニクの槍を使ったって、精霊界とは繋がらないわ。だって道自体がなくなってしまっているんだもの。そんなことはできないって、そう伝えるのは?」

「言ったよ。だけど逆に証拠を示せって返されちゃった。まさか小刀を使いましたって明かす訳にもいかなかったから、強く反対できなくて」

ジュードは、手の内を見せるわけにはいかなかった。ミュゼの小刀は、それ自体がマナの塊のような代物である。上手く使えば空間を切り裂き、精霊界への道も開かれるかもしれない。だが精霊界をマナの貯蔵庫としか捕らえていない輩に、淡い期待を持たせなど断じてできることではなかった。

「エリーゼの政略結婚の話を聞いた時点で、もっと強気に出るべきだった。それこそ開発を止めるくらいの勢いで、世界中に訴えるべきだったんだ。僕は、気づける立場にいたんだから」

若き医師は天井を見上げつつ、そう遠くはない過去を振り返った。ジュードさん、と宰相が叱責するように名を呼ぶ。

「ローエン。いいんだ」

「いいえ、ジュードさん。一体何を仰るつもりですか。陛下も、既にお許しになっておられることです」

老軍師の訴えを、ジュードは笑って無視した。そしてアルヴィンに改めて向き直り、頭を下げた。

「アルヴィン、ごめん」

「・・・謝られる理由に、心当たりがないんだが」

男は首を捻る。そんなアルヴィンを見て、ジュードは顔をくしゃくしゃにして笑った。

「エリーゼを連れ出す時、アルヴィンはカラハ・シャールで騒乱に巻き込まれたね?」

「そういや、そんなこともあったな」

男にとって、港町の動乱など今となっては遠い昔の出来事である。あまり気にも留めず、ジュードの言葉を待つ。

「エリーゼを捕らえようとしたのは、僕なんだ」

ローエンが表を伏せるが男の目にそんなものは入らない。顔中の険しさを隠そうともせず、かつての旅仲間に詰め寄る。

「・・・何だと」

「僕なんだよ。カラハ・シャールを襲うよう指示を出したのも、エレンピオスまでの要所要所で襲撃したのも、全部僕が命じたんだ」

僕なんだ、と幾度も呟き続けたジュードは、やがて事のあらましを語り始めた。

リーゼ・マクシアとエレンピオスの同盟強化を目的とした政略結婚。そこに浮上したエリーゼの名。最初の違和感は、そこだったという。

「どうしてエリーゼなんだろうって思った。他にも名家の令嬢は大勢いるし、身寄りのない没落寸前の六家だってある。なのに血筋も由緒もないエリーゼが選び出された。だから、逆に考えてみたんだ。エリーゼの名を最初に持ち出したのは、リーゼ・マクシアではなく、エレンピオス側だったんじゃないかって」

レイアは痛む喉元を押さえた。幼馴染の推測は、ガイアス王により既に肯定されている。

「こちらからマナ供給用の人員を割いた後も、拉致された人々は返還されないまま月日は流れていた。五年前に研究所内で見た人たちが、マナ抽出の目的だけにエレンピオスで抑留生活を送っていることは疑いようがなかった。エレンピオス側がエリーゼを指名してきた理由、それはもしかしたら、彼らの代替として利用するためなんじゃないか。そう考えて、僕はエリーゼを守らなきゃって」

エレンピオス側の主張の正当性を審議している暇はなかった。それに目的が何であろうと、最初からエリーゼに目をつけていたという時点でジュードが動き出す理由になった。

とにかく死守する必要があった。何が何でもエレンピオスに彼女を渡してはならない。それが彼女自身の意思に反することであっても。

「僕は信頼のおける研究仲間と打ち合わせをして、エリーゼの保護者であるドロッセルさんと密会することにした。そこまでは良かったんだ。だけど計画は、対立派閥に洩れた。精霊界への道を切り開こうとしている研究会派にね。計画は逆手に取られて、僕が中止を伝えるより早く、彼らは武力を使って騒動を巻き起こした。それがカラハ・シャールでの事件だ」

その後ジュードは、あっという間に凋落した。源黒匣普及の第一人者が知ではなく力に訴えたとの噂は瞬く間に広まり、周囲から人が消えた。それまで協力を申し出ていた企業や団体は、潮が引くようにいなくなり、挙句ガイアス王からは武力蜂起をしたと叱責を受け、謹慎を命ぜられた。そのとばっちりを受ける形で、父の論文も揉み消されたのだろう。まさに絵に描いたような失脚振りであった。

「予定では、もっと上手く立ち回っているはずだったんだけど。ごめん。僕、やっぱり駆け引きは無理みたい」

ジュードはそう言い、力なく笑った。何と声を掛けていいのかわからず男は戸惑う。襲撃を受けたことに対する怒りは、不思議と沸かなかった。

不甲斐無いと項垂れた医師の手を、そっと握った者がいる。

レイアは幼馴染の顔を覗き込みながら、力強い笑みを向けた。

「それが、ジュードのいいところだよ。駆け引きなんて単語、全然似合わないもん」

「レイア・・・」

打ちひしがれるままだったジュードの顔に、血の気が戻る。この様子を傍らで見ていた男性二名は極めて容赦のない感想をぶつけた。

「確かに似合いませんな」

「優等生は優等生らしく、正々堂々と生きればいいんじゃねーの? 手管巧みにとか、お前にはどう考えても無理だろ」

「二人とも、そこまで力説されると凹むからやめて・・・」

自覚があるとはいえ、他人から指摘されると傷つくらしく、ジュードは再び床にのめり込みそうになる。今度はレイアも救い上げようとはせず、敢えての放置を選択していた。

「とにかく、エリーゼを助け出さないと、だよね」

レイアは軽く腕組みをしてその手段を探る顔つきになった。

彼女にとってエリーゼは大切な仲間であり、友だ。その友が騙まし討ちに近い形で軟禁状態にあるという。到底見過ごせる事態ではない。いくら人類の未来がかかっているとはいえ、人体実験など言語道断である。

彼女の提案に、ローエンは強く頷く。

「我々が助けに向かうのは簡単です。しかし・・・」

「僕らのこと、忘れてるかもしれないんだよね」

その辺はどうなんだ、とジュードから視線で問われて、男は重い口を開く。

「俺が会った時は、エレンピオスで生まれ育ったと思い込んでいた。一度でいいからリーゼ・マクシアに行ってみたいとまで言ってたからな・・・」

「それは・・・」

ローエンは絶句する。忘却がそこまで進行しているとなると、迎えに行ったこちらが誘拐犯扱いされかねない。

八方塞がりかと唸ったところに、レイアの呆れたような声が飛び込んできた。

「何言ってるのよ三人とも。わたしたちのこと忘れちゃってるなら、思い出させればいいだけでしょ?」

「・・・思い出させるだけって簡単に言うけどね、レイア」

一度消失した記憶が蘇る可能性は極めて低い。あるはずのない記憶を巡って、当事者はおろか、周囲の人々も苦しむ日々が続く。記憶障害とは、そういう病気だ。

医療従事者であるレイアがそのことを知らぬはずがないのに、尚も彼女はおかしそうに笑う。

「ちょっと待ってよ、もしかしてジュード、忘れちゃったの? エリーゼの記憶は消えてしまったわけじゃない。思い出せないだけなんだよ」

五年前を思い出して、と少女は明朗に言う。

「エリーゼは幼い頃の記憶があいまいだったわ。最初はジャオさんとお父さんのこと、まぜこぜに覚えていたくらいだし。でも最後にはちゃんとご両親のこと、生まれ育った家のこと、全部思い出したって言っていたじゃない」

「あ・・・」

ようやく合点がいったジュードが目を見開く。ローエンは活路を見つけたとばかりに深い笑みを浮かべる。

寝台の中の男の表情に、入院してから初めて見る明るいものを認めたレイアは、茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせた。

「エリーゼはわたし達と出会った時、既に副作用に冒されていたってことよ。第三世代型の増幅器の影響でね」

 

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